蔦で拘束されたまま荷台の縁に寄りかかって、操作モードのドッペルゲンガーで火を点けたタバコを本体に咥えさせる。
それを吸い終えても、ミリアとフランは俺をシカトして2人だけでおしゃべりに興じたままだ。
「ったく、朝から何遍も謝ってんのによ」
ドッペルゲンガーの操作に意識を集中する。
そろそろ、昼時だろうか。
朝からいろいろと試しているのだが、ドッペルゲンガーはその視界が映し出されたウィンドウを見ながら『こう動け』と思うだけで、二極化前の玩具で今は兵器であるラジコンのように操作できる。
そうでなければオートモードにすればもう1人の勝手に歩き回り、その視界をウィンドウに映し出すのだそうだ。
なのでこうして本体をほとんど動かさずドッペルゲンガーの操作に集中すると、ドッペルゲンガーを自分のように操れる。
視界もウィンドウではなくこの目に映るように切り替えも可能だし、ラジコンのように動かしているのに、物に触れた感触などもあるのだ。
「よっこいしょっと」
御者席の後ろにドッペルゲンガーをしゃがませ、並んで座る2人の肩に手を回す。
フランは完全にシカトで、ミリアはドッペルゲンガーの手の甲を結構な力で抓り上げた。
「いてて。なあ、もう許してくれっての。そろそろドッペルゲンガーで、本体しか召喚できねえ後装式単発銃を使えるか試してえし。夕暮れには先生の住む、マールとかって街に到着すんだろ?」
「ミリアも災難よねえ。お漏らしまでしながらイッたのに、それから朝までアヘらされて」
「な、なによ。結局フランだってお漏らししながらイキまくって、カズヤに精液のおねだりまでしてたじゃない」
「問題は、それをしたのが本体の3分の1の能力しかないはずのドッペルゲンガーって事よ。これだから落ち人は」
「とりあえず俺は銃の試しをするから、その落ち人ってヤツから説明してくれって。2人があまりにいい女だから、俺も抑えが利かなかったんだ。次からは気をつけっから、な?」
そう言ってから2人の額の横辺りにキスを落とす。
別にそれが理由ではないだろうが、しぶしぶといった感じで手綱を握っていないフランが落ち人とやらの説明をしてくれた。
本体で後装式単発銃のライフルを召喚し、それが床を叩く前にドッペルゲンガーでキャッチ。
ドッペルゲンガーの召喚中は本体のHPMPが3分の2に減った状態になってしまうので、それで本体の仕事は終わりだ。
ドッペルゲンガーのMPは50で、後装式単発銃を召喚できはしない。
それでも後装式単発銃の弾は補給要請画面にあるので、出せる限界の10発を召喚した。
「やっぱ蝶番式か。まあ、これが最も事故が少なかったって座学教官が言ってたしな」
落ち人そのものではなく、この世界の歴史から話し始めているフランを何か言いたげなミリアが見たが、特に止められなかったのでドッペルゲンガーを幌が上げられっぱなしの荷台後部へと歩かせる。
フランの話は、本体で聞けばいい。
ドッペルゲンガーに意識を集中していても、それくらいはできる。
「撃つぞ。この武器は、大きな音がするんだ。ビックリして御者席から落ちねえでくれ」
「知ってるわよ。どうぞ」
「へえ。その辺りに、2人が俺を危険視する理由がありそうだな」
「そんなのは別に。あのデカマラと絶倫具合に比べたら些事よ」
「そうかい」
馬車が歩むのは、俺がシチュー・ラビットを狩っていたあの高原よりも倍以上背の高い草が生い茂る平原の石畳だ。
その草原にポツポツとある、子供の身長ほどの高さの貧弱な木に銃口を向ける。
立射。
手にする銃は違っても、箸を持ち上げるより慣れた動きだ。
外さない。
そう確信しながら、トリガーを引いた。
パアンッ
「やっぱ音も反動も軽いな。銃の重さの割りに。なんだか妙な感じだ。でも、精度は悪くねえ」
神々と人がこの地上で暮らしていた時代、狩りをするのは男の仕事だった。世界にはスキルも魔法もなく、男達は原始的な武器で勇敢に戦う。
女にもまだ生理があり、男は狩りで滾った血をそれで静めようとするかのように、夜ごと飽きる事なく女を抱いた。
だが、ある日モンスターが地上に現れる。
それは唐突で、そして容赦のない突然の侵攻だった。
「どうしても人類善悪二極化を思い出させる話だな」
フランの言葉は続く。
神は言った。
このままでは人類が滅ぶ。
我々はこの地上から去ろう。
さすれば人は、モンスターに抗う新たな力をその手にできる。
そしてすべての人間にクラスとスキルが与えられ、女はさらに魔法という力を得た。
スキルで、魔法で、人々はモンスターと闘う。
同じように防壁を築き、子を産んで増やし始める。
それが数千年も続くと、神々のいた時代の事を覚えている者はほとんどいなくなった。
「んで生理の代わりに射精日で、男は女に守られるのが当たり前になったってか」
「そうね。そして、そんな時代にある男が現れたわ」
「有史最古の落ち人、ベルベッド王ね」
「そう。違う世界から来た男。国なんて物が存在しなかったこの大陸の西方で、一大帝国を築いた覇王よ」
「落ち人ってのは男だけなのか?」
10発を撃ち切ったので、ドッペルゲンガーを俺の隣に座らせて火を点けたタバコを本体に咥えさせる。
「いいえ。ある女はあらゆる種族の者を癒して聖女と呼ばれたし、また別の女は自ら魔女を名乗って迫害されていた獣人達と楽園を作り上げたわ」
「悪人は?」
「純粋な悪と呼べる存在はないわ」
「へえ」
だがある時代に、1人の落ち人がこの世界からモンスターを駆逐しようと動き出す。
国を興してスキルと魔法が主であった兵力を結集するのではなく、効果的な方法を用いてそれを成そうとした。
それが戦闘に向かないクラスと魔法属性を生まれ持った女や、たとえ非力な男であろうともモンスターを屠れる武器の製造と量産。
銃がこの世界に誕生した経緯だ。
「んで、その連中は途中からモンスターじゃなく、仲間を撃つようになったか」
「そうよ。ついでに言うとかつてベルベッド王が作り上げた王国はそれで滅んで、この大陸から国という存在がしばらく消えたわ」
「その銃を使ってた連中は?」
「皆殺しよ」
「誰にだよ?」
「神様方の命を受け、一時的に強力なスキルや魔法を貸し与えられた存在。使徒に」
「ふうん。で、今の時代に銃は?」
「ないわよ。それからも何人かの落ち人が銃を作ろうとしたらしいけど、全員が神々の銃は作るなという神託で諦めたらしいわ」
「なら問題はねえな」
「どうしてよ?」
「俺は銃の製造なんかに興味はねえ。ただ効果的だから、銃を使うだけだ。それにな」
「それに?」
ドッペルゲンガーの持っている銃をフランに差し出す。
生唾を飲み込んだフランがそれに手を伸ばすが、その手は途中で見えない何かに遮られたようだ。
「な? 触れもしねえだろ。俺の補給要請画面にはこの馬車みてえな移動手段も出てるが、それは俺とドッペルゲンガー以外には動かせねえらしい。それどころか、俺が許可しなきゃ触れも乗り込めもしねえんだとさ」
「カズヤくんにしか使えないから問題ないと」
「おそらく。そうじゃなきゃ、銃やなんかが補給要請画面に追加されたりはしねえだろ。クラスやスキルを、神様ってのがくれたんならなおさらだ」
「まあね。でも、覚えておいてちょうだい。あまりにも昔の話で知る者はもう少ないだろうけど、銃とこの世界にはそんな因縁があるって」
「了解だ」
「じゃあ、次はカズヤくんの番ね。ミリアが朝ごはんと一緒に作ったサンドウィッチしかないけど、それを食べながら話してちょうだい。あなたが生まれ育った、その世界の事を」
「メシを食いながらするような話じゃねえんだがなあ」
フランがそうしたように、地球の歴史から話し出す。
俺の世代はもうかなり科学が衰退し始めていたし、俺は幼年士官学校から教育を受け始めたようなものなので、知識がかなり偏っている。
それでも、覚えている限りはできるだけ丁寧に説明した。
「そんなに高度な文明を持った、しかも単一種族なのに、国に分かれているというだけでそこまでお互いが我を通すものなの? まるで子供のケンカみたいに、戦争を始めちゃうのね」
「まあ、地球の歴史は戦争の歴史だからな。ほんで人間が暮らす星、地球ってもんをまるで食い潰すようにして発展を続けてた人類に、ある変革が降りかかる」
「この世界で神々が地上を去って、男と女の立場が入違ったように?」
「ああ。それが西暦1999年に起こった、人類善悪二極化だ」
まるで地球を食い荒らすのはもう許さないとでもいうような、突然の変革。
目が赤く変化した人間がそうではない人間を一斉に世界中で襲い始め、それを止めるべき組織にも当たり前のように赤目はいたので、瞬く間に人類はその数を減らした。
当時、世界初にして唯一の原子力発電所があった東北のある街では、それこそ黒い眼をした日本陸軍の兵士達が、銃弾が尽きた後は赤目の首をナイフで掻き切って殺し、最後には組みついてどちらかが死ぬまで首を絞めたり殴り合ったりして原子力発電所を守り切ったのだという。
「そんでいつの間にか赤目共もお互いに協力し合うようになったが、正常な人間もどうにかそれと闘える状態にまで組織を固められた。そっからは、ドロ沼の内戦さ」
「カズヤくんは、その戦場にいたのね」
「ああ。15から20年、戦って戦って赤目共を殺しまくった。やっとそんな人生が終わって静かに暮らせると思ったら、次の日にはこの世界だ」
「なるほどね。それで口調や行動と外見がそぐわないと」
「怖い世界もあるものなのね」
ミリアは地球の移動手段、特に飛行機と船に興味があるらしい。
フランの方は武器や兵器だ。
そんな物の説明や2つの世界の不思議な共通点、似ているように見えても決定的な差異がある事などを話しているうちに、陽が暮れ始めて進行方向に巨大な防壁が見えてきた。
「へえ。あれがマールの街、か」
「そうよ。あの薬が抜けるまで、カズヤくんが寝泊りする街」
「どんくれえかかるんだろうなあ」
「さあね。でも雪が降り出したら、少なくても陸路でグラン地方を出るのは諦めるのね」
「うへえ。まあ、クスリが抜けても2人が相手をしてくれるってんならいいかな」
「ミリアなんか、春になっても蔦で拘束してまでして引き留めるかもしれないわよ?」
「し、しないわよ。いくらなんでもそんなの」
「そうなったらドッペルゲンガーを置いて、俺はレベル上げの旅にでも出るさ」