俺は自分で頼んだ分しか食わないぞと告げると少年はふくれっ面で抗議したが、嫌なら他の席に移動しろとだけ言っておいた。
のだが、少年はそんな事では臆さず喋る喋る。
席に着いてからずっと、おしゃべりが止まらないのだ。
「それでですね、このグランドールの高台にある山の手の人達は、消費するだけの存在である事を当たり前だと思ってるんですよ。4つの街と7つの村、いくつかの集落があるグラン地方で、もっとも勤勉でないのが中央都市グランドールの富裕層って。呆れた話だと思いません? だから僕はこの店を継ぐんじゃなく立派な商人にあって、やがては議員に立候補してその意識の改革をですね」
「いい加減にしておいて、ファマル。お客さんが困ってるじゃない。ほら、エールでも飲んで落ち着いてって」
「ありがと。あ、彼女はうちの自慢の奥さんです。ララ、こちらはホリノウチさん。男性なのに冒険者をやってて、アルベールの社長に依頼をされるくらいの凄腕なんだよ」
「ごめんなさいね、冒険者さん。この子、喋り出すと止まってくれなくって」
「みたいだな。にしても、お互い若いのに。ずいぶんと早い結婚なんじゃないか?」
「私が17で、この子は15ですから。あっ、お客さんが呼んでる。ゆっくりしていってくださいね、冒険者さん」
「ああ」
考えてみれば、こちらの男とマトモに話した記憶がない。
なのでそれなりには耳を傾けるのだが、日本ならば女のおしゃべりに俺のような男が付き合うようなものなので、どうしたって途中から相槌さえおざなりになってしまう。
「聞いてるんですかぁ、ホリノウチさんー?」
「はいはい、聞いてるよ」
あれから数時間、ファマルというらしい桃色の髪の少年は、それはもう喋りに喋り倒した。
発する言葉の比率は、おそらく9:1くらいだったろう。
もちろん、俺が1だ。
「お代わりお待たせです。ごめんなさいねえ、冒険者さん」
「あー。さっきから何度も席を立とうとしてるんだが、宿なら後で案内するの一点張りでね」
「それなんだけどララ、ホリノウチさんには僕達の家に泊まってもらうから」
「おいおい。15で嫁がいるなら、成人してすぐに結婚したんだろ。いくら俺でも、新婚家庭に泊めてもらうなんて気まずいっての」
「大丈夫ですよー。ホリノウチさんに依頼も受けてもらいたいし」
「依頼?」
「……ファマル、まさか」
ファマルが頷く。
ちょうどさっき俺に声をかけた隣のテーブル席にいた女2人が会計を頼んだのでララはすぐに離れていったが、そうしながらファマルを見た瞳には怯えのような光が滲んでいたような気がする。
「実はですね、ホリノウチさん」
隣の席は空いたし、純粋な酒場ではないので閉店時間が早いのか、店内にはもう客が少ない。
それでもファマルは小さなテーブルに身を乗り出すようにして、俺に受けてほしい依頼というのを小声で話し出した。
「本気かよ、新婚さん?」
「はい、この上なく。どうか僕とララを助けると思って受けてください。この通りですっ」
「そう言われてもなあ……」
何杯目かもわからないエールを口に運ぶ。
どうしたものかと客がいなくなったテーブルを片付けているララに目をやると、頬を染めながら視線を逸らされてしまった。
『僕の奥さんと、僕の目の前でセックスしてください』
ファマルの依頼とは、そんな内容だ。
男の冒険者はカタギとしての暮らしでは決して上がらないレベルが高いので、戦闘だけでなくベッドの上でも強い。
それはこの世界で広く知られている事実らしく、ファマルは滅多にいない男冒険者と知り合いになれたらこのとんでもない依頼をしようと、結婚前から思っていたそうだ。
「りょ、料理のお皿を下げさせてもらいますね。この店は酒場じゃないから、低音8つの鐘が鳴ったら閉店なんです」
「そりゃあいいんだが奥さん。その様子じゃ、ファマルが俺にしたい依頼の内容はもう聞いてるんだよな?」
ララがコクリと頷く。
「奥さんはそれでいいのかよ?」
「1度きりにするってファマルは約束してくれてるし、そうしたいって打ち明けられた時には涙まで見せてお願いされたから」
「だからってなあ……」
店の片付けはもう少しかかるからそれまでに決めてくれと言って、ララはテーブルを離れる。
ジョッキと灰皿はテーブルに残してくれているので紫煙を吐きながらどうするべきか思案を巡らせると、指先に熱さを感じる前に名案が浮かんだ。
「なんだ、簡単な話じゃねえか」
「わあ。受けてくれる気になったんですね?」
「まあな」
「それじゃあ、僕も片づけを手伝ってきます。そしたら早く家に帰れるし」
「おう。灰皿とジョッキも片していいぞ」
「はいっ」
笑顔で立ち上がったファマルは、ただでさえ性に淡白なこの世界の男の中でもかなり性欲が薄く、フェラをされただけで肉棒に痛みを感じてしまう体質であるらしい。
しかも極端に女の裸の見た目と、それ以上に体臭が苦手で、射精日以外の日に嫁のオナニーを手伝うどころか、愛する人とスキンシップを取りたくても吐き気が込み上げてしまうのだそうだ。
新婚生活はもう半年になるが、ララで射精したのはたった1度だけ。
それも体質が体質なので目隠しと鼻栓をして、肉棒を咥えた口腔内に溜めた唾液の揺れる、本当にかすかな刺激でようやく射精したという。
「まあ、それならそれでやりようはあるさ」
ツマミが入っているというバスケットを持ったファマルと、酒の樽をぶら下げたララが店を出て俺を導いたのは、市場から少し離れた防風林の近くに建つ平屋の家屋だった。
「さあ、入ってください」
「すぐに暖房魔道具に魔力を通すから、少しだけガマンしてください。冒険者さん」
「遮音魔道具も忘れずにね、ララ?」
「う、うん……」
「そんじゃ、ジャマするよ」
足を踏み入れた室内を見ると、入ってすぐがキッチンとリビングになっているらしい。
正面に四角いテーブルと椅子があったのでそこに案内されると思ったのだが、ファマルが足を向けたのは奥に続くドア。
促されて入ってみればそこはベッドルームで、荷物を置いてソファーに座ってくれと笑顔で言われた。
「すぐにララがお酒も持ってきますから」
「ああ。しかし、やたらと嬉しそうだな?」
ドアの横に武器とバックパックを置いて、そう訊きながらソファーに座る。
テーブルにツマミを並べているファマルは、これから他人に愛する新妻を抱かせようとしているとは思えない、満面の笑みだ。
「そりゃあそうですよ」
「嫁を愛してるって言葉にウソはなさそうだったがな」
「愛してますよ。そして、ララも僕を愛してくれてると断言できます」
「なら、セックスなんてのはそんなに重要じゃねえだろ。一時の快楽のため嫁さんに浮気のような事をさせるのは、絶対にやめといた方がいいと思うぞ」
「一時の快楽じゃありませんよ。これから、ずっとです。ララは女性同士での性行為を好みませんし、小さな頃から僕と結婚しろと親に言われていたので他の男も知りません。だからいまだに、自慰魔法が使えないんです」
「……そういや、こっちにはそんなのがあったな」
「こっち?」
「なんでもねえ。気にすんな」
自慰魔法を使ってオナニーができるようになるには、それなりに条件があるらしい。
自身のしたオナニーの記憶や快楽は登録されないし、相手の性別を問わずセックスで絶頂に達しないとダメなのだそうだ。
「僕はこんな体質でも子種は作り出されているので、いつかララも魔法を使用した人工授精で子供を産みます。でも」
「お酒、持って来たよ」
「あ、ララ。ありがと。じゃあこっち座って、ララも飲もうよ」
「……うん」
ララが座ったのが俺の対面にあるソファーで、ファマルが腰を下ろしたのはわざわざ壁際から移動させた椅子なのは、女の体臭が苦手で、それが淫臭ともなると吐いてしまうという体質のせいなのだろうか。
「じゃあこの出会いに、乾杯っ」
酒は葡萄酒が小さくはあるが樽ごとで、料理も余り物を片っ端から持って来たのかかなり並んでいる。
灰皿もあるのでタバコに火を点けて酒を飲みながら2人の会話を聞いていると、やはり夫婦仲は悪くなさそうだ。
「なあ、お2人さん。ちょっとした提案があるんだが」
「はい?」
「まずはこれらを見てくれ」
テーブルに並んだ皿を寄せ、補給要請でアダルトグッズを次々に出して並べてゆく。
ファマルはあまり理解していないようだが、ララの方はそれらの形状から何に使う物のかを察したらしく頬が赤い。
「初めて見る質感の品ですね。これは、ホリノウチさんのスキルで?」
「ああ。そんでこれらは、すべて女を悦ばせるための道具だ。こっちにもバイブはあるから、そう言った方がわかりやすいか」
「こんなにたくさん。もしかして、これを貸すからセックスはしなくっていいだろうって事ですか?」
「そうだよ。服を脱がせず、鼻栓もしてりゃこれでオナニーする嫁さんに唾液を垂らすくれえはできるだろ。念のためにそれだけじゃなく手でも握ってりゃ、自慰魔法にそれが登録されるんじゃねえか?」
「どうなの、ララ?」
「あ、いや。自慰魔法は、その、男の人が相手なら1度でも男性器を挿入をしてからお互いが達して、それでやっと登録されるそうだから」
「俺が考えた方法じゃダメって事か。なら、チンコが痛みを感じねえようになる薬。……ああ、それがアレかよ」
ネズミとブタが俺に使ったクスリ。
それこそが解決策なのだろうが、この世界で男として安穏と生きてきた、当然レベルも1でしかないファマルがアレの苦しみに耐えられるはずがない。
それにあのクスリはグラン地方では禁制品で、所持していただけでも極刑に処されてしまうような物だと聞いた。
「やっぱりやめよう、ファマル。いくら冒険者さんでも好きでもない相手とするなんて、いくら大金を詰まれてもしたくはないだろうし」
「いや、奥さんはかなり好みだから俺はいいんだがよ。金も受け取るつもりはねえ。ただ、ヤルのは簡単だが、それで2人の夫婦仲が悪くなりでもしたらなあ」
「それなら大丈夫です」
「なんでそう言い切れんだよ?」
「ララがそこのベットでオナニーをする時、僕はソファーでお茶を飲みながら言葉でその手伝いをするんです」
「ちょ、ファマル。そんな事まで言わなくてもっ!」
苦笑いしたファマルは焦るララに構わず、その続きを話し出す。
要は夫の鼻に淫臭が届かないようにベッドで布団にくるまりながら自慰をするララを、ファマルはこのソファーに座りながら淫語で煽るらしい。
「高度なプレイをしてんなあ……」
「そうですか?」
「ああ。まあいい。そんで?」
「はい。その時にもしもララが他の男とセックスをしたら、それも僕に見られながらしたらどうなるんだろうねって言うと、ものすごく乱れてくれるんです」
「いや、だからってよ」
「ちなみに僕が1度だけ射精できたのも、そんな話で興奮したからだったり。てへ」
「てへ、じゃねえっての。……つまり2人は、寝取られ願望があるって事か」
「そうなります。それも、できるだけララを屈辱的に辱めるような感じの方がうれしかったり」
「……あー。まあ、理解はしたよ」