贈り物と恋人フロート
あの夜、今までを捨てた私がぐるぐる眼鏡のけして非凡とは云えず平凡その物な、さりとて心を大きく揺さぶってきた少年海野ぐりおへの恋心を自覚し、間を置くことなく彼と結ばれてよりひと月。
私は住み込みの家庭教師として、そしてなによりも彼の恋人として彼の住まい、彼の部屋にて寝食を共にしていた。
(寝食を共にしつつ、そして互いを求め合う生活)
愛し合うこと数知れず。週末は日付が変わるまで海野を──ぐりおを求める毎日を送りながらの平穏無事なる日々。
(いまでは当然のようになっているけれど、ほんの少し前の自分からすれば考えられない程の変化ね……けれど)
幸せを感じていた。
デスバスターズとして闇の中に生きていた頃とはまったく異なる環境においてただ恋人と過ごすだけの平凡な時がこれほど幸せなことであるとは思いもよらず、恋を知らずに生きてきた今までの人生が色無き世界であったのだと思い知らされた。
沈黙の世界の実現、暗黒の世の到来。目指していた目的は何処にも無いこの静かな日常をいま私は失いたくないと思っている。
暗黒の世界──抽象的なその世界の実態をこの目で見ていない以上どの様な物なのか判別は不可能ながら、組織の大幹部である教授の言を総合するのなら、それはデスバスターズの支配する世界を構築すること。
(当初、確かに仰っていたわ。この世を思いのままに支配する、世界を手に入れると)
教授の、デスバスターズの目指す暗黒の世。
実態は不明でも理解できることならある。それは──。
「カオリナイトさん」
「ん──?」
「どうされたんですそんな難しい顔をされて」
考え事に耽りすぎていた。
「別に、なんでもないわ」
「だといいのですが、カオリナイトさん時々いまのような難しい顔をされてらっしゃるので僕としては心配なのです」
分厚い眼鏡の奥に見える言葉そのものを貼り付けた瞳が私を覗き込んでいる。
ボサボサの髪型、特徴的な眼鏡に丸い輪郭と同年代の少年と比べれば小柄な方だろう凡庸を絵に描いたような中学生の少年海野ぐりお。
この、私の恋人でもある少年は、考え事に黙り込む私の様子が気に掛かるようだった。
いつも私のことを気に掛けているといっていいかしらね。食事のときも、お勉強中も、家で過ごしているときも。私のことを考えないときはないと、そう胸を張っていた。
まだたったひと月の付き合いだけれどこの少年の性格や思考パターンは大凡掴めてきたわ。
恋には真っ直ぐで誠実。私だけを見て私が喜びそうなこと、共に楽しめそうなことばかり模索している。私が幸せを感じること、それは彼自身の幸せでもあるといった具合に。
積極的なようで恥ずかしがり、恥ずかしがりなようで私の髪に触れたり手を繋いできたり自分なりの精一杯を尽くす。
夜、求めるとき。事始めではウブな面ばかりが目立つけれど、少しずつ慣れてくると自ら私を求めるような挙動も見せることがある。
そうでありながら終始に渡り受け身のまま私が受け入れているのか彼が受け入れているのかよくわからなくなってしまう。
愛されている……こよなく。一途に私を想いぶつかってくる。
ウブな少年に見えて情熱的、私のためなら命をかけられるとまで言い切るほど私への愛情は深い。
これほどの愛情を向けられて幸せを感じない女はいないでしょうね。少なくとも私は幸せだわ。
自らが恋した相手から強く想われる、女としてこれ以上の物は望めなくてよ。
そんな幸せをくれた彼に私はあまり不安を抱かせたくない。
「そんなに難しい顔をしていたのかしら?」
「ええそれはもうっ! テスト前だというのに重大な危機に直面してますといったうさぎさんのような──あっうさぎさんというのは僕のクラスメイトの女の子です」
「そう、それは注意しなければならないようねえ。でも恋人とのデート中に他の女の名前を挙げて喩えに使うのはマナー違反ではなくて?」
「あっ! こ、これはその……すみません、以後気を付けますです」
「うふふ、そうなさい。貴方の目から私はどの様な女に見えているのか与り知らないことだけれど、私は嫉妬深いのよ?」
「ぼ、僕はカオリナイトさん一筋ですっ! 誓って浮気とか裏切るとかそんなことは致しませんっ!」
「信じているわその言葉」
話は逸らせた。デスバスターズのことであまりぐりおを不安にさせたくない私としては深く事情を探られることは極力避けたかった。彼は一度私と共にシプリンに襲われているから尚更巻き込みたくないのだ。
それなら自身が気取られないよう気を付ければ済む話だが、いまの幸せな日々と、いまもどこかで暗躍しているだろうデスバスターズが実現させるかも知れない暗黒の世、思い巡らせるほどにこの充実と不安が私を悩ませ影を落とし、それが態度として表れることで彼の心配の呼び水になっているのだから始末に負えない。
自分自身考えないよう心掛けるにも事が事だけにそうはいかないようね。
(タリスマンが揃い、出現した聖杯が教授の手に渡れば)
完成するその未来がどの様な物かわからずとも、この少年と平穏に過ごせる世界ではないだろうことくらい察せる。
それ故に一度考え出すと周りの声が聞こえなくなってしまうほど思考の海に沈み込んでしまうのだ。
「本当になんでもないのよ」
聞かせられる話ではない。聞いた処で理解しがたい話であり漠然とした不安に苛まれさせてしまうのならば黙っていた方がまだしも良いというもの。
それにもしも暗黒の世が到来したとしても私が守り抜けばいいだけだ、この少年を。
しかしその一方では自らの迂闊さ故の悔恨といざという時に守りきれるかといった不安が常に付きまとう。
なぜなら私は彼に助けられたことはあっても、彼を助けたことはないからだ。
(……無力に等しい少年にこの身を二度も守られておきながら説得力に欠けるか)
そう、私はぐりおに二度助けられている。一度目は脅威とも云えないただの暴走したトラックからだったが、二度目のシプリンに襲われたときは文字通り命を助けられていた。
ピュアな心を喪えば人間は廃人になりやがて衰弱死を向かえる。シプリンの光線銃、あれはユージアルの開発したピュアな心を抜き取る専用捕獲銃だった。
不意を突かれていたあの場、ぐりおが庇ってくれなければ私はその一撃を受けていたことだろう。
結局今度は彼の心の結晶を人質に取られて抵抗を許されなくなり私もこの胸よりピュアな心を奪われてしまったが、その後はおそらくセーラー戦士がシプリンを撃退し彼と私の心がタリスマンではなかった為に心を戻された。
結果的に助かった……しかしセーラー戦士が来なければ私と彼は共に死を迎えていたことだろう。
シプリンは私を殺すつもりだったのだ、私が恋したこの少年も共に。
(デスバスターズの精鋭ウィッチーズ5の内ビリュイとシプリンからは見下され嫌われていることなどわかっていたわ。隙あらば追い落とそうとしていたことも)
デスバスターズは現場指揮を採っていた私を含め教授を除いて一枚岩とは云えない組織でもある。
ウィッチーズ5内でさえリーダー格のユージアルとその他で仲が悪く、ミメットとテルルの間も表面的には良くても内面はどうなっているやら。
そしてビリュイとシプリン、奴等二人は明確に私を蔑み嫌っていた。当然裏切り者として始末しようとしてきたことも彼女達の提案だった可能性が大いに有り得るとなればいつまた狙われてもおかしくはない。
私はもちろん、私の恋人であるこの少年も私を苦しめるためだけに再び危険にさらされる可能性があるのだ。
私が組織を抜け、タリスマンの持ち主でない以上は無意味であると認識しながらもタリスマン探索のついでとばかりに襲われることを考慮に入れておかなければいざという事態に間に合わなくなってしまう。
そのために必要な物を渡しておこうと予め決めてはいたけれど、これはいい機会なのだろう。不安の払拭と、私の幸せを守るためにも。
「そんなことよりもぐりお、貴方に渡しておきたい物があるの」
私は左手首に付けていたブレスレットを外してぐりおの前に掲げる。
「ブレスレット、でしょうか? いつも付けてらっしゃいますよねそれ」
「ええ、でもこれはそこらの店に売っているような普通のブレスレットではないわ」
「市販品ではないと……とするとオーダーメイドってやつですか?」
「残念だけどそれも違う……よくお聴きなさい、これは私が開発した特殊なブレスレットでね。作動させることで身の周りにシールドを発生させたり」
自ら開発したブレスレットタイプの、言うなれば防衛装置といったところだ。
「特殊な電磁波を送ることでブレスとリンクしたなにかと、そうたとえばリモコンのようにテレビを操作したりすることも可能な優れ物よ、シールドに至っては銃弾すら通さないわ」
彼は私が特殊な異能力、テレポートや空中浮遊ができることを既に知っている。
もちろん心から愛する彼には私のすべてを知って欲しいという思いから私自身が教え彼の前で披露したからなのだけれど、こういう時には予備知識を与えて置いた自分の判断が正しかったことを実感させられるわねえ。
「ぴ、ピストルの弾を止めるシールドって……! SFなんかで出てくるあのバリヤーみたいなやつですかっ──!?」
「こういうの興味あるのかしら?」
「それはもうっ! ほらっバリヤーとか宇宙戦艦とかかっこいいじゃないですかっ!」
研究者であること、オーバーテクノロジー的な科学に通じる者であることも伝えてはいたが家庭教師として勉強を教える以外にこの手の知識を、それも中学生の勉強とは関係のない領域にある知識と技術の結晶を説明するのは初めてだ。
「ふふっ」
新鮮な反応につい顔が緩んでしまう。私がもっと人目を憚らない性格で、そしてなによりも若ければ。そう、高校生の頃の年代ならば身を乗り出してくる彼を此処──カフェという場も弁えず優しく掻き抱いていたのかも知れない。
さすがに二十八という三十路がみえてきたこの歳になってそこまでのことをしようなどとは思わないが、二人きりの場でなら後ろから抱き締めて耳元にて囁くくらいしているだろう。“かわいい子ね”そんな言葉と共に。
(恋とは女を変えてしまうもの……まさか私が特定の男に対してこんなにも執心してしまうなんて)
恋は病気とはよく表している言葉だ、私の精神状態は熱病の只中に置かれもう治ることのない不治の病に侵されてしまったのだろう。
研究と組織の目的のみに生きてきた人生で初めて愛や恋を知ってしまった。
これがもしどうでもいい感情の揺らぎならさほど気にならなくとも、この大きな揺れと幸せな気持ちは今まで感じたことのない手放したくないものだったわ。
だから私はもう引き返せない、この少年の一つ一つの挙動すべてが気になるのだ。
恋に恋をする歳でもない私が、まるで無垢な少女のようにぐりおだけを求めている。
彼の中に新しいなにかを見つければ自然と表情筋が緩まずには居られないほどに。
「そういうの男の子は大抵憧れますよ。ビームとかバリヤーとか、僕だって小さい頃には毎週日曜朝の特撮ドラマ観てましたし本物なら使ってみたいと思っちゃったりなんか──」
「ならば丁度いいわ。私からのプレゼントよ、受け取りなさい」
そんな新しい反応を引き出した、元より渡す予定だったブレスを彼にそのまま差し出しては。
「えっ!? い、いやぁ、でもそれは──」
「あらどうしたの使ってみたいのでしょう? 差し上げるから自由に使っていいのよ? 使い方は簡単よ、ブレスレットを作動させた状態でこの装飾側を外に向けエネルギーを通せば電磁波が飛び、体の側に向けて同様の操作をすればシールドを張れるわ」
私は使用法を説明しつつ、口籠もる彼の左手首を取り強引にブレスを嵌めてあげた。
「サイズの調整は必要かしら? ある程度の自由は利くけれど必要ならば私がなんとかしてあげましょうか?」
「ちっ違いますそうじゃなくてお気持ちは嬉しいですし、使ってもみたいのですがぁ……これ、女性物じゃないですか?」
なるほど……男として女性用のブレスレットを付けることに抵抗があるということか。
「んふふ、ぐりおも男の子ということのようねえ。けれど身を守る物に女性用も男性用もなくてよ。それにデザインはそれほど悪くないでしょう? 私のイヤリングと揃いの物でもあるのだから恋人同士の私たちには丁度宜しいのではなくて?」
「お、お揃い、ですか」
「そうよ。それとも私とのお揃いはお嫌だというのかしら?」
「そんなことはありませんが……でもこれはさすがに僕、男子が付けるにはちょっぴり抵抗感が──」
不測の事態に備える意味でもいつも身に付けて置いてもらいたいけれど、制服の袖の下にはサイズ的に難しそうね。
「ふふっ似合っているわよ」
「女性物が似合うと仰られましてもそれはそれで複雑なものですが……」
「じきに慣れるわ、ちょっとしたおしゃれだとでも考えてなさい」
左手首に嵌めて上げた金色のブレスレット、私が開発した防衛装置にして武器にも成り得るそれがぐりおの腕で輝く。
デスバスターズを自主脱退し彼の組織の研究所設備が使えなくなったいま二度と製造不可能なブレスだが、ぐりおの身を守ることを目的とするなら手放すことなど惜しくない。
「でも、女性物とかは別にして、やっぱりカオリナイトさんからの贈り物ですから僕は嬉しいです。感謝感激感動が留まるところを知らず大波のように押し寄せてきては僕の心に打ち付けてっ──」
「うふふ」
相変わらず大袈裟な子ね。それでもこう喜ばれると私も嬉しいというものよ。
「ありがとうございますこんな貴重な品をプレゼントしてくださって。……しかしいいんですか本当に戴いちゃっても? バリヤーを張れる装置とか聞いた事ありませんし、もの凄くものすごーく貴重な品物なのでは?」
「貴重といえば貴重かしらねぇ、世界で一つしかない私個人の発明品ですもの。二度と手に入らないことを考慮すれば億の現金を用意されても尚安いくらいに。けれども貴方が受け取ってくださるなら私も嬉しいわ。万が一また妙な力を使う者達に襲われたらなんの力も持たない貴方だとひとたまりもないでしょう? ……心配しているのよ」
「カオリナイトさん……」
この街、いいえこの世界はデスバスターズに狙われている。
ぐりおの話を聞く限りではそれ以前にも何らかの大きな組織に狙われていた節がある。
私自身も幾つかの情報を以前より得ていた。ダイモーンとは似て非なる超常の怪人というものなどがそれだ。
他にも十番街でのUFO騒ぎに怪物騒ぎ、私のように異能力を使う者達。第一にセーラー戦士のような星の守護者の存在。
平穏な世界にも目に見えぬ場所では大きな闇が幾つも広がっている。
「身を守る手段が有るに越したことはない、そうは思わなくて?」
発生を続ける特殊な事件。
警察も法も対処不可能なそれらを前に彼のような一般人など無力に過ぎる獲物でしかない。
少しでも防衛策を、そんな思いで私はこのブレスレットを送ったのだ。
「言われてみると多いですよね、特にこの十番街付近では不思議な事件が多発しておりますし実際僕もカオリナイトさんと二人して襲われました。それより前にもへんてこりんな怪物に襲われてセーラー戦士に助けていただいたことが」
「巻き込まれやすいということかしら」
「そうかも知れません。でもお陰さまでカオリナイトさんと出逢えましたから差し引きして余りありますっ、といいますか差し引きできないことですよっ!」
「ぐりお……」
「出逢えて良かった。僕はその一点を以て巻き込まれてきた意味はあったんだと考えますっ──!」
出逢えて良かった、それは私も同じ事。
手に入れてしまった幸せを、いま受けるこの愛情を失いたくはない。
「し、しかしできればもう巻き込まれない方がいいのですが……でも、巻き込まれちゃうことあったりするんでしょうね僕って……。なんかそういう星の下に生まれているというか」
「それならば尚のこと巻き込まれても大丈夫なようにそのブレスレットを身に付けてなさい。それに、恋人になってからまだ贈り物を差し上げていなかったからいい機会でしょう?」
同じ部屋・同じベッドで夜毎愛を交わし、ぐりおの熱い想いをこの身の奥深くに受けながら果て、身を寄せ合い眠りに就く。
朝の迎えは甘く蕩けるような口付けと共に、なにもない時の夜はやはり口付けを交わし穏やかな眠りの中へ意識を落とす。
精一杯の勇気を以て誘うのだろう彼からの申し出を受けデートも積み重ねながら、そうしてぐりおとの愛を育む私はまだ形としての贈り物をしていなかった。
「自分の身に付けていた品を愛する人が身に付けてくださる、それは貴方が思う以上に嬉しいものよ」
「それは、光栄です。大切にしますねカオリナイトさんのブレスレット、僕の一生の宝物に」
手首に嵌るブレスを愛おしげに撫でながら照れた表情で礼を述べるぐりお。
その一言だけで十分だけれど、壊してしまってもいいから身に危険が迫ったときは遠慮無く使いなさい。そのために渡したのだから。
「あ、はは、でも先を越されてしまった感が……これは、僕も早く決めなくっちゃ!」
喜んでいたかと思えば突然落ち込み続いて拳を握りだす。ずいぶんと忙しない百面相ね。
なにを考えているのかしら?
「決める? なにを決めるというの?」
「それは──あっ、い、いけませんいけませんっ! なんでもありませんよ本当に微塵もこれっぽっちもなーんにも!」
気にならないわけもなく、といって否定するところを見ると無理に聞き出すのもどうか。
「なにかありそうだけれど聞かずにおいてあげるわ」
「た、助かりますぅ……」
結局なにかはわからず終いだけれど、まあいいわ。
*
ほどなく注文していたフロートの浮かぶメロンソーダが私たちのテーブルに届く。
見るからに甘そうな緑色の液体に白い大きなバニラアイスが二つ入っているそれを注文したのは私ではなくぐりお。
「お待たせ致しました。御注文は以上で?」
「ええ──で、よかったのでしょう?」
運んできたウェイトレスの興味津々な様子が若干気に掛かる。
「そ、そうですこれだけです注文したのは」
大きめのサイズなグラスにやはり通常よりも多くの量が入ったメロンソーダにはストローが二つ、そしてスプーンは一つ。
“甘く蕩ける恋人フロート”
馬鹿者としか形容できない品名を冠したこのフロートは、他にコーラ・オレンジ・グレープなど多数の味があるようね。
ただし恋人限定商品、カップル客のみの注文しか受け付けていないため同名の商品を注文したテーブルには男女ばかり。
恋人に成り済ました友人同士で注文されたら困るだろう事請け合いな、品は大きく価格は通常サイズの半額以下という赤字の商品だ。
しかし年齢差のある男女となると間の悪いことに私たちだけだった。
注文がこれ“ひとつ”私たちの歳の差からまさかとでも考えているようね。
翻ってそういう間柄ならと好奇心を刺激されているといったところか。
好機の目を向けられることはあまり好きではないけれど、御想像の通り私たちはそういう間柄。
関係を偽る男女が興味本位で注文しているわけではなくてよ。
(だけどこうして好機や疑いの目で見られるのはけして気分のいいものではないわね)
あくまでも疑うのならその疑念を晴らしておく必要がある。
こういう場所においてはしたくなくとも確実に晴らせる行為を行うことで……。
「ぐりお、少し此方へ顔を寄せなさい」
「はい? ……なんでしょう?」
私は近付いてくる少年の唇を自らの口で塞いであげた。
「んんっ──?!」
重ねたまま唇だけを貪る。
「んっ……、んっ……」
舌を入れるといった行為こそ控えたが、嘘ではない本当の恋人客として確たる印象を与えるために粘膜だけを擦り合わせてしっかりと塗り込むように表面上のディープな口付けを見せつけておいた。
急な口付けは愛する恋人を瞬間湯沸かし器のように沸騰させていたが、疑いの目を向けられたままではデートの邪魔なので我慢して貰う。
「う、わ……すご──」
ウェイトレスは信じた様子だけれど、やはり見せるためのキスは嫌な物ね。
私の性格的にもこういった行為を面前で行うのは好きではない。
(もう十分かしら?)
いいと判断したところで唇を離す。
解放してあげた少年は真っ赤になって固まったまま身を乗り出す姿勢のまま動かず、再起動を促す意味で私はフロートにスプーンを差し手ずから食べさせてあげた。
「さぁ口をお開け」
開いたままだった口にバニラの載ったスプーンを差し入れるとパクッと閉じてアイスだけが咀嚼される。
ぼうっとしているときは予想外の行動を咄嗟に起こしていることがあるので注意しておかなければならないが少なくともいまは大丈夫な様子だ。
「どう?」
「あ、甘い……です」
(二つの意味が含まれていそうね。フロートと、そして私の唇)
直接聞けば私の唇の方がと口走るだろう。
二人きりの場所でなら口移しでアイスを食べさせてあげてもいいがさすがにこんな所では御免だ。
「貴女いつまで此処に居るおつもり?」
「え?」
呆けた様子で着席しつつ私の顔の斜め上に視線を向けながら口だけを動かす彼を横目に、私は注文を持ってきたまま彼と私を見比べているウェイトレスに告げた。
「聞こえなかったの? 注文は以上よ」
「は、は~い、ごゆっくり~……」
ウェイトレスが去っていくのを尻目に私はグラスのストローに口を付けた。
「ぐりおも早くなさい」
「……キス、キスしました……よね?」
「疑いを掛けられているようだったから仕方がないでしょう? それよりも早くしなさい私一人で飲んでしまうわよ」
「は、はい……では一緒に」
邪魔者が消えて二人となり、私はぐりおと目を合わせながら視線だけを熱く絡ませながらストローを吸う。
(甘いわね、メロンソーダ……)
口の中に広がるメロンの味。けして本物ではない作り物の味ながら不思議と格別に美味しく感じる。
(一つのグラスを隔て見つめ合いながら飲んでいるから余計にそう感じるのかしら)
頬を赤く上気させた彼も同時に吸い始め、グラスの中で交差した二本のストローは緑一色に染まっていた。
*
“甘く蕩ける恋人フロート”
恋人限定、期間限定のサービスメニューを注文したそのカップルに私は呆れてしまった。
「あれのどこがカップルなのよ」
関係を偽って注文する客は他にも居るから一組を論い注意するのも気が引けるけれどさすがに“そのカップルだけは”なかった。
歳が離れすぎているのだ、どう見てもちっこい男……男の子の方は中坊くんで、女の方は二十後半は行ってそうな容貌。
世間には歳の差カップルなんて腐るほど居るからそういったカップルが居ても変じゃないとは思う。でも、釣り合いというものがあるだろう。
ボサボサ頭で丸顔のぐるぐるした瓶底眼鏡を掛けたオタクっぽい感じの中坊と、一部を編み組にした髪で大きめなポニーテールに纏めた鮮やかな赤いロングヘアに長身のモデル体型で同性から見ても美女としか形容できない女。
こんな二人が恋人だと言われて誰が信じるというのだろうか。不釣り合いにもほどがある二人組は姉弟や親子ではなさそう。
姉弟にしてはまったく似ていない、親子にしては歳が親子間というまで離れているとも思えないしやはり似てないというのがネック。
どんな関係かは与り知らない、ただ注文してきたのが中坊くんの方だから大方女の方に無理言って安く多くな“甘く蕩ける恋人フロート”を頼んだのだろう。
ちらちら見ていたら仲は良さそう。女が中坊くんに微笑みかけたり、中坊くんがなにか熱く語っていたり、よくわからない二人組だ。
そんな二人の所に注文を持っていく。
「お待たせ致しました。“甘く蕩ける恋人フロート・メロンソーダ”おひとつ……御注文は以上で?」
以上もなにも擬装カップルがこんなもの頼むんじゃないわよ。
そう思ってると女の方が中坊に訊ねていた。
「ええ──で、よかったのでしょう?」
傍で見ると悔しいくらいの美人さんだ。
手触り良さそうな長く艶々した赤い髪、形のいい細い眉に整った目鼻立ち、厚い唇は蠱惑的で真っ赤な口紅が似合いすぎ。
胸もなんとまあおっきいしなにがつまってんのそのデカさは。
全体的に冷たそうな雰囲気を感じるけど間違いなく絶世級の美女だ。
時々頬に手の甲を当てて笑ったりしていたがこれほどあの手の笑い方が合う女性も珍しいと思う。
彼氏居ない歴=年齢の私にその美人度数の一割ほど寄越せと言ってやりたい。
続いて訊かれた中坊くんが照れながら返してきた。
「そ、そうですこれだけです注文したのは」
あくまでも恋人であると押し切るつもりらしい。
無理有り過ぎ、こんな美女と恋人とか無茶言うなんて身の程を知りなさいよ中坊くん。
これ、出入り禁止リストに挙げておくよう店長に注意しておかないといけない?
と、そのときだった。
「ぐりお、少し此方へ顔を寄せなさい」
女が中坊くんにそう言うと。
「はい? ……なんでしょう?」
彼は身を乗り出し顔を寄せていき。
女もすっと席から腰を浮かせて中腰になる。
そして──
「んんっ──?!」
女が中坊くんの唇を塞いでしまったのだ。
(えええ~~~~~~っっ!?)
つまりキスをしてしまった、私の見ている前で。
「んっ……、んっ……」
触れ合う唇が動かされ、女は中坊くんの唇を噛むように啄んでいる。
時折くちゅっ、くちゅっ、と濡れた音が聞こえるほどあからさまなキスを私に見せつけるように行う。
っと、いうか……な、なんでこんな美女がぐるぐる眼鏡のオタクっぽい中坊とこんなキスをして……ま、まさかマジでっ、マジで恋人って事!?
「う、わ……すご──」
女は陶器のように滑らかな白磁の肌……頬を目元を薄い朱に染めながら目を瞑ったまましっかり唇を付け中坊くんの顔に手を添えて、中坊くんはテーブルに付いた手を動かすことなくされるがまま顔を真っ赤にして。
最早年齢や容姿を抜きに見たその感じは仲睦まじい恋人同士のじゃれ合いにしか見えない。
うん、たぶん、本当に恋人なんだと思う。どう考えてもそれしかない、信じられないけど。
な、なんか私まで変な気分になってくる。
美女と野獣というより、美女とペットみたいに見える二人組が人目も憚らずにこんな……。
やがて女は何十秒か塞いでいた唇を静かに離した。
「さぁ口をお開け」
そしてスプーンでフロートの一部をすくい取り硬直したまま動かない中坊くんの口に差し入れて食べさせていた。
「どう?」
「あ、甘い……です」
甘い……確かに甘いわよあんたたち……。
見ているこっちが砂糖吐きそうなくらいに駄々甘じゃない。
ここまでやられたらもう恋人以外の何物にも見えない……。
「貴女いつまで此処に居るおつもり?」
「え?」
美女とさえない中坊くんの恋模様、その一端を見せつけられて呆然と立ち尽くしていた私に女の声が飛ぶ。
「聞こえなかったの? 注文は以上よ」
「は、は~い、ごゆっくり~……」
注意を受け慌ててテーブルから離れた私がカウンターまで戻ったところでもう一度様子を窺うと、あの美女と中坊くんはストローを咥えて一つのグラスを二人で仲良く飲んでいた。熟れたトマトな中坊くん、頬だけがほんのりと赤らむ美女、見つめ合いながら唯々幸せそうに飲んでいた。
「……はぁ」
世の中、不釣り合いとしか思えないような恋人も居る。
美女と中坊くんの注文が真実正しい注文だったと理解させられた私は見掛けで客を判断することの危うさをこの一件で学びました。
以後、気を付けます……。
出してほしいキャラは誰ですか?本当はもっと書きたいですデマンドとかちびうさとか(期待に応えられるかは分かりません)
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カオリナイト
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海野ぐりお
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ユージアル
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天野ぐりかず
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地場衛
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月野うさぎ
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ネフライト様
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大阪なる
-
テルル
-
ビリユイ
-
シプリン
-
プチロル
-
水野亜美
-
浦和良
-
火野レイ
-
木野まこと
-
愛野美奈子
-
天皇はるか
-
海王みちる
-
冥王せつな