※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

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第三章 -最初の小競り合い-

 居住塔の最上階。

 

 天高い太陽は燦燦として輝きを放っているが、窓の小さい部屋の内部はほの暗い。

 

 高窓から差し込む陽光を背にしたアポロンがマントを翻し、彫の深い顔にどす黒い憎しみを宿す。ベッドのシーツは乱れ、枕は床に落ちている。書類や装飾品が散乱し、巨大な鏡には大きなひびが入っていた。

 

 アポロンは荒れ放題の自室から離れ、ヒュアキントスを探す。団長はアポロンが住む最上階から一つしたの階で寝泊りをしており、主神が何かを命じる時には必ずその雰囲気を感じ取り、階下で神を待つ。

 

 「ヒュアキントス!」

 

 アポロンはヒュアキントスの部屋の扉を開き、部屋へ入り込む。怒声にも似た大声に、美青年は静かに会釈を返す。

 

 「…ご用命でしょうか、我が神」

 

 ヒュアキントスの綺麗に整った部屋をうろうろと歩き回ってから、苛立ちを抑えきれないアポロンは早口に喋り立てる。

 

 「トゥリウスの死を想う度に怒りが心に入り込んで、夜も眠れない。復讐心が私を駆り立てるせいで、この目に映る物全てが本来の輝きを失くし、憎しみを招く悪夢のように見える。それもこれも全てあの男のせい、俺はハムザ・スムルトを許さない。不死なるこの身が滅びようとも、あの男だけは生かしてはおけない」

 

 「無理もないことでしょう、我が神。貴方の怒りは我が心を痛ませます。死すべき人間の中でも最も愚かな奴らの死を見届けるまでは、このヒュアキントス、満足に眠れる日など一日もないと宣言しましょう」

 

 「よくぞ言ってくれた、我が最愛の者よ。実は、数日前から初手は決めてある。奴らを挑発し、攻め入る口実を作るのだ」

 

 黄金色の髪に掛かった桂冠を脱ぎ、アポロンはそれをヒュアキントスの頭に乗せた。

 

 「この戦争に勝利せよ。そうすればお前は、この世界の王に近づくだろう」

 

 ヒュアキントスは小さく礼をして、そのまま部屋を出た。早足でどんどん廊下を進み、談話室の大扉を開ける。

 

 「ルアン、ルアンはいるか!」

 

 団長の呼び声にそそくさとやって来た小人族の小姓のような男が、ヒュアキントスに一礼した。

 

 「やぁ、団長様。おいらに仕事かな?」

 

 「偉大なるアポロン様が、ついにご決断なされた。今夜動くぞ」 

 

 ルアンはあまり嬉しそうではなかった。大きくため息を吐いて、不安だよう、と一言。

 

 「…痛いのだけは勘弁してくれよ~、おいらいっつもとばっちりをくらってばかり、損な役回りだよな~」

 

 

 【テルクシノエ・ファミリア】は、今日も五時起きだった。怠け者のハムザがもう一週間以上このような生活が送れているのは奇跡と言ってもいい。それは一重に、命とリリの献身的な世話の賜物だった。そして今日も重苦しい足取りでヘファイストスの工房にやって来た三人は、陰鬱な溜息を重ね続けながら椅子に座って女神がやって来るのを待っていた。

 

 ヘファイストスは彼らが待つ工房にやって来るなり、眼帯をしていないもう片方の目を細め、にこりと微笑んだ。

 

 「お疲れ様、これで調査はお終いよ。後は私がやっておくわ。仕事が終わり次第、使いを届けるからね」

 

 三人は女神の言葉に飛び上がるようにして喜んだ。ハムザは半分涙を流しているくらい、この女神の創作への執念は厳しく大変なものだったのだ。

 

 Lv.5にしばかれ、意味の分からない質問の為に半日監禁され、使ったことのない武器を持たされては迷宮に連れ込まれ、この一週間のうちの半分は命の危険を感じていたくらい、女神に付き合うのは骨が折れた。

 

 それから三人は軽い足取りを弾ませながら、【ヘファイストス・ファミリア】の工房群を抜け、メイン・ストリートへと躍り出た。昼下がりの街は飯屋を探す住民達で賑わっている。ハムザも彼ら同様に空腹を感じて、良い匂いで客を引き付けようとするお店の策略にまんまとはまり、帰路の途中で肉の串焼きを三本買った。

 

 命とリリに一つずつ手渡し、三人は本拠への道をのんびりと下っていく。すると、命が足を止めた。

 

 「実は私、これからタケミカヅチ様とランチの予定なんです」

 

 「そうだったんですか、分かりました。夕食はご一緒されますか?」

 

 リリに命は「はい」と礼儀正しく頷いて、ハムザに目配せした。

 

 「おう、じゃあまた後でな。楽しんでこいよ」

 

 命は手を振りながら、別の道へと駆けて行った。残されたリリとハムザは主神の待つ本拠へと歩いて行き、数十分かけて着いた。するとテント内の机に置き紙があった。

 

 『出掛ける。昼は適当に食べるように』

 

 置き紙を摘まんで、ハムザはリリに言った。

 

 「これじゃあまるで母ちゃんだな。まったく料理をしないくせに、良く言うぜ」

 

 あはは、とリリは空笑いをし、これからどうしようかと問う。

 

 「実は案がある」ハムザは言った。

 

 「今まで抱いてきた美女達と、もう一度お相手を願うために頑張るつもりなのだ」

 

 「と、いうことは…。アスフィ様、ナァーザ様、レフィーヤ様、アイズ様…エイナ様、ですかね?それならリリは一人でご飯を食べに行きますよ。頑張ってくださいね」

 

 リリは少し悲しそうにしょんぼりしていたが、気丈に振る舞ってみせる。

 

 「それに命とお前だ」リリは驚いた表情でハムザを見つめ返した。

 

 「だが…セクロスならさっきした。だから、今日はお前を好きなところに連れて行ってやる」

 

 「本当ですか」

 

 リリは困惑とも取れる表情で髪の毛をくるくる弄っている。だが、落ち着いた微笑みを湛えてから机の引き出しを引き、金貨の詰まった袋を手に取った。

 

 「では、行きましょう。実は色々訪ねたい場所があるんです」

 

 

 リリが向かった先は、【ソーマ・ファミリア】の本拠だった。そこは樽が居並ぶ薄暗くひんやりとした酒蔵で、かつての主神ソーマは、いそいそと樽の中の酒の状態を確認するために動き回っている。

 

 リリが声を掛けると、ソーマは手を止めてしばらく二人を見つめ続けた。ややあって、「あぁ…」と呟いて二人のもとへゆっくり歩いてきた。

 

 「…お前達か。久しぶりだな、酒でも飲むか?」

 

 「おう、最上級のもんを寄こせ」

 

 断ろうとしたリリより先に、ハムザが返答してしまう。

 

 だが、ソーマの無表情な目尻に、皺が浮かんだ。どうやら嬉しかったようだ。

 

 「…私は最近、蒸留酒(カルヴァドス)を作っている。二人の意見を貰おう」

 

 そう言ってからソーマは酒蔵の隅にあった食器棚へと歩いて行き、二人にグラスを渡した。それから黒ばんだ酒樽の蛇口を捻り、無色透明の酒をグラスに注いでいく。

 

 リリは渡された酒を飲んだ。かなり強い酒で、口全体が痺れるような感覚がした。

 

 「ぐおっ…なんだこれは」ハムザも同様らしく、とても美味い酒を飲んだ時の反応ではなかった。続いてソーマは別の酒樽へ二人を案内し、殆ど真っ黒に変色している樽から、再び透明の酒をグラスに注いだ。

 

 「先ほどのは、二年熟成の蒸留酒(カルヴァドス)だ。こちらは十年熟成のもの。違いを試してみて欲しい……」

 

 言われるがままに二人は飲んだ。そして、今度はその味わい深さに驚嘆する。

 

 「うおぉ…美味い。色んな味がする。一番強いのは、木の味だ」

 

 「リリにはアーモンドに感じます。本当に、初めて飲む味です…」

 

 ソーマは満足気だった。

 

 「…十年も熟成すれば、アルコール分が木に吸われて減少する。そして味が深まり、樽の香りが酒にも移る。若い蒸留酒(カルヴァドス)と比べ、熟成された物は全くの別物だ」

 

 確かにその通りだった。ハムザは既にグラスを空っぽにしており、次の酒は何かと期待しているようだった。そこでソーマは前の樽に戻り、二人からグラスをもぎ取ってもう一度それを注ぎ始める。

 

 「それを踏まえて…もう一度この二年熟成の物を飲んでみて欲しい…」

 

 「なんだ、またか?」文句を言いながらも、ハムザはそれを飲んだ。リリも少しだけ口に含む。

 

 「……あれ?」

 

 不思議なことに、先程感じた痺れるような感覚は消え去り、すっきりとした主張の強い味を感じることが出来た。

 

 「……別の飲み物みたいですねぇ。舌が慣れたのでしょうか」

 

 「その通り」ソーマは大満足のようだった。

 

 「この違いに辿り着く子供は多くない。お前達は…優秀だな」

 

 ハムザは優秀と言われて気分が良くなり、酒の効果もあって声が大きくなり始めていた。

 

 「お前、これを市場に出してるのか?売ったら売れるぞ、なんなら俺が営業してやろう!」

 

 「……まだ完成はしていない。売るつもりはない」

 

 「馬鹿を言うな」ハムザはソーマに歩み寄り、至近距離で神に対して文句を言った。

 

 「お前達神のモノづくりへの執念なんてものは、人間にとっては関係がないのだ。美味いもんはそれで十分完成してる。今すぐ団員を集めて、熟成年に分けて瓶詰しろ。それから二本ずつ俺に寄こせ」

 

 ソーマは戸惑っていた。かつての主神が狼狽える様子が余りに滑稽だったので、リリは神の前にも関らず声を出して笑った。

 

 「…だが…いや、まぁ、それなら良いか。だが…うぅむ、もう一押しが足りないのだ。それが何だかわかるまでは…」

 

 ぶつくさと独りごちるソーマ。苛立ったハムザがぴしゃりと言った。

 

 「混ぜろ。水でもワインでもエールでも何でもいい、混ぜろ」適当な発言ではあったが、ソーマは彼の言葉に深い意図を感じ取ったので、「なるほど」と頷いた。

 

 「…混合酒…。そうか、その発想があったか。混ぜれば良いのだ。熟成樽を葡萄酒の物へあえて変えてみるのも良いな…面白い。無限大の可能性だ」

 

 ぶつぶつと自分の世界に入り込むソーマを、ハムザは引っ叩いた。

 

 「今すぐ瓶詰して、二本ずつ寄こせ。明日には流通に乗せてやる!楽しみにしていろよ!」

 

 突然叩かれたソーマは面食らって、思わず「分かった」と頷いてしまった。それから酒蔵で作業をしていた団員を呼び、すぐさま幾つもの蒸留酒(カルヴァドス)を瓶詰していった。作業の途中、リリはソーマを呼び止めてから、バックパックから取り出した袋を手渡す。

 

 「こちらが今月分の経費です。リーテイルの売り上げが好調でしたので、少し弾んでおきましたよ。これでまた、お酒造りを頑張ってくださいね」

 

 ソーマは大げさな仕草で金貨袋を受け取った。殆ど涙さえ浮かべながら、リリに何度も感謝の言葉を述べていく。まるで立場が逆転したようなその様子にリリは思わず居心地が悪くなってしまったので、さっさとハムザの傍へ戻り、次の場所に行きましょうと提案した。

 

 両手に酒瓶を入れた袋を抱えたハムザは、リリに従って酒蔵を後にした。

 

 

 

 続いてリリが足を運んだのは、バベルの傍の道具屋、『リーテイル』だった。内部は良く整理され、陳列棚には沢山の商品が丁寧に置かれている。昔の雑然とした様子と比べると、見違えるような変化だ。

 

 店を見渡すと、レジの向こうで帳簿と格闘している男と目が合った。

 

 「なんだぁ、アーデじゃねぇか。よう、調子はどうだ!」

 

 かつての【ソーマ・ファミリア】の副団長、チャンドラだった。彼は団長ザニスの死後その跡を継ぎ、ファミリアの運営を任されていた。本人は「やりたくない」と後ろ向きだったが、真面目で能力のある彼に、ファミリアのメンバーは皆よく従うようになった。それから本人も団長職にやる気を出し、『リーテイル』の店舗を改装してから、売り上げは更に伸びたのだ。

 

 「チャンドラ様、お久しぶりです。お元気そうで、良かったです」

 

 リリは彼に挨拶をすると、チャンドラは破顔して二人に近づいてから握手を求めた。

 

 「…【テルクシノエ・ファミリア】の武勇は俺の耳にも聞こえて来るぜ。よくやってるようだな、アーデ。それから、ハムザ。今日はどうした?道具が欲しけりゃ格安で売ってやるぜ」

 

 「値引きの必要はありませんよ。売り上げの一部をハネているだけで、私達にはかなりの大金が入って来ていますからね」

 

 『リーテイル』を傘下に収めたお陰で、自分達のファミリアには定収があった。エイナはその経済的基盤を評価し、メンバーさえ集まればファミリアの等級を上げると言ったものだ。その『リーテイル』を運営するチャンドラ含む【ソーマ・ファミリア】の面々も、ハムザ達には感謝していた。

 

 ザニスによる独裁体制を終わらせたのも彼らだし、彼らがオーナーになってからは不思議とギルドからの税金が免除された。加えて、【テルクシノエ・ファミリア】のバックアップがあると広まった途端、見知らぬ業者が沢山の仲買人を送り始めたのだ。

 

 飛ぶ鳥を落とす勢いの彼らの名前は、今ではこの街において一目置かれている。昔、後ろめたい仕事をしていた団員達はきっぱりと汚れ仕事を辞めることが出来たし、ごろつきに付け狙われることなく安全な日常を過ごせるようにもなり、皆がハムザには感謝をしている…とチャンドラは二人に説明した。

 

 「大派閥の庇護を受けた派閥は、他派閥の抗争に巻き込まれにくくなりますからね。昔からある自衛手段です」

 

 「あぁ、その通りだ。しかし正直言って、こんなに短期間で生活が変わるとは思っていなかったぜ。おめぇは…確かにソーマ・ファミリアでは異色の存在だった。なんつうか…肥溜めに花、って感じだな」

 

 「それを言うなら、掃き溜めに鶴ですよ、チャンドラ様」

 

 くすくす笑いをしながら、リリは上機嫌のまま昔話に花を咲かせた。それから色々な報告が終わると、リリはチャンドラに挨拶をしてからまた来るように告げ、外へ出た。

 

 「…退屈しておりませんか?」リリの問いに、ハムザは正直に答えてやった。

 

 「別に構わんよ。それより、いい加減腹が減ってきた。もう食事時は過ぎちまったが、俺の胃袋はまだ騒いでる。飯でも食いに行こうぜ」

 

 

 それからリリはハムザをパン屋に連れて行った。どうやら主人とは馴染みの関係らしく、リリ達は少し待って焼きたてのパンを手に入れた。それを持ってリリは街角を曲がり、みすぼらしい花屋に入る。

 

 「おや!リリちゃんじゃないかい」

 

 客の気配を感じ取った老婆が店内から姿を見せ、リリを見つけて嬉しそうに両手を広げて歩み寄って来た。リリはまるで祖母に会った孫のように彼女の両腕に抱きしめられている。

 

 「おぉ、本当にリリちゃんじゃ」

 

 店の奥から老人も姿を見せた。ハムザはこの二人を知っていた。リリがまだ【ソーマ・ファミリア】で奴隷のような暮らしをしている時代、彼女を匿ってくれた老夫婦だ。会うのは数か月ぶりだったが、以前よりも二人は元気に見える。ハムザは両手に抱えた酒瓶の袋が重いので、それを机に置いてから椅子に座ってパンをかじり始めた。

 

 「お店が壊されちゃったじゃないか、丁度いい機会だと思ったから、花の量を減らしたのよ。意外と花屋は重労働でねぇ。その代わりに花束を作る仕事に切り替えたら、これがうまくいってねぇ」

 

 老婆はにこにこと嬉しそうにリリに近況報告を続けている。気を利かせた老人は奥から生ハムとチーズを持ってきて、ハムザの目の前に置いた。

 

 「おぉ、悪いな、爺さん」腹がぺこぺこだったハムザはチーズを豪快に頬張った。塩気の効いた生ハムとチーズが焼き立てのパンに合う。

 

 老人は向き合うように椅子に座り、皺だらけの両手を体の前で組んだ。

 

 「…順調なようじゃな、若いの。だが、人生には山あり谷ありじゃ。決して浮かれるな、でなければリリちゃんが不幸になる」

 

 もぐもぐと食べ続けながら、ハムザは話を聞いてる振りをし続ける。

 

 「わしにも良い時はあった…だが、悪い時の方が多かった。まさか今、また良い時が来るとは思わなんだが…とにかく——」

 

 「もう、お爺さん。説教は嫌われますよ」

 

 老婆はそう言って奥に入り、葡萄酒を持ってきてハムザにグラスを手渡した。

 

 「リリちゃんから聞きましたよ、大変な冒険をしたそうねぇ。やっぱり男の人は強くなくちゃ。こんな時代だもの、強さは大事だわ」

 

 「その通りです、強さは大事です。でも、リリは弱っちくて、ちんちくりんで、役立たずです。きっとハムザさまや命様がどんどんランクアップしていく中、リリだけが取り残されていくのでしょうね」

 

 暗い表情を作るリリの顔が、妙に印象的だった。軽い冗談のつもりで言ったのか、本当にそう思っているのか。ハムザとしては、後者のように思われた。何かを言おうとすると、お婆さんが先に言った。

 

 「そんなことはないと思うわよ、ねぇ、お爺さん?」

 

 「あぁ、そりゃそうだ。リリちゃんはもう立派な冒険者じゃ」

 

 それからリリも食事に参加し、老夫婦は次から次へと食べ物を持ってきた。どれも美味しく、食事が終わる頃には二人のお腹は膨れ上がっていた。それからリリは三人に提案する。

 

 「今日は少し時間がありますから、ヤッツェでもしませんか?」

 

 「ヤッツェ?」

 

 老人はよしきた、と立ち上がり、引き出しからサイコロと犬が食事の際に使うような皿を持ってきた。いつの間にか老婆の手にはペンと紙が握られており、彼女はそれを手際よく配り始める。

 

 「サイコロゲームですよ。賽の役目によって得点を競うゲームです。その紙に自分の成績をどんどん書いていって、最後に一番点数の高かった人の勝ちです。リリはこれが大好きなんですよ」

 

 「あぁ、ゲームね。はいはい…」

 

  それから四人は葡萄酒を飲みながらゲームに興じた。楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、ゲームが終わる頃には空は真っ赤に染まっていた。

 

 老婆はちょっと待ちなさいね、と言って、奥で花を切り始めた。それから数分で見事な花束を持って戻って来る。色とりどりの花に、大きな蕾が三つ。とても豪華な花束だ。

 

 「お好きに使いなさいな」

 

 そう言って老婆は花束をリリに手渡した。リリの背丈と同じくらいあろうかという大きさに、思わずリリは相好を崩して礼を述べる。

 

 ゲームを通じて、老人はハムザを少しだけ見直したようだった。なかなか頭が良い、戦略を持っている、などと言って褒め始めたのだ。それから老夫婦は二人にまた来るように言い、彼らを見送った。

 

 大通りまで出た頃、ハムザはぽつりと呟いた。

 

 「良い日だな」

 

 リリもそれに同調する。

 

 「そうですね。性交だけが人生の楽しみではないと、教えてあげたかったんですよ」

 

 「そんなもの、知ってる」

 

 ハムザはむきになって反論する。だが、リリはにっこりとしたままいつまで経っても顔色を変えなかった。

 

 

 

 それから二人は『豊穣の女主人』へと足を運んだ。蒸留酒(カルヴァドス)をドワーフの女将に手渡してやると、女将は興味深そうに酒瓶を眺めてから一気に飲み干した。

 

 「げっ…こいつ頭おかしいんじゃないか」

 

 ドン引きするハムザに対して、女将はうまそうに口元を拭ってから酒瓶を叩きつけるように置いた。

 

 「っぷはーーー!悪くないねぇ、坊主。ウチで扱ってやるよ、【ソーマ・ファミリア】の酒なら願ったりかなったりさ、明日には百本ずつ届けさせな」

 

 女将との交渉が終わると、どこからともなく現れた給仕の少女達に席へと案内される。リューに、シル、アーニャ、クロエ。皆うら若く可憐な少女達だ。テーブルを通り過ぎる度に、男達は彼女達に熱い視線を送る。広めの席に座り、二人は主神と命を待つ。

 

 今日はここで一緒に夕食を取ろうと、皆で約束をしていたのだ。まだ夕食前の時間だからか、あまり客数は多くない。取り合えずハムザはリューを呼び、今日のおすすめを聞いてみた。

 

 「シルが新しい料理を覚えたんです。タラコパスタという、珍しい料理です。賄いものではありますが、特別にハムザさんにはお出しできます」

 

 「う~ん、じゃあ、それを一つ。リリと二人で分けながら時間を潰す。暇ならリューちゃんも座ったらどうだ?まだ忙しい時間じゃないだろう」

 

 リューはすぐには答えを出せず、どうすれば良いのかと躊躇っていた。だが、ちょっとだけならということで、厨房に注文を出してからハムザの横に滑り込んだ。

 

 「その花束は……」

 

 リューの目線がリリが持っていた花束に留まった。リリは老夫婦から貰ったと説明すると、リューは納得したようだった。

 

 「私はてっきり、シルに差し上げるものかと。トウメイユリの蕾ですか、花が咲く頃にはもっと立派な花束になりそうですね」

 

 どうやらリューは花に少し詳しいようだった。そうしてリューと会話をしていると、次第に客足が増えて来た。彼女は仕事に戻ると言って厨房へ消えていった。そして更に暫く経ってから、ようやく主神と命が店に現れた。

 

 「お待たせしました、お二人とも」

 

 「おう、待たせたのじゃ。腹ペコじゃ、今日のおすすめは何と言っていた?」

 

 それから猫人のアーニャがやって来て、注文を取り始める。主神は相変わらず肉のオンパレード、リリはあまりお腹が空いていないとサラダとパンのみ。命は魚料理を注文する。

 

 「う~ん…どれにするか」

 

 ステーキの項目で迷うハムザに、アーニャは能天気な声でにゃーにゃーと言った。

 

 「今日はにゃんとか地方の子牛が入ってるニャ。にゃんでも特別な餌を食べてる子牛みたいだニャ。だから味も特別らしいニャ」

 

 良く分からない説明だったが、取り合えずハムザはそれを頼むことにした。アーニャの特殊な営業力は、何故かいつも客に彼女が勧めた物を食べさせるという不思議な力を持っていた。気の抜けた情報不足の説明のお陰で、かえって料理に対する想像力が膨らむのだろう。

 

 

 程なくしてお盆に四つの酒を並々と注いだグラスを乗せて、シルがテーブルへとやって来た。ハムザに愛想たっぷりの笑顔を向けてから、忙しそうに去っていく。四人はグラスを突き合せ、乾杯をした。

 

 「命の正式加盟に、かんぱ~い!!」テルクシノエの音頭と共に、四人は酒を流し込む。勢いよくグラスを置いたその瞬間、近くのテーブルから嘲るような声が聞こえてきた。

 

 「おいおい、変態野郎は美人に囲まれて、いいご身分だなぁ!!嘘っぱちで最速ランクアップなんて法螺吹いても、バレやしないと思ってるんだろうなぁ!」

 

 ざわざわと周囲が色めき立つ。【テルクシノエ・ファミリア】と言えば新興派閥ではあるが、着実にその勢力を伸ばしている実力派だ。【ロキ・ファミリア】とも繋がりがあると噂される彼らに喧嘩を売るとは、一体どこの誰だ…。周囲の冒険者はとばっちりを恐れて、皆が見ぬふりを決め込んでいる。

 

 命とリリは気まずそうに顔を伏せ、テルクシノエは眉をひくひくさせていた。ハムザは至って冷静で、落ち着いた様子のままグラスを傾けた。

 

 ざわつく店内の雰囲気を気にも留めず、声の主は挑発を続ける。

 

 「法螺の才能は一級品だと、オイラ認めるよ!ついでに無鉄砲と短気の才能も超一流だよな、もしお前が腰抜けの才能も併せ持ってなかったら、今頃迷宮でくたばっているのになぁ、オイラ残念だよ」

 

 耳に残る口調、嘲りの声色。

 

 ハムザが命知らずな田舎者に何かを言い返そうかと思った次の瞬間……声の主は高速の拳によって店外へ弾き飛ばされた。

 

 『っ……!?』

 

 酒場の全員が絶句した。

 

 驚くほどの拳速と破壊力。弾丸のように飛んでいった小さな男は、メイン・ストリートを何回転もしながら転がり、ゴミ溜めに激突した。

 

 「…っ。やってしまったか」

 

 リューだった。一瞬の出来事に店内が静まり返るも中、リューは何事も無かったかのように厨房へ戻ろうとする。その時、美青年が立ち上がってリューの道を塞いだ。

 

 「客に対するその態度は何だ?エルフの給仕め」

 

 ハムザは男の鎧に描かれている徽章を見た。太陽…太陽のエンブレムだ。迷宮でくたばったトゥリウスと同じ【アポロン・ファミリア】に違いない。

 

 「…行儀の悪い客にマナーを教えたまで。何か問題でも?」リューは剣呑な空気を纏い、その美青年を睨み返した。

 

 『あいつ、ヒュアキントスだぜ…』

 

 『おいおい、【アポロン・ファミリア】の、第二級冒険者様かよ…』

 

 周囲の冒険者達はその青年を知っているようだった。大派閥アポロン派の団長、太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)、Lv.3の冒険者。

 

 ヒュアキントスは優雅な立ち振る舞いを崩さないまま、リューに冷たく言葉を投げる。

 

 「給仕風情が、思いあがるなよ?その男が取るに足らぬ法螺吹きであることなど明白ではないか。高潔で純潔を重んじるエルフ様に、弱者(メス)強者(オス)に組伏される感覚を教えてやるのも一興か」

 

 「私のことなどどうでもいい」リューは怒りに燃えているようだった。ハムザ達は冷や汗を流す。不味い、あのリューが本気を出してしまったら、きっと自分達にも飛び火する。生きてこの酒場から出れるかどうか分からない…。

 

 

 「売ってはいけない相手に喧嘩を売ってしまったな」

 

 

 リューは前傾を取り、一気に加速した。ヒュアキントスの余裕は瞬く間に消え去り、驚愕が顔を染め上げる。

 

 思わず掲げた右手を流れるように取り、リューはヒュアキントスの重心を腰に乗せ、思いっきり床に叩きつけた。

 

 「っ…一本背負い…」

 

 ハムザ達は息を飲む。あまりにも早すぎる投げ技。Lv.3の冒険者ですら全く対応できなかった技の冴え。一体、この酒場はどうなっているんだ…そんな声が聞こえてくるようだった。

 

 リューはヒュアキントスを店外に放り投げてからぱんぱんと手を払い、ハムザの前で頭を下げた。

 

 「こちらの不手際です。あのような俗物にハムザさんへの悪態を許すとは、私としたことが…とんだ失態です。お許しください」

 

 「お、おう…。気にしてない、大丈夫だ…」

 

 店内からは空笑いが漏れ始める。そしてドワーフの女将の一言が更に客の肝を冷やす。

 

 「ウチじゃ狼藉者には容赦しないよ。それにアタシはリューの何倍も強い。さぁお前達、分かったらさっさと飯を食いなっ!冷めちまうよ!」

 

 四人は気まずさを隠すよう努めながら、引きつった表情のまま食事を始めた。

 

 

 

 外に放り出されたヒュアキントスは、明るく輝く酒場を睨みつけ、忌々しそうに舌を鳴らした。すっかり伸びているルアンを起こし、肩に担いで帰路に着く。ルアンの惨めな声が、綺麗な夜空に吸い込まれていく。

 

 「痛いのは勘弁してくれって、言ったじゃないかぁ~…。もうオイラこりごりだよ、こんな役回り……」

 

 ヒュアキントスはふらふらの足取りで歩き続ける。何か別の手を考えなければ…と黙考しながら。

 

 

 食事を終えた頃には、先程の出来事などすっかり忘れ去ったように酒場は普段の賑わいを取り戻していた。四人は店を出て、本拠への帰路に着く。

 

 命は途中で別れ、ハムザもレヴィスの様子を見るために別れた。どうやらリリはあまりレヴィスには会いたくないらしい。主神もあまり興味が無さそうだ。

 

 ハムザはギルドへ行き、地下へ降りた。夕食の残り物を持ってきたので、きっとレヴィスも喜ぶだろう。

 

 牢屋に入ると、レヴィスは床に横になっていた。足音に気が付き、彼女は身を起こす。

 

 「お前か…。退屈していた所だ」

 

 確かに退屈しているようだった。よく考えてみれば、ここには何もない。【ロキ・ファミリア】に発見されるのを恐れているのなら、外にも出ないだろう。もしかしたら奴らが踏み込んでくるかも知れないし、レヴィスにとっては意外とストレスのかかる環境なのかもしれない。

 

 まるでペットを案じる主人のような思考を続けるハムザは、取り合えず余り物のステーキを食べさせた。

 

 「足りんな。まるで足りん」

 

 一瞬にして食べきってしまうレヴィス。

 

 「それで、鍵は持ってきたのだろうな?」

 

 「すまん、忘れてた」

 

 そうか、とレヴィスは空を見つめる。

 

 「どうせそんなことだろうと思っていた」

 

 改めて曲線美に優れたレヴィスの身体を見てみると、情欲がそそられた。ハムザはポケットからナァーザ特性の媚薬を取り出す。それを持って座り込んでいるレヴィスの目の前に立つ。

 

 「飲んでみろ」

 

 レヴィスは無表情のまま、黙って口を開けた。舌の上に錠剤を置いた瞬間噛まれるのかと思ったが、レヴィスは噛みつかなかった。彼女が喉を鳴らした後、そのまま覆いかぶさるように唇を奪う。レヴィスはあまり乗り気ではなかったが、されるがままに口を差し出している。

 

 すっかり固くなった一物を取り出し、目の前で見せつける。あの怪人に勃起したペニスを見せつける感覚は、筆舌に尽くしがたい程に興奮を覚えるものだった。

 

 

「口を開けろ」

 

 そう言ってから、半ば強引にレヴィスの口にペニスを捻じ込む。容赦なく喉奥まで差し込み、休む間も与えず喉を突く。鉄格子に身体を押し付けられ、レヴィスは苦しそうに喘ぎながらもされるがままに身を任せていた。

 

 ハムザは喉を突くのを止め、レヴィスの舌の上でペニスを転がし始めた。彼女の鋭い目で見上げられると、支配欲が満たされてぞくぞくした。

 

 そのままレヴィスの生暖かい舌の感覚を楽しみながら、扱く。すぐに込み上げてきたので、舌の上に思い切り射精した。

 

 「…っ」

 

 瞬く間に白い液体で満たされる口内と、跳ねた液体で汚れる綺麗な肌。それからレヴィスは喉を鳴らして呑み込んで、じっとハムザの股間を見つめた。

 

 「奴隷は主人を満足させるだけで十分。毎日セックスしてもらえると思うなよ」

 

 くく、と笑いを噛み殺しながらレヴィスは言う。

 

 「猿、だな…。男というのは単純なものだ」

 

 立ち上がり、命令口調でハムザに告げる。

 

 「もっと私を犯したければ、食事を持ってこい。クノッソスの鍵を持ってくれば、極上の夢を見せてやるぞ?」

 

 「む…か、考えておこう」

 

 あまり主導権を取られたくなかったので、ハムザはこれ以上会話を続ける気はなかった。レヴィスにはセックスへの抵抗があったと思ったのに、どうやらそんなことはないらしい。あろうことか、セックスを通じてこちらを操ろうとも考えているように見て取れる。なかなかの危険人物だ、確かに扱いには十分注意しなければならない。

 

 明日命とのデートをした後は、調教について考えなければ…そう思考を巡らせながら、ハムザは地上へと戻って行った。

 

 残されたレヴィスは、やれやれと再び腰を落とす。

 

 「…アリアの首を取れればそれで良い…鍵など、大した問題ではない。刺し違えてでもアリアは殺す。あの男の傍に、必ずやって来る…」

 

 目を瞑り、レヴィスは再び横になった。

 

 (…アリアとあの男の繋がりは突き止めてある…。程々に愛想を売っておいてあの男の傍で行動出来れば…あとは機会を待つだけだ)

 

 「アリアだけは、殺す。何があっても、何としても」

 

 

 

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