※この作品はR-18です。

二人のバレンタイン   作:bui

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イチャイチャバレンタイン

そう言えば・・・。

 

ふと隣に並んだ友人の顔を見て思い出した。

 

「お前さ、去年のバレンタインに菓子作ってたよな?」

 

紫煙をふうと吐き出しながら言うと、隣からヒュっと勢いよく息を吸う音に続いて激しく咳き込む声が聞こえた。

 

おいおい体調悪いんだったらタバコはやめろ、なんて・・・、まあそんな話じゃないんだろうけどな(笑)

 

「な、な、なんでお前それ知ってんだ!?」

 

暴れ熊さんが真っ赤に茹ったタコさんになってるなあ・・・。

 

「なんでって・・・。」

 

スマホを操作して古いシヤメを見せると、ゆでだこさんは青クラゲさんになった。

 

それは去年『嫁に削除しろって迫られているから退避させてくれ』と、件の少年誌の編集長から送られてきたもので、かわいくラッピングされた茶色いカップケーキが、にっこり笑った桐嶋さんの頬にぺたりと張り付いている自撮り写真だった。

 

「浮世の義理」

 

そう、本当にそれ以上でも以下でもない。

 

しかしその後も親友の呆けた寝顔などバンバン送られてくるので何とも居たたまれなくなり、もし小野寺が見たら嫉妬でやばいだろうと考えて、その後は丁寧にお断りしている。

 

なので最近は矛先が小野寺に向かっているようで、小野寺のスマホは桐嶋さんのクラウドと化しているらしい。

 

 

嫁チェック厳しすぎだろ?

まあそれも一つのプレイなのかもしれないけどな・・・。

 

「っで、あれって難しい?」

 

まだ何か言いたそうな横澤を無視して話を進めると

 

「本の通りに作っただけだ。」

 

とそっけない答えが返ってきた。

 

 

言ってることは分かる。本の通りにな・・・。

 

だけどさ、例えばだよ、素人がいきなり『ひたひたの水』とか『一つまみの塩』とか言われて、おたおたしないと思うか?

 

ひたひたってなんだ?オカルトか?水がピトンピトンと垂れる音しか連想できないぞ?

 

一つまみって誰の一つまみだ?大人か?女か?指は一本か二本か?

 

な、わかりにくいだろ?

 

 

素人はな、そこでわらわらしてしまって、しなくてもいいアレンジをしでかしちまうんだ。

 

 

「エメラルドは今月号で手作り特集やってただろ?」

 

「あれはだめだ。担当が小野寺で、あいつさ、監修の料理研究家先生の美味い完成品何個も食ってる。」

 

勘のいい横澤は俺の言わんとしていることにさっさと気づいたようで「ああ。どうせそんなことだと思った。」と眉間の皺を深くした。

 

「しかもこそこそすると、あいつが勘付いたときにぐるぐるしやがるから、サプライズもだめだ。堂々と目の前で作ってやりたいんだけどさ・・・。」

 

「おろおろしたくねーのな?」

 

「ま、そうだな。」

 

「見栄っ張りめ!」

 

「何とでも言え。」

 

横澤がこつんと踵で俺の脛を蹴った。

 

「素人でも分かりやすくて、見た目もそれなりに可愛くてさ、ついでに失敗しなさそうなやつがいいんだけど?」

 

「注文の多いやつだな!」

 

「ほざけ、俺は失敗は許されないんだよ。」

 

横澤は眉間の皺を少し伸ばして目をちょっとだけ丸くした。

 

本音が漏れたのも気づかれたな・・・。

 

「ま。そんなに頑張らなくても小野寺は幻滅しないと思うけど、とりあえず去年のレシピ、あとでメールしておく。」

 

「解説もつけてな。」

 

「調子にのんな。菓子は俺だって素人なんだ。」

 

「お礼に機を織りましょう。」

 

顎に人差し指を当てて首をかしげると、せっかく伸びていた眉間の皺がまた深くなった。

 

「最近桐嶋さんから小野寺に頻繁にメールが届いてるみたいだぞ。」

 

「は?!」

 

「俺は中身は知らないけどなんでも写メールばっかりだってさ。」

 

「はぁ!」

 

小野寺もどうしたらいいか困ってるみたいだったから丁度いい。横澤の写真送られてもうなされるだけだろうからな。

 

横澤がグリグリと煙草の火を灰皿に押し付けて消し、今度は本当の赤ぐまさんになった。

 

ずかずかと足音も荒く喫煙所を出る瞬間「お前ほかに写メ持ってないだろうな。」とキッと睨まれた。

 

おお、怖・・・。

 

首をすくめてその背を見送りながらこんな話ができるようになってよかったと、少しだけ桐嶋さんに感謝をしたのだった。

 

 

 

 

 

▽

 

何を作るんですか?

 

食事が済み、洗い終えた食器を棚に片づけている横で、ごそごそとやり始めた俺に小野寺がそう聞いた。

 

「バレンタインのチョコケーキ。」

 

そう答えると目をまん丸にして小野寺が驚いていた。

 

お前リアクション芸人になれるんじゃね?表情筋が豊かすぎだろう。

 

 

 

「俺、負けたのに・・・。」

 

まあ、あの勝負で責め苦に喘ぎながら負けでいいって言ったのは小野寺だった。ハンデもあったのにっつうか、そもそも途中から何が何だか分からなくなってどっちがどうって感じでもなかったけどな(笑)

 

まあいずれにしてもネコがタチに勝とうってのがむりだろ?そんな目で見るなよ・・・。

 

ホント馬鹿で可愛いお前・・・、そろそろそのへん分かれよ。

 

 

 

「だってお前欲しかったんだろ?バレンタインチョコ。」

 

喜ぶかなって思ったんだけど、なぜか小野寺はきゅっと口を真一文字に結んで少しだけ目を伏せた。

 

長いまつげが顔に影を落とす。これは何か言いたいけど言えない時の顔だ。

 

それは往々にして、己の弱かったり穢かったりする隠しておきたい負の感情を知られたくないからという場合が多い。

 

そしてこいつはこうなるとちょっと面倒だ。

 

 

「なに?」

 

調理台の品物を並べていた手を止めて、小野寺の方を向いて聞くけど「いえ、別に・・・。」とやっぱり話そうとはしない。

 

お前は本当に馬鹿だ。いつだって俺はおまえの弱さも汚さも狡さも全部欲しいのに。でもそんなお前もまたかわいい。

 

 

 

皿を食器棚に片づけるためにくるりと背を向けたその後ろから、おんぶをせがむように覆いかぶさると小野寺は少しバランスを崩して奇しくも俺にもたれかかるような格好になった。

 

「なに?」

 

また同じ問いを繰り返す俺に、しかし小野寺は何も言わない。

 

顔を覗き込むように下げると小野寺はすっと唇を寄せた。

 

これは初めての切り返しだ。キスーつでなし崩しにするつもりか?

 

 

「ごまかさない。」

 

そういって口を手で押さえると、小野寺は今度はひどく傷ついた顔をした。

 

これにはちょっとやられた・・・。そう、反則続きで少しうろたえる自分がいる。

 

良くも悪くもストレートな小野寺にしてはずいぶん狡猾な手を思えたもんだ。

 

それぐらい言いたいくないことなのだろうか?それでもふうとため息を一つつくと、揺れていた気持ちが定まったようで、「じゃあそんなに簡単になかった事にしないでください。俺は俺なりにちゃんと挑んだんですから・・・。」と寂しそうに言った。

 

ああそうだな。お前はいつだって一生懸命だ。

 

確かにそれを勝手にしたことは不愉快だろう。小野寺がもやもやするのもわからなくもない。

 

「俺、確かに高野さんより人として弱くてダメかもしれないけど、いつかは一人前になるって思ってるんで・・・。そんな些細なことでって高野さんは思うかもしれないけど・・・。」

 

これはぐっとくるな。

 

俺は俺なりに虚勢を張って全速力でお前から逃げ続けている。お前はそんな俺を必死で追いかけてくる。

 

俺たちは永遠に決着のつかない追いかけっこを続けていくのだろうか・・・。

 

追いかけられる方だって大変だけど追う方もモチベーションを保つのに苦労するのだろう。些細なことで小野寺がムキになるもの仕方がないことなんだろう。

 

 

 

「ごめん律・・・。」

 

いろいろな思いを込めて名を呼ぶと、いつもは甘く柔らかい唇がブルっと動いて「急に名前で呼ばないでください・・・。」とぼそぼそと抗議の言葉を吐く。

 

冬になって少し乾燥をしがちのそのマシュマロのような唇は、エリカ様からもらったマキシマイザーのおかげでプルプルなのに。

 

「キスも拒否ったくせに・・・。」つぶやく言葉は少しだけ胸に刺さった。

 

ごまかしのテクニックとか勝手に勘ぐったけど、本当にキスをしたかっただけだったのだろうか?

 

言いたくない気持ちがあったことは確かだろうけど、それを消化するためにも甘えたかったのかもしれない。

 

 

小野寺がグイグイと身をよじって逃げようとするので抱え込んだ腕に力を込めて、さらに首にチュッとキスをするとヒヤっと声を上げ、厚手のトレーナーの中につるりと手を差し入れると冷たかったのかビクリと身体を跳ねらせた。

 

抱え込まれていて逃げようがないことは分かっているからか、小野寺は先ほどよりはジタバタしないのに「しませんよ。」と言葉だけは冷たい。

 

 

やっぱり怒ってる?

 

小野寺の頬に手を当てて目をまっすぐ見て「勝負とか関係なくて、律の喜ぶ顔が見たくてチョコあげようと思ったんだけど。」と言うと、小野寺はまた口を真一文字に結ぶ。

 

「怖い顔してる」と言って、ほっぺたをクニクニと引っ張ると、少しだけ頬が緩んでパチリと瞬きをしたのち翡翠の目がクリンと俺を見すえた。

 

 

「高野さんの目はチョコレートの色ですね。俺はこれがあればほかのチョコはいりません。」

 

小野寺の腕が俺の腰に回り、そのまま背をさすりあげる。身体がツンっと押されて、少しだけあった小野寺との隙間がゼロになった。

 

「目を瞑らないで・・・。」

 

頬から顔が近づき小野寺の唇が俺の口の端に触れる。

 

そのまま頬ずりするように唇でさすりあげ、俺の目じりにたどり着き、瞼に、眉間にと唇が動いて、やがて力尽きたようにこてっと俺の肩に頭ごと預けるようにもたれかかった。

 

「勝負は勝負です。今年のバレンタインは俺から高野さんにチョコを差し上げますからその材料は俺にください。」

 

とりあえず気持ちの解決策が出たようだ。時間をおいてもおかなくてもだめなんだよな、小野寺は。

 

丁度いいって感じが難しい。本当に面倒で可愛い。

 

 

 

「一人で作れる?」

 

「お手伝いしてくれてもいいですよ。」

 

小野寺が俺から身体を離して調理台の前に移動した。

 

ちょっと名残惜しいけど俺ももう一度引き寄せることはせずに調理台の小野寺の隣に立って、先ほどの続きとばかりに材料をもう一度並べることにした。

 

 

 

 

「今度は俺が桐嶋さんに写メを送ってやりますから。」

 

と小野寺が息を荒く言うのがおかしかった。

 

俺たちはきっといつまでもこんな風にやってくんだろう。全力で逃げるし全力で追いかける。そう永遠に終わらない追いかけっこを続けながら・・・。

 

 

 

 

 

ハッピーバレンタイン♪

 

二人で作る菓子はきっと最高に違いない。

 

 

 

 

本当におしまい。

 

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