※この作品はR-18です。

夢の続き~after the school idol~   作:果樹 椿姫丸

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3. アイドルと不得手

 朝。昨日ことりさんとの話し合いで今日の料理当番を任された俺は、朝食の準備に取り掛かっていた。今日の献立は鯖(さば)の塩焼きに、ほうれん草のおひたし、味噌汁。そして、昨日の朝食と若干被ってはいるが……玉子焼きの和食セットだ。

「後は盛り付けるだけだな」

 そろそろ呼びに行くか。

 

「おはよう、虎太郎君」

「あっ………おはようございます、ことりさん。今起こそうと思ってたところでした」

 ことりさんは眠たげにあくびをする。昨日は遅くまで衣装製作に邁進(まいしん)していたからだろうか。………もっとも、それを見かねた俺が今日の料理当番を務めることになったのだが。

「そっか……何か損しちゃったかも」

「何がですか」

「ううん、何でも♪……あっ、もしかして今日の朝ご飯って………!」

「……はい。今日は和食で統一してみました。こっちに住んでから、ことりさんあまりちゃんと日本食を食べてないんじゃないかと思いまして」

 日本から味噌やらを持ってきた甲斐があったというものだ。

「………うん!ほんとにその通りだよ!……和食なんて久しぶりだなぁ」

「良かったです。……準備しとくんで、ことりさんは顔洗ってきて大丈夫ですよ」

「ありがとう♪」

 

 

 テーブルに朝食を準備し終わると、ことりさんは洗面所から戻ってきた。

「食べましょうか?」

「うん!」

「「いただきます!」」

 

「あっ」

 ?

「どうかしました?」

「ごめん、ちょっと待って」

 ことりさんは味噌汁の注がれたお椀(わん)から唇を離すと、玉子焼き、塩鯖、ほうれん草と少しずつ口に運んだ。その動作は何かを確認しているかのようにも見える。

「………やっぱり」

「………何か、変な味でしたか?気に入らなかったら、残しても――――」

「………虎太郎君の料理も、にこちゃんのと似た味がするね」

「えっ?」

 姉さんの………味?

「にこちゃんね、何だかんだ言いながら事あるごとに私達皆にお料理を振る舞ってくれたから、今でも味を覚えてるんだ」

 成る程。長い間矢澤家の料理当番は姉さんだったから、必然的に俺の味付けも姉さんに似てるってワケか。

「……自分じゃ全然気付かなかったです」

「にこちゃんと虎太郎君はね、優しい味だよ。懐かしい味だなぁ。少し………ううん、」

 ことりさんの目に一瞬光るものが見えたが、直ぐにいつもと同じように俺に微笑みかけた。昔を思い出したのだろうか。

 

 それから暫く無言で箸を進めていると、ことりさんは昨日と同じ調子で質問を投げ掛けてきた。

「虎太郎君って二年生だよね?去年の夏休みは何してたの?」

「去年ですか?」

 う~ん………特に何もしてないような。

「友達とゲームしたり………後はこころ姉さんとここあ姉さんの買い物に付き合わされたりとかですね」

「あ~………荷物持ち?」

「はい」

 姉さん達ももう大学生なのだから、荷物持ちが欲しいならさっさと彼氏の一人でも作れば良いのに。……っと、これは俺も同じようなものか。

「虎太郎君………不健康だね」

「………返す言葉もないです」

「海とかも行ってないの?」

「全然ですよ。部活もやってませんし」

「ふ~ん………」

 ニヤニヤ。………あ、これは何か悪いことを考えている顔だな。

「虎太郎君………今日は一緒にプールへ行きましょう」

「はっ?」

 プール!?

「あ、お仕事なら大丈夫だよ。昨日のうちにやっておいたから」

「いや………そうじゃなくて!」

「海が良かった?………ごめんね、海まで行くと少し時間が掛かっちゃうから」

「いやそうでもなくて!」

「あ………もしかして運動不足で体がだらしないことに――――おお」

「腹を触らないで下さい!」

「………本当に何もしてないの?」

「してませんって!……そうじゃなくて!」

 マズい。

「じゃあ………何?」

「えっと………その、」

 非常にマズい。

「?」

「良いんですか?………普通こういうのって、カップルとかで行くものじゃあ……」

「………良いよ、虎太郎君なら」

「えっ?」

 それって――――

「虎太郎君は、可愛い弟みたいなものだから♪」

「」

 ………それはそれで傷つくのですが。

 

 

 朝食を片付け、食器を洗い終えてしまったところで、俺はあることに気づいた。

「あっ………俺、水着なんか持ってきてませんよ」

「そっか。………じゃあ新しい水着買わなきゃね」

 やっぱりそうなるか。

「はい……」

「うーん、今日は良い天気だし、最高の1日になりそう!」

 気持ち良さそうにことりさんは伸びをする。

「ははは……」

 一方で俺は自分の不甲斐なさを改めて自覚し、件(くだん)のプールのことを憂(うれ)うのであった………。

 

 

 

 ホテルから車で30分。ことりさんの言うプールは、想像を遥かに超える大きさで俺を迎え入れた。

「大きいですね………」

「びっくりした?結構人気で、平日でも結構お客さんが来るんだよ」

「へぇ~……、あっ、水着はどうしましょう?」

「大丈夫だよ!中で売ってるから!」

 水着忘れの対策も万全というわけか。

 

 

 無難なデザインの海パンを一つ購入すると、俺とことりさんはそれぞれ更衣室へ移動した。

「かき氷屋で落ち合おうって言ってたけど……」

 ニューヨークで………かき氷?今一ピンとこない。

 まぁ、移動してしまえば俺の疑問も払拭されるかもしれない。早く着替えてしまおう。

 

 更衣室を出て更に5分程広い屋内プールの中をさ迷っていると、いかにもな雰囲気(ふんいき)の屋台を発見することが出来た。

「これは………」

 日本の海でよく見かけるものと全く同じデザインだ。“氷”の文字のフォントまでそのままで、日本で出店したとしてもオリジナルのそれに何ら見劣りしない完成度の高さだ。

「びっくりした?」

「あっ――――ことりさ………ん」

「えへへ。………似合ってるかな?」

 頬を少し紅潮させながら、ことりさんは恥ずかしそうに笑う。

「はい………とても」

 ことりさんの水着はミントカラーで統一されていて、そしてボディラインがはっきりと分かってしまうビキニタイプのものだった。………確かに、このテの水着は姉さんが学生時代好んで使っていたものだが、ことりさんの場合は決定的にある部分が姉さんと異なっていた。

「あの………あんまりじっくり見られると、」

「あっ………すみません」

「………行こっか?」

「はい。………あの、」

「?」

「ビート板とかって、借りれますかね?」

「えっ」

 

 

 その後無事にビート板を借りることが出来た俺は、ことりさんの手を借り、水深の浅い所でバタ足の練習をする事になった。

「いやぁ、まさか虎太郎君にこんな苦手分野があったとはねー」

「申し訳ないです」

 バタバタバタ。

「でも、何で朝のうちに言ってくれなかったの?」

「うっ………それはっ、」

「それは?」

「………恥ずかしいからですよ!高校生にもなってまともに泳げないなんて、恥ずかしいじゃないですか!」

「………や~ん、虎太郎君可愛い♪」

「からかわないで下さい!」

 ………今日は丸1日このネタで弄られそうだ。

 

 

 

 人には得手不得手がある。俺にとっては水泳がそれで、昔から苦手だった。………あの後「南ことり先生にお任せですっ」と張り切ったことりさんのお陰で、俺はビート板や浮き輪等の道具なしに泳げるようになることが出来た。それはきっととても不恰好なものだろうが、俺にとっては大きな進歩だった。ことりさんは人の受け売りだと言っていたが、ことりさんにとってこういう、人に何かを教えることは“得手”なのかもしれない。

 

「ことりさんはやっぱり、夏休みはスクールアイドルの毎日だったんですか?」

 プールで心地好い疲れと塩素の匂いに全身を包まれた俺は、屋内プールの外に設置されているベンチに腰掛け、ことりさんに尋ねた。ことりさんも同様に少し疲労しているようで、水気を含んだ薄茶色の髪と、それが張り付いた細く白い首は、薄桃色に染まる頬と気だるそうな表情も相まって、とても色っぽく見えた。こういうのを、大人の色気というのだろうか。

「そうだねぇ……。私達は、確かに一生懸命スクールアイドルをやってたけど、長期間の休みとかになると、むしろ思い出作りをいっぱいやってたかなー」

「思い出作り………ですか」

「うん。……皆で真姫ちゃんの別荘で合宿したり、学校に泊まったり、色々やったなぁ」

「少し………羨ましいです」

「えっ?」

「俺、アイドルもなんですけど、スクールアイドルのそういう、皆で何かを残そうとする姿が好きなんです。……言葉で表現しにくいんですけど、何ていうか………その、俺もがんばろう!ってやる気になれたり、」

「元気を貰えるってこと?」

「はい!………ことりさんは、知ってますか?」

「?」

「アイドルは笑顔を見せる仕事じゃなくって、笑顔にさせる仕事なんですよ!」

「虎太郎君………」

「姉さんの受け売りなんですけどね。………姉さんやことりさん達μ´sの皆さん、そして他のスクールアイドルやアイドルの皆さんもそうです!そうやって人の力になれるのって、凄いことだと俺は思うんですよ!」

「虎太郎君………もしかして、」

「はい?」

「………アイドルになりたいの?」

「えっ」

 

 

 ことりさんの質問は俺の頭を1日悩ませるには十分なものだった。俺が何をしたいのか。姉さんからの問いかけに対する答えは、遅かれ早かれ考えなければならないものなのだ。

「アイドル………か」

 確かに、最近は男性のスクールアイドルも増えてきていて、男版ラブライブみたいなものもやっているが………。俺がステージに立ち、ファンの人達を笑顔に………。

 少し……いやとても想像出来ない。姉さんの姿を見てる分、アイドルはとても苦労する分やり甲斐のあるものだってことは、頭では分かっているのだが…………。

 

「………虎太郎君、ちょっと明日から一週間くらいお仕事が忙しくなりそうなんだけど……大丈夫?」

「はい………。あっ、忙しくなるんなら、朝ご飯は俺に任せて下さい」

「ほんと?嬉しいなぁ。……じゃあ、お願いしちゃおうかな?」

「任されました!」

「うん。………じゃあ、私は先に寝るね。おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 …………。

「俺………ほんとに何がしたいんだろう」

 

 

 ことりさんの質問に対する答えは、多分ノーだ。俺はアイドルにはならない。………けれど、この胸のざわめきの正体は一体何なのだろうか。そして、姉さんもこうして悩んでいた時期があったのだろうか。どれだけ考えても一人では答えは見つからず、暫くで俺は微睡(まどろ)みに落ちていた。




ことりちゃんの水着姿ってほんと良いですよね。………にこちゃんと何が違っていたのかは、ご想像にお任せします。
後、虎太郎君が泳ぎが苦手なのは完全にオリジナル設定なのであまり気にしないで下さい。
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