夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
朝食を済ませると、程なくしてその人はやって来た。
「やぁ、虎太郎君。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
その笑顔は以前と同じく自然なもので、花田さんの雰囲気は相変わらずといった感じだった。……もっとも、一週間そこらで人が変わってしまうとも思えないが。
「そんなところに立ってないで、掛けて良いですよ」
「ああ、それもそうですね」
ことりさんの言葉に頷くと、花田さんは俺から見て正面の椅子に腰掛ける。改めて見るとやはりその体格はかなりがっちりしていて、普段は大きく見える腰掛け椅子も、今日ばかりはどこか小さく見えた。
「………さて、ここまで来たのは良いけれど、何か話せるような事なんかあったかな?」
む〜、と唸りながら、花田さんは思案する。幸いにも時間はまだ九時過ぎだ。面白そうな話の種を見つける時間はいくらでもあるだろう。
「……それなんですけど、花田さん。良かったら、アイドルプロデュースを始めるまでの話とかどうでしょうか?」
「南さん………あまり面白い話ではないと思うんですが。それに、自分の事となると少し恥ずかしいです」
花田さんは苦笑いし、頬をポリポリと掻く。……自分の過去を掘り下げられるのが何だか恥ずかしいという気持ちは、正直よく分かる。
「多分、虎太郎君も花田さんの過去について気になってると思うんですよ。……だよね、虎太郎君?」
花田さんが今までどんな経験をしてきて、そしてスクールアイドルのプロデュースという道を選んだのか………気にならないわけがない。それに、俺はスクールアイドルにどうにかして力添えしたいと考えている人間だ。花田さんの話を聞くことで、これから自分が何をすべきなのかを具体的に考えられるかもしれない。
「はい」
「クスクス♪………虎太郎君はこう言ってますけど?」
「ふー……分かりました、話しましょう。………予め言っておくが虎太郎君、これから話すことは何も特別な話じゃないよ?」
「大丈夫です」
「………オーケー、じゃあ早速、」
花田さんが話を始めると、長くなると判断したのか、ことりさんは「コーヒー作ってきますね」と一言言い、キッチンの方へ向かった。
「始まりは………そうだな、君と同じような状況だったかもしれないね」
「俺と同じ………?」
花田さんは首肯し、続ける。
「ああ。………僕も君と同じく、元々はただのスクールアイドルが大好きなだけの人間だったのさ。………でも、どうすれば彼女達の今後―――ラブライブの未来を支えていけるのか、それが分からなくて悶々としていたんだ」
「………」
「そうして大学四年間を過ごして、安定した収入が望めそうな企業に就職が内定して―――転機はその後に来たんだ。………確かあれは、卒業旅行でニューヨークに行った時のことだったかな。今でも覚えているよ」
「コーヒー出来ましたよ〜」
「―――っと、ありがとうございます南さん」
「いいえ。………はい、虎太郎君も」
「ありがとうございます」
ことりさんが淹れてくれたコーヒーを一口飲むと、花田さんはそのまま続ける。
「何となしに友人と入ったスクールアイドルショップに仕事の募集のポスターが貼られていてね。……当時英語が不得手だった僕でもその内容は理解出来たよ。『スクールアイドル プロデューサー募集』って、確かそう書かれていた。
………正直、かなり衝撃的だったよ。スクールアイドルをプロデュースなんて、考えたこともなかった」
「そうですよね……日本なら顧問の先生がいるだけですし」
「そう、それなんだよ。やっぱりここでも日本とアメリカの考え方の違いが出ていてね、向こうではスクールアイドルはビジネス、それもかなり健全なやり方で他校と競争する事が出来る素晴らしいものだって考え方が浸透していて………そのための投資としてプロデューサーを試験的に雇おうとしていたんだ」
投資か………確かに、アイドル活動をする事で入学者数が増え、世間から注目を集めることを考えれば、その選択肢はアリなのかもしれない。
「だが、これはあくまでも試験的なもの。今後の生活を保障してくれるようなものではないし、収入もお世辞にも良いと言えるものじゃなかったよ」
「え、でも……」
「………ああ、僕は帰国後すぐに内定していた企業を蹴って、プロデューサーになるための努力を始めたよ」
「そんな……」
「………どうして?って思うかい?止まれなかったんだよ。目の前にやりたいことがあったんだ。……安定した仕事ではないかもしれないけど、絶対にやらないと後悔するって、そう思ったんだ。やりたいことを我慢して安定した生活をしたところで、そんなのは死んでるのと同じだろう?……俺は死にたくない!精いっぱい生きたい!って、そう思ったってだけの話さ」
照れくさそうに笑って、花田さんは窓の外を見つめる。……話してしまえば短い内容かもしれないけれど、当時はきっと様々な葛藤の末に出した結論だったに違いない。
「花田さんは凄いです」
「僕は凄くなんかないよ。本当に凄いのは、僕みたいな人間をその気にさせてくれる彼女達スクールアイドルだ。……彼女達は皆を明るくしてくれる、太陽みたいな存在だ。その火は消しちゃいけないんだって、そう思いながら僕は毎日働いているよ」
「本当に大好きなんですね、スクールアイドル♪」
優しく微笑んで、ことりさんは小さな口でコーヒーを一口飲む。やはりことりさん自身思うところがあるのか、何だか少し嬉しそうな様子だった。
「はい。………っと、まぁ僕の話はこれくらいかな。後は英語の勉強だったりスクールアイドルの徹底的な分析だったりをして、一年後くらいにここで働ける事が決まって今に至る感じだね」
「なるほど……」
「………あまり面白い話でもなかっだろう?虎太郎君のためになれれば嬉しいんだが」
「いえ、聞けて良かったです。俺もこれからどうするか、ちゃんと考えれそうです」
「そうか、それは良かった。……ああ、あと虎太郎君。この言葉を覚えていてくれ」
「………?」
「高い山を登りなさい」
「高い……山………?」
「大学の恩師から
「あぁ、はい」
「これはそれを格好つけて言った言葉で、道に迷ったときは、思いきり険しい道を進めって意味だ。………その先にやりたい事があるんなら、迷ってる時間なんかないだろう?」
「はい」
「それが分かってるなら十分。………これから色々と大変かもしれないけど、君は君のやりたいようにやれば良い。―――っと、堅い話はここまでにして、何か別の話をしましょうか!」
「そうですね………花田さんの話はとても素敵でしたけど」
言いながら、ことりさんは再びキッチンの方へと駆けていく。……コーヒーに合いそうなお菓子を探しに行ったのかもしれない。
それから他愛もない話を続け、気が付けば日は沈みかけていた。本当に楽しい時間が過ぎるのは一瞬だ。
「それじゃあことりさん、また会いましょう。……虎太郎君は次にいつ会えるか分からないけど、元気で!」
爽やかな笑顔と共に、花田さんは右手を差し出す。俺がそれに応じると、初めて会った時と同じように万力のような力が右手に加わった。
「ぐっ―――」
―――「高い山を登りなさい」か。俺もやられっぱなしじゃつまらないよな。
「おおっ!?」
「?」
俺も思いっきり握手すると、花田さんは嬉しそうに笑った。ことりさんは何が起きてるやらさっぱりといった感じだ。
「はっはっは!次に会うのが楽しみだよ!二人とも、また会いましょう!」
ようやく手を離してくれた花田さんはこの日一番の笑顔でことり邸を後にしたのだった……。
夜。夕飯を済ませたことりさんは、俺を寝室に呼び出した。
「あっ……ごめんね虎太郎君、こんな時間に」
「いえ……」
「花田さんとはちゃんと話したいこと全部話せた?」
「はい。………これで安心して向こうへ帰れそうです」
「そっか……本当に虎太郎君、もう少しで向こうに行っちゃうんだね」
「は―――い!?」
ことりさんは俺をベッドの上に押し倒す。……整髪料の甘い香りが鼻腔を
「ことりさ―――んぐっ」
「―――ごめん、虎太郎君」
重ねていた乾いた唇を離すと、ことりさんは一言謝った。
「……私、虎太郎君に帰って欲しくないって思ってる。………虎太郎君、やらなきゃいけない事沢山あるのに……それでも帰って欲しくないって………!」
「ことりさん………それは、」
「分かってる……駄目なんだって分かってる。だから私……せめて最後の思い出が欲しい。………分かるよね?」
大粒の涙を浮かべながら、ことりさんは自らのお腹のあたりを指差す。それが何を意味しているのかなんて、考えるまでもなかった。
「―――ダメです」
「どうして………?これで最後かもしれないんだよ?あっ―――」
彼女をそっと抱きしめ、再び唇を重ねる。弱々しいことりさんの姿を見ているのは、正直胸が痛む。
「―――これで最後じゃありません!俺は必ずこの場所に戻ってきます!」
「でも、だけどそんなの………ッ!」
「―――俺にはまだ、ことりさんと一つになる資格がないんです」
「………?どういう、こと……?」
「俺、色んな人の力を借りてここまで来ました。にこ姉さんのお陰でことりさんの住むニューヨークまで来れて、ことりさんのお陰で自分を見つめ直すことが出来て、そうして出会った花田さんにはこれからのことを色々教えてもらって………」
「………」
「多分誰が欠けてもこの夏はここまで充実しませんでしたし、きっとここまで楽しくはなりませんでした。本当に楽しい時間でした」
………そう。楽しい時間が過ぎるのは一瞬だ。
「ここに来た日……本当につい昨日のことのようです。……確か穂乃果さんの作った穂むらの和菓子を抱えて空港まで来たんですよ」
「最後に会ったのはまだ虎太郎君が小さい時だったから、私びっくりしたなぁ」
「はい………俺も、本当にことりさん綺麗になってて驚きました。―――っと、話が脱線しましたね。とにかく、俺は今周りの人達に与えられた、恵まれた環境の中で生きているだけなんです。……まだ何も、自分の力で出来ていないんです」
「そんなこと………」
「すみません、これは俺の、男のケジメです。多分、最初で最後の我が儘なんです。……いつか絶対、俺は夢を叶えて、自分の力でここに戻ってきます」
「虎太郎君………」
「俺がこのままことりさんの全てを受け入れてしまうことは、許されません。まだ俺はことりさんに見合う男になれていないんです。
………だから、ことりさん。俺がいつかことりさんに見合う男になるその日まで、待っていて下さい。―――俺を信じて下さい」
「はい………」
ことりさんの頬を一筋の涙が伝い落ちる。……俺は今にも大声で泣き出しそうな彼女を、力いっぱい抱きしめた。
それから数日後。時が経つのは早いもので、時間を確認すると時計の針はもうじき飛行機が飛び立つ事を告げていた。
「ことりさん!」
「はい!」
「愛してます!」
多分次にこの街に戻るのは、まだまだ先だ。
今にも消えてしまいそうな彼女の体を強く強く、消えてしまわないように抱きしめ、俺は唇を重ねる。
「ははっ、やっぱりことりさん細いや」
「もうっ、こんな時に何言ってるの」
「本当に………もう」
再び抱きしめると、ことりさんはそっと腰に手を回してくれる。全てが愛おしかった。
「ことりさん………絶対に俺が戻るまで―――」
泣くな、泣くな、泣くな………!
「元気で………!」
「うん、虎太郎君も、元気でね………大好き!」
最後にことりさんと別れのキスをすると、俺は飛行機の搭乗口まで向かう。既に何人かの乗客が入り始めていた。
「俺………絶対にこの場所に戻ってきます!夢を叶えます!」
そうだ。………彼女達の夢は、まだ終わってなんかいない。
「夢の続きはここにあるんだって!そう叫ぶんです!隣にはことりさんがいて………」
「うん………ッ!」
「ことりさん!ありがとうございました!!また会いましょう!!」
「私も………ありがとう、虎太郎君」
溢れそうになる涙を堪えて、俺はそのまま飛行機の方へと向かう。……本当に色々お世話になりました。ありがとう、ことりさん。
それから飛行機に搭乗すると、今まで我慢していたものが一気に瞳から溢れ出し、隣の乗客から酷く心配された。
………この街で過ごした時間は、とても貴重で……そして凄く楽しかった。この街と人が教えてくれたことはあまりに大きく、俺はこれから何年もかけてその借りを返さなければならないのだろう。
「姉さん………見つかったよ」
希望を胸に、俺は窓越しに外を見つめる。そうしてこの目に映ったのは、俺のこれからを祝福してくれるような、眩いばかりの光のシャワーだった。
ども、おわきーです。はい、今回の話で虎太郎君の物語は無事完結です。彼はこれから何をやっていくのか………?とか色々気になるところはあるでしょうが、そこは読者様のご想像にお任せ致します。
さて、色々書きたいことありますがとりあえず今は書き終えれたことでホッとしてますね(笑)
私はやりたいこと全部ぶちまけたので、とりあえず満足です。………読者の皆様方には本当に感謝しかありません、いつも心のどこかに読者様がいてくれたお陰でここまで頑張れました。本当にありがとうございます。
………ではっ!また機会がありましたらお会いしましょう!おわきーでした!!