「悪かったわ、まさか、家にまで押し掛けるとは思わなかったわ。
ごめんと繰り返しながら、弟の所行に呆れつつ、今川辰美は好きみたいだけどと話し始めた。
「はあ、そうなんだ、でも無理よ」
「いや、わかっているわよ、今は一筋でしょ、というかよそ見するほど器用じゃないし、あんたは、ところで次回のデートは決まったの」
まだと呟き、目の前の珈琲を難しい顔で見ながらぽつりと呟いた。
「不毛な恋だとわかるけど、悩む、この際、告白して玉砕したほうがいいんじゃないかと思ってるけど」
その言葉に驚いたのも無理はない、短絡的だ、だが、その後、落ち込むのは目に見えている。
「一つ、聞いてもいい、セックスできる、ディヴィさんと」
突然、予想もしない質問をされて驚いたのも無理はない、だが、
友人が珍しくというか、真剣な顔をしている。
「役にたたない、起たない、セックスできないとかは別問題として、一緒に寝るだけでも想像してみなさいよ」
ほんの数秒、いや一分もかからなかっただろう。
「恥ずかしい、すごく、いや、考えただけで悶えそう」
それを聞いた相手はこくんと頷き、できるって事ねと呟いた。
「よし、失恋覚悟で告白したらいいんじゃない、このままだと結婚できないどころか行かず後家になるわよ」
「な、何」
「故人は美化されやすいからね、想像の中で理想の恋人を作り上げて、そのまま独り身なんて今の時代は珍しくないわよ」
「や、やだなあ」
「あんたを見てたら十分あり得ると思ったね、それに玉砕覚悟って言い出したのも、自分でも、このままだとよくないってわかってんじゃない」
「そ、それは」
「相談しようか、まじめに、イーサン先生に、相手がゲイでも答えが出るかもしれないし、それにゲイでも女相手にできないって事もないんじゃない」
「何故、ゲイの部分を強調するの」
「現実直視しているのよ、ゲイにも真正とか、バイとか、色々あるでしょ、年をとって趣味とか思考が変わるみたいに、少しでも希望と可能性があれば挑戦するのもいいんじゃない」
「すごく、前向きね」
「ふられるのは、あたしじゃない、でも決断するのはあんたよ、デザート、頼んでもいいかな、まだ時間ある」
そのとき携帯が鳴った。
「真剣な悩みだ」
「正直、びっくりです、友人は玉砕ですか、少しでも望みがあるならなんとかしてあげたいと思うですが」
「友達思いだ、いいことだが、ただ」
「なんです」
「若い頃はね、結構鈍いというか、鈍感なところがあったんだよ、彼はね、しかし、今はね、ううーん、どうなんだろう」
通り過ぎようとしたウェイトレスを呼び止めて珈琲のお変わりを頼む老人に辰美は、まさかという顔になった。
「まさか気づいているというじゃないでしょうね、だったらひどいですよ、彼女は悩んでるんですよ」
「わかるよ、でも男は狡い、女もだが、この歳になったからうまく立ち回ることができるとは限らない」
その言葉には納得できるところもあるし、だが、素直に頷けないのは友人が当事者だからだ。
「君は私とゲイだと知っててセックスできるかい」
いきなり、何を言い出すんだと辰美は驚いた。
「君は友人に聞いてくれてよかったよ、そういう気持ちなら、何とかして上げたいと思うね」
「えっ、それって、美夜がディヴィさんとセックスしても嫉妬しないとか」
「この歳になると我が儘に寛容にもなれるんだよ、狡いと思うかい」
少し考えるふりをして辰美は答えたが、最初に本心ですよと言うのを忘れなかった。
「心の広い人間っていいですね」
「デートだって」
いかにも浮き足立っている自分の連れ合いの様子にディヴィは驚くと言うより呆れた顔になった。
昔なら堂々と浮気宣言と言って良いのかいと突っかかったものだが、長い付き合いなので性格も熟知している。
こんな風に堂々と自分に言うのは心配しなくても大丈夫だからあんしんしてくれていいよという、前置きみたいなものだ。
「で、相手は誰なんだい」
「おや、聞きたいのかい」
当然だろうと言いたげな態度にイーサンは軽くウィンクすると、美夜だよと笑った。
すぐには返事が返ってこないので、どうしたんだいと振り返った。
「彼女と君が、デートって」
「相談されたんだよ、男心ってやつを教えてほしいとね。恋人とは別れたといっていたが、同じ職場らしくて顔を会わせるらしい、それも頻繁にね」
最後の一言は意味ありげだ、もしかして男の方がよりを戻したがっているということだろうか。
「彼女も参っているらしい」
「それで君に相談か、不安という言葉しか浮かんでこないよ」
「おいおい、人生経験の豊富な僕のアドバイスだ」
だから不安なんだよとは口が裂けても言えなかった。
「それで、告白するというのかい」
待ち合わせの喫茶店で運ばれてきた珈琲にも、なかなか口をつけようとはしない彼女の顔を見て、真剣だなあと思いイーサンは微笑ましくなった。
正直、驚いたが、それを決意させたのは、この間、映画に出かけた事が原因なのではないかと思う。
「この間の映画、楽しかったて言ってた、色々と話してくれたんだよ」
「そ、そうですか」
「自覚がないんだなあ、あんな台詞を言えば好意を持つ相手がどんな気持ちになるのか、全然わかっていない」
「それはいいんです」
「だが裏を返せば君には心を許していうことにならないか、自分がゲイだと知っているから恋愛感情を持つとはないだろうと、安心している」
確かに、そうかもしれませんと頷く彼女は相手は言葉を続けた。
「君の気持ちは受け入れられない、会うのをやめようと言われたらどうするんだい」
「そのときはきっぱり、すっぱり諦めます」
「泣く事になっても」
すると少し考えながらも泣きませんと答えが返ってきた。
多分、困った顔をして慰めの言葉をかけてくれるだろう、想像できてしまう、いや、反対に冷たく突き放されてしまうかもしれないが、どちらにしても自分の方が引きずってしまうのは目に見えている。
「女性を泣かせないなんて、二枚目役者の台詞みたいだな、聞いてるほうが恥ずかしくなるよ」
「かっこいいですから、あの人は」
老人は、聞かせてやりたいねと思いつつ、言葉を返した。
「いや、君の、その一言も十分、恥ずかしいと思うんだが」
「そ、そうですか、な、何、言い出すんですか、若い頃からモテモテだったんでしょう」
「勿論さ、今でもモテルよ、では、これからデートしようか」
「なんですか、いきなり」
席を立ち、店をでると腕を組もうかと言われて迷った。
だが相手は遠慮することなく腕をとるので、彼女はため息をついた。
「あなたがもてるの、わかった気がします、イーサン」
「なんだか、機嫌がいいですね」
「すれ違う皆がびっくりしている、ご覧よ、楽しくないかい」
にこにこと笑う老人の横顔に最初は恥ずかしいと思っていた。
歳の離れた愛人とか思っているのではなかろうかと、だが、そんな下世話な事を考えている自分こそと思ってしまい考えるのをやめた、いや、自分に呆れてしまったのだ。
「なんだか、自分も歳をとって、おばあさんになりたくなりました」
「ははは、それはいい」
驚きだよと老人は笑いだした。