@月%日
ベルクマン中佐が行方不明になった、と連絡があった。
親衛隊についていった何かの作戦行動の途中で、消息が途絶えたらしい。
まあ、そんなに驚くことじゃない。ある意味当然というか……予想通りだ。
ヤバそうだ、って話は前から聞いてたし。時間の問題だろうと思っていた。
あの人なら、いくら皇帝に目をつけられたからといっても、そう簡単に殺されやしないだろうと。
転んでもただじゃ起きない男だ。自らの目的達成のために、手段を選ばない。
しかしこうなると、次の彼の行動は……亡命か、あるいは……「勝ち馬に乗る」かだ。
しかし、追われる身となっているであろう以上、その「勝ち馬」はゲールではあり得ない。他に用意する必要がある。
となると、その最有力候補は……
……まずいな。下手をすると、こっちにまで火の粉、もとい、とばっちりが来る。
が、上手く利用出来れば……
…… これはちょっくら、時間をかけて慎重に考えなきゃいけないかな。
作戦参謀の腕の見せ所だ。
……こっちもまあ……祖国のためにじゃ、ないけどね。
@月*日
汽車の上なう。
第二次大戦ちっくな世界観ゆえか、この世界ではいまだに蒸気機関車が活躍している。
馬力もあり、壊れにくいので、大量の物資や兵員の輸送には重宝されている。
当然、軍は戦争中には頻繁にお世話になる。
今日も僕は、ランツブルックの駐屯地を撤収し、そこからの物資と人員の移動のためにこうしてお世話になっている。
自分や、イゼッタ、ビアンカも含めてだ。
彼女達には、今後の予定も話してある。
これからエイルシュタットを出て、ゲール本国の僕の家に向かう。そしてそこで、これから君たちがどうなるか決まる…と。
正確には、どうするか決めた陛下の勅令を聞く。
なおその際、ランツブルックと違ってレイラインの通っている…すなわち、魔法か使える地域を通るわけだけど、問題はない。
イゼッタの首には、僕が錬金術の応用で作り出した、魔法を封印する効果のある首輪がはめられている。
これがある限り、イゼッタはどれだけ太いレイラインが通っていても魔法を使えない。
事前にそれを説明した時、2人共、少しがっかりした様子だった。
直後にそれに気づいて、ばつが悪そうにしてた。
まあ、そりゃ、隙があれば逃げようと考えるのは当然だしね。別に責めたりはしないよ。
けどそれ以上に……特にビアンカが、ゲールの魔法関連の技術が、大きく進んでいることに戦慄していた。
すでに、レイラインの有無によらずに魔法を無効化することまで可能になっている。
であれば、他の応用ないし補助技術……それこそ、魔女に力の強化や、最悪は汎用化すら可能になっているのではないかと。
つい最近、魔女という手札を得て、最初から強力過ぎるそれに頼りきりだったエイルシュタットからすれば、想像すらしづらいのも無理はない。ずっと旅ばかりの人生の中で、「魔女の力とはこういうもの」と教えられ、その通りの考えしか持っていなかったイゼッタも同様だ。
ただでさえ強力なこの力を、より強く、より使いやすく改良した技術が、敵にある(かもしれない)。
その意味がわからないほど、2人も鈍くはなかった。
まあもちろん、どこまで進んでいるかなんてのは軍事機密だから答えなかったけど……暗に「楽観視はしない方がいい」とだけ言っておいた。
ちょっと意地悪な言い方なのはわかってるけど……事実だし。
それを聞いて2人は、思案するような顔になり……しばらくすると、どちらももとの調子に戻ったようだった。
そこに至るまで、彼女達が脳内でどんな考えを張り巡らしたのかは……わからなかったし、特に聞きもしなかった。
……もうじき、考える必要も無くなるんだけどね。
上手く行けば、だけど。
@月?日
鉄道ダイヤの関係で、エイルシュタットから出るまでに一泊して間を置くことになった。
物資・兵員の輸送の都合によるものとのことで、路線を使えないそうで。
まあ、もともとエイルシュタットへ侵攻した当初の目的が、同盟国である連邦とのそれらの流通を円滑にする為の経路の確保だったわけなので、何も別におかしくはない。
陛下の命令に基づいた異動とはいえ、突然なのはこっちだったわけだし。
……問題は、その一泊する間に、派遣先から戻ってきた査察官という名の汚っさんが合流することになったことと、
付近で散発的に起こった戦線の整理のため、僕の旅程が一部ずれることになったことだ。
これに際し、汚っさんからわざとらしくも「陛下のご意志による人事を少しでも円滑に実施するため、捕虜の護送を自分が引き受けたい」との連絡が入った。
つまり、イゼッタとビアンカは自分が預かって責任もって本国まで運ぶから、お前は残って仕事してから来い、ということだ。
その間にナニをする気なのか、魂胆が見え見えであるが。
さぞ面白くなかったことだろう。他人の後始末のための人事異動で、それまでお気に入りだった女体という名の玩具×2と引き離されるのは。
行った先でもどうせ娼婦なり捕虜なり抱いてたんだろうけど。
僕と彼女らを引き離して、その間に何をする気なのか……まあ、考えるまでもない。
久しぶりに、その欲望を彼女らの若い体にぶつけるつもりでいるはずだ。ご丁寧に、部下……というか、取り巻き達も伴ってるし。
保護以降も、僕が彼女らと懇ろだってのも、噂レベルなら話に聞いてるだろうし、叱責されたらそれを理由にごまかすつもりなんだろうな。
……まあ、その辺を含めて……こっちの想定内なわけだが。
さて……明日が楽しみだ。
こちらはこちらで、準備を万全にしておかないと。
☆☆☆
ある場所、ある時間。
アルプス山脈の山麓にある、とある寂れた軍用施設にて。
「それは……確かなのか?」
「はい。信頼できる筋からの情報です。ただ、どうしても伝達の関係上、差し迫った直前のものになってしまいましたが……」
「それについては構わん。むしろ、こんな状況下で、我々が最も望む情報が手に入ったのだ。これ以上は何も望むまい」
住み心地はいいとは言えないが、地図にも乗っていないがゆえに、潜伏先として優秀と言えるそこに……オルトフィーネ大公以下、逃亡生活を続ける、エイルシュタット公国の重鎮達はいた。
帝国の占領統治府によって指名手配され、今や追われる身である彼女らは、ジーク首席補佐官が持ち帰ったある情報に、目の色を変えていた。
『拘留中の重要人物が、近日中にランツブルックからゲルマニア本国へ護送される』
この情報を聞いて、そこにいる全員が、イゼッタとビアンカのことだとわかった。
片や、先のゼルン回廊の戦いで囚われの身となり、奪還も失敗、未だに帝国の手の中にある……フィーネの親友。
片や、公国に、フィーネに忠誠を誓い、いついかなる時も彼女らを守ってきた……先の撤退戦で、自分たちを逃がすために殿を務めて捕まった、皆からの信頼厚い近衛の隊長。
その2人を奪還するチャンスが巡ってきた事実に……食欲も衰え、以前に比べてすっかりやつれてしまったフィーネの瞳に、光が戻っていた。
もうひと月以上もその顔を見ていない親友と、いつでも自分を守ってくれていた懐刀。ともすれば、もう二度と会えないのではないかと何度も思って枕を濡らした、彼女達と。
しかし、同時に不安もある。
単純に……その隙を突いたとしても、圧倒的に数で勝るであろうゲールからの奪還が可能なのか、ということもある。
が、それ以上に……これからどうするか、という点にも不安があるのだ。
「国境の管理は厳重、周辺国家への圧力もあり、亡命申請も移動も困難である以上、勝機をこじ開けるにはここを狙う他にない……それも事実だ」
直近に襲ってきたゲールの部隊。そこから国を裏切る形で彼女達の一団に入ってきた、アルノルト・ベルクマン中佐。
彼によってもたらされた、ゲルマニア帝国が完成させた新型爆弾の存在。一撃で大都市を吹き飛ばす威力だというそれの矛先が、祖国・エイルシュタットはランツブルックに向けられているという、最悪の状況。これを打開しなければならないのだ。
追われる身となったがゆえに、自己の保身のために彼女達についた彼の言葉は、あまりにも当然であり……同時に厳しいものだった。
最早、フィーネがその身を差し出してさえ止まることのないであろう凶行。これを止めるには、およそ常識の限界を突破した戦術が、そしてそれを成すだけの力が必要になる。
その最も確実な方法として、発射と誘導を担うゾフィーを戦闘によって抑え込むというものがあるが……それを成せるとすれば、同じ力を持っているイゼッタだけだった。
それが、彼女に更なる負担を強いる結果となることがわかっていても……それすら勝算は低いとわかっていても……ここで止めなければ、祖国は滅び、そこに暮らす人々が死に、ゲールは本当に世界に災厄をもたらす存在となってしまう。
何もできない自らを責めつつも、フィーネはイゼッタ奪還のため、そしてミサイル発射阻止のための戦略を練り上げる会議に臨む。
しかしその場において、ベルクマン中佐からもたらされたのは……吉報であり、さらなる凶報でもあった。
「クローンである彼女には活動限界がある。全力戦闘はせいぜい2時間程度が限界……魔法の運用次第ではそれ以下だ」
「つまり……それをしのぎきれば、ミサイルが発射されることはない、と?」
「ああ……その、はずだ」
「? どういうことだ? 歯切れが悪いな……何かあるならはっきりと話せ」
不適な笑みを絶やさない印象があったベルクマンが、ふいに浮かべたその表情、そして言いよどんだその態度に、不安感を滲ませる一同。
しかし、彼が続けたのは……その不安を打ち消してくれるものではなかった。
「……彼女のその活動限界時間の問題は、僕がまだ帝国軍にいた数日前時点での最新のものだ。が……厄介なことに、帝国には、その問題を解決してしまいうる技術を持った人物が1人いる」
「何……どういうことだ?」
「ゲールは何も、戦闘分野だけに限って魔法というものを研究してきたわけではない……軍での戦闘行為における利用の研究・開発を進めていたのが僕なわけだが……もう1人、医療・薬学の分野において研究を進め、一定以上の成果を出した人物がいる」
「……占領統治府暫定統括……サンジェルマン少佐、だな?」
と、ジークハルト・ミュラー首席補佐官が、冷汗を垂らしながらつぶやいた。
全員の視線が集中する中、彼は構わず続ける。
「今回の異動で本国に戻るとされる張本人。彼の活動内容自体が機密扱いゆえ、ろくな情報が手に入らなかったが……眉唾物のそれで、再起不能の大怪我をも一瞬で治してしまうと聞いた」
「その情報を手に入れた部下は優秀だな……大事にしたまえ。まあ、さすがに一瞬などということはないが……事実だ。現に、彼はイゼッタ君の傷を、全て跡形もなく消してしまっている」
「イゼッタの……どういうことだ!?」
「ゼルン回廊でのゾフィーとの戦いにおいて、イゼッタ君は高所からの落下をはじめとして、様々な深刻な負傷を抱え……特に、足はそのほぼ全ての運動機能を喪失するレベルだった。日常生活を送れるようになるにも超長期の治療とリハビリが必要と見られ、一生後遺症が残るのではないか、とも言われていたが……それを彼、サンジェルマン少佐は、僅か数日で完治させている」
「……なんだと……!」
「まさしくおとぎ話の魔法使いのように、彼は超常の治癒能力を、魔法技術によって発現するに至った。彼はその力を、学問体系化して『錬金術』と、自らを『錬金術師』と呼称しているよ。名前はジョークのようだが……その実力は本物だ」
「……医学・薬学における魔法の力の応用……それの進捗具合次第では、クローンであるがゆえに生体機能が虚弱なゾフィーの弱点を、後天的な処置によって克服しうるわけか……」
「そうでなくても……現時点における技術水準でも、極端な話、ゾフィーが疲弊するたびに治療してしまえばいい話なんだ。仮にイゼッタが時間稼ぎでしのぎ切ったとしても、数分後から十数分後には、疲弊した状態で完全回復したゾフィーとまた戦わなければならなくなる。そうなれば、結果は火を見るよりも明らかだ」
「そんな……!」
あまりにもこちらに不利な状況に、ジークハルトを含めてその場にいる全員が絶句する。
ゾフィーだけでも目的達成が至難だというのに、これでは……サンジェルマンが敵にいる限り、勝ち目があまりにも薄い。
「……つまり、こちらが勝利するには……イゼッタの奪還はもちろん、どうにかしてサンジェルマン少佐の無力化を図らなければならない、と」
「理想は捕縛。彼の技術は今後の役に立つ……それができなくば、暗殺かな」
「言うほど簡単ではないだろうがな……何にせよ、それしか手がないのなら……」
「……やるしか、ないということか」
生唾を飲み込み、憔悴した顔色を隠そうともせず、冷汗を流しながら……フィーネは祖国のため、友のため、決意を固める。
その様子を見て、その場にいた者達もまた……死地へ飛び込む決意をした。
それを見届けたうえで、ジークハルトは地図を指し示しながら、会議を前に進める。
「作戦目標は、イゼッタ君の奪還と、サンジェルマン少佐の確保または抹殺だ。一応、策はある。まずは、今回の地理的有利を最大に生かす形で……」
☆☆☆
@月///日
…………成功した。
あーあ、成功しちゃった。
あーあ、うまく行っちゃった。
あー、もう引き返せない。
……ま、別に後悔もないけど。あ、でも不安はあるな。
まあでも……これ以外にない、ってのは僕が自分でさんざん考えて結論出したことだから……こうなりゃ、全力で行けるところまで行くしかないわな。
この先の未来……ゲルマニアが、エイルシュタットが、そして世界がどうなるか。
神のみぞ知る、とでも言うのかね。