【Rewrite】崩壊序曲〜finality〜 作:千月華音
篝の指が首筋をなぞるように触れていた。
行為の最中、抱き上げた彼女がしがみついてくるのに身を任せ、甘く口づけを交わしていたそんなひと時。
彼女の指先が、首筋、うなじへと辿るのを心地よく感じていた。
くすぐったいけれど気持ち良かった。
愛おしげに彼女の名を呼んだ。
――が。
「……いてっっ!!」
噛み付かれた。……左腕に。
油断した。いや、油断させたのか。首に優しくまとわりつく指先に気を取られていた。
篝の口から噛み付いた血糊が見え、左腕を手に取りながらにっこりと微笑んでいた。
「か、が……り……」
「すみません。あんまり美味しそうだったので」
「だからって、フツー肉まで裂けるほど噛むか?!」
左腕の皮膚が裂けている。治癒したから定かではないが、おそらく切断された部分。そこから血がだらだらと流れていた。
幸い、痛みはそれほどないが……。
篝は口元をぺろりと舌で舐め取りながら、傷口に唇を寄せた。
「おいっ」
「もう少し味見させてください」
「人肉が好きなのかよ?!」
「違います。瑚太朗の血が欲しいんです」
「血……?」
「だって、精液はもう十分貰いましたし」
「いや、あの……血、って?」
篝は、駄目ですか? と上目遣いで答えを求めた。
そんな顔をされてしまうと、駄目と言いにくい。
……だが。
篝の血だらけの唇を奪い、舌で掬いあげるように掻きまわした。自分の血の味に眉をしかめる。
「ん、んっ……ぅ」
「……篝。変な趣味はやめなさい。血なんかより、もっといいものあげるから」
「でも……ん、ぁ……足りない、んです……」
「なにが?」
「瑚太朗、が……」
ドクン、――と下半身が疼く。
なんでこんなに可愛いことばかり言うようになったのか。
半分以上は自分のせいだと思うけど。
彼女に口づけながら、柔らかな胸を揉みしだき、双丘の間に指を忍ばせて感じる部分を引き出した。
「あ、っ……はぅっ、ん」
「まだ、足りない……? これでも?」
「意地悪、しないで……ください。……欲しい、……んです……」
「篝……煽るなよ」
「お願い、です……瑚太朗の……」
続く篝の言葉に。
目を見開いて、思わず硬直してしまった。
どうすることもできないお願いだったからだ。
「瑚太朗の……血、と……脊髄を……ください」
「………………」
無理です。
いや、血なら死なない程度にあげることは出来るかもしれないが。
脊髄って……髄液ってことなのだろうか。それでも無理なような気が。
医者なら麻酔を打って骨髄液を注射で吸い上げることが出来るかもしれないが。
……どうすればいいのかわからない。
「あの……。…………。それちょっと、無理」
「……」
「そんな恨みがましい顔されても……。なんとかこの場で出来ることといったら、血を少しくらいなら」
篝は、唇を尖らせて瑚太朗の胸に指でのの字を書いていた。
拗ねているようだった。可愛い仕草だが、だからといって譲歩できるわけでもなく。
篝の目元や頬にキスをしてなんとか宥めようとした。
「もうちょっと普通のお願いをして。せめて恋人らしいお願いを」
「……意地悪」
「いや、意地悪とかそういう問題じゃなくて。他に欲しいものあれば言ってくれ。出来る範囲でなら何でもきくから」
「では、……脳幹を」
「もっと無理だから、それ」
「でも……欲しいんです」
「嬉しいけど、……それあげたら俺、死ぬ。人間はそれなかったら生きていけないんだ。わかるよな?」
「瑚太朗なら死にません」
「そう思ってくれるのは有難いけど。……少しは死なないかもしれないけど、生命に危険を及ぼす。篝は俺を殺したいのか?」
「……。わかりました。瑚太朗を殺したいわけではありませんので、我慢します」
「我慢しなきゃならないのか、それ……」
この星の化身は、人間の臓器がお好みらしい。
どういう嗜好なのかさっぱりわからない。研究とかそういう意味なのか。性的な意味ではなく。
人間ではないから……。
だけど。
そんな篝が可愛いとも思う。
末期だな――と瑚太朗は苦笑した。
「…あっ」
「篝、もう一回しよう?」
引き寄せて、彼女の脚を持ち上げる。
膣入口に擦りつけるように自身を当てると、期待に打ち震えるかのようにそこが蠢いた。
それを了承の意と受けとめ、ゆっくりと腰を下ろしていく。
篝の喉が大きくのけぞり、唇を寄せて吸い上げた。
「ん、ぁ……あつ、い……」
「煽ることばかり言った、君が悪い」
「篝、は……ただ……思ったことを……んぅ…っ、くっ……そ、こ……」
「ここ、だよな?」
「瑚太朗。胸を……胸を……触って、くださ……」
「ああ……」
篝の手が、二つの膨らみへと瑚太朗の手を取って導いていく。
手だけではなく唇で吸い上げると、篝はたまらないといった表情でしがみついてきた。
すっかり交合の虜になってしまった篝。
瑚太朗の愛撫に、繋がりの深みに、絶頂への陶酔に、素直に身を委ねていた。
(これが最後だなんて……)
篝はわかっている。何かを残そうとしている。
だからこそ最後だなんて思いたくなかった。……もっと感じさせたい。もっと虜にさせたい。
離れたくなくなるまで、こうして繋がっていたかった。
「瑚太朗……腕、……痛い、ですか?」
篝が噛み付いた痕は、湯に浸していたせいもあって傷口は半分ほど塞がっていた。痛みはほとんどなかった。
篝の手が左腕に触れようとする。口づけを交わしながらその手を握った。
「痛くないけど、少しは反省してくれ。……まあ、その、行為はともかく気持ちは嬉しいよ」
「篝の……ものです」
「ああ、俺のすべては篝のものだよ」
「瑚太朗、その腕……治癒、したとき……あ、ふぁっ」
「もう、黙って……ほら、奥が悦んでる」
「瑚太朗、……瑚太朗、もっと……奥……突いて……」
篝が何かを言いかけたが、激しくなる行為に夢中になって何も考えられなかった。
本人はそのつもりはないだろうけど、素直に欲求のまま口に出す言葉が行為をさらに煽りたてる。
熱い、と言いながら熱くさせているのは篝のほうで。
子宮の中を何度も行き来しながら絞りあげるような襞の動きに逆らうこともできず、何度も彼女の奥深くへと注ぎこんだ。
「瑚太朗……気持ちいい、ですか……?」
「ああ、とても……」
「よかっ、……た……」
篝は――泣いていた。
嬉しさの涙なのか、それとも……。
不安を押し隠すかのように、篝の身体をきつく、きつく抱きしめた。
意識が戻った。
時間にしてほんの数分だろうか――。瑚太朗は頭を抱えながら半身を起こした。
目の前に立ち塞がるセキュリティドアに目を顰める。
罠、――だった。
加島の置き土産だろう。観測者の木の部屋へと通じる唯一のドア。三重のロックが施されているそこは、一度中へ入ると出られないよう内側から数百ボルトの電流が流れるようになっていた。
幸いというか、発動する前に飛び退いたものの、帯電流に巻き込まれて気絶した。
「くそ……っ!」
時間がないのに。
こんなところで立ち止まっている場合ではない。早く朱音の元へ行かねば何もかも取り返しがつかなくなる。
辺りを見回す。
解除できるような仕組みは見当たらない。おそらく人工来世へと通じる永久電力機関と接続されている。電力の供給を絶つことは不可能だ。
小鳥との会話を試みたが、物見鳥との契約線が途切れている。先ほどの気絶の影響なのか。油断していたとはいえ……。
どうする。
ドアを破ることは不可能。しかし出入り口はここしかない。
武器になるようなものもなかった。こんな銃くらいでは何の役にも立たない。仮に開閉機構を破壊したところで二度と開かなくなるのがオチだ。
「篝……」
彼女に会うまでは諦めるつもりはなかった。何が何でも脱出してやる。――しかし、どうやって。
こんなとき篝なら。
あのリボンでこのドアを細切れにすることも出来るのに。
「……待てよ」
あのリボンは……。
そもそもあのリボンは、なんだったんだ。
篝の感情に直結し、自動で外敵を排除し、そのうえ……。
思い出す。
篝と繋がったときのこと。
あのリボンが、形を変えて、柔らかなうねりとなって、自分の中へ入ってきた。
確かあれは……左腕。
切断されて繋がった部分に、潜りこんできた。
戸惑っていると、篝が――。
気持ちいいかと聞いてきて。
腕の中から何かが溶けて混ざりあっていくような、自分の中でひとつになっていくような。
そんなえもいわれぬ気分を、ただ気持ちいいとしか答えようがなかった。
篝が、あのリボンを埋めた?
そうとしか思えない。
左腕。
見下ろすと、若干だが、右腕よりも質量が増しているような気がする。
意識を……集中した。
腕の中に、――篝がいる。
それをイメージした。何かが体内で蠢いている。出たがっている。それを感じる。
自分の血液を凝固するときの感覚と似ていた。
篝……。
君が、……くれたものなら。
それが何であろうと構わない。この身体をたとえ食い潰すものであろうと。欲しいだけくれてやる。
俺の、生命力――すべてを!
「……っ、――――ッッ!!」
その瞬間。
虹色の光が左腕から中心に迸り。
五本の、爪にも似た……ブレードが。
煌いて、弾けた。