「我はマーズファルド。貴様と同じ最強にして無敵の魔王の片割れだ!」
俺は魔族の少女が言ったことが理解できない。マーズファルド、その名は誰もが聞いたことがある。もはや神話レベルの強さを誇ったという魔族だ。だが、その魔王はすでに討ち滅ぼされてい。
仮に魔族の新たなる魔王として君臨するためにその名を使っているとしても俺だけをピンポイントで狙ってくる訳が分からない。
(俺の実力を知って殺しに来た?いや、それはないはずだ)
タクトは未だ魔族に警戒されるほどの魔法を使ってはない。
ならば淫魔法のことがばれたのか?それこそありえない。
淫魔法はタクトの人生を左右しうる重大な情報だ。使うときは最大の注意を払っている。
「何を不思議そうにしている?貴様は自分の体がどの位置にあるか分からないと思っているのか?」
(自分の体?いや、こいつはさっき俺のこともマーズファルドの片割れだって……)
頭が混乱して思考がまとまらなくなる一方で、魔族の子の攻撃を食い止めている障壁はどんどんと壊されていっている。
「ふむ、貴様は記憶を一切持っていないようじゃな」
「記憶?何の事を言ってるんだ!何で俺を狙う!!」
「ふふ、どうせ貴様はもうすぐ消える。なにも知らずとも変わらないだろう」
その子の俺を捉える目が妖しく光り、その口元には歓喜に歪んだ笑みが浮かべられている。
そして、パリィィィンとガラスが割れるような甲高い響きと共に障壁が破られ、俺を刈り取る拳が間近に迫る。
「くっそぉぉぁぉぉぉぉ」
俺は死を覚悟し、最後の最後で放った魔法は防御魔法でもなんでもなく、淫魔法だった。
こんなときにまで、いや、こんなときだからこそ子孫を残そうという本能が働いてしまったのだろう。
「ひゃう!?」
だが、それが功を奏した。魔族の少女は奇声を上げ、俺を殺すはずだった拳は空を切り、そのまま俺の胸へ倒れかかるように納まる。
「こにょ、ひきょうりゃろ……はぁ、しぇいしぇいどうどうたたかえ!」
マーズファルドを名乗る少女、仮称マーズは呂律が回っておらず、俺の胸に叩き付けられる拳もポコポコと赤子が駄々をこねるときにする程度しか力が入っていない。
そしてらマーズの体は仄かに赤く染まり、汗ばんでいて、目はトロンと蕩けたものになっている。明らかに発情している。
(……もしかしてこの子、魔法耐性がめちゃくちゃ低い!?)
精神介入系の魔法は成功することはまずない。それは魔法の才能がない一般の子供も相手でもだ。それは精神介入系の魔法を防ぐ力は魔法耐性の精神力乗されるからだ。
少しでも魔法耐性があり、一般人くらいの精神力が有ればまず介入は不可能になる。つまりその手の攻撃を成功させようと思ったら、タクトのように力業でごり押すか、相手の精神力がよほど弱くなければならない。
マーズはタクトをを殺そうとして来たくらいだ、それほど精神力が弱いはずがない。となるとマーズの魔法耐性が低いとしか考えられない。
(どっちでも良いか、とにかくこの状況は俺にとって有利だ)
精神介入し放題だとすればマーズに殺される心配もなくなる。
俺は即座に催眠系の魔法をマーズに掛ける。
「……我、は……一つに…………」
マーズは最後まで抗っていたが、最後は事切れたように脱力して深い眠りにつく。
俺はふーと一息つく。全身から力が抜け、鼓動が暴走する。
結界の影響かこんな爆音がしても誰も騒ぎ出さない。この分だと結界の外も騒ぎにはなってないだろう。まぁ、結果として俺の事がバレる恐れがなくて良いんだが。
「とりあえず、こいつが何で俺を殺しに来たか知らないとな」
いつまでも眠らしている訳にもいかない。俺は眠っているマーズの精神に入り込み全てを読み取っていく。
(なんだ、この量の知識は?)
マーズの頭の中にあるのは政治、統制、軍事知識に戦略、後は武術の知識といったものばかりで、到底一人の覚えている量とは思えない。
(他に記憶はないのか?)
知識だけ見てもマーズが俺を殺しに来た理由は分からない。やはりもっと奥底に行かなければならないらしい。
『フハハハハハ、我を討ち滅ぼすとは見事だ人間、神々!だが我は滅びぬ。幾度でも甦り、この世を手中に収めてやる!!』
マーズの記憶から、マーズのものではない男の記憶が表れる。その男は死に際だというのに不遜で、力強くて、どこまでも子供っぽかった。
その男の記憶が暗転しようやくマーズの記憶にたどり着く。
『ふむ、どうやら復活は不完全だったか。
その言葉を聞いて俺はマーズの正体を理解する。
マーズは紛れもなく最強の魔王マーズファルドそのものだ。かつて討ち滅ぼされたマーズファルドの転生体なのだ。
(なら俺の正体も…………)
マーズは俺の事を自分と同じマーズファルドの片割れだと言った。そしてマーズの記憶にあること、武器がマーズファルドのもつ物理的な力で、知恵が先程見たマーズの知識、記憶がマーズファルドの記憶だとする。ならば受け継いでいない盾と魔法、性の知識は?
盾が俺のもつ防御力、魔法が俺の魔法の知識と魔力、そして性に関する知識だとすれば全てが揃うことになる。
(俺がマーズファルドの半身……)
普通ならありえないと一笑に伏せる話だ。だが、マーズの記憶が俺の事を片割れだと認識している事が全てを物語っている。
もしかしたらマーズが勝手に思い込んでいるだけでは?という希望も薄い。精神に入り込んでいるだけにこの記憶が本当だと分かってしまうのだ。
瞬間、タクトの中に言い様のない不安と恐怖が満ちる。
(俺はローズの兄で、リリィの弟だ、マーズみたいに転生してないはず)
自分は本当に二人の兄弟なのか?そもそも人間なのか?自分自身が分からなくなる。
「とりあえず、ソフィーさんにその事を聞かないと……」
白昼夢を見ているような感覚のなか、事実を確認するためにソフィーの元へ向かう。
勿論マーズには強力な催眠魔法を掛けた上、即興ではない正真正銘最強の結界を張りマーズを隔離する。
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「あら?タクちゃん、どうしたのこんな夜更けに。もしかして誘い来てくれたのかしら?」
ソフィーさんの使っている部屋に入ると、ソフィーさんはまだ眠っていなかったようで、俺の事を歓迎してくれる。
だが、タクトは明るいソフィーとは違い陰鬱とした雰囲気に包まれている。
「何かあった?」
タクトの様子に気付き、心配そうに声をかけてくる。
「なあ、ソフィーさん、俺って本当にローズたちの家族なのかな?」
直球な質問にソフィーさんは首をかしげ、意味を理解した瞬間に一瞬だけ戸惑いを見せる。
「どうして分かったのかは知らないけど、その通りよ。タクト君は元々捨て子でローズちゃんやリリィちゃんと血は繋がってないの」
やはりそうだったか、と納得する。マーズには両親の記憶はなかった。おそらく親無しで生まれてきたのだろう。そして俺も……
目の前が暗くなり血の気が引き、一気に体温が下がって行く。
「タクト君。驚くかもしれないけど、気にすることはないのよ。私とリリィちゃんたちが血が繋がってないからって家族じゃないと思う?」
ソフィーさんが優しく諭すように話しかけてくる。
「私はそうは思わない。私とリリィちゃんたちは立派な家族、タクト君も同じたよ」
そう言ってくれるが、問題はそこじゃない。血が繋がっていないだけならここまでの衝撃は受けなかっただろう。しかし、問題は俺がマーズファルドの半身だということだ。
淫魔法を使えるだけならまだ良い。しかし、俺がマーズファルドだと知ったら回りの反応はどうだろう?まず間違いなく距離を取り敵意を向けてくるだろう。
「タクト君、もしかして君の親が分かったとか?それも言いにくい人だったのかしら?」
ソフィーさんの鋭さが今は煩わしく感じてしまう。それほど心に余裕が無いのだ。
「例えタクト君が何者であったとしても構わないと思うんだけど」
「じゃあ、俺が魔族だと言っても?」
半ば自暴自棄になりながら、もう戻れない言葉を言い放つ。
「ええ、構わないわ」
「え?」
ついきょとんとしてしまう。魔族なんて忌み嫌われるものだ。それなのにソフィーさんは一切の間を開けずに頷くなんて。
「きっと他の子も同じだと思うわよ♪」
そう言いながら可愛らしくウィンクをしてくる。そして、その後に続いた言葉は俺に光を与えるものだった。
「タクちゃんが怖いのは回りの反応じゃなくて、身近な人からの反応なんでしょ。もし望む結果にならないようなら強引に変えちゃえば良いじゃない」
その言葉は俺に纏わり付いていた全てを払拭してくれる。
その通りだ。自分は自分の女を自分の好みに調教している。もし自分の望まぬものなら、自分が望むようになるまで調教し続ければ良い。今さら恐れる必要もない。
自分はこれまで通りにすれば良いのだ。自分の秘密を知られないように振るまい、気に入った女がいれば強引に自分のものにする。
「悩み事は無くなったみたいね♪」
「ありがとうございます」
「いいのよ、それにお礼ならまた、別の方法でお願いね」
和ますような事を言ってくれるソフィーさんを残しマーズを隔離している自室に戻る。
マーズは俺を殺そうとしているし放ってはおけない。それに月明かりだけだったが、マーズはかなりの美少女だった。それは俺の目に敵うくらいの…………
ならばやることはひとつだけだ。俺は隔離されて眠っているマーズの元には近寄る。
その顔には久しく見ていなかった悪人面が浮かんでいた。