こばやしさんちのめいどらごん 作:書いてる人
ちょっとだけえっちいかな…
これも1話完結で
休日のある日。
ソファに座り、携帯をいじっていた。
「小林さんコーヒーいりません?」
「んー、ほしい」
「はーい、今作りますね」
食器のカチャカチャという音がして、しばらくするとコポコポと音が。ちらっとトールの方を見るとコーヒーにお湯を注いでいた。馴染んでるなぁ。
そのうちコーヒーの香りが漂ってきて、はぁと一つため息をついた。
「ど、どうしました?」
「え?なにが?」
「いえ、今ため息しませんでした?」
「ああ、いや、コーヒーの香り好きだなぁってちょっと、こう、深呼吸?を」
「へぇ、香り好きなんですか?」
「うーん、勿論そうなんだけど、なんかリラックスできるよね」
コーヒーの香りはリラックス効果があると聞くが、本当だと思う。私はコーヒーの香りが好きだ。
するとトールが、ピーンと何かわかった顔をした。
「なるほど!」
「え?」
「私が小林さんの香りを嗅ぐのと一緒ですね!」
「一緒にしないでもらいたい…」
というか私の香りはリラックス効果があるのか。
「…………」
興味本位に自分の腕を嗅いでみた。
すんすんと嗅いで、洗剤のいい香りしかしないなぁというわかりきっていた感想しか浮かばなかった。
私の香り、ってどんなもんだろ。
「え、小林さん何してるんです?」
「えっ?!いや、ちょっと匂いを、」
恥ずかしくなって嗅いでいた腕をぴゃっと下げた。
トールは私のすぐ隣に座ってコーヒーを渡して来た。熱いからと一旦机に置かれたコーヒー。湯気が出たのを見て、確かに熱そうだなと思う。
置かれたコーヒーを手にとって口にした。
じわりとコーヒーの程よい苦さが伝わり、香りが広がる。
一口、二口、と少しづつ飲む。
ゆっくり時間が流れているみたいで、こういうときの時間も空気も好きだ。
「ん、おいしい」
視線を逸らしたまま、そう言って、トールに反応が無いことに気がつく。いつもならハートが可視化できるくらい喜んだりするのに。
チラリと横目でトールを見た。
「っ、?!」
トールと目が合ってびくりと固まる。
トールの、とても簡単に表現してしまえば、宝石の様なその目が、熱を帯びて今にも溶けそうな程ゆらめていて、それが静かにじっと見つめてきていた。
一瞬息を飲んだ。
とても綺麗だと思った。
人間、綺麗なもの、好きなものはじっと見つめていたいと思うものだと、私はそう思っている。
そして一瞬、私はその欲求に飲まれ、たった数秒だがトールの揺れる瞳を見つめた。
「こ、小林さん、」
言葉に、びくりと揺れ、慌ててトールから少し身を引いた。手に持ったコーヒーのカップが異様に熱い。
トールから焦って目を逸らして挙動不審になる。
「と、トールどうした?」
「あの、」
「ん?」
「抱きしめていいですか」
「えっ」
コーヒーを持つ手が少し震えた。
何がきっかけでそんな事を。
今の流れでそんな事を思うような何かがあったのかと思考を巡らすが、相手はドラゴン、というかトール。多分突拍子も無い事を考えたに違いなく、私に分かるわけがなかった。
「コーヒー持ってるし、」
「置いてくださいよ」
じりじりとトールが迫って来ていることに気づく。コーヒーを持ったままではろくな移動もできず、後ろに徐々に倒れこんでいってしまうだけで、距離が出来ない。コーヒー置きたくても置けないじゃないか。
「ど、どうしてそんな急に、」
「え、急、?」
「きゅ、急だけど、」
というかいつも突拍子すぎる。
意外そうな顔をして迫ってくるのを止めるトール。
「あの、いつでも小林さんを抱きしめたいと思ってますよ私」
「あ、そう…」
トールは小さく心外ですという表情をして、そう宣った。
自分も自分で、まぁ、トールならそうなのかもしれないと思い、その時点でどうなのかと自分に問いたくなった。
小さく、小林さんと捻り出すような声が聞こえてびくりと震える。
「ちょ、トール、」
絶対抱きしめるだけじゃ無いだろこれ!!
じりりと近づいたトールが、私を逃がさないと言わんばかりに、両手で逃げ場を塞ぐ。
ソファの上でコーヒーを両手で持ったまま、ついに寝転ぶ。
これ、押し倒されてるようなもんじゃないか。
コーヒーカップの底ととろーんと熱い瞳をしたトールという滅多に見ない景色が広がる。いや、トールのこんな感じは何度かあったようにも思うけど。
「おい、トー、ル?!」
本当に制止しなければと強く言葉を言おうとして、
ばふっ!
胸の下あたりにトールが顔を埋めて来た。ちょっと振動が来てグフっと口から漏れる。
「な、なにを、」
コーヒーを両手で上手く支えながら、トールを見る。
「小林さんの匂い……」
へへへととろけた顔で顔をスリスリと擦っているトール。
ちょっとホッとしてため息が。
なんだ、嗅ぎたかっただけなのか。勘違いするような顔をしないでほしい。
「ちょっとトール、コーヒー置かせてよ……」
「…………」
天井を見上げたまま、また一つため息。少し瞳を閉じたら、トールの重みが消えてやっとどくきになったかと、目を開いてはてなが浮かんだ。
「何してるのトール」
ずずずずと私が持ったコーヒーを飲んでいた。
突拍子過ぎるッッッ!
「おま、私の!」
「ふふーんふふふ!ふふふ!」
「何言ってんだ!」
だいぶ軽くなったコーヒーカップ。全部飲んだのかこいつ!いや正確には飲んでないのか?多分口の中にある。
というか何したいんだよ!
コーヒーの入っているのかどうかよくわからなくなったコップをトールが取った。両手から温もりが離れる。
「ちょ、本当にトールって、?!」
いつにも増して突然過ぎるだろ、と言おとして言えなかった。
「ッ、」
目を見開きすぎて痛かった。
トールが視界を塞ぐ、どころか口まで塞いでいた。勿論トールの口で。
理解が追いつかない、びっくりして肩を押して突き飛ばそうとしたがトールはびくりともしなかった。私と同じような細い体をしていても、ドラゴンなのだと強く思った。
トールに強く抱きしめられ、トールの体の暑さや柔らかさが全て伝わる。
グリグリと柔らかいトールの唇が押し付けられてきて、私の口を開こうとしているのがわかった。硬く口を結び、声にならない声をあげて反抗する。
「んんーー!!」
閉じていたトールの目がパチリと開いて目が合う。
びくりと固まり、油断する。
瞬間、口の中にぬるりととても熱いものが滑り込みびくりと震え、広がった味に手足が硬く強張った。
苦いっ!!
コーヒーの味だ。
コーヒーが口の中に入って来ている。
広がるコーヒーの味とともに侵入したトールの舌が、ぬろぬろと口の中で動いた。押し出そうとしてもトールの舌と擦り合わさるばかりで何もならない。
何もならないどころか、ぬちゅぬちゅと聞いたこともないような音が口内で響き、頭全体に振動が甘く伝わる。
苦いもの、それが甘く伝わり、初めての感触、トールの時折見える宝石のような目、
情報過多。
一気に酸素が足りなくなる。
「ふ、ぁ、ッ!」
一瞬トールが離れ、思わず出た自分の聞いたことのない声に羞恥で血が沸騰するかと思った。
離れるなら離れるで何か言えよ!と思ったが色々とツッコミがおかしいし、たった一度の呼吸ではまともに酸素は取り込めない。思考が酷く鈍る。
ッ、苦しっ、
じわりと視界が滲んで、頭が白くぼーっとしてくる。
抵抗しようにも、こうなるともうだめだ。
トールの理性は飛んでいるようだし、人間の私がドラゴンを突き飛ばすことは出来ない。
苦い味が薄まってきて、抵抗する力もなくなった時、ゆっくりとトールが離れた。
とろりと糸が引いてくのが見えて、えろいと馬鹿みたいに思って、そこまでは良かった。離れてしまうのか、と、そう思った事に酷く動揺した。
ぐったりとしたまま、ぼんやりした頭で滲む視界の先に、トールが、酷く苦しそうに笑うのが見えた気がして、どうしてそんな顔をと、言おうとして言えなかった。
重だるく熱を持った体は動かず、短く空気を取り込むと私はぷっつり意識をなくした。
「トールはクビになりたいの?」
「すいませんでした」
トールは正座し、ぽろぽろ涙をこぼして謝った。
私はとても怒っている。本気で怒っている。
「本当なら無視して喋らないところだけど……、またこんなことがあったらたまらない」
「は、はい……」
「なんで、あ、あんなことしたのか言ってみろ」
「ウウウ、ムラっとしてぇ」
なんつー理由だ。殴りたい。
「なんでムラっとするんだよ……」
「う、だって…、」
「だって何」
「こ、小林さんが私の真似して匂い嗅いでたのがなんか、なんかきちゃって……」
「〜〜っ」
なんでそんな事でと呆れて物が言えない。
「そ、それに、コーヒーの香りが好きだって、」
「え?うん?」
どういうことかよくわからない。コーヒーがなんなんだ。
「トールの匂いは嫌いですか……」
「え、えぇ…………」
何、もしや、コーヒーの香りに嫉妬したとか言わんだろうな…。
「トールの匂いが好きだなんて言ってくれた事ないのに…」
「……はぁ、コーヒーに嫉妬するなよ……」
「だ、だったらトールの匂いどうですか好きですか?!」
「あああ近い近い近い!!」
立ち上がりグリグリ近づいてきたトールをやめろと抵抗する。
というか。
「あのさトール」
「はい?」
「私ドラゴンじゃないんだから、トールの香り、って言われても私と同じだなー、としか思えないんだけど」
「へ」
涙と鼻水を垂らしてきょとんとするトール。
「シャンプーとかさ一緒だし、同じ家に居るわけだし……」
「……小林さんと同じ匂い……」
「…………、」
一瞬ぽかんとしたトールが、頬を緩めた。
「えへ」
「ちょろゴン過ぎるだろ」
はぁ、とため息。
そんな馬鹿みたいなやりとりをして居るとガチャン!と玄関が開く音がした。
「あ、カンナ帰ってきましたね」
「うん」
ずびっと鼻をすすったトールがそう言う。思わず笑ってしまった。なんて顔してんだ。
「え、なんで笑ってるんです小林さん」
「いや、ふっ、なんでもない」
なぜかツボにきた。ドラゴン鼻水出るんだ。
「ただいま」
「あ、おかえり」
「お腹すいた」
カンナちゃんがきて、まぁトールはもう今日みたいな事はしてこないみたいだし、いいかと許す…っていうのもなんかなぁ。……忘れる努力をしよう。クビになってもおかしくないんだぞトールと心の中で呟いた。
はぁ……お腹すいた。
時計をみると時刻は5時半だ。
「あ、カンナ今からすぐご飯作るんで待ってくださいね」
「ん、……?!」
カンナちゃんがトールの顔をガン見してるのに気づいてまた吹きそうになった。トールの泣き顔はあまり見たことがないのかもしれない。
「と、トールさま、顔……、あと、小林なんで笑ってる……」
「い、いやちょっと、フッ」
トールも変な顔をして、さっきから笑ってるんですよ、なんででしょうねと元凶が首を傾げた。
「小林さんコーヒー飲みます?」
「んー」
「入れますねー」
「ん?!」
「え?!飲みません?」
「あーいや、うん、飲む……」
今日は早めにお風呂に入って、まだ眠たくなく時間も早い。一杯くらいいいか……、といつもなら思っていた。
……。なんか、ちょっと思うところがあるんだが、まぁコーヒーの香り問題は無くなったわけだし、いいのか。
カンナちゃんも居るし。
ぽちぽちテレビのチャンネルを回しながらトールの入れるコーヒーを待つ。
「出来ましたよー、カンナはミルクですよ」
「ありがとトールさま」
「どういたしまして」
ことりと前に置かれたコーヒー。
いい香りだ。
チラリと横目でトールを見て、トールと目が合った。
察してかプルプルと首を横に振ってバッテンを両腕で表すポーズをとる。
顔にクビは嫌だと書いてあるかのようだ。
「……トールさま?なにしてる……」
「な、なんでもないですよカンナ」
「……そう」
視線を外してコーヒーを手に取る。
トールももう少し自制がいるよなぁと思った。
口元で漂うコーヒーの湯気。びくりと変な感覚に戸惑う。なんだこれ、と思うがよくわからず、なんで飲まないのかと不審がられるのもあれだし、気のせいか、と、勢いで口をつけた。
ず、とゆっくり一口。
「ッ、」
コーヒーの苦みが広がると同時に、カッと熱が上がるように感じた。
トールの舌の感触が生々しく響く感覚、熱、トールの顔、
記憶が引き出されて、グラグラと頭の中が揺れた。
「小林さん?」
「うぇっ?!」
「ど、どうしました……」
「い、いや、なんでもない…」
まだ口に残るコーヒーに、弊害が残っていることを認識する。
これは。
「……、小林さん?」
これは、これからは私がやばいかもしれない。
熱くなった体の熱が冷めず、のんきな顔のちょろゴンを見てそう思った。
私は……、
コーヒーを飲むたびにきっと……。
我慢、できるだろうか……。