※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

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第九章 -洛陽-

 

 

 

 深夜のオラリオに、けたたましい鐘の音が鳴り響いていた。寝ぼけ眼の住民達が一斉に窓を開け、身を乗り出して音の方角を眺めている。

 

 「…うぅん、西南地区…?まさか…」寝巻き姿のシルが、不安そうに両手を胸の前で組む。

 

 「うるさいニャ…。シル、さっさと窓を閉めるニャ……」アーニャが寝返りを打って、布団を被り頭を隠す。

 

 「そうよ、ファミリアの抗争なんて私達には関係ないわ…ほら、はやく眠らないと、明日もきついわよ?」

 

 クロエにそう言われ、シルは窓を閉めた。柔らかいベッドへ戻ると、体が沈み、自然と瞼が閉じた。暗闇の中、シルは男の名を呼ぶ。

 

 (大丈夫だよね……ハムザ君…?)

 

 

 

 緊急事態を告げる鐘の音が、館の全域を震わせていた。団員達は大急ぎで廊下を走り回り、素早く開戦に備えていく。兵士達が行き交う館内を、アポロンとヒュアキントスは小走りで進みながら、いそいそと言葉を交わしていく。

 

 「…奴隷の間には閂を差したな?」

 

 「はい。そのように致しました」

 

 「よい。万が一ということもある……。あの場所は他の人間に知られる訳にはいかないな。それにしても、やはり夜を選んできたか。テルクシノエめ」

 

 アポロンは忌々しそうに舌を鳴らす。

 

 「どのような奇策を準備したとお思いです?」

 

 「分からぬ」アポロンは吐き捨てた。

 

 「戦争遊戯(ウォーゲーム)を受けずに直接攻撃か。だが、こちらも万全だ。戦力は館の守りに集中している上、装備も一新しているからな。我々が負ける要素は、万に一つもない」

 

 『玉座の間』の大扉を開き、アポロンは荒々しく赤絨毯の上を歩いた。既に控えていた兵士達に怒号を飛ばす。

 

 「リッソス!お前は前庭の守備へ回れ、ルアン、お前は館内で情報を収集しろ!」

 

 エルフと小人族の団員が飛ぶように広間から出ていった。残された団員の数は、ヒュアキントス含め五名。いずれも精鋭達だった。

 

 玉座に腰を落とし、アポロンは部下を睥睨した。

 

 「…敵はたったの四人という知らせだ。間違いなく奇策を用意している、気を抜かず、全力で迎え撃て!」

 

 

 「うってつけの夜だぜ」

 

 ハムザは巨大な影の様に闇に鎮座する館を仰ぎ見た。片手に握るのは、鍛冶神へファイストスが打った『宝剣アルマス』。すっかり存在を忘れてしまっていたが、どうやら名工らしい。

 

 なんだか寒気がする上、ハムザはこんな剣はやっぱり不気味だと感じたので、リリに剣を渡した。途端に黒い剣がふにゃふにゃのゼリー状に変化してしまい、思わずリリが素っ頓狂な叫び声を上げた。非難がましい彼女の目つきに諭され、ハムザは仕方なく剣をリリの手から受け取り、気を取り直してパーティに言葉を掛ける。

 

 「我らが主神様の気分を損ねた阿呆共に、正義の鉄槌を下すのだ!」ハムザが吠えた。

 

 「でも、凄い人数ですよ。鉄柵の向こうに何十人も…。いえ、百人は居るでしょうか」

 

 リリは、闇で蠢く人の群れに身震いをする。【アポロン・ファミリア】の団員は皆武器を構え、こちらの動きをじっと観察していた。前衛の厳めしい装備、そして後衛の優雅な魔法衣。流石はオラリオでも有数の『迷宮探索型ファミリア』だ、武闘派が勢ぞろいといった所だろう。

 

 「準備運動にもならん」

 

 レヴィスが一歩前に出て、ハムザと並んでから冷酷な表情を保ったまま指を鳴らした。

 

 「殺してしまって構わないのだな?」

 

 「許可する。なんなら館ごと吹き飛ばしてくれても構わんぞ?俺達の仕事が減るからな」

 

 フードを脱いだ命が真っ黒い柄に手を掛け、僅かに刀身を晒す。切れ味の良さそうな刃が、魔石灯に照らされてぬらりと光った。

 

 「…作戦はレヴィス殿を中心とした中央突破。お手並み拝見といきましょう」

 

 リリがフードを被った。ごわごわした灰色のローブに包まれ、リリの顔が見えなくなった。ところどころにあしらわれた炎の模様が、炭にくすぶる残火のように、暗闇の中であかあかと輝いている。

 

 「では、いきましょう」

 

 リリの声だけが響く。細いが、芯のこもった声色。

 

 「…見ていろ、ハムザ。これが本当の私だ」

 

 レヴィスは屈伸し、力を溜めてから勢いよく地を蹴った。

 

 瞬きする間に、彼女の超速の拳が【アポロン・ファミリア】の誇る分厚い石壁に叩きつけられていた。

 

 『うおおおおぁっ!?』

 

 石壁が粉々に砕け散り、破片が大砲のように降り注ぎ、敵の集団を蹂躙していった。前衛は礫の嵐に視界を奪われ、盾を掲げることを忘れた者達の何名かが、その顔を潰された。

 

 突風が見張り台を薙ぎ倒し、弓兵は無残に地面に叩きつけられた。魔導師達は轟音に耳を壊され、平静さを失いとても詠唱が出来る状況ではなかった。

 

 「狼狽えるな!武器を構えよ!」

 

 驚愕がまたたく間に中庭の守備隊に伝播していき隊列が乱れる中、部隊長を務めるリッソスは懸命に声を掛けた。

 

 「前・中・後に別れ、臨機応変に編成を組み上げろ!兵士よ、太陽にその身を捧げよ!」

 

 リッソスの号令を受けて兵士達は幾分か冷静になったようだったが、彼らがふと上空に異変を感じて夜空を見上げたとき、完全に希望は潰えた。

 

 「なんだ……これ」

 

 城壁が浮かんでいる。真っ先にリッソスはそんな連想をした。数コンマ後に、それが剥ぎ取られた石壁だと気がついた頃には、もう死の恐怖が心を覆い尽くしていた。

 

 『に、逃げろ〜〜〜〜!!』

 

 誰かの叫び声が聞こえたのと同時に、空中に浮かんでいた巨大な石壁が爆砕した。

 

 礫の雨が降り注ぎ、【アポロン・ファミリア】の兵士達は無残に潰されていく。血が飛び散り、肉が潰れるおぞましい音が立て続けに中庭を覆った。僅かに残った運の良い兵士がぼんやりと佇んでいるところに、獣のように強靭な体躯から繰り出される超高速の拳打が襲った。

 

 上半身が吹き飛び、窓ガラスを破った。壊れた魔石灯が明滅する中庭で蠢く影は、圧倒的な力の差を前に無抵抗になってしまっていた兵士達を、ためらいもせず壊していった。

 

 舞い散る血飛沫。血の臭いが充満する中、リッソスは膝をついた。美しい中庭の花壇が、どす黒い血で染め上げられている。見事な噴水は崩れ、血溜まりと化していた。百名は居たはずの兵士達の姿は、もうどこにもなかった。ただそこには、赤い髪を揺らした緑色の目を持つ怪物が、瓦礫の中、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えるだけだった。

 

 「………化物」

 

 ぐしゃっ、と頭を潰されて、リッソスは事切れた。

 

 「これで最後か」

 

 僅か一分間にも満たない殺戮だった。怒声の飛び交う館内から、焦燥の色がはっきりと伺い知れる。そんな異常な雰囲気の中、顔色一つ変えずに、レヴィスは振り返って声を張り上げた。

 

 「どうした!はやくしろ!先に行っているぞ!」

 

 次の瞬間、館の正面玄関が大砲で撃ち抜かれたようにひしゃげ、館内から幾つもの叫び声が上がった。

 

 「……やりすぎでは?」

 

 呆れたリリの声が、破壊しつくされた【アポロン・ファミリア】の中庭を滑稽なものに思わせた。抉られた地面と、ぶち抜かれた石壁。夥しい死体の山。館内では今も破壊の轟音が鳴り響いている。まるで悪魔が暴れているようだった。

 

 「私達も、行きましょうか」

 

 あまり気乗りのしない命の声が聞こえる。ハムザは、このままレヴィスにまかせておけばどうにでもなる気がしていたが、一人くらいは倒しておかないとあとで主神に嫌味を言われること請け合いだったので、仕方なく進むことに決めた。

 

 しかし、あれだけの兵士を一瞬で片付けてしまうなんて。それに、あんなに素早く動けるだなんて。パンチしただけで体が吹き飛ぶなんて、一体どんなステイタスだ?

 

 可愛い顔をしておきながら、意外と殺しが好きな獰猛さも持ち合わせているらしいし、何となく血をみて興奮しているような気もする。本当は連続殺人犯かなにかだったのではないか?

 

 ひしゃげた鉄門を身をかがんで通り抜けながら、ハムザはレヴィスが実はとんでもない奴だったのかも、と心で呟いた。

 

 

 館内の戦況は奇妙だった。百人規模の守りがいとも容易く突破され、人の形をしているものは死体だろうとレヴィスによって蹂躙されていった。もはやそこには『戦闘』などは存在しておらず、一方的な殺戮が繰り広げられる。

 

 絶叫、断末魔、嗚咽。

 

 豪華絢爛を誇る【アポロン・ファミリア】の本拠に身の毛のよだつ叫びがこだまし続けている中、アポロンは【玉座の間】で頭を抱えていた。

 

 「馬鹿な…あり得ん……何が起こっているのか、報告はまだか!?」

 

 ヒュアキントスは顔をしかめたまま首を横に振った。中庭の殺戮を見てから、館内の状況が掴めない。状況がすこぶる悪いのは、兵士達の悲鳴から感じ取ることは出来た。だが、正確な情報が欲しい。先程戦況報告のため戦闘区域に出した幹部はまだ戻らない。男神は頭を掻き毟り、黄金の髪は乱れて普段の輝きを失う。

 

 「我が軍勢を一方的に屠るステイタス……Lv.6…いや、Lv.7…?ロキかフレイヤが、いらぬ横槍を出してきたか?」

 

 「それは……」ヒュアキントスは信じられないと青ざめる。「あり得るのでしょうか、そのようなことが?」

 

 「あり得るわけがないのだ!」アポロンは声を荒げた。

 

 「たかがFランクごときの新興派閥に、オラリオ屈指の奴らが肩入れをするなど、あってはならんはずだ!」

 

 荒々しく【玉座の間】を行ったり来たりしながら、アポロンは必死に分析に思考を割く。

 

 (烽煙玉は依然として何も知らせてはいない。ダフネもカサンドラも、異常なしということか…だが、この馬鹿げた状況は何だ?一体何が起きている…いや、起きようとしているのだ…?)

 

 駒の散らばった盤上に忌々しそうに視線を落とし、アポロンはじっと動かなくなった。館内の柱が崩れる音が聞こえ、部屋が振動した。破壊音が徐々に近づいてくるのが分かる。一分ほど硬直した後、アポロンは頷いた。

 

 「鬼手…そうか。こちらも鬼手を返さなければ」

 

 立ち上がり、男神は青ざめている幹部達に告げる。

 

 「ヒュアキントスを残し、お前達はギルドへ向かえ。私の読みが正しければ、あの馬鹿げた女がハシャーナ殺害の犯人だ。ギルドに協力を仰ぐと共に、テルクシノエ・ファミリアを犯罪人の隠匿で糾弾し、行動不能に陥らせるのだ」

 

 「ですが、アポロン様」

 

 ヒュアキントスは恐る恐る口を挟んだ。

 

 「ギルドは奴らのいいなりだったのでは。それに、今からギルドに向かって説得を始めても、きっと間に合わないでしょう」

 

 拳をきつく握りしめ、激昂を抑えきれずわなわなと体を震わせるアポロン。 

 

 「…貴様は、それでも」息を整えながら、真っ赤な顔でアポロンは言った。

 

 「それでも太陽の御子か?神がやれと言ったら、子はそれをやるものだ!血を吐いて倒れても、病に罹っても私の言う通りに働くのだ。365日、24時間、死ぬまで働け!」

 

 「そ、そんな!」女性幹部が悲鳴にもにた声を上げる。「そんなの無理です!」

 

 「無理と言うのは、嘘つきの言葉だ!」アポロンの怒りはついに限界を迎え、男神は怒号を響かせて激しい身振りで喚き散らした。

 

 「諦めるから無理なのだ!諦めなければ無理じゃないのだ!戦力差があろうが、時間がなかろうが、気合と根性でどうにかしろ!」

 

 呆然としている幹部達に猛り狂った顔を向け、男神は歯を剥き出しにして怒鳴った。

 

 「何をしている、さっさと行け!さもなくば奴隷として売り飛ばすぞ!」

 

 ●

 

 「追い詰めたぞ!」

 

 槍で牽制しながら、袋小路に追い詰めた獲物へとじりじりと近づいていく【アポロン・ファミリア】の団員達。リリは一歩一歩と後退していき、壁に背をつけた。

 

 「こいつは大したことない!ただの小人族だ!」

 

 暴れ回り破壊の限りを尽くすレヴィスとは打って変わって、館に侵入してきたもう一人の【テルクシノエ・ファミリア】は弱かった。追い詰められ、あっさり両手を挙げた。

 

 「リリは降参しますよ。冒険者の皆さまに取り囲まれては、どうすることも出来ません」

 

 せせら笑う【アポロン・ファミリア】の冒険者達の中で、小人族の小姓に似た(ルアン)が、そろりそろりと輪から抜け出し、別方向へ駆けだした。

 

 「…おかしいよなぁ。弱い奴がのこのこウチに入ってくる訳がない…おいらの勘だけど……あいつも十分ヤバい」

 

 直後、先程までルアンがいた廊下で、爆発が巻き起こった。立て続けに二発、三発と大爆発が館内に炸裂する。

 

 「ひいっ!」

 

 ルアンは思わず足を止め、両手で頭を抱えて蹲った。大震動が壁を伝い、壁に取り付けられた魔石ランプが床へ落下し、砕けた。恐怖で身が竦み、ルアンは腰が砕けたまま動けなくなった。すると先ほどの取り囲まれていた筈のリリが、ゆったりとこちらへ近づいてきた。

 

 「おや…勘の良い方が一人残っておりましたか」

 

 「た、助けてくれ!」ルアンは哀願した。「いうことなら聞く!」

 

 「それでは交渉になりません。どっちみち貴方達は我々の命令に従うことになりますから」

 

 冷淡な口調に、ルアンは冷や汗を垂らす。

 

 「…なぁ、あんた同族だろ?ブレイバーやブリンガルの他にもヤバい奴が居たなんて、おいら知らなかったよ。あの爆発……ヤバい魔法だよな」

 

 「魔法ではありません。リリは何もしていませんよ。本当は命様と練習した連携でやっつける筈だったのに、誰かが逸って魔法を使ってしまったんです。しかもよりによって、炎魔法を」

 

 「ど、どういうことだぁ…?」呆然とするルアンに、リリは肩を竦めて説明してやった。

 

 「このローブですよ」くるっと回転して、リリはローブを見せびらかした。控えめにあしらわれた緋色の模様が、あかあかと輝いている。

 

 「ヘファイストス様特製のローブですが、炎は吸収して、何倍にも威力を上げて跳ね返してしまうんです。せっかく良い作戦を実行する絶好の機会を得たのに…残念です。そうですよね、命さま」

 

 「全く、その通りです」

 

 背後で声がして、極東風の少女が現れた。

 

 「さて、どうしましょうか。この方は捕らえてしまうのが良いか、殺めてしまうのが良いか」

 

 「放っておきましょう。一人くらい生き証人が居た方が、【テルクシノエ・ファミリア】の武勇を広めるためには役に立つものです。それより…見て下さい」

 

 リリは窓の外を指差した。本拠の豪華な館の尖塔が、砂浜の城が波に攫われていくように、呆気なく崩れていった。

 

 「あれもレヴィス殿ですか…。見事と言わざるを得ません」

 

 「あんな化物を従えることができただけで、ハムザさまが特別だって分かります」

 

 轟音と共に崩れ去った本拠の一画を白い目で眺めながら、ルアンは空笑いを響かせた。

 

 「はは……。あんたら、ぶっ飛んでるなぁ…でも」

 

 ルアンはゆらりと立ち上がった。「おいらにだって策はあるんだぜ」

 

 いつの間にか彼の右手には、スイッチが握られていた。「地獄で会おうぜっ!」

 

 スイッチを押しかけたルアンの右手を、高速の抜刀が斬り落とした。

 

 「っ…!?」

 

 血を撒き散らす右肩。目を見開いて硬直するルアンの前で、命は黒い刃を鞘にしまった。

 

 「自爆装置ですか?申し訳ございませんが、そうはさせません。さぁ、玉座の間に案内して頂きましょう」

 

 「嫌だと言ったら……?」恐る恐るルアンは命の目を見つめながらそう聞いた。代わりにリリが答える。

 

 「案内すれば、後で腕を治して差し上げましょう。案内しないのであれば、そちらの片腕は潰して進みます」

 

 床に転がった自分の片腕を眺め、ルアンはごくりと喉を鳴らした。

 

 「殺すって言われるより、ずっと効き目がある脅し文句だなぁ……。わかった、案内してやるよ。どうせおいら達はもうおしまいだ」

 

 

 『【アポロン・ファミリア】の本拠で大きな抗争が起きているようです!』 

 

 ギルド本部。

 

 真夜中の事件の対応に、エイナは追われていた。遅くまで残業をしていた彼女と、その他の夜勤職員の数名は突然の出来事に頭を抱え、ギルド長ロイマンの不在を嘆いていた。

 

 「はぁ…あの豚上司、いっつもいっつも定時に帰る上……緊急事態も全部私達に丸投げじゃない…」

 

 溜息と共にエイナは目を閉じた。ギルドには住人が次から次へとやって来て、抗争が起きていると大声で叫んだ。しかし、ただの平職員であるエイナにはどうすることも出来ない問題だった。ロイマンの指示がなければ抗争鎮圧のため他派閥に『任務(ミッション)』を依頼することも出来ない。だから次々とやってくる住人達に、エイナはこう告げるだけだった。

 

 「ファミリア間の抗争を即座に仲介したり処罰する権限は、ギルドにはありません。でも、抗争がもし街の治安に悪影響を及ぼすのであれば、ギルドはギルド長の命の元、各派閥に任務として協力を求めることが出来ます」

 

 しかし、そんなことを言われて住人が納得をする訳がない。同じように説明をした今も、寝間着姿の女性は不服そうに腕組みをして言った。

 

 「あら…館から瓦礫が飛んできて、私の家の屋根を突き破ってキッチンを粉々にしたんだけれど、それでも街の治安に悪影響がないって、本当に思っているの?」

 

 (もうやだぁ~…はやく起きて来なさいよ、馬鹿上司……)

 

 数刻前に使いがロイマンの家へ飛んでいったが、上司はまだやってこない。職員の少ない深夜のギルドは混乱を収めるにはあまりに人手が不足していた。

 

 その時、ロビーに武装した冒険者数名が息を切らせて飛び込んできた。

 

 「【テルクシノエ・ファミリア】だ!」

 

 男が叫んだ。その後を継ぐように、別の男が叫ぶ。

 

 「我々は【アポロン・ファミリア】だ!テルクシノエ一派が我々の本拠を急襲し、多大なる被害を出している!奴らはガネーシャ・ファミリアのハシャーナを殺害した犯人を匿っている、危険な集団だ!闇派閥(イヴィルス)かもしれないぞ!」

 

 ロビーがざわめいた。エイナは突然ある事を閃いた。

 

 どうするか対応に困っている同僚達を押しのけて、エイナは彼らの前に進み出て言った。

 

 「私、受付嬢のエイナ・チュールです。お話を伺いますので、応接間へどうぞ」

 

 彼らは焦燥感を隠しもせず、早足で応接間へと向かった。部屋の明かりをつけるや否や、一人が大声を出した。

 

 「女神テルクシノエの拘束を要求する!」

 

 「えぇっ…?」驚いたエイナに被せるように、男は言った。

 

 「犯罪者の隠匿に関与した罪で、女神テルクシノエを出頭させるべきだ!そしてただちに我々の本拠への攻撃を中止させ、尋問した後処罰するべきだ!」

 

 荒い身振り手振りの大男に気圧されながらも、エイナは背筋をぴんと張り、淑やかな受付嬢を保ち続けた。

 

 「生憎ですが、女神テルクシノエからは既に事情を伺っております」

 

 「なんだと!?」【アポロン・ファミリア】の一派は面食らったようだった。

 

 「ですから、彼女から既に伺っております。ハシャーナさん殺害に関与したと思われる人物を拘束し、尋問したと。その結果、その人物は無関係だったという結論に達したことを、ギルドは十分に説得力のある論拠として支持しています。つまり、女神テルクシノエはハシャーナ殺害の件とは無関係です」

 

 エルフの女性冒険者が机を叩き、勢いよく立ち上がった。

 

 「やはりお前達もグルか。恥を知れ!穢れたハーフエルフめ!」

 

 「それよりも、実はこちらも【アポロン・ファミリア】に伺いたいことがありました」

 

 エイナの口調には、苛立ちと不満の声色が混ざっている。

 

 「脱税、人身売買、虚偽申告。アポロン一派にはこれらの疑いがかけられていますよ。遅かれ早かれ、ギルドは貴方達を査察する予定でした」

 

 「な、何が言いたい……?」エルフの女の表情は硬くなり、発する言葉はぎこちない。

 

 「つまり…」口もとを覆ったり、目を逸らしたりしているアポロン一派に、エイナは畳みかけた。

 

 「取引を申し出ましょう。神アポロンが行ってきた犯罪の情報を提供するのであれば、身の安全を保障します」

 

 「馬鹿なっ!?我が太陽神様を売れというのか!」声を荒げるエルフに反し、落ち着いた口調で大男が言った。

 

 「俺は乗るぜ、その提案」

 

 「あぁ、俺も乗るよ。あの主神には嫌気が差していたところだ」

 

 「そんなっ!?」信じられない、とエルフの女性は目を見開いて同胞を見つめた。

 

 「どうして!?」

 

 「どうしてもこうしてもないさ」男は言った。「さっきの言葉、覚えてるだろ?あの神、俺達のことを何とも思っちゃいねぇ。俺は奴隷の調教に一生を捧げるために冒険者になったんじゃねぇ。頃合いだろう、俺は降りる」

 

 閉口するエルフの女性に、憐れみの目を向けてエイナは言った。

 

 「仮に貴方達の主神がこの抗争に生き残ろうと、ギルドの調査によって黒と判明すれば神アポロンはおしまいです。間違いなく追放の身となるでしょう」

 

 「そうだ。それに俺には、あの神がこの戦に勝つとは思えないな」男がはっきりと言った。

 

 「どっちに転んでも、俺達は終わりだ。それなら、この提案はむしろ有難い。身の安全を保証し、重い罪には問わない。そうだろ?ハーフエルフの受付嬢さん」

 

 「そうですね」エイナは満足気に笑った。「再就職も斡旋します。第二の人生が軌道にのるまで、ギルドは全力で貴方達をサポートしましょう」

 

 「…………」エルフの女性は考え込んでいたが、やがて頷いた。

 

 「分かった。飲もう。ただし、条件がある」

 

 「条件……?」エイナは彼女を見た。目が潤み、涙が頬を伝った。

 

 「絶対にあの神に厳罰を下してくれ!あいつは……私の体を道具のように扱った!何度も逃げたかったが…逃げた団員がどうなるかはよく知ってる。あいつは執念深く、裏切り者を許さない。だから……もし私達が裏切ったと知ったら、あいつは…。絶対に私を殺しに来る」

 

 「それなら…不安を取り除いてあげるわ。この件に関して、実は非公式だけど外部から協力を申し出てくれた人がいるの。その人の顔を見たら、きっと貴女も安心するわ」

 

 立ち上がり、エイナは応接間の奥へと続く扉をノックした。

 

 「入れ」

 

 凛とした女性の声が響いた。【アポロン・ファミリア】の団員達は互いに顔を見交わし、その声の主に興味を示す。

 

 「一体……誰が?」彼女は眉をひそめ、エイナに問う。「誰が私達の身の安全を保障する?」

 

 ふふ、と一呼吸置いて、エイナは言った。

 

 「リヴェリア・リヨス・アールヴ様よ。実はリヴェリア様が、ギルドを内密に支援してくれているの」

 

 扉の奥には、ソファーに腰を落とし、古めかしい書物をめくる王族の姿があった。彼女は翡翠色の目を向け、可憐な口を開いた。

 

 「善意の施しではあるが、無償の善意ではない。ギルドが所有している公共施設の一部の改築権利を得るため、個人的に協力することにした」

 

 「九魔姫(ナイン・ヘル)……【ロキ・ファミリア】の後ろ盾か…そりゃ、アポロン様も勝てない訳だ」

 

 妙に納得した様に頷く男に、リヴェリアは首を振った。

 

 「少し違うな。奴らの実力は奴らだけのものだ。私達が進んで協力を申し出た訳ではないからな。テルクシノエ一派の行動力が、私達を巻き込んでいった。お前達【アポロン・ファミリア】は、潜在能力の時点で負けているだけだ」

 

 「喧嘩を売る相手を間違えたのよ、神アポロンは」

 

 エイナの言葉に、【アポロン・ファミリア】の面々は重々しく俯き、口を塞いだ。 

 

 【アポロン・ファミリア】の本拠で暴虐を尽くしていたレヴィスだったが、次第に破壊する場所が少なくなっていき、自ずと最も造りが頑丈な中央部へと進んでいた。また、リリと命の二人組もルアンの案内の元に、同じ場所へと近づきつつあった。遅れて参戦したハムザは、血肉が散乱する館内を悠然と歩きながら、無目的に彷徨っていた。

 

 ハムザは地下を目指していた。と、いうのも、うっかり城の内部でレヴィスの巻き添えをくらうのを恐れたからだった。地下にいれば、少なくともさっきの塔みたいに崩壊してしまうこともない。それに、アポロンがそれらしい【玉座の間】にいると見せかけて、実は地下に籠っているという可能性だって、十分に考えられたからだ。

 

 頑丈な作りの木扉に、閂がかけられていた。ハムザは閂を抜き、扉を開いた。鎖に繋がれて項垂れる少年少女が、いっせいにこちらに目を向けた。

 

 「うおっ……」

 

 痩せこけた頬、痣だらけの肌。一目で彼らが奴隷として扱われていたことが分かった。彼らの拘束を剣で断ち切り、一人ずつ自由にしてやった。礼を言う奴もいれば、拘束を解いてもそのまま動けない奴もいた。とにかく、ハムザはあまり時間をかけないように雑に鎖を断ち切り続け、全員を解放してから言った。

 

 「アポロンはどこにいる?ぶっ殺してやるから、場所を教えろ」

 

 『『『玉座の間』』』

 

 大勢がそう答えた。元気のある奴隷を一人選び、ハムザは道案内をさせることにした。残りの奴隷には外に出るように伝えたが、彼らは恐れのためか動きたがらなかった。

 

 「ここに居たら崩落に巻き込まれるぞ!さっさと外へ出やがれ!」

 

 剣を抜き、追い立てるように叫ぶと、彼らはようやく腰を上げ始めた。そんな作業に十数分を費やしてから、ようやくハムザは奴隷の一人と共に【玉座の間】に向かって歩き始めていた。

 

 「お前は怖くないのか?」少年に問うと、彼はゆっくりと答えた。

 

 「……あの神が、あいつが…貴方に殺されるのが楽しみです。恐れはありません…」

 

 「俺が殺すのはヒュアキントスとかいう野郎だ。そいつをぶっ殺したら、主神がアポロンを殺しにやってくる」

 

 「同じことです。ヒュアキントスは、僕の弟を殺した」

 

 それ以上、ハムザは何も聞かないことにして、少年の道案内に従って館内を進んだ。程なくして、一段と豪華な彫刻が施された大扉の前に二人は辿り着いた。

 

 「なんだ、遅かったな」

 

 レヴィスが柱に背を持たれて腕組みをしていた。

 

 「本当です。随分待ちましたよ」リリが物陰から現れた。

 

 「…人質を解放していたのですね?流石です、ハムザ殿」

 

 命が一礼し、ハムザは少年に顎で帰るように指示を出した。彼は躊躇いを見せたが、冒険者に囲まれた自分を場違いだと恥じ、渋々踵を返して戻っていった。

 

 「万事、恙なしといったところだな?」

 

 「あぁ」拳を鳴らし、レヴィスが獰猛な笑みを作る。「ここの部屋の連中以外、皆殺しにした」

 

 「リリ達は一人だけ逃がしてやりました。今頃腕をくっつける為に治癒師を訪ねているでしょうね」

 

 「よろしい。俺も仕事をするか」扉に両手を当て、押し開く。

 

 天上の高い荘厳な部屋の奥に、玉座に座す男神アポロンの姿があった。

 

 「悲しき夜だ」

 

 大袈裟な所作で天を仰ぎ、ゆっくりと立ち上がるアポロン。

 

 「多くの子供を失った。私の長きに渡る活動の成果が、たった一夜にして失われてしまうとは。許されることではない」

 

 こちらへ歩み寄ってくる神に注意深く視線を注ぎつつも、ハムザは周囲の警戒を怠らなかった。

 

 (団長がいない…。小細工だな)

 

 アポロンに背を向け、上を見た。大扉の上に施されていた彫刻に身を隠していたヒュアキントスと目が合った。

 

 ぎょっとしたヒュアキントスが、リリを目掛けて剣を突き立て、飛び降りた。

 

 「太陽に血を捧げよっ!」

 

 跳躍し、抜刀。ヒュアキントスの両手を狙い、剣を振った。

 

 確実に腕を捉えた筈だったが、ヒュアキントスは素早い反応で剣を受け、弾いた。

 

 二人は同時に着地し、お互い自分の剣に目を落とした。

 

 ハムザの『宝剣アルマス』は、真っ黒い刃に刃こぼれ一つなかった。だが、ヒュアキントスの『太陽の波状剣(フランベルジュ)』は刃の一部が凍り付いていた。

 

 「馬鹿な……」

 

 僅か一瞬、ヒュアキントスが剣の状態に気を取られている隙に、ハムザは斬りかかった。

 

 「ぐっ……!?」

 

 ヒュアキントスは再び剣で受けた。しかし、凍り付いていた箇所を狙ったハムザの斬撃により、『太陽の波状剣(フランベルジュ)』は呆気なく折れた。砕け散った剣に、アポロンは閉口する。だが、まだ戦意を失っていないヒュアキントスは折れた剣を捨て、ハムザ目掛けて飛び掛かった。

 

 リリ、命が目で彼を追った。レヴィスがつまらなそうに目を閉じた。

 

 狙いを定めて剣を運ぶハムザ。だが、ヒュアキントスは直前で身を屈め、大きく跳躍し、ハムザを飛び越えて空中で一回転してからアポロンの傍へ戻った。

 

 「逃げるな、馬鹿」

 

 「【——我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】」

 

 詠唱を開始したヒュアキントスを、ハムザは面白そうに眺めた。

 

 「魔法でどうにかなると思ってるのか?」

 

 「【——我が名は罪、風の悋気。一陣の風をこの身に呼ぶ】!」

 

 無駄なことを、と吐き捨て、『宝剣アルマス』を掲げた。

 

 「【放つ火輪の一投。———来たれ、西方の風】!」

 

 どんな魔法だろうと、打ち落としてやる。ハムザは次の攻撃に備えた。

 

 ヒュアキントスの魔力が一点に集約し、魔法が完成する。

 

 「【———アロ・ゼフュロス】!!」 

 

 輝く大円盤が、振り下ろされた右腕と共にハムザ目掛けて驀進した。

 

 円盤を迎え撃ち、ハムザが剣を振り下ろした瞬間———。

 

 「【火華(ルべレ)】」

 

 円盤の光が極限まで膨張し、剣を振り下ろすハムザごと爆発で包み込む。爆風が【玉座の間】を縦横無尽に駆け巡り、リリが、命が、アポロンが吹き飛ばされて壁にぶつかった。だが、レヴィスは腕組みしたまま仁王立ちしていた上、爆発の中心地にいたハムザも、傷一つなくそこに佇んでいた。

 

 「…何だ、何だその小さな爆発は、ヒュアキントス!もっとまじめにやれ!」

 

 アポロンの怒号を受け、固まる驚愕に顔を染めるヒュアキントス。微細な氷の結晶が、ぱらぱらとハムザの眼前で舞い散る。

 

 「火華(ルべレ)が……凍った…だと?い、いつもなら」

 

 美男子ヒュアキントスは、しどろもどろになった。「いつもなら…も、もっと爆発するのに…」

 

 「他に奥の手はあるか?まだ見せてない魔法があるなら、使っておけ」

 

 「ありえん…俺はLv.3だ!何故、どうしてLv.2のお前の方が強いのだ!?説明がつかないではないか!!」

 

 「知るか、そんなこと。じゃあ、次は俺の番だ」

 

 右手を上げて魔法を詠唱しようとしたハムザの前に、アポロンが跪いた。

 

 「ま、待て!私達の負けでいい!資産は受け渡す!追放の身になっても構わん!だが、命だけは勘弁してくれ!」

 

 う~ん、と迷うハムザ。その時、大扉が開かれ、主神テルクシノエが【玉座の間】に足を踏み入れた。

 

 「——やぁ。お揃いじゃな、馬と鹿とが」

 

 「テルクシノエ……ムーサの一柱」

 

 アポロンは顔を上げ、哀願するように言った。

 

 「どうか…どうか助けてくれ。お前達を恨んだのは間違いだった。許せ、許すのだ……」

 

 全員の目を一身に受けたテルクシノエは、誇らし気に眷属達を見渡してから、言った。

 

 「許す訳ない。百回殺してやる。額縁の恨み。死ね。その男を殺すのじゃ、ハムザ!」

 

 「と、いうことだ。悪いな」

 

 ヒュアキントスはハムザの剣で心臓を貫かれ、息絶えた。アポロンは両手で顔を覆い、泣き崩れた。

 

 テルクシノエは男神の目の前で、硝子の破片を握りしめていた。彼女の白い掌から、鮮血が滴り落ちる。それでもなお、彼女は破片をきつく握りしめ続けた。

 

 「これが何だか分かるか?」

 

 太陽の神に問う、芸術の神。ハムザは、それが額縁の硝子の破片だと一目で分かった。一番鋭い部分を、わざわざこの神は持ってきたのだ。それで復讐を果たすために。

 

 「お前達が壊した、私の宝物だ!」

 

 テルクシノエは握りしめた破片を振りかざし、アポロンの首筋に目掛けて振り下ろした。

 

 「…死んで侘びろ!」

 

 アポロンの首に硝子の破片が突き刺さり、どさりと床に崩れ落ちた時、天空から光の柱が降り注ぎ、館の屋根を貫いて、アポロンの身を包んだ。

 

 神が死を免れるために発動する、神力アルカナム。アポロンは地上での禁忌を犯したことにより、自動的に天界へと送還されていった。

 

 光の柱を上っていく神の身体を眺めながら、テルクシノエは未だに憎しみの籠った目つきを保ちつつ、呟いた。

 

 「喧嘩を売る相手を間違えたな……阿呆のアポロンめ」

 

 

 「アポロン・ファミリアが壊滅した?」

 

 翌朝、眠そうな目で出勤してきたロイマンは、そのように報告を受けて目を丸くした。

 

 「一体何が起きたんだ、おい、チュール!」

 

 「……言葉の通りです、ギルド長。昨晩さんざん使いを出したのに、どうして出社して下さらなかったのですか?私はお陰で眠れませんでした」

 

 「あ、あぁ。そのことか。いや、実は…うむ、まぁ良い。丸く収めたのだな?」

 

 「丸く収めるどころか、エイナはアポロン一派と取引して、犯罪の証拠をつかんでますよー、ロイマン所長」

 

 同僚のミィシャに褒められても、徹夜明けのエイナの表情は冴えない。だが、ロイマンは感心したようだった。

 

 「ふむ…それなら、テルクシノエ様達の昨晩の行動は、悪辣な犯罪者集団アポロン一派を粛正するため、ということで声明を出そう」

 

 「その準備も出来てます、所長」羊皮紙をミィシャから手渡されたロイマンは、ほほう、と再び関心の声を漏らした。

 

 『脱税、人身売買を行ったかどにより、【アポロン・ファミリア】はギルドの査察を近日中に受ける予定だった。しかし、奇しくもアポロン一派から戦争遊戯を申し込まれていた【テルクシノエ・ファミリア】がその噂を聞きつけ、アポロン一派を急襲。捕縛されていた不幸な境遇の少年少女達を解放し、神アポロンは女神テルクシノエにより天界へ転送された』

 

 『当ギルドは【テルクシノエ・ファミリア】の迅速かつ勇敢な行動を評価し、オラリオの治安を乱していたアポロン一派を壊滅させたことに対し、五千万ヴァリスの報奨金を支払うことを提案。しかし、女神テルクシノエはこれを辞退した。女神曰く、報奨金は被害を受けた不幸な住人達へ渡して欲しい、とのことだった』

 

 「なるほど、なるほど。よろしい。この五千万の出所はもちろん……」

 

 「――【アポロン・ファミリア】から押収した財産です」エイナが答えた。

 

 「けっこう、けっこう。私はこれから女神テルクシノエに謁見を求めにいく。この文書は複製して各掲示板に貼りだしておけ。よくやった、チュール」

 

 ●

 

 「アポロンの本拠が壊滅したっていう噂、本当みたいニャ。シルが早朝見に行ったら、瓦礫の山になっていたらしいニャ」

 

 『豊穣の女主人』では、朝から仕込みに入っていた給仕の少女達が、丁度噂話に興じ始めていた。

 

 「抗争なんて、珍しいわねぇ。しかし、戦争遊戯を吹っ掛けてきたアポロンを、強襲して崩壊させるなんて、テルクシノエ様もあぁ見えて武闘派ね」

 

 猫人のクロエは尻尾を揺らし、のんびりと子牛のスープをかき混ぜながら欠伸をかいた。

 

 「ハムザは無事だったのニャ?」ちらっ、とシルを見やるアーニャ。リューが聞き耳を立てながら厨房の奥から顔をのぞかせた。

 

 「それがねぇ……」言うべきかどうか悩んだシルだったが、やがて息を吐いてから言った。

 

 「捕虜の女の子を捕まえたって言って、喜んでました。私が様子を見に行ったら、朝からお楽しみだったの。心配して損しちゃった…」

 

 「あの変態らしいニャ。それにしても、どうやってヒュアキントスを倒したのか、未だに謎だニャ」

 

 「ハムザさんは、私よりも強い」リューが皆に背中を向けて、じゃがいもの皮を剥きながら言った。

 

 「ヒュアキントス程度では、勝負にもならなかったでしょう。本気を出したあの人が、【ロキ・ファミリア】の幹部を数人纏めて戦闘不能にしたという話を、本人から伺いました」

 

 「嘘に決まってるニャ。信じるリューの頭がおかしいニャ」アーニャはあり得ないと否定する。

 

 「もし本当にそんなことをやってのけてたのなら、ミャーの処女はハムザに捧げるニャ」

 

 「言いましたね」リューはじゃがいもの皮を剥く手を止め、アーニャを射すくめた。

 

 「今度【ロキ・ファミリア】がここへ来たら、私が聞いてみましょう。本当だったら、アーニャ。その時は分かってますね?」

 

 「おーおー!受けて立つニャ!あんな変態冒険者の法螺話なんて、嘘に決まってるニャ!もし嘘だったら、リューがあいつに処女を捧げるニャ!」

 

 ぐっ、と怯むリュー。

 

 「ふざけてないで、さっさと仕込みを終わらせましょう。ミア母さんが来るまでに仕上がってなかったら、貴方達の処女なんて関係ないくらいひどいことになるんだから」

 

 クロエに促され、少女達は仕事に戻っていった。

 

 (なんだか……どんどん先に進んで行っちゃうなぁ、ハムザ君。もう私なんか、振り向いてもくれないのかな……)

 

 唇を尖らせながら、シルはにんにくを潰し続けた。

 

 

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