女の慌て具合がおかしくて、思わず口の端が持ち上がる。
それを承諾と受け取ったらしい女は俺が後を追うのを数歩ごとに確認しながら歩いて、大きな交差点にいくつか出ている屋台の1つに何かを注文した。
「ほら、好きな方を飲むといい」
大女が屋台の店主から受け取った2つのジョッキは、氷を浮かべたビールと温めた赤ワインだったらしい。
肌寒くはあるがセックスの後で喉が渇いているのでありがたくビールを受け取ると、大女はほっとしたように息を吐いて建物の壁に寄りかかった。
「悪いね、姐さん。初対面だってのに」
「いいさ。それより、親にでも死なれたのかい?」
「そんなトコだねえ」
「歳は?」
「15だよ」
「成人してるなら、孤児院には入れないか」
大女が湯気の上がる赤ワインを口に運ぶ。
俺もビールを口に含んでみたが、悪くない味だ。
「姐さんは、俺が冒険者ってのにならねえ方がいいと思ってんだよな?」
「当たり前だろう。地の者じゃないが、あたしだって冒険者だ。金に困って冒険者になった男を何人か見てきたけど、悲しくなるほど哀れなものだったよ」
「へえ。そりゃまたなんで?」
「女は魔法が使えるだろ。だからなのか、MPが男の10倍はある。常識だろうに」
「うっは。なんだその、男にだけ厳しい常識」
「それがこの世界なんだから仕方ない。だからこそ、いくら戦闘に向いてるクラスを持って生まれても男じゃ冒険者なんてやってられないのさ」
「なら冒険者は、魔法やスキルで戦うんだな?」
「当たり前だろう。生き残るのに大切なのは、まず何よりもモンスターを狩って金を稼ぎつつレベルを上げる事なんだ」
「そりゃあいい。俺好みだ」
体を鍛え、訓練を繰り返し、戦場で生き残る。
それが、それだけが俺が知っている強くなる方法。
モンスターってのがどんな存在かは知らないが、獣でもレベルは上がるらしいから似たようなものだろう。
「だからな、悪い事は言わないから普通に働け。なんなら働き口を紹介してやるから」
「やってみてダメなら頼むよ。ありがとな、姐さん」
「……止めてもムダだってのかい?」
「ああ」
「やれやれだ。ならどうしても困ったら、業務カウンターであたしの名前を出して酒場スペースにでもいるといい。あたしはメルク。いいかい、世の中はそう甘いものじゃないんだ。ヤケにだけはなるんじゃないよ?」
「あいよ。ありがとな」
話しながら飲んでいたビールを飲み干すと、メルクが屋台を顎でしゃくる。
それを店主らしきオバサマに渡して、俺がメルクに話しかけた時に前に立っていた建物へと向かった。
城ほどじゃないが大きい。
灰色の壁にいくつも見える木製の板が窓ならば、3階まではありそうだ。
たどり着いたのはやけに頑丈で大きなドアだが、いくら体が小さくなってもそれくらいは開けられる。
そこを抜けた先にあったのは、どう見ても酒場としか思えない喧噪。
「おおっ」
「マジかよ」
「かわい子ちゃん、小遣いが欲しくて精子でも売りに来たかいっ?」
「魔法じゃなく直搾りでいいなら、1000Dは出すよ!」
「乗っかってオマンコを擦りつけていいなら2000Dだっ!」
口々にそんなセリフを喚くのは、やたらと過激な衣装を身に着けた女共。
年齢層はピンキリだがどいつもこいつも武装しているし、街中と同じでどう見ても普通の人間ではない女も多い。
入口から見て右が大きくて立派なカウンターで、その向こうには露出の少ない服を着た女達の姿が見える。
酒場としか言えない丸テーブルがいくつも並んだスペースを挟んだ反対側が、酒を注文したりするカウンターのようだ。
その酒場カウンターの壁には棚があって酒ではなく小物類が並べられているので、まずはそちらに足を向けた。
「タバコはあるかい、おねえさん」
「おやおや。こんなおばちゃんにお姉さんとくるかい。言っとくが、ギルドの中じゃ客を引くのは禁止だよ」
「体を売りに来たんじゃねえって。冒険者になりに来たんだよ。で、タバコは?」
「呆れたねえ。正気とは思えないよ。刻みタバコが木箱1つ10D、紙巻きが20本入りで20Dだよ」
「紙巻きを2つ。それと、何か羽織るもんはねえかな?」
「大柄なドワーフが使うポンチョなら、男の子でも大丈夫そうだ。それは300D」
「んじゃそれも」
「本気で冒険者になるつもりならそれに50Dの水筒と、採取に使う200Dのナイフもあった方がいいよ。どっちもベルトに下げられる」
「そんじゃそれを全部。コイツでいいよな」
「1000Dからだね。ちょっと待ってな」
棚の横にあるドアに消えたおばちゃんは、緑色の布だけを手にして戻った。
それを着てみろと俺に放って、今度はカウンターの下にしゃがみ込む。
ポンチョはかなり厚い生地で、フードまで付いている。
日本で使っていた軍用の迷彩ポンチョに比べれば質は悪いが、それなりに使えそうだ。
それの穴に頭を入れてフードの位置を調整する俺を見て、おばちゃんがくすっと笑う。
「どしたい?」
「いや、まるで精巧なお人形さんをテルテル坊主にしたみたいだと思ってねえ」
「ヒデエ言われようだ」
「ごめんよ。これで品は全部だ、釣りはここに置くよ。水筒には生活魔法で水を詰めといたからね。じきに昼だが、弁当はいらないのかい?」
「あー。あるなら欲しいな」
「はいよ。んじゃ弁当代も引いとくから、登録が終わったらおいで。それから水は、なくなったら恥ずかしがらずにそこらの女に詰めてもらうんだよ? もちろんギルドにいる時は、この酒場カウンターで言えばいい。それから職員の説明をよく聞いて、わからない事はなんでも訊くんだ。いいね?」
「はいはい。まるでガキ扱いだな」
「その通りなんだから仕方ないだろうって」
「あんがとさん。金はわかりやすいのは助かるが、すべて硬貨だと嵩張るなあ」
「登録が終われば業務カウンターに預金ができるさ」
「なるほどね、至れり尽くせりってヤツだ。ついでに今夜の添い寝と子守歌でもお願いすっかね」
豪快な笑いの後に続いた喜んでしてやるという声を聞きながら、ベルトに水筒とナイフを通す。
水筒はカバーだけが、ナイフは鞘が固定されるのでどちらも使いたいなら抜けばいいだけのようだ。
「なあ、兄ちゃん。本当に冒険者になるつもりかよ?」
登録をしようと歩を進めると、丸テーブルからすぐにそんな声がかかる。
「おう。心配しなくても、そこらで酒をかっ喰らってる女冒険者にノコノコ着いてったりはしねえって」
「本当に気をつけなよ。男冒険者なんて荷物持ちで回復薬で、いざとなりゃモンスターに食わせる囮でしかないんだ」
「忠告ありがとよ」
荷物持ちと囮はわかるが、回復薬とはなんだ。
そう思いながら業務カウンターで登録を頼むと若い職員はまず様々な説明をしてくれたのだが、最後にギルドカードとやらを作る段になって、男の冒険者が回復薬だという意味がなんとなくだがわかった。
身分証明書を作るためのステータス提示で気がついたのだが、片手剣を出してすっからかんになっていたMPが回復している。
「なあ、お嬢ちゃん」
「なんです?」
ふくれっ面でそう返されたのでバツが悪いなと右の胸ポケットからタバコの木箱を出すと、それに火を点けるマッチもライターもない事に気がついた。
カンッ
そんな音がしたので目をやれば、若い職員が石っぽい小皿をカウンターに置いた音。
「もしかして、灰皿か?」
「ええ。冒険者には喫煙者が多いので吸うのは構いませんが、必ず灰皿のある場所でお願いします」
「あー、今は大丈夫だ。吸いてえんだが、火がなくってよ」
「まったく。はい、どうぞ」
そう言いながら若い職員は人差し指を立てて俺に差し出している。
「は?」
「火です。ほら」
その指先に小さな、小豆大の火が点った。
「スゲエな。これも魔法かよ」
「たかが生活魔法の火種で何を言ってるんですか。それより、早くしてください」
「ああ。サンキュ」
タバコを咥えて飲み屋なんかでよくやるように、女の子の手に俺の手を添えて顔を寄せる。
「な、な、な……」
それだけで女の子の顔は真っ赤。
息も荒い。
2人きりになってちょっと押せば、簡単に股まで開きそうだ。
俺に金を渡した女も日常的に男を買っていた様子だったし、こんなにチョロイ女ばかりで性病なんかは大丈夫なんだろうか。
「なあ、お嬢ちゃん」
「な、なんですかっ?」
「もしかしてMPって、セックスで回復すんのか?」
「バッ、バッカじゃないですか。変に聞きかじって。夜明けと同時に自然回復する以外では、粘膜から異性の体液を吸収してMPが回復するんですよっ!」
「なるほど、とんでもねえな。サンキュ」
俺が手を離して紫煙を長く細く吐くと、女の子はその手をキュッと握ってからカウンターに金属製らしき板を出した。
「それは?」
「ギルドカードです。筆写スキルであなたの情報を書き込むんですよ。書くのは名前、等級、犯罪歴です。なのでまだステータスは出したままにしててください。それと裏には預金額や貢献度が書かれるんで、そちらはあまり他人には見せないようにお願いします」
「あいよ。カウンターでここだけ仕切りがあるのは、このためか」
預金と等級と貢献度の説明はすでにされている。
預金は日本でも軍が給金である軍票を預かってくれるのと同じ。
等級は10級から1級、その上に特級がある冒険者の腕の目安で、入口正面のボードに貼ってある依頼は7級からしか受けられない。
その等級を上げる手段が、貢献度。
採取、狩猟、特別とあって、その合計が100になったら等級が1つ上がるそうだ。
「できました、どうぞ。これがあなたの身分証になります。仕事で防壁から出る時は、門番に提示してください。帰りもです」
「あいよ」
「どうも世間知らずみたいだから言っておきますけど、10級なら東門から出てシチュー・ラビットを狩るか、高原にチラホラ生えてるハイネル草を採取するかですから」
「東門?」
「ギルドを出て左にまっすぐです」
「わあったよ。登録はこれで終わりか?」
「はい。その、……どうか気をつけて」
「ありがとさん」
ギルドカードを胸ポケットに入れ、酒場カウンターで弁当を受け取って依頼が貼られているボードの横に立つ。
そこにもホワイトボードのような物があって、採取や狩猟をして獲物を査定所というのに持ち込めば金になる額が書かれているのだそうだ。
シチュー・ラビットは毛皮が20Dの肉が30D。
血抜きと内臓の除去が不十分だと減額。
ハイネル草はてのひらで握り込める量が50D。
これも状態が悪いと減額。
俺を買った女は5000Dで10日は暮らせると言っていたので、シチュー・ラビットを倒せれば日銭くらいはどうにか稼げそうだ。