ダンジョンに性交を求める眷属の物語 作:kuracjaponski
【シモエイス・ファミリア】が遺した食料は、幾分か【テルクシノエ・ファミリア】の食事を豪華にした。だが、それも数日経ってしまえば、もう殆ど残りがなくなっていた。
ハムザが自分の食事を最優先で命に分け与えていたお陰で、命は十分な栄養を得て、すっかり元気になった。だが、度重なる夜の怪物の襲撃により、ハムザは全く眠れておらず、空腹もあって限界が近づき始めていた。
リリはなかなか【シモエイス・ファミリア】の不思議な死に様を忘れることが出来ず、頭を悩ませ続けていた。ハムザに無駄なことを考えるのはやめるように言われたが、リリはどうにも止めることが出来ず、夜も眠らず考え続けており、そのお陰で、日中は睡眠不足のまま周辺を探索しなければならなかった。
そして不思議なことに、この付近ではもう食料を見つけることが出来なくなってしまっていた。その理由を、リリは『第三者』が採取したに違いないと推察するが、ハムザはどうも釈然としない様子だ。
「ガネーシャ軍団がほぼ全滅だとして、残るはアポロン一派か、たまたま運良く生き延びた誰かだろう。そいつらがこの辺りに居るとしたら、俺達に気が付かない筈がない」
「黙って食料だけ取って、去っていったのかも知れません。お忘れですか?ハムザさまはこの場所に迷い込んだ時、【トール・ファミリア】を皆殺しにしているのですよ。避けられているのではないでしょうか」
二人の会話に命が口を挟む。彼女はたった今水浴びから帰ってきた所だったので、ほんのりと少女の良い匂いがした。
「他のファミリアが居るのであれば、私達が見つけられない理由がありません。ここ数日は、周辺の探索に余念が無い訳ですから…」
確かにそうだ、とリリは背中に体重を乗せ、バックパックに体を埋もれさせ始める。
「なんにせよ、食糧が尽きたのは危険です。ハムザさまの体力の回復も…『スキル』だけではどうにもなりません」
リリはちら、と命を横目で盗み見た。初心な少女は恥じらいから顔を染め、俯いてしまう。
というのも、ここ数日は朝も夜も二人は命の目の前で行為に耽っていた。リリは命に『回復効果』を持ったスキルの存在を説明したが、命にはどうも信じられなかったらしい。ハムザの『特殊スキル』についても同じで、他人と性交渉するだけで強くなるなんて、ありえないと思っているらしかった。
処女にありがちな拒否反応だ、一度やってしまえば問題ない、と言ってハムザは気にも留めないが、リリは命の体をハムザが自由に出来るようになれば、きっと生存確率が上がるだろうと信じて疑わない。
だが、目下の問題は食糧だ。三人はこの問題にどう対処するかを決めるため、今日は探索を中止して朝から議論を続けているのだった。
「…向こうに行くしかないか。命の体調が戻った今、とどまる理由はない。シルバーバックを倒して、北側に進出する。ここ南側にはもう資源が残っていないからな」
議論の結論は、結局こうなるだろうと皆が理解していた。だからハムザがやっとその言葉を口にした時、彼らはすぐさま頷いた。
「…ハムザ殿が苦労された相手…私が力になれるか分かりませんが、全力を尽くしたいと思います」
「あまり気乗りのする相手じゃない。力馬鹿で、攻撃が通用しないからな。長期戦になるだろう。まったく、腹が減っているというのに……」
剣を取るハムザの動作は空腹のせいで緩慢になっていた。命は、水浴び後の濡れた髪を乾かそうと、出来るだけ焚火に近づいた。リリはリリで、シルバーバックに対抗する何かを模索していた。
「そういえば……」リリが何かを思い出したようバックパックから身を起こして言った。
「アポロン一派はどこにいるのでしょう?あのシルバーバックがまだトンネルに居るということは、彼らもこの南側をさ迷っている可能性が高いのでは?」
「まぁ、確かにそうだ」ハムザは頷いてリリの後を継ぐ。
「倒されていないから、ゴリラはまだ居やがるという訳だ。ならば、あいつらはどこかで死んでるか、別のルートで脱出したか」
「案外近くに身を潜めているかもしれません。ここの食糧を根こそぎ採取してしまったのが彼らで、私達には会いたくないという仮説に基づけば難しい交渉になるでしょうが…とにかく、賭けてみますか」
「そうするほか、ないですね…」
「なんだ、具体的にどうするんだ?」ハムザはリリと命に問う。
「簡単ですよ、ハムザさま。準備が出来たら武器を取って、大声で叫びながら歩くんです。『シルバーバックを倒すから、共闘してくれ』とお願いするんです。彼らが姿を現せばそれで良し。そうでなくとも…結局は誰かがあの怪物を倒さなければならないのです。やれることはやっておきましょう」
うぅむ、とハムザは唸り声を出す。ずっと隠れ続けていた奴らがそんなことで顔を出すだろうか?ハムザは【アポロン・ファミリア】の一団が【ガネーシャ・ファミリア】同様に怪物にやられてしまっているような気がしてならなかったが、他に提案することもないので二人の言うとおりにした。
「じゃあ、準備が出来次第、ゴリラ狩りと行くか」
重い腰を上げてハムザは立ち上がる。リリがバックパックの確認に気を取られている時、命が彼に近づいて果実を取り出して見せた。
「…あの、これ…水浴びの際にたまたま見つけた茂みに一つだけ残っていました。こんなもの、ハムザ殿から受けたご恩には全く足しにはならないとは思いますが…えっと、良かったら……」
「くれるのか?」
「はい……」命は顔を染め、言い辛そうにはにかみながら、早口で言った。
「…ご恩には必ず報います。気遣って頂いて本当にありがとうございます」
そう言ってからくるりと背を向け、命は装備の確認をし始めた。
「どうかしましたか?」とリリは命に問いかける。
「い、いえ。なんでもありません」と命は答える。
だが、その横顔には、隠しきれない恥じらい浮かんでいた。
●
三人は迷宮の森の中をあちこちと彷徨いながら、【アポロン・ファミリア】へ大声で呼びかけ続けた。だが、やって来るのは耳の良いアルミラージばかりで、パーティは余計な戦闘を強いられるばかりだった。ハムザはもう無駄な体力を使う気にもなれず、パーティに休憩を言い渡し、適当な所で火おこしを始めた。
「…まぁ、なんだ。あの、なんちゃらとかいう怪物を仕留めて、たらふく肉を食うのだ」
腹が減って、まともな言葉を探すのに時間が掛かる。リリは怪物の肉など食べられないと文句を言ったが、ハムザとしては、やってみなければ分からないという気分だった。三人の中で最も体力的に余裕のある命は、周辺に食料がないかとしきりに探し続けている。だが、やがて命はそれも諦めて、二人と同様に火の傍に腰を下ろす。
「…アポロン一派は、やって来ませんね。本当にこの辺りに潜んでいるのだったら、そろそろ気づいても良い頃な筈です」
「もう死んじまったんだろう。この場所で生きているのは、俺達だけだ。なぁ、リリ。もし好きな物を一つだけ食べられるとしたら、何が食いたい?」
リリはぼんやりと火を見つめながら、微動だにせず、小さな声で言った。
「…パンです。焼きたての、香りの良い、パンさえあれば、リリは何も文句を言いません」
「パンか、悪くない……。命はどうだ?」
「…私は何より、淹れたての緑茶のあの香りが恋しいです。ご飯に焼き魚の切り身を乗せ、緑茶をかけるだけで…あぁ、止めましょう。どうせここにはそんなものはありません」
「俺は、そうだな…」
想像するだけでハムザのお腹が鳴った。少しずつ、少しずつ体や思考が鈍くなっていくのが分かる。サバイバルでこの状況は非常に危険だが…今自分には、美味しい食べ物を想像することくらいしか出来ない。
「ステーキが食べたい。山盛りの揚げポテトを添えてな。品の良い脂身の多い肉なぞ要らん。靴底みたいな、食べ応えのあるやつだ…」
三人は『はぁ…』とため息を吐く。ハムザは考えた。今頃あの主神は、豪華な食事に囲まれてたらふく食べていることだろう。自分達がこんな場所で苦しい思いをしていることなど露知らず、毎日好きなことをして、放蕩の限りを尽くしているのだ。
「なぁ、リリ。あの主神、俺達のことを覚えていると思うか?」
「難しい質問ですね。神テルクシノエに限ったら、この世の人間が想像出来得る範囲を超越した奇想天外なことを平気でやってのけますから」
「ハムザ殿たちの主神様は、どんな人物なのですか?」
命は他人の
「恐らくだが、俺達のことなど忘れて今頃新しいファミリアを結成している。そんな神だ。命のところの神様は、どんな奴なんだ?」
「タケミカヅチ様は……」
命は胸に両手を当て、憧れの異性に恋い焦がれる乙女に早変わりした。
「強く、雄々しく、包容力があり、一緒に居て心が安らぎ、尊敬でき、優しいお方です」
「なんだ、まるで俺のようだな」
ふざけ半分でハムザはそう言ったが、命は雷に打たれたように硬直し、心の中で叫んでいた。
(確かに、その通りだ!この胸の高鳴りの原因は…まさか、まさか…?そういうことだったのですか!?)
命は途端にハムザの顔を見ることが出来なくなってしまい、顔を下に向けながら考える。
(ハムザ殿は…強い。それは間違いがない。雄々しさも一級品だ。小さなことなど気にしない大らかさを持ち合わせ、私の心を落ち着かせてくれる。それにこの厳しい環境でも弱者を労り、知恵を活かしてパーティを率いることの出来る、尊敬すべきリーダーだ。それに…私の命の恩人。このような人物に比肩しうるのは…オラリオ広しといえども、タケミカヅチ様くらい…)
頭が高速で回転し、命の顔は真っ赤に染まる。考えが先へ行くに連れ、命の胸は高鳴りを強め、ハムザをとてつもなく意識し始めた。
「え、えっと!?」
命は挙動不審に立ち上がり、リリの顔に視線を固定しながら不自然な口調で言った。
「わ、私はもう少し周囲を周回してみるであり、ありますっ!?」
そんな命の背を、リリは喜んでやるべきか悲しんでやるべきか分からないといった、曖昧な表情で見送ってから言う。
「…率直な話、ヤれると思いますが」
「そうかもな。迷宮マジックというやつだろうか。まあそれより今は、怪物をどうするか考えなければ」
ハムザがセクロスのことよりも怪物退治にやる気を出しているのが不思議ではあったが、リリはその貴重な機会を逃すべきではないとして、攻略法を考え始めた。
「まずあの怪物ですが、強化種で間違いないとリリは考えています。魔石を喰らい、通常よりも遥かに強化された個体ということです。個人の力で負けてしまっている以上、連携でどうにかするしかありませんが……」
リリは言い淀んだ。栗色の瞳に暗い影が落ちる。
「三人、いや…二人でどうにかなるもんではないだろうな」
彼女の代わりにハムザが言った。リリはそうだ、と頷いて額に手を当てる。
「リリが魔剣でも持っていれば…魔法攻撃が出来たのですが。でも今は、それも望めません」
二人は解決策を見出せないまま、無言で火を眺めていた。天井を見上げると、空を覆う木々の隙間から注ぐ光が、少しづつ弱まってきているのが分かった。もうすぐ黒い夜が辺りを覆うだろう。そろそろ動かなければ、この一日を無駄にすることになる。
ハムザが意を決して立ち上がると、命が手を振りながら駆けて来るのが見えた。
「ハムザ殿、リリ殿!見つけました、協力者です!!」
●
「【ガネーシャ・ファミリア】だと?」
命が連れて来た人物は一人だけ。この未開拓領域に降り立った直後、ハムザが【トール・ファミリア】を返り討ちにした時『自業自得だ』と言ってハムザを責めなかったドワーフの
「そうだ。俺はニコラス。Lv.2で、組織の中でもそれなりに腕は立つ方だった。他の派閥の連中を率いて、俺達は最速攻略を目指した。だが、あの強化種に返り討ちにされ、敗走することになった。俺のパーティは、全滅だ。俺だけが生き残っちまった……」
男はボロボロだった。鎧はへこみ、顔には大きな青黒い痣が浮かぶ。頬はげっそりと痩せこけており、目元には大きなくまが出来ていて、あまり頼もしい助っ人には見えなかった。
「断言するが、あいつを倒すのは不可能だ。恐らくLv.4からLv.5に相当する。何十人もの魔導士の魔法をくらっても奴は無傷だった上、斧でも剣でも、傷一つつけられやしねぇ」
「そ、そんな強敵だとは……」命に焦りの表情が浮かぶ。
「そうなれば、現実的に戦闘は避けるべきですね……」リリの目にも絶望の色が滲んだ。
「いや、そんなことはない」
だが、ハムザは諦めるつもりはなかった。気落ちする美少女二人に、力強い言葉をかける。
「俺にかかれば、ゴリラなど一撃だ。忘れたのか?俺には魔法がある」
「言っただろうが、魔法なんか効く相手じゃねぇっ!」能天気なハムザに、ドワーフは怒りを込めて叫んだ。
「まぁ、魔法ならな。だが呪詛ならどうだ?」
ニコラスは「うっ...」と言葉を飲み、少し考えてから呟く。
「いや…それは分からねぇ。試してねぇから、効くかもしれねぇ……」
「ですが、本当に魔法を使ってしまうのですか?」リリは彼の決意を確認するように、ハムザの顔色を伺う。
「やむを得ない場合は、そうする。だが、まずは接近戦だ。魔法ばかりに頼っていたら、いつまで経っても成長できやしないからな」
命とニコラスはその言葉に感銘を受けたらしく、目を滲ませて何度も頷いてハムザを褒めたたえた。だが、リリは単純に彼が
「それならば、すぐにでも向かいましょうか」命は三人に告げ、刀を鞘から抜いた。
「まぁ、待て!待て、望みがあるんなら、手助けできる奴がまだ居るんだ。俺は、アポロンのところのトゥリウスって奴らと隠れ続けてた。あいつらも、きっと手を貸してくれるだろうよ」
それから四人は大急ぎでその場所へ向かい、【アポロン・ファミリア】の説得に当たった。リーダーのトゥリウスは陰気臭い目つきでこちらを一切信用しようとはしていなかったが、北側への進出の望みがシルバーバックの打破しかないことから、渋々ハムザ達の要求を呑み、手助けをすることに決めた。
「…俺は付与魔法を得意とする
エルフの魔導士達はとても不安そうな表情で、小さく体を震わせていた。三人揃って何かに憑りつかれたように顔色が悪く、何日間も食事を口にしていないのが明白だった。
魔導士の一人が、恐る恐る口を切る。
「…私達に、あまり魔力は残っていません。それに集中力も…果たして力になれるかどうか……」
「そんなもの、誰だって一緒だ!」ニコラスが大声を張り上げ、士気を高めようと彼らに声を掛ける。
「きつい時に力を振り絞るのは、意思の力だ!心が折れちまったら何も成し遂げられやしねぇ!偉業は不眠不休の労苦によってのみ成し遂げられるものだろう?のうエルフさん、お前らは真理だの善の究極だの論じ合いながら、そんなことも忘れちまったのか!?」
「わ、私は…やるわ。貴方の言う通りよ」
もう一人は眦を決し、魔道杖を両手に持って立ち上がる。
「私はアカンサス。シルバーバックを倒すため、全力を尽くすわ」
残されたマルペッサも諦めたように顔を振って立ち上がった。どうやらこれで全員の意思が固まったようだ。
「それでは、簡単な作戦を決めておきましょう」リリは事態が好転していくのを感じながら、興奮を隠し淡々と作戦を説明していく。
「ハムザさま、ニコラス様で前線を作ります。魔導士のお二人は後衛で、リリもそこに加わります。トゥリウス様は中衛で前後のサポートをし、命さまは殿でバックアタックを警戒して下さい。ここまでは良いですね?」
全員が頷いたので、リリは続けていく。
「前衛の役割は時間を稼ぐこと。後衛の役割は魔法を撃つこと。他の人は臨機応変にサポートを。以上です」
「ちょっと待ってくれ、サポーターちゃん。やつに魔法は効かねぇ、忘れちまったのか?」
むむ、とリリは唇を噛む。
「ですが、やってみなければ分かりません。苦手な属性があったのかも知れませんし、相手の反応で次の手を考えることが出来ます」
リリの作戦は定跡通りの、当たり前の作戦だった。だが、全員はなかなか踏み切ることが出来ずに困っていた。
その時、命の頭にある作戦が浮かんだ。
「えっと、私からも良いでしょうか?もしかしたら、倒す必要はないのでは?」
「どういうことだ?」ハムザは思わず聞き返した。
「ですから、地形を利用してハメてしまえば良いのです。まず、強化種はトンネルの先のエリアに居て、私達は手前のエリアに居ます。一度どうにか怪物を釣って、こちらに誘き寄せてから私達はトンネルを潜り抜け、先のエリアへ到達してしまう」
「そんでどうすんだぁ?奴は絶対に追いかけて来るぞ」ドワーフの調教師に、命は言いづらそうに顔をしかめながら提案する。
「ですから、そこで魔法を撃つんです。トンネルに魔法を撃ちこめば、落石を起こせるかも…強化種を私達のエリアに閉じ込めて、私達は先のエリアへ脱出すると…」
「正々堂々やる必要はない、ということですか…悪くはないですね」
「あぁ、悪くはないが…戦士としては禁じ手だな。あまりにも臆病な作戦だし、俺の誇りに反する」
リリは命に賛同し、トゥリウスは否定する。
「誇り云々言う場合か?生き残れば勝者だ。俺は賛成だな」
【アポロン・ファミリア】以外が皆命の提案に賛成したため、彼らは仕方なく意見を曲げた。こうして作戦が決定し、彼らは行動を開始する。
全員が準備を整え、いざ向かうと言うところで…リリが言った。
「言っておきますが、リリはまるで役に立ちませんので。魔法も使えませんし、武器も駄目です。頼りの綱のアイテムは…そうですねぇ。周囲を明るくする、松明くらいでしょうか」
「火の棒切れでぶん殴ってどうにかなる相手なら、まぁ苦労はしないだろうな。命ちゃんもリリも、まぁついでにそこの二人組も、全員俺が守ってやる。なに、あんなゴリラ野郎、俺の剣にかかれば楽勝だ。お前達は知らんぞ、男ども。男を守る趣味なんてないからな」
トゥリウスとニコラスは苦笑いをハムザに返す。パーティの先頭に立ち、ハムザはそれっぽいことを言った。
「機は熟した。今こそ全員が一丸となってあの野猿を倒す日だ。ダンジョンに一泡吹かせてやろうじゃないか」
一同が結託して士気を高める中、リリは一人暗い表情を作っていた。
(文字通り、これは最初で最後のアタック…。平静を装ってはいますが、皆が体力の限界を感じているはず。失敗すれば、それは敗北を意味するだけでなく…
皮肉混じりに笑みを作り、リリはハムザ背を追いかけようとした時、命がそっと近づいてきて、リリにこっそりと耳うちした。
「……彼らがここに居たのなら、私達の姿を見つけていた筈ですし、呼びかけにもすぐ応えられた筈です。それをしなかったという理由は…何だと思いますか?」
リリは誰にも気付かれないよう、首を小さく横に振った。そして、小声で命に答える。
「分かりませんが…何にせよ、良からぬ理由でしょうね……」
彼らは一時的に協力するとは言え、腹の内を見せるつもりはない、ということか。心中穏やかではないというのは、まさにこのことだ。
●
パーティは強化種の待ち受けるトンネルまでやって来た。既に辺りは暗くなっており、リリは他の怪物の襲撃を懸念していた。だが、皆の体力も限界が近いし、士気も高まっている。ここで一日伸ばしてしまうのは愚策に思えたので、無理矢理作戦を結構することに決めた。
ただし、やるからには何としても戦果を上げなければならない。松明の火をそこら中の木に灯し、リリは光源を確保する。
「よっしゃあ、行くぞ、ハムザ!」
気合を入れるニコラス。ハムザは熱血漢が苦手だったため、返事はせずにトンネルへと進んで行く。
「…近いな。来るか?」
ハムザの予想通り、聞き覚えのある唸り声が暗闇に響く。
『ボォオオオォオ……...』
リリが燃やした木々は大きな光源となり、トンネルまで僅かに明かりを届けている。そして、その僅かな光が、醜悪な怪物の顔を照らした。
「出たぞっ!退けぇっ!」
大急ぎで退却する二人。強化種は咆哮を伴って突進した。
二人は間一髪でトンネルの外へ飛び出し、突進を回避する。
シルバーバックは襲撃者達へ牙を剥き、片腕を振り上げ、力いっぱいに地面に叩きつけた。
地面が弾ける爆音。衝撃波が周囲を震わせる。
「よう、クソ野郎」
振り下ろしを見切り、隙の出来た懐にハムザは飛び込んでいた。零距離から剣を構え、怪物の右目めがけて鋭い突きを見舞う。有無を言わせぬ奇襲だった。だが、シルバーバックはその突きをあっさりと左腕で払い、ハムザを蹴り飛ばす。
「ぐっ……!?」
蹴りを一発貰っただけで、ハムザは数M吹き飛ばされた。
「なんつー威力だ…馬鹿め」
「今ですっ!皆さん、トンネルの先へ!」
リリの掛け声と共に、前衛を除く全員がトンネルへと入り込んだ。そしてすぐさま、魔導士二人は詠唱を開始する。
「ハムザさま、ニコラス様!はやくこちらへ!!」
ニコラスは良い位置取りをしていたため、難なくトンネルへと入り込むことが出来た。だが、ハムザは一度吹き飛ばされて距離が出来てしまったため、トンネルへの道に強化種が立ち塞がる。
「ちくしょう…まずいな」
急がなければと焦るハムザ。だがシルバーバックは鼻を鳴らしながら、不自然な動きを見せた。それからくるりとハムザに背を向けて、トンネル目掛けて突進した。
「ま、まずいっ!」トゥリウスは魔導士二人を見つめる。
「もう時間はない、撃てっ!」
「ま、待ってください!?」
トゥリウスはハムザが残されていることを気にもせず、二人に魔法の発動を命じる。リリはそれを止めるべく叫んだ。その拍子に、松明を落としてしまった。
火が傍の茂みに燃え移り、光源がぼんやりと広がったその時。
命は魔導士達に近づく大きな影を捉えた。
「ミ、ミノタウロスがっ…!!」
突如現れたミノタウロスが、魔導士達へ斧を振り下ろした。いち早くバックアタックに気付いていた命が二人に飛び掛かり、何とか攻撃を緊急回避する。地面を転がった命は素早く立ち上がり、ミノタウロスの足に一太刀お見舞いした。
『グ、ガァァァァッ!?』
足を切断されたミノタウロスは崩れ落ちる。何とか魔導士を救って安堵する命とは裏腹に、リリは青ざめていた。
最悪の状況をいち早く察知していたのだ。
「詠唱が…ぶれてしまいましたね」
魔導士達は突然の背後からの襲撃に集中が削がれ、態勢を崩したことでそれ以上詠唱を紡ぐことが出来なくなっていた。
詠唱の中断、失敗。魔導士としてはあってはならない致命的なミス。しかし二人の魔導士は、決して歴戦の猛者でもなければ、第一級の熟達冒険者でもなかった。もともと極限に近い精神状況だ、いったい誰が二人を咎められようか…。
リリも、命も、トゥリウスも、アカンサスも、マルペッサも、ニコラスも、全員が絶望に目を染めながらトンネルを見た。そこには、醜悪に牙を剥ける大猿の怪物が辺りを包む炎に照らされ、目を光らせて佇んでいた。
「―――退けっ!!」
シルバーバックの背後から、ハムザが剣を突き刺す。だが、突きは剛毛と分厚い皮を貫くことはなく、切っ先が零れてしまう。
シルバーバックは背後から襲われたにも関らずハムザを気にも留めず、燃え盛る炎へ近づいて奇妙な鳴き声を上げ始めた。
「な、なんだ?」強化種の不自然な行動に目を丸くする一同。
ハムザはその隙にパーティに合流し、シルバーバックの一挙手一投足に目を向けた。
怪物は悲しんでいるようだった。ハムザは突如戦闘を止めた怪物の行動の意味がすぐには分からなかったが、やがて燃え移る火の中に果実を見つけ、その意味を理解する。
「バナナだっ!食い物があるぞっ!」
いち早く気が付いたハムザの後に、リリもその目でバナナを捉える。それからの行動は迅速だった。リリは魔導士二人組にまだ火の移っていないバナナを探すよう言い、果実を集め始めた。そして強化種の前で魔法を詠唱するよう、トゥリウスに言った。
半ば意味が分からない一同だったが、トゥリウスが詠唱を開始するとシルバーバックは途端に彼に敵意を露にしたので、全員はこの強化種が魔法に反応する性質を持っているのだと理解した。
そしてトゥリウスは自分が囮になりながら、距離を取り続けて時間を稼ぐ。その間、シルバーバックには背後や横から攻撃する隙が生まれていた。
「凄いぞっ!魔法を唱えていれば、こいつは俺にしか興味がないようだっ!」
トゥリウスは詠唱を始めては止め、始めては止めと繰り返しながら怪物との追い駆けっこに興じる。そして、ハムザが怪物の背後から斬りかかり、ニコラスが鞭をしならせて急所を狙っていく。
だが、どちらもダメージを与えることは叶わない。その時、命が前に出て、刀を一閃した。
「はぁぁぁぁぁッ!」
命の渾身の一薙ぎが、怪物の掌を切り裂いた。
『ギャァッ!?!?』
「いけるっ…!掌は攻撃が通るようです!」命は見事にシルバーバックに一矢報いてみせた。
「す、すげぇぞっ!サムライッ!?」
ニコラスは歓喜の雄叫びを上げる。
斬撃を受けた怪物の右手はぱっくりと割れ、鮮血が迸る。甲高い悲鳴を上げて、シルバーバックは手を庇うように後退し始めた。
「しめた、痛覚がある!傷口を狙え、痛みに怯えているぞ!!」
ハムザの号令と共に三人が飛び掛かると、シルバーバックは巨体を翻して暗闇の中へと逃げて行ってしまった。
「止めろ、追う必要はない!」ハムザはそう命じてから、リリ達の方を見た。
炎は幾分か勢いを止めており、安堵のため息を吐くリリの姿は陽炎に揺れることなくくっきりと見ることが出来た。
どうやら《戦果》は十分にバックパックに詰め込んだらしく、リリはにこにこと満面の笑顔をハムザに向けていた。
「上々じゃないか、おい。成果はあった。俺達は勝利したのだ」
全員が頷いた。怪物の討伐こそできなかったが…追い払うことが出来た。それにパーティは大量の食糧を得た上に、北側へと進出することが出来たのだ。これを戦果と言わず、なんと言おう?
命とリリは大喜びで手を叩き合う。ニコラスは目に涙を湛え、死んでいった戦友に何かを呟いていた。魔導士の二人も、信じられないといった表情でお互いを抱きしめ合っている。
だが、トゥリウスだけは暗く陰湿な目で、値踏みするようにハムザを盗み見ていた。
●
久しぶりの食糧を口にすることで、リリもハムザも元気を取り戻した。ニコラスやトゥリウス達も力が戻ったようだ。全員は火を囲みながら、何本もバナナを貪った。リリが周辺に灯した炎は、今ではすっかり辺りを燃やし尽くしてしまったが…既に一部は再生が始まっていた。迷宮の再生能力は、驚くほどのものだ。
「あの大猿、毛皮は尋常じゃない程の防御力だが…足の裏や掌まではカバーできていないようだったな。食事を取って休憩してから、狩りに出るとしよう」
トゥリウスは依然として距離を保ち続けていたが、ニコラスはハムザに敬意を表して
【テルクシノエ・ファミリア】はひとつの死線を乗り越えたことで、一段と結束力が高まっていた。命はハムザの傍で従者のように周囲を警戒しつつ、自分も休息を取っている。対するリリは【アポロン・ファミリア】の男を目敏く監視し続けながら、気になる【シモエイス・ファミリア】の死因についてハムザと話しを続けていた。
「だから、シモエイス・ファミリアの死因を考えるのはもう止めにしろ。大方怪物にやられたか、あるいは服毒自殺でもしたんだろうよ」
ハムザはそう言い終えるや否や、奇妙な音に気が付いた。
「――――……」
聞き覚えのある、不気味な重低音。
『…………オォォォ……』
脳まで揺らすような、あの感覚が上空から降ってくる。
「…この音は?」
命が、リリが、その異音に気付いた。その緊張が、他のメンバーにも伝播していく。
「まさか…そんな——」
命の呟きの後に、唸り声が伴って轟いた。
『………ボオォォォ』
耳を劈くような咆哮と共に、巨大なシルバーバックが暗闇から降って来た。
「うおおおおおおっ!?!?」
強化種の突然の襲撃に、全員が驚愕した。
大猿は大地を爆散させ、今までの数倍大きな声で怒りを撒き散らした。林立の木立を大きな手で弾き飛ばしながら、こちらへ一目散にやって来る。
「…まずい」
シルバーバックは怒りに任せて加速し、巨体で焚火に突っ込んだ。
「きゃああああっ!」
リリは大声を上げて何とかそれを避けた。他のメンバーも、驚愕を浮かべてはいるものの落ち着いて攻撃を回避していたようだ。だが、武器を取る彼らの焦りがリリにも伝わってくる。怪物は先ほどとは打って変わって、明らかに強くなっているようだ。そして、傷も塞がっている……。
「一体何が起きた?この短時間で…?」
トゥリウスやニコラスも、舌打ちをして怪物を前に武器を取る。
「分からんが……間違いなくやべぇ。一人でも生き残れれば、御の字だろうな」
いつ飛び掛かってくるかも分からない程の興奮状態で、荒く速い呼吸に体を揺らしながら、怪物の目はぎょろぎょろと動いている。その眼はハムザへ、トゥリウスへ、命へ…アカンサスへ、マルペッサへ、ニコラスへ…。そして、呆気に取られてバナナを握り締めていた、リリへ。
「……え?」
リリは思わず間抜けな声を出す。
(自分…が、狙われているのでは……?)
そして怪物の目の色が変わった。
『グァァアアアアアッッ!!!』
その咆哮と共に、リリは逃げ出していた。怪物は一目散に逃げるリリを追いかけ、走り始める。ハムザが止めにかかろうとするが、呆気なく吹き飛ばされ、血を吐いて倒れた。柄に手を掛けていた命だったが、一瞬の出来事に攻撃の機会を逃し、走り去る怪物の背を見つめることしか出来なかった。
「これは助からない。二人とも、追うのはやめておけ」
冷たい口調でトゥリウスはそう言って、破壊された焚火に新しい薪を放り投げていく。やりきれない表情で、ニコラスは口を噛んでいた。
そして、何とか立ち上がったハムザが、リリが逃げて行った方へ駆けていく。慌てて命はそれを追いかけた。
●
「はぁっ…、はぁっ」
鼓動が早鐘のように鳴り、全身から大汗が流れている。リリは訳も分からず駆け続けていた。背後からは、おぞましい怪物達が群れを成して追いかけてきていた。
シルバーバックだけなら、まだよかった。
だが、数種類の怪物達が数十匹と連なり、先頭を走る野猿に付き従うように、リリという獲物を目掛けて追いかけてきているのだった。もしこの場所に他のパーティがいれば、特大の
憎きザニスにこの素敵なプレゼントを贈ることが出来たら、どれだけ気が晴れるか――いや、ザニスはもう死んだ。ハムザがやっつけてくれたのだ。
どうせなら楽に死ねればいいのに、と。
夢と現実の境界線が曖昧なようだ。もしかしたら、こっちが悪い夢か。いや、きっとそんな筈はない。
既にもつれかけている足取りをなお止めず、リリは逃げ続けた。
ハムザなら、追いついて助けてくれるだろうか。いや…期待するべきではない。彼は既に自分を守ろうとしてくれた。自分が逃げ出した直後、怪物を止めようと間に割って入り…吹き飛ばされる姿を見たのだから。
それでも…もしかしたら、助けに来てくれているかも知れない。そう思い、リリはもう一度振り返る。だが、そこにあるのは、自分を喰い殺そうと追いかけてくる怪物の群れだけだった。ヘルハウンドの火が、もうすぐそこだ。シルバーバックの大きな爪が、触れられそうな距離にある。アルミラージの角も、一突きで楽にしてくれるのなら…案外愛しいものだと思えるものだ。あの斧で潰されるよりは、まだましだ。
「もう…ダメ、ですっ…」
リリは足を止めようとした。だが、その時。
目の前に洞窟があった。
それは【シモエイス・ファミリア】全滅の場所だった。
最後の力を振り絞り、リリは入口を目指して下半身に全ての力を注ぎ、加速した。
ここ数日、リリは彼らのことを考えずにはいられなかった。盗賊時代散々カモにしてきたお人好し達。簡単にこちらの嘘を信じては、財布の中身をごっそりと奪われていく。それでも彼らは怒ったりはしなかった。
それどころか、そんな出来事の後ですら、彼らは微笑み続けていた。子猫に引っかかれた傷が出来た、とふざけながら。
思えば、その時…あの子がいたかも知れない。断片的な記憶の中で、その子の笑顔がちらちらと目に浮かぶ。あの黄色くなって変わり果てた姿の
ハムザには考えないように言われ続けていたが、リリは自分の悪い過去とうまく折り合いをつけられるよう、何とか彼らを供養してやりたいと思っていた。
「はぁ、はぁ…」
早鐘を撃つ鼓動とは裏腹に、リリの頭はだんだんと冴えてきた。ここ数日、さんざん彼らのことを考えてきたからだっただろうか。そしてつい先ほど、結論のようなものを導き出していた。
それは、死因。どうして彼らは死んだのか。どうして無傷のまま、眠るように亡くなってしまったのか。
リリは洞窟に入り込んだ。残念だ…この大きさなら、あの巨体だってすっぽりと収まるだろう。洞窟の入口は広い。簡単に怪物達を招き入れるだろう。
急いでバックパックから松明を取り出した。火打石を壁に擦り付け、火を灯した。その直後、シルバーバックを筆頭に怪物の群れが雪崩れ込んできた。
『ガァァァァァアァァァァッ!!!』
間髪入れずに襲い掛かる怪物。リリは覚悟した。
ここが、死地。今が最期の瞬間。
松明の火が、ゆらゆらと揺れた。時が無限のように感じる…。
松明の赤い炎は黄色くなり、すぐに青白く変わった。
(それなら…どうせ死ぬなら…っ!)
「タダで死ぬなんてまっぴらごめんですっ!!!」
松明を投げ捨てる。
一瞬、怪物達の動きが止まった。
その僅かな間にリリはサラマンダーウールを拾い上げ、横穴に潜り込む...…。
——そして、轟音と共に大爆発が巻き起こった。
洞窟を埋め尽くす炎は行き場を失くし、外に飛び出して何十M先まで燃やしていった。
洞窟内の怪物達は悲鳴を上げ、業火に包まれて灰になっていく…。
……。
…。
猛る炎が、やがて静まった頃。
ハムザと命の二人は、怪物の足跡を追って洞窟まで辿り着いていた。
「何だったんだ、あの爆発は…」
ハムザが呆然と声を出す。命は無言で首を左右に振った。
洞窟内には大量の灰が堆く積もっていた。【シモエイス・ファミリア】の冒険者達は、装備だけを残して跡形もなく消え去っていた。彼らにとっては、いい火葬となったに違いない。
ハムザは少し歩いて様子を探る。魔石やドロップアイテムは炎に焼かれず、しっかりと原型をとどめたまま転がっている。
その中でもひと際大きく巨体にハムザの目がいった。
「こりゃ、シルバーバックだ…まだ、ちょっと息があるぞ…?どうなってる?」
炎に焼かれてもなお、防御に優れた毛皮は健在だった。だが、意識は朦朧としているようだ。ハムザは剣を怪物の目玉に突き刺して、それを一気に奥へと押しやった。
致命傷を受けた怪物は無言のまま血を流し、灰になった。山のようになった灰からは、巨大な魔石と人が被れそうな分厚い毛皮が残る。
「ドロップアイテム……」命はその漲る生命力に息を飲む。
「しかし、これは一体何事だ…?」
ハムザの頭に、ある考えが過る。まさかリリが、魔法…?知らない間に、覚えてしまったのか?
いや、そんな筈はない。あのアホ主神の場合でも、魔法が発現したのなら伝えて来るだろう。それに、リリだって魔法が使えるのなら喜んで話したことだろう。
だが、当の本人は一体どこへ消えてしまったのか…。周囲を見渡すハムザは、奥の方にある横穴に目がいった。
慌ててそこへ近づいて下から覗き込むと、サラマンダーウールを被ったまま動かないリリが居た。
「ここにいるぞ!」
ハムザはリリを穴から引っ張り出した。
「まずい、意識がありません…」
命はなんとかリリを助けるために、辺りに何か使えるものがないかと見渡すが…周囲は灰とドロップアイテムに包まれており、何も見つけることが出来なかった。
「
ハムザはリリのローブをまさぐった。するとベルトポーチに括り付けられたホルスターに
「…げほっ…げほっ!?」
リリは咽ながら、ぜいぜいと酸素を吸い込んだ。大量の涙を流し、嗚咽さえ漏らしながらも、リリは息を吹き返した。
「一体何をやらかした?」彼女の無事に安堵したハムザは、まるで我が子の悪戯を咎めるような口ぶりでそう言ってから、リリを腕の中に抱き寄せた。
「…はあ、はぁ…。ええっと…ここに隠れて、爆発を起こした途端…息が苦しくなって、そのまま意識が飛んでいたようです」
「爆炎が酸素を燃焼させたということなのでしょうか…?それであの強化種も、あんな死に方を…」
「というかお前、どうやって爆発を起こしたのだ」
リリはぐったりとして、まるで元気がない。疲れ果てているようだった。
「とにかく…ここは危険です。はやく離れましょう」
リリにそう言われたので、ハムザは真っ白い《シルバーバックの毛皮》をリリに被せてから、彼女を背負って外へ出た。
●
「それで、一体どうやってあんな魔法を唱えたんだ?」
破壊された拠点まで、ハムザはリリを抱えて戻る途中。ハムザは力を使い果たして腕の中でぐったりとしているリリにそう聞いた。
「…シモエイス・ファミリアが無傷で全滅した理由を、リリは随分考えました。それで…もしかしたら、有毒ガスではないかと思ったんです。…それより、疲れました。もう寝かせてください、ハムザさま…」
そう言ってリリは目を閉じる。命が感心した声を出す。
「なるほど…可燃性の毒ガス、という訳ですか。私はてっきり魔法かと…」
「いや、似たようなもんだろう」ハムザが言う。
「
腕の中で丸くなって眠るリリを見て、ハムザははぁと溜息ひとつ。
「何はともあれ、今はゆっくり休ませてやろう。たいしたお手柄だぜ、まったく」
「そうですね、しかしどうしてシルバーバックはリリ殿を追いかけたのでしょう?」
その質問の答えを、ハムザは知っていた。先ほどあの強化種が牙を剥いて襲い掛かってきた時、何故か主神のことを思い出していたからだ。
「…バナナだな。あいつはゴリラだから、バナナを取られて腹が立ったに違いない。だから普段の行動範囲を超えて俺達を追いかけてきた。それしかない」
「そ、そんな単純な…?」
「そうだ。俺には分かる。食べ物の恨みは怖いのだ。やつの気持ちは手に取るように分かるぞ。俺は天才だからな」
「それは…ゴリラ並みの知能、ということでしょうか…?」
「おいおい、笑わせてくれるぜ」
ハムザは口端を釣り上げ、助平な笑みを命の胸部に向ける。
「君にはそのうちお仕置きをしなければならん。覚悟しておけよ」
「ど、どうかご勘弁をっ…!?」
命はリリのバックパックを代わりに背負い、ハムザと一緒に北部への道をゆっくり歩いて行った。