2ちゃんねる様のエロパロ文章創作版、悪の女とHスレに投稿していた作品の更なる続き物となっております。
pixiv様にも投稿しております。
御批判、御批評、御感想、遠慮なく頂けると嬉しいです。
何処とも知れない場所にある闇に包まれた空間。
その空間には照明器具などが見当たらず、明かりを発する物が無いというのに。
どういう訳か全体像がぼんやりと浮かび上がっていた。
辺りには霧のような霞が立ちこめ、床の上にはフラスコやビーカーといった実験器具に、何やら紫色の不気味な液体が入っている試験管などを整然と並べられた机やテーブルが所狭しと設置されている。
明らかに何かの実験室と思われるその空間の一番奥。
一際目立つ位置に設置された実験台の前には、影に隠されているかのように表情が見えない一人の男が立っていた。
「く、クックックック――」
男は丸い大きなレンズが特徴的な眼鏡を掛け、口を三日月型にした不気味な薄ら笑いを浮かべながら、手に持つ赤紫の液体が入る試験管を自分の目の前で回す。
中身を混ぜていたのだ。液体の中に潜む核とも云うべき不気味な細胞を。
アメーバにも似通い、且つアメーバとは思えぬ大きさを持つこの世ならざる存在その物の細胞を、男は愛おしげに眺めながら混ぜていた。
そんなとき。
「教授…」
男以外誰も居ない筈の空間に、突如響いたのは女の声だった。
普通の人間ならば「誰だ!」と叫んでしまいそうな状況なのだが、男は変わらず試験管を回し続けている。
教授と呼ばれたその男には、その声の主が誰であるのか分かっている上、彼にとってこのような事は日常の一風景でしかない故。
特段驚くに値しない。そういうことであった。
「カオリナイトくんか」
「はい」
男――教授が声の主の名前を呼ぶと、背後の何もない空間に一人の女がすうっと姿を現わせた。
姿を現した女は腰まで届く鮮やかな紅い色をした艶のある美しい長い髪を、自身の髪の一房で編み組にし緩やかなポニーテール風に纏めていた。
服装は研究所などに居る科学者が着ているような白衣だ。
切れ長のつり目には薄紫の瞳が浮かび、その瞳の中に見える金色の虹彩と共に冷たい無機質な視線を教授の背中に送っている。
厚く形の良い唇には真紅の口紅が塗られ、耳には金色のイヤリングを付けていた。
男であるならば誰しもが見惚れてしまうような、その美女――名をカオリナイト。
彼女は教授の助手を務めている女だった。
そんな美しい女を前に表情一つ変える事がない教授。
男であらば声を掛けられたなら誰もが興奮を覚えそうなほどの女を前にしても一切の反応を示さない教授という男は、やはりどこか普通ではない感性の持ち主なのだろう。
事実、彼は普通の男とはかけ離れた精神を持ち、想像も出来ないような立場に居る男である。
彼は後ろに立つカオリナイトに振り返る事も無く話し掛けた。
「カオリナイトくん、ダイモーンの卵を一体いくつ無駄にすれば、タリスマンを回収出来るのかね?」
ダイモーン──それは純粋な心を持つ人間を選び出してその心の結晶を奪い取る怪物の事。
そのダイモーンの卵を作り出したのがこの教授だった。
そしてタリスマンとは選ばれた人間の純粋な……ピュアな心の結晶体の事。
このタリスマンはこの世に三つ存在していて、その三つが揃うとき、この世を思いのままに支配できるという“聖杯”が現れるのだ。
その聖杯を手に入れ、世界を意のままにしようとしているのが、教授やカオリナイトの属する組織“デス・バスターズ”
教授はそのデス・バスターズの大幹部であり、カオリナイトは教授を補佐する助手であった。
彼らデス・バスターズは、ダイモーンの卵が完成すると同時に行動を開始して。
ターゲットととして選び出した人間からピュアな心の結晶を抜き取り、タリスマンを探していた。
幾度も幾度も繰り返し。
探しては見つからずの連続。
今のところ一向に見つかる気配がない。
どれだけ範囲を広げても。
逆にどれだけ範囲を絞り込んでも、今尚一つとしてタリスマンを発見すること適わぬ袋小路に陥っていた。
その間、セーラー戦士という、この世界の平和の守護者を気取る邪魔者が現れては。
カオリナイトの行動が悉く妨害され、数多くのダイモーンの卵が無駄になり続けていた。
ダイモーンは作った先から倒され、卵は無為に壊れ行き、その上タリスマンは手に入らない。
これでは教授の言うようにダイモーンの卵をいくら作っても切りがない。
それはそのまま、ターゲットを選び現場で行動しているカオリナイトの責任でもあった。
これ以上の失態は教授の信頼を失い自らの立場に大きな影を落とすことだろう。
カオリナイト自身もこれを自覚していたが、表面上は冷静さを保ちつつも内心では焦りを覚えていた。
「申し訳ありません……。ですが、今度こそ絶対です」
無論カオリナイトは汚名を返上するためと、既に次のターゲットを選んでいたが。
「ほう…… それは本当か?」
問い返す教授。ターゲットを選んでは無為にダイモーンを消失させてきた彼女の言葉に疑問の色を隠せない。
故に、念を押して確認するのだ。絶対だという自信が何処から来たものかは分からないが、本当なのかと。
カオリナイトはそんな上司の懸念に対し言葉を続ける。
「はい。今までは夢を追っていたり、某かに必死になっている者を中心としてターゲットに選んでおりましたが。今度のターゲットは平凡な、悪く言えば何も取り柄がない人間です」
「平凡……? ふむ、続けたまえ」
教授は彼女の言葉を聞いて試験管を回していた手を止め、訝しげに聞き返す。
ピュアな心の結晶を探しているのに、何故平凡な人間を選ぶのかと。
彼が危惧したように、聖杯の鍵となるタリスマンを宿している程の人間なら、余程純粋な心の持ち主でなければならないだろう。
平凡とは、そんな人間からは正反対である。
教授の危惧に対し、だがカオリナイトはいつもの冷静さを微塵も揺るがす事無く返答する。
「はい。ですが平凡であるからこそピュアであるとも言えます」
平凡とは、特定の何かに染まっていない――言い換えれば純粋無垢なままの状態である。純粋なる結晶を持ち合わせているとも言えるのではと。
「特別ななにかに秀でてはおらず、それでいて愚かしいほどの低位置を泳いでもいない完全なる中央値」
平凡な人間の心こそが真のピュアな心であり、必ずやその中にタリスマンがあると断言する。
実際に今まで何かに秀でた人間や、何かに打ち込む人間ばかりを狙っていて成果が無かったのだ。
ならば平凡な人間の心にこそ、タリスマンが隠れていたとしてもおかしくないだろうとの持論を展開した。
「ふむ、成る程……確かに君の言う様なそういう見方も出来ると言えば出来るか」
顎に手を当てての少しの逡巡。
これまでの彼女の失敗を考えれば彼女を作戦から外す案も検討していたが。
まあいい、と教授は考え指示を出した。
「では、今度こそ絶対だと断言する君の言葉に掛けてみるとしよう」
教授はカオリナイトの言葉を聞き入れると、手にした試験管の中身を目の前にあるビーカーに流し込む。
「くふ、くふふふっ」
流し込まれた赤紫の液体。核であるアメーバのような物体が、ビーカーの中で化学反応を起こして瞬く間に巨大化していく。
ボコッ、ボコッ、ボコッ、バリンッ。
やがて数秒の時を置かずして巨大化した物体が、ビーカーを割り外に飛び出した時。
それはもう別の物質への進化を遂げており既にアメーバのような姿ではない、六つの硬い殻に包まれた物体へと変化していた。
これこそがダイモーンの卵だ。
「さあ、受け取りたまえ。最高のダイモーンだ」
教授の手の中に浮かぶダイモーンが、彼の意思に従い宙を掛け、カオリナイトの手の中へと飛び込んでいった。
「君だけが頼りだよ、カオリナイトくん」
「ありがとうございます」
◇◆◇
教授よりダイモーンの卵を受け取ったカオリナイト。
彼女は早速タリスマンを手に入れるべく、十番商店街の交差点に立っていた。
今の彼女の服装は研究室での白衣姿ではなく、胸元がお腹の上辺りまでの深いVネックの、髪と同じ紅い色の服装をしていた。
背中もほぼ全体が露出しているこの服は、唯でさえ色気を醸し出すカオリナイトの美を更に引き立てている。
現場で行動しているときはいつもこの普段着としているワンピースを着ていた。
こんな露出の多い大胆な服を着た美女が立っていれば、普通なら思わず立ち止まって振り返えられたりと注目の的になるだろう。
しかし、不思議な事に誰一人彼女に注意を向ける者は居ない。同時にそれは、彼女が普通とは違う力を持つ人間であるという事を示していた。
否、あるいは考え過ぎずに答えを出すならば、見知らぬ誰かに注目を集めるような人口の少ない街ではないという証明でもあるのだろう。
故にこそターゲットとなる人間も多く、この街を中心にして彼らデス・バスターズは活動しているのだ。
「フフ、来たわね」
カオリナイトは横断歩道の反対側で信号が変わるのを待っていた、一人の少年の姿を見つけて口元に笑みを浮かべる。
そのぐりぐり眼鏡を掛けて十番中学校の制服に身を包んだ、如何にも平凡と思われる少年。
彼こそが、今回彼女がターゲットに選んだ少年――海野ぐりおだった。
人畜無害を地でいくような少年。事実として人を傷つける様な事をした事も無ければ、虫も殺せない純朴な少年なのだ。
ターゲットとして選ぶ傍ら彼の少年の事を調べ上げていた彼女は、少年がこの街に住む十番中学校に通う平凡ながらも非凡。
超能力やエナジー、生命力や精神力の持つ特殊な力といった超常の力とは無縁な平凡さと、常に学業の成績では上位に立つという超常と普通の中間点。
完全なる中央値に居る普通の純粋なる心の持ち主に位置していると考え、彼の少年をターゲットとして定めたのだ。
特別や優れたる者を狙い続けて失敗してきた。
ならばこそ普通を狙う。至極単純でシンプルな考えに聡明なる彼女が辿り着いたのは運命だったのか。
この瞬間を以って彼女の運命線は変化したのだと言えるだろう。
まだそれに気づかずに居る彼女は、その薄紫の瞳に彼の少年の姿を捕らえながら、いま事を始めようとしていた。
「さて、今度こそタリスマンを手に入れてみせるわ」
◇◆◇
「ああ~」
唸る海野は学校の帰りに商店街に寄り道をしていた。
基本的に真面目な彼。素行不良な人間とも無縁で平凡な日常を送り続けてきた少年だ。
普段なら真っ直ぐ家に帰っている所。なぜ今日に限って寄り道しているかというと。
本日返ってきたテストの点数が思った以上に悪かったからだ。
何せ普段から『テストなんてゲームみたいなものですよ』というくらい勉強が出来る少年なのだから、その落ち込み具合は相当な物である。
立っている彼の周りだけ異様なくらい空気が重くなっていて、誰も近寄る事が出来ないほどだ。
それで気分転換のために寄り道をしていたのだが……。
結局気分が晴れる事は無く「もう返ろうと」と、帰宅の途に付いた所だったのである。
「はぁ、ボクはどうしてあんなに簡単なテストで躓いてしまったのか……」
考えれば考える程に落ち込んでいく自分の気持ち。
穴があれば入りたい、テストをゲームみたいな物だと息巻いていた自身を諫めたい。
その思い上がりが今日の失敗を招くんだぞと。
しかし全ては後の祭り。終わった時も、テストの結果も覆りはしないのだ。
海野は下を向くのを止めて顔を上げることにした。
「下ばかり見てるから余計に気が滅入るんだ!」
考えたって仕方が無い。悪かったものは悪かった。
どうやったってその結果が覆ることなど有りはしないのだから此処は気持ちを切り替えるべき。
「そうです! あまり落ち込みすぎると頭の回転が鈍くなってしまって余計成績が――」
そうして前を向いた彼の目にふと映り込んだのは、横断歩道の向かい側に立つ女性の姿。
編み込まれた髪で緩やかにアップした大きなポニーテールに見えなくもない紅い髪は長く、行き交う車の風圧を受けて靡いている。
髪と同じ色をした真紅のワンピースは、胸の谷間が覘き見えそうなほど深いVネック。
スカート丈が短く、中身が見えてしまいそう。
雪のように白い肌と大人の色気を醸し出す整った容姿に冷たい笑みを浮かべて女性は佇んでいた。
(き、綺麗な人だなぁ)
彼はその女性――カオリナイトに自身が狙われているとは露知らず、警戒心の欠片も持たずに彼女の事をぼ~っと見ていた。
商店街で目的もなく店を回るよりも、可愛い女の子や綺麗な女の人を見ていた方が余程気が晴れるだろう。
(本当に……、綺麗だ)
彼の美しい女性を見て胸がときめきを覚えた。
目を奪われながら、心臓の鼓動が早くなっていくのを確かに感じた。
一言で表すならばそう、あの年上の美しい女性に見惚れてしまっていたのだ。
彼の周りには顔面偏差値の高い美男美女が多い。
かつて好意を寄せていたクラスメイトの月野うさぎからしてそう。とても可愛い女の子。
月野うさぎの親友であり、また彼とも同じくしてクラスメイトでもある大阪なるも美少女。
知っている大人として挙げるのならば、担任の先生である桜田春菜が美人と言えるだろう。
そんな美女美少女たちとはまた違った妖艶さと美しさを併せ持つ彼の女性。
その女性に海野ぐりおは一目惚れしてしまったのだ。
(うわッ、一瞬で恋するとかボクは本気か?!)
そんなふうに信号が変わるまでの僅かな間、彼女の姿を見遣りながら胸をときめかせてしまっていた海野は。
プワァ―――――ン!!!
であるからこそ、反対車線から猛スピードで走ってくるトラックに気が付けた。
居眠り運転か?
それとも飲酒運転だろうか?
原因こそ分からない物の明らかに暴走しているトラックは、横断歩道の向かい側を目指している。
このまま何もしなければ、あの女性は跳ねられてしまうだろう。
「な、なんで誰も―――?!!」
周りに人はいるのにどういう訳か誰も気付いていない。
まるで女性の姿が見えていないかのように誰一人として女性を助けようとしないのだ。
いや、気づいている者は気づいているのだろう。しかし咄嗟の事、誰も反応が出来ないでいるだけだ。
トラックの進路に気付いた海野は(自分が助けるしかない!)そう反射的に道路に飛び出す。
「危ない――――――ッッ」
「えっ…?」
そして間一髪の所で女性に飛び付くことが出来た海野が、そのまま彼女をかばうように覆い被さった直後。
飛び付いた勢いのまま二メートル程飛んだ二人の直ぐ脇を、暴走トラックが通り過ぎて、前のビルに突っ込んだ。
◇◆◇
クラクションの音と悲鳴が聞こえる中、カオリナイトは自分に飛び付いてきたターゲットの少年を見ていた。
「なん、ですって……?」
彼は腕から血を流して気を失っていた。
「私を……助けた……?」
海野ぐりおというターゲットの少年の咄嗟の行動にカオリナイトは驚愕していた。無論、海野が自分を助けた事にだ。
彼女は自分の方に向かってくるトラックには当然気が付いていたし、その程度除ければ済むだけの事であって別に大した事ではなかったのだ。
だがこの少年は別だ。彼は何の力も持たない唯の人でしかない。
彼女のようにテレポートが出来るわけでも、宙に浮かべる訳でもない。
当然、彼に取って暴走したトラックとは命を奪う危険な物で、その前に自分の身体を投げ出すなど自殺行為。
その自殺行為を平然として行ったのだ。文字通り命を懸けてカオリナイトを助けるために……。
尤も彼にはカオリナイトに特殊な力が有る事は分からないので、これは人として当たり前の行為でしかない訳だが。
しかしながら、よりにもよって自分がターゲットにした人間が、逆に自分を助けようとする行動を起こした――という事実が、彼女の心を大きく揺さぶったのだ。
愛も優しさも思いやりも。そのすべてが無縁でただ研究に生き、ただ冷酷にターゲットを狙い、世界を我が物とせん秘密結社に身を置いてきた彼女。
意外にも過ぎるその少年の行動は、そんな冷酷な女の心を大いに揺さぶった。
「どうして……?」
驚くカオリナイトの手より、硬い殻を持つ白色の物体が転げ落ちる。
「馬鹿な……、何を考えているの?」
手に持っていたダイモーンの卵をその場に落とした事にも気付かない。
そのくらい自分を助けた少年の行動は理解不能な事だった。
「身を以ってこの私を助けたというの? あなたを狙いあなたのピュアな心を奪おうとしていたこの私を? 海野ぐりお――あなたはっ、あなたは何故この私をっ?!」
独白するように呟く彼女だったが、気を失っている彼が答えられる訳がなく。
「くっ――!」
余りに騒ぎが大きくなり人が集まって来たため、作戦を中止しその場からテレポートして消えた。
後に残されたのは腕から血を流して倒れている海野と、ビルに突っ込んで大破したトラック。
それにカオリナイトが落としていったダイモーンの卵だけだ。
その内ダイモーンの卵に付いては、海野がターゲットにされている事を察知していた二人のセーラー戦士。
「今回は無駄足だったわね」
マリンブルーの青といった肩までの波打つ髪を持つ美少女――セーラーネプチューンと。
「なに、ターゲットはあいつなんだから、また直ぐ出て来るさ」
淡い金の短髪のボーイッシュな風貌をした美少女――セーラーウラヌスの手により破壊された。
彼女達もデス・バスターズとは別にタリスマンを探している。
デス・バスターズと目的は全く異なるが、その為にカオリナイトを張っていたのだ。
尤も、今回はカオリナイトが海野のピュアな心を抜き取る前に撤退したので無駄足に終わっていたが。
「あの子、放って置くの?」
ネプチューンの指すあの子とは海野の事。
だがウラヌスは。
「必要なのは彼の心の結晶体の確認、カオリナイトが去った以上はそれも不可能。となれば僕らには関係ない事だろう。行くぞネプチューン」
「……」
彼女らにとって重要なのはタリスマンを手に入れる事だけ。それが達せられる見込みが無い以上、誰がどうなろうと知った事ではない。
ウラヌスとネプチューンは出直しだとだけ言うと、倒れている海野を助ける事なくその場を離れた。
海野はその後、駆け付けた救急車に運ばれて病院に搬送された。
あれだけの大事故にも関わらず全治三週間のケガで済んだのは幸いと言えるだろう。
ただ、彼はあの場から居なくなっていた美女の事が気になって眠れない日が続き、ケガよりも寝不足に悩まされるのだった……。
芽生え
◇◆◇
デス・バスターズのアジトである研究所らしき空間。
「カオリナイトくん、今回はどうだったのかね?」
戻ったカオリナイトは、霞の立ちこめる中を佇む教授に作戦の進歩状況を話していた。
今日の作戦、彼の……、自身を命がけで助けてくれた少年の事を胸に思い浮かべながら。
「は、はい……その……、ターゲットの少年ですが……」
口を突いて出た報告。
“残念ながら、タリスマンではありませんでした――。”
震える声で、絞り出すように呟いた彼女の手は、汗に滲んでいた。
「そうか、ではまた一つダイモーンの卵が無駄になってしまった訳だね? 絶対だという君の言葉を信じていた訳だが」
「申し訳……、ありません……、わたくしの落ち度です……」
勿論、彼女の報告は嘘である。ダイモーンを使ってもなければ、海野少年からピュアな心を抜き取ってもいない。
なぜ嘘を付いてしまったのか。どうして本当の事を報告しないのか。
作戦その物を無しとしてしまったのか。それは自分でも分からない。
ただ、命懸けで以って自分の事を助けてきたターゲットの少年の事を考えると、彼女は本当の事を言い出せなかったのだ。
もし、本当の事を伝えれば、自身は再度彼の少年を狙う事になる。
それがどうにも嫌な気持ちだった。
彼女の、自分の命を助けてくれた少年。
必要がない事とは言え、自分自身で対処可能な事だったとは言え。
あの時、確かにあの少年はカオリナイトという女の事を命を捨てて助けたのだ。
それを思うと、胸が疼く。
胸の疼きが止まらない。
頬は熱くなり、頭がぼうっとなってしまう。
(私は……、私はどうしてしまったというの? この胸の疼きは――この胸の高鳴りは何? 海野ぐりお……あなたはこの私に何をしたというの?)
そんな不思議な思いと感情を抱かされてしまった彼の少年の事をもう一度狙う。
とても出来ない……、いや、そんな事はしたくない。あの少年を狙うのはもうしたくない。
むしろ、ターゲットとしてではなく、今はあの少年と普通に対面し、言葉を交わしてみたいとさえ思う。
といえど、自分がターゲットを変えたり断ったりすれば、教授に不審を抱かれてしまうだろう。
それに上手く断れたとしても、今度は別の誰かがあの少年を狙う事になるかも知れない。
(ピュアな心を奪われたショックで、あの少年は死んでしまうかも知れない)
その場面を想像したカオリナイトの胸に痛烈な痛みが走った。
理由は不明だがあの少年が、あの海野ぐりおという少年が死んでしまうだなどととても考えられないし、考えたくもない。
だからこそカオリナイトは嘘を吐いた。この場しのぎの拙い嘘を。
「あの、教授……、少し気分が優れませんので、今日はこれで上がらせて頂いても宜しいでしょうか?」
これ以上此所に留まっていると、自分の心を教授に見透かされそうで怖くなった彼女は、その場を去る口実を作ろうと、有りもしない体調不良を訴える。
いや、有るには有った。生まれたばかりの、生まれて初めて抱くこの不思議な感情。
それは体調不良などではなく、彼女の心に生まれた理解不能な感情であり、彼の海野ぐりおへと抱いた感情なのだ。
(これは……、なんだというの……?)
己の命すらを顧みずに自分という女を助けたあの眼鏡の少年の事を思い出すと、カオリナイトの鼓動が早くなり、息が苦しくなってしまう。
(息が……胸が……、ああ、私の胸はどうしてこのように熱く高鳴っているというの? 私は、私はあの海野ぐりおという少年に何をされてしまったの……?)
あの少年が狙われるかも知れない事を考えると、言い知れぬ不安に押し潰されそうになる。
ピュアな心を奪われたあの少年が死んでしまうかも知れないと思うと胸が痛み、心が悲鳴を上げている。
あの海野ぐりおという少年の事を思うと胸が切なくなる。とくんとくんと鼓動が高鳴り、そして――。
(海野、ぐりお……。私を、私を助けた……男……、私は、私は海野ぐりおに命を救われた……、彼はあのとき私だけを見て、私だけを助けるために動いた――私、だけを……)
他の誰でも無い。彼のピュアな心を、命を狙っているような私を思い、私だけを見て彼は私を助けた。
自身が私にピュアな心を狙われていたとも知らずに、私は彼に助けられたのだ。
カオリナイトは今この瞬間も絶え間なく海野ぐりおの事だけを考えている。
彼の少年の事を考え、彼の少年の、海野ぐりおの事だけを強く思う。
彼と一度話をしてみたい。海野ぐりおと会いたい。
私を助けた彼にどうして私を助けたのかと問いたい。
自分でもよく分からない感情を持ってしまった彼女は、心の動揺を表に出さない
よう注意しながら、努めて平静を装った。
決してこの動揺を悟られてはならない。
悟られてしまえばどうなるか?
海野ぐりおという言葉を交わした事すらない少年の最悪の未来図が予想されるのだ。
(どうして私はこのようなことを考えているの――? 私は、私の心はどうしてしまったというの?)
最悪の未来──海野ぐりおの死を彼女は確かに最悪の未来であると考えてしまった。
それは、自分自身がいま、あの少年の身を案じているというなによりの証。
私を、私の命を助けて下さった海野ぐりお……。
彼女は彼、海野ぐりお少年に対して芽生えた温かくも切ない思いに。
そんな自分に戸惑いながらも外面の平静を保ち続けた後。
「それはいかんな。では、今日はもう休みたまえ」
この場を去る為の教授の了承を得つつ。
「ありがとうございます……、それでは失礼させて頂きます」
自分の心に沸いた感情に悩みながら、挨拶を済ませると足早にその場を後にした……。
◇◆◇
カオリナイトが去った後、教授はいつものように一人でダイモーンの卵の製作に取りかかっていた。
いつも通り、代わり映えのしない実験器具に囲まれた作業台の前。そこへ、一人の少女が顔を出す。
「教授」
少女は頭の右側で一つに纏めたサイドポニーの青色の長い髪を、そこから更に三つ編みに結い纏め。
右が普通の丸いレンズで左が斜め上に向かって尖った三角形のレンズという、奇抜な形の眼鏡を掛けていた。
服装は教授や、カオリナイトの研究室での服と同じ白衣だ。
「失礼します教授」
「シプリンくんか……。どうかしたのかね?」
そのシプリンという少女は、教授の生徒であり部下でもあるデス・バスターズの5人の魔女――ウィッチーズ5の一人であった。
因みにカオリナイトにとっても部下に当たるのだが、少なくともこのシプリンと、同じくウィッチーズ5の一人であるビリユイ。
二人に関しては、カオリナイトの事など上司でも何でもないと考え、常に見下すような態度を取っている。
あわよくば自らがその立場と取って代わらんとの野心を抱いて。
「失礼かと思いましたが、先ほどのお話を聞かせて頂いておりました」
「立ち聞き、盗み聞きとは感心せんねぇシプリンくん」
「申し訳ありません、ですが、私より教授にカオリナイト様とのお話に付いて一つご報告が」
「ほう? なんだね?」
「まずは此方をご覧ください」
彼女は持参した写真を教授に見せた。その写真にはカオリナイトがターゲットに選んだ少年に飛び付かれた瞬間が映っている。
「ふむ」
二枚目はカオリナイトの足下に転がるダイモーンの卵の写真。
三枚目はその卵を、セーラー戦士がカオリナイトの落としたダイモーンの卵を破壊する瞬間。
「これは――どういう事なのだね? 説明を頼むよシプリンくん」
いつになく不穏な様子の教授に促され、シプリンはあるがままの説明――これに、自らの意思を加えた説明を始めた。
「はい。実はカオリナイト様の姿を偶然にもお見掛けしまして、そこで起こった出来事を写真に撮っていたのです」
勿論嘘だ。シプリンは前から気に入らないカオリナイトをあわよくば消そうと画策していた。最低でも追い落とそうと考えていたのだ。
おばさんの時代はもう終わり。これからは若手の自分達が……自分が、デスバスターズの現場指揮を採るとして。
そうしてカオリナイトの行動を監視、粗を探していたところ。
実に素晴らしいの一言を贈りたくなるほどの使える場面に出会し写真に撮っていたのである。
「この場面から推察しますに、偶然の事故に巻き込まれたカオリナイト様はターゲットの少年に助けられた上、あろう事か貴重なダイモーンの卵を落としてしまい、セーラー戦士に破壊されてしまったものと思われます」
「ふむ……、確かに君の言うような感じにも見えるね」
教授とて狂気に満ちた笑い声や性格をしていても、そこは一組織の大幹部という地位に就く者。
部下の様子には人一倍敏感だ。
実際、先程のカオリナイトの態度には不審な点が多く見て取れた。
早く話を切り上げたい。その場を逃れたいそんな雰囲気を。
それにターゲットの少年の事が何か関与していると考えた教授はシプリンに続きを促す。
「それが事実だとして、君はどうしようというのだね?」
黒。限りなく黒ではなく、完全な黒であると判断した上で彼は報告を上げた少女の意見を求めた。
「では僭越ながら申し上げます」
振られた賽子の目は自分の勝利を示す目。
教授の様子に確信したシプリンは具申する。
「失敗ばかりを繰り返し、あまつさえ教授に対し嘘の報告までするような者が、我ら誉れ高きデス・バスターズに必要なのかと思うのですが」
「……」
シプリンは教授の反応に手応えを感じて、畳み掛けるように言葉を続けた。
「それと、次なるターゲットの事について……、正確には今回のターゲットと合せて二人目となりますが」
「次なるターゲット?」
「はい。私が考えました次なるターゲットは――失敗に次ぐ失敗を経ても尚、成果の無い作戦を一心不乱に繰り返すという、愚かながらに過ぎながらも唯々愚直なまでに課された任務へと取り組んでいたピュアな心の持ち主です」
シプリンの選んだターゲット。それが誰なのかは教授にも直ぐ分かった。
話の流れを聞いていれば事情を知らない者でも気付きそうな程にあからさまだ。
だが、教授はシプリンの話という名の提案に付いて、何も言わずに耳を傾け続けている。
そしてついには口にした。
「いつまでも成果を出せないのなら、別の形で成果を出して貰うと……そういうことだね?」
「はい。それに、どのような形であれデス・バスターズのために役立つのが我々のお仕事であると思いますわ。例えその命を引き換えとする物であったと致しましても」
教授は話が終わると自分の後ろに立つシプリンを振り返り。
「そうか、確かに君の言う通りだねぇ。彼女は中々に優秀だったのだが残念だ……」
その肩に手を置いて言った。
“君だけが頼りだよ──シプリンくん”
その言葉を聞いたシプリンは心の中でカオリナイトを嘲笑う。
これで自分の出世にとって邪魔なあのおばさんを蹴落とすことが出来る――と。
「お任せください。必ずや教授のご期待に添えて御覧に入れますわ」
少しずつですが改訂中です。
旧アニメでのカオリナイトは、命を助けられる事で心を動かされ、心から男を愛した女性でした。
私の描いた世界線でその命を助けられるという、カオリナイトに取って特別となるだろう行為は、本作の原作である旧テレビアニメシリーズのセーラームーンとは違う道程を歩んできていた海野ぐりおくんから受けました。
例え必要が無くとも命を助けられるという行為は、彼女に取って大きく心を動かされる事なのだろうと思います。特別な感情を抱くのは自然だと感じるのです。
そこに思い至り、このお話とこの世界線が生まれました次第です。
出してほしいキャラは誰ですか?本当はもっと書きたいですデマンドとかちびうさとか(期待に応えられるかは分かりません)
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カオリナイト
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海野ぐりお
-
ユージアル
-
天野ぐりかず
-
地場衛
-
月野うさぎ
-
ネフライト様
-
大阪なる
-
テルル
-
ビリユイ
-
シプリン
-
プチロル
-
水野亜美
-
浦和良
-
火野レイ
-
木野まこと
-
愛野美奈子
-
天皇はるか
-
海王みちる
-
冥王せつな