一軒家の敷地には車輪を入れず、石畳の道路に馬車が止まった。
さっきは気がつかなかったが御者をしているのも天秤教の神官で、純白の貫頭衣の胸にある刺繍の大きさから、その女が中級神官であるのがわかる。
「おいおい、中級神官が御者かよ」
「ガラス窓がねえから中は窺えねえが、乗ってんのは上級以上ってこった。下手すりゃ、騎士か司祭かもな」
低級中級上級と位のある神官戦士はどの街にもいるし、たいていの街で教会の運営を任されているのが上級神官。
騎士と司祭は、そのさらに上の階級だ。
「ヘソが丸出しだが白銀の短い金属鎧に、同じ金属の板を繋いだミニスカートみてえな防具。初めて見るな」
「あれを支給されてんなら、騎士以上って証拠さ。見ろよ。次に降りてきた女の服にゃ、金糸の刺繍がある。年嵩の方は司祭サマって事だ」
「ふうん」
司祭は50に手が届こうかという年齢で、獣耳もある初老の女。
騎士の方はかなり若くて、ミリアやフランと同じくらいか。防具もかなり見事なものだが、手にしている金属槍もかなりの業物だ。
職人が丹精を込めて作り上げた飾りであると言われたら頷いてしまいそうな、背にある見事な純白の翼を揺らしながら、まず騎士が前に出る。
「懐かしいな。完成していたか……」
そんな呟きの意味を問おうとすると、司祭が騎士の横に並んで丁寧に頭を下げた。
「司祭様、頭をお上げください。そんな事をされてしまっては、僕も兄もどうしてよいかわからなくなってしまいます」
よそ行きの話し方。
ドッペルゲンガーがそうするのなら、これは挨拶を兼ねた顔見せであるのかもしれない。
バケモノ女司祭を殺した後、俺達は3日をあの街で過ごしたが、その間の天秤教は露骨な勧誘こそしてはこなかった。
だがそれでも、こちらとなるべく良好な関係を築こうとしていたのは、嫌ってほど見ている。
初老の女司祭は頭を上げると、あの街での礼をまず述べ始めた。
(……こりゃ立ち話じゃキツイな。中に招くぞ、オリジナル?)
(任せる)
タバコを消す。
雨で濡れた地面に落としたりするのではなく、召喚を解除してドッペルゲンガーの分まで、存在ごと消してしまうのだ。
「僕達に礼など無用です。それよりこんな玄関先ではなんですので、中でお茶でも」
「それはアタシだけ、喜んで受けるよ。さあ、行こう。兄弟」
言ったのは背中に純白の翼を生やした騎士で、御者役の中級神官と初老の司祭は黙って頭を下げている。
「そっちの司祭さん達は帰っちまうのか?」
「ああ。話はどうしたって長くなるし、兄弟姉妹の初顔合わせだ。野暮はしないって」
「兄弟姉妹ってのは?」
「中で話すよ。どうせなら、とことん酌み交わそう。酒は持って来たんだ」
「それではメイ様、私どもはこれで」
「ああ。あとは任せてくれていい」
初老の司祭が様付けをするとは。
どうやらこの、ナイスバディでとんでもない美人ではあるがどこか残念な印象をこちらに与える、背中に翼を生やした女は、天秤教でもかなり上位に位置する階級の騎士であるらしい。
「では失礼します。司祭様、神官様。騎士様はこちらへどうぞ」
「ああ。世話になるよ。なんなら、下の世話までお願いしたいねえ」
がはは。
そんな女らしくない笑い声を上げる連中は冒険者ギルドの酒場スペースでそれなりに見てきたが、まさか初めて会う天秤教の騎士階級がこんなだとは。
思うと同時に、全身に降りかかっていた雨の感触が消える。
ドッペルゲンガーに案内されながら馬車から降ろした酒樽を軽々と担いでいるこの騎士が、魔法で雨を遮っただけでなく、俺の髪や服まで乾かしてくれたのだろう。
「ガサツなだけじゃねえって事か」
「失礼だな。アタシは間違いなく、ガサツなだけの女だぞ?」
「へいへい」
360から降りる前に俺はショットガンを、ドッペルゲンガーは室内戦や市街戦に向いているサブマシンガンを紐で肩にかけている。
なのでドッペルゲンガーがバックパックをトランクから出すと、360ごと積んであった銃器や装備類を召喚解除した。
「おっ。やっとお姉ちゃんを信用したか」
「どうだろうなあ。中身はオッサンかもって、まだ疑ってるかもしんねえぜ」
「ガサツでも穴はあるんだがねえ?」
「機会がありゃ、じっくり確認してやるさ」
土色の壁。
そこにある木窓に頷く。
「ははっ。かわいらしいよなあ。愛しい男に何かあれば、相手がアタシでもすぐに攻撃するつもりで窓から覗いてるなんて。いい子達じゃないか、アタシの妹達は」
窓の向こうで、オートマチックとリボルバーの拳銃を抜いていたキナとシェリルの事までお見通し。
やはり、ガサツなだけの女騎士ではない。
それに発した第一声。
俺の腰にある片手剣を見ながら呟いた、その言葉の意味も気になる。
「どうぞ」
「ジャマするよ。ああ、それとアタシの前じゃ普通に話していい。ホリノウチ弟じゃなく、ドッペルゲンガーって呼ばせてもらうし」
「なるほどね。カリタスの天秤教と冒険者ギルドから、かなり詳細な報告を受けてるって事か」
「そうなるねえ。いやあ、懐かしい。冒険者用の宿泊施設なんて使ったのは、うちのパーティーが船を手に入れる前の事だ。それでも、変わらないねえ。飾りっ気なんか欠片もなくって、とにかく頑丈に建ててある」
宿泊施設は平屋で、廊下がかなり長い。
そのドアの1つから、キナとシェリルが姿を見せる。
だが不思議なのは、その2人が額に汗を浮かべている事だ。
シェリルはまだしも、キナは相手がだいぶ格上なだけで気圧されてしまうような腕はしていないのに。
「やあ、かわいらしい妹達だ」
「あんまビビるんじゃねえよ。子猫ちゃんも、シェリルも」
「ああ、もしかしてコレかな」
苦笑気味の声。
それに続いて上げられたのは、その白く長い右腕だ。
手の甲には、天秤教のシンボルマーク。
入れ墨なのだろうが、そんなのがどうしたというのか。
「そんなん見せびらかしてりゃ、怖がられて当たり前だろって」
「やっぱりか。この2年、ずうっと総本山にいたからなあ。その辺の常識を忘れかけてる」
「……意味がわからん」
「飲みながら説明してやるよ。酒の用意はオレがすっから、オリジナルはメシを頼む」
「あいよ」
リビングはかなり広い。
女騎士が2メートルほどの槍を振り回しても、かなり戦えそうな感じだ。
ソファーセットも、詰めれば10人ほどが同時に食卓を囲めるだろう。
「キナ、手を清潔にしてくれ」
「あ、はいっ。キナも手伝いますよ」
「手伝いはいいさ。それより、ザッとでいいから施設の中を見てくれると助かる。風呂がねえなら出すし」
「おおっ。風呂に入れるのか。そりゃあ楽しみだ」
「騎士の姐さんは、風呂を知ってんだな。にしても、人んちで風呂にまで入ってく気かよ」
「まあね」
メシの準備といっても、大きなテーブルに載っている3つのバスケットから料理を出し、小皿や調味料を出すだけ。
それは、すぐに終わった。
「んじゃ、子猫ちゃんとシェリルが戻ったら飲むか」
「おう。騎士の姐さんは、ここに座ってくれ」
「上座、それもキレイどころの男2人に挟まれて飲めるとは。アタシがなんかすりゃ妹達を庇うための用心なんだろうが、悪くないねえ」
「あー。さっきから兄弟だの姉妹だの言ってるが、どういう意味なんだ?」
女騎士が2人は座れそうなソファーの真ん中で、どっかりと胡坐を掻く。
赤い紐パンどころか、ウェーブした長い髪と同じ銀色の恥毛までが丸見えだ。
「ミリアとフランがよろしくだとさ。ついでに、溺れ過ぎるなって忠告もされてる」
「……あの2人の知り合いかよ」
「知り合いじゃなくって、姉妹さ。だからアンタ達は、かわいいかわいい弟って事になる」
「穴姉妹、いや、棒姉妹か? まあどっちでもいいが、連絡を取ってるのかよ。長距離の通話魔法ってのは伝言ゲームみてえにして用件を伝えっから、とんでもなく金がかかるって聞いてるが」
「金なんて、天秤教がいくらでも出すさ。そんな条件で、5年だけでも使徒を手元に置いた実績を残したいってのが上層部の決定だったし」
「……使徒、なんか聞き覚えのある単語だな」
「やっぱり忘れてやがるか。このバカは。いいか、よく聞いとけ」
ドッペルゲンガーの説明は、使徒そのものがどういう存在であるかだけでなく、それがどんな扱いを受けるかや、それにどれほどの権威があって、どれほど外交的なカードとして効果があるかにまで及んだ。
「なるほどねえ。神にとんでもなく強力なスキルなんかを与えられる代わりに、なんかありゃ、どこの街にでもすっ飛んでって神の敵を殺す存在か。…………え、あれ? じゃあ、なんであの女司祭を殺せってカミサマから指示がなかったんだ?」
「やっと考えがそこに辿り着いたか。それをこの姐さんは、今から説明しようってんだろ」
「なるほどねえ。なら、大人しく聞いとくか」
「そうしてくれ」
キナとシェリルが戻って、席に着くとすぐに乾杯。
それから女騎士、メイの説明が始まったのだが、わかっている事は多くはないらしい。
神から告げられたのは、3人いる天秤教の使徒のうちメイ1人で『黒髪の落ち人に協力をせよ』という事。
だが、天秤教という一大宗教組織の人員は自由に使えとも告げられた。
なのでメイは天秤教の諜報機関を俺達の進路上に放ち、何か事あれば即応できるように騎士団とやらもこの街へと向かわせているそうだ。
「……キナ、話わかるか?」
「おおよそは。でも、詳しい事はサッパリです。師匠はまだ難しい話をしてるし」
「だよなあ。んじゃ、2人でベッドルームに行くか? もうメシは食ったろ」
「さ、さすがにそれはダメでしょう。お客様がいて、まだ昼くらいなんですから」
「騎士団とやらが必要になるとしたら、その指揮はメイ姐さんだろ。んでこっちから人を出すとなりゃ、ドッペルゲンガーだ。俺が話を聞いててもなあ」
「うっせえよ、オリジナル。黙って話を聞いとけ」
「って言われてもなあ。この近辺の街や俺達が進むルートの街にスパイを放ったのはいいが、そこにワース教の教会があって、もしその連中が悪さをしてたって、俺達が出張る必要はねえだろうが。カミサマが補給要請みてえな銃を出せるスキルを、メイ姐さんにでも与えりゃいいだけだろ」
「……なるほど。ならなんで、天秤教の神ってのはそうしねえんだ?」
「俺が知るかっての」
「だから考察を途中で投げ出すんじゃねえよ。悪い癖だぞ、オリジナル」
「考えんのはオマエの仕事」
ドッペルゲンガーの舌打ちを聞きながらジョッキを持ち上げる。