トリップヒロインは記憶喪失で、この先記憶が戻るかは未定です。
オペラ座の怪人は原作、舞台、S・系のファントム。
クロード神父は1997Richard Harrisがモデルです。
フロロー司祭も出す予定です。
ノートルダムという名称の寺院は複数あります。
二週間あまりが過ぎた、他人と暮らす事は今までの生活が一変するのだと改めて感じはじめた男が戸惑ったのも無理はない。
クリスティーナ・ダーエを初めて地下に連れてきたときとは状況が、あまりにも違いすぎたせいもあったが、幸いなのは女が外国人ということ、そして今まで会った人間とかなり違う点だ、行動や言葉、全てが。
自分の住処から少し離れた場所、物置同然の場所に眠れるようにベッドと身支度できるように鏡を備え付けたのはクリスティーナとの接触を避ける為だ。
いや、彼女だけではない、ナーディル・カーンもだ、現職ではないが、ペルシャにいた頃は警察長官という立場だ、クリスティーナが彼に喋ってしまう可能性がないともいいきれない、そうなったら、あの男は素性を調べるかもしれない。
正直、それは避けたかった、パリの街で外国人の女が一人、これだけでも悪い想像しか頭に浮かばないのだ、女が犯罪者とは思えない。
だが、可能性がないわけではない、記憶がない自分の事を忘れたというのも嘘かもしれない、全てを疑ってかかる、この猜疑心の強さは男の生まれついての、いや、今までの経験上、切り離せないものだった。
それは久しぶりの外出だった。
街中がにぎやかなのは珍しい事ではないが、何故かあれほど、大勢いた歌い踊るジプシーを見ないのは不思議だった。
そういえばとフロローは数日前、若い修道僧侶達に悪魔の使いだと責められている若いジプシー女を助けた事を思い出した。
確か、ここだったと馬車が、見覚えのある通りにさしかかったとき、窓から外を覗いたがジプシーらしき人間の姿はない。
馬車を降りて、近くの物売りに尋ねると、ここ数日の間にジプシー達の間で流行か、疫病のような病が広まり、子供や若い者が亡くなったのだという。
街の人間の視線、はっきりと口にはしないが責め立てるような態度にジプシーの集団は街を出ていったのらしい。
「病なんていうけど、違うね、あれは薬だよ、連中は平気で馬鹿なことをするから、若い女まで頭がおかしくなったのか、川に身を投げたんだよ」
フロローは驚いた、若い女と聞いて思わず黒髪の踊り子ではと尋ねると老婆は肩を竦めると、あれは性悪女だよとにやりと笑った。
「身投げしなくても、そのうち殺されてたね、騙された男達が何人いたことか」
フロローは驚きのあまり言葉を失った、女が亡くなったのが病なら素直に同情する事もできた、だが、物売りの言葉と、それに同調する街の人間の言葉を聞いた後では。
馬車に乗り込むと彼は目を閉じて心の中で祈りの言葉を繰り返した。
女の為に、いや、自分は、それほどの偽善者ではない、言い訳めいた言葉を繰り返して彼は寺院へと向かった。
着古したシャツとズボンに見たことのない薄汚れた靴、スカートやドレスでなく、髪も男のように短い、手袋や帽子もないのですれ違う人は最初は女だとは思ってはいなかったのだろう。
だが、明らかに何か自分たちと違うものを感じとるのか、振り返っていく、そのことに仮面の男が気づいたのは地上に、外に出てからだった。
「古物屋だ、何でも売っている、食べもの以外ならね」
「本とかもありますかね」
「ああ、覗いて見るかい」
返事も待たずに女は店の中へと入って行くのを見ながら男は驚いた。
薄暗い店の中は薄暗く、湿った埃っぽい匂いが立ちこめていた。
店の奥には大きな棚があり、ぎっしりと並んだ本を見つけると女は吸い寄せられるように向かっていく。
このとき男は気づいた、この女は字が読めるのかと、今まで多少の難はあるものの会話は通じていた、だが、話す事と文字を読み書きできるというのは別物だ。
(相応の教育を受けているということだろうか)
熱心に棚を見ている人物がいる、男かと思ったが、手つきや動き、その足取りや仕草から女、異国人だと分かると神父は何故か目を離すことができず、思わずそちらを見た。
並んだ本の背表紙を順番に、それもひどく熱心に見ている女はゆっくりとした足取りで自分の方に近づいてくる。
これ以上はというくらい近づいてきたとき。
「ご、ごめんなさい」
正直に自分が避ければよかったのだが、何故かそうしなかった。
女が自分の顔を、胸元を、じっと見ていることに気づいた神父が尋ねようとすると神父様ですかと聞かれた。
首から下げていた十字架を見ていたのだと気づき、神父は頷いた。
不思議そうに自分を見る黒い目と何か言いたげな様子に神父は待った
「教会に、外国人が入ってもいいんでしょうか」
質問の意味がすぐにはわからず、もしかして宗教的な事かと思い、神父は首を振ると自己紹介をした。
「私はクロード、ここから遠くない教会の神父を勤めています」
女が不思議そうに尋ねた
「聖職者は皆、頭を剃っているのですか」
普段の自分なら不躾な質問だと思っただろう、だが、パリの人間、外国人なら知らなくても無理はないと神父は笑った、そのとき、男の声がした。
「そろそろ帰ろうか」
棚の影から現れた男の言葉に、女は少しがっかりとした顔つきになった。
「もう少し街を見て歩きたいけど、近くの教会とか」
「それは今度にしよう、かなり時間を費やしてしまった、日も暮れかけている」
女は驚いたように男の顔を見ると振り返り神父に軽く頭を下げた。
「君は夢中になっていたから」
二人の会話に神父は耳を傾け、追うように視線を向けた、女の背中に向かって。
「何を話していた」
店の外に出たとき、仮面の男が話しかけてきた。
「あの神父は」
「聖職者は髪を剃っているのかって聞いたの」
その言葉に男は無言だった、もしかして呆れているのか、それとも怒っているのだろうかと思い、慌てて女は言葉を続けた。
勿論、失礼だとは思ったわと、言い訳のような言葉を口にして女は笑ったが、男が返事をしないこと自分はひどくまずいことを言ったのかもと不安になった。
「優しそうな人だったから、もしかして答えてくれるかなあとと思ったのよ、怒っているの、失礼な事を聞いたって」
いいやと答えた男は顔をわずかにそらすように女から視線をはずした。
自分の顔を見られたくなかったからだ。
「パリに教会はたくさんあるの」
地下の自宅に帰ると女は色々な事を尋ねてきた。
「ああ、興味があるのかね」
「建物を見たいの、外国の教会は美術館みたいだって」
「色々だ、小さな教会もあればノートルダム寺院のように有名な場所もある、資金不足で廃屋寸前のような教会もある」
その言葉に女はじっと聞いていたが、ノートルダムと聞き返し、有名な寺院よねと呟いた。
「知っているのかい」
「有名なんでしょう」
「ああ、ところで少しは何か思い出したかい、熱心に本を見ていたようだが」
英語が完璧に読める訳ではないと女は首を振った、まだ、何も思い出せないと男から視線を逃げるようにそらした。」
焦ることはない、男は言葉を続けた。
「無理に思い出そうとしても駄目なときもある、こんな事を言ってはなんだが、女一人、養えないほどの甲斐性なしではない、隠者のような生活をしていてもね」
だが、言った後で男は後悔した、女の表情が変わったからだ。
パリの女なら手放しで喜ぶだろう、働かなくても生活を、面倒をみてくれるといえば、挙げ句、金がアルなら欲しいものがあると甘えた声で擦り寄るのだ。
だが、この女が瞬時に見せた表情は、そういうモノではない。
外国人の女の扱いというのは、自分が考えている以上に簡単では亡いのかと思い始めた矢先のことだった。
あの男、ナーデイル・カーン、唯一、心を許していた男が自分の異変に気づいた。
「エリック、何か変わったことでもあったのか、最近の君は」
はっきりとは口にしないが、感じているのだろう
「話してくれるのを待っているんだ」
「嫌だと言ったら、君は犬みたいにかぎ回るんだろうな、暴き立てて、その為に私だけでなく、他の人間が困った立場になったとしても正義の為だとお構いなしだ」
「君は何をやっているんだ」
「犯罪行為ではない、そうだな、神に誓ってもいい」
その言葉にナーディル・カーンは驚いたのも無理はない、まさか、この男の口から聞く言葉とは到底、思えなかったからだ。
「他人というのは、男性、それとも女性か」
「聞いたら君は激怒する」
「エリック」
「訳ありだからだ、私自身、時折、困るぐらいだ、どうすべきかと、今はそうでもないがね」
「どういう意味だ」
「外国人だからだ、名前も何も覚えていない、記憶喪失というやつだ」
「本当なのか、それは」
男は自嘲気味に笑った。
「最初は演技かと思ったよ、だがね」
相手の顔をじっと見ながらナーディル、私は騙されるのは嫌いなんだよ、たとえ相手が自分より弱い存在、女でもと笑った。
「クリスティーナ・ダーエ、彼女は知っているのか」
いいやと言った後、男は少し考えこむように顔を曇らせた。
「女の好奇心ではひどい目に遭っているからな」
「一つだけ聞いてもいいか、答えてくれるか、君のことを相手はどれだけ知っている」
「詳しくは話していない、聞こうとはしないからだ」
余計なことを言えば、この男は内緒で会おうとするかもしれない、なら最小限にとどめておく必要があると男は相手に顔を伺うように見た。