「いたぞ、ムートだ。距離500からでいいんだろ、オリジナル?」
「ああ。ゼロインは500に合わせてある。初めてだからな。そのぐれえの距離がいいだろう」
「が、頑張りますっ」
カリタスで3日の休暇を過ごし、あの街を出て、まだ1時間にもなってはいない。
結局、どれだけ天秤教の神官が死体を調べても、アニマがあんな姿になってしまった理由は判明しなかった。
わかったのは、ワース教の教会から城へと繋がるトンネルをアニマがネジュに命じて掘らせたという事。
ただまあオレとしてはそんな事よりも、あのMっ気の強いお姫様が保護観察処分で済んだのがありがたい。
それをするのが家庭教師も兼ねる天秤教の上級神官だというのだけが気になるが、母親である領主は天秤教の幹部候補生と自分の娘が師弟関係になるのを歓迎しているそうなので、それもまたいいだろう。
アニマとネジュの移動手段であったワース教の教会から城へ繋がる抜け道も、天秤教が信奉する法律では罪にならなかったのでありがたい。
三輪トラックのブレーキをかける。
ギアをニュートラルへ。
荷台から降りたオリジナルは咥えタバコ。
両手でライフルを持っているのは、キナだけだ。
「気楽にやんな、子猫ちゃん」
「はい。カズヤさんと師匠が毎日、あれだけ練習に付き合ってくれたんですから。上手くやりますよ」
「頼もしいねえ」
アニマをぶっ殺して冒険者ギルドのパーティー向け宿泊施設で酒を飲み始めると、キナは自分から銃を使えるように訓練させてくれと言い出した。
オレもオリジナルもそれを了承し、3日間の訓練で、キナはそれなりに銃という武器に慣れ始めている。
その射撃訓練に使ったのは、天秤教の教会のだだっ広い中庭だ。
オリジナルはそれにだいぶ反対したが、オレは押し切った。
期せずして得た、天秤教との繋がり。
それはオレ達の方から捨てるべきではないし、銃という武器の有用さをこの世界で最大の武装宗教集団に見せておくのも悪くない。
「まあ、オマエは心配してたけどな」
「天秤教の話か?」
「ああ。子猫ちゃん、こっちは気にしねえでいいぞ。好きに撃て」
「はいっ。闇夜に霜の降る如く、闇夜に霜の降る如く、闇夜に霜の降る如く。……撃ちますっ」
「おう」
キナがWW1狙撃銃を構える。
急所を狙う腕はなくとも、銃弾が弾かれる頭蓋骨や鉱石のツノにさえ当てなければ4射で倒せる。
あの狙撃銃のマガジンは5発入り。
オリジナルの事だからチャンバーに1発を送り込んでからマガジンを叩き込み、それからキナにWW1狙撃銃を渡しているだろうが。
「5射で倒せたら、合格だな」
「厳しいじゃねえか。初の実戦なんだから、6射で合格でいいだろうに」
「オレの弟子なら、5射さ」
「へいへい」
「死になさい。哀れな獲物よ。家畜になる価値もない畜生は、虫にも劣る存在なのッ!」
武器が銃でも、戦闘になると途端に口が悪くなるのは変わらないか。
間を置いて鳴り響く銃声を聞きながらチラリと目をやると、オリジナルは満足気な表情で紫煙を吐いている。
「そんなのも、お似合いっちゃお似合いなのか」
「ん?」
「あんでもねえよ。しかし、キッチリ4射で仕留めやがったなあ。さすがは、オリジナルの女ってトコか」
「戦闘に関するセンスは抜群だからな、キナは。お疲れさん。見事だったぞ」
「いいえ。まだまだです。本当なら初撃は眼窩を狙おうと思ってたんですけど、今のキナじゃそれはできないって判断するしかなかったし」
「それでいいんだよ、子猫ちゃん。その判断ができたのも、オマエさんがしっかり身を入れて訓練をしてたからだ。それより、レベルは? 50になったんじゃねえのかよ」
「あ。……なってます。ついに、冒険者として一人前って言われるレベル50に」
「おめでとう、キナ」
「あ、ありがとうございます。えへへ」
なんとも幸せそうに頭を撫でられやがって。
「よし。そんじゃ、スキルの確認は荷台でやれ。それと、ライフルに新しいマガジンを込めるのも忘れるなよ?」
「はいっ」
2人が荷台に乗り、オレの後ろの手摺りに背を預けたのを確認して三輪トラックを走らせる。
そしてすぐに、素っ頓狂な声が聞こえた。
キナだ。
「どうした、キナ?」
「ええっと。スキルは増えてるんですけど、それが聞いた事もないスキルなんです」
「なんてスキルだ?」
「えと、『遠隔起爆』ですね」
「マジかよ……」
そう呟くように言ったオリジナルと同じく、呆れた気分でタバコを咥える。
「……ったく。神様ってのは、何を考えてんだか」
「どういうことですか、師匠?」
呆れてばかりもいられない。
当然キナはスキルの説明も読んでいるのだろうが、それでも意味がわかっていないのだ。
なので、起爆という単語の意味から説明を始める。
「……とまあ、起爆ってのはそんな言葉だ。遠隔ってのは言葉通り、離れた場所からそれができるって事な」
「なら、かなりカズヤさんのお役に立てそうですね。やった」
「何をノンキな。この世界にゃ爆発物なんてねえ。そのスキルを活かそうと思ったら、子猫ちゃんはオリジナルから離れられねえんだぞ? この先、ずっとだ」
「えっと、それを含めてうれしいです。だってキナは、カズヤさんと離れるなんて考えたくもないし」
「かわいい事を。ほら、こっち来い。粘膜じゃねえトコを舐めまくってやる」
「ダ、ダメです。まだ朝なんですよっ!?」
「いいっていいって」
「あんっ。首なんかにキスしちゃ、はぁんっ」
「……どっちもノリノリじゃねえかよ。アホか」
まあ今日はキナの実践訓練をしてレベルが50になったら、狩りよりも先を急ぐ事に決めてあった。
運転の交代も、次の街の迂回中にする予定。
好きにさせておけばいい。
「どうせ子猫ちゃんを舐めまくるんなら、爆発物を補給要請リストにあるだけ出しながら汗でMPを回復しとけよ?」
「わかってるって。MPの回復にゃ、ココが一番だよなあ」
「やあっ。脇の臭いなんか嗅いじゃダメぇっ!」
「……やれやれだ」
オリジナルに体液が染みて性感帯にならない場所だけを舐められながら派手に喘いでいたキナだが、運転を交代してオレが爆発物の説明を始めると、えらく真剣な表情でそれを聞いている。
「手榴弾も凄いですけど、爆薬っていうのがとんでもないですね」
「だろう。ハイディングで姿を隠して、ダイナマイトを対象の近くに設置。んで離れた物陰で起爆させて、ボンッ。子猫ちゃんが殺ったって証拠は残らねえし、目撃者もいねえ。とんでもなく腕利きの暗殺者誕生だぜ」
「それにドッペルゲンガーを出したままじゃMPが170しかねえから出してねえが、迫撃砲なんてのもあるぞ」
「師匠、それはどんな武器なんですか?」
「たとえばオレ達のパーティーが他のパーティーと戦闘になったとして、銃で何人か撃ち殺されたら相手はどうする?」
「生き残ってたらですけど、土属性の人がなるべく硬い遮蔽物を出しますね。それを盾にします」
「だろ。だがオリジナルの言った迫撃砲ってのは上空高くに飛んで、落下して爆発する武器だ。その遮蔽物は意味がねえな」
「そんなの、反則じゃないですか……」
他にも単発式という前時代的な物だがグレネードランチャーもあるのでその説明をしていると、いきなり三輪トラックのスピードが上がった。
「おいおい、こっちは爆発物を満載してんだぞ?」
「爆発しなきゃそれでいい。鬼に、ガキが襲われてる」
「なんだとっ!?」
自分の狙撃銃を持ち上げる。
補給要請で双眼鏡を出す時間すら惜しい。
「たぶんあれ、オーガですね。初めて見ました。それも、あれほどの群れだなんて……」
獣魔法とやらで遠目が利くようにしたらしいキナが、生唾を飲み込んでから呟くように言う。
オリジナルが鬼と呼んだ相手は、オレがホラン村の近くの森で狩ったオークより、ずっと大きい。
背丈は人間の2、3倍。
でっぷりと太っているし、肌が毛で覆われているので、かなり防御力も高いだろう。
「それから逃げてるガキは、今にもHPがなくなりそうだな」
「キナのスキルでHPが見えるなら、だいぶ低レベルなんでしょうね。助けられるでしょうか?」
「わからんが、オリジナルは助けるつもりだな。このポーチを持ってろ、子猫ちゃん。HPポーションが入ってる。三輪トラックが停まったら、あの女の子の口にそれを少しづつ入れるんだ。絶対に傷口にはぶっかけんじゃねえぞ? HPが0にならなきゃそれでいい」
「どうしてですかっ。傷口にかければ、傷が塞がるのにっ!?」
「だからだよ。オーガの体毛なんかが体に残ったまま傷が塞がると、そっから炎症を起こしておっちぬんだ。オリジナル、おそらくだがちょっとした手術になるぞ」
「了解。止めるぞっ」
「ああ」
オリジナルが運転席から駆け下りて女の子を抱き止める。
思った通りかなり大きく腹を斬り裂かれていて、内臓が見えてしまっている状態だ。
腹圧で飛び出して来ようとしている自分の腸を手で押さえ、時には押し戻しながら、この子はオーガから逃げていたらしい。
「いい根性だ」
「師匠、ポーションで回復したHPがすぐに減り出してますっ!」
「いいから飲ませ続けろ」
「はいっ」
「ボ、ボク。ううっ」
「ボクっ子かよ。いいから黙ってろ。どうにか助けてやる」
「それは、ムリ、です。この傷じゃ、もう……」
褐色の肌に白く長い髪。
このキナよりだいぶ幼い女の子は、水属性の魔法か治療系のスキルでも使えるのだろう。
でなければこんな怪我に慣れていないのに、自分がもう助からないと判断できやしないはずだ。
「それでも助けなきゃ、もう1人のオレがうるせえんでな。手術台はムリ、マットでいいか。……よし。子猫ちゃん、この子をここに寝かせるぞ」
「はいっ」
「それとHPポーションを口に垂らすのが最優先だが、可能な限り索敵もして見せろ。血の匂いでモンスター共が集まる可能性もあるぞ」
「わかりましたっ」
「俺はまずテーブルを召喚して、そこに手術に必要そうな物を片っ端から出すぞ?」
「頼む」
オレに、手術なんて可能なのだろうか。
フランの病院ではセックスこそしなかったが酒を飲んだりはしていたので、その時にこちらの医学書なんかにも目は通してある。
ここ最近は召喚しっぱなしだから睡眠が必要のないオレは、深夜にそれらや日本での救急医療講義などを思い返して自分なりにこんな時にどうすべきか考えてはいたが、最前線でメディックでもないオレ達が戦友に施した治療など酷く拙いものでしかなかった。
不可能でも、やるしかない。
そう決意して、まずはオリジナルが出したテーブルから止血用の鉗子を持ち上げた。
オーガは突如として現れた人間の援軍とその見慣れない移動手段に戸惑って足を止めたようだが、1分と待たず戦闘は始まるだろう。
それに急いで処置をしなくては、褐色肌に白い髪が映えるかわいらしい女の子は、すぐにでも死ぬ。