夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
席につくと、ことりさんは早速注文を始めた。何を言ってるのかは分からないが、それがとても流暢な英語なのだろうという事だけは、何となく理解することが出来た。
「やっぱり英語……上手なんですね」
こちらに長く住んでいるのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが……、日常会話レベルすらまともに話せない俺にとってそれは、とても凄いことに思えた。
「そんなことないよ………でも、前は発音笑われたりしてたから、上手くなったってことなのかな」
「………」
それは、専門学校に通っていた頃の話なのだろうか。もしかして、いじめみたいなものもあったのかもしれない………。
「あっ、そんな怖い顔しないで!別にいじめとかがあったんじゃないから!」
「えっ」
そんなに顔に出てたのか。
「ただ、何ていうか、日本人の発音だと英語は棒読みに聞こえるらしくって、それで専門学校に入りたての頃は皆によく笑われたの。………でも、学校で出来た友達に正しい発音の仕方を教えてもらったりして………在学中頑張ったのが、今の私に繋がってるのかも」
少し恥ずかしそうに、ことりさんは笑う。表情には出さないが、当時は笑われて悔しいという気持ちもあったに違いない。
「ことりさんは………凄いですね」
自分のやりたいことを見つけて、それを追いかけて、実現して………。ことりさんだけじゃない。姉さんや、他のμ´sの皆さんも、きっとそうやってきたんだ。μ´sというグループは、きっとそういう存在なのだろう。――――やっぱり、俺なんかとは全然違うんだ。
「ううん、私は何も特別じゃないんだよ。…………虎太郎君、やっぱり何か悩んでるの?」
「――――う」
「あのにこちゃんが何も考えなしに虎太郎君をここに来させるわけがないからねぇ。………それに、虎太郎君さっきから何だか表情暗いから」
やっぱりこの人に隠し事は出来そうにない。
「えっと………あっ」
「お料理来ちゃったね。ゆっくり食べた後にしよっか?」
「はい……」
その後聞いた話によると、どうやらここもスクールアイドル時代にμ´sの皆で来た場所らしい。特にここのチーズケーキは、ことりさんのお気に入りのようだ。
「ことりさん………あの、言いにくいんですが」
「ん?」
もぐもぐもぐ。小さな口で、ことりさんはチーズケーキを美味しそうに頬張る。
「そんなに食べて………大丈夫なんですか?」
高校生になって学んだことなのだが、どうやら女子という生き物には、俺達が思っている以上に自分の体型や食生活なんかを気にする人が多くいるらしい。少なくとも、ケーキをホールで食べる女子なんか俺は見たことがない。
「うん、ここに来るときは毎回なの!」
「はぁ……」
つまり………これだけの量を来店する度に食べても、その体型を維持出来ているというわけか。……ほんとに世の中理不尽だな。ことりさんは栄養の大半が胸に供給されているのではなかろうか。
「それはそうと虎太郎君って音ノ木坂なんだよね?」
「はいっ……そうですが」
何だいきなり?
「そっかぁ。………ほんとに共学になっちゃったんだね」
そういうことか。
……元々音ノ木坂は女子校だったのだが、8年程前――――ちょうど、凛さん達の代が卒業した後、男女共学になったのだ。ニューヨークで過ごしていたことりさんにとっては、知り合いから話を聞いてもあまり実感のないことだったのだろう。
「はい。………姉さんと同じ高校に通えるかもしれないって、まだ小学生のクセに喜んでたのが何だか懐かしいです」
「へぇ~……」
「なっ………何ですかその顔は」
「ううん、やっぱり虎太郎君、にこちゃんのこと大好きなんだなぁーって」
「~~~!」
ほんとに、ことりさんのこういうイジり方は慣れない。………というか、ことりさんも分かっててやってるように思える。
「虎太郎君、顔真っ赤~♪」
きゃっきゃと、女子高生のようなノリでことりさんは笑う。本当に楽しそうだ。
「勘弁して下さい………」
ことりさんと過ごす時間は、あっという間に過ぎてしまう。食事を終えたことりさんは、早速先程の話題に触れてきた。
「それで、さっきの話なんだけど………今私に話せる?」
「はい………」
どうせことりさんに隠し事は出来ない。ここで吐いて楽になってしまおう。
「実は、一週間くらい前に、学校から進路調査のプリントが配られたんです」
「へぇ………。懐かしいなぁ」
「でも、俺今したいことが何もなくって。だから無難に、受験する方向で考えていることにでもしようって、最初はそう思ってたんです」
「………」
「でも、やっぱりこういう事は姉さんにも報告すべきだろうと思って、姉さんに連絡したんです」
姉さんは職業柄実家にはあまり長く居られないので、俺達とはほぼ別居状態だ。勿論、仕事の忙しさもあって連絡がとれる機会は減ってしまったが、だからこそ定期的に連絡をとるようにしている。
「そしたら姉さんに怒られちゃって。………「何でやりたいことがないんだ」って、それで、俺、頭に血が上って………多分姉さんに酷いこと言ったんです」
「………」
「俺………やっぱり姉さんがアイドル辞めたこと、今でも納得出来てないみたいなんです。もうアイドルやれる歳じゃないから……だから今後の可能性を拓くために女優になったんだって、そんなこと………頭では十分分かってるつもりだったんですが」
「そうなんだ………」
「…………その後、ばつが悪くなった俺は電話を切ったんですが、横にはこころ姉さんがいて、また酷く怒られました。………俺、こころ姉さんがあんなに怒ってるの、初めて見ました。「どんな気持ちでお姉さまがアイドルを辞めたと思ってるんだ」ってキツく言われて、思いっきり引っぱたかれました」
あの一撃はほんとに重かった。あのこころ姉さんが………って、本当にびっくりしたっけなぁ。
「それから1日頭を冷やして、夜もう一回姉さんに電話したんです。そして一言謝って、本当は姉さんにはアイドルを続けて欲しいと思ってたって事とか、姉さんがアイドルを辞めてから、何をしてもやる気が出なくなってしまった事とか、全部話したんです。………そしたら、翌日また姉さんから、夏休みの間、ことりさんにお世話になれって、お金の心配は要らないから………って、そういう趣旨の電話が来て」
「それで今に至る………と」
「はい」
「成る程…………」
「最後に、姉さんからは、夏休みの期間が終わるまでに自分のやりたいことを見定めておくようにと言われました」
「そう………。答えは見つかった?」
「全然です」
「そっか………。じゃあ、今、私から言えることは何もないね。……自分のやりたいことなら、それは虎太郎君が決めるべきことだから」
「俺の………決めるべきこと」
「今の虎太郎君には、近すぎて見えない位置にやりたいことがあるのかもね。………
「俯瞰、ですか………」
「うん!………多分、今ここで深く考えても答えなんか見つからないよ。………そろそろ出ようか?」
「はい………」
店の外に出ると、日はすっかり落ちていて、代わりに夜空と共に心地好い夜風が俺達二人を迎えた。
「風が気持ち良いねー」
街の明かりに照らされ、白く輝いたことりさんの長い髪がさらさらと
「はい……」
「見つかると良いね」
「えっ?」
「虎太郎君のやりたいこと」
夜空を見上げたまま、ことりさんは微笑んだ。
「はい……」
俺が何をしたいのか、そして姉さんがまだアイドルをやっていた頃、俺は何を考えて頑張っていたのか、それはまだ分からない。………けれど、この夜空とニューヨークの街並み、そして隣にいることりさんだけは、俺の将来を祝福してくれているように感じた。
はい、過去話です。こころやここあ、そして虎太郎の中の何処かには、にこちゃんらしさが在って欲しいなーという個人的な欲求を無理矢理満たす形になりましたw
やりたいことが見つからない………誰にでもあることだと思います。そこをどう解決していくのか、それは今後のお楽しみということで。