※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

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第七章 -決闘の勝者-

【ロキ・ファミリア】乗っ取り計画の作戦会議が始まってから、もう数刻が経過していた。

 

 「遠征は公式発表によって明日だと分かっています。ですから事を起こすのは明日で決まりですが…問題は遠征の間も本拠を守る兵士達が、何十名も待機すると予想される事ですね。そうなっては私達はひとたまりもありませんよ、やめる決断をするなら今です、ハムザさま」

 

 リリは栗色の巻き毛をくるくるといじりながら、腕組みをして考え込むハムザにそう言った。ハムザ主導により計画された『ロキ・ファミリア』を阻止すべく、リリは必死の説得を続けていたのだ。

 

 「これはどう考えても不可能な戦ですよ。搦め手を用意したって、私達の戦力が乏しい以上は勝ち目がありません」

 

 ハムザは苦しげな表情を浮かべるリリとは正反対に、愉快極まりないという軽やかな顔つきで手元にあった珈琲カップを取り、一口飲んだ。両脚を背の低い丸テーブルに投げ出すと、リリが作戦立案のために用意していた、古ぼけたオラリオ市街地図がくしゃっと音を立てる。

 

 「いいか、俺の作戦は完璧だ。レフィーヤはもう陥落した。それにお前が変身して金貨を借りてきた行動も素晴らしかった。いいか、借りたのが重要なんだ。盗んだのではなくな」

 

 「ははは!」

 

 主神が笑い声を上げて会議に水を差す。彼女はベッドに横になり、何かの本を読んでいるらしい。作戦会議にはまるで参加する気がないのだ。先ほどからわざとらしく笑い声を上げて意味もなくちょっかいを出してくる女神を一瞥して、リリは先ほどの発言の真意を問う。

 

 「借りたのが重要というのは、どういうことですか?」

 

 リリはこの際、今までの自分の行動に対する評価などはどうでもよかった。そんなことよりも、どうすれば目の前のハムザが行動を思いとどまってくれるかどうかが、とても大事なことだった。

 

 ここ数日間、彼の作戦を支持しながら協力的な態度を取ってはいたが、ドンパチするその時を目前に、リリはどうしても勇気を奮い起こせなくなってしまっていたのだ。臆病、といわれるかもしれない。だが、リリはこれから超大型恐竜の横腹を、みすぼらしい木の枝で突っつきに行くようなものだ。ぎろっと睨まれてから、しっぽを一振り。これだけであの世いきに違いない。そんなリリの気持ちとは裏腹に、ハムザは落ち着いた様子で姿勢を直してから、机越しにずいっと顔を近づけて言った。

 

 「つまりだ、ここ数日でレフィーヤの評判ががた落ちしていると言う訳だ。これは俺の作戦に大きな影響を与える。いいか、今日もまたあそこに侵入して、何かしら問題を起こして来い、レフィーヤの姿でな。俺が直接出向いて呼び出せば、まぁ本人を外で足止めすることは出来る。その隙にお前は変身して、遠征時の守衛部隊の有無などの情報を探りつつ、レフィーヤの評判に決定的な損害を与える何かを探すのだ」

 

 ハムザは説明を続ける。リリは納得いかないという表情を作りながら聞いていた。どうやら危険に飛び込むのは、また自分の仕事らしい。

 

 同時に、謂れのない非難を受けているだろうレフィーヤを想うと、ほんの少しだけ胸が痛んだ。彼女は何も悪くないのに…。

 

 「レフィーヤを何とかして脱退させる方向に持っていければ最高だ。そうならなくても、アイズの情報は収集しておけ。当日ことを構えるに当たって、お前はアイズに変身してもらうからな」

 

 「本当に、やらなければなりませんか…?レフィーヤ様が、不憫ではありませんか?」

 

 上目遣いで哀願するリリに、横になっているテルクシノエが口を挟む。

 

 「大丈夫、大丈夫。お前が思ってる程悪い未来はやってこない。女神が保障するのじゃ。やってみろ」

 

 その言葉は、リリに落胆を与え、ハムザに決起の希望を与えた。

 

 「決まりだな」

 

 リリは「うぅ」と漏らして頷いた。いずれにせよ、そうと決まればやるしかない。後にどうなるかを今知る術はない。なるようになる。自分が何を言おうと、必ず賽は投げらるだろう。いずれ覚悟を決めるなら、早い方がいい。

 

 

 

 同時刻、【ロキ・ファミリア】の本拠は昼食で賑わっていた。来る遠征が明日に迫った事もあり、団員は戦闘や装備などの話題で盛り上がり、お互いに士気を高めあっている。そんな中、昨日リヴェリアから半日以上に及ぶ説教を受けたレフィーヤは、向かいのテーブルに座るアイズを盗み見ながら小さくなって食事を取っていた。

 

 いつもなら同年代の女性団員と歓談する所だったが、今のレフィーヤに積極的に話しかける人物はそうそういない。彼女自身、自分が孤立し始めていることを感じていたのだった。

 

 (はぁ…アイズさん、今日もすごく可愛いです…)

 

 レフィーヤの視線に気づいていたアイズではあったが、彼女は決して目を合わせない。無理もないか、とレフィーヤは心の中で溜息を吐いた。

 

 ハムザと社交場に行った日の帰り、「葉っぱ」の影響であまりにテンションが上がりすぎたせいか、本拠に帰ってくるなり歌を歌いながらアイズの部屋に直行し、寝息を立てている彼女の上にダイブをしたのだ。それだけではない。

 

 アイズが驚いて彼女を突き飛ばそうとするまでのほんの僅かの間に、レフィーヤはアイズの胸を揉んだ。直後に突き飛ばされて壁に激突し気を失ったレフィーヤだったが、柔らかい胸の感触は今もなお消えることはない。

 

 それが武勇の戦果という物だ。だが、それが不興を被ったのは明白だった。それ以来アイズは絶対にレフィーヤと目を合わせようとしないのだから。

 

 (嫌われてしまいました…)

 

 しゅんとして小さくなるレフィーヤとは対照的に、アイズは背筋をぴんと張り、遠征に向けて気持ちを高めていた。オラリオにおいて最強クラスの女性剣士からは、やるべきことはやったという自信が見て取れる。すると食器を持ったリヴェリアが近づいてきて、アイズに声を掛けながら隣に着席した。

 

 「アイズ、今日もあの男の所に行くつもりか?私はお前の言葉を信じてはいるが、何分心配でな」

 

 プレートに乗ったクリームたっぷりのクレープをナイフで切り分けながら、レフィーヤは彼女たちの会話に聞き耳を立てる。

 

 リヴェリアの言葉の意味は、はっきりと理解できた。きっとハムザとの性交トレーニングの事に違いない。アイズがあの冒険者と体の関係を持っていることは、レフィーヤにとっては瞭然たる事実だった。そして、それが彼女の強さの秘密であるということも。その秘密を知ることで、自分もようやく愛しのアイズと同じステージに立つことが出来たのだ。それなのに何故、こんなに距離が出来てしまったのだろう…。そう思うとレフィーヤは涙がこみ上げてくるのを感じ、何かが胸のあたりをずきずきと刺す感触に苦しんだ。

 

 「リヴェリア、心配しないで。私はハムザに借りがあるだけだから…」

 

 優雅な手つきで切り分けたクレープを口に運び、リヴェリアは舌鼓を打つ。

 

 「だがな、アイズ。お前があの冒険者のもとへ行くことと、ちょっとしたお詫びの気持ちを表明することは、全くもって釣り合わん。何か他にも目的があるのだろう?」

 

 アイズは逡巡した。戦闘訓練を一緒にしてあげる代わりに精液を貰っている何て言うことをリヴェリアに言ったら、自分はどうなってしまうのだろう。いや、やましい事ではない。絶対にそんなはずはない…。しかし、真実を告げる事が出来ずにいた。

 

 「…私は彼らの本拠を壊してしまったから、戦闘訓練をしてあげる約束をしたの…」

 

 「本拠を壊した?なんだ、惜しい事をしたな。ついでに中にいたハムザも一緒に片づけてくれていたら、私は今頃祝杯を上げていただろう」

 

 (そうなる寸前だったとは…言えない…)

 

 アイズは困ったように大きな目を左右に泳がせてからそっぽを向いた。

 

 そうして会話が終わってすぐ、レフィーヤは席を立ち自室に戻って行った。悲しみのせいで彼らの会話をこれ以上聞く気になれなかったのだ。

 

 あのアイズも自分と同じく、ハムザに関する秘密を抱えている。それにも関わらず、自分だけが孤立してしまったのは何故だろう。どうしてアイズは自分から離れていってしまうのだろう。そう考えると、レフィーヤの胸は悲しみで張り裂けそうになった。

 

 自室に戻ったレフィーヤは机と向き合い、引き出しの鍵を開けて一冊のノートを取り出した。羽ペンをインクで浸し、思いの丈を連なる羊皮紙に書き続けて行く。

 

 

 

 思いの丈をぶつけ終わったレフィーヤは、一呼吸おいてから魔法書を開いて勉強を始めた。並行詠唱を学ぶようにとリヴェリアに与えられた魔法書を、彼女は既に最終章まで読み進めている。レフィーヤは肩肘を付きながら指先ではらりとページをめくり、並行詠唱におけるあらゆる重要な点を述べた後に付け加えられていた『補足:発現済み危険魔法リスト』を読み始めた。

 

 『―――レベルや魔力による威力増幅に依存せず、対象に甚大な損傷や枷を齎す呪詛は危険な魔法として知られている。また、発現した例が極めて少ない即死魔法も言うまでもない。

 

 対象の命を抜き取る即死魔法は、蘇生魔法と対になる稀少な魔法だと考えられているが、どちらも極端に発現例が少ないため、本書において詳細に触れることは叶わない』

 

 呪詛も即死魔法も、今の自分には関係ない。もうスロットは一杯なのだ。それに自分は、この本の内容の九割を占める並行詠唱ですら習得出来ていない。最後まで読み進めてしまったと言うのにだ。するとレフィーヤの目が、次の項目に留まった。

 

 『―――以上が直接的に影響を及ぼす危険魔法の一般的な解釈である。しかし本書では、間接的に影響を及ぼす危険魔法が存在する事にも言及しておかなければならない。興味深い事例の一つとして、《ポドヴォチュエ村の少女》を紹介しよう。

 

 数百年前、二つの小国が血みどろの戦を繰り返していた時代、とある村の少女が変身魔法を駆使し、一夜にして戦争を終結させたという記録が残っている。少女は地上に降りた神にファルナを授かり、自由自在に姿を変えられる魔法を発現させた。そして捕虜として捕らえられた敵将軍の姿になり、敵国の城をあっさり開門させ、国王の杯に毒を盛った。翌日寝室で死体になった国王が見つかった頃には、その少女は既に家に帰り、農作業をしていたという。

 

 この逸話が私達に伝える教訓は、変身魔法がただの物珍しい、舞台芝居にうってつけなだけの魔法では決してない、という事である』

 

 レフィーヤはその文章に釘付けになっていた。もしも本当に変身魔法なんていうものが存在していたら、確かに危険極まりない。自分に変身した誰かが広場で裸踊りをするだけで、社会的に抹消されてしまう。恐ろしいことだ。更にページをめくり、先へと読み進めていく。

 

 『―――残念な事に、私のこの見解はこれまでのところあまり支持されていない。変身魔法も極めて発現例が少ないからだ。しかし、もしこのような魔法が悪巧みを好む人物に発現したとしたら、非常に危険な魔法になり得る事は言うまでもない。変身魔法は性質上極めて見破りにくいものだと認識されているが、衣服や道具をまとめてそっくりそのまま表現できる訳ではない。なのでもし周囲の人物が本物かどうか疑わしい場合、持ち物を確かめてみることだ。過去の記憶に関する質問も同様に有効だと思われる。しかし、この魔法の最も危険な所は、その存在の稀少性故、誰一人として目の前の人物が「偽者」であるなどと疑う習慣を持っていない、という点にある』

 

レフィーヤはぱたん、と本を閉じた。すると扉を叩く音が聞こえ、ティオナが部屋に入ってきた。

 

 「ねぇ、レフィーヤ。ハムザっていう冒険者が用事があるって来てるよー?追い払ったほうがいいかな?」

 

 勢い良く椅子から立ち上がり、レフィーヤは言った。

 

 「いえ、私が行きますから大丈夫です!丁度団長に返すお金を、貸金庫に取りに行こうと思っていたんです。ついでにあの冒険者にも会っておきますね」

 

 レフィーヤは「まぁ、私は絶対にお金を借りていないんですが」と付け加える。ティオナは軽く返事をして、部屋から出て行った。急な訪問に焦るレフィーヤは大急ぎで髪と服装を整えてから、ハムザに会いに降りていった。

 

 

 

 外出禁止令を出されていたレフィーヤは、ハムザと貸金庫に行くだけだからと言って何とかフィンから許可を得てから本拠を出た。それと入れ替わるように、レフィーヤの姿そっくりに変身したリリがすっと【ロキ・ファミリア】の門を潜った。

 

 「あれ?レフィーヤさん、もう帰ってきたんですか?それに、そのローブ…着替えたんですか?」

 

 いつもの魔法衣とは似ても似つかないほどみすぼらしい服装を纏う偽レフィーヤではあったが、門兵達は疑うこともなく館の扉を開いた。

 

 「うん。ちょっと忘れ物をして。魔法衣は、暑すぎるから脱いできたわ。じゃあ、ご苦労様。明日もよろしくね」

 

 麗しの次期エースに丁寧な挨拶をされた門兵は顔を赤らめて、疑いもせずいやらしい笑みを作っているだけだった。

 

 長館に入った偽レフィーヤは、なるべく人目を避けながら移動を開始した。既にここには二度足を踏み入れている。建物の作りは大体把握した。だが、油断することは出来ない。何故ならこれから挑む任務は、まさにインポッシブルだったからだ。

 

 (ばれずに行動して、遠征とアイズ様の情報も得て、レフィーヤ様の評判も落としてくる。なるほど、言うだけならすぐです)

 

 そして彼女の侵入をまるで知っていたかのようなタイミングで、団長のフィンが目の前に現れた。

 

 「やぁレフィーヤ。早いじゃないか。お金は受け取れたのかい?」

 

 「あ、えぇ~と。ちょっと忘れ物をしてしまいまして。あははは~…」

 

 フィンは鋭い眼差しで偽レフィーヤを見据えた。まるで友好的ではないその態度に、リリは今すぐ彼に背を向けて、大急ぎで逃げ帰りたくなった。

 

 「必ず今日中に、渡した五千万ヴァリスを返却してもらう。自分の行動に責任は持たないとね。まぁ、心配しなくていい。お金さえ貰えば、謹慎も解くし普段通りの生活をさせてあげるからね」

 

 (あぁ、やはりそういう話でしたか…)

 

 内心納得するリリに背を向け、フィンは階段を降りて行った。残された偽レフィーヤは経ったまま考え込む。

 

 (リリが受け取ったお金を、レフィーヤ様は返せていない。謹慎を食らうほど、評判は既に落ちている。後一押し、ってところですかね?)

 

 いけるかもしれない、とリリは思った。そうと決まればレフィーヤの件は後回しだ。次に片付けておきたいのは、アイズの情報収集だ。

 

 (アイズ様がお部屋にいる所にお邪魔するのは少々リスキーですかね…ここはレフィーヤ様の部屋で、何かアイズ様に関する情報を入手するべきです。例えば…日記とか)

 

 リリは迷うことなく、レフィーヤの部屋を目指して一直線に進んでいく。本来なら部屋の位置など知る由もないが、下調べを入念に行っていたリリは、先ほどまでレフィーヤが西側の塔にある一室で机に座って読書に没頭しているのを目撃していた。

 

 (わざわざ望遠鏡まで買ったのです…元盗賊を舐めてもらっては、困ります!)

 

 迷宮探索の地図製作マッピングで培った方向感覚を頼りに、リリはレフィーヤの寝室を見つけた。扉を調べると、鍵が掛かっていない事が分かったので、思い切って扉を開けて堂々と中に入っていった。

 

 

 部屋は空っぽだった。リリはレフィーヤの机を調べ始める。引き出しが三つあり、一番上の引き出しには鍵が掛けられている。リリはぽけっとから針金を取り出し、数秒後には造作もなくその鍵を解除し引き出しを開けていた。

 

 (ありました…これは間違いなく、日記です)

 

 リリはそれを読んだ。そしてその内容に絶句した。

 

 (う、これはあまりにも…ですが後には退けません…次に行きましょう)

 

 ふと、魔法書がリリの目に留まった。造作もなく机の上に置かれていたその『並行詠唱の心構え オッティー・スタンコ著』を、何気なくリリは開いた。そしてその内容に驚愕する。

 

 彼女が読んだのは栞が挿まれていた巻末の『変身魔法』に関する記述だった。危険極まりない変身魔法、対策は過去に関する質問や、装備の確認など。リリは歯噛みしながらその本を閉じた。

 

 (オッティーさん…誰だか知りませんが、余計な事を…)

 

 その時、リリの頭にある案が浮かぶ。

 

 そうだ、このままレフィーヤに変身した状態で、アイズから借りてしまおう。アイズ・ヴァレンシュタインの愛剣を。

 

 そうすれば、例え変身魔法の危険性を知っているレフィーヤからも十中八九疑われることはないだろう。本物のレフィーヤは「返してくれ」と言われて困る筈だが、当然返せない。剣を借りて返さないのであれば、彼女の評判は更に落ちる。そして彼らは明日遠征に行くのだから、暫くの間リリ達に危険は及ばない。名案だ、とリリは自画自賛する。

 

 (そうです…この際後で誰かに化けて、本物のレフィーヤ様から返済するお金を受け取ってしまいましょう。そうすればレフィーヤ様の居場所は、もはやなくなるに違いありません)

 

 しかしリリの良心が、本当にそれで良いのかと問いかけてきた。だが、リリはその声を振り払った。ハムザに従うと、神意に従うと決めたのだ。滅茶苦茶な計画ではあったが、意外とこれまではうまく進んでいる。もしかしたら自分がどうしようもないくらいの馬鹿で、彼が想像を遥かに超える大天才なのかも知れない。いずれにせよ、やると決めたからにはやるべきだ。ここで迷っている訳には、いかないのだ。

 

 (それでは次に、進んでみましょうか)

 

 

 

 部屋を出た偽レフィーヤはアイズを探して館内をうろついていた。時には団員に声を掛け、アイズを見ていないかと聞く。誰もアイズを見ていない。どうやらアイズは自室に篭っているだろうという事が分かった。さり気ない会話の中で、西塔の最上階がアイズの居室だと知ったリリは再び塔を上っていく。最上階に着いたリリは「アイズさ~ん」と大声を出しながら歩いていると、扉の向こうで少女の声がした。

 

 「レフィーヤ…?どうしたの?」

 

 (しめしめ、こちらでしたか)

 

 扉をノックし、偽レフィーヤは部屋に入っていった。

 

 「えぇっと、明日、ようやく遠征ですね。剣のお手入れは完璧ですか?」

 

 「それは…うん。えっと、どうしたの?レフィーヤ」

 

 落ち着きのない様子で歯切れの悪いアイズを無視し、レフィーヤ姿に変身したリリはどんどん畳み掛けていく。他人に成り代わっている時ほど、舌が回ることはないものだ。何せ自分は役を演じているだけなのだから。

 

 「先ほどハムザさんと話をしていたんですが…ちょっと剣を借りれませんか?並行詠唱の練習に、実践形式で挑戦してみようと思うんです。でも、彼の剣が壊れてしまって…この後、アイズさんはハムザさんと訓練をするんですよね?その時に返すように言っておきますから」

 

 しばらく無言で立ち尽くしてアイズは、やがてこくりと頷いた。

 

 「ハムザの頼みなら、いいよ。貸してあげる…」

 

 そう言って愛剣(デスペレート)を偽レフィーヤに手渡して、アイズは窓の外を見た。

 

 「ハムザによろしくね…それと、一つ聞いてもいい?」

 

 「え、あ、はい」

 

 「どうしてあんなことしたの?」

 

 リリには何のことか分からなかった。返答に窮する偽レフィーヤは、剣を握り締めたまま苦笑いを浮かべ、曖昧な呟きを残してそそくさと部屋を出て行った。

 

 

 (無視、された…)

 

 顔をしかめて佇むアイズに、麗らかな日の光が降り注いでいた。

 

 ●

 

 レフィーヤは貸金庫で五千万ヴァリスを受け取り、それをハムザに運ばせた。本当はその足で本拠までひとっ飛びといきたかったが、ハムザに用があると言われ、やむなく彼らの本拠までついて行くことにした。

 

 【テルクシノエ・ファミリア】の本拠で他愛のない会話を繰り返していたそんなハムザとレフィーヤのもとに、アイズが顔を出した。レフィーヤは驚いて立ち上がり、声を掛ける。

 

 「えっと、アイズさん!そんなローブを着てどうされたんですか?」

 

 「…目立ちたく、なかったから…」

 

 そう言って彼女はテントの中に入り、腰を下ろす。

 

 「フィンからの伝言で、金貨は私に渡してくれって。丁度私がお金を借りに行こうとしたら、レフィーヤから直接お金を貰ったほうが早いからって…」

 

 「あぁ、そうだったんですか」

 

 レフィーヤはアイズが普段通りに話しかけてくれるので喜んでいた。もう怒っていないのだろうか?と安心しながら、言われるがままに金貨の詰まった大袋を渡した。

 

 「そんな服装でも、デスペレートは手放さないんですね、アイズさん。ふふふ…じゃあハムザ、私は行くね。アイズさん、訓練がんばって下さいね!」

 

 「うん、ありがとう。ばいばい…」

 

 レフィーヤは外へ出て行った。取り残されたアイズは、ふぅと溜息を吐いてから言った。

 

 「ここまでして大丈夫でしょうか、ハムザさま、女神様?」

 

 彼らはアイズが偽者であることを見抜いていた。みすぼらしいクリーム色のローブが、いつもリリが纏っているものだと知っていたからだ。

 

 「剣を盗んできたのか?まぁ、やるからにはとことんだ。悪くない。それよりリリ、首尾はどうだった?」

 

 「完璧です…あ、その。遠征時の守衛部隊については聞きそびれましたが、それ以外は完璧ですよ。剣については、この後のアイズ様との訓練で返却する約束ですが…『俺はレフィーヤに渡した筈だ』とだけ言ってしまえば、どうにかなるでしょう」

 

 「えげつない事するなぁ。レフィーヤは大目玉を喰らうこと請け合いだぞ…」

 

 少しだけ逡巡したハムザだったが、うんうんと頭を立に振ってからレフィーヤから得た情報を伝える。

 

 「ついさっき聞き出したところだが、奴らが留守の時も、当然本拠を守る部隊はいるようだ。だがどいつもこいつも戦力にならないカスばかり、俺の敵ではないだろう」

 

 「そうですか?あ、それとこれも手に入れました」

 

 そう言ってリリは懐からレフィーヤの日記帳を取り出した。

 

 「言っておきますが、強烈ですよ?」

 

 ハムザは開いた。読んだ。

 

 「これは、爆弾だな…」

 

 急に興味を示した主神が割り込み、それを横取りして読んだ。

 

 「なるほど…天才だな」

 

 「いや、狂人にしか思えないが」

 

 「まぁ、そうかも知れん。だがな、紙一重なんじゃ、天才と狂人は」

 

 

 

 

 ハムザがアイズとの最後の戦闘訓練に向かった後、リリは変身魔法を駆使してハムザの姿になった。哀れなレフィーヤから巻き上げた計一億ヴァリスを使って、明日の決戦のために少しでも良い装備を買う予定だったのだが、見た目が幼いリリでは相手に舐められるため、強面なハムザに成りすまして交渉を優位に進めるつもりだった。

 

 彼がいつも装備する古びた長剣は、訓練のために持っていかれてしまった。アイズから拝借した随分豪華な剣デスペレートを携え、昔ハムザが装備していた新米冒険者用の鎧を着込み、リリは外に出た。

 

 というのも、ハムザにはもう一つ鎧があった。曰くつきの鎧らしく、買い取った店主はそれを「呪われている」と言っていたらしい。このところダンジョンには潜っていないため、ずっと埃を被ったままの鎧だったが、リリは恐ろしくてそれを着る気になれなかったのだ。

 

 新米冒険者用の装備でも、大き目のマントにすっぽりと収まってみれば、なるほど格好はつく。少し背の低く見える偽ハムザは、出来るだけ他人の目を避けるように人通りの少ない裏道ばかりを選びながら、目的の武具屋を目指していた。

 

 無理もない、自分が背負っているのは一億ヴァリス分の金貨だ。重みでとろとろと歩いている内に盗人に目をつけられれば、一巻の終わりだ。この時間は、大抵の盗人は大通りで我が物顔に獲物を探している。暗くなる前は、むしろ裏通りの方が安全だという事を、リリは経験から身に染みて知っていたのだった。

 

 遠回りでも構わない。まずは無事に武具屋に着く事が重要…リリがそう思っていると――。

 

 「見つけたぞ、腰抜けめ」

 

 そこには猛者(おうじゃ)オッタルが、小柄な白髪の冒険者を従えて行く手を遮っている。

 

 「…?」

 

 状況が飲み込めない偽ハムザことリリだったが、その少年ベル・クラネルが言った。震えながら。

 

 「えっと…ハムザさん、すみません。--死んでくださいっ!」

 

 直後、彼は跳躍していた。見上げたリリの目に飛び込んできたのは、太陽を背に、いつのまにか帯剣したナイフを振り下ろす彼の姿。咄嗟に飛び退いた弾みで、背負っていたバックパックの紐が重みに耐えかね切れた。じゃらり、と中身が飛び出して、バックパックは地面に横たわる。偽ハムザは大声で叫んだ。

 

 「一体何のつもりで…つもりだ!」

 

 大通りを避けたのがまずかったか。人通りの少ない裏通りでは、通行人も滅多に来ない。いや、あの猛者の事だ。どうせ今頃【フレイヤ・ファミリア】の仲間を使ってここ一体を通行止めにしているに違いない、どちらにしても同じこと。今更後悔しても遅いのだ。鋭い眼光を放つオッタルが、厳めしく腕組みしながら口を開いた。

 

 「果し状を無視し、返事すら送らないとはいい度胸だな、ハムザ・スムルト」

 

 「はたし…じょう?あっ」

 

 リリは自分がどうして襲われているのかを理解した。この前届いた、抱腹絶倒を禁じえない決闘書の事だ。本当だったのだ…本当にベル・クラネルはこちらと勝負するつもりらしい。

 

 「…俺が何をしたって言う?」

 

 動揺を出来るだけ悟られないように、胸を張ってリリはハムザを演じる。こんな時にも、彼なら自信たっぷりでこうするだろう。しかし、リリは完全に自分の腰が引けてる気がした。

 

 対するベル・クラネルは、そんな偽ハムザの威勢にすっかり面食らっているようだった。短剣を構える彼の姿勢も、まるで見えないロープで腰を引っ張られているかと思われる程、異常な及び腰だ。

 

 「う、うるさいっ…ボクだって、ボクだって女の子とイチャイチャしたいんだ…っ!」

 

 憐れな心の叫びの後、少年は意を決して飛び込んできた。

 

 ――遅い。

 

 リリはいつもの体を操る時と同じ様に回避しようとした。しかし鎧を着込んだ成人男性の体は思いのほか重く、突進を避け切る事が出来ない。

 

 「きゃっ…!」

 

 まるで似つかわしくない野太い悲鳴をあげ、偽ハムザは少年の渾身の突進を一身に受けてしまった。馬乗りになったベルは、喉元を狙って短剣を振り下ろす。

 

 「ま、まいったっ!まいった!」

 

 偽ハムザは叫んだ。そしてベルは振り下ろす手を止めて、愕然とした表情で言った。

 

 「…か、勝った…?神様、ボク、勝てたんだ!?」

 

 飛び跳ねて歓喜する少年に、労わる目つきで武人は僅かな笑みを送る。そして高々と宣言した。

 

 「…勝者、ベル・クラネルっ!!」

 

 (えぇ~~~っ!?)

 

 リリは心で叫んでいた。何だ。この茶番は何だ。自分はハムザではないし、もし変身していなかったらあんな突進を避けるなど造作もない。軽がると避けて、本拠に戻って、紅茶を淹れて、一息ついてから戻ってきても間に合うくらい、とろい突進だったのに。

 

 いっそのこと変身を解いて、決闘を無効にしてしまおうか?リリは迷った。もしここで変身魔法の事をばらしてしまっては、これからの作戦に支障を来す可能性があるかも知れない。

 

 どうするか決めかねているリリを横に、オッタルはいつの間にか散乱した金貨をバックパックに詰め込み、「勝者の権利だ」と言ってそれをベルに手渡してしまった。それだけではない。偽ハムザが帯剣していたアイズの愛剣ですら、オッタルは取り上げた。そして彼は、リリにとっては理解不能な宣告をした。

 

 「…アイズ・ヴァレンシュタインはもうお前のものではない。このベル・クラネルのものだ。肉体関係を持つ権利はお前からこの少年に移った」

 

 リリは、それがどうしたといった口調で返事をする。アイズなんて小娘、リリにとってはどうでもいいのだ。

 

 「そ、それは構わない…むしろ好都合だ。…でも、相手は剣姫だぞ?」

 

 「…私は猛者だ。Lv.6だろうと、小娘一人に遅れを取る事はない」

 

 リリはそれでも続ける。

 

 「…ロキ・ファミリアだぞ?」

 

 対する武人も一歩も引かない。

 

 「我々はフレイヤ・ファミリアだ」

 

 (あぁ、そーですか。戦争なり何なり、好きにして下さい。リリには興味がありません)

 

 剣もお金も取り上げられてしまったリリは、くるりと背を向けてとぼとぼと歩いていった。今、いざこざを起こすべきではない。お金を取り返すならば、何か別の方法で解決するべきだ。

 

 すぐさま、ベルが勝利の雄叫びを上げた。その貧弱な声色に、リリは激しい怒りを覚えた。

 

 (…覚えていなさい。絶対に許しません。あなたなんて…あなたなんてハムザ様の手を借りなくとも、リリが葬って差し上げますから)

 

 今だけは喜んでいろ、そう呟いてリリは去っていった。

 

 ●

 

 ベルが裏通りで決闘に勝利し、雄叫びを上げた頃、ハムザはアイズとの最後の訓練に臨んでいた。だが、いつも通り訓練などは始まってもいなかった。すこしとろんとした目つきで、眠そうなあくびを繰り返すアイズを見て、ハムザは拵えた簡易ベッドに横になり「睡眠の練習だ」と言って彼女を手招きした。

 

 「…そういえば、剣は持ってきてくれた…?」

 

 手招きには応じず立ち続けるアイズの問いに、ハムザは大きな欠伸をした。

 

 「ふあぁー…。あぁ、剣だがな。レフィーヤに渡してしまった。後で受け取っておけばいいだろう」

 

 「そう…」

 

 オラリオを見下ろす外壁の上には、絶え間なく力強い風が通り続けている。金髪を靡かせながら、アイズは眠そうに目をしばたかせてハムザの横にちょこんと腰掛けた。

 

 「ハムザはいつも、楽しそうだね…」

 

 人形のような表情を歪ませて、少し羨ましそうに彼女は呟く。

 

 ハムザが反射的に後ろからアイズの腰に手を回すと、彼女は抵抗もせずにまたぽつりと呟いた。

 

 「…それは、毎日セックスしているから…なの?」

 

 相変わらず意味不明な思考回路だ、とハムザは思った。しかし向こうから破廉恥な話題を持ちかけてきたのだ、応じないわけにはいかない。鴨がネギを背負ってやってきたら、鴨狩の名人でなくとも()()()()()をしてやろうと思うのが、人情というものだ。

 

 「もちろんそうだ。毎日のセクロスこそが、人生に絶え間ない笑顔を与える」

 

 ハムザは眠気を堪えているアイズに畳みかける。

 

 「俺クラスの冒険者の場合、セクロスが与えるのは笑顔だけだはない。強さと豊かさもだ。だからそろそろな、アイズちゃん。そろそろそのボディーをじっくり堪能させてくれないか」

 

 「それはは駄目…。リヴェリアに強く言われてるし、それに…」

 

 「…」

 

 アイズはもごもごと言い淀んだ。しかしハムザは、確かに彼女が『ハムザは私を愛していないから』というような言葉を零したような気がした。 

 

 (まったく、出会った時はやれそうだったのに、急にガードが固くなってしまったな。次にリヴェリアちゃんと会ったら、がつんと言ってやろう。セクロスこそが偉大なる人類の目標だとな)

 

 

 「まぁ、あの剣姫にいつでもオナニーを見せつける事が出来ると思えば、それで良しとしておくか…」

 

 ハムザは隠しもせず、心の言葉をそのまま口にした。アイズは僅かに反応し、ハムザに体を向けた。

 

 アイズの目線がハムザの股間に注がれた。臆面も恥じらいもなく、剣姫は一物が眠るその一点をじっと見つめている。次第にハムザの中でむらむらとした欲望が膨らんでいき、やがて股間は芯を伴って、ズボンの中で苦しそうに直立した。

 

 「…寝ようかと思ったが、ここで一発も悪くないか。どれ、アイズや。日ごろの頑張りを讃え、今日はたくさんご褒美をくれてやろう」

 

 剣姫を眼前にオナニーでもしながら、一発抜いておこう。そう思ったハムザは体を起こして立ち上がった。その時、ぽけっとにしまい込んでいた日記がばさりとアイズの膝の上に落ちた。

 

 「…?」

 

 日記帳は落下の勢いで開いたまま両膝の上に乗っかっている。そのせいで、アイズが視線を落とした時には簡単に中身を読み取る事ができてしまった。

 

 

 

 『十月十一日。今日、初めてアイズ様とお話できました。お人形みたいに可愛くて、とっても素敵です』

 

 「ハムザの、日記帳…?」

 

 アイズは高まる鼓動を感じ、一度ぱたんと日記帳を閉じてハムザを見つめた。

 

 (まずいか…?)

 

 ハムザは返答に窮した。レフィーヤの日記帳をリリが無断で拝借してきた事がばれたら、どう言い訳をしたら良いだろうか。借りたとでも言えばいいか、あるいは白を切るか。

 

 「あ、あぁ。そう、俺の、だったかなぁ。そんな気もする、ははは」

 

 つい無意識に、ハムザは適当にはぐらかしていた。しかしそんな反応にも納得したのか、アイズは「読んでも良い?」と告げてから返事もまたずに再び日記帳を開いた。

 

 『十月二十日、アイズさんきゅんきゅん!あぁ、あの柔らかそうなほっぺをつねってみたいです!』

 

 アイズはこの一文を読んだだけで、この日記帳が全てを解決する鍵になるのではと思った。直感が胸の高鳴りを伴って、はっきりとそう告げているのだ。日記の日付を見た。何年も前から始まっている。

 

 やっぱり、そうだと彼女は感じていた。

 

 ハムザは、こんなにも前から自分の事を想っていたのだ。

 

 『今日もアイズさんを想って、5回もオナ二ーしてしまいました。でもまだまだやれるはず!明日は6回目指してがんばります!アイズさんラブ!はぁはぁ』

 

 「意外と…女の子みたいな文字を書くんだね、ハムザ…」

 

 胸に手を当てながら、頬を赤く染め、瞳を潤ませて、剣姫は盛大な誤解の果てまで突き進む。ハムザはアイズのあまりの鈍感ぶりに半ば呆れ、半ば面白がりながら言った。

 

 「俺が実は乙女だったってこと、皆には内緒だぞ」

 

 「うん…そうだね。もっと読んでも、いい?」

 

 「もちろんだ。どうなっても知らんがな」

 

 『記録更新!なんと今日は9回もいけました!でも、自分がこんな変態だってばれたら、アイズさんは幻滅するかな?あ、でも、実はアイズさんも変態かもしれません!いけない、そう考えたら興奮してきた。10回目に挑戦しようかな』

 

 「ハムザが変態だってこと、私は知ってるよ…」

 

 「そうだったのか?皆には、絶対に言うなよ。幻滅されるだろうからな」

 

 アイズは真っ直ぐな瞳で『私は幻滅したりなんかしない』と訴えかけてから、一呼吸置いてもう一度日記帳に視線を落とした。

 

 『アイズさん、大好きです!大大大好きです!結婚してください!あぁ、でも出来ないよね、無理だよね…。うぅ、悔しい。今日、アイズさんがラウルと話してた。あの男、鼻の下を伸ばしていやらしい顔してた。だから、思いっきり頭を叩いてあげたら、おとなしくなりました』

 

 「…ハムザ、ラウルを叩いたの?だめだよ、そんな事…」

 

 天然アイズはそれがレフィーヤの日記帳だとは露知らず、どんどん先へと読み進めていった。先に進めば進むほど内容は過激になり、仕舞いには意味不明な叫びだけが並んでいた。

 

 『アイズさん!アイズさん!アイズさぁぁぁん!はぁはぁ!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!私のお嫁さんになってください!あぁぁぁ!』

 

 アイズは無言で日記を閉じた。ところどころに『遠征』や『宝玉の胎児』などどう考えても【ロキ・ファミリア】の団員しか知らない筈の情報が出てきている上、一人称も『私』であることから、普通の人間ならそれがハムザの所有物ではない事は一目でわかるものには違いなかったが、アイズが考えていたのはそれとは違う全く別の事だった。

 

 「ハムザは…こんなにも前からずっと私の事を想ってくれていたんだね…」

 

 「えっ?…あぁ、まぁな。そういうことだ。うん、その通り」

 

 だが、それから一度難しそうな顔をして、アイズは考え込んだ。

 

 (でも…口調がちょっと、変?)

 

 これはハムザのぽけっとから零れ落ちたものだ。だから彼の物には違いない。口調がおかしく感じるのは、きっと気のせいだ。或いはハムザの隠された内面は、ほんとうにこんな感じだったのかもしれない。だが、決断とは、いつも都合の良い選択を無意識に選んでしまうものだ。アイズは疑念に目を向けるのを止め、目の前の変態冒険者の赤色の瞳をじっと見つめた。

 

 その瞬間、彼女の中で、何かが外れた。今まで散々自分の行動を制限していた枷のようなものが取り払われ、思考の歯車ががたがたと回り始めた。

 

 (ハムザは私を愛してくれてる…経験値の素だって、いつもくれる。それなのに、私は何もあげないで彼を拒絶してばっかり…。ううん、それはいけない。ハムザが欲しいもの、ちゃんとあげないと…)

 

 今となっては、リヴェリアだって説得させられる気がした。この日記帳に綴られた自分への想いの丈を見せてやれば、たとえモンスターだって理解するだろう。ハムザが自分を愛し続けていたということを。

 

 

 アイズは身を屈め、ずいっと顔を股間に近づけてきた。さらり、と肩にかかった金髪が流れ落ちた。それから頭を少しだけ上げて、ハムザをちらりと見上げた。

 

 「したかったら…しても、いいよ…」

 

 ハムザはがばっと起き上がり、アイズの肩を両手で揺らした。

 

 「なんだと!やるぞ、今すぐに!」

 

 やる気満々のハムザに対し、アイズは「でも…」と視線を逸らして、もどかしく返事した。

 

 「あの…私はどうしたら良いか、よく分からないから…」

 

 「それなら、俺の言う通りにしてみろ」

 

 ハムザはアイズがどでかいマグロだったことを思い出し、どんな命令を出すべきかと考えた。抽象的なものはダメだろう。なるべく直接的な命令であれば、彼女も理解しやすいかもしれない。

 

 よし、と一言入れてから、支持を待つアイズに告げた。

 

 「まず、鎧を外して、上の服を全て脱ぐんだ」

 

 「うん…」

 

 特に恥じらう様子も、抵抗する様子もなくアイズはのろのろと鎧を外していった。どうやら訓練の際は軽装で来ているようで、胸当てなどのプレートを外した下には、もう真っ白な肌着が見えている。アイズがそれをがばっと脱ぐと、白い艶のある肌と十分にその存在を主張する形の良い双丘が露になった。

 

 「上を、脱いだよ。ハムザ…」

 

 (裸になること自体は、まぁズリネタに使っている時にもさせているから、特に問題はないか)

 

 「よし、じゃあ下を脱ぐんだ」

 

 いわれた通り、アイズはショーツに手を掛け、それを一気に下ろした。

 

 アイズの裸体は全て曝け出されていた。見るだけで情欲をそそる若い肢体は、女神と見紛う程の美しさを放っている。だが、当の本人は一度だってそんなことを意識したことがないのだろう。彼女はまだ自分の魅力には気づいておらず、それを有効的に使うことも学んではいなかった。だからアイズ・ヴァレンシュタインは、惜しげもなくその完璧な若い肢体をあっさりと変態冒険者へと曝け出したのだろう。

 

 「それで、次はどうするの…?」

 

 アイズは首を傾げながら、両手で胸を隠した。今更ながら、羞恥心が芽生えてきたのだろう。ハムザは考えた。

 

 「一応聞いておくが、これは素晴らしいセクロスを学ぶための手順を、ゆっくりと確認している」

 

 「うん…わかってる」

 

 「今日学んだことは、次も、その次も実践するのだ。そして基本を押さえたら、今度は自分の頭で応用を考えるのだ」

 

 「うん、わかった…」

 

 「よろしい、よろしい。じゃあ、そこに腰かけて両脚をしっかり開いて、おまんまんを開帳するのだ」

 

 「お、おまん…まん?」

 

 きょとんとしたアイズだったが、数秒後に言われた意味を理解して、顔を赤らめた。流石の第一級冒険者であっても、異性を前に両脚を広げ恥部を曝け出す、などという冒険は躊躇われるのだろう。

 

 だが、ハムザは容赦しなかった。足首を掴み、それをぐいっと広げた。アイズは恥辱の声を上げたが、抵抗はしなかった。

 

 「良いか、アイズよ。セクロスしたくなった時、何となく男を誘惑したい時は、密室に連れ込んでこうしておまんまんをご開帳すれば万事解決だ。よーく覚えておくんだ」

 

 無垢な少女はうん、と頷いた。

 

 「そうして唇に指を当て、物欲しげな顔をして、情欲をそそる目つきで微笑む。こうすれば、どんな馬鹿男だって理解するものだ。やれる、ってな」

 

 「ハムザ…。私は…他の人と経験したいわけじゃない…けど…」

 

 「それはそれ、これはこれだ。どれ、やってみろ」

 

 アイズはハムザに言われた通り両脚を大きく広げながら指を唇に当てたが、無表情のままだったので随分滑稽な姿となった。『微笑む』という行為が、どうやら彼女にとっては難しいようだったので、ハムザはすぐに諦めた。

 

 「まぁ、時には誘惑などしない方が、かえって自然でいいものだ…。それでは、次のステップに移る。いよいよ男が我慢ならんとなった時にするのが、フェラチオだ」

 

 それは知っている、とアイズは頷いた。そして、ハムザはいつの間にか取り出していた股間を彼女の目の前に突き出した。

 

 「これを咥えてみろ」

 

 まじまじといきり立つそれを熱い眼差しを浴びせ、アイズはゆっくりと口を開き…そしてがぶりと噛みついた。

 

 

 

 「ぎゃああああああああああああああ!」

 

 バサバサと大声に驚いた鳩が飛び立った。往来の人々が、高台の上で鳴り響いた絶叫に気づき顔を上げたに違いない。

 

 「噛みつく、とは言ってない!!」

 

 石積みの高台に寝っ転がり、股間を抑えながら悶え苦しんでいるハムザは、目に涙を浮かべながらそう叫んでいた。困った表情でおろおろとするアイズ・ヴァレンシュタインは、どうしたものかと両手を頬に当てて無残に転がるハムザを見下ろしている。

 

 「グッ…うおお…ど、どうしてそんなことを…」

 

 「だって…ソーセージみたい、だったから…つい」

 

 痛みを堪えながらよろよろと立ち上がり、ハムザはしっかりと突っ込みを入れた。

 

 「お前は躾けの悪い犬か!…っと、とにかく、仕切り直しだ」

 

 すっかり萎えてしまった股間を突き付けて、ハムザはアイズをしゃがませてしっかり舐め上げるように強く言い聞かせた。

 

 「いいか、ぜっったいに歯を使うんじゃないぞ。唇と舌だけで頑張るのだ」

 

 「うん…わかった」

 

 ぺろ、とひと舐めしてから、アイズは動きを止めた。苦い表情で一言、「…変な味」と言ってそれきり何もせず、じっと屹立するそれを困惑の眼差しで見つめ続け始めた。

 

 「こら、サボるんじゃない。もっと頑張るんだ」

 

 「…私はこれ、あまり好きじゃない…」

 

 この発言は、彼を随分と凹ませた。ハムザは胸に、冷たい石がずっしりと迫り来るような思いを感じながら、平静を装おうと必死に何も考えないようにつとめた。だが、塔の上でさらさらと靡く金髪が敏感な箇所に触れる心地よさも、滑らかな白い肌を染める微かな少女の恥じらいも、今ではハムザを興奮させることはなくなった。

 

 みるみるうちに彼の股間は勢いを失くし、やがてへにゃりと元気なく萎れてしまった。

 

 「…?どうした、の…?」

 

 きょとんとして小首を傾げるアイズに、ハムザは優しく言ってやった。

 

 「…お前はムードというものをぶち壊すことにかけては天才だ」

 

 「…ありがとう……?」

 

 「褒めている訳ではない」

 

 訳が分からないと小さく肩を竦めるアイズは、項垂れるハムザの股間をじぃっと見つめ、桃色の唇を小さく開いた。

 

 「でも、今からするんだよね……?」

 

 「むろん、そのつもりだ。だがな、アイズちゃん。俺はお前が積極的になることを期待していたのだ。受け身ではなく、奉仕の悦びだとかそんなやつを、感じてくれるのではと思ったのだ。だが、結果はこのざまだ。とにかく、そういう訓練は今後に期待するとしよう。今はアイズちゃんの体を堪能することだけで良しとする」

 

 ハムザはアイズを簡易ベッドの上に寝かし、上から彼女に覆いかぶさった。

 

 (結局…こうなるのか)

 

 まぁいいか、と一度息を吐いてから、ハムザは若い体をじっくりと堪能し始める。

 

 まずは、彼女の双丘を。

 

 この世の物とは思えない肌触りが、ハムザの欲求を満たす。大きいだけでなく、形も良い胸を優しく掌で揉んでやると、少女から甘い吐息が漏れた。その物欲しげな吐息は、ぴんと張り出した乳首に彼女が気づいた途端、さらに熱量を上げた。

 

 目を潤ませて可愛らしい喘ぎ声を上げる金髪少女の表情は、あまりにも魅力的で美しい。これが、神すら指を噛んで悔しがると言われる少女の美貌だ。それを今、独占している。彼女の初めてを頂戴するのが、他の誰でもない自分だと思うと、とてつもない優越感が込み上げてきた。

 

 アイズの目は、明らかに「もっと、もっと」とせがんでいた。自分から奉仕をすることは消極的だったが、受け身であろうとも感度が良ければ悪くはない。ハムザは痛そうなほど硬直したアイズの乳首をいやらしく吸い上げた。すると、アイズから期待通りの甘美な喘ぎ声が漏れ、心地よい音楽が耳を楽しませているような感触だった。

 

 そうして暫くの間は、裸同士で抱き合いながらアイズの求める場所を愛撫し、ハムザは楽しんでいた。しかし、少女の目つきは「もっと、もっと」と要求のレベルを上げてゆく。充分に上半身を堪能してから、彼女の期待に応えてやるように、すっと内ももあたりに手を伸ばした。

 

 「…ぁっ…」

 

 それは小さな、小さな感嘆の声だった。内ももをぎゅっと握ってやると、滑らかな肌が指先に食い込んだ。

 

 「…んっ…」

 

 アイズははぁはぁと息を荒げ、快楽に頬を赤く染め、期待に瞳を輝かせている。そして、いよいよ彼女の割れ目に指先を這わせてやろうという瞬間に、アイズの唇を奪った。

 

 驚いて目を見張った彼女だったが、すぐにそれを受け入れ、目を瞑り両手を首筋に絡ませてきてから、熱いキスを返した。

 

 言うまでもないことだが、アイズの恥部は既に十分に濡れていた。それは全ての準備が整っているという合図でもあった。少女の美貌に余裕をすっかりなくしていたハムザは、既に限界まで膨らんでいるペニスを割れ目に当てがった。

 

 そして、それをアイズの割れ目に押し入れた。

 

 違和感は直ぐに感じ取れた。押し入った股間が、アイズの膣の中で猛烈に吸い込まれたような気がした。驚いてハムザは挿入された付け根のあたりを確認するが、何も異常はないようだ。

 

 だが慣れないアイズがぐっと力を込めた途端、膣はハムザの股間を猛烈に吸い込んで刺激する。あまりに強烈な攻撃に驚愕しながら腰を振るのだが…僅か数十秒ほどで、あり得ないほどの快感が波になって股間に押し寄せてきた。

 

 「あ…あれっ…?」

 

 急いで腰の動きを止めたものの、その大波を御しきれず、ハムザは大量の精液をアイズの中にぶちまけた。どくどくと脈打つ股間の興奮を感じながら、依然として強く吸い込むアイズの膣は、全てを飲み込まんとする勢いで猛烈に精液を吸い上げている。

 

 「……?」

 

 アイズはまさしく、きょとんとしていた。急に動きを止めたハムザに、何かまずかったかと問いたげな様子だ。しかし、程なくしてハムザが既に達したことに、彼女は気づいた。

 

 「…えっと…終わった、の…?」

 

 「え、えー…ごほん」

 

 ペニスを引き抜くと、白濁の液体がどろりと彼女の割れ目から零れ、内ももを伝って落ちていった。

 

 (しゅ、瞬殺だと…?この俺が…?)

 

 ハムザはこの時、アイズ・ヴァレンシュタインの真の恐ろしさに気が付いた。百戦錬磨の士が、剣を初めて持っただけの新兵に無残に打ち倒されたのだ。常識では、そんなことが起こり得る筈はない。だが、ここはオラリオ。常識など、恩恵を受けた体を前には台風の中のかがり火でしかない。

 

 負けは負け。それはそれとして、ここで気落ちして適当に言い繕って終わってしまっては、自分のプライドが許さない。ハムザは人生で一番真剣な表情を作り、ぼーっとしているアイズに真顔で言った。

 

 「…二回戦、お相手願えるか」

 

 

 ●

 

 暖かな夜の優しい風に包まれながら、ハムザは本拠への帰路に着いた。アイズとの組み手には、全て瞬殺という結果に終わっていた。もう、涙も枯れ果てた。経験値の素でさえ、もう一滴も出る気はしなかった。人生において、このような惨敗は初めてだった。

 

 敵将を一方的に嬲り倒したあと、騎士道精神の塊である少女は敗者に慈悲を与えた。

 

 『遠征から帰ったら、好きなだけ使っていいよ…。私、ハムザが喜んでくれるのが、嬉しい』

 

 完敗だった。自分はアイズを、一度たりともいかせることは出来なかった。代わりに何度も何度も、アイズはハムザを軽々と射精に導いた。まるでぎこちなく、要領も得ていない筈の初物は、とんでもない化物だったのだ。

 

 だが、圧倒的な能力の差を突き付けられてはいたが、ハムザは清々しい思いで帰路についていた。それは敗北という甘美な果実を、一滴残らず味わい尽せるからなのかも知れなかったし、あるいは単純にたくさん出せていい気分だったからなのかも知れない。

 

 本拠に着くと、主神が嬉しそうに話しかけて来た。どうやら額縁がもう少しで完成するらしい。ハムザは何故かとても嬉しくなった。

 

 「額縁が来るんなら、そろそろ引越しも考えなければならんな。このでかい彫刻の置き場所にも困っているだろう」

 

 先ほどまでの組手のことは、すっかりどこかへ飛び去って行った。敗北の悔しさは翼を得て、どこかへ飛び去った。ハムザとは、それほどまでに切り替えの早い楽天的な性格だったらしい。

 

 「そうじゃな。リリが戻ったら、有り金を確認してそろそろまともな家を探すか。テント暮らしも悪くはないが、何分手狭になってきたからの」

 

 引っ越し…次に住む場所は、城か宮殿か。どちらにせよ、大きな居城に召使を侍らせて、好きな時な好きな女を抱く生活も、悪くないではないか。

 

 「あぁ、そうだ。ロキ・ファミリアを乗っ取ったら、奴らの本拠に住めばいいのか。まぁ、それも明日には完了する。あいつら、可愛い女の子たちを残して全滅してくれれば楽なのだが」

 

 主神は肯定も否定もせず、微笑みだけを浮かべていた。それから暫くの間、テルクシノエは読書に没頭する。するとふと思い出したように、女神はぐうたらと横になりながら何もしていないハムザに言った。

 

 「あ。そういえばじゃ、最近ステイタスの更新をサボっていたな。久しぶりにやっておくか?」

 

 「あぁ、明日は決戦だ。やるに越したことはないだろう」

 

 

 ●

 

 

 その頃、リリは未だに本拠には戻らずにいた。決闘に敗れた事で失った一億ヴァリスとアイズの剣を取り返すため、今の今まで何かと策を巡らせていたからだ。リリは考える。

 

 ベル・クラネルは【ヘスティア・ファミリア】の冒険者。進行派閥の弱小ファミリアに、何故オッタルほどの猛者がついているのか。それだけがリリの決断を鈍らせていたのだが、夜が深まっていくに連れリリは行動を開始せざるを得なくなった。

 

 「…やるしかありませんか…」

 

 『貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの』

 

 思い浮かべるのは、初めてハムザと関係を持った時の姿。若い猫人の娼婦の姿。

 

 「シンダー・エラ!」

 

 変身が完了し、リリは立ち上がった。その時、彼らが本拠にしている崩れた教会の地下からベル・クラネルが外へ出てきた。

 

 (よし!やります!)

 

 ベルはいつもの人通りの少ない道路の脇に、自分と同じくらいの年と思われる少女が蹲っているのに気がついた。彼はその少女が心配になり、近づいていって声を掛ける。

 

 「ねぇ、君…どうしたの?」

 

 「う…冒険者さま、ですかにゃ?」

 

 目に涙を湛え、哀願するように顔を上げた少女は、直後にベルに抱きついた。

 

 「どうかミャーを助けてください!お願いしますにゃ、冒険者さま!」

 

 少年はうろたえながらも、何とか少女を救えないだろうかと親身になって話を聞いた。彼女が言うには、ファミリアの仲間に無理難題を押し付けられ、それが達成できなかったので娼館に無理やり送られてしまったらしい。それはそれで仕方がないと納得しているものの、初めてのお客へのサービスが不十分で、娼館からも放り出されてしまったとの事だ。ベルは彼女の話を聞いている途中から股間が膨れ上がっていた。

 

 「…それで、ミャーは今晩寝る所がないのですニャ。だから冒険者様、ミャーにお布団を貸してくれませんかニャ?もちろん、お礼は身体でさせてください、ですニャ」

 

 「か、からだでっ!?そ、そんな事言われても…えっと…本拠には神様がいるし…」

 

 少女は食い下がり、諦めない。

 

 「それでは、ミャーの知っている宿屋に行きましょう?御代は冒険者様持ちになってしまいますが、その分サービスはたっぷりさせてもらいますニャ」

 

 「う~ん」と唸って考える少年だったが、少女は彼の下半身が膨らんでいる事に気づいた。少女はさっと彼の膨らみに手をのばし、それを撫でた。

 

 「…いっぱい中に出させてあげます、ニャ」

 

 「…~~~!!」

 

 それからは完全に少女のペースだった。ベルは彼女に手を引かれ、宿屋まで強引に連れて行かれた。その気になれば振りほどけるはずの手も、ベルは「人助け」という言葉に釣られてどうしても放せない。興奮する股間に感じた彼女の手の感覚も同様に、彼の退路を断っていた。

 

 二人は宿屋に着いた。ベルは決闘のお陰で大金を手にしたこともあり、五万ヴァリスほどの代金もすぐに現金で支払った。部屋に着くなり、興奮しきったベルだったが決して自分からは動かない。彼女が再び誘惑し、彼の体に触ってくれるのを今か今かと待ちわびているようだ。

 

 「それでは、お茶をどうぞニャ」

 

 「あ、うん。ありがとう…」

 

 少年はぐいっとお茶を飲んだ。直後ベルは視界がぼやけ、だらりと腕を垂らして椅子にもたれかかった。ベルは体中から汗が吹き出るのを感じていた。意識が揺れ、思考が定まらない…。ふと、遠くから誰かに話かけられたような気がした。

 

 「金貨はどこにしまいましたか?」

 

 金貨?決闘の金貨の場所?どうして…?ベルはぐらぐらと頭が揺れている気がした。そして、舌が勝手に喋った。

 

 「本拠に置くのが怖くて…オッタルさんからギルドの貸金庫をお勧めされて…」

 

 少女は冷たい口調で問う。

 

 「鍵はどこにしまいましたか?」

 

 「ここに…」

 

 少年は首に下げた紐を取り出した。その先に、鍵がぶら下がっている。

 

 「貸金庫の番号は?」

 

 ベルは意識では抵抗しようとしていた。しかし舌が勝手に情報を喋ってしまう。どうすることも出来なかった。

 

 「ハの五百四十番…無理を言って、エイナさんの管轄にしてもらった…」

 

 「ハの五百四十番、ギルドの貸金庫。鍵はこれ。他に教えるべきことは?」

 

 既に意識ははるか遠くまで遠ざかっていた。ベルは、最後の力を振り絞って舌を動かしていた。教えてあげないと…彼女に、教えてあげないといけない。ベルはいつのまにか、そのような使命感に駆られていた。

 

 「特記…その、暗号があり…ます。それは…『ヘスティアの…ひ、も』」

 

 「ヘスティアの紐?何のことですか?」

 

 ぐらり、と少年の体が床に倒れていった。少女は鍵を握り締め、力なく伏せる少年には目もくれずギルドの貸金庫へと走っていった。

 

 (自白薬…安くはありませんでしたが、必要経費ですね)

 

 

 

 「ベル様の使いでお金を受け取りに来ましたニャ」

 

 ギルドに着いた少女は残業をしていた受付嬢のエイナに声を掛ける。

 

 「ベル君の?う~ん、書類を渡すから、書いておいてね」

 

 渡された書類に、必要事項を記載していく。ハの五百四十番金庫。受取人、アシュリー・アーデント。もちろん偽名だ。特記項目…ヘスティアの紐。

 

 受け取った書類をエイナはしげしげと眺めた。どこかに不備はないかと確認しているようだ。

 

 「書類は問題ないわね。じゃあ、案内するから着いてきて」

 

 少女は内心でガッツポーズをした。

 

 大理石の廊下を奥へ奥へと進んだ先にある階段を降りて、彼らは地下に着いた。アダマンタイトで出来た大きな扉をエイナが開けた。大きな音が地下室に鳴り響く。

 

 「じゃあ、私はここから先には入れない規則なので」

 

 少女は中へと進んでいく。そこは大小さまざまな金庫が並ぶ大きな部屋だった。少女は目的の金庫を探す。

 

 ハの五百四十番…あった。厳重な大扉とは打って変わって、貸金庫そのものは木製で、少女と同じくらいの大きさの扉だ。そこに鍵を差込むと、扉が開いた。中には大量の金貨が詰め込まれている。少女はポーチに入れていたバックパックを広げ、中に全てを詰め込む。暫くして作業が終わった少女は、外で待っていたエイナのもとへ行って言った。

 

 「…お待たせしましたニャ」

 

 エイナは訝しげな表情で問う。

 

 「…金貨を全部出しちゃったんですか?えっと…ベル君はしばらく預けておくって言っていたけど…」

 

 「トラブルが起きたんですニャ。それで、現金が必要なので。ご心配なく、明日には残りの金貨を預けに来ますニャ」

 

 「そう、それならいいんだけど…」

 

 (まぁ、暗号も知ってたし、ベル君の使いなのは間違いなさそうよね…)

 

 二人は階段を上り、エイナは作業をするためデスクへと戻っていった。リリはそのまま一億ヴァリスをバックパックに抱え、ギルドの外に出た。いつも通りの酔っ払い達による宴が、もう始まった頃だった。

 

 メイン・ストリートに立ち止まり、少女は大きく息を吸い込んだ。夜風がなんと心地よいことか。

 

 (リリはやりました…完全勝利ですっ!)

 

 笑みを漏らしながら、本拠へと歩武を進めていく。

 

 

 

 「ふふふ、ベル・クラネル。最後に勝つのは賢い者ですよ」

 

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