夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
11.光の中へ
翌朝の目覚めは最悪だった。………全身の筋肉という筋肉が悲鳴をあげ、激しい痛みと共に俺を叩き起こしたのだ。
「っ―――」
いつもの如くスマートフォンを手に取り、画面を見ると時刻は六時。少し早起きになってしまったけれど、たまにはこんなのも良いかもしれない。
「さて………」
せっかくの早起きだ。今朝は何か美味しいものをことりさんに振る舞おう。………ことりさん、流石にまだ寝てるよな?
「ことりさん、起きてますかー?」
廊下を移動し、ことりさんの寝室のドアを開くと、中はしん、としていて、芳香剤か何かの甘い香りが微かにした。
「失礼します………」
一応一言添え、俺はゆっくりとことりさんの眠るベッドへと進む。一歩進む度にことりさんの小さな寝息が近づいてきて、それは何だかイケナイ事をしている気分だった。
「―――」
すぅ、すぅ…………。幸せそうに眠ることりさんの姿はあまりに綺麗で、その映像はさっきまでの妙な気分を消し飛ばすには十分すぎるものだった。
「ことりさん………」
おはようございます。………その言葉をぐっ、と飲み込み、俺は静かに彼女の淡い桃色の唇に口づけをする。重ねた唇は酷く乾燥していて、けれどその行為は俺の心をじわりと満たしてくれた。
「んんっ………」
………っと、あまり長居するとことりさんを起こしてしまうかもしれないな。……とりあえずリビングに移動しておこう。
リビングへ移動し、部屋のカーテンを開けようとすると、唐突にスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
誰だ、こんな時間に………?
「えっ………?」
矢澤 にこ
画面に表示されたその名前は、俺の目を一瞬で覚まさせた。
「もしもし、姉さん………?」
恐る恐る俺は電話に出る。………いや、別に何も後ろめたい事はないのだけれど。
「あっ、虎太郎?ごめん、朝早くに。今だとそっちまだ朝でしょ?」
「あぁ、そうなんだけど……丁度早く起きてたから」
「そっ。………どう?そっちの生活はもう慣れた?」
「まぁ、少しずつ………って感じかな。相変わらず英語は話せないけど」
「ふ〜ん。……じゃあ質問変えるわ。ことりとは上手くやれてる?」
「うん、それは勿論。ことりさん優しいから………。にこ姉さんはどう?仕事は上手くやれてる?」
「あぁ、それなんだけど……」
「?……何かあったの?」
「実は私、この間ハリウッドデビューが決まったの。それで今日電話したんだけど」
「ハリウッド!?」
ハリウッドって、あのハリウッド………!?
「そっ。………絶対良い機会だと思って、勿論誘いは即オーケーしたわ。善は急げってね」
「そっか………」
相変わらずというか何というか………やっぱりにこ姉さんは凄い。もうすっかり一流女優………なんだろうな。
「ちょっと虎太郎!せっかくのハリウッド進出なのに何でそんな暗いのよ!ったく………」
「いや、別に………」
「………。まぁ、良いわ。とりあえずこっちからの報告はおしまいっ!………さて虎太郎、ことりと居れるのはあと一週間足らずだけど…………答えは見つかった?」
やっぱりその質問がくるか。
「俺、何をしたいのか、具体的にはまだ分からないんだけど……」
「うん」
「でも、どういう事をやりたいのかは分かった気がするよ。俺、多分夢を終わらせたくないんだよ」
「夢………?」
「そう、夢。姉さんや穂乃果さんだけじゃない。スクールアイドル皆が築き上げてきた、そして多くの人に与えてきた夢を終わらせたくないんだよ」
「そう……」
「伝えたいんだ、夢は終わってないんだって。夢はまだ続いてるんだって。夢の続きはここにあるんだって………!」
「うん」
「………まぁ、そうは言ってもまだどうすれば良いのか分からないんだけど……姉さんからするとダメダメだよね………?」
姉さんは俺くらいの歳にはもうスクールアイドルを結成していたし、夢を叶えるために努力していた。その時のグループは長く続かなかったけれど、少なくとも今の俺よりも明確に先を見ていたはずだ。
「ばっかじゃないのアンタ。……それだけしたい事がはっきりしてるヤツを私がバカにするとでも思ってるの?」
「姉さん……」
「何よりアンタ、今の話してる時凄く楽しそうだったわ。これからアンタがどんな苦労をするのかは分からないけど、そういうモノが夢って言われてるんじゃないの?好きなものを追いかけようとしてるなんて、素敵なことじゃない。私は大好きよ、そういうの」
「姉さん………―――っ!」
「バカ………これくらいで泣くなっての。多分これから幸せすぎて泣くこといっぱいあるんだから、その時までは簡単に涙なんか流しちゃ駄目よ」
「泣いてねぇよ………」
「泣いてんだろ。………あっ、あと虎太郎、帰りの迎えは私がいくから」
「えっ!?でも姉さん、運転は……」
「勿論私じゃなくてマネージャーの運転でね。仕事帰りについでよついで」
マネージャーさん………お疲れ様です……。
「分かった」
「ん、じゃあまた、日本で会いましょ」
「ん、体気をつけてね」
「はいはい」
「ふぅ………」
何か朝からどっ、と疲れたな……。顔を洗ってこよう……。
「虎太郎君?」
「わぁっ!?」
ことりさん!?
「ごめん………驚かせちゃったかな?話し声が聞こえたから」
「ああ、実は今にこ姉さんから電話があって……」
「にこちゃんから?」
「はい。……何か、ハリウッド進出が決まったとかで」
「ああ、その話か」
特に驚いた様子もなく、ことりさんは一人納得する。
「知っていたんですか?」
「うん、実はもう少し前から。……にこちゃんからは、虎太郎君には話さないようにって言われてたけど」
?……何で俺だけに伝わらないようにしていたんだ?……どうせなら一度に伝えた方が楽だろうに。
「そうなんですね……」
「うん。……虎太郎君にはちゃんと自分の声で伝えたかったのかもね」
自分の声か……姉さんなら考えそうな事だけど、やっぱりにこ姉さんの考えは読めない。この件については帰国してから本人に直接聞くことにしよう。
それから数分後。当初の予定通り顔を洗い終えた俺は、台所に向かっていた。
……冷蔵庫の中身を確認した限りだと、流石にもう和食は作れそうにないし、今朝は簡単な洋食プレートでも作ろう。
「今日は虎太郎君が作ってくれるの?」
「はい。……ことりさんはまだ寝てて大丈夫ですよ。俺のせいで早起きしちゃったし、まだ眠いですよね?」
「う〜ん。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。……それから、虎太郎君?」
クスクスと、悪戯っぽい笑い。……ああ、これはまた何か言われるな。
「何ですか」
「虎太郎君の声でなら、早起きしちゃうのも悪くないよ?」
「なっ………何言ってるんですか……!」
どういう意味だよそれ……!?
「クスクス♪………その顔が見れて今日は幸せ♪おやすみ〜」
………やっぱりどれだけ仲が良くなっても、ことりさんには一生敵わないのかもしれない。
「やっぱり虎太郎君ってお料理上手だよね」
「喜んでもらえたみたいで嬉しいです。……今日はほとんど焼いただけですけどね」
「それにしても、焼き加減が丁度良いんだよね。にこちゃんといい虎太郎君といい、矢澤家は贅沢だよぉ」
言いながら、ことりさんは目玉焼きを口に運ぶ。確か今日のは上手く半熟に出来たやつだ。
「ウチだといつもこんな味なんで、普通ですけどね」
「良いなぁ……あっ、そういえば虎太郎君。今日は私仕事休みなんだけど、」
うっ……これはまさか………。
「すみません、今日は筋肉痛が酷くて、外出はちょっと厳しいかもしれないです」
勿論、ことりさんがどうしても行きたい所であれば同行するけれど。………日頃運動をちゃんとしていればこんな事にはならなかったのに……本当に情けない。
「うん?………ああ、いや、そうじゃなくって、今日は花田さんがここに来るの!」
「えっ、花田さんが!?」
「うん。………ほら、虎太郎君がここにいれるのってあと少しだけでしょ?だから………」
「もしかして、花田さんと会えるのは……」
「うん、これが最後」
そのままことりさんは目を伏せる。先程までの穏やかな雰囲気とは打って変わって、空気が重くなったように感じた。
最後か………楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、始まりがあるものには必ず終わりがくる。……分かってはいたつもりだけど、そうか、もう終わりなのか。
「俺は―――」
勿論花田さんだけじゃない。ことりさんと離れ日本へ帰る日も、もうすぐそこなんだ。
……お別れをするのは、正直辛い。………俺はどちらかといえば涙もろい方だし、多分情けなく泣き出してしまうと思う。
……でも、こういう最後の時間はとても大切で、ちゃんと伝えたい事を伝えなきゃいけないんだ。穂乃果さんやことりさん達がちゃんとそうしたように。
「大丈夫です」
「そっか。じゃあ、私から言うことは何もないね」
そう言うと、ことりさんは何事もなかったかのように再び目玉焼きを口に運ぶ。
ふとカーテン越しに外を見ると、
「今日は良い日になりそうです」
「なるよ。……せっかくの花田さんと過ごせる最後の時間だもん、良い日にしなきゃ」
ことりさんは優しく微笑む。慈愛に満ちたその表情はこの光と同じく、部屋の中を心地好い暖かさで満たした。
「そうですね」
相変わらずペース上がらず申し訳ありません。お久しぶりです、おわきーです。
さて、いよいよ物語も終盤。虎太郎君は何を思い、どんな結論を出すのか―――それは次回以降のお楽しみということで。またお会いしましょうっ!