こういう形の締めがあってもいいのではないかと思って書きました。
やっと楽になったと市村俊秀は思った。
女にもてないわけではないが、今回の見合いには辟易していた。
まずい、もっとうまい台詞、断り方があったのではと思うが、正直、限界だったのだ。
上司の薦めで一度だけでいい、会うだけだからと言われて仕方なく従った。
だが、自分も馬鹿ではない、一度ですむはずがないという予感はしていたのだ。
案の定だ、相手は次のデートはいつにするとしつこいくらい言ってきたので、約束はしたものの、直前になって仕事が入ったと言って断った。
すると翌日になって朝の出勤、昼の時間に携帯に何度も電話をかけてくるので無視した、仕事中なのでという言葉は便利だが、使い方を間違えるととんでもないことになる。
女が上司に電話をかけて残業をやめさせろ、仕事をセーブさせろと言ってきたのだ、これで市村の堪忍袋が切れてしまつた。
仕事をしているから給料がもらえて生活ができるのだ、それを邪魔するのは他人の生活を破綻させる気か、子供でもわかるのにどういう育て方をされたのか。
これを上司の前で言ったので効果は抜群だった。
女は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした、上司は娘を侮辱されたと怒ったが、あまりのしつこいデートの誘いとつきまといに自分はうんざりしているどころか生活まで乱された。
「ストーカーですね、電話も録音してあります、実は警察に被害届を出すつもりなんです」
この一言に上司の顔色は変わった。
「き、君」
「一度、会うだけという約束でしたよね、もしかしてお嬢さんは病的な疾患などをお持ちなのでしょうか、正直なところ僕自身が会社を辞めたいと思っています、理由はお嬢さんからのストーカー行為という理由です。弁護士にも連絡していますし」
「ま、待ってくれ」
弁護士は、その場で思いついた言い訳だが、万事がうまく収まったのには驚きだった。
勿論、不満がないわけではない、だから自分から部署の移動を申し出たのだ。
物置同然の倉庫の管理だ、しばらくここでゆっくりとして落ち着いたら退職届を出そうと思っていた。
物置同然といっても、放置された資料はかなりのものだ、
一人で全て片づけるのは大変なので、誰でもいいからと人事に言うと数日して来たのが彼女だ、それも友人の付き合っていた女だという。
「ディヴィさん、どうしたんです」
珍しい人から電話がかかってきたと巽は正直、驚いた。
「いや大した用事というほどではないんだが、ちょっと教えてほしい事があってね」
「なんでしょう」
「イーサンと彼女、最近、よく出かけるんだが、何か知ってるかな」
すぐには返事ができず、ええまあと言葉を濁してしまった彼女に、隠し事かいと言われて、
うーむと巽は言葉に詰まってしまった。
「実はゲイバーに行ってるんです、彼女、仕事が移動になったこと知ってますか」
「いいや、移動らしいことは聞いていたけどね」
「それは表向きで、上としては自分から辞めてほしいとし向けてるみたいなんですよ、それで職探しをですね、イーサン、あの人はなんだか顔が広いみたいで」
「そうか、しかし」
「ディヴィさんには言いづらかったんだと思います、情けないところを
見られたくなかったというか」
もしかしてまずい事をいってしまったかもしれない、そう思ったのはすぐに返事が返ってこなかったからだ。
「君、いくら鈍感な僕でも、そういう言い方はね」
「あの、もしかして」
ええい、ダメもとで聞く、どうしよう、しかし、迷っても仕方ない、玉砕覚悟でごめんねと、この場にいない友人に謝りながら、巽は聞いた。
「彼女のこと、気づいてましたか」
ほんの数秒、無言の時間が続いた。
「今から、会えないかな」
何かまずい事を聞かれるのではないだろうかと不安になったが、今、ここで何事もなかったように逃げるわけにいかない。
ここはもう覚悟を決めておかなければと今川巽は自分に言い聞かせた。
「何か飲むかい」
「コーヒーを飲んだばかりですよ」
目の前のカップを見ると老人は窓の外に視線を向けた、というよりは逃げるようにそらしたが、次の瞬間、どこから話そうかと切り出した。
「なんとなくね、でも勘違いだと思っていたんだ、イーサンは考えすぎだというからね」
「それって、美夜の事ですか」
これが恋愛映画、ドラマなら頷く相手を見て、それってモテ遊んでいる事ですか、彼女がかわいそうと文句の一つも言いたくなるところだ。
だが、目の前の相手の顔を見ていると、そんな気分にはなれなかった。
「映画に行った、お茶した、彼女、凄く嬉しそうに話すんです、のろけを聞かされるのは辛いですよ、でも無理でしょう、浮気した事になるから、とか」
「難しいなあ」
「ディヴィさん、男らしくないですよ」
「君はずばりと痛いところを突くね」
にやりと笑う女の顔を羨ましそうに見ながら老人はため息をついた。
「突き放すとか、もう会わないとか、できますか」
「難しいね、出会う前ならできたかもしれないけど」
その言葉に呆れた顔になった巽は、恥ずかしくないですかと聞いた。
「恋愛映画の主人公ですよ、今の台詞」
「そうかい、自分でも、なんとなくだが、そう思ったよ、でもこのままだと駄目だろうね」
「おっ、前向きですね、ではミスター・イーサンに電話して、話し合いますか、これから先のこと」
「店の掃除と、暇なときはまかないとか作ってくれると助かるんだけど、料理はできるんでしょ、イーサンのお墨付きだし」
「ああ、一緒に台所でね」
「彼女、恋人候補、介護要員、どっちなの、イーサン、ディヴィは知ってるの」
「実は彼女はね、ディヴィに惚れてるんだ」
何を言い出すんですかと驚きの顔になった女は、にやにやと笑う老人を驚いた顔で見上げたのも無理はない。
「しかし、本当にいいのかい」
何故、こんな流れになったのかわからないが、今の仕事をやめたいとぽろりと口にしたことがきっかけだった。
だったら自分の知り合いが店を手伝ってくれる人を探しているという話になり、そこからとんとんと進んだのだ。
「届けは出してあるし、週末から、あの店で働けます」
「思い切りがいいね、その上司は、君とは合わないのかい」
「できる人って感じでしょうか、物事をそつなくこなして迅速で」
突然、老人は楽しそうな笑いを浮かべね声を上げて笑いだした。
「若い頃はそうだったよ、ディヴィも」
「そうなんですか」
「案外、うまくいくかもしれないなあ、君と、その上司」
「なんですか、それは、どういう」
「人生色々とあるんだよ、意外と思える二人がぴったり、息も合うカップルになるってことがね、それに、この年になって女性が泣くのは見たくない」
「うっ、同じ事言ってますよ」
「おや、では乗り換えるかい」
「何を言ってるんですか、軽すぎますよ」
「何か食べようか、そうだなあ、君のおごりで」
ほら、あそこでと指さしたのは屋台のクレープだった。
「以外ですね」
「いいだろう、こういうのを恋人同士で食べるともっと美味しく感じるんだがね」
苺とホイップクリームを頼むと、老人はレモンと蜂蜜バターを頼んだ。
「甘い、でも美味しい」
「恋愛も恋も甘いだけではうまくいかないからね」
「やっぱり長く付き合っていると色々あるんですね」
「そりゃあね、ところで、美味しそうだ、一口」
いきなり立ち止まり、首をこちらに向けられて女は呆れた用に差し出した。
「あのー」
目の前からやってくるカップルを見ると巽は女は呆れたように隣の老人を見た。
「歩きながらクレープを食べてます、しかも、あれはいちゃついているとしか見えません、どうでしょう、ディヴィさん」
「昔からだ、男女関係なく、ああいうことを平気でやるんだ、人前でも気にせずね、凄いだろう」
恥ずかしいぞイーサンと声で囁くように言ったのも無理はない、すれ違う人、特に若いカップルなどは奇異なというか、この爺さんと女、なんなんだという目で見ているからだ。
二人は気づいているのだろうか。
「美夜、笑ってます、なんだか、ちょっと、いや、楽しそうですよ、それでどうします、ばらしちゃいますか、その方が失恋しても前に進みやすくなると思うんですが」
「いや、まあ」
「こうしてみると、あの二人も案外、いいかもしれませんね」
「いや、それはない、振り回されるだけ、彼女が可哀想だ」
「今も可哀想だと思いませんか、結構、いや、かーなーり」
責めているのかと聞くと飛んでもないと返事がさらりと返ってくる、このいたたまれさはなんだろうと思わずにはいられない。
「お二人さん」
おおーいと前から歩いてくる二人の姿に気づいて慌てたのも無理はない。
「仲良くいちゃついて、羨ましいぞおおっ」
「いや、これはそういうのではなくて」
「ごめん、先に言っておく、ばれちゃった、ディヴィさんに」
突然何を言い出すのかと不思議そうな顔をした彼女は友人と隣にいる老人の顔を見て、まさかという顔になった。
「ばれてしまいましたか、すみません」
謝らないでくれ、それは違うよと言われて、はあっと力なく俯くが、足は止まらなかった。
ゆっくりと歩きながら、もう会わないほうがいい別れ話になるのだろうかと考えるとなんともいえない気持ちになった。
「きっぱり、ここで、その、ふんぎりがつくというか、前向きになれるように言って下さい、その方がいいです」
その言葉に老人は足を止めた。
「はあ、それでどうなったの」
こういうときの恋バナは誰でも興味深く、続きを急かして話してよと催促したりするものだ。
だが、それができなかったのは場所のせいもある。
「会社、辞めたんじゃなかったの」
「今、昼休みでしょ、それであんたももうすぐ辞めるんだし、細かい事は気にしないで」
「いや、その棚の奥に上司が仕事してるんですけど」
「空気だと思えば、女の恋バナに聞き耳をたてる男なんていやしないわよ、よほどあれなんだわ」
「その、おつき合いをすることになりました、女が泣くのを見るのは嫌だからって」
「そ、そうなんだ、でも、いいの」
「言いたいことわかる、ゲイで恋人がいて歳の差どころじゃないものね」
こくこくと頷く友人を見ながら。
「細かいことを考えたら、なんだかどうでもよくなったというか」
正直、返事に困り、うんうんと辰美は頷くことしかできなかった。
そして、一週間後、何故、自分は、こんなところにいるのか、しかも花束を持って。
周りにはドラッグクイーン、歌舞伎町のホスト、ニューハーフばかりだ。
そして白いドレスを着た友人、美夜が二人の老紳士に挟まれて嬉しそうに笑っていた。
しかも二人の老人は指輪を贈っている。
これはディヴィさんだけでなく、イーサン氏とも、つまり二人と、そういうこと。
細かい事は気にしないっていってたけど、いや、あまりにも気にしなさすすぎじゃないのおおっと思うが、今更である。
ちなみに場所はゲイバーである。
「これは世間一般の結婚式なのか、今川、クン」
突然ろ、声をかけてきたのは市村俊秀だ。
「元、上司という事で招待された」
それはお気の毒にといいかけて今川辰美は黙りこんだ。
「綺麗だな」
その言葉に、はあっ?と思い彼女は隣の男性を見上げた。
その視線が見ているのは、もしかして。
いや、まあ、花嫁が綺麗というのは世間一般のお世辞ってやつよねと思いながらも、何故か、男の顔から目が離せない、会社では無表情で難しい顔つきだったのに。
こういう人と結婚した方がよかったんじゃない、美夜と勝手な事を思いながら、おめでとうと彼女は心の中で祈った。