グランドールはこの地方の中心都市なだけあり、まさに都会としか言いようのない街並みが、徒歩用通用口のドアを潜った俺を出迎えた。
右を見ても左を見ても、背の高い石造りの建物ばかり。
たった2つしか俺はこの世界の街を知らないが、どちらも3階建て以上の建物は城と各種ギルドと、明らかに高級そうな店舗しかなかったので、この景色はちょっとしたカルチャーショックだ。
「まるで帝都だなあ」
道を行き交う人々の服装も、どこか垢抜けているような気がする。
この世界では男は純粋に防寒のために、消費MPが驚くほど少ない生活魔法で暑さ寒さをどうにでもできる女は季節感を楽しむオシャレとして冬服を着るのだが、その生地やデザインがなんとなくマールの街の住民とは違うのだ。
迷彩服に毛皮の帽子とコート。
自分の上半身より大きなバックパックでほとんど隠れてはいるが、それに剣と銃まで担いでいる俺はさぞかし浮いて見えるだろう。
その証拠に道行く連中の何人かが、俺を見ては連れの耳元で何事かを囁いたりしている。
「ま、気にしてもしゃあねえわな。さあて、それよりどうすっか……」
道中の獲物は放置だったので冒険者ギルドの査定所には寄らずに来たから、納品書を業務カウンターで換金する必要はない。
ニムのグランドールに来たら自分を訪ねろという言葉が、一夜の火遊びの相手へのリップサービスだったらと思うと少しばかり怖いが、訪ねてもその火遊びが周囲の人間にバレなければいいかと、目に付いた店の物売りにアルベール商会の場所を訊いた。
「大通りを直進して、城の手前の交差点の左側。デカすぎて、ぶら下げるんじゃなく壁に固定してる看板が目印。もう城の手前だが、ギルド関係の建物しかねえじゃねえか。ほら、このでっけえのもなんかのギルド。……じゃねえな。アルベール商会本店って書いてあるわ」
デカいのは看板だけではなかったらしい。
少し手前にあった冒険者ギルドの倍はありそうな、なんと5階建ての建物。
それが、アルベール商会の本店であるようだ。
「かーっ、マジかよ」
看板には宝石やら家具やら薬っぽいビンやら、様々な絵が描かれている。
ないのはもう、武器ぐらいじゃないかってほどの数だ。
小売りもやっているようで1階が店舗になっているのだが、そうでなければとても中に入ってニムはいるかなどと訊ねられる雰囲気ではない。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
ちょうど店から出て来たいかにも金を持っていそうなデブ夫婦に、俺の体と同じ年頃の少年が丁寧に頭を下げている。
こんな世界でも珍しい桃色の髪をして、不自然ではない愛想笑いがいかにも客商売向きの、ずいぶんとかわいらしい少年だ。
客のデブ夫婦が充分に離れるのを待って、その少年に声をかけた。
「仕事中に悪い。兄さん、ちょっといいか?」
「いらっしゃいませ」
「いや、そうじゃなくてな。ここの店主さんなのかな、つい先日ニムさんって人に雇ってもらった冒険者なんだがよ。グランドールに来たらまた依頼を回してもらえるかもって言われてたんで、ノコノコ顔を出しに来たんだ。あの人はいるかい?」
「申し訳ございません。社長は今朝早く、トルカの街の支店に」
「北の街か。目的地と逆だなあ。わかった。ありがとよ」
「もしお急ぎでしたら、商人ギルドのカウンターで言付けの通話魔法を頼むのがよろしいかと」
「いやいや。また美味しい依頼を回してもらえねえかなって、ケチな了見で顔を出しただけだ。いいんだよ」
「そうですか。ですが必ず社長に伝えますので、お名前だけでもお聞かせくださいませ」
名を伝えてもらうべきか、瞬時には判断ができず言葉に詰まる。
「……ホリノウチってんだ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「ついでに訊くが、グランドールに初めて来た田舎者がまず向かうべきは街のどっち方向だい?」
「宿や店にサービスの質を求めるなら城の近くですが、本当に美味しい海鮮料理などは下町ですね。このまま城を過ぎると坂の上から海も見えるので、その景色だけでも見る価値はあるかと。宿や酒場が密集しているのは、その坂を下り切った大市場の辺りです」
「わかった。ありがとな」
「とんでもない。お気をつけていてらっしゃいませ、ホリノウチ様」
「俺みたいのに様はやめてくれ。じゃあな」
城はもう、かなり大きく見えている。
そのまま交差点を直進して公園らしき広場と白亜の城の間を抜けると、どこか懐かしい風景が眼前に広がった。
俺の目に飛び込んできたのは、冬の陽の光りを浴びてキラキラと輝く穏やかな入り江。
湾にしては小さいが、だからこそ、それを丸ごと防壁で囲うなんて事が可能だったのだろう。
海岸に広がる白い砂浜と、海を渡る風から街の建物を守る防風林の緑。
そのコントラストも見事と言う他はない。
「なんだこれ。下町だけでも、マールの街くれえありそうじゃねえか」
さすがは都会。
砂浜に接する港も大きく設備も整っているようで、石造りの埠頭に並ぶ船の数もかなり多い。
あの中のどれかが、ミリアがグランドールで暮らしている時に住居にしているという船なのだろう。
勾配も道幅もかなりの坂を、景色を眺めながらのんびりと下る。
市場にはたくさんの住人がいて商人達は主に露店で商売をしているようであるから、いい時間つぶしになるはずだ。
それに飽きたら砂浜にでも腰を下ろし、酒を飲みながら海を眺めつつミリア手製の弁当を食えばいい。
酒は旅人に持たせる量じゃねえだろうと俺が呆れたくらい、バックパックに入れられている。
「獲れたてのモーレーがたったの200Dだ。銛撃ち名人が頭を1撃で仕留めたから、身に傷がないよっ。買った買ったー!」
「グランドールで一番あまーい揚げパンはいかがだい。シナモン砂糖がたーっぷりかかってて美味いよっ!」
「秋の風で冷えた体にゃ、湯気の上がる葡萄酒が一番だ。グイッとやって体をあっためてお行き。1杯なんと50D、50Dだよっ!」
辿り着いた市場は坂の上から見下ろした通りの賑わいで、売り手の威勢の良い呼び込みの声が潮風に負けず吹き渡っている。
それらの露店を冷やかして歩くだけでも楽しいのだろうが、そろそろ小腹が空いたので足を砂浜の方向へ向けた。
「ここいらでいいか」
砂浜をしばらく歩き、市場の喧騒が届かない場所でバックパックを背から下ろす。
一番上にはなんとかというモンスターの毛皮が巻いた状態で括りつけてあるので、それを砂浜に敷いて腰を下ろした。
この大きな毛皮は水を弾くし、地面が濡れていてもその上に置いた尻にまで水が染みてこないとかで、旅の必需品であるらしい。
しかも括りつける時に方向さえ間違わなければ、そのままバックパックに垂らすようにして荷物が濡れるのを防ぐ雨具としても使えるそうだ。
「ああ、そうだ。たしか、キュテルスってモンスターの毛皮だったなあ」
バックパックを開けると一番上に大きな蔦のバスケットと、革水筒。それに金属製の輪で補強された丈夫そうな木製ジョッキが並んでいる。
過保護なものだと苦笑いしつつ、それらを出して毛皮の上に並べた。
「嵩張るから、エールは入ってねえ。革水筒の飾り紐が赤なら葡萄酒って言ってたよな」
酒を注ぐ前にバスケットを開けてみる。
思った通り、中身はミリアの得意なサンドウィッチと油紙に包まれたおかず類だ。
これなら葡萄酒でいいだろう。
「でもまあ、まずは一服だ」
腰のポーチからフタ付きの小さな灰皿と紙巻きタバコの木箱を取り出し、マッチで火を点ける。
ボーっと海を眺めながら紫煙を吐いていると仕事のなくなった老いぼれにでもなったようで、なんだか妙な気分だ。
中身はともかく外見と身体能力は若返っているにと苦笑いをしてタバコを消し、弁当をツマミにゆっくりと葡萄酒を飲む。
これほど海に近い場所で暮らしていれば砂浜など珍しくはないのか、辺りには人影などまったく見当たらない。
弁当が空になっても海を眺めながら葡萄酒を飲んでいると、いつの間にやら波の穏やかな湾が夕陽に照らされ出していた。
「ありゃ。もうこんな時間かよ……」
たとえ夜になってもこんな都会なら宿はどうにでもなるだろうが、せっかく海辺に来たのだから新鮮な魚介は食っておきたい。
それに日本のワインボトル3本程度しか入らない革水筒1つを空けたくらいでは、まだまだ飲み足りなかった。
腰を上げ、武器と荷物を背負って市場へと向かう。
安くていい店を探すなら裏通り。
それは日本でもこちらでも変わらない。
商売の概念がある世界ならば、大通りと裏通りでは家賃や土地の値段が違うのだから当たり前だ。
看板の上段に皿の上に並んだフォークとスプーン、泡がこぼれているジョッキ。下段には2種類の魚と海老と貝の絵。
間違いなく酒も出す料理屋だろう。
木製のドアから漏れ聞こえてくる声は少しばかりやかましいが、込んでいるのは悪い店ではない証拠のはず。
ドアを開けると、丸テーブルの間を歩いていたウェイトレスらしき若い女がミニスカートを翻しながらこちらを向いた。
「いらっしゃいませ。お1人ですかっ?」
「ああ」
「それじゃ、奥の2人掛けのテーブルにどうぞ」
「あいよ。とりあえず、氷なしのエールをジョッキで」
「はいっ」
歩くたびにチラリと見えるウェイトレスの尻たぶを見ながら荷物を下ろし、壁際の四角い小さなテーブル席に着く。
この世界では女の下着やそれに包まれた尻を自分から見たいと思う男などまずいないから女達は動きやすさ重視の服装であるらしいが、俺のような男からしてみればありがたい話だ。
「エール氷なし、お待たせですっ」
そんな威勢のいい声と共にエールのジョッキがテーブルの上に音を立てて置かれたが、それを運んできた若いウェイトレスの左手の薬指には銀色の指輪が光っていた。
つまりは既婚かよと、拍子抜けした気分で壁に貼られたメニューを見る。
「白身魚と海老の塩焼きに海藻サラダを。それと、貝のつぼ焼きってのは何味だい?」
「香草バター味ですね」
「へえ。じゃあ、それも」
「はいっ」
ウェイトレスが厨房を覗けるカウンターに向かう。
相手が人妻であるとわかっても、歩くたびチラリと見える尻たぶに視線がいくのはまあ仕方のない事だろう。
ミリアとフランには、頼むから他人の嫁にだけはなるべく手を出すんじゃないと言い含められている。
この世界には自慰魔法なんてのが存在するので、そうしてしまえばその人妻は夫ではなく俺とのセックスの記憶と快感を、死ぬまで抱えて生きねばならないからだそうだ。
「兄さん、1人かい? もし待ち合わせじゃないなら、1杯奢りたいんだが」
「いや、俺は」
「わあっ、ホリノウチさんっ!」
いきなり名前を叫ぶように呼ばれたので面食らったが、そうしたのはニムの店で働いていた桃色の髪をした少年だった。
男にしては短めのクリクリ天然パーマに、嫌味を感じさせない満面の笑み。
「お、おう。昼間はありがとな、兄さん」
「いえいえこちらこそ。料理なら下町がいいとしか言ってないのに、僕の家を選んでくれるなんて。すごい偶然ですねっ」
「兄さんの実家か、この店」
「はいっ。あ、相席いいですか?」
「別にいいが、俺なんかと飲んでもつまらんぞ」
「いえいえ。僕はグランドールから出た事がないので、外のお話だけでも聞かせてください。ララー、僕にもエール。それとおツマミを、じゃんじゃん持ってきてー」