※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

25 / 51
第四章 ―反省―

 レフィーヤはリヴェリアによる説教を、もう何時間も正座しながら聞かされていた。

 

 アマゾネスの女性団員が明るい声で、「ねぇ。さっきからずーっと説教してるよね、リヴェリアさー、ちょっとひどくない?」と別の団員に声を掛けた。

 

 いつもならどんよりとした雰囲気を爽やかな空気に変えるだけの力を持っていた筈の彼女の声だったが、今回ばかりはそうもいかないようだ。

 

 【ロキ・ファミリア】の談話室には相変わらず重苦しい空気が流れ続け、その場に居合わせている団員は皆気まずそうにそわそわしている。

 

 「昼過ぎまでどこかの公園でぶっ倒れていて、リヴェリアの個人授業をすっぽかしたのよ。さすがに擁護できないわよ」

 

 先ほどのアマゾネスの姉であるティオナのため息交じりの返答に、妹はふーんと首を傾げてから言った。

 

 「そうかなー。誰にでも、羽目を外したい時ってあると思うなぁ」

 

 羽目を外すだけならね、と双子の姉がポンと妹の肩を叩き、自室へ戻っていった。リヴェリアによる公開処刑は、一向に終息を見せる気配がないどころか、一層厳しさを増しながら続いていく。

 

 何度も出入りを繰り返す団員たちはみな、虚ろな目をして青ざめるレフィーヤに驚き、さらに鬼の形相で冷淡に説教を続けるリヴェリアを見てもう一度驚く。

 

 そして近くの団員に声を掛けるのだ。一体、何事かと。

 

 リヴェリアは何度も同じ質問を繰り返していた。お前は一体何をやっていたんだ。どうして公園で眠りこけるくらいまで酒を飲んだのか。

 

 そう言われると、決まっていつもレフィーヤはこう答えていた。

 

 「わかりません…」

 

 彼女自身にも、一体自分に何が起こったのか分からなかった。不思議な力に誘われてその黄金の水を口に傾けた瞬間から、全世界が素晴らしい愛情に満たされたような気分になり、世界に生きるあらゆる種族の人々が愛おしくなったのだ。

 

 それからのことは、うまく思い出すことが出来ない。だがしっかりと脳裏にはハムザとの行為が焼き付かれていた。酒場で行われていた乱交騒ぎもだ。

 

 頭の中にある恥ずべき記憶を拭い去る事も、正直に伝える事も出来ず、レフィーヤは口を閉ざし、冷ややかな言葉の刃に唇を噛み続ける。偉大なる王族を前に心中を告白できない自分の不実さには、つくづくうんざりする。

 

 だが、もし事実をそのまま告白してしまったら…きっと自分の居場所は、ここにはなくなるだろう。レフィーヤには、それだけはどうしても受け入れられなかったのだ。

 

 「もうそのあたりにしてあげても良いんじゃないかな?」

 

 すると陰険な談話室に、朗らかな声が響き渡った。途端に団員たちはほっと胸を撫で下ろし、声の主に期待を込めた視線を送る。

 

 【ロキ・ファミリア】の団長であるフィン・ディムナが、先ほど部屋を出て行ったアマゾネスの女性を伴って再び姿を現したのだ。

 

 このフィン・ディムナさえいれば、ファミリアの問題は快刀乱麻を断つが如く解決するのが常だった。リヴェリアは一度立ち上がってからフィンと向き合い、冷徹な口調を崩さずに宣言した。

 

 「すまないが、フィン。私はまだ言いたい事の半分も言い終えていない。用事なら後にしてくれ」

 

 「ンー。そうは言っても、遠征前の時間は限られている。それをこうして浪費するのは、少し勿体ないとは思わないかい?」

 

 フィンはそのようにリヴェリアに説き始めた。遠征前の貴重な時間を、あえて説教だけに浪費するのもつまらない。どうせならもっと有効な使い方をした方がいいと言って、レフィーヤに今日一日を全て魔法の勉強に費やすようにと命令し、リヴェリアを納得させた。

 

 もちろんレフィーヤは謝罪を繰り返していたし、絶対に同じ過ちは繰り返さないと誓った。リヴェリアの説教は、少女の邪念をきっちり刈り取ってから、彼女をまともな『エルフ』に仕立て上げる事に成功したかに思われた。

 

 ようやく解放されたレフィーヤは自室への階段を上りながら、ため息を吐いて独りごちた。

 

 「はぁ…。どうしてあんなことになっちゃったんだろうなぁ」

 

 頭が痛む。まるで頭の中に子猫を数匹飼っているようだ。喚き散らしながら暴れ回る子猫たちは、絶えず頭の内部から頭蓋骨に殴りかかっている。

 

 手すりにもたれ掛りながらふらふらと覚束ない足取りで階段を上り切ると、レフィーヤは彼女の姿を見つけた。

 

 「ア、アイズさんっ…!」

 

 遠くの方を歩いていた彼女に届くように大きな声を出すと、急に吐き気を催した。何とか堪えてぜぇぜぇと荒い息を吐いていると、アイズはもうすぐそばまで来ていた。

 

 「どうしたの、レフィーヤ?」

 

 瞳に喜びを灯し、少女は破顔しながらアイズの手を取った。

 

 「私、やりましたっ!あのハムザ・スムルトからしっかり経験値の素を貰う約束を取り付けましたよ!アイズさんの言いつけ通り、しっかりできました!」

 

 レフィーヤが嬉しそうに述べていく報告に、アイズは全く頭がついていかなかった。

 

 「…私は、何も言いつけなんてしてないよ。レフィーヤ、飲み過ぎたの?きっと勘違いだと思うけど」

 

 そんなはずはない、とレフィーヤは食い下がる。自分は見たのだ。彼らの本拠で睦まじく体を重ね合う二人の姿を、はっきりと。そしてアイズが言った言葉も、はっきりと覚えている。

 

 『強くなりたいなら、ハムザの精子を貰わないと駄目だよ?』

 

 アイズは初心な自分に教えてくれたのだ。強くなるための性交という素晴らしい行為を。気持ちが良くて、強くもなれるなんて最高ではないか。相手が変態であるという点を除けば、文句の付けどころがない訓練方法だった。きっとこれがアイズの強さの秘密だったのだ、とひどく納得したものだ。

 

 「…ですからっ、アイズさんはハムザさんと二人で肌を重ね合う関係なのは、この目ではっきり見ましたよ」

 

 「ごめん、レフィーヤ。私は何のことだか、わからない…」

 

 そう言ってアイズは手を離し、階下へ降りて行った。アイズにとってなんてことはない所作だったが、それはひどくレフィーヤを傷つけていた。

 

 (うぅっ…アイズさん、ひどい。アイズさんに言われたから頑張ったのに…)

 

 何とか自室へと戻ったレフィーヤは机の引き出し開け、日記帳を取り出してから思いの丈を綴り始めた。それは誰にも見せる事はない、長年書き続けたアイズへの恋慕の言葉だった。

 

 

 

 麗らかな日差しの中庭で固い木製の椅子に腰かけながら、アイズはレフィーヤの言葉の真意を考え続けていた。彼女の言ったことが本当なら、レフィーヤは既にハムザと関係を持ち、強くなるための経験値の素を貰っているのだ。

 

 どういう訳か知らないが、あのレフィーヤが男に体を許した。リヴェリアにきつく禁止されていた筈の行為を、あろうことか一番の弟子である彼女がやってしまうとは。

 

 出来るなら、自分もしたい。確かめてみたいと、アイズは強く思った。ハムザのスキルがもたらす成長の力を。そして昨日出した結論を思い出す。

 

 「…私も、お願いしに行こう。精液を貰うだけなら、リヴェリアだって文句は言えないはずだから」

 

 ●

 

 「あたしたちの故郷とは違ってさー、オラリオの夏はカラッと乾いてて快適だよね~」

 

 アイズは本拠を出てから暫くの間あてもなく公園を歩き続けていた。目の上で揺れる自分の髪の毛が、強い日差しを浴びてさらさらと揺れている。澄み切った青空と白い雲。木々の真上から地面へと光を注ぐお日様は、陰を作ったり、陽だまりを作りながらオラリオの上で燦燦と輝いている。

 

 そんな天気の良い午後だったからこそ、ティオナの言葉を思い出したのかも知れない。

 

 いったいどんな場所に住んでいたのかと尋ねると、彼女はそこが密林のように蒸し暑く、起きている時も寝ているときも、毎日が汗だくだったと言った。そしてなんと、そんな季節が一年の三分の二を占めていたそうだ。

 

 ティオナが故郷について語ったのは、アイズが知る限りでもその時が最初で最後だった。

 

 いったい本当にそんな場所に人が住めるのだろうか。もしかしたら、住めなかったのかも知れない。だからティオナとティオネはオラリオにやってきたのだろう。

 

 「…みんな、いろいろ物語を持っているんだよね」

 

 アイズに舞い降りた詩的な感情が、彼女の視線を自然と地面に向けさせた。すると、そこには盛大に撒き散らされた吐物が干からびて、アイズの行く先を遮っていた。

 

 彼女が詩人だったのならば、きっとその吐物の主が紡いだ昨晩の物語に思いを馳せた事だろう。だが、アイズ・ヴァレンシュタインは冒険者だった。

 

 だから彼女は先ほどまで胸を占めていた不思議な詩心を、あっというまに脱ぎ捨てた。そして顔をしかめて大またでそれを飛び越えた。アイズ・ヴァレンシュタインは詩を詠まない。自分は剣一本で、牡蠣の様に閉じたこの世界を開いて見せる。ペンではなく、剣で。

 

 吐物を踏み越えた弾みで心まで躍ったのか、それともくよくよ悩んでしまうのは自分らしくないと思ったのか、彼女は今朝の決意を再び胸に刻み込んで体の向きを変えた。

 

 「…行ってみようかな、ハムザのところへ」

 

 決心してからは早かった。つい先日Lv.5へ到達した事で、基礎的な身体能力が跳ね上がり、一走りすれば突風のように駆け抜ける事が出来た。運動がてら【エアリアル】を使用して、天気の良い大空を疾駆した。人間が翼もなく飛べる日が来るなんて知ったら、大昔の人々は腰を抜かすに違いないなと思いながら、地上を見下ろすアイズはふと笑みをこぼした。

 

 なんてことはない、路上を歩く人々が空を見上げて指差しながら、腰を抜かして倒れこんでいたからだった。

 

 【テルクシノエ・ファミリア】の本拠の位置は、既にレフィーヤから聞いていたので簡単にたどり着くことが出来るはずだ。

 

 五十M上空から見下ろす歓楽街は、整然と居並ぶ娼館が密集して寄り添い合っていた。所々に点在する人工的配置を漂わせる木々や花壇が、陽の光を浴びて輝いている。

 

 しばらく飛翔していたアイズは目的地を見つけると、そのまま降下し勢いよく地面に着地した。その拍子に裏通りの狭い舗道が爆音と共に砕け散り、石造りの建物が崩れんばかりに震え、周囲に土埃が舞い上がった。

 

 「敵襲っ、敵襲っ!?」

 

 アイズが爆砕した通りに面していた彼らの本拠もとい中型テントは、爆風で支柱が倒れ、崩れかかっていた。ハムザがフライパンを両手に持ったまま驚愕の様相で飛び出し、土埃の中で立ち往生している。

 

 テントが完全に崩れ、中からぎゃあぎゃあと悲鳴が聞こえてくる。アイズはどうしていいか分からず、とりあえず魔法の風で土埃を吹き飛ばした。

 

 すると再び襲った突風に、テントの天蓋が吹き飛んだ。竜の様に空へ舞い昇っていった空気が一瞬にして静まり返り、アイズはテルクシノエ、小人族の少女、ハムザの三人と向き合って言った。

 

 「えっと…。おはよう」

 

 「今の爆弾は何だ?お前がやったのか!?」

 

 目を見開く三人に対し、アイズはぎこちなく釈明を始めた。まさか本拠がテント作りだとは思わなかった、まさか着地がこんなに難しいとは思わなかった、まさかLv.5のジャンプがこんなに威力のあるものだとは思わなかった…。

 

 「そりゃあな、俺たちだって」

 

 その説明を聞いてハムザは呆れながら言った。

 

 「まさか人間が爆弾みたいに降ってくるなんて、思わなかったぞ」

 

 頭に鍋を被ったまま、テルクシノエが続けた。

 

 「私はな、ハムザ」

 

 「いつかお前のせいで、人間が爆弾になって降って来る日が来るかも知れないと、思っていたところじゃ」

 

 即座に平静さを取り戻し冗談を言い合う二人とは対照的に、ファミリアのテントがあった跡地にて、リリはおたまを握り締めて突っ立っているだけだった。

 

 ●

 

 それから一日かけて、アイズとハムザ達はファミリアのテントを修復した。

 

 天蓋は3km先の娼館の屋根に引っかかっていた。路上に散乱したファミリアの所有物も、隣人の助けもあって大方回収することが出来たので、テルクシノエもハムザも特に腹を立ててはいなかった。災難はリリにだけ訪れていた。吹き飛ばされた彼女のバックパックは空中で分解し、中身の支援用具が歓楽街に降り注いだ。中にはそこそこ高価な回復薬や地図、水筒や今まで盗んだまま売れなかった宝石類などが入っており、それらは歓楽街の住人たちによって無言のまま回収されてしまっていたのだ。

 

 リリはそれからというもの、隙あらばアイズに小言を並べ立てた。荷物持ちが第一級冒険者に反抗できる手段と言えば、せいぜい悪口を言うことくらいだったから、仕方のない事だったのかもしれない。

 

 だが当のアイズは完全に打ちひしがれ、ようやくテントが修復された頃にはすっかり意気消沈し、衝撃で折れ曲がったテントの支柱のように体を折り曲げてベッドの上で体育座りをして俯いていた。

 

 作業が一段落したハムザは魔石珈琲製作機の電源を入れようとするが、反応がなかった。衝撃で壊れてしまったようだった。

 

 「くそ、珈琲め、お前もか」

 

 リリは砕けた水煙草の残骸に魔石を詰め込んで、小型の魔石灯を作る作業に没頭しながらアイズに話しかける。

 

 「そう言えば、ヴァレンシュタイン様はどうしてここで人間爆撃機ごっこをしようと思ったのですか?天気が良かったからかでしょうか?まさかウチに用事があったわけじゃないですよね。それなら歩いて来れば良い訳ですから」

 

 怒りで手元が狂ったせいで、リリは作業を手伝っていた女神の手を鋭い破片で切り裂きそうになった。

 

 「ぎゃー!危ない!何をするのじゃ。集中しろ!」

 

 リリをばしばしと叩く女神を一瞥してから、アイズは言った。

 

 「えっと…。その、実はちょっと話があって、来たんです…」

 

 「お話ですか?恨みがあるなら、さっさとそう言ったらどうですか。絶対にわざとやったに違いありませんよ。ハムザ様、私たちは狙われたんです。テントそのものが破壊されずに済んだのはたまたまで――」

 

 「もういい。リリ、その辺にしておけ。それで、アイズちゃん。俺はてっきり天気が良いから爆弾ごっこをしたかっただけだと思っていたが、用事があったんだな?」

 

 ハムザはアイズの隣に腰掛けた。ふわりと仄かに良い香りが漂ってきたせいで、股間に血液が集まっていくのが感じられた。

 

 「うん…。その、ハムザのスキルについてなんだけど、性交はしなくても、精液を飲むだけでも効果はあるのかな、って思って…」

 

 「なんだ、そのことか」

 

 ハムザはアイズを抱き寄せた。

 

 「無論、効果はある。エイナちゃんと確認済みだ。だから今すぐやろう。お詫びに中出しセクロスだ」

 

 そう言った途端、ハムザはアイズの両腕で押し出され、床に転がり落ちた。

 

 「…実際に性行為をするのは、だめだよ。私は、精液だけが欲しいの」

 

 「今更そんなわがままを言ってどうなると言うのじゃ。テントを吹き飛ばしたお詫びに、セックスの一回や二回は当然じゃろう」

 

 主神の発言にリリもハムザも大きく頷いた。だが、アイズは頑なに首を縦に振らなかった。

 

 「そういうのは、本当に愛し合ってる人同士でするものだから…。それにテントを壊したお詫びは、お金でちゃんとするつもり」

 

 「それを言うなら」

 

 リリが憎憎しげに言った。

 

 「ハムザ様の貴重な精液をただで貰おうっていう乞食精神を最初にどうにかして下さい。それともただで敵に塩を送れ、と言うのですか?有り得ませんよ。そちらが支払う対価を明確に提示すべきです」

 

 対価と言われ、アイズは困惑した。確かに、その通りだ。自分がハムザに提示できる自分の体以外のものとは何だろう、と暫くアイズは考え込んだ。

 

 「…私なら、闘い方を教えてあげられる」

 

 「そんなものはいらん」

 

 ハムザは即座に否定した。

 

 「でも、それしかないの。私は、ずっと闘ってばかりだったから…手伝えることと言ったら、それくらい」

 

 そう言ってアイズは食い下がり続ける。

 

 最初は断固拒否していたハムザだったが、アイズがあまりにもしつこく粘り続けるので、ようやく了承した。そうして二人は明日の早朝から訓練を開始することに決めた。

 

 もちろんハムザが了承したのは、暑苦しい訓練と強くなる事の重要さを理解したからではなかった。

 

 二人きりになればスケベなことをするチャンスが増えるから、ただそれだけだった。

 

 アイズは憑き物が落ちた時のように気持ちが前向きになったように見え、先ほどまでとは見違えるほどの美しい表情で別れの挨拶をして出て行った。

 

 「ハムザ、言うことがあるのじゃが」

 

 「奇遇ですね、テルクシノエ様。私からもあります」

 

 「そんな神妙な顔をして、二人ともいったい何事だ?」

 

 テルクシノエが最初に言った。

 

 「いつからお前の精液が飲むだけで他人の体に作用する事になったのじゃ?」

 

 「それはハッタリだ。まぁ、未検証だが間違いではないだろう」

 

 主神はやれやれと肩をすくめ、ベッドに横になった。次にリリがハムザに言った。

 

 「ハムザ様、これからしばらく、夜伽をする際は絶対にアイズ・ヴァレンシュタインに変身したくありません。それと、これは警告ですが」

 

 「ロキ・ファミリアの乗っ取りなんて本気で計画していたら、テントがいくつあっても足りませんよ」

 

 

 

 ●

 

 

 太陽が沈むのか沈まないのか決めかね、優柔不断なまま大空に浮かんでいる時刻に三人はメイン・ストリートを歩いていた。この日の夕刻は、先延ばしにし続けていたギルドの訪問に時間を費やす事に決めたからだ。

 

 小人族であるリリの歩幅は狭く、前を行く二人に遅れずについていくためには早歩きをしなければならない。とことこと足音を鳴らしながら、リリはこう尋ねた。

 

 「ところで、どうしてリリをファミリアに入れようと思ったのか、聞いてもいいですか?」

 

 入団以来せわしなく動いていたせいで聞けなかった事だった。サポーターが欲しかったならば、他にいくらでも探せた筈だ。【ソーマ・ファミリア】の乗っ取りを計画していたとはいえ、何の取り柄もない自分をわざわざ生かし、入団させるとは余程特別な事情があったのだろうかとリリは考えていた。

 

 「それはな、リリ。ギルドに提出するハムザの《スキル》についての詳細を把握するために、もともと別の女性団員が必要だったからじゃ」

 

 「ハムザ様との性交が、どれだけ他人に作用するかを測るというものでしたよね?でもそれなら、別の女性でもよかった筈です」

 

 主神の隣でハムザが呆れたように言った。

 

 「お前なぁ。じゃあ、あそこのじじばば夫婦にこう聞いてみろ。『お前たちは他の人間でもよかった筈なのに、どうして一緒になってしまったんだ』とな」

 

 「そんな野暮な事を言ったら、リリは絶対にぶたれてしまいますよ」

 

 テルクシノエは笑い声を上げた。

 

 「ははは。要するに、お互い惹かれ合う理由があれば他にはなにも考える必要がないということじゃ」

 

 「でも、こんなちんちくりんなリリに惹かれる理由があるとは思えません」

 

 「ネガティブな奴め」

 

 ハムザの発言に女神が継ぎ足した。

 

 「そうじゃ。それに几帳面で、真面目で、何事も整理したがる性格だな。ハムザとはまるで正反対。だからこそ惹かれ合うのじゃ。違うか?」

 

 「おい、あまり気色悪い事は言うな。まるで愛し合うカップルみたいじゃないか。いいか、俺は身近に置ける女を探していた。安全な居場所と強くなりたい願望を持っていたお前がそれを受け入れた。これで契約成立だ。お前が俺の欲しい物を与え、俺がお前の欲しい物を与え続けられる限り、この契約は続く。人間の関係なんて、そうやってシンプルに考えておけばいいんだ。永遠だの真実の愛だの、薄気味悪い物は神様にでも食わせていればいい」

 

 リリは肯定もせず、かといって否定もしないまま無言で歩き続けた。最初はひどく冷たい考え方だと思ったが、次第に妙に納得出来るものだと考えるようになった。ギブアンドテイクの関係に少しだけお互いへの好意が混ざれば、それだけで十分一緒にいる理由にはなるのかも知れない。そう思うと、少しだけ心が軽くなった気がした。

 

 ギルドに着いてから、三人は受付嬢のエイナとギルド長であるロイマンと話をした。エイナは最初、ハムザが元【ソーマ・ファミリア】であるリリを入団させたことに少しだけ驚いていたが、特に文句は言わなかった。

 

 「あら、そう」と簡単に返事をして、入団に関する書類を受け取ったエイナはデスクへ戻っていく。ロイマンは少し禿げ上がった頭に少しだけしがみついている髪の毛をさすりながら、小難しそうな表情を作って言った。

 

 「ところでテルクシノエ様のファミリアですが、住民税や課税申告書、居住登録証などの公的書類が未提出となっておりますな。ファミリア結成時にお渡ししている筈ですが、期日が迫っているためできるだけ早くご提出をお願い致します」

 

 テルクシノエはきょとんとした顔でハムザを見た。彼はすぐに首を左右に振ってから、リリを見下ろした。

 

 「リリが何か知っている筈がありません、ハムザ様。テルクシノエ様がご存じなのでは?」

 

 「う~ん…書類か。もらったかな?おぉ、そうじゃ。いつだかBBQをするための火種として使ってしまったかもな」

 

 「も、燃やしてしまったと…?」

 

 ロイマンは目を見開いた。

 

 「一体どうしてそんな事を?」

 

 「あぁ、思い出した。とっても腹が減っていたのに、身近には他に燃えそうな物がなかったからだ。分厚い書類だったからよく燃えたものだ。お前にも見せてやりかかったぞ、リリ」

 

 女神はハムザに頷いて、にやりと笑った。

 

 「どうせお前の権限でどうにでもなるじゃろう、ロイマン?」

 

 しかし豚顔の中年エルフは否定した。

 

 「無形の事柄なら口利きだけでどうにかなりますが…残念ながら、こういった書類は必ず形に残るものでして。書類には女神様の神血が必要ですし、偽造も出来ません。ですから何とか再発行はさせて頂くとして、提出は義務となっております」

 

 「まぁ、考えておくか。それよりソーマ・ファミリアの後処理はどうなった?」

 

 「えぇ、えぇ。それですが」

 

 ロイマンは待っていましたとばかりに声を弾ませて言った。

 

 「捕縛した団員の殆どに罪科がありまして。ギルドとしては、摘発にお手伝い頂いたテルクシノエ様方に感謝状を贈ろうと思っている所でございます。なにしろここまで大きな組織を摘発したことで、犯罪に対抗するギルドの能力と態度を世間に知らしめる事が出来ましたので…」

 

 「それに押収した物品はギルドの宝物庫でいったん保管してから、市場に出します。もちろん宝物庫の管理は私めが責任を負っておりますので…ここだけの話、押収品にご興味がおありなら一度訪ねて下さいますか?私の裁量次第では、不良物品として無償でお渡しする事も可能でございますので——」

 

 嬉々として語るロイマンの話をハムザが遮った。

 

 「あんな雑魚軍団の押収品には興味がない。それに感謝状なんかも要らん。エイナちゃんには、近日中にまた来ると伝えておけ」

 

 ぶっきらぼうな態度に肩を竦めるロイマンを後に、三人はギルドを後にした。

 

 「まったく、あいつは馬鹿だな。感謝状など贈られたら、うちが例の酔っ払いファミリアを乗っ取ったと暴露するようなものだ。押収品の横流しもそうだ。そんな事をあからさまにやっていたら、気づいて下さいというようなものだろう?」

 

 「意外と慎重なんですね?ハムザ様」

 

 「忘れて貰っちゃ困るが」

 

 ハムザは言った。

 

 「余計に目立つ真似はしない。なぜなら我が軍には偉大な任務が控えているのだ。ロキ・ファミリア乗っ取りという、偉大な任務がな」

 

 リリは隣を歩く女神にこっそりと助け舟を求めた。

 

 「テルクシノエ様、どうにかハムザ様を説得出来ませんか?どう考えても、うまくいくわけがないとリリは思うのですが」

 

 女神はリリに耳うちする。

 

 「呪いが解けてやりたい放題になったら、そのうち忘れる。放っておけばいいんじゃ。放っておけば」

 

 ●

 

 オラリオ最北端に位置する【ロキ・ファミリア】の〈黄昏の館〉近辺では、もう店仕舞いの時間だった。中心部から離れているためか、商業用店舗の数は少なく、まばらに建つ八百屋や肉屋などは日が落ちてすぐに戸を降ろしてしまうのだ。

 

 街灯がオレンジ色の光で夜の道を照らし始めるに連れ、立ち並ぶ民家では留守から戻った労働者が部屋に明かりを灯し、いくつもの窓から暖かい光が漏れ始めている。

 

 石畳をがたがた鳴らしながら、荷車を牽いた果物商が帰路をゆっくりと進んでいる。深く刻み込まれた皺から、彼がもう七十は過ぎているだろう事が分かる。老体には酷なのだろうか、荷車の車輪が石畳の深い溝に嵌ってしまうと、彼の力ではどうやっても抜け出せなくなった。

 

 溜息を吐いて、老人は顔を上げた。道に沿う塀の向こう側では、黄昏の館から漏れる光が街灯よりも輝いていた。建物内から大きな笑い声が聞こえてきて、老人は小さく「くそったれめ」と悪態を吐いた。引き手を握り締め、全体重を預けるように渾身の力を持って荷車を牽くと、車輪が溝から外れて荷車は再び重い音を鳴らし始めた。

 

 彼はもう、顔を上げてはいなかった。

 

 窓に頬を押し当てて、レフィーヤはその光景を見下ろしていた。

 

 「大変だなぁ…」

 

 彼女は視線を机の上に戻した。羊皮紙が散らばり、開きっぱなしの魔法書はもうずっと同じページのままだ。フィンに言いつけられた魔法の勉強だったが、とても身が入らないのだ。集中力という物は、例え気分が乗らない仕事でも執拗に反復を繰り返せば自ずとやってくる。だが今のレフィーヤのように二日酔いに苦しんでいれば、とうぜん思考の手綱は放り出されてありもしない方向へと飛んでいく。

 

 筆すらまともに持てずに苦しんでいたレフィーヤだったが、何よりも彼女を苦しめたのは、思考の行き着く先が決まってハムザから渡されたプレゼントのディルドだったことだ。袋に入れたまま引き出しに仕舞い、あわよくば存在そのものを忘れられたらと考えた彼女だったが、この一日はずっとその事ばかりを考えていた。ついに我慢できなくなり、レフィーヤは引き出しを開け、袋からそのディルドを取り出した。

 

 男性器を模した異形な遊具を手に取り、レフィーヤは生唾を飲み込んだ。

 

 そして椅子から立ち上がり、部屋の鍵を閉めた。部屋の同居人はまだ階下で談笑しているのだろう。今、自分は部屋に一人きりだ。

 

 (魔法の訓練も大切だけど、一応ハムザに言いつけられた方の訓練もやっておかなきゃね)

 

 ベッドに横になり、股を大きく開いてディルドを咥えた。日中から溜まりに溜まった欲望に身を任せ、一心不乱に舌を這わせていくと、下腹部がひどく疼き始めた。

 

 (もう我慢出来ない…入れちゃおっかな)

 

 するりと下着を脱ぎ、既にぐっしょりと濡れた恥部にディルドを押し当てた。その瞬間、ガチャリと大きな音を立てて誰かが部屋に入ろうとして来た。

 

 「あれ?レフィーヤ、いるの?」

 

 レフィーヤは飛び上がって乱れた洋服を直し、空返事をして鍵を開けた。

 

 「ゴメンっ!ちょっと勉強に集中するために、鍵を掛けちゃってた。アハハ…」

 

 同居人の少女は既に片付けられた机に目をやってから、頬を上気させ妙に赤らんだレフィーヤを見て訝しげに言った。

 

 「もしかしてレフィーヤ、いろいろ溜まってるの~?程々にしないと、またリヴェリア様に怒られちゃうよ?」

 

 「えっ!?えっと、何のことだか、分からないなぁ~。うん、全然わかんないよ。じゃ、あたしはそろそろ寝ようかなーっと。おやすみ!」

 

 レフィーヤは布団で全身を覆った。枕がいつもよりも高く感じたのは、とっさに枕の下にディルドを隠したせいだろう。

 

 

 ベル・クラネルは主神ヘスティアが日中のバイトでへとへとになり、布団の中で寝息を立て始めた頃にもぞもぞと動き出していた。

 

 蝋燭に明かりを点け、その僅かな光源を頼りに椅子に座り、机と向き合った。ここ数日、ベルはこうして決闘書に書く文章を考え続けていたのだった。

 

 女神を起こさないよう、かすれたように小さな声でベルは呟いた。

 

 「決闘の申し込みって、いったいどうやればいいんだろう…」

 

 そもそもだが、自分がハムザと闘って生き残る可能性は低い。まともに戦闘すら出来ない素人が、年上で実績も成長率も遥に勝る相手と闘って勝つなんてことは、いくら夢想家な自分だって想像すら出来ないことだ。オッタルに焚き付けられ、成り行きに任せて決闘を決意したベルだったが、どれだけ努力を重ねても一向に増えないステイタスの数値に、いまや自分の決断を激しく後悔していた。

 

 

 希望に満ちていたのはつい先日の話。今では剣を持つ相手と対峙することを想像するだけでも怖い。このまま逃げてしまえたら、なかったことにできたらどれだけ楽になるだろうとベルは考えた。しかし、もう後戻りは出来ない。そして自分でもはっきりと理解していた。

 

 この決闘で自分の未来が決まる。こうして底辺を這い蹲りながらダンジョンで野垂れ死ぬ日を待つか、あるいは称賛浴びる英雄として語り継がれる物語の主人公となるか。

 

 決断しなければならなかった。そしてベル・クラネルは筆を走らせる。

 

 「…とにかく、やってみよう。今日は書き上げるまで、絶対に寝ないんだ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。