「さあて。今日は魔女の街に直行でいいんだよな?」
「ああ。運転はオレがすんぞ」
「そりゃあ助かる」
ドッペルゲンガーが運転を買って出たので、すでにキナとシェリルが後部座席に乗り込んでいる、フジ360の助手席へ座ってドアを閉める。
「オリジナルの運転はなんつーか、ハンドリングやアクセルワークが下品でなあ」
「んだと、タコ助?」
「素直な感想なんだから仕方ねえだろって。出すぞ、子猫ちゃん」
「あ、はい。じゃあ、坂の上の土をどけますね」
「頼む」
生活魔法で出した光球ではない光が、スロープを照らす。
ただそれは、思っていたよりずっと弱い光でしかなかった。
「もしかして雨か?」
「らしいな。でもま、この程度なら大丈夫だろ。スロープを上り切るのも、神代街道を進むのも」
そのドッペルゲンガーの言葉通りスロープを上がり、360は石畳の上を走り出した。
ワイパーでクリアになった視界が、すぐに滲んでゆくほどの雨。
これでは、買い物は諦めた方がいいかもしれない。
「この雨じゃ、宿泊施設を借りるついでに冒険者ギルドの酒場スペースでメシとツマミを詰めてもらった方がよさそうだなあ」
「初めて行く街だからな。それもいいさ」
「酒とメシが美味い街ならいいな」
「ですねー」
同意の声を上げたキナをバックミラーでチラリと見たドッペルゲンガーが微笑む。
キナも慣れたもので、それだけで嫌な予感がしたのだろう。
口を噤もうとしたようだが、それは叶わなかった。
酒やメシの美味さより、亀甲縛りされたまま前と後ろの穴を犯される方が大事なくせに。
そう言って昨日の痴態をからかわれたからだ。
たしかに俺の肉棒を初めて尻の穴で、根元まで受け入れたキナの乱れっぷりは大したもので、こんなに気持ちがよさそうならと、シェリルが自分からドッペルゲンガーにアナル調教をねだったほどだった。
「この雨じゃ、モンスターもいねえか」
「だなあ」
360の進路を遮るものはない。
なので思っていたよりずっと早く、巨大な防壁が見えてきた。
補給要請で双眼鏡を出す。
防壁の向こうに、さらに大きな物が見えるからだ。
色で想像はつくのだが、それでも信じられないので双眼鏡で確認する。
間違いない。
「とんでもねえな、魔女の街ってのは……」
「なにがだよ?」
「防壁よりも高いの、ありゃ木だぞ」
「ああ、それか。魔女の街ドルフェースは、森を丸ごと防壁で囲んだ街なんだ」
「それだけじゃねえって。とんでもねえ大樹のあちこちにゃ木造の小屋みてえな家がたくさんあって、それが吊り橋で繋がってんだぞ」
「ははっ。なんだそれ、マジかよ。ミリアとフランめ、オレ達が驚くと思ってノートにそこまでは書かなかったんだな」
「なるほどね。ほら、シェリルも見てみろ。キナは獣魔法ってので見れるよな?」
「はい」
「ありがとうございます。……わあっ」
「すごいねえ、シェリルちゃん」
「うん。こんな街を作ってしまうなんて、さすがキナちゃんが尊敬する魔女様だね」
やがて防壁の上に立つ兵とそれが雨を避ける、屋根付きのバス停のような小屋がハッキリ見えてくると、ドッペルゲンガーが口笛を短く鳴らす。
どうやらこのひねくれ者ですら、街の様子に感心しているらしい。
門にだいぶ近づくと生活魔法の見えない傘で雨を弾きながら、やはりビキニアーマーを装備している女兵士が通用口から姿を現した。
「止めるぞ」
「ああ」
ブレーキを踏み、ギアをローに落としてドッペルゲンガーが窓を開ける。
ギアがニュートラルでないのは、なにかあればすぐに逃げ出すための用心だろう。
「雨の中すみませんね、美人の兵士さん」
初めて訪れる街なので、ドッペルゲンガーはあいかわらずの外面の良さだ。
美人と呼ばれた女兵士の頭上には灰色の犬っぽい獣耳が見えているのだが、やはりあったらしい同じ色の長い尻尾が機嫌よさそうに揺れている。
「いやいやお世辞はいらないよ。ようこそ、ドルフェースへ。防壁の中に入るには、ステータスの提示が必要なんだが」
「お願いします。僕は旅の薬師で、他の3人は護衛の冒険者です」
「なるほどね。……うん、4人とも問題なし。小型馬車用の通用口を開けるから、なるべく早くそこを潜ってくれ」
「あれっ。このまま入っていいんですか?」
「ドルフェースは大丈夫だぞ。街が広いから、道も広いんだ。ただしその道では馬車や馬はお互い譲り合って、道を塞いだりはしないように。でないと騎馬で街を見回っている兵に厳重注意、悪意があると判断されれば逮捕されてしまうからな」
「わかりました。ありがとうございます」
少し待ってろと言って、兵が小走りで通用口に戻ってゆく。
「まさかクルマで街に入れるとは。ラッキーだなあ」
「ああ。レベル上げもはかどるぜ。ちゃんと駐車場つきの一軒家を借りろよ? このまま街に入れるんなら、運転手は360に乗ったままがよさそうだ」
「任せろ。この雨だし、獲物を査定所に持ち込んでねえから上がる貢献度もねえ。俺が1人でギルド入って、宿泊施設を借りてメシも買って来るさ」
「揉め事を起こすんじゃねえぞ?」
「当たり前だっての」
それでも心配なんだと言われながら街へと入ると、そこには神代街道を2つならべたほど幅の広い道があった。
まさかの二車線道路。
もう一車線も土が剥き出しでなく、石畳まで敷かれている。
また駆け寄ってきた女兵士は冒険者ギルドと薬師ギルドの場所を告げ、笑顔で「よい滞在を」と言って小屋へと戻ってゆく。
「いい街そうだなあ」
「ああ」
女兵士に教えてもらった冒険者ギルドの前で360が停まったので、1人で降りてギルドのドアを開ける。
当たり前のようにあった酒場スペースの喧噪こそピタリと止んだが、普通の街であればそれに続くはずの野卑な、からかいの声は聞こえない。
やはり、いい街だ。
見えている頭の3分の2ほどに獣耳や、背中に羽毛で覆われた羽があるせいだろうか。
業務カウンターへ歩み寄る。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへ、どのようなご依頼でしょうか?」
「いや。俺は男だが、その依頼を受ける方の冒険者でね」
「そ、そうなんですか」
「これがギルドカード。他に2人の女冒険者と行動を共にして、ついさっき護衛対象とこの街に到着したんだ。んで護衛対象を含めた4人で泊まれる、一軒家の宿泊施設はないだろうか? 広さはそれなりでもいいが、馬車を停めとくスペースは欲しい」
「なるほど。少しお待ちください。すぐに確認してお呼びします」
「あいよ。その間に酒場カウンターで、持ち帰り用のメシを注文してくる」
業務カウンターの少女はリスで、酒場カウンターの中に立つちょっと色っぽい姐さんはインコかオウムの獣人だろう。
バスケット3つをまず買い、それに手早くできるツマミとパンを詰めてくれと頼んで、代金は500D。
物価もそれほど高くなさそうな街だ。
「兄さん、よかったら1杯奢られていかないかい?」
「そうしてえとこだが、外の馬車で仲間が待っててね。病み上がりもいるんで、できるだけ早く休ませてやりてえんだ。悪いな」
「こっちこそさ。仲間を大事にしてやってくれ。この街は、腕の良い魔法医も多い。そんなのは業務カウンターで言えば、いくらでも紹介してくれるよ」
「そりゃいいな。やっぱり、いい街のようだ」
「東寄りの大陸中部じゃ、唯一の楽園なんて言われてるからねえ」
「ふうん」
「ホリノウチさんー、お待たせしましたー」
「お、呼ばれた。今度ゆっくり飲もうぜ、姐さん。じゃあな」
「ああ。楽しみにしとくよ」
そう言いながら笑顔でジョッキを掲げて見せるのは、30代の前半に見える熊の獣人だ。
熊は皆がそうなのか大きな胸と尻をしているし、なかなかの美人。
時間がある時に飲む相手としては申し分ない。
一軒家の宿泊施設は空いているが、それはツリーハウスではなく石造りの一軒家だとリスの少女が申し訳なさそうに告げる。
それでいいと言うと書類にサインをさせられたので、ペンを走らせながらなぜ謝るのか聞くと、ツリーハウスはここドルフェースの名物のようなもので、外から来た冒険者達はほぼ間違いなくそれに泊まりたがるのだそうだ。
ペンとサインした書類を返しながら礼を言うと、引き換えで手描きの地図を渡される。
それに従って宿泊施設に行けば、後は女冒険者が魔力登録というのをして、10日間はそこを自由に使えるらしい。
3つのバスケットを抱えて冒険者ギルドを出ると、すぐにキナが魔法の傘で雨を弾いてくれた。
「サンキュ」
「どうでした?」
「ツリーハウスじゃねえのなら空いてた。予定通り10日。滞在が長くなるなら早めに言えば、ツリーハウスも空くだろうってさ」
「うちのパーティーは夜中にクルマやバイクを出すから、ツリーハウスより普通の家がいいですよね」
「だなあ。んで、ドッペルゲンガーと話してる女は誰だよ?」
「近所のお姉さんですね。師匠が呼び止めて、世間話をしながら魔女様のお墓やお店、天秤教の教会なんかの位置を教えてもらってるんです」
「なるほどね」
そういう事ならばジャマはすまいと、助手席に戻ってタバコを吹かす。
立ち話はすぐに終わって、俺が紫煙を吐きながら眺めていた紙がひったくられた。
「へえ。本じゃなくメモ帳にまでこんな紙を使ってんなら、かなり裕福な街なんだなあ」
「そうなんか?」
「ああ。道はわかった。行くぞ」
「はいよ」
大樹と大樹の間、それと吊り橋のスロープの上に並ぶ店を見ながら、360に揺られる。
辿り着いたのは木々が途切れ、同じような石造りの建物が充分な間隔を取って並ぶ拓けた場所だ。
色こそ土のままだがコンクリートブロックのような門を1つ2つ確認してから、360は一軒家の駐車スペースに停まる。
「あーあ。この雨だからもう飲んじまうかって思ったが、どうやらそうもいかねえらしい」
「もしかして、この家の敷地に入る時チラッと見えた、反対方向から来た馬車か?」
「ああ。子猫ちゃんとシェリルは、メシを家の中に。オレとオリジナルはお客さんを出迎えて、その必要があると判断したら家に招き入れる」
「わかりました」
「先生、カズヤさん。お気をつけて」
「サンキュ」
雨に降られながら2人が家に入るのを見送って、タバコを咥えた。
紙巻きタバコが折れるほどの雨ではない。
オイルライターで火を点けると、ドッペルゲンガーのタバコの先も寄せられる。
「予想は、ドッペルゲンガー?」
「ほぼ間違いなく、天秤教だあな」
「例の事件のあとも、やたらと話したがってたもんな」
「まあな。ほれ見ろ、やっぱりだ。車体の横に、天秤がペイントされてやがる」