微エロかどうかも微妙です。
次回に持ち越します。
背後から。
微かな覚醒の吐息が聞こえた。
思わず振り返る。
目が潤んだ。……意識が戻った。やっと。
眠るように意識を失って、もう10日。
このまま目を覚まさないのかと思うと不安でたまらなかった。
「……おかあさん」
近づいて、声をかける。
おそるおそる口元に手を翳すと、温かい呼吸の感触が伝わった。
……生きている。
もう、……ダメかと。
でも目を覚ましてくれた。それだけで十分。
「……か、……な」
「無理に喋らないで。……ぐすっ。お、お腹、空いたでしょ。いまご飯作るね」
泣くな。
母に心配かけちゃいけない。
台所に向かおうと立ち上がったとき、手を握りしめられた。
「……?」
母の視線が、私に向いている。
……久しぶりに。
母の笑顔がそこにあった。
「か、……んな」
「……うん。なあに?」
「す、……まねぇ、……ひとり、に……させち……まった」
謝らないで。
私は大丈夫だから。
それより、これからもずっと一緒だよ。
そう言おうとしたその唇に、母の指がそっと当てられた。
「かん、な……きいて」
「なに? おかあさん」
「おまえ、の……ちちおや……は……生きて、る」
……え?
おとう、……さん?
だって、この世界にはいないんでしょ。
デラ=グラントで私を身籠ったって言っていた。それなら父親はその世界にいるはず。
「この……せかいの……人間、だ……」
「……え?」
「おれ、の……世界に……紛れ、こんだ……漂流者、だ……」
……嘘。
神奈のお父さんが、……この世界の人間?
そしてデラ=グラントに漂流した?
母は、……その人と結ばれたのか。
「生き、て……かんな……生きる、んだ……必ず……会えるから」
「おかあ……さん」
「た、……く……」
「……え?」
そして。
ぷっつりと母は息を引き取った。
糸が切れるみたいにあっけなく。
「お、……かあ、さ……」
涙すら――出なかった。
……時計を見る。
22時半。神奈の後を尾行し、着いた先はホテルだった。
何の因果か、昔、俺が美月さんと逢引したホテルだ。
もっとも――あのときも美月さんは龍蔵寺と最初会うつもりでいたが、キャンセルされて、俺を代わりに呼んだんだ。
つまるところこのホテルはやつの御用達ってところか。
……と、思っていたが。
エレベーターから降りてきたのは、つい5分ほど前に上に行ったはずの神奈だった。
「……?」
隠れて、様子を見る。
彼女は何かメモのような小さな紙を片手で握り潰していた。内容はわからない。だがその表情から、碌な内容ではないことを察した。
メモの指示なのかわからないが、クローク受付へと向かった。
気づかれないように後をつけていく。
彼女はあらかじめ指示された荷物らしきものを受け取り、その中からまたメモのようなものを取り出した。
……そういうことか。
ホテルに呼びつけ、別な場所に誘導する。
尾行を巻く手だ。神奈は高校生だ。よほど自分と会っているのを人に知られたくないらしい。
神奈はホテルを出てタクシーを拾った。
追跡は不可能だ。
こんなことなら金を持ってくるべきだった。
だがタクシーなんかで後をつけて神奈に知られるのはマズい。
車での尾行は無理だ。
……仕方ない。
家に戻るしかなかった。
神奈を信じよう。帰ると約束したんだ。俺の必死の訴えが届いたのだと思いたい。
「……くそ」
いてもたってもいられず、家を飛び出したが、結局戻るしかないなんて。
……神奈。
痛めつけられる彼女が脳裏に浮かぶ。龍蔵寺はサディストの権化だ。一度、やつと美月さんの情事を盗み見た。とんでもないプレイの数々に、途中で目を覆ったほどだ。
だが、神奈は。
慣れているような――感じだった。
実際に見たのは路上で男に貫かれている姿だけだ。あれで目が釘付けにされたが、いま思い返してみると、あれは慣れてるなんてものじゃない。
男を完全に手なずけていた。
というか、意のままにしていた感じだ。
普通、客のほうに主導権がある。金を払っているから態度はでかい。娼婦など、札束で言う通りに出来るものだというのが、女を買う男の思考だ。
だが、……神奈は。
男をイかせ続けていた。
コンドームを拾ったのも、純粋な興味本位だった。一体何回分だよ、と見てみたくなったのだ。
目的はもちろん金だろう。
回数分の金額を喘ぎの中で言っていた。一回2万だと繰り返し言っていた。男は払うからやらせろとせがんでいた。
……唖然とした。
本当に同じ高校生なのかと疑ったくらいだ。
慣れている。いや、あれは……本物だ。
本物の売春婦だった。
神奈にとって、完全に性行為は仕事なのだ。私情と切り離している。
……それは。
俺への行為も含むのか。
性癖を治すと言っていた。もしかすると神奈にとって、医療行為としか思ってないのか。
セックスが、神奈にはただの仕事で、それ以上のものではないのだとしたら。
「……やめよう」
神奈を疑いたくない。
俺の求婚を受け入れてくれただけでも彼女の優しさが伝わった。
そう、基本的に優しい女の子なんだ。
たまたま、そう、たまたま、お金が必要であんなことをしていたのであって。
……なんで。
金が必要なんだ?
生活に困ってるからと思っていたが、神奈は普通に学校に通っている。
困っていたとしたら学校なんて通えないはずだ。
うちの学園の制服は、私服か制服か選べる校風だが、制服はかなり高級ブランドだ。だから着てないやつも多い。
神奈は。
普通に、学園の制服を着ている。
……ちょっと待て。
頭がこんぐらかってきた。
一旦、整理してみよう。
①売春する目的→お金
これは間違いない。金が必要じゃなければ身体なんて売らないだろう。
つまり神奈はお金が欲しい。
②お金が必要な理由→?
……わからない。
こればかりは本人にきいてみないと。
制服を着ているわけだから生活に困っているわけではない。
ならば他に必要な目的があるはずだ。
借金か?
両親が夜逃げとか、保証人になってるとか。
それとも他に使う目的が?
金なんて、あればあるだけ欲しいものだが、神奈がそういうタイプとも思えない。
そう、神奈に金。
これが釣り合ってないのだ。
彼女の手料理を食べてみたが、少し味わっただけでわかった。地味な味付けだ。つまり調味料をほとんど使ってない。
亜由美さんなんてたっぷりと使って濃い味付けにするが、それと対照的に神奈は質素な味付けなんだ。
つまり普段の食生活そのものが質素倹約なんだろう。
料理そのものは美味で、じんわりとした美味さだった。だがもっと濃いほうが俺の好みだ。どっちかというと。
話を戻すが。
神奈は料理ひとつとってみても、金遣いは極力控えている。
そんな彼女が金を稼ぎまくっているのはなぜだ。
……親父か?
神奈を買ったのが親父なら、親父に恩返しでもするつもりとか。
だが親父はもう死んだ。
訃報が届いたのは三日前。電報であっさりとしたものだった。海外で落石事故にまきこまれたとか。
最後まで碌な死に方をしないやつだ。
残された身内のことも少しは考えろ。
まあ、俺はいい。普段から放任主義だ。だから俺なんかより、神奈のことを考えろ。
取り残された彼女がかわいそうだろ。
……神奈。
親父のことなんてさっさと忘れてしまえ。
俺がやつの息子だから近づいたのか。
いや、間違えた。俺が引っ張り込んだんだった。神奈は帰ろうとしていた。
その数時間後にセックスするとか、俺、どんだけ節操がないんだ。
一応神奈から誘ってきたけれど。
でも引きずられたんだよな。あの晩の神奈、可愛かった。クラっときた。キスの甘いことといったら。
……妄想はもうやめとこう。
神奈が戻るまで、あと……夜明けまで5時間ほど。
その前に戻る可能性もあるが。
寝ずに起きていよう。神奈がいつ戻ってきてもいいように。
風呂はすぐ入れるようにして、部屋を暖かくしておいて。
……神奈。
早く帰ってこいよ。
龍蔵寺のプレイなんかに付き合うなよ。
あいつ、スカトロとかしてくるし……。
23時。
約束の時間はとうに過ぎている。
だが彼の指示されたメモには遅れてくるようにと書かれていた。
ではなぜ22時と約束したのか。
あらかじめ用意していた指示なら、最初から23時とすればいいものを。
それとも。
遅れさせるのが目的か。
そうか、……ここまで尾行を用心している理由。
あの男、よほど私との接触を誰にも知られたくないらしい。
広大さんは以前尾行に失敗した。あれをまだ根に持って。
もう彼はいないというのに。
着いた場所は、――剣の岬。
たくやくんの家のすぐ近く。
丘の上に建つ彼の家を横目に見ながら海岸を降りていった。
ホテルに呼んだから、てっきり売春目的だと思っていたのに。
こんな人気のない場所に呼び出すなんて……。
ギュッと掌を握りしめる。
大丈夫。
まだ合の時じゃない。
因果は収束する。広大さんの言う通りならば。
私もあの男も、合が重なる時まで生きているはずだ。
たとえ銃で脅してこようとも、それさえわかっていれば恐れることはない。
「……来たか」
背後から。
聞き覚えのある声が夜風に紛れるように聞こえた。
振り返ると、学園ですれ違った時とは違う――険しい表情をした男の顔がそこにあった。
「お久しぶりです」
一応、挨拶だけはしておく。
17年振りだ。学校で視線を交わした時、男は私を見て戸惑っていた。
あたりまえか。
あの頃からまったく姿が変わっていないのだから。
「本当に君は変わらないのだな」
「……あなたも」
「ん?」
「あの頃とほとんど変わらないご様子。……食べましたね」
この男の正体はわかっている。
次元を超越した場所から飛来した意識集合体だ。
それが自分の意志を持つほどに人格が生まれた。
その人格が、人の意識を乗っ取って渡り歩いている。
本物の龍蔵寺幸三という人間は、もうこの世にはいない。名前を持った殻だけだ。
男の見た目は年相応に変化しているが、それは見た目だけ。
この世界で人格を維持するには人の精神を貪る必要がある。
おそらくは……。
周りにいる人間は、少しずつ、彼に人格を奪われている。
「君だって石の力を借りて生き延びている。お互い様だ」
「……話はなんですか」
「噂は聞いた。広大の息子と同棲しているそうだな。やつに近づいた目的はなんだ」
……噂?
そんなの、どこから……たくやくんが広めたのか。
そうか、私が他の男子からちょっかいかけられていると思い込んで。
変な嫉妬するんだから。お父さんそっくり。
「…………。彼とセックスするためです」
「……貴様」
「あなたと違って私は、性交にそれ以上の意味なんてありません。ただのセックスです」
「広大から息子へとシフトチェンジしただけということか」
「広大さんは一足先に旅立ちました。あなたは先を越されて面白くないでしょうけど」
男の目がカッ――と見開いた。
だがすぐに冷静な表情になる。煽られているという自覚はあるらしい。
「君の目的は石のはずだ。広大の息子が持っているとでもいうのか」
「……石は発掘中です」
「掘り当てたとしても結晶化はできまい。一企業が研究しているがおそらくは無理だろう。出来たとしてもまがい物にしかならん。――あの世界にでも行かない限り」
来た。
本題はそこか。
もうすぐ衝突だ。彼が知りたいのはその時期のはず。
ならば。
それを取引の材料にすれば。
「……。約束してください」
「なんだ」
「たくやくんに手を出さないと。あなたにとっても唯一の手掛かりの彼を失うリスクは避けたいはず」
「それを約束したところで、私になんの得があるというのかね」
「接近する日付を教えます。広大さんが私に残した情報です」
男の目の色が変わった。
喉から手が出るほど欲しかったはずだ。
ギュッと唇を噛み締めた。
「約束してください」
「……よかろう」
「最接近は……」
男に教えると、息をとめたように表情が固まった。
「まだ半年の猶予はあるということか」
「私が傍にいる限り、彼に手出しはさせません」
「……ふっ。前は広大、今度は君か。つくづく、運のいい男だ。よほど歴史の収束点とやらに守られているらしい」
男が踵を返した。
もう用はないとばかりに振り返りもしない。
「君と私は今夜会わなかった。ここには誰もいない。何もなかったのだ、いいな」
「……。はい」
「広大の息子に問い詰められでもしたら、こう言っておけ。親友の愛人を寝取るほど落ちぶれてはいないと」
私が。
広大さんの愛人だったと明かしたことを言ってないはずなのに。
男には見抜かれていた。
……成長している。
以前よりも数倍、人格が統合されていた。
いったい――何人の人間を食らったというのか。
「お金を貰ったことは話してます」
「……君みたいな嫌味のある女は嫌いだよ」
「どうします? 既成事実でも作りますか。あなたお得意のアナルプレイでも」
「やめておく。もうそんな年齢でもないだろう。君も年相応にしたまえ。広大の息子を騙し通すつもりならな」
ザッ――と砂を払うように靴音を立て、男が立ち去った。
とりあえず……。
これで、たくやくんの身に何かが起こる心配はない。
広大さんは殺せと言っていたけれど。
まだ時期じゃない。
接近する日、――彼が行くのを阻止しないと。
異世界に行ってしまったらもうとめることはできない。
たくやくんを行かせるために、あの男を足止めする。
広大さん。
あなたから託されたとき、神奈にそれが出来るのか不安だった。無理だと思った。
だけどあの男を見て、覚悟が決まった。
あんな男に……。
たくやくんを殺させるものか。
「……神奈!」
呼び鈴を押した瞬間、玄関のドアが開いた。
そのまま抱き締められる。……待っていたんだ。私が来るのをずっと。
「早かったな、何もされなかったのか?」
そのまま。
深く、喉奥まで届くほどの口づけをされた。
ちょ……。
息が、できない。
喉まで舌を伸ばしている。
あの、これ、ディープキスの範疇を超えてるんですけど。
「あ、……ふぁ」
「神奈、……神奈。戻ってくれたんだな。もうどこにも行くなよ」
そう言いながら背中からお尻へと手を伸ばして指を忍ばせかけていた。
…………。
お父さんみたい。
話しながらこうやって身体を触るのが彼の好みだった。
たくやくんの場合は、好みというより、ほとんど無意識みたいだけど。
「……アナルは、……濡れてないか」
「あ、あの、ちょ…」
「よかった、どこも傷ついてない。あいつこっちを使うのが好きなんだ。俺だってまだなのに」
そこですか。
確認をしたかったわけね。
……だけど。
玄関先で、またやろうとするのはちょっと。
彼のいきり勃ったものがお腹に当たっていた。
「たくやくん」
「さっきの続きだ、神奈。一回イかせて欲しい。何もされてないか、こっちでも確認したい」
「あ、あの、あのあの、またここで?」
「ダメか?」
「ちょっと、……移動、しませんか。お風呂に入らせてください。全裸を見せますから」
それでいくらでも確認して欲しい。
なにもされてないとわかれば問題ないはずだ。
たくやくんが。
目をきょとんとさせたが、すぐに顔を綻ばせて、身体を抱きあげた。
「…きゃっ」
「そんなことを気軽に男に言うなよ。俺以外の男にだ」
口づけをされる。
……たくやくん。
どうしよう。
ここまで、彼を溺れさせてしまうとは思わなかった。
あと半年。
その間は、彼との蜜月を楽しんでもいいのだろうか。
神奈にそんな時間はあるのだろうか。
……死ねない。
たくやくんと一緒に過ごす日々を、みすみす捨ててたまるものか。
生きてやる。
あの男を殺すその日まで。
絶対に生き延びてやる。
次回ですが、少し時間かかります。
ご了承ください。
一応エロの予定ですが、普通のエロじゃないので……。