「まいったねえ、こりゃ……」
東門はトラックが並んで通れそうな大きさで、俺はギルドカードを門番に見せただけでその横にある徒歩用通用口というドアを抜けさせてもらえた。
その先にあったのは石畳がまっすぐに伸びる街道と、見渡す限りの大平原。
いや、ギルドの業務カウンターのいかにもチョロそうな女の子は高原と言っていたか。
もちろんこんな場所に来た事のない俺に、査定所に持って行けば金になるというハイネル草なんて、星の数ほど生えている雑草と区別がつくはずがない。
ならばもう片方の獲物、シチュー・ラビットを狩るしかないのだが、そこかしこで跳ねたり草を食んでいるそれは、俺が近づくと地面にある巣穴に素早く逃げ込んでしまう。
試しに巣穴に手を突っ込んではみたものの、そんな方法で野生動物だかモンスターだかわからないシチュー・ラビットを捕らえられるはずがない。
手に付いた土を払いながら立ち上がり、とりあえずステータス画面を開いてハイドの文字をタップした。
ハイド
アクティブ・スキル
消費MP5
スキル名の発声で発動 慣れれば思念のみでも発動可能
30秒間、己の存在を希薄にする
ハイド状態からの攻撃でボーナスダメージ追加
発動から1分で再使用可能
他者からの発見率はレベル差に依存して変動
発声、攻撃行動で残り時間に関係なく効果は切れる
俺のMPは10。
つまりこれが役に立ったとしても、2匹しかシチュー・ラビットを狩れない。
5000Dで10日を暮らせるなら、必要な日銭は500D。
シチュー・ラビットは1匹で50Dにしかならないのだから、稼ぎが足りるはずがないのだ。
「……しばらく、カラダで稼ぐしかねえのかなあ」
弁当の木箱が入ったカゴを地面に置き、背負っている片手剣を抜く。
酒場スペースの壁に貼ってあったメニューには、パン1つ10D、日替わりスープ15D、なんとかのソテー50Dなどと書いてあった。
若い肉体に必要なのはできるだけ過酷な訓練と、それに耐えて筋肉をつけるだけの栄養。
「なんなら1匹は焚き火でもして焼いて、晩メシにしちまえばいい。……ハイド」
足音を殺し、息を止めて20メートルほど先にいるシチュー・ラビットに接近を開始する。
15メートル。
無害なウサギにしか見えない獲物は、のんきに後ろ足で首の辺りを掻いている。
10メートル。
さっきまではこの距離で迷わず巣穴に駆け込んだというのに、動きはない。
5メートル。
ヒクヒクと蠢く、小さな鼻の穴まで丸見えだ。
殺れる。
地を削るように滑らせた剣先を、その首元に向かって跳ね上げた。
血飛沫。
わずかばかりの断末魔が、冷えた風に乗って散ってゆく。
「よし」
飛び道具さえあれば。
そんな思いを噛み殺し、後ろ足の頸動脈を切って腹も裂いた。
しばらく持ち上げていると血が抜けて臓物が垂れさがったので、ブーツで踏んで引きちぎる。
「明日は弓だけじゃなく、獲物を入れるカゴも必要だな」
ドクンッ
そんな風に心臓が跳ねたのは、同じ要領で2匹目を屠った直後だった。
突然感じた生れて初めてといえる種類の動悸に、悪寒が背筋を這い上がる。
「ああ、もしかして……」
ステータス画面。
思いついてそれを開いてみれば、HPが20のMPが5と表示されていた。
どうやらレベルアップでHPとMPが増えたらしい。
たった5でも、元が元なのでありがたい話だ。
「増えた分がそのまま使えるのはツイてるな」
ならばともう1匹を倒してまたステータス画面を開くと、レベル2という表示の横にあるバーが緑色で4分の1ほど塗り潰されている。
つまりはあと3匹のシチュー・ラビットを殺せば、またレベルアップという事だろう。
「ま、その手段がねえんだけどな。ナイフ投げを曲芸じゃねえかと笑ってねえで、ちゃんと訓練しとけばよかったぜ」
東日本陸軍ではナイフ投げなどは必須訓練ではなく、個人が必要だと判断したならば先任などに教えを乞うシステムだった。
中には石を投げて敵を昏倒させるツブテなんて技を使えたヤツもいたはずなので、俺もそれらを訓練していれば。
「ま、後の祭りだあな。だがこっちで戦う肝が、スキルとそれを使うためのMPだってのは体で理解した。さあて、どうすっか……」
弁当とは逆の手にウサギの耳を束ねて持ち、門番に教えられた査定所を目指す。
だがたった数分の道行きで毎日女を抱く以外の方法なんて思いつくはずもなく、大きな石造りの建物に到着した。
「兄ちゃん、獲物の持ち込みはこっちだよー」
そう大声で言いながら手を振る女は、建物の端にある屋根だけのスペースの大きなテーブルの前に立っている。
「助かったよ、ねえさん。なんせ初めてなんでね」
「だろうね。見ない顔だし。この木札を持って、そこのドアの先にある査定カウンターに出しな。ギルドカードも一緒にね」
「りょーかい」
足を踏み入れた査定所は冒険者ギルドより狭く、酒場スペースもない。
カウンターの黒縁メガネの女に木札とギルドカードを渡すといくつも並ぶベンチで待つように言われたので、それが横列ではなくコの字型に置かれた、真ん中にスタンド型の灰皿のあるベンチに腰を下ろす。
「あ、火がねえんだった」
「ほら」
そう言いながら先から火を出した人差し指を俺に寄せたのは、こちらでは珍しい黒髪の女だった。
20ほどに見えるその女はなかなかの美形で、肩にかかるくらいの黒髪が片目を隠すように流れている。
胸と尻はないが痩せ型で、髪と同じくシックな感じの黒いミニスカートが色っぽい。
「ありがてえ。悪いね、姐さん」
「いいさ。新入りかい?」
「まあな」
「男のくせに冒険者とはねえ。酒場で女にケツを撫でられながら酒でも運ぶ方が、よっぽど稼げるだろうに」
「ふーっ。こっちじゃ、男はみんながそんな仕事を?」
「まさか。普通の街と同じで店番したり、魔法やスキルじゃできない手仕事でする加工なんかを請け負ったり、そんなのが多いさ。ただ人より贅沢をしたかったら、金持ち女に飼われるか体を売り物にするしかないねえ」
「なるほど」
「おっと、名前が呼ばれた。お互い珍しいソロ同士、またギルドで会ったらエールでも奢るよ」
「楽しみにしとくよ、姐さん」
女が立ち上がった拍子に、短いスカートから黒い下着がチラリと見える。
わざと対面に座った訳ではないのだが、まあラッキーか。
「カズヤ・ホリノウチさーん」
「あいよー」
だいぶ短くなったタバコを揉み消し名前を呼んだ黒縁メガネの職員の前に立つと、ギルドカードと1枚の分厚い紙を手渡された。
「これは?」
「ああ、新人さんね。それには、ここに持ち込んだ物の査定結果が書かれてるの。それを冒険者ギルドの業務カウンターに出せばお金が支払われて、等級を上げる貢献度が加算されるって訳」
「へえ。良く出来たシステムだな」
「そうよ。チェックがたくさんあるから、内容を勝手に変えてもすぐバレるし」
「しねえっての」
「でしょうね。でも、そんな金額で大丈夫?」
黒縁メガネの女が言うのは、たった150Dの稼ぎで暮らしていけるのかという事だろう。
「まあ、どうにかなるさ」
「どうにもならなくなったら、業務カウンターで職員の誰かに相談するのよ。いいわね?」
「サンキュ」
女が男を買うような街だからか、どいつもこいつも過保護なもんだ。
査定所を出てまた通用口から街の中に入れてもらっても、小腹が空いたかなと感じる程度。
なら、時間があるから冒険者ギルドに戻るついでに、店などをできるだけ観察しようか。
「にしても、見てるだけで目がチカチカしてきそうだ」
客も売り子も、派手な髪色の人間ばかり。
それに獣の耳や翼が生えていたりして、女はきわどい服が多いのだからなんというか。
小柄なのが多い男連中は例外なく髪が長く、肌もほとんど露出していない。中には防寒にはまだ早いだろうに、手袋をしているヤツまでいた。
「看板が絵なのはおもしれえな」
フォークとスプーンの載った皿の絵が飯屋で、ジョッキが酒場。
ベッドの絵がおそらく宿屋だろう。
ギルドに到着するまでに見かけたベッドの絵は3つ。
どれもそれなりの店構えに見えたのは、大通りゆえなのだろうか。もし俺が宿に泊まるなら、もっと裏通りを歩くべきかもしれない。
「おお、来た来た」
「やっぱはえーなあ」
「なーに、早い男ほどかわいいもんさ」
冒険者ギルドに戻った俺に、丸テーブルで酒を呷る連中がそんな声をかけてくる。
「おいおい。傷心の若人にそりゃねえだろうがよ」
「はっ。いいから換金したらこっち来な、エールとメシくらい腹いっぱい食わしてやっから」
「お優しいねえ。助かるけどいいんかよ?」
「当たり前だっての。駆け出しには奢るのが先輩冒険者ってモンさ」
「ありがたくって泣けるぜ。んじゃメシと酒は遠慮なくたかるとして、安い宿に泊まるならいくら必要だい? だいたいの金額でいいんだが」
「連れ込み宿なら300から500。普通の宿屋は数が少ない旅人向けだから、安くても800はするなあ。本当なら駆け出しはギルドの2階の大部屋で雑魚寝して金を貯めながらレベルを上げるけど、ありゃ男は間違いなく犯されるから泊めてもらえなかったはずだ」
「……キッツいなあ」
「寝泊りとかメシとか、その辺も含めて飲みながらアドバイスしてやるよ。だから早く換金を終わらせな。そこまでが、冒険者の1日の仕事さ」
「へいへい」
業務カウンターで紙を現金に換金。
ついでに財布に1000Dを残して預金をして戻ると、酒場スペースの真ん中にある丸テーブルにまるで連行でもするようにして連れて行かれた。
「ほら、まずは乾杯だ。ツマミも遠慮なく食え。パンもあるぞ」
「メシは弁当があっから」
「それは夜食にでもしろって。木箱は明日にでも返せばいい」
「なるほど」
「んで、初日の稼ぎは? どうせ、MP切れでこんな早く戻ったんだろ?」
「ああ。稼ぎは150D」
「あちゃー……」
「レベルが近い連中とパーティーを組まなきゃ、とてもじゃねえけど食ってけねえな」
「パーティー?」
「そっからかよ、おい」
飲みながらパーティーについて説明を聞くと、どうやら誰かに指揮をされる事のない冒険者も、稼ぎの効率化を考えて群れるのが一般的であるらしい。
「ルーキーは前衛か、それとも後衛か?」
「どっちもできるんじゃねえかな。MPを使って物を出して戦うんだ。相手には合わせやすい。でも、せっかく自由にやれるのにわざわざ群れるのもなあ」
「うっわ、よりによって召喚系クラスかよ」
「攻撃スキルはあんのか?」
「まだ3回しか使えねえけどな。でもあれ、攻撃スキルって言っていいのか微妙だな」
「おいおい、肉バイブコース待ったなしだな。どうするか……」
「んだよそれ?」
「召喚系は器用貧乏だからな。パーティーを探すのも一苦労なんだよ。そんな男の冒険者が急いでレベルを上げようと思ったら、同レベル帯で期待の新人がいるような強いパーティーに入れてもらって、経験値を分けてもらう代わりに股を開くしかねえんだ」
「へえ。まあ、俺はしばらく1人でいいさ」
セックスは好きだが、女の機嫌を取るために這いつくばって秘所を舐めまくるようなのは嫌いだ。
ここがどこなのかもわかっていないし、日本に帰りたいとも思わない。
誰に命令される事なく戦ってメシが食えるなら、少しくらいのガマンはできるだろう。
まあ、のんびりやるか。
そう心に決め、エールのジョッキを呷った。