※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

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第七章 -真相へ-

 

 天上を覆う水晶が輝き失い、森が暗黒に包まれ始めている。迷宮の森には金属音を鳴らす【テルクシノエ・ファミリア】が歩を進めていた。

 

 北側に来てから数日、探索は順調だった。地図は九割埋まり、後は細かな見落としがないかを確認する作業が残るのみ。だが、どうにも出口が見当たらなかったので、三人の焦りは募っていく。

 

 三人は何度も議論を交わした。影の怪物への対処、そして赤髪の女へのリベンジ。失踪した【アポロン・ファミリア】の三人がどうなったのかも気がかりだった。

 

 そして地上のこと。三人の体感では、おそらく二週間ほどが経過しているという感覚だった。二週間も経過してしまったら、もう誰も自分達を探してはいないだろう。

 

 ハムザはリリの後ろを歩きながら、薄暗い森を進み続けた。柔らかい土を踏みながら、一歩一歩と進んで行く度に、地上の美女達の姿が頭に浮かんできた。

 

 アスフィは元気にしているだろうか。ナァーザの薬舗は潰れていないだろうか。あいつは少々やりすぎる。エイナは度重なる残業で体を壊してしまったかも知れない。レフィーヤやアイズ達は遠征に行くと言っていたが、もうとっくに帰還していることだろう。酒場のシルやリューも、きっともう自分達の墓を作って、そこにお弁当やらお花やらを供え始める頃合いだろう。いや、もしかしたら、もう皆自分達のことなど忘れてしまっているかも知れない。冒険者が帰って来ないなんていうのは、日常茶飯事らしい。すぐに切り替えて、彼女たちはいつもの日常を送っているのだろう。

 

 そういえば、主神なんて奴も居た。あのアホ主神、俺達を朝っぱらから怒鳴り散らして追い払ったことをきっと後悔しているに違いない…いや、後悔などあいつがするものだろうか。むしろ新ファミリアを結成し、誰かにたっぷり貢がせているに違いない。そう思うと、自然と独立心が芽生え始めているのに気が付いた。

 

 もう神に頼るのはやめだ。自分自身の力で、正しいと思ったことをしなければ。この迷宮を彷徨い、未だに出口が見えない以上…あの赤髪の女をやっつけて、罪を償わせるのだ。

 

 地上に戻れなくたって、もう構うものか。それに、仮にあの神との縁が切れていたとしても、構うものか。自分達はもう、ひとりで生きているのだ。

 

 隣を歩く命も、似たようなことを考えているのが分かった。目を伏せた表情は曇っている。背を向けて歩くリリだって、きっとそうに違いない。

 

 なぜ、自分達はこんなにも落ち込んでしまったのか。その理由は明白だった。

 

 

 

 ――出口が、ない。

 

 この未開拓領域には、通常の階層と同様に出口があると思われたが、それがまったく見つからなかったのだ。ここ数日はひたすら歩き、出口を探し続けていた。だが、誰の目も、自分達の望むそれを見つけることは出来ていない。

 

 リリは立ち止まって振り返った。松明が、口を結び、途方に暮れている彼女の顔を照らし出していた。

 

 「ここも、外れです。そして、もう他に行く場所はありません。南も北も、これだけ歩き回って隅々まで探し回っても、結局出口は見つかりませんでした」

 

 三人はそこで火を焚き、キャンプを張ることにした。バックパックから食料のバナナを取り出してリリはハムザに勧めたが、ハムザは食べる気がおきなかった。もうずっとバナナを食べ続けていたので、いい加減飽きてしまったのだ。

 

 「…うぅむ。しかしどうしたものか。いくら俺が最強でも、出口がないもんをどうにかすることは出来ない」

 

 「そうですね。ですからこれ以上歩き回るのは不毛です。後は頭を使って、何か見落としがなかったか、考え続ける他ありません」

 

 リリにそう言われ、二人は考えた。そしてハムザは口を開く。

 

 「あの影の怪物をぶっ殺すしかないのかも知れん。ほら、シルバーバックが北側進出への鍵だっただろ。きっと影の化物も、倒すと何かあるはずだ」

 

 「気持ちは分かりますが、出来るかどうか……。姿の見えない相手ですから、スキルを持つ命様以外はあまり役に立ちません」

 

 命は石の上に座りながら、じっと考え込んでいた。暫く経ってから、沈黙の中、ようやく口を切る。

 

 「私には自信がありません。あの怪物は、手強い。ところで、【アポロン・ファミリア】と、その赤い髪の女性冒険者は、消えてしまったと考えるのが妥当ということでしたか?」

 

 命はリリに尋ねる。リリは頷いた。

 

 「これだけ探し回っても見つからないのですから、自分達が見つけられていない脱出経路を見つけたか、怪物の胃の中に納まったかのどちらかです」

 

 「自分達の知らない、脱出経路……」命は火の音に消えるかのように小さい声で呟いてから、分からないと首を振る。

 

 「そもそも、俺達はどうしてここへ来たんだ?どうして13階層の怪物の宴で追い込まれた際、急に穴が開いたんだ?おかしいだろ、そんなことは」

 

 「それがわかれば、苦労はしません。迷宮の意思、とでも言っておけば良いのでしょうが……」

 

 ダメだ、とハムザは議論を切り上げる。

 

 「取り合えず今できることは、あの影の怪物をやっつけることだ。それで何も起きなければ、もう一度考え直すとしよう」

 

 

 「もうやめてくれ!!!」

 

 【テルクシノエ・ファミリア】が出口の捜索に行き詰まり困り果てていた頃、【アポロン・ファミリア】のトゥリウスは迷宮の『外側』に居た。

 

 彼はたったいま女に右足を切断され、血が噴出している。

 

 整った顔立ちを醜く歪め、トゥリウスは激痛に叫び声を上げる。

 

 「……お前達ファミリアの情報を全て吐け。構成員の規模、レベル、能力、魔法、知っていることについて全てだ」

 

 レヴィスは冷酷な眼差しで、苦痛にのた打ち回るトゥリウスにそう吐き捨てた。

 

 「…俺はっ…俺はアポロン様を売ることはしない!殺せっ!」

 

 拷問に屈しない冒険者から苛立ちを隠せずに目を背け、女は再び向き直る。

 

 「では、お前達の仲間のエルフ二匹は、男共の餌にする。ここには飢えた男が多い。女など、奴らにとっては快楽穴に過ぎない」

 

 捕縛された仲間が強姦されると告げられてもなお、トゥリウスは何も喋らなかった。苛立った女は「ならいい」とだけ言い、トゥリウスの足を掴んだ。

 

 「餌にしてやる。まったく、馬鹿な冒険者共だ」

 

 そして広い室内の天井に向かい、叫んだ。

 

 「バルカ、門を開けろ!こいつを捨てるついでに、残りのネズミを狩ってくる」

 

 そして、再び門は開いた。目の前には暗い迷宮の森が広がる。レヴィスはトゥリウスを森の彼方へ放り投げ、拳を鳴らした。

 

 「全く、面倒な…」

 

 そう言い残し、レヴィスは躊躇いもなく迷宮へと足を踏み入れた。

 

 ●

 

 「今の音は何ですかっ!?」

 

 リリが叫んだ。

 

 夜営をしている最中、近くで大きな物体が悲鳴と共に落下したのだ。三人は松明を掲げながら慎重に近づいていくと、そこには右足を失ったトゥリウスが、虫の息になり転がっていた。

 

 「おい、お前、何があった?」

 

 ハムザが尋ねるも、トゥリウスは意識が朦朧としているようで、受け答えができなかった。

 

 「スキルの回復効果で復活させますか?」

 

 「馬鹿を言うな!!!」

 

 ハムザは本気で怒った。自分を殺そうとした男とセクロスをするだなんて、正気じゃない。ホモは許せない。ホモは断じて抹殺すべし、とハムザはリリの提案を完全否定する。

 

 その時、命は何かを閃いたように声を上げた。

 

 「た、倒せる…これなら、あのウォーシャドウを倒せるはずです…!」

 

 「何だ?説明してくれ」

 

 「あ、えぇと…。自分はずっとあのウォーシャドウの攻略法を考えていたのですが……正攻法では難しいので、何か、策をと……」

 

 「それで?」

 

 「はい、実は、こういうことで……」

 

 命は小声でハムザに耳うちした。そしてハムザは感心したように大声を出し、命の背中を何度も叩いた。

 

 「いける、それならいけるぞ!さすが忍者、素晴らしい作戦を思いついたな!」

 

 そうと決まれば、こいつは助ける必要がある。

 

 そう言ってハムザはトゥリウスを抱えた。だらんと四肢を垂らし、まるで死んでいるかのようだったが、まだ息はある。そしてハムザは言った。

 

 「行くぞ、急がなければ」

 

 「ちょっと待ってください、リリはまだ作戦を聞いておりませんよ」

 

 「あとだ、あと!行くぞ我が軍、憎き強化種へと進軍だ!」

 

 

 

 

 「これだけですか?」リリは命の作戦に必要な道具を揃えてから、そう言った。

 

 薪と火種。そんなものは、リリのバックパックに大量に詰め込まれている。三人は北側でウォーシャドウの襲撃に逢った場所の近くまで来ていた。

 

 「火を起こすだけでいいのです」命はそうリリに伝え、装備を整え始める。

 

 渋々リリはそれに従い、火を起こした。ハムザはそこにトゥリウスを横にし、松明を持って別の場所へ移動するようリリに告げた。

 

 「…この人を、取り残すのですか?」

 

 「その通りだ。さぁ、行くぞ」

 

 三人は明かりを持って、虫の息のトゥリウスを放置した。そして肉眼で何とか確認できるくらいに離れた時、命は告げる。

 

 「ここが限界です」

 

 それから三人は固唾を飲んでトゥリウスが横たわる場所を見守っていた。暫く経った後、火に暗い影が覆い被さり、火が途端に勢いを失くした。

 

 「来たぞ!スキルだ!」

 

 ハムザが小声で命に言う。そして命はスキルを発動させた。

 

 「……居ます!間違いなく、あのウォーシャドウです!」

 

 最後にウォーシャドウを目撃した場所で、餌を用意してやれば、きっと獲物は食いつくだろうと、命は信じていた。

 

 そして作戦は成功する。命は精神を集中させた。

 

 (初撃で討ち損じれば…自分は敗ける…)

 

 頭にタケミカヅチとの日々を思い浮かべ、初心を心に刻み込む。

 

 (でも、恐れてはいけない…鍛錬の日々は…必ず報われる。自分には…努力の日々がある…出来ると信じなければ)

 

 命は閉じていた目をゆっくり開いた。遠くでは、トゥリウスが影の怪物に生きたまま切り裂かれたところだった。

 

 (…恐れはないっ!)

 

 (――――【八咫黒烏】!)

 

 【スキル】を発動させ、目を閉じて暗闇へ疾走する。

 

 命は確かにウォーシャドウの位置をはっきりと確認できていた。地を蹴り、捕捉した目標へと一気に駆け抜け、懐の刀に手を掛けた。

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 怪物と肉薄した命は、ウォーシャドウの焦燥を感じ取った。

 

 (もらった!)

 

 渾身の居合斬りを、怪物の影のような背中に一閃する。

 

 『………ッッ!??』

 

 得意としていたはずの主戦場、暗闇の中でまさかの不意打ちを受けたウォーシャドウは、斬撃を受けて地面に倒れ込んだ。

 

 命はすかさずそこに剣を刺し、地面ごと怪物を貫いた。そして遠くにいるハムザに叫ぶ。

 

 「ハムザ殿、火をっ!」

 

 ハムザはその声のした場所へ松明を放り投げた。くるくると炎を灯しながら回転する松明は、ぴったりと命の手元まで飛んで来た。

 

 明かりを掲げると、通常よりも遥かに大きく膨れ上がり命の二倍はあるウォーシャドウが、巨大な爪を振り回しながら暴れている。命は焚火に松明を投げ込み、光源を確保する。そして、怪物は刀の刀身に手を掛け、引き抜こうとし始めた。

 

 「【掛けまくも畏き――いかなるものも打ち破る我が武神よ、尊き天よりの導きよ】」

 

 命はすぐに魔法の詠唱を始めた。怪物は一撃を受けたのにも関わらず、まだ暴れる程に元気があった。さすがは強化種ということか。

 

 (このまま剣ごと圧し潰す……!)

 

 「【…卑小のこの身に巍然たる御身の神力を。救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣】」

 

 命の詠唱に気が付いた怪物は、何度か影に溶け込もうとした。だが、ダメージを受け、能力を発動することが出来ない。焚火の明かりに照らされて周囲が明るいことも影響しているようだ。

 

 影になりかけてぶよぶよとしたジェル状になったまま、ウォーシャドウは固まってしまった。

 

 「【今ここに、我が命において招来する。天より降り、地を統べよ】」

 

 その時、ウォーシャドウは一気に実体化し、体を貫く刀を自らの鋭利な爪で真っ二つに折った。

 

 (っ!?)

 

 命は驚愕する。だが、間に合った。もう詠唱の完成は目前だ。

 

 怪物は悪魔のような口を広げて立ち上がり、命に覆いかぶさるように鋭い爪を振りかざした。

 

 「【――神武闘征】!!」

 

 一瞬の差で、命の速度が上回った。

 

 「————【フツノミタマ】!!!!」

 

 魔法が発動された直後、一振りの光剣が輝きながら影の怪物の頭上に出現し、直下する。

 

 同時に、地面には魔法円が生み出され、周囲を美しい光が一気に照らす。

 

 そして紫色の光剣がウォーシャドウを通り抜け、円中心に地面に突き刺ささった瞬間、重力の檻が発生した。

 

 『ーーーーーッッ!!?』

 

 半径10Mに及ぶ重力の檻に囚われた怪物は圧し潰され、地面に縫い付けられる。魔法の眩い光が影すら生み出さず、怪物は完全に檻の中に囚われた。

 

 その様子を遠くから眺めていたハムザとリリは魔法に近づいて、感嘆のため息を漏らす。

 

 「おぉ、すげぇ…」とハムザ。

 

 「……きれい」とリリが。

 

 だが、ふと二人は首を傾げた。

 

 命も重圧に苦しんでいる。怪物はもとより、魔法を行使した本人までも、魔法の影響下に置かれているようだ。

 

 重圧は強まり、焚火が潰れ、大地が凹み始める。傍にいたトゥリウスの死骸は、ぐしゃぐしゃと音を立てて潰れていった。

 

 どんどん地面にめり込んでいく命の足。圧倒的な重圧に、命の右手は、脇差に触れたまま動かすことも出来ないようだ。

 

 ハムザは急に心配になってきた。

 

 「おいこれ、相打ちってことはないよな……?」

 

 そうハムザが言った瞬間、命は魔法を解除する。

 

 魔法円が霧散し、光剣が砕け散ってバラバラになる。眩い光の破片がきらきらと散らばる中、僅か一瞬で命は脇差を抜き、怪物の首を刎ねた。

 

 『......ッッ…』

 

 首を切断されたウォーシャドウはどしゃりと地面に倒れ、大きな体を痙攣させながら、やがて灰へと変わっていった。

 

 辺りが再び暗闇に包まれ始め、ハムザとリリは松明を掲げて命に駆け寄った。

 

 「ふむ、見事だ」

 

 ハムザは命を抱きしめた。命は嬉しそうにハムザの胸に顔を埋め、「良かった……」と安堵する。

 

 「…あんな素敵な魔法が使えるなんて知っていたら、リリは毎晩見せてもらうようお願いしていましたよ」

 

 命の魔法を羨ましがるように言ってから、リリは命をからかった。

 

 「しかし…死にかけの冒険者を囮に使い、バックアタックを仕掛けるとは…さすが忍者、汚いですね」

 

 「汚いも糞もあるか。完璧だったぞ、完封勝利だ。あの爪を使わせずに勝ったんだ、大したもんだぜ」

 

 一度はにかんだ命だったが、すぐに何かを思い出したように表情を暗くさせた。

 

 そして怪物によって真っ二つに破壊されてしまった刀のもとへ屈みこむ。折れた刀身は、元に戻りそうにもない。するとリリが、ウォーシャドウの灰の中から、一振りの『爪』を取り出した。

 

 「地上に戻ったら、この爪で刀を打って貰いましょうか?」

 

 リリに手渡され、命はいま倒した怪物の巨大な爪を両手で持った。真っ黒で固く、不気味な雰囲気を纏っている。

 

 「…そうですね。きっとこの素材ならば、素晴らしい刀を打てるはず——」

 

 命は言葉を切った。木々の隙間から、赤い髪の女がぬっと現れたのだ。 

 

 

 

「…強化種を、倒したのか?お前達、一体何者だ」

 

 

 

 

 三人が二体目の強化種を倒し、喜びに浸るのも束の間、赤い髪の女がハムザ達と二度目の邂逅を果たす。女の目から読み取れるのは、驚愕と、賞賛だった。今すぐ戦闘にはならない気配を感じ取ったハムザが、前に出て女に言う。

 

 「…凄いだろう。そろそろ名前を教えてくれても良いのではないか?俺はハムザ・スムルト、【テルクシノエ・ファミリア】だ」

 

 女は無言のままハムザの顔を見つめていた。ややあって、鋭い目つきとは裏腹に艶やかな唇を動かした。

 

 「…レヴィスだ」

 

 「なんと」ハムザは即座に言葉を返す。

 

 「お前が闇派閥(イヴィルス)の親玉か?」

 

 「……何故そうなる?」

 

 「闇派閥(イヴィルス)、レヴィス、響きが似ている。文字を入れ替えれば同じ単語になる気がする」

 

 「………馬鹿ではないようだが、そう単純な話ではない」

 

 レヴィスはハムザに歩み寄り、片手を差し出した。

 

 「お前達の協力が要る。狩場で生き延び、強化種を打ち倒したお前達に頼みがある」

 

 「聞いてやろう」

 

 ハムザは被せるように言った。少しの間を置いて、レヴィスは言う。

 

 「…【ロキ・ファミリア】を殲滅しろ」

 

 「はぁ………?」

 

 沈黙が流れた。ややあって、ハムザは口を切る。

 

 「それは無理だ。レフィーヤやらアイズがいるし、リヴェリアともまだやってないからな」

 

 差し出された手を無視し、剣を構える。こいつはここで殺さなければならない気がする。

 

 「提案は受け入れられない。…お前は殺し過ぎた。理由は知らんが、成敗してやろう」

 

 その女は、嗤った。不敵に、そして苛立ちを込めて。殺気が解き放たれ、リリと命は思わず顔を背けた。

 

 

 「…やってみろ!!」

 

 ハムザは瞠目した。レヴィスが力を込めた途端、踏ん張る足が大地を砕いたのだ。そして疾風のように一瞬で間合いを詰め、腹部に強烈な拳が叩きつけられる。

 

 思わず体を折り曲げたハムザの首筋に衝撃が走る。

 

 そして、身体から力が抜けていくのを感じながら、ハムザはあっさり意識を手放した。

 

 

 

 

 目覚めると、頭がガンガンと痛んだ。立ち上がろうと体を動かすが、金属の枷で手足を固定されており、鎖の音が鳴るだけだった。無理矢理引っ張って鎖と壁に着いている留め金具を引き抜こうとするが、びくともしない。

 

 そこは金属で出来た空間だった。ハムザは首を傾げる。迷宮に居たはずなのに、一体どういうことだ?隣には、同じく鎖に繋がれたままの命とリリが並んでおり、二人とも目を閉じたまま動かない。

 

 ハムザはリリの体を蹴っ飛ばした。まさか死んではいないだろうな、と。するとリリは呻き声を漏らす。そして、重そうに瞼を開けた。

 

 「……あの人は?」

 

 「分からん。捕まったらしいな、どうやら」

 

 二人の声に、命も目を覚ました。三人は現状を確認するため、囁く声で会話を始めた。

 

 「…ハムザさまが倒されてから、リリ達は連れ去られました。そしてここに繋がれ、薬を打たれました。恐らく、気絶薬でしょう…」

 

 リリの後に命が話を続ける。

 

 「この空間は…未開拓領域の隣に位置しています。どうやら北側の壁には、扉の役割を果たす場所があるようです。あの女に連れられた時、私達はそこを通ってここまで来ました」

 

 「ここは何なんだ?どうしてこんな場所が迷宮に存在している?」

 

 ハムザの問いに、リリは簡潔に答える。

 

 「ここは、【人工迷宮(クノッソス)】です。あのレヴィスが言っておりました。恐らくは…闇派閥(イヴィルス)の残党の拠点、ということでしょうね」

 

 「では、あの未開拓領域は?」

 

 命が答える。

 

 「『狩場』と言っていました。恐らくは…闇派閥(イヴィルス)に属する、迷宮の一部です」

 

 「ふむ…。闇派閥(イヴィルス)というのは雑魚かと思っていたが、大規模な組織だった訳だ」

 

 その時、扉が開き、巨大な魔石を持ったレヴィスがやって来た。

 

 「起きる頃合いだと思っていた」

 

 レヴィスはそう言ってから魔石を口へ運び、噛み砕いた。そしてガリガリと咀嚼音を鳴らし魔石をすり潰し、一気に呑み込んでしまう。

 

 「……美味しそうじゃないか。俺の分はあるよな?」呆気に取られるリリと命を置いて、ハムザがふざけた。

 

 「くく……笑わせるな、ハムザ・スムルト」

 

 長い間迷宮に居るにも拘わらず、レヴィスの赤い髪からは良い香りが漂ってきた。水浴びでもしてきたのだろうか。戦闘衣(バトルクロス)に一切の乱れはなく、露出が多く魅惑的な服装で、これ見よがしにハムザの股の間に艶やかな脚を曝け出す。

 

 果てして意識的にこんなにエロい服装をしているのか、全くの無意識なのか、ハムザには計りかねた。

 

 「さて、質問だ」

 

 レヴィスはハムザの股の間に右足を置いたまま腰を下ろした。そして鋭い目で質問を浴びせていく。

 

 「お前達はどのようにして『狩場』に侵入した?」

 

 リリが答える。

 

 「13階層で発生した大規模な『怪物の宴』に巻き込まれ、袋小路に追い詰められたところ…急に穴が開いて、ここへ落ちてきました」

 

 「13階層…そうか。ウェドンという冒険者は知っているか?」

 

 命は首を横に振る。ハムザも首を横に振った。だが、リリには聞き覚えのある名前だった。少し考えてみると、ハムザがこの場所で最初に倒した冒険者の名前が、【トール・ファミリア】のウェドンだったことを思い出す。だが、リリはそのことは口にしなかった。

 

 「…知りません」

 

 「そうか。まぁいい。あの馬鹿め…鍵を失くしてくたばるとは、愚かにも程がある。お前達の他に生存者は居るか?」

 

 「いないだろうな」ハムザは即座に答える。

 

 「ここ数日、かなり歩き回った。トゥリウスのホモ野郎が、最後の生き残りだった」

 

 「そうだろうな」レヴィスは納得したようだった。

 

 「強化種をどのように倒した?お前達のレベルを教えろ」

 

 「シルバーバックはこっちのリリ、Lv.1だ。ウォーシャドウはこっちの命、Lv.2だ。そしてこのハムザ様が、Lv.53だ」

 

 「Lv.2になったばかりです」敵の不興を買うことを恐れ、リリはおふざけを即座に訂正する。

 

 「Lv.1だと…?どのように倒した」

 

 リリはシルバーバックとの戦闘を説明した。洞窟のガス爆発を誘引し、恐らく窒息したのだろうということも。そして命がウォーシャドウを生贄を使って誘き寄せ、バックアタックから仕留めたことも。

 

 「…あの強化種二匹は、実験の一つだった」

 

 レヴィスは淡々と説明をする。暗闇に照らされる横顔は、驚いている様子だった。

 

 「もともと人口迷宮の庭として資源採取に使われていた迷宮の一部を『狩場』とし、私は怪物から魔石を採取し続けていた。そして、有り余る魔石を、怪物のために使ってやることを思いついた」

 

 「悪くない出来だった。シルバーバックを【大猿の悪魔(グーシオン)】、ウォーシャドウを【悪夢(エファアルティス)】と名付け、こちらの手駒として使役する予定だったのだ」

 

 「あの場所はお前達が管理していたというのか?怪物を、しかも強化種を使役するだと?」ハムザは信じられず、レヴィスに聞き返す。

 

 だが、レヴィスは質問に答えなかった。

 

 言葉を切り、沈黙に浸るレヴィスに、ハムザは提案を返してみた。

 

 「…俺を解放しろ。【ロキ・ファミリア】の殲滅なんか止めちまえ。頂点に立ちたいのなら、俺の派閥に来い。オラリオを裏で牛耳る最強の裏組織を作り上げてやる。お前はそれに参加するんだ」

 

 「…お前は先ほど私を殺すと言っていたな」

 

 ぎくり、とハムザは目を背ける。

 

 「その提案には乗らん。私にはやるべきことがある」

 

 「だったら俺だってそうだ。お互いやるべきことがあるのだから、邪魔しないようにするのが社会人としての常識ではないか。さぁ、これを外すんだ」

 

 「……冗談を言い合う気分ではない」

 

 その時、ローブに身を包んだ別の人物が入ってきて、レヴィスに声を掛けた。

 

 「レヴィスちゃん、お客様が来たよ。ちょ~っと怖いから、護衛を頼むよ。ヴァレッタちゃんもディックスも居ないのに、来ちゃうんだもん、あの神様」

 

 そして、あっ、と。その神は囚われた三人を見て、手を口で覆った。

 

 「喋りすぎたなんてことはないぞ。俺達はもう耳が遠いから、何を喋っているんだかまったく聞こえんからな。さぁ、続けたまえ」

 

 ハムザに同調するように、命とリリはぶんぶんと首を縦に振った。その様子が気に入ったのか、神は自己紹介を始める。

 

 「やぁ、どうも。俺はタナトス。死の神さ。そちらは芸術神(ムーサ)の眷属だったかな?よろしくね~」

 

 レヴィスは奔放なタナトスに嫌気が差したように顔をしかめ、口を塞ぐように命令する。

 

 「黙っていろ、タナトス。それ以上口を開いてみろ、顔をすり潰すぞ」

 

 脅されたタナトスは口をぱくぱく動かしながら、何かをジェスチャーしている。手を動かし、指を差し、無言でふざけているようだった。

 

 レヴィスはタナトスの首を掴んだ。神は威厳などなく、子猫のように引き摺られていった。そして扉が閉まる中、レヴィスは三人に言い捨てる。

 

 「暫く待っていろ。お前達の処遇は私が決める」

 

 そして扉は閉まり、三人は空間に取り残され、リリが即座に口を開いた。頼もしい口ぶりだ。

 

 

 「全て分かった気がします。まず、ハムザさまが殺してしまった【トール・ファミリア】のウェドンは、『出口へ連れていってやる』と言っていました。確実に闇派閥(イヴィルス)の関係者です。そして、彼はある物を失くしてしまい、レヴィスはそれを狩場で探し回っていた。それが……多分、リリのバックパックに入っています」

 

 「そう言えば、最初に道具を奪ったか。あの妙な球体が埋まった金属が、鍵ってことか」

 

 「そうです。レヴィスはそれから狩場へ赴き、冒険者を殺して魔石や食料を採取した。ですが、ハムザさまはあの人を撃退した」

 

 「なるほど、それで?」

 

 促されたリリは早口で説明を続ける。

 

 「まず、最初の拠点で急に果実が減ったのは、恐らくあの人が採ってしまったからです。そしてあの未開拓領域は、実際は闇派閥(イヴィルス)の『庭』あるいは『狩場』で、移動をするには鍵が必要…。13階層の恐慌で急に穴が開いたのは……」

 

 「そこが入口だった、ということ…!」命は声を荒げる。

 

 「ウェドンが居たからだ。あいつが鍵を持っていたから、俺達もここに来れたということだ」

 

 「そうです。そうしてもう一つ」

 

 興奮する二人に、平静さを保ったリリが言う。

 

 「恐らく神ロキが言っていた『調教師(テイマー)』は、あのレヴィスのことでは?怪物の『使役』と『闇派閥(イヴィルス)』…繋がると思いませんか?」

 

 「あ、あぁ…金髪美少女巨乳童顔調教師ではなかったか?」

 

 「さぁ、知りませんが」

 

 「とにかく、脱出だ!敵の本拠でだらだらしていたら、冗談抜きでヤバい」

 

 ハムザは鎖をじゃらりと鳴らす。だが、どうやって抜け出せば良いのやら。命を見るが、彼女は首を横に振った。リリを見ると……不敵に微笑んでいた。

 

 「あのレヴィスという女…化物みたいに強いようですが、対人慣れしていません。捉えた捕虜を並べるのは愚策、このように情報共有が出来てしまいます。それに捕虜のバックパックを調べもしないで、隣に置いておくなんて愚の骨頂です」

 

 リリは横目で自分のバックパックを見てから更に言葉を続ける。

 

 「それに見張りも置かずに席を立つだなんて、あり得ません。ですから、こうして、抜け出されてしまう訳です」

 

 「んん…?」ハムザはリリの言った意味がよく分からなかった。だが、リリは魔法の詠唱を開始した。

 

 「【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】」

 

 おぉ、とハムザは感嘆する。その手があったか、変身してしまえば良いだけだ。

 

 「【シンダー・エラ】!」

 

 光に包まれたリリは瞬く間に小さな子供に変身した。手首を繋いでいた鉄の輪からするりと手を引き抜き、束縛から逃れてみせる。

 

 「さぁ、何をしているのですか?お二人も、早く変身してください」

 

 無言で見つめ合う二人を前に、リリはくすっと声を出す。

 

 「冗談です。えぇと、バックパックの中に…これが」

 

 リリが取り出したのは、『ウォーシャドウの爪』だった。それをハムザの鎖にあてがい、振り下ろす。

 

 拘束していた鎖は、あっさり切断された。続いてリリは命の鉄鎖も迅速に切断した。

 

 「さぁ、行きましょう!敵が来る前に、逃げるのです」

 

 「どこへだ?」

 

 「さぁ?分かりませんよ。こういう時は、とにかく走るものなのでは?」

 

 「えぇと…ちょっといいですか?」命は二人に言う。

 

 「あの神タナトスが身振りで話していた時…『ここの右側の扉を出て進み、二つ目の階段を降りて左手の門を開くと…18階層に出るよ』と言っていました」

 

 「な、なんだぁ、そりゃ?」

 

 命はきょとんとする二人に説明してやった。

 

 「…読唇術です。実は忍びの修行の一環で、タケミカヅチ様に教え込まれたことがありまして…。罠、でしょうか?」

 

 「うぅむ…。賭けてみるか?」

 

 リリは頷いた。

 

 「まぁ、無策で走るよりマシですね。行きましょう」

 

 

 暫くして、元の部屋へ戻って来たレヴィスは、拳を握りしめて壁に叩きつけた。

 

 「……雑魚だと侮ったか…?」

 

 破砕された金属の破片が散り、ぱらぱらと足元に落ちている。部屋の扉が口を開き、鼠の逃げた先をはっきりと示しているが、レヴィスは行動を戸惑っていた。脳裏には、一度ハムザと拳を交えた時、彼が怪しげな魔法の行使をした時のことが頭を過っていた。

 

 「レベルを偽った冒険者か…?追うか、追わざるべきか」

 

 レヴィスは逡巡していた。【ロキ・ファミリア】との戦闘で、力を取り戻し切れていない。食人花の準備もまだ…放っておいても良いのではないか。

 

 だが、レヴィスは進むことに決めた。魔法を詠唱する前に殺してしまえば良いだけだ…戦闘能力ではこちらが遥かに勝るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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