凛は白い浴衣を着込み、帯を締めながらゆっくりと歩いて来た。
「勝手ながら、今の話聞かせて頂きました」
「誠に失礼ございません」
内藤と吉川は深く頭を下げる。
「吉川さん、貴方・・・あと数年で還暦ですよね、そろそろ次の人生の為に新しい仕事でも始めたらどうですか?」
「え・・・?どう言う事でしょうか?」
「貴方の様な人材は不要と言う事です。今直ぐに辞表にサインをしてください」
凛は辞職届けの紙を広げて吉川に突きつける。
「そ・・・そんな、彼は先代から、この屋敷の一任を任された方ですよ、お嬢様の両親も一目置いている方を、無理矢理辞めさせるのは、いくら何でもあまりにも酷すぎます」
内藤が慌てて凛を止めに掛かる。
「彼はそれに値する発言をしました。あたしが見込んだ人が目に余る様な発言をしたのです。あたしは彼の発言に対して辞職させ得ない行為と判断いたします」
それを聞いた吉川が深く比礼し凛の前で頭を床に付ける。
「申し訳ありません口が滑りました。どうかお許しください」
「一度口から出た・・・と言う事は、今後も同じ発言をする可能性はあります。断じて認める事は致しません」
「彼がお辞めになったら、彼のポストはどうなるのですか?彼のような屋敷の中枢を担う人材があるとは思えません」
「その辺は父や母と相談いたします。いずれ見合う人材は出てくるでしょう」
そう言って凛はコンピュータールームから出ようとする。
「吉川さん、何時まで地面に頭を乗せているのですか?早く帰宅準備をしなさい。ここは既に貴方の様な方がいる場所では無いです。家にに帰って草刈りでもしていなさい」
後方で吉川が悔し涙を流して居るのを見ながら凛が部屋を出ようとした時に、前方に竜也の姿があった。竜也はじっと凛と内藤、吉川を見ていた。
「どうしましたか?」
「ごめん・・・話聞いちゃった」
「構いません、彼には相応の罰を与えたまでです」
「彼は・・・屋敷の事を思って発言したまでの事だと思うよ。だって・・・何らかの受賞歴があるわけでも無く、優れた功績も無いフリーターを受け入れるなんて、やはり大きな屋敷を支えている側としては不安だよ。まして名も知らぬ人物が、いきなり自分達の頭になるなんて誰だって同じ気持ちだと思う。彼の考えは正しいじゃないかな?」
「ですが・・・貴方はあたしが認めた人、貴方はあたしが身を捧げるに相応しい人と認めた方です。あたしの目に狂い等はありません」
「でも・・・彼は、この屋敷に必要な人でしょう、どうしても辞めさせるなら僕が出て行こう。それがこの家の為だと思う」
その言葉に凛は驚いた表情をした。
「なりません、貴方が居なくなるのはあたしは嫌です。どうか・・・お願い出て行かないでください」
「でも・・・彼の罪は許さないのでしょう」
「貴方が出て行くなら、あたしは貴方に付いて行きます」
「お嬢様、お気を確かに、貴女はまだ未成年の身、それに我が鮎川家には大切な御息女です。勝手に出て行く事は断じてなりませぬ」
内藤が激しく説得する。
悔やんだ凛は、無言で吉川の前まで行き、辞表の紙を丸めて、ゴミ箱へと投げ捨てる。
「吉川さん・・・この度の件は大目に見ます。しかし今後屋敷内で貴方が村石さんの事を批判・・・及び不快にさせる発言があった・・・と、屋敷内で囁かれた場合は即刻辞職させます。肝に銘じてください。あと・・・屋敷で働く者達にも伝え置いてください。村石竜也氏に対して、批判と思われる発言や陰口を言う者は誰であろうと、屋敷の勤務を即解雇させると・・・伝える様に」
「あ・・・ありがとうございます。不詳吉川、お嬢様の見込んだ者には誠意を尽くす所存で行きます」
「お嬢様のご報告、お伝え致します」
吉川が涙目で深く礼をして、隣にいる内藤が頭を下げる。
凛は再び竜也の前へ行き涙目で彼を見た。
「貴方がいなくなるのが・・・あたしには一番辛い事です。お願いですから・・・その様な発言は二度と言わないでください」
出会ってから何かと強気な態度を示して来た凛が、この時初めて悲しそうな顔を竜也の前で見せた。
「分った・・・もう言いません」
それを聞いた凛は微笑みながら竜也の腕を掴んで部屋を出て行く。
「貴方の利用する部屋を案内します」
それを見ていた内藤と吉川はジッと彼等の様子を見ていた。
「お嬢様は・・・完全に彼の虜になっているみたいですな・・・」
「本当ですね・・・今まであの様な振る舞い見た事ありませんね」
吉川と内藤は少し呆気に取られた様な表情で見ていた。
研究所に向かった沙耶は近くの駐車場に車に停車するよう運転手に指示する。
車を停車させた時、運転手が隣の車を見て呟く。
「隣に良い車が止まっていますね」
そう言われて沙耶が隣を見て気付く。研究所の柳沢が、昨日自分達を乗せた車とは違う黒塗りの高級セダンの車だった。
「昨日は・・・あんな車は無かったわね」
沙耶が車から降りる時、目の前を3人の黒いスーツを着込んだ背丈の大きい男性が研究所から出て来るのを見た。
彼等は沙耶が乗って来た車の横に停めてていた車へと乗り込む。
(あの人達が乗って来た車だったのね・・・何者かしら?)
沙耶は一握りの不安を感じさせながら研究所へと向かう。
研究所に入り柳沢と会い、ティッシュに採った竜也の体液を袋に入れた状態のを、沙耶は柳沢に渡した。
「採取してくれてありがとう」
受け取った柳沢は、受け取りながら例を言う。その時・・・沙耶一人しかいない事に気付く
「彼は何処にいるのだね?」
沙耶は溜息交じりに答える。
「今朝外出したきり、帰って来ていません・・・」
「それはまた・・・何処へ行ったかは?」
「市役所と実印取りに行くと言った見たいですが・・・待っていても戻らないので、私が先生にこれだけ渡しに来ました」
「そうなのか・・・」
「竜也さんが、誰に連れて行かれたのか分りませんが・・・可能性として、ある女性宅にいると思われるのですが・・・」
「それは・・・?」
「鮎川家です」
それを聞いて柳沢は驚いた。
「また・・・とんでも無い家に行きおったの」
「ご存じでしたか」
「鮎川家は・・・政府運営に力を貸している家で、君の鬼頭家とは異なり、家に無断で近付く者を排除させる事さえやりかねない家だ。その為、組織的な物が屋敷には出来上がっている、屋敷にいる人もその分野でエリートの様な人達が大勢いるとも言われている」
「そうだったの・・・そんな事は聞いた事が無かったわ・・・」
凛に近付くのも難しい上に・・・屋敷にも不用意に近付けない・・・、完全にお手上げの状態だった。
「彼が屋敷から出て捕まえるしか手は無さそうだな・・・」
「それですが・・・一つ私に提案があります」
「ほお・・・それは?」
「昨日、こちらに置いてあった彼のスマホ・・・ありますか?」
「ああ・・・まだ置いてあるが・・・何か?」
~中学校・・・
休憩時間中、川谷美穂はムスッとした表情で考え事をしていた。彼女の仲良しだった友達も近寄りがたい雰囲気で少し離れた位置で美穂を見ていた。
「せっかく退院して来たのに、最近ずっとあんな感じだよね?」
「何があったのかしら・・・?」
友達が見ている中、一人の男子生徒が美穂に近付いて来た。
「川谷さん、今日・・・君が日直当番でしょ?早く黒板消さないと次の授業始まるよ」
「消しますよ」
苛立ちながら美穂は、席から立って黒板を消す。
適当に消して席に戻ろうとした時、男子生徒に
「もう少ししっかり消してよ」
そう言われると・・・美穂はカッとなって、黒板消しを男子生徒に投げつけて
「じゃあ、貴方が消しなさいよ!」
と、苛立った様子で席に戻る。
その様子を見ていた女子達が
「あれは相当重傷ね」
と、小声で呟くが・・・その声を聞いた美穂が女子生徒に睨み付ける。
その時、学校に隠し持って来ている美穂のスマホの着信が入るのに気付く。着信は村石竜也と表示されていた。
美穂は急いでスマホを持って教室を飛び出して屋上へと行く。
「もしもし・・・竜也さん?」
嬉しそうに電話を出た美穂だったが・・・表情が一変した。
「誰よ・・・貴女。え・・・?」
美穂は電話相手と話をした。話が終わると彼女は教室へと戻り授業を受ける。
その日・・・一日の授業が終了して下校時刻、彼女は学校の門で誰かを待っていた。
しばらくして、再び村石竜也名の着信が入る。
「もしもし・・・」
「何処にいますか?」
「校門前ですが・・・」
そう言うと、校門前に見慣れない車が近付き、車内から男性と自分と同じくらいの女子が乗っていた。
「どうぞ、乗って下さい」
「あ・・・はい」
美穂は車の後部座席に乗る。