夢の続き~after the school idol~ 作:果樹 椿姫丸
7. 接吻と包容
汗を流し終えた俺は、ことりさんの運転で目的地の女子校へと向かっていた。どうやら車ですぐ行けるような距離ではないらしく、ことりさんは道中見かける建物や施設の解説をしてくれた。俺を退屈させないための配慮だろう。
「結構色々あるんですね………」
「うん。……ここって良い街でしょ?」
「はい」
街の話をしている時のことりさんは目がキラキラ輝いていて、笑顔が絶えない。……話を聞いているとこっちまで楽しくなってしまって、彼女がこの街を愛しているということがよく分かった。
「ことりさん………」
「何?」
「キスして良いですか?」
「なっ………ええ!?ここで!?何で!?」
顔を真っ赤にし、ことりさんは驚いた表情を見せる。……流石のことりさんも、思いもしない事を突然言われたりされたりすると余裕がなくなるようだ。
「街の話をしてることりさんが可愛いから………」
「えっ待っ、待って虎太郎君!あっ………今は、駄目だから。………せめて次の信号で!………ね?」
「はい」
それから暫くで赤信号に引っ掛かり、ことりさんは緊張した表情で車を停車させた。
「ね………虎太郎君、くちび………んっ!?」
唇は駄目だって、そう言いたかったのだろうか。俺はことりさんの言葉を最後まで聞くことなく、そっと彼女に唇を重ねた。
「馬鹿………」
「かもしれません」
「ウチの社員さんが見てるかもしれないよ………」
困り顔でことりさんは頬を紅潮させる。怒っているつもりなのか、ぷくっと膨らませた頬は小動物のようで、とても可愛いらしかった。
「ことりさん………」
頬にそっと触れ、顔をこちらに向けさせる。
「んっ…………」
今度は深く、存在を確かめるようにキスをした。
「………あの、やっぱり見られるとマズイですか?」
「…………もうっ、今更何言ってるの?」
ちゅっ。………今度はことりさんの方から俺の頬に優しいキスをすると、ハンドルを握り、車の運転を再開した。
ことりさんの言っていたとおり、それから約10分で目的地に到着した。分かってはいたつもりだったが、これは………。
「大きいですね、この高校………」
「うん。………多分音ノ木の倍くらいかな?」
これが、高校………。世界は広いということか。
車を停め、更に5分程かけて移動すると、案内人らしき若い男の人が現れた。……何かアジア系の顔のような…………。
「あっ、花田さん!」
「えっ、花………!?」
日本人の名前!?
「またお会い出来て嬉しいです、南さん。………彼が?」
「うん♪………矢澤虎太郎君ですっ!」
「えっと………この人は?」
勝手に話を進められては困る。
「あっ、ごめんね、虎太郎君。………こちらの方は、花田
「えっ、………ええ!?この人が!?」
てっきり外国人だと思って身構えていたのだが………まさか同じ日本人だとは………。
「――――っと、南さんが一通り紹介してくれたが、改めて挨拶させてもらうよ。……この高校でアイドルプロデュースをやらせてもらっている花田だ。よろしくな、虎太郎君」
挨拶の言葉と共に、花田さんは右手を差し出す。
「はい………」
握手に応じると、手痛い歓迎が待っていた。
「………っ痛っ、てててっ!?」
まるで万力のような力で、花田さんは俺の右手を強く握った。………よく見れば、花田さんの肩幅は広く、身長も180はある。かなり良いガタイだ。彼にとってこれはほんの挨拶程度のパワーなのかも………。
「虎太郎君っ!?」
「はははっ!すまない虎太郎君、僕の悪いクセだ!許してくれ!」
痛がる俺の姿を見るなり、花田さんはすぐに手を離してくれた。………うーん、悪い人ではないのかな?
「いえ………」
「花田さ~ん………」
じとー。ことりさんはムッとした表情で花田さんを睨む。………少しも怖くはないが、不思議な威圧感があった。
「うっ………わざとじゃないんだ南さん!そんな顔しないで下さいよー」
「………わざとじゃないなら、良いです。許します」
「許された………」
「あはは………」
何だこれ。
………その後、入構許可証を貰った俺とことりさんは、花田さんの案内で部室へと向かっていた。
「部室はどこにあるんですか?」
「A棟の三階に。部室は講堂の近くにあって、主に講堂が彼女達の練習場所として使われているよ」
「やっぱり、屋上は使わないんですね」
クスッと笑って、ことりさんは花田さんに話しかける。………屋上は、μ´sやAqours―――練習場所が限られる日本のスクールアイドルの多くが練習場所に使っている。………少し、昔を思い出しているのかもしれない。
「はい。………勿論、南さん達μ´sやAqoursに憧れ、屋上で練習したがる部員も少なからずいますが………」
「あはは。………ちゃんとした練習場所があるなら、そこが一番だよー」
なんて、少し嬉しそうな表情で、ことりさんは笑う。………やっぱり、ずっと練習に使ってきた場所というのは強く心に残るものなのだろう。
「………ことりさんも、ここのアイドルの練習を見るのは初めてなんですか?」
「うん。………ライブは見たことあるけど、練習風景は全くないよ。楽しみだなぁ」
「見てやって下さいよ、南さん。きっと皆も喜びます」
………そりゃあ、喜ぶよなぁ。あのμ´sの南ことりが練習見学に来たら………。
「――――っと、君もだよ、虎太郎君」
「え、俺?」
「君はあの矢澤にこさんの弟だ。……そうと知ったら皆大興奮だろうさ」
「あぁ………」
何回目だろうか、こういうやりとりは。確か初めてこの感覚を味わったのは、高一の春。………友達になってくれって近付いてきたヤツが、蓋を開けて見ればただの矢澤にこファンで、サインとか色々求められたんだっけ。
…………俺は矢澤にこじゃない、矢澤虎太郎だ。
多分、普通のアニメや漫画なら、そんな事を言って怒るんだろうけど………、俺は全然違ったのをよく覚えている。………「ファンがこんな汚ない手を使おうとするな!………ファンはファンとしての誇りを持て!」とか何とか色々偉そうな事言って、殴り飛ばしそうになるのを必死に抑えていたんだっけ。………ほんとは、ただ単に姉さんに誰も近づけさせたくなかっただけかもしれないけど。
「………虎太郎君、大丈夫?」
「あっ………え?」
「少し、暗くなってない?」
「いえ…………こういうのは、もう慣れっこなんで」
「そっか………」
三階にたどり着き、軽く部室の紹介を済ませると、花田さんはすぐ近くの講堂まで俺達二人を案内した。……例の、練習場所に使われているという講堂だろう。
「緊張するかい?虎太郎君」
「少し………」
「リラックスして大丈夫だよ。皆良い子達だ」
コンコン。軽く二回ノックすると、花田さんは講堂の扉を開く。………ステージを照らす淡い光と、照らされたステージ上でステップを踏むアイドル達の姿が目に入った。
「…………」
そんな彼女達の姿に、ことりさんはすぐに釘付けになった。目をキラキラ輝かせながら、ただ静かに彼女達の姿を見つめている。
「………もっと前で見ますか?」
花田さんの提案に頷いたことりさんは、ステージのすぐ手前、最も彼女達の姿を近くで感じられる位置まで近づいた。
「凄い………」
これは素直な感想だ。歌唱力、ダンス、そして笑顔………どれを取ってもレベルが高い。特に歌唱力に関しては、日本のスクールアイドルの立場を揺るがしかねない程圧倒的なものだった。
「――――」
それから数分。無言でそのライブ―――いや、練習を一曲分見させてもらった俺とことりさんは、頭を下げる彼女達に、拍手を送っていた。
「凄かったですね、ことりさん………ことりさん?」
「…………」
ことりさんは拍手の手を止め、彼女達を見つめる。その頬を、一筋の涙が伝った。………昔の自分を思い出しているのか、新たなスクールアイドル達の逞しい姿に、思わず胸が熱くなったのか、その心中までは察することが出来ないが、何かが彼女の胸を打った事だけは理解出来た。
「うぅっ………くっ………うぅっ………」
ことりさんは静かに嗚咽を漏らす。………悲しんでいるのか、感動のあまり涙を流しているのか、分からない。俺には分からない。………ただ、
「ことりさん………」
こうやってそっと正面から抱き締めて、胸を貸す事くらいは、今の俺にだって出来た。
「…………くっうぅ…………うっ………」
静かに泣いてるってことは、多分他の人には泣いているところをあまり見られたくないってことだ。………来て早々ここを出るわけにもいかないし、暫くは俺の胸の中で泣いてもらおう。
「胸板が……………うっうぅ………薄いぃい………」
泣きながら何を言ってるんだこの人は。
「細くてすみません、我慢してください」
薄いならもっと近づけば良いだろ!……そう思った俺は、軽く距離を取っていたことりさんをそのまま強く抱き締めた。………これはそれなりに効果があったらしく、先程まで止みそうになかった彼女の嗚咽は、徐々に落ち着いていった…………。
「落ち着きましたか?」
ことりさんの呼吸が落ち着いてきたところで、俺はことりさんを抱き締めていた手を緩める。
「うん。………ごめんね、ありがとう。虎太郎君………」
そのまま俺の腕の中から離れると、ことりさんは花田さんとスクールアイドルの皆さんに頭を下げた。
「すみません、ご心配おかけしました………」
「いや、南さんが泣き出した時はどうしようかと思いましたが、虎太郎君がいてくれて良かったです」
「いえ………」
「それにしても虎太郎君、意外と大胆だねぇ」
「えっ」
「これだけの人の目がある中で、あんなに熱い包容が出来るなんて。………今の日本の草食系男子の何人が、ああいう場面で彼女を抱き締めることが出来るだろうか」
「………いえ、大したことないですよ。………ただ、ことりさんには笑顔でいて欲しいって、それだけです。………あれ、ことりさん?」
「ごめんね、お化粧崩れちゃったから、お手洗いに~……」
「はぁ……」
………ことりさんあんなに顔赤かったか?
「虎太郎君、君アレだな。ほんとカッコいいな」
「カッコいいで言うなら、花田さんのがガタイ良くてカッコいいですよ」
「そういう事じゃないんだよ………」
「はぁ?」
前書きにも書いたように、今回はエロなしです。やっと新章に突入出来たので、今はとりあえず一安心ですね。
虎太郎君は細身。細身な彼がむっちりなことりさんを熱く抱き締めたり唇を重ねようと迫ったり………一方ことりさんはナイスバディなのに迫られると案外弱かったり………実際に深く描写はしていませんが、実はそういう絵面です。ギャップ萌えみたいなものでしょうか。