募りゆく恋慕
「……狭すぎない?」
訪れた宿で自分たちの泊まる部屋の扉を開けたゼファのぼそっとした一言だった。
奥行き2mと少し、幅は1m半といったところ。部屋の大部分を一つのベッドが占有しており、空間の余裕など無きに等しい。
床へ荷物を下ろしたゼファはベッドへ腰掛けながら愚痴を零す。
「これでホントに二人部屋? 一人でも無理があるよ」
そのあんまりな狭さに対する彼の思うままの感想には同意するしかない氷牙の剣も、自身が取ってきた部屋の様相を改めて確認しつつ、感じたままを口にした。
「文句言うんじゃないって言いたいとこなんだけど、あたしも下見したときにあんたと同じ事思ったよ」
窓も無く、四方は壁のみの何もない個室は、二人部屋どころか一人部屋にすら見えない、物置を強引に客室としたかのような狭さ。
十一件もの宿を訪ねて漸く取れた部屋であったが、商品に偽り有り以前の問題外だったのだ。
「大方本当の二人部屋を四人部屋だの六人部屋だのと偽って客を詰め込んでいるんだろうよ」
氷牙の剣も、己が愛剣を装備するための腰に巻いた鞘を装着したベルトを外してゼファの荷に重ねるようにして置き、彼の隣へ腰掛けてその不満に付き合った。
「戦争特需の典型的な悪用例ってやつだ」
「戦争特需?」
「経済が──といったって子供にはわからないか。そうだね、戦争のお陰で普段よりも儲かる状態とでも言えばいいのかね」
身一つで逃げてきたような難民ばかりでは儲からない物の、逃げてきた難民達が金を持っているのならそれを引き出させることでいつにも増しての儲けが出る。
戦が起きたことで生じた特異な経済状況であった。
「ギートがニヴラスの侵攻軍第一陣を壊走させていたことが吉と出たのさ。ギート人にとっても南カルタグラ側にとっても」
ギート騎士団やギート国民は、ミンデル率いるニヴラス東方方面軍撃退により、一時的にだが避難するまでの間に時間の猶予が得られていた。
生活に必要な資金や金に替えられる物品を持ち出せた者も多く、それら持つべき物を持った避難者達が避難先である南カルタグラで金を使わないはずがない。
「避難民全員を王宮で受け入れるのは不可能。空いてる土地を仮の野営地や避難地域とするにも利便性を考えるなら王都周辺に限られる。金に余裕があるなら暫く滞在するだろう王都で安心して眠れる宿に宿泊したい層だって居る。そこに通常よりも儲けを出せる要素が転がってるってわけだ」
「なるほどなー。人が多くなった分使われる金も多くなるってことなんだね」
「そんなとこだ。但し全部がそうじゃないよ。ギート人の避難者には貴族や騎士が多いこと、逃げるまでに猶予が生まれた事で持ち出せる物を持ち出せた人間が多かったこと等々、複数の要因が重なり合ったお陰での特需発生なんだよ」
これが落とせる金のない身一つの貧者ばかりであったのならば受け入れ側の南カルタグラは大変だったろう。
自国民の生活は第一であり当然疎かにできないが、かといって受け入れた避難者の放置は、放置された側の不満を募らせやがて国内の不安定要素に繋がっていく。
治安の悪化、人心の乱れ、様々な問題が生じ、対ニヴラスどころの話ではなくなっていたことだろう。
当然そんな予測が立っていれば受け入れの話は根底から存在せず、行く当てのないギート人はニヴラス支配下の故国にて圧政を強いられる。
だが是について拒否した側の南カルタグラには何ら責任はない。
「場合によっては国益を考えた末にギートを見捨てるという選択肢も当然あったろうね」
「そうかなー? オレこの国の女王様は困ってる人を放っておけない優しく勇敢な人だって聞いたぜ?」
「やれやれ、世の中を知らないお子ちゃまにはちょっと難しいかね」
「う、うるせーよ! オレは子供じゃねーし!」
「だったら冷静に考えてみな。例えばあんたはあたしと見も知らない他人とどっちか大切なんだい?」
「えっ? そ、そんなの氷牙の剣に決まって──」
「ほら、出たろ答えが」
「答えって…………。──────―あっ、そういうことか!」
「そういうことだよ。あたしも無差別の戦闘に巻き込まれることがあったらゼファを最優先で守る。女王アナトーⅡ世だって同じさ」
他国人を優先するのか? 自国民を優先するのか? 二者択一となれば迷うことなく後者を選ぶ。
優しく義に溢れる若き南カルタグラ王国の女王アナトーⅡ世であっても、ギートを見捨てるという苦渋の決断を迫られていたはずだ。
「自国民とギート人と双方両得となる方法を試みるだろうが、どう足掻いても不可能なときは迷わず自国民を採る。国を動かす立場に在るなら尚のことね」
人道は大切だが綺麗事のみで国は回らないのだ。女王として時に他を切り捨てなければならない非情さも必要であるのだから。
それが人の上に立つ為政者としてあるべき姿。自国を最優先に考えぬ王など、その国の王たる資格はない。
アナトーⅡ世が賢君・名君であればあるほど、優先すべきは何かという事を理解しているはずだ。
王の役目は民の模範となり導くこと。侵略主義・拡大主義・弱肉強食の覇権主義国ニヴラスのハラルド帝もお飾りと呼ばれながらその姿勢だけは譲らなかった。
「ただ現実としてはギートの場合はそうならなかった。人道的にも国益的にも、対ニヴラスを考えた上でも、総ての面に於いて双方に益があったのさ」
幸いな事にギートからの避難者には王族貴族、ギート騎士団全軍が含まれているという破格の陣容だった。
対ニヴラスで戦う南カルタグラに取り戦略的にプラスな面が多く、受け入れはある意味必然であったと云えるだろう
「海軍は随一の南カルタグラだが、陸軍はからっきしだ。元ニヴラス軍人としてのあたしの意見を述べさせてもらうのならはっきり言って弱い。ギートと同じ状況が、つまるところ海戦で敗れニヴラス軍の上陸を赦し、このハルス島で陸戦が起きたなら、ひと月待たずに南カルタグラは陥落だね」
「そんなに弱いの? 港に入るときに見たけどすっげー軍艦の数だったぜ。あれだけの海軍持ってるのになんで陸軍は弱いのさ」
「島国で且つ島内に大きな敵性勢力を持たないこの国には必要性がなかったからだよ。陸に敵がいないのに馬鹿みたいに騎士団ばかり強化して数を揃えても財政を圧迫するだけで意味が無い」
ハルス島西部を領土とする南カルタグラ王国は此といった敵対勢力を島内には持たない。
200年前まで存在していた世界帝国と称される千年王国ミレニアム崩壊以後、島内の各地域は新たな国や勢力に分裂した物の、大きく反目し合う地域は皆無に等しく、陸上戦力の重要性は必然的に低かった。
軍を整えるには多額の資金に人員、そして物資が必要だ。しかし外敵と呼べるのが海の向こう側のみとなれば海軍の整備を徹底する事こそ求められる物であり、必要性の劣る陸上戦力の整備に余計な金を注ぎ込むことを歴代の王は良しとせず、千年王国ミレニアム以後長らく陸上戦力は小さなまま現在へと至っていたのだ。
「今までは、だけどね」
「今までって、やっぱりニヴラス?」
「そう、その通りだよ」
近年膨張主義へと大きく進み出したニヴラス帝国は、カルタギア海を挟んだ南カルタグラの隣国北カルタグラ王国を攻め落とし、自国海軍に加え、接収した北カルタグラの軍艦をも手中に収めた。
従来誇っていた南カルタグラの海上戦力の優位性は大きく後退する形となり、一度は退けたニヴラス軍の再度の侵攻を受けたとき上陸を赦さないでいられる保証も依然としてないままである。
もしもの時、この国の貧弱な陸軍では上陸したニヴラスの攻勢に到底抗えず、亡国という結末を迎えることは容易に想像できた。
「それに各国と対ニヴラスの包囲網を構築し、やがては大陸への反攻をも視野に入れている以上陸上戦力ってのはどうしても要となる。陸軍弱国の南カルタグラにとっては、勇猛なギート騎士団丸ごとを含んだ避難民なんて逆に欲しいくらいに思ってたんじゃないのかい?」
加えて民間の避難者も元は豊かなギート王国の国民。
当然それなりの物を持ち合わせており、ニヴラスという共通の敵を持つ事もあってギートからの避難民を受け入れることその物に否を唱える者など居はしなかった。
「一部の商売人にとっては殊更に諸手を挙げての歓迎物だったろうね」
「なんで?」
「少々吹っかけても掃いて捨てるほど客が来るからさ」
商売人にも色々居る。
「同情やら持ちつ持たれつで避難民に限り安く部屋を提供する宿もあれば、ここぞとばかり儲けに走る宿もある。あたし達の場合は後者で、更に強欲な人間の経営する宿に当たっちまったってことだね」
二人部屋らしいのにベッドが一つしかない時点でお察しだ。
それに加えてこの部屋の狭さ。元々が部屋であったのかさえ疑わしかった。
「うわっ、きったねー。それって弱みにつけ込んでるってことじゃねーか。氷牙の剣もなんでこんなとこに決めちゃったんだよ」
「他に宿が見つからなかったから妥協せざるを得なかったのさ」
少なくとも今日・今夜という直近も直近では空き室有らば即断即決を求められる。どんな条件でもこの混乱した日であれば誰でもOKを出すからだ。
避難民は勿論、通常の客だろうと野宿になるよりはマシとしてほぼ確実にその場で決めてしまう以上、氷牙の剣としても選ぶ余裕など有るはずもない。
それを物語るように十件も断られた末のここだったのだから多少は大目に見て貰いたいものであった。
「まああんたの言う事も尤もだ。こんな狭い、部屋かどうかも分からないような一室で二人分の料金を取られ続けるのにはあたしも納得できないから、明日はまた宿探しから始めることにするよ」
一人部屋、下手をすれば部屋でさえないのかも知れない此処で長期滞在は御免被る。
「長期滞在って、暫くこの街から動かないの?」
「ある程度混乱が落ち着くまではね」
当て処のない旅だ。急いで王都を出る必要もない。
ニヴラスもギート占領が一段落するまでは南カルタグラへの再攻勢には出ないだろう。一月二月でどうなることでもなく、戦力の立て直しも考慮すれば半年一年とまだ先の話だ。
この間、南カルタグラや亡命ギート王国政府、最近になって復活したらしいウインディア竜騎士団等がどう動くかも分からないのだから、何れにせよカナーン自体に直ぐさま戦火が飛び火してくることもない。
「あたしとしては二,三週間ほどこの王都カナーンに滞在して、それからハルス島北部の自治都市アレクソニアに向おうと考えてるんだけど……ゼファはどうしたい?」
「オレもそれでいいよ。ハルス島って来るの初めてだし何処にどういう街があるとか知らないからワクワクする」
初めて訪れる土地ならどこへ行っても新しい物が見られる。
楽しみでならないというゼファの頭を氷牙の剣は優しく撫でた。
「楽しみなのはいいことだけど、少しは自重しなよ?」
「うっ、それは自信ないかも……」
好奇心の赴くままに動き回るのはゼファの性分だ。
同じくらい正義感のまま突っ込んでいくのも抑えられない。
しかしそれは一人旅だった今までだからまだ良かったことで、これからは同じ様に行かないだろう。
もうゼファは一人ではない、氷牙の剣という愛する女性との出逢いにより宛のないこの旅路は二人となったのだから。
「惚れた女に迷惑掛けるなんて男のすることじゃないよなー」
口を突いて出た一言に彼の頭を撫でていた氷牙の剣はその言葉を否定した。
「生意気なこと言ってんじゃないよガキんちょが」
咎めるような声音ではない嬉しそうな声は、彼女の心情を明らかにしている。
「自重しろってのはあんたが厄介毎に巻き込まれたりしないようにって意味だよ。傍にあたしが居れば守ってやれるからいいが、あたしの目の届かないところで何かあったらって考えると気が気じゃないんだよ」
「ぎ、逆だろそれって、女は男が守るものなんだぜっ! だからオレが氷牙の剣を守らなきゃ駄目なんだって!」
「だったらあたしは大人として子供を守らなきゃならないと言わせて貰おうかね」
男は女を守る。
大人が子供を守る。
どちらも正論だった。
「オレは子供じゃねーやい!」
「子供だよあんたは」
「氷牙の剣は女じゃねーか!」
「何度も言うようだけど、男に守られてるだけのそこらの女とあたしを一緒にするんじゃないよ」
お互いの捉え方に答えはない。
男としてと言うゼファも、大人としてと言う氷牙の剣も、両者共間違ってないのだ。
「無茶だけしないでくれたらそれでいいんだよ」
彼女は愛する少年の頭から手を離すと靴を脱いだ。
「もう寝るの?」
「明日は一日宿探しに歩き回るからね」
ゼファも靴を脱ぐ、彼女が眠るのなら自分一人起きていても仕方がないとして。
そうして服を着たままお互いに向かい合う形でベッドで横になった。
息が掛かるくらいの距離で見つめ合い、体を寄り添わせながら。
「せ、狭いねこのベッドも、部屋と同じで」
顔に掛かる彼女の吐息にかあっと染まるゼファの頬。言葉にも緊張の色が表れている。
街中では人目も気にせず氷牙の剣に甘えていた彼もベッドの中での見つめ合いは勝手が違った。
進み切った仲にあったが、甘く切ない男と女の語らいを行ったのは、未だ彼の洞窟でのひと時でのみ。
愛する事になる女性と出会い、男としてひと皮もふた皮も剥けていたであろう彼も、やはり根っこは変わらずの歳相応な男の子なのだ。
過剰に意識することで好きな女の子を想う男の子の、手を繋ぐことさえももどかしくてドキドキするような、所謂子供的な恋愛感情が色濃く浮かび上がっていた。
「完全に一人用以下だよ。身体を寄せ合うか、抱き合って眠らないと落ちそうなくらいのね」
受け答える氷牙の剣もその頬はほんのりとした薔薇色に上気する。
ゼファとは彼の洞窟内にて深く結ばれて以来、愛を交わすことなく此処まで来た。
ギート脱出の道程で二人だけになれる時間が無かったからだ。
体は小柄で歳に見合う背丈。性格もまた好奇心旺盛な子供っぽく、凡そ男として意識するには幼すぎる相手だろう。
しかし氷牙の剣は自分を求め、抱いた者として、しっかりとゼファのことを男と見ている。
語るまでもなく子供としても見ていたが、女としてゼファを愛しているのは確かな事だ。
そうでなければ冗談でも彼の妻になってやるとは言わない。
彼女はゼファと出会うまで男など意識したことがなかったのだからその彼女のひと言は大きかった。
たったの十日ほど、男と女として愛し合っていないそれだけで、自然に引き合い求め合おうとするお互いの意識が高まっていた。
男と女とは、愛し合う男女とは、得てしてそういうもの。
態々分れて眠るようなつれない間柄ではないのだからベッドは一つで構わない。
だが、狭すぎるこのベッドでは幸せを感じ合うひと時を過ごすこともできなかった。
寄り添えば寄り添うほどに、ゼファは氷牙の剣の温もりを感じつつも逸る鼓動に眠れなくなり、氷牙の剣は胸が疼き切ない気持ちが募りゆく。
かといって体を離せば良いという話でもない。
寧ろ寄り添って眠らなければ逆に落ち着かず、十分な睡眠が取れなくなってしまう事だろう。
この十日、そうして眠ってきたのだから。
ゼファも氷牙の剣も、共に睡眠にはお互いの温もりを必要とする愛し合う仲だ。
「ひ、氷牙の剣……あの、触ってもいい?」
何をかとは訊かない。
彼が触りたいのは他ならぬ氷牙の剣自身の体であると、彼女も分かっているからだ。
「いいよ……」
彼女はただ了承する、そも確認を取る意味などあろうか。
ゼファに触れることを喜び、ゼファに触れられることを喜ぶ。
言葉にしなくてもわかるだろう。
「頬でも、唇でも、髪でも、好きに触りなよ」
昼間に抱き着いてきたように、遠慮などせずとも好きに触れてくれればいい。
「あんたがあたしに触れる事を拒否する権利なんて、あたしは持っちゃいないんだ」
「う、うん……、それじゃ……」
すっと伸ばされた小さな手が、薄い薔薇色に染まる氷牙の剣の左頬に触れた。
「熱い……、熱が出てるみたい」
まるで風邪を引いているかのように、彼の触れた彼女の頬は熱を保っていた。
紅葉のような手が触れ、彼女の頬は益々の赤みを濃くしていく。
「熱ならずっと出突っ張りだよ、あんたに求められたあの時からね……」
身を焦がした火が消えることはない。
多量の汗に濡れても冷めやることなく熱くなっていた体も。
彼自身より解き放たれて体の奥深くで沸騰していた灼熱も。
この身を燃やし尽くしながら今尚消えない炎となっていた。
「オ、オレもだよ……」
氷牙の剣の蒼い火に触れたゼファも、全身を焦がして尚消えない炎を身に、心に、纏わせていた。
汗の匂い、髪の香り、唇の味、そして彼女と深く一つになったあの時感じた充足感……総てが忘れられない素晴らしいひと時だった。
「その赤くなった顔見りゃわかるよ」
ゼファ自身の緋色の髪よりも赤くなるその頬に彼女は笑う。
微笑みを浮かべる氷牙の剣の頬から耳の傍へと移動した紅葉が、長く垂れ下がる鬢を静かに捕らえる。
「艶々だね……、生糸の束みたいに」
何度も触れた艶やかさを湛える彼女の黒髪、目に付く特徴的なその左右二房の鬢ほど触れる機会が多かった。
ゼファは右も左も度々触っては慈しみを込めて愛撫し、氷牙の剣も自然に受け入れる。
今もそんな彼に目を細めて嬉しそうに微笑みながら自分は彼の緋色の髪を撫でるという、互いを愛撫し合っていた。
お互いの髪を撫で合うという静かだが、確かな愛情を感じさせる愛撫は心地良い。
「ここの髪、どうしてこんなに長く伸ばしてるの……?」
ふと、ゼファは触れていた鬢を掴んだまま訊いていた。
いつも毛先で束ねている彼女の鬢は長く、胸の下へと垂れ下がるほど。
氷牙の剣の髪は真っ直ぐで癖のない臀部を隠すくらいの蒼みを帯びた黒髪だが、ただ長いだけなら男女問わず世の中ごまんと居る。
変わっているのは鬢までも長く伸ばしているところだ。ちょっとした疑問、ちょっとした好奇心。
「あんまりいないよね、ここの髪を伸ばしてる人」
彼女のような立派とも言える鬢を見るのは初めて。
歩けば揺れ、走れば踊り、強い海風に煽られれば大きく暴れる二房の鬢のその様子が何故か琴線に触れドキッとする。だからついつい触ってしまう。
ゼファの持ち前の好奇心があまり見ない彼女独特な髪型に擽られた当然の結果であった。
しかしながら何か特別な理由があるわけでもない。
彼女はただ自然に伸びるままにしていただけであり、此といった意図はなかった。
「特に意味はないよ、おかしいかい?」
「ううん、そんなことない。とっても似合ってるし……触りやすい、かな」
この短い間に何度となく確認してきたゼファの旺盛さを感じさせる好奇心。
軽い気持ちにせよその好奇心が向いているだろう自身の鬢を引っ張られたりしないよう氷牙の剣は予防線を張る。
「触るのはいいけど、くれぐれも引っ張ったりしないでおくれよ」
「そ、そんなことしないよっ」
「頼んだよ? 引っ張られると痛いんだからね」
まるでドキドキする鼓動や、胸の疼きを上手く消化するように、互いに触れ合い言葉を交わす二人は、眠気が襲い来るまでの間、狭いベッドの上で仲睦まじくじゃれ合い続ける。
「初恋は実らないって、あれ嘘だったんだね」
「藪から棒にどうしたんだい?」
「だってさ、オレも氷牙の剣もお互い初恋じゃんか。でもこうやって恋人になれたし」
共に初めての恋だった。その初恋を見事に成就させた。
結婚の約束もしたことで何れは夫婦にもなる。
実らないと言われる初恋を、心に沸き立ってしまった感情をぶつけて実らせた。
「あたしは故郷へ帰れなくされちまったけどね」
少年の中で刹那に芽生えてしまった恋心を、濃密な交わりと共に伝えられた洞窟での密事を思い出す氷牙の剣は、あれが旅の始まりであったのだと振り返る。
国に帰れなくなったその大元は、この少年が自分に惚れて、自分を抱きながら精一杯想いをぶつけてきたことだった。
「それはゴメン……謝ってもどうしようもないかもだけどゴメン」
「ん……まあ、いいさ……。あたしはあんたに付いてくだけさ、これからはずっとね……」
しかし彼女はもうこの少年さえ居ればなにも要らない。
「付いてくるとかじゃないぜ。二人で旅するんだから一緒に暮らす……うん、旅暮らしって言い方があってると思うんだ」
彼はこの女性さえ居ればそれでいい。
二人で旅をするのだ。どこまでもどこまでも、世界中を旅して。色んなものを見ながら旅の空の下で愛を育んでいくのだ。
「旅暮らし、か……。そういうのも悪かないね。じゃ、改めてあたしと一緒に暮らしてくれるかいゼファ」
「も、もっちろんだぜ! 一緒に暮らそうぜ氷牙の剣!」
直後に重ねられる唇。
“ん──”
自然に引き寄せあった顔が唇だけを接触させ、刹那に離れる。
「好きだよ、ゼファ……」
「オレも、好きだ氷牙の剣……」
そして再び重ねられる少年と女剣士の唇。
「──ふ、ぅ……。キスばかりしてるねあたしたち」
「べ、別にいいだろ、キスするの気持ちいいしっ、オ、オレは氷牙の剣ともっといっぱいキスしたいぜっ」
「ふっ、あんたみたいなのをね、マセガキって云うんだよ」
「ガっ、ガキじゃねーもん!」
髪を愛撫し、口づけ合う。
同じ行為を互いに行い、繰り返す事で愛情を交わす。
そんな二人が燻り募る恋慕の情を激しく燃え上がらせたのは、その翌日に見つけた同じカナーン内の“まともな商いをする宿”でのこと。
およそ三週間ほど滞在することになったその宿で交わされる濃密な愛は、二人の恋慕を更に大きなものとしていく。