ドッペルゲンガーの話に何か思うところがあったのか、キナは手にしたクロスボウをじっと見つめて動かない。
(ちょっとばかり刺激が強すぎたんじゃねえか、ドッペルガンガーさんよ?)
(そんな怒るなっての。冒険者をしてりゃ、命のやり取りなんかをするような状況もきっとある。オレ達といる間はいいが、そうじゃねえなら知っておかねえとよ。たぶんこんなのは、どんな冒険者も生きるか死ぬかの狩りを繰り返して自然と理解してくんだろうが、子猫ちゃんはまだまだ駆け出しなんだ)
(まあなあ)
そんな事を話しながら見守っていると、キナは勢いよく顔を上げた。
「ドッペルさんっ」
「お、おう?」
「これの使い方を教えてください。それから、急所というのも知っている限りっ!」
「なら、そんな妙な呼び方はやめろ。オレの事は先生か師匠と呼べ」
「はい、師匠っ!」
やれやれという気分で腰を上げる。
「そんじゃ変態師匠、俺は教材を引っ張ってりゃいいんだよな?」
「ついでに倒したサハギンも担いでここまで運ぶんだよ、バカ弟子」
「うっせえ、タコ助。俺まで勝手に弟子にすんなっての。ほらよ」
「お、気が利くじゃねえか」
俺がドッペルゲンガーに渡したのは、自分の後装式単発ライフルだ。
サハギンはそう機敏に動き回ってはいないし、他の個体が突然死してもフロッギーのような仲間意識は見せていない。
だが敵があれだけとは限らないので、装填せずに撃てる銃はあって困らないだろう。
「頑張ってな、キナ。初めて使う武器なんだから、ゆっくり慣れていけばいい」
「はいっ」
「リヤカーはこっちで出しとくぞ」
「査定所までリヤカーをバイクで曳くんかよ。まあ、ほぼ人間の死体と同じ重さだろうからなあ」
「ああ。キリキリ働けよ。オマエの大好きなトレーニングだ。好きなだけ砂浜を走り回れ」
「へいへい」
ツブテの技なんて身につけていなくとも、石を投げて気を惹く程度なら俺にだって可能。
石でサハギンをおびき寄せ、2人のいる場所まで駆け戻る。
それを繰り返しながらキナのクロスボウの練習をしていると、昼過ぎにはドッペルゲンガーの出したリヤカーはサハギンでいっぱいになった。
それからも狩りを続け、夕暮れまでに倒したサハギンは、なんと38匹。
レベルが40にまで上がって、ドッペルゲンガーを出していないならHP210のMP205だ。
補給要請の画面を開いてみれば、パッと見ただけでもかなり召喚可能な物が増えている。
もちろん武器も増えているので、明日はもっと狩りが楽になるだろう。
「けっこう稼いだな」
「た、たった1日足らずで、こんな。納品書の額、キナがいたパーティーの1週間分以上ですよ……」
「まあ俺達は移動手段だけじゃなく、武器も特殊だからなあ。早くこんなのにも慣れな」
あれだけサハギンを査定所に持ち込んだので、ずいぶんと懐は暖かくなるだろう。
キナは自分がそれの半額も受け取るのは納得がいかないと渋ったが、嫌ならパーティーは解散だと言うと、涙目にはなったがどうにか折れてくれた。
「この調子なら、レベル50なんてすぐかもな」
「ですね。南の、特に内陸はあまりお金にはならないけど、経験値はいいモンスターが多いそうですし」
「春までに100はムリか?」
「さすがにそれは。50でもスキルは増えるんですから、それで充分じゃないですか」
「まあな」
「それよりオリジナル。オレは買い出しに行ってくんから、ギルドは任せたぞ」
「おう」
「そんじゃな。バックパックは担いでく」
「あいよ」
サハギンを査定所まで運んだオフロードバイクとリヤカーは、すでに消してある。
たとえ停めておくだけでも、この世界ではまず見られない造形の鉄の塊は目立ち過ぎるのだ。
ギルドの査定所から出て門からムジュネの街に入ると、ドッペルゲンガーは後ろも見ずに手を振って大通りを歩いてゆく。
「あれ。ギルドも市場も、方向は一緒なんじゃ」
「たぶんそうなんだが。……ああ、そういう事か。マジでクズな、アイツ」
「お、大荷物でよろけて、転びかけましたね」
「しかもドッペルゲンガー好みの、若いってよりは幼い女の子の前でな」
「つまりあれは、ああやって助け起こされながら……」
「ああ。好みの容姿をした女の子の中から、特に性癖も合うのを接触鑑定で探してんだろうな」
「師匠、さすがにそれは……」
「まあいい。アレが変態で外道なのは知ってるしな。行くぞ」
「あ、はい」
ムジュネの街は、背の高い建物こそそう多くはない。
だが道を行き交う人々の表情は明るかった。
「やっぱ悪くねえ街みてえだな」
「はい」
「キナは買い物なんかはいいのか?」
「うーん。特にはないですね」
「そうか」
俺からしてみれば女とはとにかく買い物が好きな生き物であるという認識だが、こちらでは男の方がそう思われているのだろうか。
並んで大通りを歩いて目的地である冒険者ギルドに到着し、そのドアを潜ると酒場スペースにいた女冒険者達から様々な声がかけられた。
一緒に飲まないかだの、パーティーに空きはないかだのはまだいい。
だが『今晩だけでいいからその肉バイブを貸しておくれよ』という野卑な笑い交じりの声には中指を立てて向け、キナの腕を掴んで業務カウンターへ歩み寄った。
ムリヤリにでも着いて来させなければ、キナはガラの悪そうな女の首を飛ばしてしまっていたかもしれない。
ジョッキを呷っていた腕の立ちそうな数人の女冒険者などは、黒い髪やネコ耳の毛を逆立させたキナの放つ殺気を感じ取り、避難するために腰を上げかけてもいた。
「換金を」
「お疲れさまです。では納品書とギルドカードを」
「むー。……お願いします」
「俺のはこれだ。金は2で割って、それぞれの口座に預金を」
「わかりました。少々お待ちください」
カウンターには吸殻が何本か見える灰皿があるので、遠慮なくタバコに火を点ける。
日本より喫煙者が多そうなこの世界だが、街中での咥えタバコは厳禁。破れば衛兵が飛んできて、下手をすれば牢獄行き。
街では吸える時に吸っておくのが、もう癖になりかけているのだ。
「お待たせしました。ギルドカードの確認をお願いします」
「サンキュ」
「ありがとうございます」
俺もキナもスキルで書き直された数字に間違いはなかったので、業務カウンターに背を向ける。
「酒場カウンター、寄っていいか? タバコを買っときてえ」
「あ、はい。じゃあ、ついでにお酒も買っていきます?」
「どうだろうな。ドッペルゲンガーに確認してみる。ナンパばっかしてるようならその場で消してやりてえが、それをさせねえためにヤツは自分から荷物持ちをしてるんだろうな」
「あは。師匠らしいですねえ」
「まったくだ」
無線を繋ぐ。
ドッペルゲンガーはもう市場にいるそうで、かなり混雑しているから酒だけでも買っておいてくれと返事が来た。
なのでエールと蒸留酒の小樽を1つずつと、タバコ5箱を買ってギルドを後にする。
「もうすっかり夕暮れだな」
「はい。市場で師匠と合流ですか?」
「いや、あっちも東門に向かうとさ。だからそこで合流だな。どうやら、好みの女の子には出会えなかったらしい。ザマアミロだ」
「あはは」
東門の前で両手に荷物を抱えたドッペルゲンガーと合流し、野営小屋を建てる場所を大雑把に決めてキナを間に挟んで歩く。
何気なく目に入った、草原に長く伸びる3人分の影。
さっきのギルドでの殺気など欠片も残っていないようで、影の真ん中でシッポが機嫌よさそうに揺れていた。
思わず笑みを浮かべてしまう。
「ったく、デレデレしやがって」
「そんなんじゃねえっての」
「なんの話ですか?」
「別に。それより、ここいらでいいんじゃねえか。森からも海岸からも、街の門からも充分に離れてる」
「ですね。じゃあ、ここに小屋掛けしちゃいます」
「頼む」
「MPの回復は任せてくれていいからな」
「ま、また師匠はそんな事ばっかりっ」
土属性の魔法で作る野営小屋。
地面が音もなく盛り上がり壁や屋根に姿を変えてゆくのは、初めて見る光景だ。
俺とドッペルゲンガーが感嘆の声を上げると同時に、キナの作業は終わったらしい。
「入り口は入ったら塞ぎますね」
「ああ」
野営小屋にはトイレらしき小部屋や高い位置にある換気窓だけでなく、壁際に暖炉まである。
「とりあえず、家具を出す。深夜0時にゃ消えっから、最低限のもんだけどな」
「おう。ちゃっちゃとやれ」
「へいへい」
まずはソファーセット。
これはメシを食ったり酒を飲むだけでなく、ほぼ確実に前戯の場になるだろうから、MPを100消費してかなりいい品を出す。
「わあっ。素敵なソファーとテーブル」
「んでベッドは最高のを出すから、まずはこれだな」
「なんです、これ?」
出せたのは、白とオレンジ色で塗られた缶が1つ。
「魔法のない世界で調理をするのに必要な道具だよ。もっと準備が必要なんだが、MPがスッカラカンだ」
「じゃ、じゃあ、またMPの回復ですね」
「そうなる。ただ、野営小屋なら染みても問題はねえだろ?」
「……です」
「ならこっちに来な」
「はい」
唇に触れるだけのキス。
すぐに離れた俺の唇を思わずといった感じで追いそうになったキナは、その大胆な行為に自分でも驚いたらしい。
「ははっ」
「えと、その」
「いいんだっての。ほら、ソファーでキスの続きだ」
「はいっ」
ソファーに座りながら、肩を抱き寄せてかわいらしいネコ耳にキスを落とした。
ドッペルゲンガーはまだ参加するつもりがないようなので、遠慮なく焦らす。
耳に、首に、惜しげもなく晒されている鎖骨にも俺の唇は触れるのに、深いキスがどうしても来ない。
そんな焦らされ方に慣れていないキナは、どうしていいかわからないようだ。
「さ、さすがにそれは恥ずかしいですよ……」
「何が見えたんだか、ったく。鑑定スキルってのは、いろんな意味でやっかいだよなあ」
「ごめんなさい」
「自分が悪くないのに謝るんじゃねえ」
「は、はい」
「そんで、俺の思考はどんなだったんだ?」
「ええっと……」
どれもこれもロクな思考じゃない。
思わず、本気で自分の頭の心配をしてしまうほどだ。
「普通が一番だよな。俺はどっかの変態とは違うから、うん」
「ケンカ売ってんなら買うぞ、オリジナル?」
「でもキナは、朝からたくさん汗を掻いたカズヤさんのを口で清めますけどね」
「腹を壊さねえならいいがよ」
「性行為ならお腹を下さない生活魔法を使うに決まってるじゃないですか。……腰、少し浮かせてください」
「あいよ」
下着ごと脱がされたズボンのベルトには、いつもポーチが付けてあってそこに小さな灰皿が入れてある。
それをキナとは反対側のソファーに置いてから、胸ポケットのタバコを咥えて火を点けた。
「すっごく素敵な匂いです」
「そうかい」
ドッペルゲンガーはテーブルに買ってきたツマミや酒の樽を並べ、自分のMPでジョッキや皿などを出して並べている。
その作業が終わって俺にジョッキを渡したドッペルゲンガーは、自分で服をすべて脱いでから最初の1杯を口に運んだ。
「ふーっ、うめえ。子猫ちゃん、こっちもしゃぶりな。その間はオリジナルのチンコに唾液を垂らして、それを尿道にまぶしてりゃMPは回復する」
「は、はい。……んちゅ」
「なんで仁王立ちなんだよ。座れって。それとキナ」
「ふぁい?」
「回復した分のMPで、膝が痛くねえように横長クッションを出す。ちょっとソファーに上がってくれ。……そうそう。よし、もういいぞ」
「じゃあオレも座るか。お優しいねえ、オリジナル様は」