「カズヤ、体とドッペルゲンガーの様子はどう?」
言いながら入ってきたのは、今日も天使してるミリアだ。
俺がいるのは5人で寝ても苦にならないという大きなベッドなので抱き寄せてキスでもしてやりたいが、蔦で拘束されているのでそうもいかない。
「勃起は相変わらず。ガマン汁で、シーツがベトベト。ドッペルゲンガーの方は問題なしだ」
「……そう。魔法でキレイにしたら、買い物に行ってくるわね。だから、帰るまではガマンしてちょうだい」
「舐めてキレイにしてくれんじゃねえのかよ?」
「バ、バカ言わないでよ。そんな事したら染みちゃって、買い物になんか行けるはずないでしょ」
「いいじゃねえか」
「ダメです」
「ったく。ケチだなあ」
「それより、何か必要な物は?」
「タバコがそろそろ切れそうかな。金はドッペルゲンガーが帰ってからになっちまうけど」
「そのくらいいいから。他には?」
「特にねえよ」
「そろそろフランも来ると思うから、大人しくしてるのよ?」
「ガキじゃねえんだから。気をつけてな」
「ええ」
昨夜も本体で2回、ドッペルゲンガーで3回も射精したというのに、ミリアが俺の体やシーツを生活魔法で清める間、その肢体に飛びかかろうとする自分を抑えるのにずいぶんと苦労した。
余裕がある芝居をどれだけしていても、やはりあの忌々しいクスリはそう簡単には抜けてくれないらしい。
こんな時は、ドッペルゲンガーの操作に意識を集中するのが一番だ。
それでも嫌な汗が止まらない。
ミリアが何も言わず汗で額に張り付いていた髪まで魔法で乾かしていってくれたのに、もう風呂上がりのようにベタベタだ。
1人なんだから、声を殺して叫びながらベッドを転がり回ろうか。
そんな考えが頭をよぎったので、唇を噛み締めて耐えた。
これは俺が気を抜いたから身に降りかかった苦しみで、こうなるまでに死ななかったのは運が良かっただけ。
この苦しみを少しでも紛らわそうなんて、そう思う事すら自分に許してはいけないのだ。
「だいぶキツそうね」
「……おいおい。こんな美少年が素っ裸でベッドにいるんだ。ノックぐれえしなよ、先生」
「相当な苦しみでしょうに、よく軽口が叩けるわね。水とタバコ、どっちが先?」
「水を」
水だけでなくタバコも吸えるならとドッペルゲンガーをオートにすると、ベッドに上がってきたフランが手にしていた吸い飲みの先を俺の口に運ぶ。
こんなんじゃ足りねえからジョッキでくれと言ってやるつもりだったが、最初の1滴を舌先で感じると、もう抑えが利かなくなった。
夢中で水を飲み下す。
「内臓は弱ってないから、常識的な量ならいくらでも飲んでいいわ。その方が老廃物を出せて毒が抜けるのが早くなるし」
「ふうっ、サンキュ。この世界で何より気に食わねえのは、あの忌々しい便所だ」
「うふ。もういいの?」
「ああ」
「なら、タバコね」
フランがタバコを木箱から抜き出して咥え、魔法で火を点けて紫煙を細く吐く。
この2日で初めて見る姿だ。
「なんだ。先生もタバコやるんかよ」
「昔は、かなりね。冒険者をやめた時に禁煙したから、2年ぶりかしら。またヘビースモーカーに戻ったら、カズヤくんのせいよ」
「俺達みたいのは、毒でも吸わなきゃやってらんねえのさ。体にわりいなんて理由で煙すら吸わねえのは、自分は生きてるのが当たり前だって思ってる、頭がお花畑な連中だけだ」
「うふふ。はい、どうぞ」
「サンキュ」
俺の唇にタバコを運んだ手が、そのまま頬を撫でる。
フランに触れられた途端に勃起が治まり、嫌な汗も徐々に引いていった。
「ミリアが天使なら、先生は聖母ってトコか……」
「あら。私は淫魔じゃなかったの?」
「そんな事を言うヤツがいたら、俺がぶちのめしてやる」
「うふふ」
頬が慈しむように撫でられている。
ガキじゃねえんだぞと言ってやりたいが、悪くない気分だ。
「ねえ、カズヤくん」
「あ?」
「ごめんなさいね」
「はぁ?」
「朝からずっとこの症状を1秒でも早く癒す方法がないか蔵書をひっくり返して調べているのだけれど、このまま薬草を使いながら毒を魔法で抜いて待つしか手はなさそうなの。私は、無力だわ」
「冗談。ミリアが言ってたぜ。もし俺を預けたのが普通の医者なら、鎮静剤って名前の麻薬を与えながら柱にでも縛り付けて、そのまま放置するしか手はねえだろうって。感謝してるよ」
タバコが唇から抜き取られ、灰を落としてからフランがそれを吸う。
すぐに戻ってきたその吸い口は、どこか甘い香りがした。
「ねえ、静かにしてるからここにいてもいい?」
「俺はいいが、仕事は大丈夫なんかよ?」
「急患なら通話魔法が来るか、玄関のベルが鳴るから平気よ。それに、蔵書が役に立たないなら頭を動かすしかないから。若い男の子に膝枕でもしてた方が、いいアイディアが浮かぶかなって」
「中身はオッサンだけどな。好きにしなよ」
「うふふ。ありがと」
そうは言ったが、フランは俺を気遣ってここにいると言ったのだろう。
タバコを消すと今度はフランが壁に寄りかかって俺を膝枕したのだが、そうする動きはとても丁寧だったし、膝枕してからはずっと俺の頭を撫でていた。
「なんだか、妙な気分だ」
「あら、どうして?」
「こうされてると、まるで先生に何もかも預けちまったような感じでな」
「医者ですもの」
「世の中の医者がみんなこうしてたら、患者に惚れられまくって仕事どころじゃねえぞ」
「うふ。楽しそうな世界じゃない。ドッペルゲンガーはどう?」
「今はオートモードだからな。さっき田舎道の進行方向に犬が単独でうろついてて、それを距離50からクロスボウの1撃で仕留めた。それからは何も出てねえから、林とその横に葦みてえなのが見える方のかなり細い道に入ってるよ」
「犬は毛皮が売れるけど、剥ぎ取りをする時間と荷の嵩張りを考えたらフロッギーを倒した方が換金効率がいいわ。なら、10分もせず沼地に入るのね。充分に気をつけて」
「ああ。本当なら葦のかなり手前に土魔法で遮蔽物を作って、そこを簡易陣地にしてから斥候を出すって話だからな。単騎の俺がムリできるはずもねえ」
「それでもやりそうだから怖いのよ」
たしかに前方には右に林があり、左には風に揺れる葦の群生地が見えているのだが、その葦の所々には獣道のようなものが見えている。
もし俺がミリアとフランにアドバイスを受けていなければ、とりあえず道に自転車を停めてその獣道に踏み込み、強行偵察をしていただろう。
何が出てもハイドで離脱は可能だし、敵が何であれ互いの射程が勝敗を分けるようであれば、草原まで駆け戻ってクロスボウで敵を倒す。
距離を詰めてくるようなら、そこからさらに距離を離せる俺の方が有利だろうという計算がある。
「まあ、ムリせず殺るさ」
「そうしてちょうだい」
ドッペルゲンガーは自転車を細い道の行き止まりである下草があまりない広場のような場所に停めると、そのままズカズカと葦の群生地に向かって歩き出した。
自転車には前に大きなカゴと後部の荷台の両脇に2つの細長いカゴが付いているので、武装のみの軽装だからそんな行動もできるのだ。
途中で身を屈めて拳大の石を手に取ったドッペルゲンガーは、葦の手前50メートルほどで足を止め、フランが貸してくれたベルトポーチから革袋を取り出す。
革袋の中身を地面にぶち撒けたドッペルゲンガーは、拾った石でそれを叩き潰している。
薬の原料にもなるとかでこの家に置いてあったそれは、ポイズン・フロッグの好む虫が主食にしているというなんて事のない見た目の草。
「俺が操作しようと思ったが大丈夫そうだから、しばらくドッペルゲンガーのお手並み拝見といくか。アタマの出来まで、俺の3分の1じゃねえといいが」
「自分の行動を客観的に眺められるなんて、なかなかできない経験よね」
「ああ。他に冒険者がいなくて安心したよ。もしいたら、普通にその場で口説きかねねえ。なんでか知らんが、アイツの性格は俺に輪をかけて最悪なんだ」
「そうなったら、帰ってきてからが楽しみよ。たっぷりとお仕置きしてあげなくっちゃ」
「カンベンしてくれ。痛覚なんかは共有してんだからよ」
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
フランの整った顔がゆっくりと下りてくる。
膝枕をしながら頭を撫でている時は理知的な聖母といった風情だが、こうやってキスをする時などになると、酷く淫靡にこの女は微笑む。
俺は、そんなフランも嫌いではない。
くちづけを素直に受けてから、俺の方から舌を絡めた。
「んっ……」
「先生の唾液は、甘いな。もっとくれよ」
「それだけでいいのかしら?」
「まさか。どうせなら、もっと」
(おい、オリジナル)
「なっ、なんだっ!?」
キスの合間にいきなり叫んでキョロキョロし始めた俺を、フランが怪訝そうに見下ろしている。
(オレだよ。ドッペルゲンガーだ)
「な、なんでドッペルゲンガーの声が聞こえるんだよ……」
「あらあら。スキルには表示されてなかったけど、通信もできるのね」
(そうなるな。こっちからだってオリジナルの視界は見えてるし、周囲の音も聞ける。んでもって本体にだけだが、通信も飛ばせるって訳だ)
「そういうには先に言っとけ、タコ」
(ボケ野郎を驚かしてやりたくってよ。いいか、オリジナル。これだけは言っておく)
「あん?」
(初めてマトモに人間扱いされて浮かれるのはわかるが、その女共にあんま心を許すんじゃねえ。オマエだって気がついてんだろ?)
(……何がだよ)
(へっ。オマエが向こうで中尉だなんだと持ち上げられてたのは、誰よりも巧く赤目を殺れたからだ。そしてこの世界でオマエが大事にされるのは、誰よりも激しく女を抱けるからさ)
そんなのは、言われなくたってわかってんだよ。
そう返そうと思うと、心配そうに俺を見るフランと目が合った。
その瞳に哀れみの色があるのか、俺にはわからない。
赤目に犯されて妊娠した女が産んだ子供は、本人が養育するのを望まなければ、それ専用の施設で育てられる。
着る物もメシも一応だが与えられ、定期的に行われる性格テストをパスすれば学校にだって通えた。
だが、どうしても気に入らなかった事がひとつだけある。
俺や仲間を見る大人達の目には、いつでも哀れみの色が隠し切れず滲んでいたのだ。
善なる者を守るために戦えと教えられ、小さな手に銃を握らされた。
なら、かわいそうだと思われて傷つく幼い心は悪なのか。
それを知りたくて俺は、教練だけでなく座学にも必死になったのだと思う。
赤目の子としては初めて幼年士官学校に合格しても、その後士官学校に進学をしても、最前線に出たって、それを教えてくれる大人には出合わなかった。
(……わかってんよ、タコ)
(ならいい。今日はオートモードで最後までやるからな。戦う事よりも女を抱く方が楽しくなっちまった腰抜けは、せいぜい腰を振りまくって女の機嫌を取ってるがいいさ。じゃあな)
それっきり、ドッペルゲンガーの声は聞こえなくなった。
「テメエも俺じゃねえかよ……」
頭が撫でられる。
フランは何も言わず、俺の頭を撫で続けた。