一目会ったそのときに
「ふいい~、あっぶなかったー」
狭い場所と、森という地の利を生かした末に辛くも勝利をもぎ取ることができたゼファ。
彼は走り続けたが故のものか? それとも戻ってくるブーメランに気付かれないかといった焦りからのものか?
通常の汗か冷や汗か判別の難しい汗で濡れた額を拭いながら、自分の目の前に横たわったまま動かない女の傍にしゃがみこむ。
ニヴラス帝国の剣士。ミンデルって悪い将軍の手下。
平和に生きる国々へと侵略戦争ばっかりするような酷い国の軍人。
「でも、女だよなぁ」
悪い将軍なんかの手下は別と思わなくもない。しかし女は女である。
気絶した女をこんなところに放っておいてもいいのだろうか男として。
「うん……、よか……ないかな?」
殺されそうになったのにお人好しだと思わなくもない物の。結局、そういう性分なのかもしれない。
それに男の矜持として女を捨て行くこと。此を良しとするとは、如何にゼファが子供でもあり得ない事だ。
「よっと」
気を失って倒れている氷牙の剣を、横抱きにしゼファは立ち上がる。
肩に担ごうと試みたが子供の体格では少々厳しいものがあり、早々に諦めた。
「おお、っとと…… お、重ッ──!」
なんとか胸の前まで抱き上げた彼女の身体は考えていたよりもずっと重かった。
無理もない。いくら女で、男よりは軽いといっても氷牙の剣は大人だ。
子供の彼に大人の女を抱き上げるのは体格差からしてかなりの重労働となる。
しかしだからといって背負うにしても、今度は彼女の脚を地面に引き摺る形になってしまい怪我をさせること疑いなし。
途方に暮れる彼であったが、不幸中の幸いとでも云うべきか。直ぐ近場に洞窟のような横穴が見つかったのだ。
*
「おお~、結構広いや。これだけあれば二人くらい余裕だろうな」
人が充分休めるだけの広さを持つ洞窟は、ヴィルフィング平原からかなり離れた場所にあった。
ニヴラス軍が陣を構える場所からだと更に離れる形であり、人の立ち入った形跡も見当たらないことから安全と言えば安全なのだろう。
逃げる内に森の奥の方にまで来ていたらしく、周囲には此といった人工物や人影はない様子だ。
「ここって、どのくらい奥なんだろ。……まあ、ニヴラスに見つからないならいいんだけど。湿っぽくないしさ」
洞窟という湿気の多い地形にも関わらず意外にも地面は乾燥していたのは運が良い。
そこに氷牙の剣を横たえて、暖を取るための薪を集めて火をつける。
「これでよしっと。あ──念のためにコレは取り上げとかないと」
氷牙の剣の腰に差された剣のことだ。目を覚まされたときにコレが有ると無いでは随分立場が変わってくる。
「念のために手も縛っとこ。暴れられたら不味いしな」
悔しいが武器が無くて女でも相手は大人。子供という小さな体格で近距離対峙は非常に宜しくない。
条件さえ整えば昼間のように勝つことだって出来るが、無条件なら最初から不利となること請け合いだ。
早速ゼファは横たわる氷牙の剣の腰を手で探り、鞘を取り付けた彼女の腰のベルトを外した。
次に彼女の身体を、上半身だけ壁に押し付ける様にして引き起こす。
続いて自分の腰のベルトを外してこれを縄代わりに彼女の腕を後ろ手に回して縛り上げた。
「これでよしっと。さーてと、この剣は取り敢えず外の見つけにくい場所にでも隠しておくか」
*
暖かい火の明かりが、横穴の中を照らす。
何もない空間は奥行きも高さも、少し広い民家くらいの大きさで、湿気も少なく短期間なら人が生活できそうな環境が整っている。
自然が作り出した天然の宿泊所。
雨風凌いで何日も泊まれる空間を見つけられたのは実に運が良かった。
そんな横穴の静けさの中、ゼファは未だ目を覚まさない氷牙の剣に目を移す。
もう、この横穴に来てから二時間近くが経過していたが、上半身を壁にもたれ掛けさせた姿勢のままぴくりとも動かない。
「し、死んだりしてないよね?」
大人が気絶するくらいの強い打撃が頭部を襲ったのだ。まさかの事態も当然有り得る。
自分がやったことなのだが殺したりするつもりは無かったし、どうしても彼女の容態を確かめておきたいと思ったのだ。
思い立ったら実行せずにはいられない。それがゼファという少年の良いところでもあり、また悪いところでもある。
「ちょっと悪い気もするけど……。んなこと気にしてる場合じゃねーし、ここはまあなんというかうん……仕方──ない?」
彼は依然気を失ったまま動かない氷牙の剣の衣服の胸元へと手をかけた。
「んーと……、この変、かなあー」
腰のベルトが外された彼女の衣服の襟元から右胸、腹部へと下に向う生地の重なり。
その合わせ目の高い位置には、重なり合わさる生地に隠れた結び目が。
「お! あったあったこれだよこれ」
これを解けば簡単にはだけさせられる。
ゼファは息を呑みながらも結び目を解き、そっと彼女の胸元を開いてみた。
はらり開ける胸元。
左右二本の長い鬢の髪が、その膨らみに沿う形で垂れ下がる。
「うわ──」
はだけさせた衣服の下から覘く二つの膨らみ。
それは男には無く、女にだけ有るものだ。
「膨らんでら……思ってたよりもおっきいなー……」
衣服の上からの見掛けではそんなに大きく感じなかった白い大きな二つの山。
雪のように白く、その頂は薄紅に色付いている成熟した女性の乳房であった。
“柔らかそう”
これを目にしカッと熱くなる頭と、乾いてきた喉を通る唾液。
初めて目にする女性の胸は、彼の青い性を刺激するに充分すぎるまでの魅力を湛えていた。
女に吸い寄せられる男としての感覚が、彼女の容態を確かめるという大義名分を得て、はだけさせた衣服の生地を掴むだけで制止していたゼファの手を動かさせる。
「ゴクっ」
その手の行き先は──氷牙の剣の、両の乳房。
最後の抵抗とばかりに膨らみの頂を隠す長い二本の鬢の髪束を手の甲で静かに払い退け。
遮る物のなくなった肌に手の平を合わせる。
触れる手の平。感じる体温と、そして言葉に出来ない弾力。
「……」
大人の男と比べれば断然小さな手の平が、大人の女性を表す大きな膨らみに被せられた瞬間だ。
“柔らかい”
自分の意思でそうした彼は、手の平に感じる胸の柔らかさと温もりに驚く。
驚きながらも、自然にその膨らみを揉み始めていた。
「あ……、す、すげーや……。柔らかい……。なんでこんな……柔らかいんだよ……」
小さな手の平ではとても掴みきれない大人の女性の持つ双丘。
指が食い込み、このままこの果実をもぎ取れてしまいそうだ。
でも、もぎ取りたくはないし、もぎ取れるものでもない。
ただ、男としての本能が彼女の胸に実る果実を求めてしまうのだ。
「ここは、硬いな。全体的に柔らかいけど、ここだけがちょっと……硬くなってる」
二つの山の中央。輪のように丸い円を描く薄紅の真ん中が最も高い山頂であることを示すかのように、ぷっくりと膨れていた。
そこだけが、硬い凝り(しこり)となって、全体の揉み心地の良い柔らかさと別種の感触を指に伝えていたのだ。
「さ、触ってみよっか?」
その凝りを人差し指と中指で摘み、優しく擦ってみる。
こりっ こりっ
凝りは少し中までありそうで、中身があるとしたらそれは大きな豆が生っているに違いない。
思わず食べてみたくなる程のこりこりとした感触が、次第に彼の気分を高揚させてきた。
「うう、なんか顔とか熱くなってきた」
顔だけではなく鼓動も早く、また熱い。全身を駆け巡る血が沸騰しているかのように。
彼の未熟な性は、生まれて初めて触れる大人の女性に反応し、開花しようとしていたのだ。
開き始めたばかりの男の本能。
本来ゆっくりと成長に合わせて進んでいく性の感覚はだが、そこで更なる加速を始めてしまう。
“ぁ……”
小さな、声。
微かな吐息と共に漏れ出たその声は、いまゼファが触れている女、氷牙の剣の口から溢れたもの。
「そ、そうだった。オレ、こいつの容態を……」
それが目的で胸部を開かせたのだ。
確かめるまでもなく生きている事を示す声に、しかしゼファは確実性を求めて確認を行うため名残惜し気にその豊かな膨らみから手を離す。
離す前にこりこりと触った乳首を指の腹で数回撫でてあげるのを忘れずに行いつつ。
そうして一層高まる熱を堪えながら、揉みし抱いていた双丘の谷間へ右の耳をあててみた。
「へ、変な気分」
感じた事のない柔らかさが横顔と頬、耳を擽る。
とくんとくん──。
その柔らかさと温もり。そして女性のみが発する特有の香りのなかに聞こえる心臓の音。
力強く脈打つ鼓動はなによりもの生の証と言えようか。
「ほっ、よかった」
安堵の息を付き、心引かれながらも彼女の胸元より顔を離した彼は、今度は呼吸を確認した。
すぅ……すぅ……
「息、ちゃんとしてる……」
こちらも規則正しい呼吸……、いや少し乱れがちながら、確かな呼吸を繰り返していた。
「生きててくれたんだ」
生きている。彼女は確かに生きている。ゼファはその事実がとても嬉しく思えた。
人が良すぎるだろう、殺されそうになったのに。
でも、やっぱり殺すつもりで倒した訳ではない相手が無事に生きている事は嬉しい。
道連れとなるような人や動物と出会うことなく旅をしてきた故の人恋しさも、きっと影響しているのだろう。
生来の人の良さに加えて、巡り会いの無い旅路だった所為か、彼の優しい真っ直ぐな心は、こんな状況下でも知らず表に現れていた。
「……」
ふとそんな生の状態にあることを確認した女の顔を見る。
ドクンっ! 一瞬、鼓動が高鳴った。
「っ──!」
音が聞こえてしまいそうなほどの胸の高鳴り。
女を前にした男の、それも特異な感情の揺らぎにも似た、彼が初めて経験する類のものであった。
散々高鳴っていた鼓動の動きに、もう一つ別の要素が加えられたソレはまだ確定的な呼称として呼ぶには弱く、さりとて男が当然のものとして女へと抱く感情に類別されて然るべき感情の揺らぎ。
「よく見るとこのひと……、かわいい、な……」
腰よりもまだ下へと伸び、臀部までの長さはあろう髪。艶のある蒼みを帯びたその黒髪は、鬢の髪もまた胸下へとかかるほどに長い。
閉じられたままの切れ長の目は冷たさも去る事ながら意志の強さをもまた感じさせ、僅かに開く蠱惑的な唇と共に彼女の整った容姿を形作っている。
そう、正しく美女と言ってもいい。
否、美女の他に形容する言葉があるのだろうか。
ゼファは見惚れてしまったのだ。
彼はまだ僅か十二という年端もいかぬ少年だった。大人ではなく、正真正銘の“子供”。
だがそれでもやはり彼は男なのだ。
男とは、可愛い者、綺麗な者、美しい者。とみにそれを備えた女性に惹かれる性である。
女へ抱く感情は、思いも掛けない切っ掛けより構築される特殊な心。
一目見た瞬間。優しさに触れた時。笑顔に魅せられる。強き心。可愛らしさに美しさ。または憧れ。
切り無く挙げられる要因は、そのどれもが正解にして、どれもが間違いで。
複雑怪奇な心模様はそれでも一点に集束していく。
即ち、男と女だから。
ゼファは正直にいま思ったのだ。氷牙の剣のことを綺麗であると。
かわいいと口走ったのは、まだ然るべき表現を苦手とする子供であるが故なのかも知れない。
だが確実に男として引き寄せられてしまったのだ彼は。
多くは同じ年代の異性に惹かれることだろう。しかし時と場合によって変わるそれは、一概に決めつけられることでもない。
ゼファは今この時こそが、その時と場合であった。
魅力的な女と、その女に触れることで目覚め始めた性。
衝動は求める。熱くも静かな、静かでも燃えたぎる性への情動は。
男ならば当然持って然るべきものを、彼は自身が闘ったこの女へと求めていた。
今ゼファの唇と彼女の唇の間は、ほぼゼロの距離。
「キス……してみたい、な……」
それは男として何ら恥ずべきではないこと。
闘い勝ち取った思いがけないこの状況は、勝者が全てであるという力の論理だが。
今の戦乱の世においてはその理こそが正しいことなのかも知れない。
無論、勝者が何をしても良いというのは嫌いなゼファ。
力による支配や隷属など許せるはずもなく、故に今日の無謀な行動を起こしてしまった。
だが男としてだとまた違う。
支配したいと思わない。隷属なんて求めていない。ただ、魅力的な女に惹かれているだけなのだ。
性を開花させた一人の男として抱く欲求を誰が批難できようか。
この状況と、子供故に制御できなくなってしまった理性の暴走が、少年の身体を突き動かしていく。