夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
夢の続きをもう少しだけ。
「はあぁっ!!」
「くっ………!」
いつもの朝、いつもの光景。そしていつもの……ちょっとだけカビくさい匂い。耳に届くこの音さえもいつも通りで、俺は同じ時をループしているかのような錯覚に陥りそうになる。
(でも、せめて今回は………!)
「せいっ………ッ!!」
少し間合いを詰め、剣を振り下ろす。……しかし、彼女は動きを読んでいたかのように俺の竹刀を払い、息をするように自然な動きで攻撃の体勢に移った。…一方の俺はというと、先程の一撃を往なされたせいですっかり体勢を崩してしまっていて―――つまり、
「―――面ッ!!」
「ありがとうございました」
やはり今日も一本も取ることは出来ず、滝のような汗を拭いながら、俺は一言感謝の言葉を添える。礼によって始まり、礼によって終わる。俺がここで稽古をつけてもらい始めた初日に教わった事だ。
「ありがとうございました。相変わらず上達が早いですね、虎太郎」
いつの間に面紐を解いていたのやら、面を取り外すと、彼女はその長く艷やかな蒼髪をかきあげ、余裕そうな顔で微笑んだ。
「いえ………まだ一本も取れてませんし」
「始めてたった一ヶ月で私から一本取ろうなんて、普通は思えませんよ」
口元に手を当て、海未さんは上品に笑う。………そうか、もう一ヶ月になるのか。
「悔しいものは悔しいんですよ」
「やっぱり虎太郎は男の子なんですね」
なんて、当たり前のことを言いながら、海未さんは道場の外を見据える。目で追ってみると、数羽の小鳥が木の枝に集まっているのを確認出来た。
「やっぱり、寂しいですか?」
「何がですか?」
「ことりの事ですよ」
「あぁ………」
寂しくないと言えば嘘になる。会えるのなら今すぐにでも会いたいくらいだ。だけど―――
「―――大丈夫です。こういう時間は全て、未来のことりさんへ繋がってるって、信じてますから」
「そうですか」
一通り体を軽くすると、海未さんは立ち上がる。…やれやれ、まだまだ今日もこれからだな。
「さて、時間はあまりありませんよ。すぐに着替えてあそこへ行きましょう」
「はいっ!」
「あっ、来た来た。……おーい!」
神社の境内へと続く少し長い石階段……その最下段に、その人はいた。
「すみません、遅れました!」
「えへへ、大丈夫大丈夫!」
太陽のように眩しい笑顔と、特徴的なオレンジのサイドテール。現役時代と何一つ変わらないその存在感は、間違いなくμ'sのリーダー―――高坂穂乃果さんその人だった。
「何か高校の頃と逆で変な感じだね」
「あの頃はほんとに大変でした……」
高校の頃………そういえば、穂乃果さんは朝が弱かったとか何とか、前にことりさんから聞いたような……。
「どう?穂乃果の気持ち、少しは分かった?」
「なっ………あなたという人は!元々穂乃果が朝遅かったのは単に寝坊助だったからじゃないですか!」
「あ〜ん、海未ちゃんがいじめるよぉ!」
「穂乃果さんのせいじゃ………」
さて、もう一ヶ月と少し前の事になるか。日本に帰国した俺は、にこ姉さんと、その………ややあって、改めて音ノ木坂の校舎を見に行ったり、アキバドームを見に行ったりして、具体的な目標を決めることが出来た。
「穂乃果………あなたやっぱり、」
「うぅ言わないで海未ちゃあぁん!……ヒーッ!」
それからはと言うと、目標のための準備で大忙し。色々な人の元を訪れては他所へ行きを繰り返し、どうにか当面の生活スタイルを確立し、現在に至る………色々と端折ってはいるけど、まぁこんなところか。
「あ、虎太郎君タイム伸びたんじゃない?」
「本当ですね」
少しずつでも、先に進んでいる。最近はその小さな充実感が心地好かった。
「でも、海未さんの方が凄いですよ」
「そりゃ海未ちゃんはね……」
「こういうのは日頃の鍛練の積み重ねです。………っと、虎太郎、そろそろ一度家に帰るべきでは?」
「えっ………あっ!すみません、失礼します!」
「学生は大変だねぇ。バイバ〜イ」
「気を付けて!……穂乃果はもう少し頑張りましょうね?まだ仕事まで時間はあります」
「海未ちゃんの鬼ィ〜!」
早朝に起床し、自分で作った朝食を食べ、海未さんと朝の稽古。それが終わると今度は穂乃果さんと合流し、三人で朝のランニング。一通り汗をかいたら次は自宅へ戻り、シャワーを浴びる。
「本当に時間ないな………っ」
そのまま制服に着替え、登校。これが俺、矢澤虎太郎の朝の生活スタイルだ。……正直かなりキツいし毎日筋肉痛だけれど、「体が資本」というのは何もアイドルに限った話ではない。彼女達の輝きを守りたいのなら、何より自分の体を一番に鍛えるべきだろう。
「おっすー、虎太郎」
「あぁ、おはよ………」
「もう昼だろバカ。何か最近お前疲れてねぇ?」
「色々あるんだよ、寝かせてくれ………」
「はは~ん、モテる男は辛いねぇ」
「………」
「ちょっとは否定してくれよ!?……なぁ、まさか本当に女絡みなのか!?」
「寝かせてくれ………」
愉快な友人と他愛もない話をしたり、勉学に励んだり、そんな事をしていると、学校にいる時間なんてあっという間だ。…楽しい時間は早く過ぎる。これはニューヨークでよく思い知らされたなぁ。
「またなー、虎太郎!頑張るのはいいけど、体は大事にしろよ!……あっ、あとにこさんによろしく!」
「別居だって何回も言ってんだろ!……じゃあな」
さて、これでようやく帰れる。………というわけでは、勿論ない。
「よろしくお願いします」
夕方は夕方で、海未さんに稽古をつけてもらう事になっている。……もっとも、夕方は海未さんも他の人達の指導で忙しいので、俺は海未さん以外の人とも手合わせをするのだが……。
「わっ!?虎太郎おにーちゃんつよいねぇ?」
「俺は基本通りにしてるだけだよ。……ほら、こっちに来て。一緒に練習しようか」
このように、最近は格下の子達の指導を任される事もある。俺としては格上とやりたいのだが、海未さん曰く「教える事は、教わる事と同義です」らしい。……確かに、剣道が上達し始めたのはこの指導を始めてからかもしれない。
「ありがとうございました!」
夜。稽古が終わっても、俺にはまだやらなきゃいけない事がある。……とは言っても、これは一人で生活していると絶対にしなきゃいけない事なので、あまり苦ではないのだが…………。
「お邪魔しまーす」
「あっ、お帰りなさ~い、虎太郎君」
「お酒くさいですよ」
「良いじゃない、ちょっとくらい。ねぇ希〜?」
学生の頃とは違い、腰のあたりまで伸ばした金髪と、綺麗なアイスブルーの瞳。脱ぎ捨てたスーツをハンガーに掛けもしないで、片手には缶ビール。
「ファンの人達が見たらきっと泣きますよ、絵里さん。……それから、俺は希さんじゃないです」
「どっちでも良いじゃらいの!」
はぁ、これは駄目っぽいな。…半ば絶望しつつ、俺はスーツをハンガーに掛ける。意外に辺りはそんなに汚れていないので、まずは風呂を沸かしに行く事にした。
「今日も先に入って良いですか?」
「良いわよ、元々そういう約束でしょ?」
ビールの残りを一気に飲み干すと、絵里さんは空き缶をテーブルの上に置く。……一人暮しの社会人なんて、こんなものなんだろうか。
「あっ、絵里さんは今日浴槽に浸からないで下さいよ」
「ええ〜!なんでよ!?」
「それだけお酒入ってたら浴槽は危ないですよ」
「虎太郎君いるし大丈夫よ!」
「はぁ……」
「ちょっと、何よ今のため息!?」
「洗ってきます………」
夜は一人暮らしをしている絵里さんの家で、家事手伝いをする事になっている。勿論それなりに報酬は貰っていて、絵里さんが仕事で成功を収めているのも頷ける内容だった。……もっとも、成功の裏でこうしてだらしない生活になっていたりするわけだけど。
「夕飯作っておくので、どうぞ入ってきて下さい」
「う~ん……」
「早く動く!」
「わかったわよ………最近益々にこに似てきたわね」
俺が家事を手伝いに来るのは、希さんが来れない日〜木曜日の夜だ。元々は希さんが一週間のうちの2日を使って絵里さんの生活を支えていたが、最近一人でそれをするのに限界を感じていたようだ。
ちなみに報酬というのは金銭面での話だけではなく、
「いただきます」
「いただきま〜す」
時間のない俺の事を考えて、風呂は自由に借りて良いし、夕飯も一緒に食べる事になっている。一人暮らしを新しく始めた筈なのにほぼ毎晩誰かと食事をとっているというのは、何ともおかしな光景だった。
「さて………それじゃあ、えっと………明日明後日は希さん担当ですね。また来ます!」
「はいはい、お疲れ様。気を付けて帰るのよ〜」
いつもの調子で別れの言葉を告げ、マンションの外へ向かう。初めは何だか緊張したものだけど、今ではこの帰路にも慣れたものだ。
「希さん、最近会えてないなぁ」
思えば、絵里さんに話を聞きに行ったあの日以降、一度も会えていない気がする。……別に、こちらから会いに行けるような立場ではないのだけれど。
「呼んだ?」
「はいはい………って、希さん!?」
「は~い、希さんですよぉ」
絵里さんとは対照的なショートヘアの女性。大げさなリアクションと共に髪を揺らすその姿は、間違いなく東條希その人だった。
学生の頃の髪型と比べると、大分思い切ったイメージチェンジになるが、これはこれで中々似合っていて、希さんの少しやんちゃなイメージが髪型とよく合っている。学生の頃よりも大分幼いイメージだろうか。
「こんばんは、虎太郎君♪」
「こんばんは………。どうしてここに?」
「うん、お夕飯作り過ぎたから。今ならまだ起きてるやろーって」
ペロッと舌を出して、希さんは笑う。
「さっき別れたばかりなので、多分まだ起きてますよ」
「ほんと!?ウチやっぱりラッキーガールやんなぁ♪」
「まったく………電話すれば良かったんじゃないですか?」
「ああ、それね………。実はウチは虎太郎君にも用があってね。ほら、最近虎太郎君色々頑張ってるみたいやん?頑張るのはええけど、何をそんなに必死になってるんやろーって……」
心配そうな顔で、希さんはこちらを見据える。その表情は、前にもそんな無茶をした人を見てきたかのようで―――。
「大丈夫です」
だから俺は、笑い飛ばしてやった。
「理由………聞いてくれますか?」
「うん」
少し希さんの表情が明るくなったのを確認し、俺はこれまでの事とこれからの事について希さんに話すことにした。
「俺は―――」
ほんとにほんとに終わり。