出会い1
もう空に雨雲はないが、田舎道は酷くぬかるんでいる。
だがこの陽気なら神代街道に出る頃には、石畳はすっかり乾いている事だろう。
たまに取られる後輪をアクセルワークでなだめながら、黙々と初めて補給要請で出した125ccのオフロードバイクを走らせる。
あの村は田舎ゆえかバイクで中に入れてもらえたので、MPの回復手段さえあれば夜中のうちにこれを出し、夜明けと同時にMPが自然回復して万全の状態で旅に出られるのだ。
いくら悪路に強い型の原付バイクでも、泥の川と表現したくなるようなぬかるみをこの速度では進めなかっただろうから、オフロードバイクを使えるのは本当にありがたい。
いつもうるさいドッペルゲンガーは無言。
きっと、泣きながら行かないでくれと懇願する、今朝のシャンナを思い出しているのだろう。
俺も何も言わずにキスだけして送り出してくれた女将の顔を思い出すと、早く南から戻って今度はゆっくりあの村で過ごしたいものだなんて考えが浮かぶ。
「ったく。だから、村に残っていいっつったのに……」
たとえ耳障りな音でも、いつもあるそれが聞こえなくなれば、気にするくらいはしてしまうものだ。
(なあ、オリジナル)
(おう。今なら、召喚して村まで歩いて帰れるぞ?)
(いやそうじゃなくてよ)
(ん?)
(お姫様くれえの歳が、オレ達のチンコをぶち込める限界の若さだよな)
(まあ、そうだろう)
(ほんでいくら年増好みのオリジナルでも、女将より年上にゃそうそう手が出ねえ)
コイツは、いきなり何を言っているんだろう。
2人の歳がいろいろな意味で抱ける限界だからって、それがどうしたというのか。
(だから何だよ?)
(つまりだ)
(おう)
(お姫様より年上に見えるいい女は、この先いつでも押し倒していいって事だろ)
(は?)
(いやあ、楽しみだなあ。まずは若い方から攻めてこうぜ、オリジナル。ほんで目標は、今年中に20歳までを埋める事だ!)
(アホか……)
ほんの少し、毛ほどだけではあるが、心配して損をした。
このスカトロリコンに同情なんて。
そうした数十秒前の自分をぶん殴ってやりたい。
「ついでにドッペルゲンガーも出してぶん殴るか」
(こえー事を抜かしてんじゃねえよ、ダボ。オレはぜってーに忘れねえからな、あの狂気の実験を! グラン地方に戻ったら、ミリアとフランにも言いつけてやるっ!)
「へいへい」
いくら能力が低くても部下を得たなら、その限界を見極めるのが指揮官の務めだろうに。
「ちょっとナイフと片手剣で抉って、銃で手足を撃ち抜かれて、2度ほど殺されたくれえで。情けねえ」
(それのどこがちょっとなんだよっ!?)
思った通り、神代街道に出た頃には石畳が乾いていて、至極走りやすかった。
だが問題の多いポテマへ背を向け、次にあるコージュの街に到着するまでに決めなければいけない事ができてしまった。
豪雨は止んだが田舎道の路面があまりにも状態が悪かったせいで、予定通りコージュの次の街へ向かったら日が暮れてしまいそうなのだ。
「どうすっかねえ……」
先を急ぎたいのは事実。
まだ補給要請のリストに4輪以上のエンジン付き車両が登場していないので、雪に弱いバイクが主な足になるからだ。
それに北国の生まれで長く最前線、日本列島の真ん中辺りで戦争をしていた俺は、実は二極化前の本やDVDでよく目にした、南国というものに興味津々であったりする。
(どうもこうもねえよ。コージュの街で早めに飲み始めて、エロい女でも探そうぜ。それも、なるべく若いのを)
「……ここは、先を急ぐか」
(オマエなあ)
「大丈夫だっての。レベルは37に上がったし」
俺の今のMPは190。
もしドッペルゲンガーを召喚しても、MPは端数切り上げだから130も残る。
それに予定より2時間遅れたくらいなら、次の街へ向かっても野営が必要になる時間より早く目的地に到着するはずだ。
要は1時間かそこら、日が暮れてからも街道を走るかどうかの問題。
ならば大丈夫だろうと、やがて見えてきたコージュの街は素通りした。
街の迂回も前回とは違って兵が巡回でもしているのか、防壁沿いに下草の禿げた道のようなものがあったので楽なもの。
神代街道に出ると、たまに擦れ違うキャラバン隊に呼び止められたりもするがスルー。
馬車にニムの顔でも見つけない限り、そんなのはシカトに決まっている。
どうせバイクを停めても話は、その乗り物は何だだの、是非ともそれを譲ってくれだので、時間がムダになるだけだろう。
「この辺りはまだ雪深い地域だからか、夕暮れから完全に陽が落ちるまでがはえーな。ライトを点灯、っと」
(なあ、オリジナルよ)
「ん?」
(夜にはたとえ神代街道であっても進まねえようにって、ミリアとフランに何遍も言われたよな)
「あの2人は過保護だからなあ」
(その理由は覚えてんのかよ?)
「当たり前だろうが。モンスターは夜行性だし、俺達より腕のいい女冒険者はパーティーを組んでその活発に行動しているモンスターを狩りに出る。だから、夜に進むのは避けろって話だろ」
(やっぱその程度の認識か。まあ、後で後悔するといいさ)
「んだよ、その言い草は?」
(断言するぞ、アホたれ。オマエは、次の街へは辿り着けない。この街道をみっともなく逃げ戻る。賭けてもいい)
「言ったな?」
(おう)
バカめ。
召喚していないから時間がわからないのか、それとも単純に頭が悪いのか。
おそらくそのどちらもだと思うが、賭けは俺の勝ちだ。
このオフロードバイクならあと1時間。
遅くとも2時間も走れば、それで次の街に辿り着く。
「なにを賭ける、ええ?」
(オレの言う通りになったら、次の街に2泊。もちろん、オレを召喚した状態でな。それと、小遣いに1万Dだ。学生を口説くんじゃ、金も必要だろうからな)
「OKOK。そんじゃ俺が勝ったら、今度こそ尿道をハンダ付けな」
(さすがに背筋がゾッとするんだが。……ま、まあいい。どう考えたって、賭けは俺の勝ちだ)
「そうかい」
(いやあ、楽しみだぜ。どんなタイプのロリっ子を落としてやっかな。こっちじゃそうそういねえだろうが、引っ込み思案なおとなしいロリなんかを探すのがいいか)
捕らぬ狸のなんとやら。
好きに言ってろと心の中で呟いて、頼りないライトが照らす石畳の神代街道に眼を凝らす。
冒険者やキャラバン隊、そう多くはないがたまにいる旅人などは、野営をするならば道の上では絶対にそれをしないというが、どんな世界にもバカはいる。
万が一にも、野営小屋や停まっている馬車に追突などしたくはない。
「ありゃ、なんかいるぞ」
ブレーキをかけ、ギアを順に落とした。
(来たか。まあここは神代街道で、もうかなり平和なグラン地方じゃねえ。十中八九、アレだろ。賭けは俺の勝ちだな)
「アレだあ?」
ドッペルゲンガーが、俺でも勝てないと確信しているような相手。
そんなのが本当にいるのなら、危険なんてものじゃない。
ブレーキをかけてギアをローに落とし、それから停止してニュートラルに入れた。
道の先に目を凝らす。
見えているのは、白い何かだ。
二足歩行。
そう大きくはないが、線が細い。
「……骨?」
(ああ。あれが闇の軍勢って呼ばれるモンスター。その中の、スケルトンさ)
「たしか、死んだ連中の死体がモンスター化したのが、アンデットとか闇の軍勢って呼ばれてんだよな」
(骨になるまではゾンビ、そっからはスケルトンってな。ゾンビなら足も遅いが、スケルトンは普通の人間より速く走るって話だ。逃げるなら、今のうちだぞ。こちとら、男と心中する気なんて欠片もねえんだ)
「たかが骨だろうに」
月すら雲に隠されている闇の中なので、距離はそう離れていない。
これなら拳銃でも外さないとグリップを握ると、ドッペルゲンガーの溜息が無線から聞こえた。
(やっぱり忘れてやがるのか。アンデットは、普通の武器じゃ倒せねえから)
「……は?」
(光系のエンチャントが必要なんだってよ。それはかけてもらえりゃしばらくは保つが、オレ達が使う銃や弾は次の日には消えちまうから相性が最悪)
「なら、どうしろってんだよ?」
(だから逃げろって言ってんの)
「何度も言うが、たかが骨だろ。今んなってようやくこっちに気づいたみてえだし、あんなトロいなら脇でも擦り抜けりゃいいだけだろうが」
(さすが、赤目の子のイカレ中尉は違うなあ。魔法を使う女のスケルトンが3体で封鎖する道を、バイクで通り抜けるとは)
「はあっ!?」
スケルトンが魔法を使う。
その言葉がウソや冗談でないのは、すぐに理解した。
スケルトンの先頭。
その骨が大きな剣を持っていない方の手をすうっと空に掲げると、その上に大人の頭ほどの火の玉が現れて辺りを照らしたからだ。
(死なねえ程度に焼かれてみろよ、オリジナル?)
「じょ、冗談じゃねえっ!」
スピンターン。
慌てすぎて車体の腹かステップを軽く擦ったが、動くならそれでいい。
アクセルを開けた。
すぐにクラッチを握って、ペダルを蹴っ飛ばす。
「うおあっちいいっ!?」
(はっは。かなり右に着弾でも、耳がちっとばかり焦げてらあ。ほーら、急げ急げ。早くしねえとおっちぬぞ、ええ?)
「反則だろうが、こんなんっ!?」
チラリと目をやったサイドミラーに、また赤い火が映る。
「くっそおおっ!」
まるでお調子者の新兵のような蛇行運転。
だが、こっちはとんでもなく必死だ。
ドオンッ
「あぶねえっ!」
(惜しいな。片脚くれえなら持ってってくれていいってのに)
「縁起でもねえって、タコ助!」
(へえ。怪我だけじゃなく、HPの減り方とドッペルゲンガーが死ぬ時の痛みの考察にって、オレのふとももの大動脈を撃ち抜いて観察。そのまま失血死させたヤツは誰だっけなあ。ええ、オリジナル様?)
「俺だって痛みを感じてたんだからいいだろうがよ!?」
(知るか、クソヤロウ。ほうら、水の塊と風の刃も飛んで来たぞ)
「もうぜってー夜は街から出ねえっ。なんなんだ、このヤバい世界はっ。原付バイクのままなら、くたばってたぞっ!」
(この世界の危険さを、やっと理解してくれたようで何より)
神代街道を全速力で逃げ帰った俺を出迎えたのは、2時間ほど前に通過したコージュの街の立派な防壁と、俺を見ただけで何が起こったかを察したらしい苦笑いの女兵士だった。
「開門を希望だ、姐さん。この乗り物で入っていいのか?」
「悪いけど、馬なんかは駅逓ギルドに預けてもらわないといけない決まりなんだ」
「なら消すから、入るのは俺だけだ。くっそ、どこまでもツイてねえ。ほらよ、ステータスだ。なんならケツの穴まで広げて見せるかい?」
「い、いや大丈夫だ。……よし、ステータスに問題なし。入っていい」
「ありがとよ」
「それと、これはサービスだ」
キスでもしてくれるのかと思ったが、そうではないらしい。
女兵士に肩を慰めるように叩かれてから、通用口に導かれただけだ。
(何だったんだろうな、サービスって)
(ああ、焦げてチリチリんなった髪を切って整えてくれたんだよ。生活魔法か風属性魔法かは知らねえが)
(ふうん。そういや、耳とか少しばかりいてえな)
(いいからさっさと物陰でオレを召喚しろ。それから、金)
(1万なんて額、財布代わりの巾着にあったか?)
(ねえんならギルドで下ろせや、ダボ)
(……まるで、チンピラにカツアゲでもされてる気分だ)