夜の時間が長く、天候も悪天候が多い魔界では日の光を浴びることはほとんどない。
そんな環境に最も適応した進化を遂げたのは不死者と吸血鬼だろう。
この二つの種族は闇が深ければ深いほど強大な力を得ることができ、簡単に殺すことはできない。
しかし、その代償に祓魔の力に対しては他の魔族と比べてはるかに弱くなっている。
力の無い者は太陽の光を浴びるだけで灰となり、力がある者でも本来の実力は発揮できなくなる。
だが、この二つの種族はそれすらも克服するために進化を続けている。
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かつて魔王マーズファルドが居城としたインジェンス城の中庭に、ヒュンッ、ヒュンッと鋭い風切り音が響く。
音の中心には素振りを行い一人鍛練に勤しむ吸血鬼姫アナスタシアの姿があった。
「こんな天気なのに精が出るね~」
「はぁ……はぁ……はぁ……エレーナ殿ですか」
そんな中、間延びした声と共に蒼白い肌を持つエレーナが近寄ってきたので、アナスタシアは素振りを中断する。
「アナスタシアちゃんはちょっと無理しすぎなんじゃないかな」
そう言ってエレーナは少し傾きかけた太陽を眩しそうに見る。
今日は珍しく魔界に日の光が射しているのだ。
当然、祓魔の力を持つ太陽の光は吸血鬼であるアナスタシアを蝕む。
「確かに少し疲労たまってるかもしれませんね」
アナスタシアは肩で息をして、夥しい量の汗を滴らせている。端から見ても消耗しているのは明らかだ。
それでも無理をしていると言わないのは、アナスタシアの性格ゆえか。
「強くなりたいのは分かるけど、自分の限界を見極めるのも大切なことだよ」
エレーナがそう諭すように言いながら日傘を差し出すと、アナスタシアは少し躊躇ったものの素直に受け取り、小陰に移動して休息をとる。
「エレーナ殿はやはり平気なのですね」
アナスタシアは呼吸が整ったところで太陽の光を平然と受けているエレーナに話しかける。
不死者の王であるネクロマンサーとはいえど、太陽の光を浴びてなんともない事はない。
しかし、エレーナは不死者の進化の最終形態と言っていい存在だ。
祓魔の力に対して桁外れの耐性を持ち、寿命もなく、殺すことは不可能に近い。
「結構不便なのよこの体」
エレーナは羨望の目で見てくるアナスタシアに少し顔をしかめながら応える。
永遠を生きれるが故に生まれる不都合も少なくないのだ。
「だとしても、私の目標はそこなのですから」
アナスタシアはエレーナの苦しみを理解している。だが、苦しむ事を分かっていてもそこに辿り着こうとしているのだ。
「それは一族の悲願だからかな?それとも……マーズファルドちゃんの力になりたいからかな?」
「も、もちろん一族の悲願故です」
「ほんとかな~?」
エレーナがからかうように問い詰めると、アナスタシアは声を上擦らせながらも毅然とした表情で答える。
しかし、エレーナがニヤニヤとしながら見つめると、アナスタシアは赤面して顔を逸らす。
「それはともかく、アナスタシアちゃんはどれくらい力を取り戻戻してるの?」
「先達の2割りほどです」
「そっか~大変だね」
一通りアナスタシアをからかって満足したエレーナは普通の話題に切り替える。
軽い質問だが、その質問に対してアナスタシアは渋い顔を見せる。
アナスタシアはただの吸血王ではない。吸血王の中でも頂点に君臨する"真祖"や"吸血鬼の進化の原点"などと呼ばれる存在なのだ。
真祖は通常の吸血鬼の5倍の寿命と尋常ではない成長速度を持つ。
例え死したとしても、真祖の力は新たに誕生した真祖に引き継がれる。
そして得た力を吸血によって分け与え、吸血鬼を進化させていくのだ。
「私はもっと強くならなくては」
「そうだな。貴様には我のためにも更に力を付けてもらわねば」
アナスタシアが決心を新たにすると、エレーナではない第三者の声が中庭に響く。
声自体はかわいらしいものだが、そこに含まれる圧力は他者を強制的に跪かせる重みがあった。
声の主は世界最強の強者マーズファルドの片割れマーズだ。
アナスタシアはすぐさまマーズに頭を垂れる。
「アナスタシアよ、久方ぶりに貴様の実力を我直々に見てやろう」
マーズはアナスタシアの反応を当たり前のように流しながら高圧的に言う。
アナスタシアの頬に汗が伝う。
アナスタシアがマーズの配下になったのは最近の事だ。マーズは真祖として吸血鬼達を率いていたアナスタシアの前にぶらりと現れ、圧倒的な力を持ってアナスタシア達を完膚なきまでに叩き潰した。
その際、アナスタシアはマーズに一太刀与えるどころか動きを見切ることすらできなかった。
その時の光景を思い起こして、アナスタシアはぶるりと身震いする。
今もマーズの相手を出来るとは思わないが、少なくともあの頃よりは力を付けている。
それを示すためアナスタシアはゆっくりと構える。
結果は前回と変わらず、アナスタシアが一方的に打ちのめされた。
防御すらできず、ボールのように地面を何度もバウンドして城壁まで吹っ飛ばされる。
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「んっ······んん」
アナスタシアは節々に走る鈍痛に苛まれながらも瓦礫の山から這い出る。
日はもう沈み、辺りは闇に包まれ始めていた。
どうやら少しの間気を失っていたようだ。
「ひとまず傷を癒さなくては」
本来なら血を摂取するのが望ましいのだが、生憎この周辺にはアナスタシアの傷を直すに足る生物は生息していない。
仕方なく魔法で治療する。
「しかし、マーズファルド様は凄まじいな」
普通ならこの程度の傷は何もしなくても瞬時に治癒する。
しかし、マーズが与えたダメージは治癒に時間のかかる体の芯に蓄積されていた。
アナスタシアも決して弱い訳ではない。むしろ現状でも魔界でトップクラスの実力を持っている。
だが、エレーナやアカーハのような独りで数国と渡り合える正真正銘の化け物は確かに存在する。
そんな化け物の中でも頂点に君臨しているマーズの強大さには畏敬の念しか抱けない。
「たが、やはりこの程度ではマーズファルド様のお役に立てないか」
先ほどエレーナにからかわれた際は恥ずかしさから誤魔化したが、アナスタシアがより強い力を望むのは一族の悲願よりも、再び世界を手中に納めんとするマーズに助力したいからだ。
確かに真祖として力を得るのは一族の悲願だ。
しかし、アナスタシアはそんな事のために力を得るつもりはない。
真祖は血筋に関係なく生まれる。むろん吸血王の血筋に生まれやすいが、ただの吸血鬼からも生まれることがある。
アナスタシアは後者から生まれた真祖だ。
ただの吸血鬼から生まれた者が王となる。吸血王達からしたら面白くない話だ。
当然表面上は平伏しているが、腹の内では疎ましく思われていた。
そんなやつらにに力を分け与える気など起きない。
そもそも吸血鬼にとって吸血は食事以外に重要な意味を持つ。
それは伴侶としてだったり、配下としてだったりと関係は異なるが、生涯を共にする契約。
軽々しくして良いものではないのだ。アナスタシア自身もそう考えている。
(私が吸血をするとしたら、マーズファルド様だけだろう······いや、それは不遜すぎるか。寧ろマーズファルド様に吸血していただきたい)
実際は吸血鬼でないものに吸血されても契約は結ばれないのだが、それでも重大な意味は持つ。
アナスタシアはマーズのことを憧憬している。それこそ奴隷としてでも側に置いて欲しいと思うほどに。
可憐な姿でありながら凛々しく、世界を我が物とせん不遜さ。
実際にそれを可能にする強大無比な実力。
マーズこそアナスタシアが理想とする存在だ。
『アナスタシアちゃんはマーズファルドちゃんにぞっこんなんだ♪』
そこまで考えて、昔エレーナに言われた言葉が過る。
確かにアナスタシアはマーズファルドに心酔しているというよりマーズに心酔していると言った方が正しい。
その証拠にマーズファルドの片割れであるタクトには魅力を感じなかった。
(いやいやいやいや!!私もマーズファルド様も女なんだぞ!)
アナスタシアは否定するが、なぜか関係ないストーリーが浮かんでくる。
──恋に不慣れな一人の女騎士がいる。
彼女は今まで比類なき力で頂点にいた。
──そんな彼女の前に現れる気高き女。
女騎士はその女に敗れる。そして、その女に騎士として使えたいと思う。
──女騎士は女の兵としてすべての生涯を打ち破り、次第に女も女騎士の事を意識し出す。
──そして互いに惹かれ合い、誰からも認められないのを承知で禁断の愛を育む。
ここまで妄想してアナスタシアは慌てて頭を振った。
一体何を考えてるんだ私は!?
だが、その妄想をしていると胸のドキドキが止まらない。
それにその二人はやけに自分とマーズファルド様に似ていた。
そんなバカな。いやでも、もしかすると?
否定しては或いはと思う。そんな堂々巡りを繰り返している間、アナスタシアは赤くなったり、ワタワタと挙動不審な行動を取り続けた。
ちなみに、その様子を見ていたエレーナが「若いわね~」と微笑ましそうにしていた。
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(や、やり過ぎた······)
あの後、雑念を払うためにひたすら素振りをしたせいでいつも以上にヘトヘトになってしまった。
自室に戻ると、強烈な睡魔に襲われる。
できればこのまま惰眠を貪りたいところだが、まだやるべき事がある。
真祖は先代の力は受け継ぐが、知識までは受け継がない。
その対抗策として真祖のみが閲覧できる魔導書が作られたのだが、真祖ごとに付け足しで書かれているので、脈略が無かったり、途中で途切れていたり、前の真祖の知識を否定したりと読みにくいことこの上ない。
アナスタシア自身は真祖の役目を果たさない気ではいるが、吸血鬼を滅ぼすつもりもないので、次世代の真祖のためにこれを解読して要約、別の魔導書に書き直していた。
『卿お止めください······』
『ダメだもはやこの思いは止められぬ』
『あっ、ダメ──んんっ!?』
『もうそなたを離さぬ。我のものになれ』
「──はっ!?」
眠気のせいか無意識におかしな物語を書き綴ってしまっていた。
慌てて修正し、続きを書こうとするが、手につかない。
仕方なく魔導書を片付けて別の魔導書を取り出す。
真祖の魔導書よりも厳重にロックが掛けてあるそれは、雑念を抑えるためにポエムやら恋愛小説やらを書き込んである創作ノートだ。
「アナスタシア様、お食事をお持ちしました」
「ひゃぁわぁ!?」
突然声をかけられてアナスタシアは奇声を上げて椅子から跳び跳ねる。
魔導書を机の引き出しに仕舞い込むのとラストが部屋の扉を開けるのは同時だった。
「どうかなさいましたか?」
「な、何でもない!!」
「??」
部屋に入ってきたラストはキョトンとしながらも食事を運んでくる。
この城の家事全般はメイドであるラストが担当している。もちろん給仕もその一つだ。
ラストは何も言わなくても腹が減ったタイミングで食事を運んできてくれる。
しかし、今日はラストの他に食事を運んでくる者がいた。
「貴様はマーズファルド様の片割れの」
「どうも、ローズって言います」
その人間はペコリと頭を下げてくる。ここに来た当初は私たちに怯えていたが、今はそんな様子はない。
だが、別にそんな事はどうだっていい。人間など私たちからすれば路傍の意思のような存在。気にすることはない。
問題はそんな人間がラストと共に給仕をしている事だ。
「私たちラストさんにお世話になってばかりですから、せめてお手伝い位はしなきゃと思って」
いぶかしむ私の目付きに気づいたのか、人間が律儀に説明してくる。
そういえば、マーズファルド様の片割れと共に来た人間共の世話係はラスト殿に任されていたな。
「ラスト殿は気にならないのか?」
「わたくしは元々淫魔ですから」
淫魔は種族を問わず雄の精気を貪る。彼女に種族の壁は存在しない。とはいえ、人間などを側に置くとは。
「話してみたら案外いい子ですよ」
「まぁラスト殿がそれでいいなら私は何も言わないが」
ラストの考えにやや釈然としないまま運ばれてきた食事に目を移す。
出汁の入った鍋に添えられている貝類、皿の模様が見えるくらい薄く切られた魚類が花びらのような形で盛り付けられ、他にも小さな鉢や変わった形の皿等に一口量の料理が盛られている。
どれも見たことのないものばかりだ。
「人間界の島国に伝わる料理です」
「人間界の料理ということは······まさか人間界の食材を使っているのか?」
「もちろんです」
その言葉を聞いてアナスタシアは顔をしかめる。
アナスタシアは人間の事を気にも留めていないが、それはあくまで、存在が下過ぎるからだ。
そんな下等種の食材を食べるなど考えられない。
「わたくしもローズに作って貰いましたが、なかなか美味しかったですよ。それに、新しい経験は色々と役に立ちますよ」
「うぐっ」
なぜかラストの言葉が創作ノートと事を指しているように感じてアナスタシアはドキリとする。
しかもラストはノートをしまった机の方をちらりと見ている。
もしかしてラスト殿は私の秘密を知っていて、私に料理を食べないとその秘密をバラすと暗に脅迫しているのか!?
(いや、ラスト殿はそんな性格ではない。それにラスト殿の言う通り新たな経験は悪くない)
その経験が何に使われるのかは深く考えずにアナスタシアは料理を口にする。
人間界の料理だというのに恐ろしく好みの味だった。
この辺りはラスト殿が調整したのだろうが、味の根本は変わっていない筈だ。
「悪くはないな」
「それは恐縮です」
表面的な態度は崩さないが、料理を食べる手は止まらない。
あっという間に全て食べきってしまう。
最後にいつも食後に飲んでいる紅茶を口にする。
これだけはいつも通り。だが、匂いに違和感がある。味も極上のモノなのに不快感がする。
しかし、アナスタシアは人間の料理を食べたせいかと軽く流して紅茶を全て飲み干す。
「なん、だ」
異変は直ぐ現れた。体が火照り、鼓動が速くなる。甘い疼きと痺れで立っていることすらままならず、アナスタシアは悶えながら床に両膝をつく。
一体何をした
そう問い詰めようにも口から漏れるのは甘い呻き声だけ。
「先ほどの紅茶にはタクト様秘蔵の媚薬を混ぜてあります。流石に原液では壊れてしまうのでかなり薄めてありますが」
タクト、確かにマーズファルド様の片割れがそんな名前を名乗っていた。
そこまで思い起こして一つの答えを導く。
「き、さま······マーズファルド様を······裏切るっ、気か」
「わたくしはマーズファルド様を裏切る気はありませんよ。これからもマーズファルド様に仕えるつもりです」
いけしゃあしゃあと言う淫魔に今にも飛びかかりそうな勢いで睨み付ける。
これが裏切りでなくて何だと言うのだ。
「貴方も直ぐにタクト様の考えが分かります。そして、それが最良だという事も」
うっすらと笑みを浮かべる淫魔の目は穏やかなもので、それがかえって不気味に見えた。
エロ入れたら長くなるので分けました。
次回はたっぷりエロ入れますんで