フォレストの仕事を片付け、急ぎ足でセーフハウスへと向かった。
小鳥からのメールは篝の状態があまり芳しくないことを伝えていた。
要領を得ないメール。こうなったら直接話をきくしかない。
ガーディアンの調査報告書を作成せねばならないところだが……。
「……っと、ノーパソねえや」
宿泊中のホテルに置きっぱなしだった。
ここからだと取りに行くのも面倒だし、どこかで買ったほうが早い。
急いで家電量販店で適当なのを購入し、ついでにコーヒーメーカーも買った。……たぶんこれから必要になる。
「小鳥のやつ、まだいるよな……」
GPSで確認をとるとセーフハウスから動いていない。助かった。移動されると面倒になる。
「あのやろ、なに動揺してんだよ」
何があったの、どうしたの、とかそんなことばかり。
これだから子供の相手は疲れる。
いや……もうほとんど子供の域を出た子供だけど。
「小鳥のこともなんとかしないと……」
これ以上は冗談にならなくなるレベルの危険な領域だ。また森でのようなことがあって、助けることができるとは限らない。たまたまあのときは……。
「…………」
苦虫を噛み潰す。
こんな気持ちは押し殺してしまえ。これから先、いくらだってあることなのだ。
篝を守ると決めたのだから。
家に着いて玄関の扉を開ける前に、小鳥がドアを開いて飛び込んできた。
「なっ、……おい!」
思わず持っていた荷物を落としたが、小鳥は震えてしがみついていた。
「どうした?!」
小鳥の肩をひきはがすと、半泣きで瑚太朗を見つめた。
「バカ……! 心配……したんだから……!」
バカバカ、と言いながらぽかぽかと瑚太朗を殴る。
瑚太朗はただ呆然とそれを見つめていた。
「怪我、してるんでしょ?! 篝にやられたんでしょ?! どうして言ってくれないの……!」
「小鳥……」
「死んじゃうんじゃないかって、心配、してたんだからあああ……」
泣きはじめた小鳥を抱きしめた。
小鳥は森での篝の暴走を直接見ている。
あれを見ればそう不安に思うのも無理はないことだ。
……だが。
そんなことで怯えてもらっては、この先ついていくことなど出来なくなる。
(小鳥を切り捨てよう)
今はそのタイミングではないが、いまはっきりと思い知った。
(俺にもうこれ以上関わっちゃダメだ)
そうしなければ小鳥の命に関わる。
自分は危険な存在なのだとわかってもらわないと。
嫌われてでも……諭さないと。
「いいか、小鳥。俺に何かあってもおまえには関係ない」
「瑚太朗、くん……っ!」
「俺には目的がある。それを達成する前に絶対死んだりしない。死ぬつもりはない。だから泣くな」
小鳥の涙をハンカチで拭いてやり、しゃがみこんで肩に手を置いた。
「それで、篝の様子は? メールだと回復はできないとかあったが」
小鳥はしゃっくりを抑えながら瑚太朗のハンカチを握りしめた。
「……あたしの力じゃ、無理。篝の力が半減してるみたいで……」
「やっぱり防御機能を使いすぎたせいなのか?」
「それもあるけど、精神的なダメージのほうが大きかったみたい。……鍵の使命は、もう強迫観念みたいに、同じことばかり繰り返してる」
「言語機能の回復は無理か……。だが話してて不審な点はなかったんだな?」
「うん? 特には……」
よかった。
機械的な音声だったのは治ってる。
小鳥が気づかないならもう完全にそれは心配ないだろう。
「篝をパワースポットに連れていけば、あるいは……」
「それは無理だ。洲崎側が押さえている。他のパワースポットもガイアが占領してるしな。……くそっ。時間が迫ってるってのに」
「時間?」
言い過ぎた。
瑚太朗は誤魔化すように荷物を小鳥に手渡した。
「これセットアップ頼む。初期設定はしてあるからオフィスだけインストールしてくれ」
「瑚太朗くん、怪我……!」
「大丈夫だ、もう……っつ」
小鳥が触れた背中は、ちょうど深く切り刻まれた場所だった。
まだ完治していなかった。
「やっぱり…っ」
「大丈夫だって。こうして動ける程度には」
「見せて!」
「いやだから」
「脱いで、早く!」
小鳥は有無を言わさず瑚太朗の上着やらシャツやらを引っぺがした。その手際の良さときたら。瑚太朗は目を剥いて言葉も出せなかった。
「……っっ!!」
小鳥は口を押さえて後ずさった。……まあ無理もない反応だが。
仕方ないな、と瑚太朗は諦めてため息をついた。
「悪いけど手当て頼むわ。こっちは後回しでいい。あっちの部屋に救急箱が……」
言いかけてまずい、と思ったが遅かった。
あの部屋はスプラッタだった。
「あの殺人現場みたいな部屋なら、あたしが掃除した」
「おまえがっ?!」
どうやって?
「バカ! こんな状態のまま出歩いて。早く手当てするから、来て!」
「お、おいっ」
小鳥の手に引っ張られて寝室まで引きずられる。
小鳥のことがわからなくなった。
この子は強いのか弱いのか。
メンタルの強さは自分以上なのかもしれない。
(結婚したら将来尻に敷くタイプだな、こりゃ……)
年齢差があって本当によかったと瑚太朗はつくづく思った。
背中は自分では手当てできない箇所だったので、小鳥のおかげで何とか出血はとまった。
黒い服を着て誤魔化したが、実は歩いてると血が落ちてきそうになっていた。
「どうして生きてるの……?」
「ははっ、なんだそれ? 死んで欲しかったってのかよ」
笑ってからかうと、小鳥は泣きそうな顔をして言った。
「違うよ! どうして助かったのかってきいてるの。だってこれ、ほとんど無防備な状態でやられたんでしょ?」
小鳥には防弾や防刃ベストを渡しているから、それを着なかったことがバレていた。
あらかたの傷は治癒能力で塞いだが、内臓すれすれまで切られた傷は残っている。
これでは気づかれても仕方ないかもしれない。
「なんで防御しなかったの?」
「……したくなかった」
「なんでっ?!」
言いたくない。
だけど小鳥は追求をやめようとしない。
無視することに決めた。
「篝はいまどうしてる?」
「…………」
「小鳥」
「……さっきまでテレビ見てたけど」
テレビだと?
鍵がニュースを見る。ドラマを見る。アニメを見る。
……想像がつかない。
「喉が痛いとか言ってた。水、飲ませたけど。お薬とかあげるわけにもいかないし」
「喉が?」
「なんか少し嗄れたみたいな声」
心当たりがありすぎた。
あれだけ喘がせたのだから……。
(調子に乗って、俺、五回も……)
頭を抱えた。
「瑚太朗くん?」
「いや……いい。ちょっと口論したからな。ほっとけば治るだろう」
そう言うしかなかった。
(まさか篝のやつ……小鳥に言ったりなんて……)
小鳥を見る。
特に疑問に思ってる様子もなかった。……良かった。バレてない。
いや、口止めしないとマズイ。
バレるのはなんとしてでも避けねばならなかった。
「小鳥、おまえはもう帰れ」
「え……」
「後はなんとかする。部屋、綺麗にしてくれてサンキュな。ていうかどうやって掃除した?」
「浄化の力使って」
「ああ、ドルイドの……納得」
「瑚太朗くん、食事は?」
「勝手に食べるよ。気にしなくていいから、早く戻れ。圭介さんと理香子さんをほっとくわけにもいかんだろ」
「……うん」
「何か用があればメールする。……あ、そうだ。頼んだもの、持ってきてくれたか?」
「うん、キッチンに置いてある」
「こっちは大丈夫だから、当分来なくていい」
(ていうかもう来るな)
そろそろ篝と小鳥を引き離してしまったほうがいい。
いろいろ話されるとマズイこともあるが、それよりも、小鳥から使命感を拭わないと。
(たく、厄介な遺産を残してくれて……先人さん)
宿木とかいうものさえなければ……。
いや、なかったとしても。
小鳥は巻き込まれていた。そんな気がする。
「じゃあ、気をつけて……」
小鳥はちらちらと瑚太朗を伺い見ながら立ち去った。玄関の扉が閉まる音をきいて立ち上がる。
「さて……」
篝はいるようだった。森のにおいがしている。
逃げようと思えば窓を破壊してでも逃げられるはずなのに。
「少しは認めてくれたってことで……いいのか?」
まずは機嫌でもとろう。
買ってきたコーヒーメーカーを開封して、キッチンへと向かう。
小鳥に頼んだ数種類の豆を開けて、箱の裏書の作り方を見たが、よくわからなかった。
「……こんなもん作ったことねえし」
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
ひどい抱き方をしてしまった。
最初だから手加減なんてまるで出来なかった。
優しくしたかったはずなのに……。
「あちちっ」
熱湯が指にかかりつつも、なんとか美味いコーヒーを作ろうと悪戦苦闘した。
篝は窓際に立っていた。
街の明かりをジッとみている。何を思っているのか。瑚太朗にはなんとなく想像がついた。
「篝」
声をかけると、ゆっくりと振り向いてくれたので、少しだけ安堵した。
とりあえず嫌われてはいなかった。
「これ、飲むか?」
「…………」
熱い淹れたてのコーヒーを渡すと、篝は両手でジッと見つめ、一気に飲み干した。
「お、おいっ」
火傷する――と思ったが篝はケロリとしていた。
熱とか温度とか、あまり関係ないのかもしれない。
篝はカップを持ったまま瑚太朗を見つめた。
「どうした?」
「瑚太朗……時間……ありません」
少し嗄れた声。
だが声の抑揚ははっきりしている。
多少ぎこちないけれど……。
(よかった……)
心の底からホッとした。
「瑚太朗?」
篝がカップを持ったまま瑚太朗の側に近寄ってきた途端、瑚太朗は篝を思いきり抱きしめた。
カップが床に転がっていく。
篝の身体をきつくきつく抱きしめた。
「瑚太朗……離し……」
「治ってよかった……本当に」
「…………」
「ごめん、その……乱暴に抱いて。どこか痛いところとか、ないか?」
「…………」
「篝?」
「喉が……少し痛いです」
「ご、……ごめん」
「お腹も……少し……」
「え……っ?」
「まだ入ってるみたいな……」
瑚太朗は真っ赤になった。
篝は訊かれたことを素直に答えただけだ。
だがそれはすべて瑚太朗がしたことへの跳ね返りでしかなく。
返す言葉もなかった。
「あ……う……そ、その……鈍痛、のような?」
「鈍痛?」
「あ、いや、わからんか。……その、すまん。殴っていい。俺のせいだ」
「瑚太朗を殴っても……仕方ないことです」
「そ、そうだよね。そうでした。……他にどこか痛いところとかないか?」
自ら傷口を抉っていく真似でしかないが、もうこの際すべて知っておきたい。
今後の参考に。
「乳首が痛いです……お尻の穴が痛いです……喉の奥がまだ動く感触がします……足の付け根が突っ張ってます……膣の入り口がヒリヒリしてます……」
「わ、わかったあああ!! もうわかった、ごめんなさい、わかりました!!」
「瑚太朗は……大丈夫なのですか……?」
「俺は気にしなくていい! 怪我も小鳥に手当てしてもらったし」
「ごめんなさい……制御できなくて……」
「篝のせいじゃない。俺が無茶したせいなんだから、気にすんな」
篝の髪を撫でて、戸惑っている顔を指で少し撫で、唇を寄せる。
触れるだけのキスをしながら、瑚太朗はもう絶対小鳥と篝を会わせまいと誓った。
(他に何も言ってないよな……?)
この分だとどんなことを言ったのかわからない。
小鳥の様子からだとその心配はなさそうだが。
「瑚太朗……早く……良い記憶……見つけてください」
篝は泣きそうな顔で瑚太朗を見上げた。
それは身体のあちこちが痛いと言ったときより、ずっと瑚太朗を焦らせた。
「篝……わかった……わかったから泣かないでくれ」
「もう……時間……ありません……」
篝を抱きしめる。
震えていた。
それが瑚太朗には星の悲鳴そのもののように感じた。
「この道で正しいのだと信じてる。だから篝……泣くな」
篝の涙を掬い取ってキスを繰り返す。
この小さな存在をこれ以上悲しませたくない。
瑚太朗の決意はもう揺るがなかった。
天使音階はこれで終わりになります。
続けて崩壊序曲へと続きます。
以後連載が続きますのでよろしくお願いします。