魔女の街への滞在2日目は、朝からメイの案内で買い物だ。
朝方まで降り続いた雨は上がって晴天。
住居や店舗が所々にある大樹の枝葉から差し込む木漏れ日が美しい。
シェリルの服や生活用品、装備一式を揃えるのが目的だが、しきりに遠慮するキナの分も有無を言わさず買ってゆく。
「次は何屋だい、ドッペルゲンガー?」
「武器と防具だなあ。その他はだいたいOKだ」
「その前に、シェリルって武器の心得はあるのか?」
「……ごめんなさい、まったくないです」
「となると、誰かが教えるしかないねえ」
ドッペルゲンガーの短槍でいいさと言う声を聞きながら、路上駐車していた360に乗り込む。
運転は俺だ。
後部座席にキナとメイ。
座席が足りないので、シェリルは助手席に乗るドッペルゲンガーの膝の上。
俺が運転を頼まれたのは、それが理由なのだろう。
「ええっとね、まっすぐ行って2つ目の角を左だとさ」
「あいよ」
360を出す。
ナビはメイだが、本人もこの街の住民ではないので、天秤教の教会に詰めている神官戦士に通話魔法で店や道を教えてもらっているらしい。
今夜は大鍋でカレーを作る予定だから、天秤教の連中の分も作って、明日レベル上げに出る前にでも置いてこようか。
冒険者は肉体労働者でもあるからか、宿泊施設には大きな鍋がいくつもあった。
「武器も防具も、カズヤが手紙を届ける相手に作らせるのが一番だ。それまでの間に合わせでいい」
「へえ。相手は冒険者なのにかよ?」
「ああ。あれは鍛冶職人としての腕もいいからね。カズヤの片手剣もアイツの作だよ」
「なるほど。だから、あんな懐かしそうに見てたって訳か」
「それに気づいてないみたいだが、その剣は魔法剣だからね」
「なんだそりゃ?」
「ええっ。カズヤさん、知らないで使ってたんですかっ!?」
「あ、ああ。なんでそんな興奮してんだよ、シェリル」
「呆れましたね。だってそれ、エンチャンター要らずの魔法剣ですよ」
「はぁ?」
意味がわからない。
俺のそんな思考はモロバレのようで、シェリルがエンチャントと、その効果を込めた魔法剣について説明を始める。
どうやら俺がフランとミリアに持たされた片手剣は、かなりの業物であるだけでなく、とんでもなく高価で、たとえ街を統べる領主が望んだからと言って簡単には手に入れられないほど有用な品であるらしい。
「ったく。それなら、最初っから説明してくれてりゃいいものを……」
「するはずねえだろうって。もし伝えてたら、オリジナルはどんなモンスターにでもその剣1本で向かってくだろうし」
「信用がねえなあ」
「あると思ってんなら尊敬すんよ」
「へいへい。ここを左か」
「もう剣の絵が描かれた看板が見えてんな」
「馬車の路駐が多い。少し手前に停めっから、4人で行って来い」
「あいよ」
4人が360を降りて店に向かう背を見送りながらタバコを咥える。
「フランもミリアも、どこまで過保護なんだか」
考えてみれば、あの2人と過ごした時間より、キナと旅を共にし始めてからの方が長いのかもしれない。
それでも早く冬が終わって、フランとミリアに会いたいものだと考えている自分がいる。
俺が根無し草そのものであるから、そうなのだろうか。
あの2人とキナ、どちらの方が好ましいとか、そういう問題ではないのだ。
女の4、5人ならば、毎晩だって満足させる自信があるし。
わからないまま紫煙を吐いて、運転席の窓から蜘蛛の巣のように伸びる吊り橋を見上げた。
住民はほとんどが獣人であるからか、細い木製の吊り橋に恐怖を感じたりはしないらしく、徒歩で移動する連中はそこを歩く者が多い。
「垂れた尻にプリッとした尻。ちょっと視線を上げりゃそれが見放題なんだから、ここもいい街ではあるんだけどなあ」
それでも手紙を届けたら今度は内陸部を北上して、グラン地方を目指す。
確定事項だ。
「お待たせです、カズヤさん」
助手席のドアが開いてそんな声がしたのは、30分ほど経った頃。
道行く女のパンツや尻を見上げていた事などおくびにも出さず、おかえりと言いながら後部座席に乗り込むキナを見遣る。
「防具は革製のビキニが金属製になっただけか」
「ああ。金属スカートは音が出るからって、キナが嫌がってね。シェリルも、ワンピースの下に同じ防具をしてるだけだよ」
「槍も買わなかったんだな」
「ああ。とりあえずは、カズヤの補給要請で短槍を出して稽古らしい」
「まだ昼前で、これから魔女の墓参りだろ? これじゃ時間が余りそうだな」
「それなんだがよ、オリジナル」
ドッペルゲンガーが助手席に乗り込む。
それに続いたシェリルは少し恥ずかしそうだが、黙ってドッペルゲンガーにだっこされた。
「どしたよ?」
魔女の墓は、この街で一番の大樹の根元にあるらしい。
なので360を走らせながら話を聞く。
ドッペルゲンガーが話すのは、これからの予定だ。
墓参りを終えたら昼メシは外食で済ませ、借りている冒険者ギルドの宿泊施設に戻ってシューティングレンジで銃の訓練。
それはいいのだが、ドッペルゲンガーはメイにまでそれをさせてもいいかと言った。
使徒。
そう呼ばれる、こちらの世界の特別な存在に、銃を。
悩ましい所だが、ドッペルゲンガーがそうするべきだと思っているのなら構わない。
俺がそう告げると、全員がホッとしたような息を吐く。
「カズヤ、右手に大きな建物があるだろ?」
「ああ」
「あそこが天秤教会なんだ。馬車置き場にコレを停めてくれ」
「りょーかい。なら、あっこからは歩きか」
「だね。墓は正面に見える、議会議事堂の先。聖地だから、馬車は入れない。争いや殺生も厳禁だ」
「ふうん」
魔女の墓までの道は、まるで神社の参道のようだった。
10分ほどかけて目的地に着くと、キナがこちら風の墓の前で膝を折ってこちら風の祈りを捧げ始める。
シェリルとメイもだ。
俺は、会釈をして片手で拝むだけ。
ドッペルゲンガーもそうだ。
「…………お待たせしました」
最後まで祈っていたキナが、立ち上がって振り返ってから言う。
「時間なら気にしなくっていいんだぞ?」
「もう充分ですよ」
「そうかい。なら、行くか」
「まずはメシだ、オリジナル」
「あいよ。参道の入り口に、メシ屋もあったよな。入ってみっか」
「いいね。聖地であるここなら、絡んでくるバカもいないだろうし」
メシ屋は当然、キナとシェリルに選ばせる。
迷う2人にアドバイスをするのは、もちろんメイだ。
出てきた料理は何と言うか、『個性的』としか言いようのない味ばかり。
麦だけでなく昔懐かしいトウキビや、日本では見た事もない豆そのものの味は悪くないのだが、どれもこれも味付けが酸っぱいのだ。
見かねたメイ姐さんが天秤教の誰かにアドバイスをもらい、暑い地方なのになぜかそれなりに安いチーズの下ろした物を頼んでくれなければ、俺は自分の分の皿さえ平らげる事はできなかっただろう。
「いやあ、ドえらい目に遭った……」
「カズヤさん、酸っぱいのダメだったんですね」
「店員に腐ってねえって苦笑いされても、あれだけはどうもな。食いもんはとりあえず口に入れて、酸っぱくなきゃ食えるだけ食うってのが癖になってんだ」
「そんじゃオリジナル、オレ達は地下にいるぞ」
「買った物の整理とかあるだろうに」
「そんなのは、夜でいいさ」
「へいへい。教師役が足りなかったら呼びな」
銃は昨日のうちに余るほど出してある。
4人が地下に下りたので、まずソファーで『カレールー』というのを召喚してみた。
二極化後の日本ではまずしない、派手なパッケージ。
ご丁寧にも箱の裏には文章だけでなく絵まで付いた作り方の説明があって、それを読む限り小一時間もあれば晩メシの準備は終わりそうだ。
「となると、ヒマだな。なら、俺も訓練しとくか」
「付き合おうか。どうせ剣の方だろう?」
「メイ姐さん。銃はいいのかよ?」
「キナはとにかく反復練習する時期らしいけど、シェリルの方は座学からなんだとさ。一緒に聞けって言われたけど、これでも一応は使徒なんでね。銃は使えるようになっておきたいが、あまり構造なんかを知ってしまうのはね」
「ふうん。じゃあコーヒー、じゃなかった。豆茶でも淹れるよ」
ガスコンロにコーヒーセット、それから挽いてある二極化前のコーヒー豆を補給要請で召喚。
湯が沸くまでにとタバコを咥えるとメイ姐さんの手が箱に伸びたので、オイルライターの火を2人で分けて灰皿を寄せた。
「ふーっ。いい味だね」
「そりゃあ良かった」
「なあ、カズヤ」
「ん?」
メイの瞳が細められる。
「……どうも、南がキナ臭い」
「へえ。ソイツは楽しそうな話だ」
「それが、手紙を届けるはずの街でもかい?」
「ああ。わかっている事、その中でも俺に話せる事だけでいい。聞かせてくれ」
俺達の目的地、サウザールの街。
そこは内陸の荒野にある街で、天秤教の教会どころか冒険者ギルドすらない。
南ではそんな街は少なくないのだが、だからこそ天秤教はそんな地方へ諜報員を派遣して、領主がバカをやらかさないか長年に渡って監視している。
諜報員は冒険者の代わりである傭兵や、小さなキャラバン隊に成りすまして、大陸南部を巡回しているそうだ。
「で、さっき連絡があってね。カズヤがフランとミリアから受けた個人依頼は、手紙の配達だろう? 相手はアタシ達の姉妹で冒険者パーティー・ファイブスターのメンバー、ドワーフのアリス」
「だな」
「そのアリスは故郷であるサウザールに戻って、ファイブスター武具店って店を開いてた。それが、10日ほど前から閉まってるらしい」
コーヒーが入ったので、タバコを消してそれを口に運ぶ。
「アリスって女、戦闘の腕は?」
「星1つが街1つ」
「あん?」
「アタシ達のパーティー。ファイブスターの戦闘能力は、よくそう言われてたんだよ。あの子はドワーフだから小柄だけど、単独で街を1つ瓦礫の山に変えるくらい朝飯前さ」
「……とんでもねえなあ」
だがそれでも、アリスという女は消えた。
理由はわからない。
わからないからこそ、天秤教の諜報員はサウザールに留まる事を選んだそうだ。
(ドッペルゲンガー)
(ダメだ)
(……まだ何も言ってねえだろうがよ)
(どうせ単独でサウザールに向かって、天秤教の諜報員に合流しとくってんだろ。ダメに決まってる)
(なんでだよ?)
(アホか。諜報員の仕事は、まんま諜報活動なんだぞ? オリジナルが合流なんてしてみろ。その日のうちに戦闘開始だ)
(信用がねえなあ……)
(だからあるはずねえだろって。こっちが終わったら酒を飲みながら話し合うから、それまでメイ姐さんのオマンコでも愉しんでろ)
(へいへい)
コーヒーを飲んで、長く息を吐く。
俺の表情がわかりやすかったのか、メイは苦笑いだ。
「ドッペルゲンガーは止めただろう?」
「ああ」
「アタシでも止めるからねえ」
「ったく。どいつもこいつも……」
「仕方ないさ、カズヤなんだから」
「言うじゃんか」
「本音だからね」
「ああ、そうかい。そういう事を言うドMにゃ、お仕置きが必要らしいな」
「な、何を言ってるんだ。今はマジメな話を」
「知るか」