夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
それから、約五日。俺はことりさん達のお蔭でやる気になっていた。柄にもなくどこかを全力で走りたい、そんな目的のないやる気。しかし家を出ようにも、そもそもことりさんが一緒にいなければ英語力のない俺は外に出れないわけで………。
五日、とにかく五日だ。あれから五日、花田さん達は元気にしているだろうか?とか、姉さん達は今でも上手くやれているだろうか?とか、そんな事を思いながら、最低限の家事だけをこなして俺は夏休みを過ごしていた。勿論、あの時のやる気は今でも消えているわけではなく、その朗報は突然やってきたのであった。
「おはよう、虎太郎君」
いつものクスクス笑い。このパターンももういい加減慣れてきた気がする。
「お早うございます、ことりさん」
「うん♪………虎太郎君、今日は外へ出てみない?一緒にデート!」
外へ………?
「良いんですか?仕事は………」
「ちゃんといっぱい働いたから大丈夫!虎太郎君………イヤ?」
俺の両手を優しく握ると、ことりさんは上目遣いでこちらを見つめ――――
「嫌なわけないじゃないですか!」
たまらず俺は彼女を抱き締める。
「やーん♪」
「………ところで、今日はどこに?」
「うーん……特に考えてないけど………何処か行きたいところとかある?」
「場所は特にないんですけど………」
「やりたいことはあるって?」
「そうです」
「言ってみてよ。なるべく虎太郎君の意見は聞いてあげたいし」
「実は、その………少し、走りたいな~……なんて………」
せっかくの休日なのに、こういう提案をするのは失礼ではないだろうか?そんな考えが頭の中でぐるぐる回り、俺はボソボソと呟くように言葉を吐いてしまう。しかし、ことりさんの反応は意外なものだった。
「ランニング?久しぶりに良いかも!」
「嫌じゃないですか?ほら、もっとショッピングとか、行きたいところだって……」
「うーん、確かにショッピングも楽しいけど………」
言葉を切り、ことりさんは恥ずかしそうに視線を床へ落とす。何だ………?
「?」
「あの、笑わないで聞いてくれる?」
「はぁ、」
「実は最近、お腹回りにお肉が付いてきて………」
言いながら、ことりさんは自らの手のひらで顔を覆い隠してしまう。何だこの可愛い29歳……。
「いや、付いてないですよ?」
「いやああああっ!」
確かに指で摘まめはするけど、しっかり
「むしろことりさんはもう少し丸くても……」
「私は気にするの!………虎太郎君ばか!きらい!えっち!何で当たり前みたいにお腹触るの!?」
いや、何でも何も………
「それ以上のこと色々やってるくないですか?」
「それは………そうだけど!それはそれ!デリケートな所はダメなの!」
「ダメなんですか?」
「ダメ!」
「………気持ち良いのに」
「あぁ~~!やっぱり!今気持ち良いって言った!やっぱり太ってたんだああぁ!!」
それから約五分後。どうにか機嫌を直してくれたことりさんは、簡単な朝食を作り始めた。今朝はトーストとインスタントのコーンスープで済ませるみたいだ。
「ことりさん、今日は何処へ走りに行くんですか?」
「前に行った公園かな?あそこなら迷うこともなさそうだし」
「わかりました。……最近は走ってなかったんですか?」
「うん。言い訳にしかならないけど、やっぱりお仕事してるとそういう事に時間を割くのが大変で……」
「なるほど………」
「でも、今でもたまにあそこには行ったりするよ。思い出の場所だから。………勿論、私達が住んでた街が一番思い出深いんだけどね。……今年は帰れるかなぁ………」
言いながら、ことりさんは遠くを見つめる。……その目はどこか物憂げで、寂しさのようなものを感じさせた。
「帰ったら皆喜びますよ」
「そうだねぇ~。去年と一昨年は帰れなかったから、今年はちゃんと帰りたいなぁ」
あまり表情には出さないが、やはり今の彼女の仕事は多忙なようだ。
「そう……ですね………」
しかし、俺は優しい言葉をかける事が出来なかった。学生の身分である俺が何を言ったところで、その言葉には何の力もないと思ったからだ。いくら同じ屋根の下で生活しているとはいえ、彼女は社会人であり、俺は学生なんだ。悔しいけど、こればっかりはどうしようもないだろう。
それからまた少しの時間が経過し、公園に到着した俺とことりさんは、 早速走りだそうとしていた。
「軽装なことりさんって、何だか新鮮です」
「えへへ~。似合う?」
ミントカラーのランニングウェアを身に纏ったことりさんは、嬉しそうに尋ねる。こういうちょっとした服一つにしても何だかお洒落で、やはりファッションには強い拘りがあるのだろうな、と思う。
「はい、とても」
「ありがとー♪虎太郎君もそのランニングウェア似合ってるよ?」
「ありがとうございます」
ことりさんが用意したものだから、似合って当然な気もするが………。
それはそれとして、予め俺の分のランニングウェアも準備していたあたり、ことりさんは俺と一緒に運動が出来る機会を窺っていたようだ。俺からの提案はまさに
「……それじゃ、行こっか?」
「はい」
空は晴天。眩し過ぎるくらいの日の光が辺り一面に降り注ぎ、しかし公園に植えられた木々の間を通り抜ける風のお蔭で、心地好い涼しさを肌で感じれた。
「――――よしっ!」
今日は野外で運動をするには絶好の日だ。久しぶりの運動ではあった――――とは言っても、以前ことりさんとプールへ行ったりはしているのだが――――けれど、踏み出した一歩は驚くほど軽く、程無くルーチンワークをこなすように体は動き始めた。ことりさんの動きも何だか軽やかで、スクールアイドルをやっていた頃と比べても衰えは感じられなかった。
「はっ………はっ…………虎太郎君、少しペース上げても大丈夫?」
「はい、まだいけます!」
俺の返事を聞くと、ことりさんは更に速いスピードで走り出す。正直かなり速い。さっきまであのペースで走っていたのは、俺へ気遣っていたからなのかもしれない。
これは負けてられないな………!
「はっ………はぁっ………ごっほ!ごほっ!………はぁっ………はぁ…………!」
負けてられない…………んだが………。
「虎太郎君……そろそろ休憩しよっか?」
あれから何分経ったのか、何キロ走ったのか、細かいことは分からないが………とにかく俺はかなり体力が落ちているということがよく分かった。
「いえ………おっほ!………大丈夫です、大丈夫ですから………!」
「いや全然大丈夫じゃないって!いつにも増して顔色が悪いよ!………ほら、あそこのベンチで給水しよっ?」
必死に酸素を求め、咳き込みながら肩で息をしている俺と、涼しげな顔で俺に気を遣ってくれることりさん………。
「はい………」
それはそれは情けない気持ちでいっぱいになった俺は、
「クスクス♪相当喉渇いてたんだね……」
「はい。情けないです………」
「………まぁ、虎太郎君あんまり運動してないって言ってたし、仕方ないよ」
「でも、ことりさんもしてないって………」
「うーん…………そうなんだけどね。何となく海未ちゃんに怒られそうで、ちょっとした運動だけなら実はたまにしてたりとか………」
「なるほど………」
海未さん、か………。
「そういえば海未さん、今は実家を継いで、日舞をやってるみたいですね」
「うん、その話は去年穂乃果ちゃんから聞いたよ。それに日舞だけじゃなくって、弓道の先生も掛け持ちでやってるって」
「その穂乃果さんは今は実家を継いで和菓子職人になってるらしいですね」
穂乃果さんが実家を継ぐと言い出した時は、あの寡黙な親父さんが人目も
「うん。「これで雪穂を自由にさせてあげれるよー」とか穂乃果ちゃん言ってたけど、色々仕事やって、結局雪穂ちゃんも実家に帰って来ちゃったんだって」
「そうなんですよ。今じゃ美人姉妹の和菓子屋さんとして有名になっちゃって」
「しかも元μ´sのリーダーの働くお店ってなると、かなり有名になっちゃうよね。穂乃果ちゃん元気にやってるかなぁー」
「……はい。今でも………ん?」
「どうかした?」
「いや、何か後ろの男性の方が………」
「ん?」
ことりさんの後ろを見ると、両腕を組んだガタイの良い黒人が佇んでいた。そしてその男は俺達二人の姿をまじまじと観察すると、うんうんと一人頷き、「Hey!」と近くにいた男達に声をかけた。
何だ………?
「ことりさ――――」
ことりさんは何か知っているのだろうか?そう思い彼女に声をかけようとするも、俺の小さな声はその男の声によってかき消されてしまう。
「~~~………!~~~~?」
どうやら彼はことりさんに声をかけているらしく、ことりさんは困り顔でそれに応じた。………何を話しているのかは、さっぱりだけど。
いや、待て。……というかこのシチュエーションって、もしかして………ナンパってやつではないのか?
…………考えられなくはない。ことりさんと一緒にいたのが体の細い俺で、だからナンパしても問題ないだろうと、そうこの男が考えていたのなら、この謎の状況にも説明がつく。………いや、そうとしか考えられないか。
「~~~?~~~………」
ことりさんは男の話に応じながらも、こちらに目配せをする。……その表情を見た限りだとやはりこの状況にはとても困っているみたいだ。………それもそうだ。あんなガタイの良い男一人だけでも恐ろしいだろうに、辺りにいた数人の男達がことりさんを囲っているのだから。
「くっ………」
これでも俺はことりさんに愛を伝えているし、彼女も俺を愛していると伝えてくれた。………だから、俺は彼女を守らなきゃいけないんだ。いけないんだが………。
「くそっ………」
いざこういう状況に立たされると、心に体がついてこれていない事がよく分かる。全部分かってるんだ。今俺がしなきゃいけないのは、彼女を守ることなんだって。……けれど、膝はガクガク笑いだしてるし、何だか辺りの空気は重く、酸素が薄くなったように感じる。
くそっ………行動する前からこのザマだ。本当に情けない。けど…………!
「あのっ………!」
ようやく絞り出せた第一声は酷く上擦ったもので、言葉を続ける前に喉が枯れそうだった。……いや、それでも構わない。ここで何もしないのは、絶対に駄目なんだ………!
「彼女………ことりさん………困っているじゃないですか!あの…………」
ことりさんを囲っていた男達全員の視線がこちらに集中する。気持ち悪いくらい大量の冷や汗が全身から噴き出してきたけれど、もうそんなことはどうでも良かった。
「虎太郎く――――」
ことりさんが何かを喋ろうとするも、それは黒人の男の手によって制されてしまう。
「あの……その………俺、これでもことりさんとは仲良くやれてるつもりなんです。………それで、その……何て言うか…………」
止まるな。ここまで来たらもう全部伝えろ。
「愛してるんです!ことりさんも俺も!大切な人なんです!だから、彼女を困らせるような事……止めてください。………もし何か良くないことがあったら――――俺は誰であっても許しません」
言葉は伝わっていないのかもしれないけれど、そんなのはもうどうでも良かった。この状況を切り抜けられるのなら。
「行きましょう、ことりさん」
俺はことりさんの手を握り――――
「ごめん、虎太郎君」
あれ?
「えっ………?」
しかし、ことりさんは俺の手を握り返すことはなく、その場にとどまっていた。
「どうして………」
「ごめん、虎太郎君。全部勘違いなの」
勘違い………?
勘違いって何だ………いつから………何が?
「もしかして………俺とは――――」
「いやいやいや!そこじゃないから!本当に虎太郎君のことは愛してるから!」
「えっ?じゃあ、何が………」
「この人達、会社のお得意さんなの!たまたまランニングしてた私を見つけて、それで私を驚かそうと後ろにいただけみたいだし………」
「それじゃあ………、」
「うん。全部虎太郎君の勘違い」
「う………わー…………」
それって、俺………かなり恥ずかしいヤツじゃんか………。
「マジか………」
情けなすぎるぞ俺………。
?………いや、ちょっと待てよ。
「でも………ことりさんこの人と話してる時何か困った顔してましたよね?あれは………?」
「えっと………それは………」
「教えて下さいよ。何言われても今更驚きませんから」
「実は……開口一番「こちらは親戚か何かの子ですか?ボーイッシュな女の子ですね」って言われちゃって、それで………」
「はぁ…………」
女と間違われるとか………どれだけ情けないんだ俺は。
「私もね、実は初めて空港で虎太郎君を見掛けた時は、「かわいい子だなぁ」って思ってたんだぁ。……ほら、虎太郎君ってにこちゃん譲りの綺麗な顔してるから」
「はぁ」
「でもね………うん、やっぱり虎太郎君って男の子なんだぁって、改めて思ったよ」
「今まで何だと思ってたんですか………」
「その、ね………結果的には勘違いだったけど、さっきの虎太郎君…………かっこ良かったよ?」
両手の指を合わせ、上目遣いにこちらを見つめると、ことりさんは満点の笑顔をこちらに見せてくれた。
「ことりさん………」
この日、今までかっこ良いところを全然ことりさんの前で見せれていないと思っていた俺は、思わぬ出会いにより、偶然にもかっこつける事ができたのだった。………そういう意味では、彼らは恋のキューピットと言えない事もないのかもしれない。
「あんなゴツい天使ノーサンキューだよ………」
結局あの後俺は彼らと共にランニングをする事になるのだが……。その話は止めておこう。
………今日は酷く疲れた。筋肉痛も酷い。
「これは、明日は歩けないかも………」
そんな事をぼそりと一人呟いた俺は、そのまま夜の
お久しぶりでございます。ようやく投稿出来ました。
今回は、虎太郎君へ試練を与えました。一人の人間を愛するということは、とても大変なことです。楽に手に入れられるものではありません。……そのため、何かしらの形で試練を与えようと以前から考えており、そういう意味ではようやく一安心といったところですね(笑)
………さて。虎太郎君とことりさんの物語はもう少し続きます。最後までお付き合い頂ければこれ幸いです。……ではまたお会いしましょう。