※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

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第八章 -脱出、そして-

 

 

 三人は命が読唇術で聞き取った情報を元に人口迷宮(クノッソス)を進み、指定された扉の前に立っていた。それは扉というよりも、壁に近かった。リリがバックパックを漁って鍵を探し出し、奇妙な金属を取り出して、扉に近づけた。

 

 すると中に埋め込まれた球体が赤く光った。

 

 「げ、これ、目玉じゃないか。悪趣味な」

 

 瞳に埋め込まれた『D』の文字。それが輝いた途端、大きな壁は上へせり上がっていく。目前には『狩場』と似たような森が広がっている。だが、明かりは優しく、不穏な雰囲気もない。心が落ち着くような森だった。

 

 ハムザは恐る恐る足を出した。そして、人口迷宮(クノッソス)との境界を一歩、踏み越える。

 

 「……脱出、か?」

 

 「ここが、18階層…怪物の出現しない『安全階層(セーフティポイント)』」リリは呟いた。信じられないというような顔だ。

 

 「それだけではなく…もうここは通常の迷宮の一部です。他の冒険者が集う、『リヴィラの街』もあります……」

 

 「戻って来たのか、ついに!」ハムザは喜んでリリに抱き着いて、リリの体を持ち上げた。

 

 「やったぞ、やったぞ!ついに俺達は、ここまで辿り着いたのだ!」

 

 子供のように持ち上げられたリリは居心地が悪そうに白い目で揺られながら、「まだ終わりではないですよ」と言う。

 

 

 「――その通り、まだ終わりではない」

 

 

 背後で声がした。三人が振り返ると、レヴィスがそこに立っていた。

 

 

 

 

 「どうして出口が分かった?」

 

 

 レヴィスはハムザに問う。ハムザは答えるつもりはなかった。あの神様、タナトスと言ったか。これはひとつ貸しだろう。

 

 「まぁ良い。お前達は、殺すことにした。未知の脅威は排除しなければ、な」

 

 ハムザはもう覚悟を決めていた。魔法を使う時が来た。脱出の喜びを台無しにされるぐらいなら、インポになったほうがましだ。それにこの女には、償うべき罪がある。ドワーフの調教師(テイマー)が残した言葉は、ハムザの心にしっかり残っていた。リリと命の間で小声で囁く。

 

 「…俺は英雄になる」

 

 そしてレヴィスの前に仁王立ちをして、立ち塞がった。

 

 「お前はこの暗い人工迷宮で眠ってろ。光の世界には似つかわしくないからな」

 

 だが、レヴィスは。

 

 ふん、と鼻を鳴らし、冷ややかな目でハムザを見つめている。

 

 「勘違いをするな。お前に私は倒せない。いいか、お前が魔法を言い終わる前に、私はお前の首を折れる」

 

 「そうかもな。だが、どうでもいいのだ」

 

 「………?」

 

 不穏な気配に、レヴィスは一歩後退した。

 

 ハムザは今更になって、自分の魔法に追加された特性を思い出していた。

 

 『無言詠唱』

 

 詠唱の省略でも、簡略化でもなく…。格好をつけるように魔法を叫ぶ必要もない、無言での魔法の行使。一度も試したことはなかったが、やり方はよくわかった。

 

 (心で呟くだけだろ、こんなもん)

 

 微動だにせず立ったままのハムザ。レヴィスはひとつの所作も見逃すまいと、目敏く動きを観察している。

 

 (【イェベン・ティ・マーテル】)

 

 突然ハムザの体から放出された黒い粒子に、レヴィスは飛び退いた。

 

 「……ッッッ!?」

 

 だが、呪詛はレヴィスを遥かに上回るスピードで飛んでいき、彼女の体を包んでしまう。

 

 粒子に包まれたレヴィスは空中で停止した。そして、突然魔法が弾け、レヴィスの体だけが地面にどさりと落ちる。

 

 動かない。【呪詛】による『精神疲弊(マインドダウン)』により、レヴィスは気を失っていた。

 

 「なっ……」

 

 ハムザの圧倒的な破壊力の【呪詛】を見た命は、言葉を失っていた。

 

 「……相変わらず、ズル過ぎます」

 

 ハムザはレヴィスに近づいて、頬を突っついた。ぷにぷにと柔らかい頬だ。赤い髪もなんだか珍しく、さらさらしていて触り心地が良さそうだ。

 

 (…いかん、いかん。取り合えずどうしよう。こいつは持って帰って、ロキに差し出せばいいんだったか)

 

 レヴィスを担ぎ、ハムザは二人を横切る。

 

 「さぁ、進め我が軍。出口はもうすぐそこだ」

 

 

 

 

 三人は森を進んで行った。『リヴィラの街』を目指して、進み続けていた。だが、どこに街があるのか見当もつかなかったので、疲れた三人は取り合えず休憩を取ることにした。

 

 木漏れ日が降り注ぐ優しい森の中、リリはバックパックからバナナを取り出して言う。

 

 「リリは多分、一生分のバナナを既に食べてしまったと思います」

 

 「同感だ。もうバナナなんて見たくない。肉だ、肉」

 

 「…お米が恋しくなってきました。本当に、戻ってこれたのですね……」

 

 何だかんだ言いながらバナナを食べるリリを見て、『ゴリラ系女子』という言葉がハムザの頭に浮かんだ。よく見ればリリはゴリラの毛皮を纏っているし、バナナをいつも食べている。『か弱い乙女』と何度も自称していたが、経験上、そんなことを言うのはゴリラみたいな体つきの女ばかりだった。

 

 「…よく似合うじゃないか、その毛皮」

 

 ハムザの思惑とは裏腹に、リリはにこやかな微笑みを返す。

 

 『日常』が、戻って来た。そんな感覚だった。傍らで気絶するレヴィスを突っついてみた。まだ起きる気配はなさそうだ。

 

 暫く森林浴をしていると、近くで人の声が聞こえて来た。

 

 女性が会話をしているのが聞こえる。はて…どこかで聞いたことがあるような。

 

 「……それでぇ、アイズさんったら、昨日は私のお布団で眠っちゃいまして、もう可愛くて可愛くて…思わずぺろぺろしたくなりそうで…でも、自分に言い聞かせて、『ダメよ、レフィーヤ。禁断の愛の行為は、まだちょっとだけ早いわ』なんて自分に言い聞かせて…ねぇ、アキったら、ちゃんと聞いてますか?って………」

 

 グループの真ん中で惚気ていた妖精(レフィーヤ)が、地面にごろりと横になっているハムザの姿を見、地上まで届くかのような大声で叫んだ。

 

 「えぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 指さし飛び跳ねるレフィーヤ。そして、隣の団員が首を傾げてレフィーヤに聞く。

 

 「なに、レフィーヤ。もしかして、知り合い……?」

 

 「知り合いどころじゃありません!」レフィーヤはユニコーンでも見つけたかのように興奮していた。

 

 「これがハムザ・スムルト!黒い変態、ブラック・パーヴです!『13階層の災害』で行方不明になって、ギルドが超高額報酬のクエストを張りだして捜索している、あの、ハムザ・スムルトですっ!!!?」

 

 ハムザにくぎ付けになっていたレフィーヤの目が、リリへ、命へ、そして、地面で横になるレヴィスへ移った。

 

 「…………っ!」

 

 「アキ、下がって!」

 

 レフィーヤは杖を構え、三人に向けた。

 

 「なぜ怪人(クリーチャー)が、そこにいるのですか?答えて下さいっ!」

 

 「喜んだり警戒したり、忙しい奴だな。こいつは、そうだな———」

 

 その時、小さな影が上空に舞い、くるりと回転してから地面に着地した。槍を構えた、小人族(パルゥム)の冒険者…。随分豪華な服に身を包んでいる。

 

 「……やぁ、ハムザ・スムルト」

 

 【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナだった。

 

 「親指が疼いてみれば…またその女か」

 

 ぺろり、と親指を舐めたフィン・ディムナの目には、敵意が漲っていた。槍の穂先をハムザに突きつけ、鋭い威圧感を放っている。

 

 「発言次第では、君は命を落とす。心して答えるように」

 

 「はぁ……?」

 

 「ハムザ・スムルト。君は闇派閥(イヴィルス)の一員か?」

 

 「何でそうなる?俺達は、ただ———」

 

 フィンはリリの手の中にあった『鍵』を目で示し、鋭く言葉を被せた。

 

 「『クノッソスの鍵』を持ち、『怪人(クリーチャー)』を従えている。これだけあれば状況証拠としては十分だ」

 

 「…俺達がこいつを倒し、鍵を奪い取ったというのは?」

 

 「『怪人(クリーチャー)』は鍵を持っていない。闇派閥(イヴィルス)の一部の人間だけが所持している道具だ」

 

 「そんなもん、知るか!」ハムザは怒った。

 

 なんでこんなことで敵対されなければならないんだ。自分達は『未開拓領域』を踏破し、生き残り、悪い奴一人をやっつけて外へ出ただけだというのに。

 

 「【トール・ファミリア】とかいうゴロツキから奪い取ったもんだ!それで闇派閥(イヴィルス)の『狩場』とかいう未開拓領域を完全踏破して、他のファミリアが全滅する中で生き残り続けて、強化種を二匹倒して、襲ってきたレヴィスも返り討ちにしただけだ!まったく、馬鹿げてる!こんなもん、欲しけりゃくれてやる!」

 

 ハムザはリリの手から『鍵』をもぎ取り、フィンに思いっきり投げつけた。それをキャッチし、フィンは難しい顔をした。

 

 「……推定無罪は罰せず、か。まぁいい、君がそう言うのなら信じよう。リヴィラに案内するよ。面白い一幕が見れるだろう」

 

 

 

 道中、質問攻めは止まることがなかった。一体どうやって『未開拓領域』を生き延びたのか、そして『狩場』がどのような場所だったのか、強化種はどんなに強かったのか、そしてどうやってレヴィスを討ち取り、『人口迷宮(クノッソス)』から逃げ出したのか、など。

 

 いちいち答えてやるのが面倒になったハムザは適当にレフィーヤをあしらっていたが、真面目な命とリリは全部を彼らに聞かせてやった。その話に信ぴょう性があったからか、フィンはもう自分達を疑っていない様だった。それよりか、リリに熱い視線を送っているのが少し気になった。だが、とにかく帰還を果たしたのだ。細かいことを気にすることもない。

 

 案内されるがままに歩き続けると、ようやく一行はリヴィラに着いた。

 

 リヴィラの住民たちは、ハムザの顔を見て絶句した。皆、手を止め、口を止め、幽霊でも見るかのような目でハムザ達をまじまじと眺めている。すると人だかりの中から、極東風の冒険者が現れた。

 

 「命っ…!」

 

 「桜花殿っ…!?」

 

 男は命のファミリアの団員のようだった。二人は感動の再会を果たし、抱き合った。

 

 「…もう、死んだと思っていた。本当に、よく無事だった…。お前の顔を見せれば、タケミカヅチ様の陰鬱な顔も晴れるだろう。あぁ、良かった…本当に…」

 

 するともう一人、今度はハムザの方に近寄って来た。

 

 「……やれやれ、まさか、生きていたとは」

 

 ふさふさの青い髪の女性冒険者。彼女は眼鏡を上げ、眼元を拭った。

 

 「おぉ、アスフィちゃん」

 

 ひょっこりと隣に神が現れる。【ヘルメス・ファミリア】の主神、ヘルメスだった。

 

 「さすがは次世代の英雄だねー。一体どこで何をしていたんだい?どんな修羅場を潜って来たんだい?洗いざらい話すまで、今夜は寝かせてあげないぜ。あぁ、もちろん、アスフィがねぇ~」

 

 なぜ迷宮内に神様が居るのか不思議で仕方がなかったが、ハムザは抱き着くアスフィの心地よい香りにそんなことは一瞬で忘れ去った。

 

 そして、アスフィは懐から小瓶を取り出して、ハムザに手渡した。

 

 「ナァーザ・エリスイスという薬師から伝言と共に預かっていた物です」

 

 「なんじゃ、こりゃ?」

 

 アスフィは肩を竦めて言った。

 

 「『惚れ薬』と言っていました。とにかく、捜索に出る私に、『自分は迷宮には行けない。その代り、彼を見つけたら、これを飲ませて欲しい。死体になってても構わない』と言ってましたよ」

 

 げぇ、とハムザとリリは引いた。

 

 「…飲んだことにしておいてくれ」

 

 「本気じゃないですよ」アスフィが言った。

 

 「恐らく高回復薬(ハイ・ポーション)でしょう。彼女なりの、貴方への愛情表現だと私は感じました」

 

 確かに、あのナァーザが無料で物を手渡すなんて、異常なことだった。

 

 人だかりの中から、ローブに身を包んだ剣士が近づいてきた。顔を覗き込むと、それがリューだと分かった。

 

 「おぉ、リューちゃん!君もここに居たのか。……一体なんでこんなに人が居るんだ?」

 

 簡潔に、彼女は答えた。いつものクールな口調の裏に、喜びの色が混ざる。

 

 「私達は、捜索隊です。ヘルメス様に頼まれ、貴方達を見つけるべくずっと迷宮を探し回っていました。これは、シルからです」

 

 そう言ってリューは箱をハムザに手渡した。中を開けると、日持ちの良い乾物が沢山入っていた。干し肉やら、ドライフルーツやら。ハムザは大喜びで干し肉を口に入れ、リリにも分けてやった。

 

 喜ぶ二人を見て、リューは相好を崩す。

 

 「…あの子は貴方を心配しておりました。『きっとお腹を空かせているだろうから』と、私にこれを持たせた。…それに、私も貴方の姿を見れて…安心した」

 

 リューが美しい顔を少し赤らめてそう言うのを見た途端、我慢できなくなったハムザは思わずリューを抱きしめた。

 

 「なっ……!」

 

 突然抱きしめられて驚いたリューだったが、彼女の手は少しの間宙を彷徨ってから、ハムザの背中に辿り着いた。

 

 二人は再会を祝して抱きしめ合った。

 

 「捜索ご苦労、大変だっただろう。君のために、闇派閥(イヴィルス)の一員を捕まえて来たぞ」

 

 体を離すと、リューはまだ困惑しているようだった。だが、その顔には紛れもない喜びと興奮が浮かんでいる。

 

 「…今晩は、酒場にいらしてください。きっとシルは大喜びでしょう」

 

 そう言ってリューは背を向けて離れていった。すかさずヘルメスがリリとハムザの前に立つ。随分にやにやしていて、気持ちが悪い。

 

 「…いやぁ、モテる男は辛いねぇ。これは受付嬢のエイナちゃんからさ」

 

 そう言ってから手渡されたのは、びっしりと文字が詰まった羊皮紙だった。

 

 「何でも怪物に出会った時の対処法が書き記されているんだとか。エイナちゃん、三日三晩、寝る間も惜しんでこれを作っていたみたいだぜ」

 

 ハムザはリリの顔を見た。リリはとても複雑な表情をしていた。

 

 「これを渡すエイナ様の心境が、リリにはよく分かりません…」

 

 「俺もだ。これ、見ろよ。ヘルハウンドに出会ったら、サラマンダーウールを被り、火炎放射を防ぎ…云々だ。確かに役に立つかもな、怪物に出会ったらこれを読めばなんとかなる。もし怪物がその間ずっと待ってくれたらの話だが」

 

 「いやぁ、そこは事前に学習してくれよ、ハムザ君…」ヘルメスはハムザに言う。

 

 「あぁ見えて、エイナちゃんは随分心配していたみたいだぜ?それに、ちょっとパニックになると、普段のキレを失くして愚行に突っ走っちゃうのも、愛嬌があって可愛いじゃないか?」

 

 「まぁ、そういうことにしておくか」

 

 ハムザは羊皮紙をリリに預け、リリはそれを懐にしまった。

 

 「こんなもんか?もう他にはいないよな?」ハムザは辺りを見渡して言った。

 

 だが、ヘルメスのにやにや笑いは止まらない。一体何事だと視線を落とした瞬間、人混みの中から、小さな女性が姿を現すのが見えた。

 

 「あっ……」

 

 リリは思わず声を上げた。テルクシノエだった。だが、普段の輝く美しさは消え失せていた。頬は痩せこけ、瞼は腫れあがり、髪の毛はぼさぼさだ。しばらく見ないうちに、貧相になったものだ。

 

 ハムザは何と声を掛けていいか分からず、ぼうっと主神を眺めていた。

 

 そして、テルクシノエは言った。

 

 「…すまん」

 

 消え入るような、ガラガラな声だった。

 

 「……すまんのじゃ」

 

 そして、テルクシノエは地に膝を突き、まるで子供のように大泣きを始めた。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 一体何なのか、とハムザはリリを見る。だが、リリは今にも泣きだしそうな顔をしている。テルクシノエは地面に崩れ落ちたまま泣き叫ぶ。

 

 「すまんのじゃ!私がお前達を邪険にしたせいで!…ひっく、こんなことになってしまって…。あぁ、許してくれ!全部私のせいなのじゃ!許してくれ、許してくれ…。今度から料理も覚える…!だから、だから………私を一人にしないでくれ!」

 

 一層ひどい声で泣き始める主神に二人は歩み寄り、そっと両手で抱きしめた。リリも、ハムザも、自分の神がこんなに惨めな姿になって許しを乞うだなんて、思いもしていなかった。

 

 抱き合う三人に、ヘルメスは面白そうに言った。

 

 「このムーサの女神さんは、君たちが行方不明になってからほとんど眠らず、水しか飲んでいないんだ。まったく死すべき人間の身になって、よくやるよ。きっと迷宮では餓えに苦しんでいるだろうから、自分だけ贅沢なんて出来ない、ってね」

 

 信じられなかった。まさかこのぐうたら女神が、そこまで自分達を心配していたなんて。リリもハムザも、それまでの暴言やからかいを申し訳なく思い、一層強く彼女を抱きしめた。

 

 「ひっく…。ひっく…うぅ、うぅ…。ゆ、許してくれる、のか…?」

 

 「当り前だ、馬鹿主神」

 

 「当然です、むしろリリが謝りたいくらいですよ」

 

 三人は抱き合った。気が済むまで抱き合い続けた。そして、その様子を、リヴィラの住人やハムザの知り合い達は、目尻に涙を湛えて眺め続けていた。

 

 

 

 

 【テルクシノエ・ファミリア】の感動の再会が行われている頃、フィンを筆頭に【ロキ・ファミリア】の幹部たちが難しい顔を突き合わせていた。

 

 「それで、どうする?こやつ、眠ってはいるが、起きたら大変なことになるぞ」

 

 ガレスは言う。

 

 「…速やかに息の根を止めるべきだ」

 

 リヴェリアは言う。

 

 対するフィンは、顔をしかめて考え込んでいる。

 

 輪を作るように座る幹部たちの中心に置かれているのは、気を失っているレヴィスだった。【遠征】で【ロキ・ファミリア】に甚大なる被害を齎し、オラリオの破壊を謳う派閥の重要人物、そして個人的理由からアイズの命を狙う。それがこのレヴィスの姿だった。

 

 フィンとしては、殺さない理由がなかった。唯一彼が踏み切れない理由は、親指が疼くことにあった。危険を知らせる、特殊な能力。フィンがレヴィスの処刑に考えを巡らせる度に、親指が痛むのだった。

 

 「...怪人を捕らえたのは【テルクシノエ・ファミリア】だ。獲物を横取りして殺害するのは、基本的に冒険者の規則に背く…。それに怪人は危険だけど、貴重な情報源でもある。目が覚める前に殺してしまうのが最も賢いやり方だけど……拷問して情報を聞き出すべきかもしれないな」

 

 「うーん?じゃあ取り合えず、ハムザに聞いてくるよ。アタシ、色々話聞きたいし」

 

 ティオナの発言に、姉のティオネが口を挟む。

 

 「あんた待ちなさい。団長の決断が絶対よ。団長、さぁ、こんなやつさっさと殺してしまいましょう。ハムザなんて、後からティオナに夜這いをさせればいくらでも説得出来ます」

 

 確かにそうだろう、とフィンは苦笑する。

 

 「よし、分かった。直感に従う。【ロキ・ファミリア】としては、怪人は拷問の後、処刑する。だが、その前に処遇について、一応ハムザと相談してみよう」フィンは決断した。

 

 「やったー!」と跳ねるティオナにフィンは首を横に振り、アイズを指さした。

 

 「伝えに行く役目は、アイズ。君に任せる」

 

 「私……?」

 

 それまで無言を貫いていたアイズは、思わぬ役目を任されたことに驚いていた。

 

 「そうだ。アイズなら、万が一レヴィスが目覚めてもどうにか出来るだろう。それに彼とは、まだ再会していないんじゃなかったかな?」

 

 

 

 人々の質問攻めからも解放され、知人達と一通り再会の会話を済ませてから、ハムザはもう少し森の様子を見ていたいと我儘を言った。

 

 宿場の傍のベンチに座り、リヴィラの明かりが薄れていく様子をぼんやりと眺めながら、シルからの贈り物である肉をこうして頬張り続けていた。リリとテルクシノエは地上への帰還の計画を立てるため、宿場に戻ってヘルメス達と話をしている頃だろう。

 

 命もハムザの隣に座り、干し肉を頬張っていた。

 

 度重なる迷宮での緊迫した出来事を思い出す度に、ここまで生き残れたことへの感謝が心に芽生える。すべては、ハムザのお陰だ。彼が自分の命を救ってくれたから、自分はいまここに座って美味しい肉を食べることが出来ている。

 

 「…ハムザ殿、実は、折り入って相談が」

 

 とても重要な話がある、と命はハムザに顔を向けた。

 

 「地上へ戻ったら、真っ先にタケミカヅチ様に相談したいと思っているのですが、もしよければ…【同盟】を組みませんか?」

 

 「同盟?どういうことだ?」

 

 「私は…ハムザ殿のお傍を、離れたくありません。ですが、タケミカヅチ様の子であることを辞めたくはないのです。ですから、どうか…」

 

 「あぁ、そういうこと。もちろん問題ない。そうしよう。あの神様には後でお願いしておくとしよう」

 

 「本当ですか!良かった…」命は声を弾ませて喜んだ。

 

 「では、詰めは地上で行いましょう。私は桜花殿とリューさんが待っておりますので、一足先に地上に帰還します」

 

 分かった、と言いかけた時、誰かが声を掛けて来た。

 

 「あ、あの………」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインだ。もじもじしながら、何かを肩に担いでいる。ハムザはすぐにそれがレヴィスだと分かった。

 

 「な、なんだぁ?」

 

 「…フィンが、この人をどうするのか、ハムザに聞いてきて欲しいって…」

 

 どさり、とアイズはレヴィスを地面に落とす。

 

 「こらこら、人の体をそんな雑に扱っちゃいかん」

 

 ハムザに怒られたアイズは少ししょんぼりしながら、「敵だもん……」と呟いた。

 

 「………どうやって、倒したの?」アイズはハムザへ小さな声を出す。

 

 「そりゃあ、正義の力だ。悪い奴はやっつけられるように世の中は出来ている。俺は正義の英雄となったから、悪は滅びる運命にあるということだ」

 

 「……意味が、分からない。私は強くなりたいだけ。ハムザのスキルが強化されたって聞いたけど、本当…?」

 

 「あぁ、本当だ」

 

 「そう……」とアイズは俯いた。命はなんだか二人の間に不穏な空気を感じ取り、こほんと咳ばらいをした。

 

 アイズはちらりと命を見たが、すぐにハムザに視線を戻し、再び呟く。

 

 「凄いね…。私にも、力を分けてくれる?前みたいに…いっぱい出してくれて…いいんだよ」

 

 「ごほん、ごほんっ!?」命は大きく咳ばらいをした。

 

 「ハムザ殿!」そしていつもより大きな声で、ハムザにぐいっと顔を近づけてから言った。

 

 「そろそろ行かなくては…!その、それと、帰り際の…せ、接吻を」

 

 命はアイズの目の前で、唇をつけてきた。これ見よがしに舌を絡ませ、まるで前戯のように濃厚に。そして口を離し、命はハムザに釘を刺した。

 

 「それでは…ハムザ殿。どうかお大事に。それと、お忘れないよう…私の身体は貴方の物です。地上でも、これまでのように沢山求めて来て下さい。では……」

 

 そう言い残し、命は駆けていった。アイズは何故か頬を膨らませている。

 

 「………浮気者」

 

 「おいおい、冗談はよせ。それよりこのレヴィスだが、【ロキ・ファミリア】はどうするつもりなんだ?」

 

 ハムザの質問に、アイズはう~んと唸り、顔を捻った。

 

 「……拷問して、殺す…だったかな?それでもいいかどうか、聞いてこいって…フィンが」

 

 がたっと席を揺らしてハムザは立ち上がる。

 

 「それはいかんだろう!こんな美女を…あ、いや。人道的に、それはいかんだろう!国際社会が黙っとらんぞ!」

 

 ハムザはレヴィスを担いだで、首を傾げるアイズの手を取った。

 

 「【ロキ・ファミリア】の陣に行くぞ!あいつらにお説教だ!」

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の夜営陣で、ハムザは肩にレヴィスを担ぎ、幹部達と向き合っていた。にこにことアマゾネスの少女が笑み送っている。ガレスは腕組みをしながら、こちらを値踏みするように眺めている。リヴェリアは椅子に座りながら相変わらずの嘆息を繰り返し、頭を抱えながらこちらの様子を伺っている。

 

 フィンは背筋をまっすぐに伸ばして立ちながら、ハムザに問う。

 

 「………もう一度言ってくれるかな?」

 

 「だ、か、ら!」ハムザは叫ぶ。

 

 「拷問なんていかん。殺すのも…なんか勿体ない。いいか、こういう場合、獲物は野に返してやるのが狩人としての心得ってもんだ。違うか?キャッチ・アンド・リリース!」

 

 「違うな」リヴェリアは即答する。

 

 「何故ならここに狩人は居ない。いるのは冒険者と、その敵だ」

 

 フィンは呆れたように口を開く。

 

 「それなら君は、怪人(クリーチャー)が…レヴィスがオラリオを破滅させるのも、アイズを殺してしまうのも黙って眺めている、ということでいいのかな?」

 

 「そうは言ってないだろう、まったく、これだからお前達は」

 

 「なら、どういうことじゃ?分かるように言ってくれんかのう」

 

 ガレスに凄まれたハムザは考える。どうしたものか。いや、そもそも何故自分はレヴィスの譲渡を拒んでいるのだろう。ロキに言われた通り、身柄を引き渡してやるだけで良かったはずだ。だが、テルクシノエに抱きしめられてから、何だか不思議な気分になっていた。

 

 錆びついた歯車が動き出した。そんな感覚に近い。ハムザは思い切って心のままに発言してみた。

 

 「えぇと…。こいつは、なかなかいい女だ。だから苛めるのは良くない。説得すれば、きっと良い子になるだろう。だから任せておけ」

 

 リヴェリアは両手で頭を抱える。だが、フィンはその一言で殺気立った。

 

 「ふざけるな」

 

 そして槍を手にして、ハムザに突き付けた。

 

 「君の性的嗜好にオラリオの命運を委ねることは、止めた。勇者(フィン・ディムナ)として、その女は殺す。抵抗するのなら、君もだ。ハムザ・スムルト」

 

 結局こうなるのか、とハムザは顔をしかめた。だが、仕方ない。もう腹は括ったのだ。

 

 (勇者なんて、英雄なんて、馬鹿みたいだ!)

 

 目の前に美女が居たとして、どうしてやらずに殺せよう?そんなことは、不可能だ。【テルクシノエ・ファミリア】のハムザ・スムルトは、美女とやりまくって世界で一番のハーレムを作るのが目標だ。何がオラリオだ、知ったことか!

 

 ハムザは柄に手を当てた。戦闘態勢。【ロキ・ファミリア】の幹部たちは息を飲む。

 

 「…正気か?」リヴェリアはハムザを諭すような声を出すが、もう手遅れだった。

 

 「勝ち目はないぞぉ、若いの」ガレスは言った。

 

 アマゾネスの一人はフィンを囃し立て、もう一人は悲しそうな顔をしている。アイズも納得いかないような表情だが、口は閉じたままだった。

 

 「…言っておくが、詠唱を始めたその瞬間、僕は君の首を落とせる」

 

 どこかで聞いたことがあるような台詞だ。ハムザは構えを解き、心の中で呟いた。

 

 (馬鹿め、くたばっちまえ!)

 

 (【イェベン・ティ・マーテル】!!)

 

 突然現れた黒い粒子、まさかの『無詠唱』に、幹部達は驚愕した。フィンは神速を以てハムザに飛び掛かったが、粒子の壁に阻まれ、そのまま地に伏せた。

 

 「あ、ありえん……なんじゃっ、今のはぁっ!」

 

 ガレスがハムザに掴みかかろうと突撃する。だが、既に遅い。

 

 再び粒子がガレスの突進を阻み、ドワーフの重戦士も力なく倒れ込む。

 

 一瞬にして、幹部二人が戦闘不能。場は騒然となった。

 

 「ア、アンタ…!団長に、何をっ…なにをぉぉぉぉぉ~~~!!!!」

 

 怒り狂ったティオネは双剣を投げようと振りかぶる。だが、既に無言詠唱を終えていたハムザの呪詛によって、力が抜けたように崩れてしまった。

 

 「ほかに文句のあるやつはどいつだ!」ハムザは息巻いた。

 

 ティオナは目を輝かせてにこにこしている。アイズは、ただただ驚いていた。そしてリヴェリアは、相変わらず座ったまま頭を抱えているだけだった。そして麗しの王族(ハイエルフ)は呟いた。

 

 「はぁ……。言っておくが、私の魔道服は耐呪詛仕様だ。私には効かない……多分な」

 

 「でも、戦うつもりはないんだな?」ハムザにリヴェリアは苦笑いを返す。

 

 「好きにするが良い。だが、どうなっても知らんぞ」

 

 ハムザはもう誰も歯向かう者がいないと分かったので、夜営陣を後にしようと背を向けた。すると、ティオナが入口に立ちふさがった。

 

 「ねぇねぇ。すごーい!どうやったの、今の!」

 

 少女のようにきらきらと目を輝かせて、ハムザの手を取り胸に当てた。

 

 「あぁ、まぁ、魔法だ。魔法。じゃあな、行かなくては」

 

 ティオナはすぐには道を譲らなかった。

 

 「私のさー、ネックレスなんだけど」

 

 青い宝石のようなネックレスに目がいった。

 

 「呪詛に耐性がある、ってゴブニュが言ってたかなぁー」

 

 「なんだなんだ?やろうってのか?」

 

 「うぅん、そうじゃなくて」とティオナは無邪気に笑う。

 

 「たぶん、私には勝てないよ?でも道を譲ってあげるからさぁー。地上に戻ったらすぐ、絶対にぜったい、私の処女を貰いに来てね?」

 

 「お、おぉ」

 

 積極的なアマゾネス流の誘惑に、下半身が疼いた。

 

 「もちろん約束しよう!絶対のぜったいの、絶対だ!」

 

 「えへへー!やったー!」

 

 ティオナはそう言って道を開けた。ハムザが外へ出ると、後ろから嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

 「やったー!アイズ、聞いた!?私にも子作りしてもらえるって!これで強くなれるんだよー!」

 

 

 ●

 

 

 ハムザはレヴィスを抱えたまま、すぐさまリリとテルクシノエ、そしてヘルメス達と合流した。【ロキ・ファミリア】との交渉を説明し、ハムザはレヴィスを自分の物にすると宣言した。

 

 テルクシノエは眷属の行動に大喜びで、それでこそ我が子と褒めちぎっている。当然リリは頭を抱えていたが、もうどうすることもできないので、放っておくことにしたらしい。

 

 ヘルメスとアスフィは既にこうした行動には慣れているのか、あまり気にしていないらしかった。

 

 

 こうしてパーティは地上を目指して出立し、その日の夜には、念願の地上への帰還を果たす。

 

 ハムザはまずギルドへ赴き、エイナに無事を報告した。それからレヴィスを繋いでおく牢屋が欲しいと伝えた。エイナはすぐさま資料を持ってきて、今は使われていないがかつて牢獄として使用されていた地下施設がギルド地下にあることを教えてくれたので、テルクシノエ達はそこへ向かい、レヴィスに枷を付け、頑丈な檻に閉じ込めた。

 

 「オリハルコン製らしいから、多分壊されることはないよ」とエイナは言った。

 

 それからエイナを含め、全員で『豊穣の女主人』へと足を運んだ。家族全員で食べる食事に、テルクシノエは大満足のようだった。ハムザもリリも、久しぶりのまともな食事に涙を流して感謝し続けた。その様子を面白がった女将は次から次へと料理を運ばせ、周囲の冒険者は【テルクシノエ・ファミリア】の冒険譚を聞くためにどんどんテーブルに集まって来た。そのうちアスフィやナァーザも輪に加わってきて、宴会は夜遅くまで続いていった。

 

 

 

 

 

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