キナがタンデムシートから下りて、背負っていた低級和弓を手に取る。
嵩張るので持ち歩いてはいないが、弓の心得はあると言っていた通り、なかなか堂に入った構えだ。
「いいですか?」
「あいよ」
「おう。ちょうどよく2匹だから、接近されたら剣の腕も見せてもらうか。そっちが本職なんだろうし」
2台のバイクの間に立って弓を引き絞るキナが、物騒な類の笑みを浮かべる。
どうやら、接近戦には自信があるらしい。
「ではまず、ハイディング」
キナの姿が、不意に見えなくなった。
「へえ」
「この状態からだと、攻撃にボーナスが付くので」
「しかもオリジナルのと違って、発声で効果が切れねえとは。羨ましいだろ、オリジナル?」
「かなりなあ。好きなタイミングで攻撃していいぞ、キナ。外したら俺かドッペルゲンガーが1匹を撃ち殺すから、気楽にやればいい。おそらく初めて使う和弓なんだし」
「ありがとうございます。……血反吐を吐いて転げまわりなさい、駄犬ッ!」
なんて掛け声だよ。
「へえっ。いいねえいいねえ、勇ましいねえ。今夜は罵りながら顔面騎乗でもさせて、それから足コキでもしてもらうか」
矢は見事に1匹のどてっぱらに命中。
ハイエナドッグのHPバーが色を失くす。
同時に、ハイディングの効果が切れた。
ニヤリと笑っているキナはドッペルゲンガーのバイクのタンデムシートにあるバックパックの上に弓を乗せ、前に出ながら背負っている日本刀をすらりと抜く。
「おい、スカトロリコン。まさかMっ気もあるんかよ?」
「当たり前だろうが。オレ達はオマエが思ってるより、ずっとハイスペックなんだよ。舐めんじゃねえ」
「……自分がハイスペックな変態だなんて、知りたくもなかったんだが」
構えるでもなく抜き身を右手にぶら下げるキナは、歩を止めない。
「あははっ。力の差も理解できないなんて、なんて愚かな犬畜生なの。きっと、自分の血と臓物の上に倒れ込まなきゃわからないのね。哀れだわぁ」
「……キャラ変わりすぎだろ、おい」
「でもキナはね、そんな生きてる価値もない汚物を、この手でぶち殺すのが大好きなのよおッ!」
「ったく。そんなトコまで似なくていいっての」
キナの親族になど会った事はないのに、ドッペルゲンガーがそう呟く。
「どういう意味だ?」
「気にすんな。それより、ちゃんと見てろよ。オマエは不意を突いてレベル200オーバーのネズミとブタをぶっ殺したが、純戦闘職の女冒険者の本気ってヤツは、ほぼ同レベルでも厄介そうだ」
「キナのために、精々いい声で啼きなさい。……鬼哭寂滅ッ!」
魔法。
あのトンネルで俺が叩き斬った風の刃か。
「いや、違うな」
「っはー。生きながら細切れにされるなんて、おっそろしいスキルだなあ」
たしかに細切れだ。
番を殺された怒りに任せてキナに駆け寄ったハイエナドッグとかいうモンスターは、その手前10メートルほどで全身から血を噴き出した。
それだけでなく、走りながらその身のほとんどが切り刻まれ、挽肉のようになって断末魔すら上げずに死んでいる。
「……ふうっ。お粗末様でした。どうでしょう、前衛は任せてもらえそうですか?」
「ま、オレはいいぜ。合格だ」
「前衛なあ。こっちの指示に従ってくれるならいいが」
「それは、もちろんです」
「ならいいさ、乗りな。ドッペルゲンガー、弓や矢筒はもう消していいぞ」
「へいへい」
できるだけ先を急ぎたいので、初めに出会ったモンスター以外は可能な限りスルーする予定だ。
だから30メートルほど先に倒れている犬のモンスターくらいなら街まで運べる原付バイクではなく、わざわざオフロードバイクを出して改造までしている。
「やっぱ、原付バイクよりだいぶはえーな」
「ああ。キナ、気分が悪くなったりは?」
「始めはあまりの速さで目が回ったようになりましたけど、最初の街が見えるずっと前に慣れました。バイクって、本当に凄いんですね」
最初の街には、1時間と少しで辿り着いた。
そこを迂回して先を急ぎ、今こうして防壁を見上げているのが目的地であるムジュネの街だ。
まだ宿に頼んでおいた弁当さえ使っていないので、今日はかなりの時間を狩りに使える事だろう。
「ちっと待ってろ。門番に話しかけて、ノートにゃ書いてねえような情報を集めてくる」
「あいよ。頼むぜ、新米スパイ」
スタンドを出しはしたがエンジンは切らず、バイクに跨ったままタバコを咥える。
俺が体でもほぐしたらどうだと言うと、キナは素直にタンデムシートから下りて準備体操のような動作を始めた。
慣れないバイクへの乗車姿勢と石畳の振動でずいぶん身を硬くしていたので、そんなのも必要だろう。
「進んでも街2つ。そう決めたのは正解だな」
「キナなら大丈夫ですよ?」
「急ぐ理由もねえさ。ドッペルゲンガーの話じゃ、西に向かうまでのんびり進んでも雪に降られはしねえらしいし」
「気温もだいぶ違いますよね、もう」
「だな。この街を出たら毛皮の帽子とコートは、バックパックに仕舞い込むしかなさそうだ。もっと南下すりゃそのうち、また半袖の夏季迷彩服だけで動くようになんのかもな」
そんな雑談をしながら1本タバコを灰にすると、ドッペルゲンガーが咥えタバコでハンドルを操ってこちらに向かってくるのが見えた。
「待たせた。やっぱ左方向に防壁沿いを進んで、次の門に着いたらそれを背にして直進だとよ」
「了解。兵の態度はどうだった?」
「悪くねえな。こっちが探りを入れる前に、駅逓ギルドや冒険者ギルドの場所まで教えてくれたし」
「へえ」
「俺達が向かう次の門にも、ギルドの査定所はあるってよ。神代街道じゃねえから石畳は敷かれてねえが、港までは馬車が擦れ違えるくれえの道が伸びてるとさ」
「そんじゃ、行くか。今からなら、昼までに少しは稼げそうだ」
「だな」
俺達が辿り着いた神代街道にある門は北門なのだろうが、東門に向かう道はあぜ道に毛が生えた程度のものだった。
それが東門から港まで向かう道となると至極走りやすく、おかげで1時間とかからず港からかなり南の、砂浜を見下ろす安全そうな場所へと到着。
「うっはー、いるいる。あれがサハギンだろ、子猫ちゃん?」
「はい。海岸線にある街や村では、家畜の肉より食べられているモンスターですね」
「そういやファマルの店で、そんなの食ったなあ」
その白身魚だと思い込んでいたソテーは、身がしっかりとしているのにかなり脂がのっていて美味かったように記憶している。
「そんじゃ、こっから狙撃だな。子猫ちゃんにクロスボウを出してやれよ、オリジナル」
「ああ。低級なら、ボルトをかなり出してもMPの回復はいらねえしな。ちょっと待ってろ」
サハギンというらしい人型モンスターは砂浜にポツポツといて、のんびり砂の上に座り込んでいたり、岩のような物を手にした長柄武器で突いたりしている。
食用でかなり食卓に上がるそうなのにそれを狩る人影が見えないのは、少し先にある森が理由なのだろう。
ここを狩り場に決めたのはドッペルゲンガーだが、サハギン狩りの経験があるというキナに確認すると、ここでもいいが森にこれ以上接近するのは危険だと忠告をされている。
「これがクロスボウだ、キナ」
「オレが使い方を教えとく。さっさとボルトと矢筒を出せって、オリジナル」
「へいへい」
俺は面倒なので嫌いだが、ドッペルゲンガーは人に何かを教えるのが楽しいと感じるタイプなのかもしれない。
その声音はいつもより少しだけ弾んでいるようなので、素直に教師役は任せてしまった方がよさそうだ。
「ボルトは、こうしてから番える」
「なるほど。でも飛び道具は曲刀マスタリーの効果が乗らないので、あまり好きではないんですよね」
「ははっ。まあ、楽しみにして待ってろ。こんなのが前衛職には不向きだって認識は、数日もオレ達と狩りをすれば改められる」
「凄い自信ですね……」
「事実だからな」
聞くともなしに2人の会話を耳に入れていると、どうやら先に海とは反対方向に向かってクロスボウの試射をするらしい。
なので、俺は砂浜を警戒する事にした。
とは言っても草の上に胡坐を掻き、タバコを吹かすだけだが。
「草原っぽいここから砂浜までは、風で削られたのか結構な急斜面。こっから狙撃なら、かなり楽ができそうだな」
斜面の半ばまででもサハギンを引きつけてから倒せば、それだけ回収も容易になるだろう。
10分ほどのレクチャーが終わると俺の隣にクロスボウを持ったキナが、その隣にライフルを担いだドッペルゲンガーが並んで立った。
「子猫ちゃんは、さっきスキルが乗らねえから飛び道具は嫌いだって言ったよな?」
「嫌いとまでは言ってないですけどね。そんな感じです」
「オレにもそんなスキルはねえ。だが、こんな事はできる」
パアンッ
そんな音に驚いた様子のキナだが、500メートルほど先にいるサハギンが脳漿を飛び散らせながら砂浜に倒れ込むと、信じられないと呟いてから黙り込んだ。
「見たか?」
「は、はい。あんなに遠い、20ビットは先にいたサハギンが1撃で……」
「そうじゃねえよ、子猫ちゃん」
「えっ?」
「オレが言ってるのは、サハギンのどこに弾が命中したかだ」
「ちょっと待ってください。……目、ですか?」
スキルでも使ったのか、キナがそう問う。
「そうだ。ちなみに今、スキルを使ったのか?」
「いえ、獣魔法です。遠くがよく見えるようになる」
「ふうん。なら子猫ちゃんは、こんな風に狙撃で敵を倒す素質があるってこった。人殺しの経験は?」
「あ、あるはずないじゃないですかっ」
「そうかい。そこでだらけてるオリジナルは、少し前にレベル200オーバーの女を2人殺してる」
「だ、だから何なんですか。カズヤさんは理由もなしに人を殺すような人じゃ!」
「そうじゃねえっての。まず聞け。そん時のオリジナルのレベルは、8」
「たった、8……」
驚いてばかりのキナに、ドッペルゲンガーがそんなレベル差のある、しかも魔法まで使える女をどうして俺が殺せたのかを説明し始める。
おそらくだが、いい機会だから俺が女将とシャンナの村の人気のない空き地でドッペルゲンガーの体を使ってした、あの実験の考察も聞かせるつもりだろう。
「そんな。HPがどれだけ多くても、急所を狙えば人が死ぬなんて」
「この世界の女、戦う人間が無条件で信頼してるHPってのは、その程度のモンなんだよ。その証拠にオレが2度オリジナルに殺された時、殴っても蹴っても斬っても、血を流し続けてもHPは少しずつ減った。そして失血死と同時に、HPは0になったんだ」
「な、なんでカズヤさんがもう1人の自分を殺すんですか……」
「赤目の子のイカレ中尉だからさ」
「うっせ、タコ助」
「んでその直後に再召喚されてまた殺されたんだが、そん時はHPが満タンの状態で頸椎に採取用のナイフを刺されて即死。刃渡り10センチもねえナマクラナイフでだぜ? 人なんて、そんくれえ簡単に死ぬんだ。HPなんてのは、死ぬまでの目安でしかねえのさ」