夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
それから数日は何事もなく過ぎていった。ただ朝食を作って、それをことりさんに振る舞い、そして皿洗い等の最低限の家事をこなす。………しかしある朝、事件は起きた。……もっとも、事件と呼ぶには実に可愛らしいものではあるのだが。
「――――」
人は生活をするにあたって食べ物や家が必要だ。勿論、衣服も必要であり、人は生活をすれば物を汚してしまうものだ。
「これは………」
流石にそろそろ服を洗濯すべきだろう。そう思い、ことりさんがここを出ていくタイミングを見計らい、洗濯機を回そうと思っていたのだが…………。
「――――」
普段はあまり気にしないようにしていたし、ことりさんも思春期の俺を気遣ってか、なるべく脱いだ服や下着は俺の目につかない場所に置いていてくれたのだが………。改めて見ると凄い。……こんな布面積の少ない下着、一体どんなタイミングで使うのだろうか?
………いや、ここにこうしてあるということは、ことりさんがこれを使っていた事が、俺と共同生活している間にあったという事で……。
………いやいやいや!何を考えてるんだ俺は!!早く洗濯しよう!!大体女性の下着なんか家で見慣れてるじゃないか!!!
――――等と、年相応に年上の女性の下着の扱いに悪戦苦闘していると、……ガチャッという音と共に、いつもの影がこちらを覗いた。
………何で、どうしてこのタイミングで?そんな俺の疑問なんか無視するかのように、その影――――ことりさんはリビングまで早足でやって来た。
「え、と………ことりさ、ん………こ、これは………」
それにしてもタイミングが悪い。……俺の手には、例のやたら布面積の少ない下着が握られていた。
………ことりさんは、そんな俺の姿を一瞥すると、いつものように微笑む。……怒っては、いないのかな?
「虎太郎君………何してたの~?」
ニヤニヤ。天使のような微笑みから打って変わって、今度は意地悪な微笑と共に、俺に質問を投げ掛けた。………というか、開口一番それかよ。
「これは、その………服とか……そろそろ洗濯した方が良いと思って。………ことりさんこそ、どうしてここに?仕事に行ったはずじゃあ……」
「私は忘れ物してたから、それを取りに」
ことりさんはテーブルの上に置いてあったクリアファイルを手に取ると、再び玄関へと向かう。……会議か何かで使う書類だろうか?何にしても、この気まずい空気からは早々に解放されるらしい。
――――等と思っていたのも束の間。玄関のドアノブに手を掛けると、ことりさんはまたあの意地悪な表情と共に、一言呟いた。
「……虎太郎君も思春期なんだから、別に恥ずかしがることないよ?」
「なっ………べ、別に俺はっ!!」
「クスクス♪………じゃあ虎太郎君、行ってきます♪」
「ングッ………行ってらっしゃい」
………今後も、こうしてことりさんに一方的に弱味を握られ続けるのだろうか。……いつか絶対、ことりさんの弱味を握って、あの余裕たっぷりの顔を赤面させてやる!!
そう天に誓い、俺は今日も今日とて家事をこなすのであった………。
夜。……ことりさんはいつもより少し遅めの時間に帰宅した。………時刻は11時。ことりさんから今日は夕飯を外で食べると聞いていたので、俺はテキトーに夕飯を済ませていた。………会社の人と外食に行ったのだろうか?
「お帰りなさい」
「ただいま。………ごめんね、今日は遅くなっちゃって」
「いえ。………風呂沸いてるんで、入ってきて大丈夫ですよ」
………あれ?
「ほんと!?ありがとう!」
………ことりさん、今日はいつもより化粧が本格的だし、髪型も何か…………いつもよりキマってるというか、何というか………。いつにも増して綺麗に見える。……それに、いつもと違う香水の匂いもする。………どうして朝のうちに気づけなかったんだろうか?
「ことりさん………」
「何?」
「今日は………何処に行っていたんですか?」
「えっ」
ことりさんは困惑した表情を見せる。………期せずして余裕の表情を崩させることになってしまった。……まぁ、当然といえば当然の反応か。
「ことりさん………今日は何かいつもより綺麗ですし、付けてる香水の匂いも違います。………俺、頭はそんなに良くないですけど、流石にことりさんがいつもの仕事じゃない“何か”をやってたって事くらい分かります」
「うん………」
「話してもらえますか?」
「ごめん。………お風呂上がってからで良いかな?本当はもう少し後に虎太郎君に教えてあげたかったんだけど」
ことりさんは真剣な眼差しでこちらを見据える。……こんな表情のことりさんは初めて見た。………それだけ大事な話ということだろう。
「分かりました」
それから数十分が経ち、風呂から上がったことりさんは髪を乾かすと、俺を寝室へ呼んだ。………いつも俺が寝てる部屋とは別の、ことりさんがいつも寝ている部屋だ。広い空間に、部屋の広さ相応の大きなベッドが置かれている。………今までは特に気にも留めなかったが、このベッドはことりさん一人には大きすぎるサイズだ。これからことりさんが俺に言わんとしている事も想像に難くない。
「………虎太郎君、隣」
「………はい」
俺はことりさんに指示されるまま、ベッドの上――――ことりさんの隣に座った。丁度街の夜景が見れる位置だ。
「……あんまり勿体ぶると可哀想だから、早速話すね?」
「はい………」
「………三日くらい前かな。……私が一週間くらい仕事が忙しくなるって言ったのは覚えてる?」
「はい」
……確か、ことりさんと一緒に屋内プールに行った日だ。
「実はそれと今日の事が関係してて……。勿論お仕事の関係もあるんだけど、やっぱり今日のが一番大きく影響してるかな」
「はぁ………」
………やっぱり、男女関係の何かだろうか?……ことりさんはもう今後を一緒に過ごすパートナーを見つけていてもおかしくない歳だ。
「虎太郎君、一個だけ、質問しても良い?」
「はい」
「虎太郎君がスクールアイドルを思う気持ちは、本当?」
「えっ」
………何だ!?いきなり!?
「真剣に答えて」
………いつものおふざけというワケでもなさそうだ。
「俺は………多分、本物か偽物かでいえば、どうなんでしょう……わかりません」
「………わからない?」
「………ずっと姉さんの背中を見てきて、μ´sの皆さんやAーRISEの皆さん、それからAqoursや他のスクールアイドルの姿を見てきて……、俺は沢山の勇気や感動を貰いました。それは多分、一ファンとして当たり前の、ごくごくありふれた気持ちです。………でも、いつからだったか、少しずつその気持ちが変わっていきました」
「変わっていった……?」
「……はい。見ているだけじゃいられなくなったんです。その気持ちを何て呼べば良いのか、それは俺には分かりませんが」
「………その気持ちは、にこちゃんがアイドルを引退しても変わらなかったの?」
「……はい。変われば、楽だったのかもしれませんが。姉さんが引退しても、その気持ちが変わる事はありませんでした……。その気持ちをスクールアイドルを思う気持ちと考えるなら、それは確かに本物なのかもしれませんね」
「そっか………。虎太郎君、つまりそれが虎太郎君のやりたいことなんじゃないかな?」
「俺の………やりたいこと?」
「うん!………スクールアイドルのために、何か行動を起こす!それが虎太郎君のやりたいことなんじゃないのかな?」
俺が………スクールアイドルのために。……成る程。確かにそれは、俺のやりたい事なのかもしれない。けど………
「けど………俺は、そのために何をすれば良いのかが分かりません」
今の俺に出来るのは、せいぜいスクールアイドルの応援くらいだ。それは特別でも何でもない、どこにでもいるファンの姿勢。………それ以上は、ただの一般人―――まして高校生には出来ない。
「そっか……。それなら、都合良かったかも」
「えっ」
都合が良い?どういう事だ?
「実はね、今日は私、ニューヨークのある高校に行ってたんだ」
「ええ!?」
高校!?どうして!?益々意味がわからないぞ!?
「………というのもね、実は最近、ニューヨークでもスクールアイドルが盛り上がってきてて、ラブライブも開催されるようになってね。………今日行ってきた高校は今年のラブライブに出場する予定の女子校なんだ」
「は、はぁ………」
その話は確かにたまに耳にするが………。ことりさん達μ´sがニューヨークでライブをして、それがテレビに取り上げられたのが事の発端だったか。
「ねぇ虎太郎君、ニューヨーク―――いや、アメリカと言った方が良いかな。……アメリカのスクールアイドルと日本のスクールアイドルの違いって、何だと思う?」
「違い………ですか?」
日本とアメリカの違い?……確かアメリカは結構な学歴社会だったような。ということは、
「日本より学問とアイドル活動の両立が難しい………とかですか?」
「うーん………それも正解なんだけど、まぁいいや、答え教えちゃうね。………実はね、ニューヨークのスクールアイドルには、ちゃんとプロデューサーがいるんだよ!」
「ええっ!?」
プロデューサー!?………そういうのって、普通プロのアイドルに付くんじゃあ……。大体、プロデューサーを雇用する資金はどこから………。
「……とはいっても、一昨年くらいから試験的に運用されてるだけなんだけどね。………今日行った高校にも例に漏れずプロデューサーさんがいて、私は今日その人とお話をしてたんだ」
「あっ、それで今日こんなに遅く………」
………それにしても、何の話をしていたんだ?
「………うん!それでね、ちゃんとアポイントも取れたよ!」
「……へぇ、それは良かったですね」
スクールアイドルへ衣装を売ってあげたりも有り得ない話じゃないよなぁ。何にしても会議か何かの日程を合わせれたようで何よりだ。
「………うん!スクールアイドルの練習風景とプロデューサーの業務内容、見学しにいって良いって!」
「それは良かっ………ん?」
見学?
「今度一緒に行こうね!」
「えっ、俺ですか!?」
「うん、虎太郎君のために取り付けたんだから!」
「ええ!?」
拝啓、にこ姉さん。……ようやく落ち着いたかに思われた新天地での生活は、やはり様々な要因により崩れ去り、そして俺を新たなステージへと導くようです。………穂乃果さんに出会ったばかりの皆さんは、こんな気持ちだったのでしょうか。
「あっ、虎太郎君笑ってる?」
「笑ってません!」
色々不安もありますが、やっぱり俺は、そんな予想出来ない未来にわくわくしてしまいます。“毎日が冒険”という、例の楽曲の歌詞の一節は、きっとこういう、沸き上がるようなドキドキのことを言っていたんだと、勝手に思いニヤニヤしています。我ながら気持ち悪いですね。
………ことりさんやこのニューヨークの街は、これからどんな景色を見せてくれるのだろう?明日からの毎日も楽しみです。
虎太郎君思春期真っ盛りですな。……さて、いよいよプロデューサーという、ラブライブ世界に恐らく存在しなかったであろう概念が登場しました。この要素が今後どうこの物語に絡んでいくのか。それは今後のお楽しみです。