ダンジョンに性交を求める眷属の物語 作:kuracjaponski
迷宮都市オラリオの朝は早い。ダンジョンへ行く冒険者達は日も昇りきらない早朝から街を歩き始めるし、彼らに合わせて商売をする武具屋、道具屋なども数多くあるからだ。
いつも通り、早起きたちのささやきが聞こえ始めた、そんなオラリオの朝。東の空が赤く染まり始めた頃、テルクシノエはようやくホームに着いた。
暗い路地裏にある中型のテントが彼らテルクシノエ・ファミリアの
そのテントの入り口には、どこからか拾ってきたであろう木材の切れ端に文字が書かれた看板のようなものが立てかけてある。
『テルクツノエ・ファミりア』
見るからに教養のないその線のうねりを仮にも文字だと呼べるのであれば、それは確かに《テルクシノエ・ファミリア》と読み取れる。
オラリオに流れ着き、ファミリアを結成した最初の朝。眷属の契りを交わした我が子が作った、不器用な看板を愛おしそうに触りながら、テントの中へと入っていく。
「はぁ、疲れた疲れた。おい、ハムザ。主神様のお帰りだぞ」
みすぼらしい外見とは裏腹に、テント内部の装飾は豪華だ。黒ずんだキャビネットの上には十寸程ある三叉の蠟燭台があり、テント中心にある支柱には見事な絵画が豪華な額縁に入れられ、飾られている。床はエキゾチックな絨毯で敷き詰められている。その他の調度品もただ一点全てが古ぼけていることを除けば、実に見事なつくりだった。
「こら、起きないか。ハムザ。ハムザ、ハームーザー!起きるのじゃーっ!」
女神は熟睡している自らの眷属をバシバシと叩き起こそうとした。
「ぐ、ううう…。神様、あと五分。むにゃむにゃ…」
起きんな、テルクシノエはそう思った。まぁ、まだ夜が明けて間もないのだから、このまま寝かせてやってもいいのだが、今日はそうも言っていられない。
心地よい眠りに逃げようとする眷属の布団を無理矢理はがし、起きろ起きろとがなり立てる。ハムザは仕方なく体を起こし、眠たげな眼で主神を見た。
「…ぐぅ。こらぁ、うるさい…。せっかく気持ちよく寝ていたのに起こすことないだろう。くそっ、まだ眠い。むにゃむにゃ」
そんな気の抜けた眷属とは対照的に、女神は真剣な顔をしている。
「いいかよく聞け。火急の事態じゃ」
その言葉に、ぴくりと反応した。
「昨晩ガネーシャの所に行った帰り、歓楽街の近くで面白そうな場所を見つけてな。そこで一晩中遊んでいたんだが…」
予想とは裏腹に、プラチナブロンドの女神は罰が悪そうに、歯切れ悪くこう告げた。
「有り金を、全部すってしまったのだ」
ハムザは口をあんぐりと開き、呆然としていた。
発足して間もないテルクシノエ・ファミリアには、もともと貯えと呼べるものはない。だから彼はオラリオに着いてから、自分の持ち金を主神である彼女に預けていた。
「お、俺の金、一体何に使ったんだ…?」
寝起きの頭は、事態を整理しきれていない。
「うむ、カード賭博というやつじゃ。役を作ってな、金を賭けるんじゃ。最初はなかなか調子が良くて勝てたんじゃがな、結局有り金全部すってしまった。いやぁ、すまん、すまん。ははは」
「ははは、じゃねーぞ!俺様が渡した五十万ヴァリス全部すったって本当か!?『ファミリアの経営は私に任せておくのじゃ』とか言ったのはどこのどいつだ!その日のうちにギャンブルですってしまうなんて、夢にも思わなかったというか…」
彼はのそりと起き上がり、主神と相対する。彼女は白金の頭をぽりぽりと掻き、新緑色の瞳を泳がせている。
「まぁまぁ、そう怒ることないじゃろう。金なんてまた稼げばいいだけだ。お前なかなか強くなりそうだし、今日からダンジョン行けばいいじゃないか、のう、ハムザ」
「うん、お前全く反省してないな。俺はもっと女の子と遊びたいからまだダンジョンは行かな~い。死んだらセックスできないからな。だから、この部屋にある調度品とか、そこのぼろい絵とかを売り払ってよこせ。それで当面は働かずに過ごせるだろう」
自分がすってしまった以上自分で何とかするのは当然の事だ。それを俺様に働かせようなど、言語道断である。ましてやギャンブルですったとなれば、これはもう弁解の余地はない。皆無である。
しかし、テルクシノエは泣きそうな顔をしながら懇願した。
「す、すまんがこの品物たちだけは勘弁してくれ。このテントにあるものは全て、天界へと還ってしまった我が子たちとの思い出の品なのじゃ…。これがなくなってしまったら、私はきっと自分を失ってしまう。だから、後生だから…」
急に弱々しく哀願を始めた主神に、内心少し驚いた。我が子たちとの思い出とは、いったいどんな思い出だ?聞きだすまでもなく、主神は自ら説明を始めた。
「この絵はな、今から何百年も前に一緒だったある子供に贈られたものなんじゃ。現世では
ぐすっ、と少し泣きながら、テルクシノエは大切そうに引き出しからボロボロの紙切れを取り出した。
「こっちはとある詩人の詩なんじゃ。彼が三十六歳の時、十四歳の娘に恋をしてな」
「ロリコンじゃねぇか」
「うるさい、純潔を好む子だったんじゃ。法律の仕事をしていたし、立派な性格だった。でも、その恋は相手の親に妨害されてな…」
「そりゃあ、相手もロリコンには渡したくなかったんだろう…」
「それで彼は詩集を編み、私に見せてきた。この作品で彼女の心と、その母親の心を動かせるのだろうかと、私に訊いてきたのじゃ…。それはそれは、素晴らしい作品だった。一節の終わりが次節の始まりに繋がり、彼の愛と同じように終わりというものがないんじゃ。それだけじゃない。全ての節の頭文字を取ると、なんと彼女の名前になるんじゃよ…」
テルクシノエは彼方を見やり、感慨深そうにため息を吐いた。
「それはそれは、美しい作品だった。これはそのオリジナルだ。私はこれを見る度に、報われることのなかった彼の愛の美しさに感動するんじゃ。お前にも、この気持ちがわかるだろう?」
ハムザはあくびをしながら、適当に返事した。
「おう、わかるわかる。ロリコンにつけ狙われた家族はさぞかし怖かっただろうよ。どれ、俺も詩を贈ってやろうか」
思いがけないその言葉に、彼女は目を見開いて驚いた。
「なんと!お前も詩心が分かるのか!お前には芸術を志すよりも、英雄譚に描かれる程の偉大な戦士になってもらいたかったのじゃが。でも嬉しいぞ、ハムザ。お前の作品を、私は是非とも見てみたい」
どれどれ、と適当に机に散乱していたボロ紙を取り、羽ペンをインクに浸けた。
ハムザは鼻歌まじりにペンを走らせ、三分もしないうちに作品を完成させた。芸術の女神は目を輝かせながら、愛おしそうにその光景を見つめていた。
「じゃーん!できたぞ、やはり天才!ほれ、我の偉大なる芸術、読んでみよ」
『だいめい おっぱい女神』
おっぱい いっぱい揉みたいな
神様 おっぱいおっきいな
揉んで つねって あへあへだ
とろとろになって イっちゃった
その小学生レベルの作文を見て、
「…て、天才じゃ…!」
驚嘆を隠せないという面持ちで、女神は興奮してその紙切れを掲げた。
「何という新しい韻律!この『おっぱい』と『いっぱい』の韻の美しさよ...。おぉ、『おっきい』にもかかっておるな。ううむ、やはり私の見込み通り、お前には誰にも劣らない素晴らしい美的センスが備わっておるようじゃ...。あぁ、美しいのう。本当に、美しい響きじゃ。完璧な韻律じゃ...」
「なんだ、そんなに良いか?」
目を輝かせながら頷く主神を見て、たったひとりの
「…まぁ、俺は天才だからな。なんでも出来てしまうのは、いつものことだ。なそれにしても、何だか朝からいい気分。どれ、こんな日はさくっとダンジョンにでも行って一稼ぎしてくるか!」
先刻までの出来事はすっかり頭から吹き飛んで、ハムザはいい気分で満たされていた。金なんてどうでもいい、とりあえず飯を食えればいい。今では頭の中は能天気な発想でいっぱいになっている。ギャンブルで金をすってしまおうと、自分の才能を正しく評価してくれる神様は本当に神格者だなぁ、と思えるようになっていた。
テルクシノエはというと、今でもハムザの低レベルな作文を大切そうに眺めていた。無計画にダンジョン攻略に乗り出した己の眷属に『行ってらっしゃい、気を付けて』と声を掛けはしたものの、目線は紙切れに落としたままだ。
ハムザが上機嫌でさっさとテントを出て行ってからしばらくして、テルクシノエはひとりごちた。
「ふふふ、あのハムザが私に詩を贈るとはのう…。この詩は何千年も大切にしようぞ。おぉ、そうじゃ。オラリオで一番高い額を買って飾らなければならんな…。ふふふ…」
ほどなくしてテルクシノエは大切な事を伝え忘れていることに気づいた。
昨晩彼女がガネーシャを訪ねたのは、ハムザがガネーシャ・ファミリアの門兵を斬りつけた事を釈明するためだった。彼女の予想通りハムザはギルドのブラックリストに載っていたし、賞金首にもなっていた。最初ガネーシャはそれらを取り下げることに反発していたが、テルクシノエの色仕掛けにさくっと引っかかり、結局要求を飲むことになっていたのだ。
(…まぁ、本人も忘れているようだし、何も問題はないか。それに…)
疲れた。
一晩中賭博で遊びほうけていたのだから、彼女は当然睡眠を取っていない。
テルクシノエはハムザが寝ていた古いベッドに横たわり、大切そうに彼の詩を胸に抱きながら、嬉しそうに眠りについた。
こうしてテルクシノエ・ファミリアとしての最初の一日が始まった。
●
「いらっしゃ~い……」
ちゃりんちゃりんとベルが鳴り、客の来店を告げる。店の奥からいつものように気だるげな声を投げかけて、縄張りに入り込んできたカモ、もとい
ナァーザ・エリスイスの日常は、そんなお店の営業と魔法薬の制作に、主神であるミアハへの恋慕を少し足せば完成する。
「よう!久しぶり!」
勢いよく入ってきた客と思して男に、勢いよく挨拶をされた。しかし、男に見覚えはなかった。
「久しぶり……」
知り合いだったらまずいと思い、ナァーザはとりあえず返事をした。
「初対面だ。ばか。引っかかったな!」
子供じみた発言にいらっとさせられる。身なりの悪いヒューマンは、下品に笑って問いかけてきた。
「ところで、ここは何のお店だ?」
もしも彼女のファミリアが貧窮してなければ、この客に外に出て看板を見るように促しただろう。ここミアハ・ファミリアが運営する『青の薬舗』は主に回復薬を販売しているとか、商業系ファミリアとしては小規模で、同業者であるゴブニュ・ファミリアと比べれば月とすっぽんであるとか、陳列されている商品の質も他店と比べればそこまで良くはないとか、それでもお客様のダンジョン攻略を手伝うためまじめに真摯に日々ポーションを作っているとか、そういうお節介を並べ立てて真っ当な商売を営むための説明を始めていたかもしれない。
だが現実として、ミアハ・ファミリアは貧窮していた。だから彼女は間抜けな顔をして入り込んできたカモに、こういったのだ。
「うちはとっても質の良い回復薬を扱う専門店…。ここに並んでいる薬はどれも最上級最高品質。ちょっと値が張るけど、効果は保証する……」
漆黒の髪に紅の目をしたゴロツキ風のそのヒューマンは、フラスコに入れられた極彩色の薬品たちを眺めている。
「これ全部君が作ったのか?ふ~ん。まっ、俺クラスの冒険者には回復薬は必要ないが」
ナァーザは首を傾げた。目の前の男は冒険者風でもなければ、ましてや手練れにも見えない。かくいう自分自身も、昔はダンジョンに潜り込み数々の死線を潜ってきた元・冒険者の一人だ。
薬品を手にとっては棚に戻すその男の手つきが危なっかしかったのと、せっかくのカモを取り逃がしたくなかったので、彼女は男に近づいた。
「どんな冒険者にもポーションは必要……。それにキミ、そんなに強く見えない……初めてダンジョンに行くんなら、気を付けて……」
そういって右手の義手『
「……これは昔、私がダンジョンでへまをした代償。ポーションが必要ない程、ダンジョンは甘くない。だからこれなんかがおすすめ。一口飲めば、どんな傷もばっちり。今ならたったの一万ヴァリス……」
彼女の営業トークとは裏腹に、その男は全く無関係の事柄に興味を示す。
「…おおっ!?君、しっぽが生えてるな!よく見れば頭に耳がのっかっているじゃないか。
男はそのいやらしい目つきでナァーザを眺めている。その目線はまず、頭に生えた耳へ。次に肩まで垂れ下がったブラウンヘアー。気だるげな目と、目が合った。そして鼻の下を伸ばしながら膨らんんだ胸元をじっくり観察し、最後には肉付きの良い腰へ。
無遠慮なエロ視線を感じながら、僅かに身じろぎして尻尾を背中に隠した。
「……お客さん、うちは
男は、鋭い目つきに似合わぬ屈託のない笑顔でがはははは、と笑いながらナァーザへ顔を近づける。
「俺はハムザだ。テルクシノエ・ファミリアの団長、ハムザ様だ。よろしく。今日はダンジョンに行こうと思ってるが、防具がないんでなぁ。この辺りで武器屋を探していたのだ」
無遠慮な男から後ずさりして逃げたナァーザはカウンターに座った。
「テルクシノエ・ファミリアって聞かない名前……。でも、今からダンジョンに行くならなおさらポーションが必要……?」
カウンターの下からフラスコに入った青色の薬品を取り出し、ハムザに見せた。
「今ならこの最高級ハイポーションが、たったの五千ヴァリス……。本当は一万ヴァリスだけど、お客さんいい人だから安くしておくよ~……」
いい人などとは良く言ったものだ。ましてや、この回復薬の中身は普通のポーションの失敗作。本来店頭に並べられないものを、この失礼なゴロツキに売りつけようという魂胆だった。だからこの客が哀れにもその話を信じ込み『じゃあそれを寄こせ』と言った時には、若干の罪悪感さえ感じていた。
「最高級品こそ偉大なる英雄には良く似合う、そうだろ?可愛い店員ちゃん」
「……それはもう、お客さんからは凄いオーラがびしびし伝わってる……」
「そうだなぁ。じゃあそのポーション一つと、
「………えぇ?」
凍りつくナァーザをよそに、ゴロツキ風の男は粗悪品ポーションを手で弄びながら、ナァーザが座っているカウンターに身を乗り出してきた。
「君、可愛いな。お肌も白くて綺麗だし、気だるげだけど少し知的な感じがして超好み。きっとこれは運命だ。俺たちは、中出しセクロスする運命にあるんだ」
「……えっと。私は非売品。それと武器屋はここの向かいにあるから。じゃ、さよなら~……」
変態だ。初対面でいきなりセックスがしたいなんて言う人間は、今まで会ったことがない。きっと目の前の男は変態で、関わってしまえば碌なことにならない。そう直感したナァーザは、この不審者をお店から追い払おうとした。しかし、前の男は頑として動かない。
「では百万ヴァリスでどうだ?」
ごくり、と喉をならすナァーザ。百万ヴァリスは、大金だ。今の零細ファミリアにとっては大きすぎる金額であり、歓楽街の娼婦たちでもそんな額は取らない。それだけのお金があれば、ミアハ・ファミリアは余裕をもって回していける……。
「……本気?そんなお金があるようには見えない。……でも払うんなら、前金払い。ここに百万ヴァリスを持ってきたら、考えてあげてもいい……」
「よしよし、わかった、わかった。今は金を持っていないから、これからダンジョンに行って荒稼ぎしてきてやる。今夜はしっかり営業しておけよ!」
男はそう言って店から出て行った。一人取り残されたナァーザは、ぽかんと口を開けて呟いた。
「何だったんだろう……」
ダンジョンで一日に百万ヴァリスも稼ぐことが出来るのは、ほんの一握りだけだ。それだけの金額となれば大量の魔石にドロップアイテムを確保する必要がある。必然的に、多人数パーティを形成できる者か一人で深部まで辿り着くことが出来る猛者だけだ。今の男は、凄腕の冒険者か、
そこでふと、ある事に気づく。
あの男からポーションの代金を貰っていない。恐らく先ほどの男は詐欺師だったのだろう。
訳のわからない事を言って混乱させた挙句逃げるというのが奴の手口だ。
「悔しい……」
そう呟いているうちに、再びベルが鳴り客の来店を告げた。
「いらっしゃ~い……」
こうして朝からうるさく波を立てられはしたものの、日常の歯車は再び今まで通りに回り始めた。
●
群青色の壁面と天井。魔石の輝きが辺り一面を明るく照らしている。ダンジョン深部と比べれば、ここ一階層はそれほど危険ではない。
しかし、それはあくまでも『恩恵』を授かり、激戦を潜り抜けた強者たちにとってだけの話であり、下級冒険者たちにはとってはれっきとした『危険なダンジョン』そのものである。今日もダンジョンは哀れな下級冒険者たち、弱者たちを何人も飲み込むだろう。
ここから生まれ落ちるモンスターたちは、空腹のためか、あるいは生まれ持った破壊衝動に駆られてか、迷い込んだ弱きものたちを求めて跋扈している。
ダンジョンを甘く見るな。ここでは常識が通用しない。異常事態は日常茶飯事だ。ゆめゆめ忘れるな、冒険者のほとんどがこの下層域で命を落としていることを。ダンジョンへ向かう新米たちには、こういった心得をギルドの受付嬢たちが口を酸っぱくして伝えていることだろう。
ザンっ、とロングソードでゴブリンを屠る男。ハムザ・スムルトは、今日初めてダンジョンに入った新米冒険者。言うなれば素人中の素人である。
「…楽勝楽勝。本当に雑魚しかいないな、低階層は。あぁ~早く帰って可愛い犬の店員ちゃんとスケベしたいなぁ…」
緊張感のない、弛緩した空気。新米にとっては致命的である態度にも関らず、一階層をさまようモンスターたちは彼の敵ではなかった。
『恩恵』を受けて初めてのダンジョン攻略。生身では考えられない程向上した身体能力と、持ち前の恐れ知らずの思い切りの良さをもってさくさくと敵を屠っていく。
ろくにマッピングもせず適当に群青色の通路を進んでいくと、そこには巨大な大広間が広がっていた。
その大広間に、血まみれになって倒れる冒険者に群がる影があった。
息絶えた人間を貪っているのは、犬頭のモンスター『コボルト』の群れだ。
コボルトの群れは生きた肉の臭いに気づき、一斉に頭を振り返りギラリと目を光らせる。
『ガルルルルル……』
(多いな。五匹、六匹…。どれ、タイマンも飽きてきたし、まとめて相手してみるか)
群れは鋭い爪を立てて近づいてくる。
三メートル程の距離まで近づいてきた途端、先頭にいた二匹が勢いよく飛び掛かってきた。
『ガァッ!』
飛び掛かりをバックステップでいなし、隙だらけのコボルトにロングソードをお見舞いしようとした途端。
背後から別のコボルトが襲い掛かり、ハムザの右肩に嚙みついた。
「おおおっ!?くそっ、何しやがる!」
慌てて飛び退くも遅く、コボルトの牙が肩の一部に食い込み、じわりと血が滲んだ。
「やべっ…」
(…鎧がなかったら危なかったかもな)
ダンジョンに入る直前、ハムザは冒険者ギルドを訪れた。そこで長ったらしい説明を受け、ついでに初期装備である鎧と武器が配給されていたのだ。もともと自前の剣を所持していた彼は、見るからに安そうな新米冒険者用の鎧だけを着て、ここダンジョン一階層へと潜り込んだ。
(あのハーフエルフの可愛い受付嬢に感謝しなければ…)
血がしたたり落ちる右肩を抑えつつ、拳に力を込めてみる。剣の柄をグッと握りしめ、まだ十分に戦闘可能であることを確認したハムザは、再びコボルトの群れと正面から相対する。
「調子に乗るなよ!聞き分けの悪いワンコはまとめてお仕置きじゃーっ!」
先刻と同じように飛び込んでくる二頭のコボルト。今度は回避せず、タイミングを合わせて斬りかかった。
『グエェェェっ!?』
ザシュッ、と脇腹を切り裂いたロングソード。二頭の間をうまく縫って潜り抜け、ついでに攻撃も食らわせる。
攻撃態勢のモンスターに飛び込んでいくなど、傍から見れば無謀かもしれない。しかし今はそうは言っていられない。最もまずいのは、別のコボルト達に包囲されることだ。
先ほどの様に後ろへ回避すれば、残りの連中に回り込まれてしまう。いかにタイマンでは負け知らずでも、包囲されてしまえば分が悪い。
コボルトの群れは一頭を失っても怯むことはなく、同じように隊列を組んで二頭が飛び掛かってくる。
「バカの一つ覚えかっ!」
今度は二匹同時に斬り捨てる。パターンが分かってしまえば、どうということはない。もともと力の差があるマッチアップだ。間髪入れず、今度は自分から群れへと飛び掛かる。
一瞬のうちにコボルトの頭が切断され、ごとんと地面に落ちた。
『ク、クゥーン…』
そんな仲間を見て、哀願にも思える声を上げる残りの二匹。目の前の冒険者は狂暴な顔をして襲い掛かってくる。
『ギャンッ…!?』
血だまりをつくるコボルトの死骸にロングソードを立て、体内から魔石を穿り出す。途端にコボルトは灰になり、消えた。
「ふん、雑魚どもが束になったところで英雄の敵ではない」
びきり、びきりと音が聞こえる。その方向へ振り返ると、ダンジョンの壁に亀裂が入り先ほどの倍以上もある数のコボルトの群れが生まれ落ちた。
「…面白ろい」
レッグホルスターにあったポーションをぐいっとあおり、再び戦闘態勢に。
「ママの子宮に引っ込んでろぉぉぉぉっ!」
それから半日の間、モンスターの悲鳴が大広間にこだまし続けていた。
●
オラリオほど豊かな街は世界中どこを探しても見つからない。『恩恵』を受けた冒険者たちが街にもたらす経済効果は凄まじく、今最も勢いのある場所がこの迷宮都市だ。
街に点在する豪華な建造物の中でもとりわけ意匠を凝らして作られているの場所がある。ダンジョンへと向かう冒険者たちを支援する組織、ギルド本部。
足を踏み入れるものを無意識に緊張させる、荘厳な空間。大理石で作られたロビーで、下品な声がとどろいた。
「たったの一万ヴァリスっ!?」
朝から夜までダンジョンでモンスターを相手に戦い続けて得た金額、一万ヴァリス。
彼が新米冒険者であることを考えれば、これは決して少ない額ではない。むしろ、初めてにしては上出来だと言える程である。それでもハムザは不服そうに顔をしかめながら、換金所の窓をどんどん叩きながら不満をぶちまけている。職員はその様子を迷惑そうに眺めていた。
「エイナ~。あのヒューマン、エイナの担当でしょ?いかにも気品がありません、って感じであたし好みじゃな~い。ちょっと何とかしてきてよ」
同僚に咎められるエイナ。しかし、その男が野蛮なのは彼女の責任ではない。むしろどうにかしてほしいのは、自分の方だ。そう思いながら頭を抱えて嘆息する。
(今朝もロビーで大騒ぎするし、人目を憚らず卑猥な発言を大声で叫びだすし、自分は天才だの偉大な英雄だの言っておきながら、ダンジョン経験皆無のど素人!)
「おらぁ!俺は今夜百万ヴァリス必要なんだ!一万ヴァリスだと!?足元見やがって、責任もっててめぇが百万借りてこい!ギルド職員だからって調子こいてんじゃねぇぞ、このウスノロの田吾作が!」
冒険者が魔石やドロップアイテムの鑑定額に文句を言うのは珍しいことではない。しかし、ここまで粘り強いクレーマーはそういない。やがて換金所付近では人だかりが出来はじめ、調子のいい同業者たちが面白がってはやし立てた。
「そうだそうだっ!いつも足元見やがって糞ジジイ!」
「てめぇーもたまにはダンジョン潜って魔石を集めてきてみろよ!きっと一階層でゴブリンに腰抜かして、しょんべんまき散らすにきまってるけどな!」
「あはははは!そうだ、そうだ!しょんべんジジイは棺桶に引っ込んでろー!」
やんややんやと騒ぎが広がり、やがて収集が付かなくなる。
「ちょっとエイナ。まじでやばいって~。本当にどうにかしないと、こっちの責任問題にもなっちゃうよ……」
(もう!何なのよ!資料見たらつい昨日まで賞金首になっていたし、報告にはガネーシャ・ファミリア相手に殺人未遂まで犯してる、とんだゴロツキじゃないのっ!)
あぁもう、と。
エイナの中で、ぷつりと何かが切れる音がした。
「うるさぁぁぁぁ~い!!ギルドの鑑定士は超一流!それに文句をつけるあなたたちは三流よ!自分がふがいなくて稼ぎが悪いからって!それを他人のせいにしないで下さいっ!だからあなたたちは、いつまでも下級冒険者なのよっ!」
普段は温厚で思いやりのある美人ハーフエルフが見せた鬼の形相に、冒険者たちはすっかり怒気を抜かれてしまった。
エイナさんまじ怖えぇ、俺のエイナ像がぁ、という声が聞こえてくる。やりすぎたかも知れないと彼女は思った。
「……エイナ~。それはちょっと言いすぎじゃ…。報告書レベルだよ~…」
(なっ…。あんたが私を焚きつけたんでしょう!?)
わなわなと怒りで震えるエイナをよそに、同僚はあちゃーという仕草で知らんぷりである。野次馬がそそくさと退散して行ったが、騒ぎの張本人はまだロビーにいた。エイナは目を合わせないように、無理をして仕事に戻ろうとした。
独りになりたい、穴があったら入りたい。そんな彼女の願いは、一瞬にして砕かれた。
「いよっ!エイナちゃん。さっきのは最高だったぞ~。有象無象に文句を言う資格はない。文句を言っていいのは英雄であるこの俺だけだ。君はさすが俺の見込んだ美女。おかげですっきりしたぞ。お礼に英雄と一晩セクロスする権利をあげよう」
再び爆発しそうになる感情を必死で抑える。これ以上騒ぎを起こすわけにはいかない。それこそ、報告書どころではなくなる。下手したら謹慎処分にまで発展してしまうかも知れない。エイナは何とか心を落ち着かせようとし、真っ白な頭から言葉を絞り出した。
「…換金が済みましたら、もうお引き取り下さい。それと、今後決してギルドで騒ぎは起こさないと誓ってください。もし同じようなことをすれば、その時は…」
うつむきながら、必死で感情を殺す。切れてはいけない、切れてはいけない…。
「…あなたを厚生させてみせます。…全力で」
本当の事を言えば。次は容赦はしないと、そう言いたかった。しかし言葉が出る直前、エイナの中でまだ平静を保っている自分が必死で呼びかけていた。自分を見失ってはいけない。エイナ・チュールはどんな悪人にも優しく語りかけ、慈悲の心で罪を清めてやるべきだ。そんな心の声に従った結果出た言葉だった。
「…おぉ。それ、なんかいいな。俺が悪さをする。そうするとエイナちゃんが止めにくる。俺は好きな女の子にかまって貰うために、いたずらをするタイプなんだ」
当の本人は全く反省を見せず、下品に笑いながらギルドを後にした。職場の同僚は気まずそうに、そっとエイナから視線を外して自分たちの仕事に戻っていった。
(もう、最悪…。)
「おい、チュール!チュールはいるか!?」
不幸は重なる。必ずその跡継ぎをともなってやってくる。エイナの上司であり、ギルド長でもあるロイマンが、先ほどの騒ぎのことを聞きつけたのか、デスクにやってきた。今しがた起きた騒ぎの責任を取らされるのだろうか。もうすぐ帰宅時間だというのに、始末書を書かされるのだろうか…。あぁ、はやく帰って布団を被ってしまいたい。
「ここにいたか、チュール。騒ぎの原因、例のテルクシノエ様の団員だな?」
はい、と返答する。換金所の鑑定額に不満だったようです、と付け加える。次には怒鳴られるだろうか。でぷっと太ったこの『ギルドの豚』、『エルフの生き恥』に嫌味ったらしく説教されるのだろうか。しかし、ロイマンの発言はエイナの予想を見事に裏切った。
「まぁ、それはよくあることだ。原因が向こうにあるのであれば、構わん。お前が怒鳴り散らして冒険者を罵倒していたとしても、そんなことで始末書を書かせるのは時間の無駄だ。それよりも、奴の報告書は見たか?」
ほっと肩をなでおろす。怒られなかった。上司のロイマンにしては珍しく小言も言ってこない。あぁ、よかったと思いながら返答する。報告書は見た。しかしロイマンによると、あのゴロツキ冒険者は珍しいスキルを発現させたと、主神による報告があったらしい。エイナは慌ててて手元にあった報告書に目を落とす。
テルクシノエ・ファミリア所属。団長、ハムザ・スムルト。レベル1。未確認の特殊スキルを所持している模様。詳細は別紙参照されたし。
(未確認スキル?いけない、別紙があったのに気が付かなかった。)
ぱらり、とページをめくると、そこには。
スキル:【性交一途-セクロスシテーゼ-】
・性交の数だけ早熟する
・精液に魅了効果 経験値ーエクセリアー付与
・快感の丈により効果上昇
「…ちょっと、何なの、これ…。」
聞いたこともないスキル名。そして恐ろしい効果。もしこれが本当なら、オラリオ中が大騒ぎするほどの稀有なスキルだろう。
「…というわけで、エイナ。お前はやつの担当になっているわけだから、このスキルについて更に詳細な報告書をつくれ。神様のことだ、恐らくここに書かれていることだけが全てではない。発現の条件、状況、詳しい内容を探り、冒険者の成長モデルの一つとして今後どのようにギルドに貢献する可能性があるのか、念入りに調べてこい」
「で、でも、ギルド長。テルクシノエ・ファミリアが簡単に情報を提供するとは思えません。それにあのハムザという男、かなり自分勝手で…。こちらの事情を説明したところで、協力するとは思えないのですが…」
ノイマンはそんなエイナの発言を予期していたかのように、わかっているわかっていると頷いた。そして意地の悪い目つきで、こう言った。
「簡単なことだろう?チュール。性交願望とやらを、実際に満たしてやればいい。手段は問わずにな。やつはお前に好意を抱いている。だからそれを利用するのだ。私の言わんとしていること、わかるな…?」
エイナは愕然とした。この男は、私に抱かれてこいと言っているのだ。性交に対する欲求がどのように本人に作用し、そして他人に作用するのか。それを自分で試して報告書をつくれ、ということだ。
担当の冒険者について詳しく報告書を作成し、冒険者の成長を見守りながらモデルケースを作ること。それはギルドの受付嬢が受け持つ仕事の一つだ。ましてやギルド長直々に報告書を作れと言われてしまえば、もう誤魔化すことはできない。
「…わかりましたギルド長。しかし、提出までには時間を下さい。未確認のスキルであれば、それだけで膨大な調査が必要になりますので」
ノイマンは満足げに、そのでっぷりとした腹を手でさすった。
「うむ、それで良い。では
不幸は一人では来ない。最悪な一日は、最悪な明日を連れてくる。先刻までロビーに響いていたあの下品な笑い声を思い出し、エイナは両手で頭を抱えた。
●
「魚はいやだ。お肉が食べたいのじゃ。魚なんてみんな同じ味じゃ。形が違うだけじゃ!」
歓楽街の路地裏。古びたテントの外で、テルクシノエは駄々をこねている。
「…うるさいなぁ。我が子が一日働いて稼いできたってのに、文句を言うな、文句を!」
ダンジョンで得たお金を持って、今朝訪れた犬人のかわい子ちゃんが経営する薬屋を訪ねた。そこでハムザは盗人扱いされ、今日の稼ぎの八割以上を取られてしまったのだ。セックスさせろと迫ると、奥からむかつく程にイケメンな神様が現れ、自分の眷属に対して失礼な態度は取らないでほしいと説教を始めた。邪魔者の出現で興をそがれたハムザは、帰りに市で適当に野菜と安かった魚を買ってホームに帰ってきた。
そんな一日の苦労にも関らず、主神であるテルクシノエは已然として口を尖らせて文句を言う。
「ハームーザー私はお肉が食べたいのじゃー、買ってこーい。バーベキューといえば肉だと、きまっているじゃろう!」
適当に焼いて腹を満たして終わりと思っていたハムザとは逆に、主神様はお腹をすかせて夕食を楽しみにしていたらしい。食材を見てもいないのに、『今夜はバーベキューじゃ!』と叫んでどこからか調理器具を持ってきたのだ。
「お前、わがままな神様だな。少しは俺の苦労を理解しろ。ダンジョンで一日運動して稼いだ金を、むかつく神様に取られたのだ。セクロスは出来ないし、金もない。あぁ、最悪。もう寝たい」
ふあー、とあくびをする。網の上で焼かれた魚が、いい匂いを醸し出し始めた。程よく焼かれた野菜を皿に取り、少し塩を振って食べる。
何の変哲もない味だが、路上で飢え死にするよりはマシであった。テルクシノエは文句をぶつぶつ言いながら、魚をぱくっと食べた。
長い一日だった。そう思いながら空を見上げる。オラリオの夜空は、魔石灯に照らされてもなお、きれいだった。
「のうハムザ。お前、欲しいものはなんじゃ?」
ふと隣に座るテルクシノエが言う。
欲しいもの。美女。それもとびきりの。最強の英雄になって、ハーレムを作ること。その他にもいろいろある気がした。でも、今は疲れでよく思い出せない。
「私はなぁ、お前の詩を飾る額が欲しいのじゃ。飛び切り高価な奴をな。いつかこのファミリアが大きくなったら、それを門に飾るのだ」
詩なんか書いたっけなぁ。少ない食事を済ませて、うとうとし始める。
「おっ、そうじゃ。
そういってテルクシノエはテントへ戻りごそごそと何かを探し始めた。
しばらくして、細長い花瓶のようなガラスに水が入ったものを持ってくる。
「味は生憎りんご味しかなくてな。炭はこれを使う」
テルクシノエはバーベキューの炭をてっぺんに置き、細長いホースから空気を吸うとこぽこぽと音がした。
「ふぅーーーーーーっ…。お前もどうじゃ?一日の終わりに黄昏るには、もってこいだぞ」
こぽこぽこぽこぽ...。
「ふうううぅぅぅーっ…」
ハムザはたっぷり空気を吸い込み、煙を吐き出した。
「おおおぉっ、うめぇ…」
煙を吐くと、口がリンゴ風味で満たされる。
「オラリオ産の魔石製
ホースに口をつけ、煙を吸い込んでは吐き出す。
それから二人は何度もこぽこぽと音を立てながら、やがて煙の中に埋もれていった。
練習で書いているものです。クオリティはあまり追及していないので、誤字脱字、本編との矛盾等はご容赦ください。
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