ダンジョンに性交を求める眷属の物語 作:kuracjaponski
プロローグ ―饗宴―
椅子に腰かけたテルクシノエがどこを向いても、意地悪そうな顔ばかりだった。
とある男神は、鍔付き帽子をキザに傾けて、怪しげな笑顔をまだ男を知らなそうな純朴な給仕の少女たちに振りまいている。適当に興味を引かせて、あとで喰ってやろうという腹づもりに違いない。
またとある女神は、露出度の高い衣装に身を包み、目を細めて書類を眺めている。物ほしそうな顔つきからは、【命名式】の後にどの子に唾を付けてやろうかと思案している様子が伺える。
テルクシノエの吐いた溜息は、がやがやとした大広間の喧騒の中で、誰にも聞かれることなく溶けていった。
「邪悪なきちがい神どもめ。地獄へ堕ちるがいい」
そんな女神の暴言を耳聡いヘルメスが拾い、気取った足取りで近づいてきて、帽子を脱いでから大仰な会釈をした。
「やぁ、テルクシノエ。今日は随分とご機嫌だね?」
ヘルメスの白い歯が、きらりと光った。
「あぁ、お前のようなオリュンポスのきちがい神どもに囲まれて、こちらは天上にも昇ろうかという程に最悪な気分じゃ」
顔を背け、背の低い女神は不機嫌な態度を示して見せる。白金色の髪が少しだけ靡いたせいで、ヘルメスの鼻腔に上品な香りが舞い込んできた。思わず股間を意識した男神は、それと悟られないように平静な態度を装いながら、テルクシノエの隣に着席し、給仕の少女に葡萄酒を注ぐように合図した。
先ほど
「俺にはよく分からないなぁ」
下がっていく少女の魅惑的な腰つきを盗み見ながら、ヘルメスは葡萄酒に舌鼓を打つ。
「天に昇るほどの気分なら、最高なんじゃないのかい?」
分からないな、と顔を左右に振ってから、豪華な食卓から瑞々しい果実を取り、テルクシノエの前でぶら下げた。
ちらり、とテルクシノエは横目で果実を見た。そして視線を外したままヘルメスの手にぶら下がっているさくらんぼをもぎ取り、口に運ぶ。
「卒倒しかけているという意味じゃ。憎たらしい神々に囲まれたせいでな」
「ほぉ…?」
ヘルメスは辺りを見渡した。なるほど、豪華に彩られた大広間は、優雅に着飾った神々で大賑わいだ。極東の装束に身を包む武神や、仕事着のままやって来て退屈そうにしている職人風の神などと、そこでは男女も様々に、数多の神々がふざけ合っている。
探る様なヘルメスの視線に気付いたのか、柱の陰に隠れるようにして座を占めていたフレイヤが、遠くから冷たい眼差しで男神を射すくめたので、ヘルメスは背筋を震わせ、思わず顔を背けた。
「確かになぁ。こわ~い神様に睨まれちゃあ、不死の
「気を遣ってくれているのか?だが、いいのじゃ。そういうのは自分で言うからな」
テルクシノエはヘルメスに向き直り、この日初めての笑顔を…それからすぐに、口元に嘲りを浮かべて言った。
「じゃあ…さっさとどこへでも消えてくれないか?大嫌いな
やれやれとヘルメスは両手を挙げ、失笑しながら席を立った。
女神様はご機嫌ななめだと言い残して。
●
バベルの最上部で行われる、娯楽を求める神々による情報交換の集い―
彼らは《器の昇華》という偉業に心を弾ませる眷属達に、喜びの代わりに試練を与えるのだ。更に器を昇華させるまでの間、あまりにも悲惨で痛々しい名に耐えるという試練を。そして神々は艱難に喘ぐ子供達を見て、遠くからほくそ笑むのである。面白い玩具が見つかったとして。
「「「お集りの諸君!」」」
空気を震わせるほどの大声が、広い部屋に響いた。壇上に上がった男神は注目を一身に受けてから、こほんと咳払いを一つ。
その存在感のせいか、給仕達は彼に注目し続けたが、神々は彼を見るなり呆れた顔をして、もとの談笑へと戻っていった。
神々の冷ややかな反応には意に介さず、象を模る仮面を着けた壇上の男神は、再び息を大きく吸い込んでから叫んだ。
「本日はお集まり頂き、ガネーシャ大感激!堅苦しい挨拶は抜きにして、早速饗宴を始めようではないか!…ところで、毎回開催される神会の費用は全てこの民衆の民、ガネーシャが払っている!諸君に無料で飲み食いを提供するのは、民衆の民であるガネーシャとして…あぁ、そういえば!最近二軒隣のペガー婆さんの家で鶏が五つも卵を産んで、ガネーシャ――」
『うるせーぞ!まとめてから喋れー!』
『そうだそうだ!長々と語ってるんじゃねーか!』
民衆の神を自称する残念な男神に対する反応は冷たい。
当の本人があまりにも周囲の反応に無頓着であることも災いして、自警団的役割を担っている筈の【ガネーシャ・ファミリア】への評価は――思いの他、高くはないのだ。
次々と運ばれてくる豪華な料理の数々。神々はそこに群がり、押し合い圧し合いしながら料理を取り合い、悪態を吐き合ったり、ともかく好き放題に暴れ始めた。
テルクシノエは騒ぎの中心に行くのが億劫で、反射的にその場を離れた。すると自分と同じように難しい表情をした極東の神が、腕組みをしながらやれやれとその様子を眺めていることに気づいた。その男神は、テルクシノエが輪から離れて行くのを目にしていたのか、とにかく同類が見つかって良かったと声を掛けてくる。
「お前も馬鹿騒ぎに嫌気が差した口か?他の連中はいい気なものだな、まったく。こちらの気も知らないで…」
その神はテルクシノエを見下ろしながら、疲れた表情でため息を吐く。
「命名式が控えているというだけで、こんなに胸騒ぎがするとはな。いや、挨拶が遅れたか。俺はタケミカヅチだ。今日、俺の子供が二つ名を授かることになっている。…ランクアップしたのだ」
テルクシノエは差し出された手を取り、握手した。
「奇遇じゃな、お前もか。私も先日眷属がランクアップしたかどで、ここに出頭させられているのじゃ。まったく、悪夢じゃな。二つ名など…」
武神はまったくその通りだと同調した。テルクシノエは何だか不思議な気分になった。少し離れた所では餌に群がる昆虫のように、神々がブンブンと大騒ぎをしている。その一方で、静寂を好む二人の神が、暗い顔をしながら傷を舐め合っているのだ。同じ空間にこんなにも異なる雰囲気が同居するとは、何とも奇妙だった。とにかく、こんな気分では宴会など楽しめる筈もない。まったく、悪夢だ。
だが、せっかくの食事だ。楽しまないのも良くないし、内容も気になる。テルクシノエは空腹感に導かれて、神の群れに飛び込む決心を固める。
一方でタケミカヅチは、食事などする気も起きないほどに心中穏やかではないようで、テルクシノエには行ってこいとだけ言って、どすんと椅子に腰を落ろした。
「お互い大変じゃな。それでは、な。私はテルクシノエ。ランクアップしたのはうちの団長で、ハムザ・スムルトじゃ。機会があれば、懇意にな。では」
「おぉ、お前であったか…」
少し驚いたような口調だ。
「ハムザか…。随分話題になっているぞ。あいつらの事だ、手は抜かんだろうが…出来る限り助けになるつもりだから、そちらの方もよろしくな」
●
普段から料理にはうるさいテルクシノエにとって、出来立てこそが一番の楽しみだった。心が穏やかではないせいでその楽しみを味わう機会を失ってしまったことには、後悔が残る。
だが、彼女にとっての良い料理というのは、決まって良い友人や良い家族に囲まれながら取るものだった。或いは喧騒から離れ、一人でゆっくりと想い出の引き出しを一つずつ開けながら、料理と一緒に過去の悲喜交々を噛み締めるのも悪くはない。大昔、眷属が書いた一節が脳裏に浮かんだ。
『良い火加減、良い味付け、良い会話。するとその結末は、良い食事』
(…本当は、ハムザやリリを招待してやりたかったんじゃが)
子供たちを連れてこれなかったのは仕方がないか、とテルクシノエは頭を振る。
料理の奪い合いは既に一段落ついていた。静寂とはいかないまでも、誰にも邪魔されない平穏がある。
テルクシノエが極上の羊肉にありつきながら、想い出の引き出しをどこから開けようかと考え始めた時…横から誰かがぶつかって来た。
キンキンと高音を響かせながら、けたたましく喚き散らすその小さな女神に…彼女の優雅な晩餐はぶち壊された。
「ちょっと、キミ!一人でそんなに取ったらずるいじゃないか!」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「は、はぁ?」
同じくらいの背丈の、ツインテールの女神が血相を変えて怒鳴り散らしている。見たこともない奴だ!
怪訝な顔つきで目を細めるテルクシノエに、その女神は怒鳴り散らした。
「なんだい!その態度は!?小さいくせに胃袋だけは一人前だっていうのかい!?キミみたいな神は、《納豆》でも食べていたらいいさ!なにせボクは《納豆》が大嫌いだからね!ふん!まったく最近の神ときたら…ボクを見習って欲しいよ!」
「な、なんだと…」
厚顔無恥な女神は面食らって呆然としているテルクシノエを押しのけて、並んだ豪勢な料理をタッパーに詰め込んでいく。目の前の料理をひょいひょいと手づかみで放り込んでから、彼女はきっと睨みを利かせてから別の長机へと移っていった。その女神が全ての料理を持ち去ってしまったせいで、もう目の前にあるのは空っぽになった食器だけ。
「くそ…。邪悪な女神め。今度会ったら覚えておくがいい…」
沸々と湧き上がる憎悪の炎。食べ物の恨みは、大きい。
その時、ロキがテルクシノエのもとへのんびり歩いてきた。
「よーう、テルたん。今日も不機嫌かー?馬やら鹿やらはその辺に放っておいて、一緒に飲まへんか、相棒?」
ロキはテルクシノエの方に腕を回し、嬉しそうに目を細めて耳元で囁いた。
「なぁなぁ…自分とこのハムザ、ランクアップしたんやろー?ウチも手ぇ貸してやったんやから、ちょっとくらい情報教えてやー?」
数日前、確かにハムザは【ロキ・ファミリア】の面々を巻き込んで小さくない騒動をオラリオに齎した。
テルクシノエは、あの騒動で最も惨めで哀れな扱いを受けたのが、宿敵【フレイヤ・ファミリア】のオッタルと、どこかの名の知れない派閥の新人だったことを思い出し、思わず吹き出しそうになった。
確かにロキのお陰で良い一幕を見ることが出来た。それに
「ギルドに提出しようとしたまま忘れていた<ステイタス>の写しじゃ。阿呆共の目に留まらないよう、影に隠れて読むのだぞ」
だが、その言葉を無視し、ロキは喜んで封筒を破り、羊皮紙を取り出して読み始めた。
ハムザ・スムルト
Lv.2 力:【I】0 耐久:【I】0 器用:【I】0 敏捷:【I】0 魔力:【I】0
悪運:【I】狩人:【I】性技:【I】
《魔法》
【イェベン・ティ・マーテル】(呪詛)
・速攻魔法
・無言詠唱
・対象を一時的に強制的な精神疲弊ーマインドダウンー状態にする
《スキル》
【
・性交の数だけ成長する
・快感に応じて効果上昇
・性交対象に魅了効果付与、経験値付与、回復効果付与
「ふむふむ…まぁ最初のランクアップなら、こんなもんかー?………って」
ロキは息を大きく吸い込む。
「なるかぁぁぁーーーー!?ボケーーーーっ!」
羊皮紙をくしゃっと丸めてから涙混じりに地団太を踏んだ。
「なんや、このイカれたスキル!なんやこの魔法!おかしいやろ、ウチが子供育てるのにどんだけ苦労したっちゅーねん…おまけにちゃっかり狩人までゲットしよって…それになんなん、この悪運て?普通こんなアビリティ付けへんやろ…性技とかもあるし…もう、わけわからんで、ほんま……」
「他にも取れるアビリティはあった。だが、全部は本人の希望じゃ」
「あ、アホちゃうかー…?」
「違う。我が子のなりたい様にならせてやるのが教育というものなのじゃ」
「いや、それをゆーたら…間違いを正してやるのが教育やろ。まぁ、しょーもないことにエネルギー使ってもしょーがないか…。ウチらの子が遠征から戻ったら、よろしく頼むで。結局レフィーヤたんやらアイズたんやらも、処女を失った代わりに殻を破れた様子やったからな。フィンやらリヴェリアやらも、そろそろ新しい風を吹き込まんと成長が止まってしゃーないからな」
「お前の子は容姿端麗な女子が多かったな。ハムザが喜ぶ提案じゃ」
そう言って踵を返して背を向けるテルクシノエに、ロキはちょっと待ったと話を続ける。
「それならそれならー、今度、またちょっとハムザ貸してくれへんか?個人的に話しておきたい事があるんよなー」
飄々とした様子のままさり気なく危険な雰囲気を纏うロキに、テルクシノエは眉を上げた。
「なんの用じゃ?子供たちは皆遠征に出ているのじゃろ?」
「そうなんやけど。実は今、めっちゃ面倒くさい連中と水面下でやりあっててな。ハムザにも情報を吹き込んでおきたいんや。遅かれ早かれ知ることになるやろーから、早いほうがいいかな、って思ってなー」
脳天気なテルクシノエは考えもせずに頷いた。ロキはよっしゃ、決まりやと言ってから、満面の笑みのまま神々の喧騒の中へ消えていった。
●
「あぁ、えぇ~っと…。空気の読めないガネーシャ君に司会は務まらないから、急遽俺ことヘルメスが担当することになった!皆、もちろん異論はないな!?」
命名式の時間がやって来て、ヘルメスが壇上に上がる。そして凄まじいブーイングを受けた。
『大ありだー!先生、ヘルメスがギルドに虚偽の情報を提出してるって、本当ですかー!?』
『本当なら罰金食らうはずなのに、ギルドの受付嬢を垂らしこんで逃れているらしいぞー!アスフィちゃんという美少女がいるにも関らず!』
『うわぁ!ヘルメス最低!』
テルクシノエは頭を抱えた。最初からこんな雰囲気では、どうなることかも分からない...。だが、飛び交う野次にもめげず、ヘルメスは無理矢理話を続けていく。集まった神々はこの時を何十年も待ち望んでいたかのように盛り上がり、会場は一体となって狂気を作り出している。
「よーし!君たちがそこまで俺を支持してくれているのが分かって、安心したぜ。それじゃあ第五千回目くらいの神会を開くとしようじゃないか!まずは、何か報告がある神はいるかな!?」
『はーい!ソーマくんの団員が全員ギルドに捕まったそうでーす!』
『でもソーマのやつ、めげるどころか神酒造りがやり易くなったって喜んでるそうでーす!』
『誰やー!裏で糸引いてる神はぁ!神酒が出回らなくなったら、ウチはお前をぶち殺すでー!?』
広間は叫び合う神々の怒号で次第にヒートアップしていく。どこかの神々が理由もなく暴れ、食器が砕ける音が各所で鳴り始めた。
『ああぁぁーっ!そういえばロキの千の妖精が、見知らぬ男と乱交酒場にいる所を目撃されたらしいぞ!』
狂乱の中、誰かが叫んだ。
『なんじゃそれえええええぇぇぇ!?うわぁぁぁぁぁ!俺の純潔なる妖精レフィーヤたんがぁぁぁ!』
『うるさいうるさーい!その話はなし!根拠のない憶測や!誰やいらん事言うたん!お前か!お前か!?それとも、おーまーえーかー!』
「おいおい、ロキ!暴れるなって!あぁもう、これだから…。ほら、細かいことは置いといて、次に進もうか」
次第に狂っていく雰囲気に嫌気が差したのか、ヘルメスは若干投げやりになっていた。本当にこいつらときたら…。
喚き散らすロキを周囲の神が愉快そうに囃し立て、場はまさしくカオスとなった。狂気染みた勢いは収束するどころか膨れ上がり、そのまま【タケミカヅチ・ファミリア】の命名式に突入していく。
『うおおおお!命ちゃん、萌ええええぇぇぇ!その鋭い目で俺の股間を射貫かないでくれえぇぇ!』
『いかん、これは久々の上物だぞ!おまんこぺろぺろ忍者!チクショー、許さんタケミカヅチ!』
『タケミカヅチ!俺とお前の仲だろう!?一晩貸してくれ!なに、心配すんなって!薬浸けの性奴隷にして返却するからさぁ、ぎゃはは!』
狂乱の中、誰かが言った『絶†影』という二つ名が哀れな子供に与えられた。そしていつまでもふざけて騒ぎあう神々を尻目に、ヘルメスはこほんと誰にも聞こえない咳払いをしてから声を張り上げる。
「いいか、よく聞けお前ら!次は【テルクシノエ・ファミリア】のハムザ・スムルトだ!資料を見てくれ!ランクアップ所要期間、一カ月だ!史上最速の記録だぞ!」
『うおおおおおおおおおおお!でたああああああああああ!?』
『ハムザァぁぁぁ!お前いつも広場でナンパしてるだけだろぉおおおお!!』
『おぉ、俺も見たぞ!ヤらせろヤらせろと通り過ぎる女の子全員に声を掛けてたなぁ!』
軽蔑したと言わんばかりの冷たさを舌に乗せ、とある女神は冷ややかなメスを入れる。
『品が無いわね。
すかさずヘルメスは割り込んだ。
「いやいや、もう少し真面目に考えようじゃないか、なぁみんな!」
『
そうだそうだと声を大にして笑い合う神々に、ヘルメスは違和感を覚え始めていた。
(あ、あれ?こんな逸材滅多に出てこないのに、こいつらなんで…)
悪い予感は的中した。ヘルメスの思惑とは裏腹に、命名式はおかしな方向へと進んでいったのだ。
『
「あ、ええと…そういうんじゃなく、もっと、ほら…」
これはまずいと感じ取ったヘルメスが議論の方向を変えようとするも…時すでに遅し。ヘスティアの叫び声が、ヘルメスを遮った。
『だめだだめだ!こいつにはもっとひどい名前が相応しいよ!こいつのせいでボクの…ボクのベル君はぁ…ぐぬぬぬぬ』
どうにか話を逸らそうと、ヘルメスは必死だった。若き英雄の誕生だ。もっと、威厳のある、笑いやおふざけのない、高貴な『二つ名』が彼に相応しいというのに。
「あー!?いろいろと意見があるようだけど、彼はオラリオに来る前、遥か西部の大草原で集落を散々荒らしまわった盗賊団『黒蛇ブラックマンバ』を率いていたらしい!実力は折り紙付きさ。オレとしては、もう少しこう…まともな二つ名を!?」
そんなヘルメスに呼応するように、とある女神は喜びの声を上げる。
『獰猛さが素敵ね!盗賊なんて似合わないわ。海賊にぴったりじゃない。
喰いついた!ヘルメスは確かな感触を得た。それまでどれだけダサい下ネタの名前を付けようかと躍起になっていただけの場の雰囲気が、今の発言で少しだけ変わったのだ。
だが、先の女神が、何としてでも飛んでもない悪名を付けてやろうと話題を戻す。
『いや、いや!こいつは海と何の関わりもない変態だ!君の趣味に合わせる必要はない!』
会場は暫くの間、彼に相応しい変態的な二つ名を与えてやるか、それとも«最高に普通》な二つ名を与えてやるかで意見が対立していた。ああでもないこうでもないと様々な意見が出るも、決着はつかない。
『
『
『じゃあ皆の意見の間を取って、
この一言は会場の意見を見事に一致させた。
『『『それだ!!!!!』』』
命名式はかつてないほどの団結を見せ、居並ぶ神々は皆それしかないという表情で頷いている。だが、進行役のヘルメスは未だに納得がいかない。そんな名前は駄目だ…変態だなんて。
「あー…出来ればもうちょっとマシな奴の方が…なぁ、テルクシノエ?」
ヘルメスの助け舟は、あまりにもに弱々しく、今にも壊れて沈没しそうなほど勢いに欠けていた。あまりに覇気のない司会役の様子に慌てたテルクシノエが「やめてくれ!」と声を張り上げようとした時、フレイヤがぴしゃりと言った。
「満場一致じゃない」
テルクシノエはぐぬぬと拳を握り締め、ヘルメスは冷や汗を垂らして固まった。味方かと思われたロキもお腹を抱えて笑っていた。場の雰囲気は、とても盛り返せる状況ではなかった。そして美の女神に恐れをなしたヘルメスは、力なく宣言した。
「じゃあ…
神会はその一言で閉幕した。リストに載っていた全員の命名式が終わったので、挨拶も待たずに各自が好き勝手に散らばって行った。
テルクシノエは壇上で項垂れるヘルメスに近づき、軽く頬を引っ叩こうとしたが、身長差がひどかったせいで、彼女の張り手は空を切った。
「怒らないでくれよ、これでも頑張ったんだぜ?」
ヘルメスの弁明に、テルクシノエは明るく答えてみせた。
「わかっておる、今のは冗談じゃ」
直後、女神は男神の腹部に拳骨を叩きつける。
「や、八つ当たりはよしてくれっ!ごふっ。これでも頑張って、ぐはっ…」
頭を抱えてうずくまるヘルメスに怒りのままにテルクシノエの拳が振り下ろされていく。
「お前は!この馬鹿!お前!この!なんという!ことを!してくれたんじゃーーー!」
泣きながら喚き散らす女神を、周囲の神々は囃し立てている。その時、遠くからやってきたロキが間に割って入った。
親友の愚行を見かねて止めに入った…そんな顔つきをしている。
「おーい、おい。テルたん、ヘルメス。暴力はあかんでー」
助かった、と安堵したヘルメス。だが、彼女もまたヘルメスに蹴りを食らわせた。続けざまに何度も張り手をお見舞いする。
「暴力はあかん!暴力はあかーーーん!!!」
更に腹部に一撃を加えて、力いっぱいに叫んだ。
「暴力はぁぁぁぁ!あかんでえぇぇぇぇぇぇ!!??」
渾身の一撃を受けたヘルメスは体をくの字に折って倒れ込み、殺虫剤を吹きかけられた虫のように悶え苦しんだ。
「ひ、ひどいじゃないか…俺が何をしたって、ごふっ」
怒りと共に目を細め、ロキはヘルメスの胸倉を掴んで起き上がらせた。
「言うたやないかぁ、余計な事言うなって。何が
「そ、それは俺が言ったんじゃあなく…」
「うるさい!ウチの内部情報漏らしたん、お前やろ!」
ロキの怒りの炎がテルクシノエにも燃え移る。
「何が
女神二人に袋叩きにされるヘルメスを、場内に残った神々は可笑しそうに眺めているだけだった。ヘスティアは相変わらず料理をタッパーと大きな口に放り込んでおり、タケミカヅチは眷属に『絶✝影』などという理不尽な二つ名を付けられたこともあり、見てみぬ振りを決め込んでいた。
「タケミカヅチ!?た、助けっ…」
ヘルメスはタケミカヅチに縋りついた。だが、武神は腕を固く胸の前で組み、冷ややかな視線を浴びせる。
「なぁ、ヘルメス…お前は以前、まともな二つ名をと懇願する俺にこう言ったよな?神々にだって潜るべき狭き門はある、とな?」
「そ、そりゃああの時は、冗談のつもりで…」
「今がその時だ、ヘルメス。狭き門より入れ。浄土への道は狭く、細いのだ。だから俺はお前に付き添うことは出来ん。ではな」
「そ、そりゃあないぜ、親友…」
結局二人の腹の虫が収まる頃には、ヘルメスはボロ雑巾のようになっていた。
復活しました。
更新頑張ります。