罰と救いの夜から
身も凍りつくような寒い寒い夜。窓の外とは文字通りの別世界である金田一家の暖かい部屋には、一組の男女の姿があった。
一人はここ金田一家の長男にして、あの名探偵金田一耕助の孫である金田一一。
冴えない風貌に肩まで伸ばした長髪を首の後ろで一つに纏めた髪型が特徴的なこの少年は、普段は抜けた処もある物の、いざとなれば名探偵であった祖父に負けず劣らずの推理能力を発揮し数々の難事件を解決に導くほどの明晰な頭脳の持ち主である。
そんな彼が心から大切にし寄り添っている相手は、蠱惑的な厚ぼったい唇に、腰よりも少し上くらいまで届く長い黒髪の女〈ぱとりしあ〉。
本名を金田一奈々──旧姓を浅香といって、一年と少し前、雪の吹き荒ぶ山形県のロッジ・シルバーウッドで開かれた〈電脳山荘〉という名の、ミステリーを題材とする愛好会のオフライン・パーティーにて起きた殺人事件の折に、はじめと出逢い、彼に助けられた女性であった。
因みに〈ぱとりしあ〉というのはパソコン通信に於ける奈々のハンドルネームだ。
彼女自身も己が愛称としている名であったが、事件で多くのメンバーが殺害され〈ぱとりしあ〉の名を使用していた愛好会自体が自然消滅してしまった為に、今でもその名で彼女を呼んでいるのははじめ唯一人となっていた。
尤もそのはじめも〈ぱとりしあ〉と呼んだり“奈々”と本当の名前で呼んだりと、彼女への呼び方が〈ぱとりしあ〉一辺倒であるわけでもなかったが……。
なぜはじめが今でもそのハンドルネームで呼んだりするのか?
それは二人が出逢ったあの日に……、あのロッジ・シルバーウッドのコテージで過ごした熱いひとときの最中に……、その名で彼女を呼び続けていたが故のこと。
始まりの印象という物は頭で考える以上に強く根付く。〈〈ぱとりしあ〉〉という架空の名を彼女の愛称とするには充分すぎる程に、その夜の融け合いは深く心の奥へと刻まれている。
はじめはもちろん。断罪と救い、二つの意味を持つその行為を受け入れた側である奈々にとっても……。
あの日。不幸を絵に描いたような転落人生を送っていた奈々は、自身が借りていたロッジ・シルバーウッドのコテージにて、電脳山荘メンバーに対する連続殺人事件を引き起こす切っ掛けとなった罪をはじめに告白し、自らの罪を自覚しながら自暴自棄となっていた。
「穢れた女」
「死んでも良い」
「殺されて当然」
唯ひたすらに自らを卑下する彼女は、しかし自身を卑下する彼女の姿勢や生き方をこそ「間違っている」と憤り、彼女に生きていて欲しいと望むはじめに、その言葉が偽りではないという証として抱かれる事を望む。
そしてその望みを受け入れた彼に……、己の命も心も共に救ってみせると決意した金田一一という少年に……。
浅香奈々という女は……抱かれた──。
あの日、あの雪深き山荘の一つのコテージで、女は声を上げていた。
『あっ……はアアっ!』
密やかにして艶めかしい声を。
一糸まとわぬ姿で床へ寝かされ仰向けのまま、逞しき剛直に貫かれながら。
歓喜と贖罪の声をただひたすらに零していた。
『あっ……、あァっ……』
深く刻み込まれるような、それでいて労るような。
優しいその抽挿に沸き上がる甘く切ない感情は、己が身体に断罪と救いを与えてくれる少年へと向けられる。
『あっ……、はう……、きんだいちっ……、くん……っ!』
最奥へと挿入されることで密着した下半身。触れ合う肌のその温もりを感じながら、注がれ来る熱い迸りを受け入れていく。
望んでそうなったとはいえ、自分などどうなってもいいという奈々に「現実から逃げるな」とでも言わんばかりの深い交わりを持って応えたはじめの真剣な思い。
その思いは一度目の行為を終えたその直後に続けて迎えた二度目には、更なる優しさを伴って彼女を柔らかく包み込む。
ときに優しく。
ときに激しく。
繰り返される罰と救いの時間に、彼女はただその身を委ねていた。
『はっ……、あ……ぁぁ、うっ……ぅぅ……ン!』
一糸纏わぬ姿で重ね合う素肌。
人肌がこんなにも心地良い物だと感じるのはこれが初めてのことだった。
『くぅっ、あっ……ァァン……っ!』
身体の奥深くにおいて一定の律動を刻むのは雄々しくて逞しい彼の猛り。
確かに感じる壊れ物を扱うかの如き優しさに、彼女はただ切ない声を上げ続ける。
『〈ぱとりしあ〉さんは、確かに間違ったことをした……』
『あっ、あ……、はァっ……ァ、あっ……、んっ……』
『でも、罪を悔いる気持ちを持ってるんだ……、そんなあんたが穢れているだなんて……、俺には思えない……』
温もりを与えてくれるはじめよりの語りかけ。
『だから……、そんな〈ぱとりしあ〉さんとこうして一つになって……、深く触れ合うことが出来て……、俺は、嬉しいよ……』
穢れていないのならば抱けるのかといった己からのその問い掛けに、抱けると答えて言葉通りにこの身を抱いているくれている彼よりの、思い遣りの言葉。
一度目はそれを語ることなくただひたすら抱くことのみに終始した彼は、程なく始められた二度目となるいまこの時に、再び繰り返し伝えてくれた。
『きんだいち……、くん……、あたし……、あっ、あた、しはっ……』
その一言一言に、彼女の心は救われていく。
『なあ……〈ぱとりしあ〉さん……。俺は今……、あんたを抱いてる……。あんたとこうして、交わってる……。身体の奥まで一つになって、あんたの中に……俺の総てを解き放ってる……』
『ん……、わかる……わかる、わ……。あついのが、でてる……、金田一くんのが……あたしのなかへ……っ、入ってくる……のが……っ』
身体の奥まで入れられた彼の猛りと、言葉通り胎内に溜められていく精の温もり。
『これが現実だ……、これが……現実なんだ』
『はあっ……、あっ、あァッ……!』
優しく大切に抱かれ行われる膣内への射精の合間を縫って重ねられるのは、穢れてなんか無いと言い続けてくれたその唇。
『んちゅ……だからもう、逃げるのは、ん……やめて、さ……』
唇を重ねられても尚止まらないその言葉と腰の動き。
入り来る彼のねっとりと濡れた舌に、自らの舌が絡み取られて。
『んっ……、んんっ、んうっ……』
深い突き込みによる快感と、緊張を敏感に感じ取り収縮する襞が、身体の奥まで入り込む逞しい猛りと更に強くこすれ合う切っ掛けを作る。
『はむッ……んう……』
髪に胸にと、身体の隅々までを愛撫され。
『ん……、これからは……、現実で……生きるんだ……、つらくても……嫌でも……、現実で生きていかなきゃ……ダメなんだ……』
『あッ……あッ……ぁァッッ、ッ…………』
『つらいなら、逃げたくなったなら……、また俺に言えば……いいじゃんか……、相談に乗るし……、〈ぱとりしあ〉さんが望むなら……、こういうことだって……』
深く、甘く、熱く、切ない。
幾度かに渡る交わりと。
『しっかり生きよう……、こうやって……抱く前にも……言ったけど、さ……、〈ぱとりしあ〉さんが死んだりしたら……、俺は……、悲しいよ……』
『あッ……っッッ……き、きんだいちっ……、きんだ、いち…………く……ッ、あたッ……あ、あた……しッ…………ッッ、こわい、のっ……、ひとりで……生きるの……っ、こわい……の……、 あっ……アアっ……ァっ、アっ……、まっ、また……、あうっ……、あんな生活に……戻る……の……は、……いっ……イヤ……なの……っ』
『そっか……、そうだよ、な……、それじゃ、さ……、一人じゃ辛いなら、俺が……俺が〈ぱとりしあ〉さんのところへ……、会いに行くよ……、俺がいつでも……会いに行くから……、 一緒に出掛けたり……、話しをしたり、さ……、とにかく……、一歩一歩……、前を向いて……歩いて……、生きて行こうぜ……』
生きよう。しっかり前を向いて歩こう。電脳の世界へ逃げるのではなく現実で生きよう。
一人で生きられないのなら俺が支えになるから。一緒に生きて行こう。
そんな優しくも厳しい救いの言葉を伝えられながら。
奈々は、はじめに抱かれ続ける。
*
奈々の膝を抱えながら再びの性交を行うはじめも、彼は彼で思うところは大いにあった。
安易な死を口にする浅香奈々というひと。
共謀の末に人ひとりの命を奪っておきながら、今度は自らの命までをも軽んずる。
もちろん投げやりで自嘲気味なその様子から本気で死のうとも殺されてもいいなどとも考えていないのは分かる。
現に其れを証明するかのように彼女は、電脳山荘のメンバーへ死を運ぼうと忍び寄るトロイの木馬に脅えきっていた。
(〈ぱとりしあ〉さんが死んでいいはず……ないだろっ)
いま、こうして彼女を抱いているのは、浅香奈々という女(ひと)の命も大切なのだと証明するため。
命を軽んずる彼女に、命の大切さを伝えるため。
穢れた女だと自分を蔑み、どうなってもいいと自暴自棄になってしまった彼女を救うため。
はじめは優しく腰を打ち付けながら、想いを伝えるかのように語りかける。
『〈ぱとりしあ〉さん……、俺は、幸せだよ……、俺は、うれしいよ……』
しっかりと、確実に。彼女の奥まで、心まで届くように。
抽挿を続けながら言葉を重ねる。
『あんたと出逢って……、こうして……、こうして抱き合うことができて……さ』
『あっ……あっ……、きんだ……いち……、くん……っ』
人との出会いは嬉しい。
出会った人と語り合えるのはもっと。
人生で初めて行うセックスは気持ちが良いし、悦びを感じていたが。
それよりももっと大切な、人との出会いと触れ合い。
彼女との語らいがはじめには嬉しかった。
『あ……、あ、たし……、あ……っん!』
はじめは、そんな彼女との出逢いを悦びながら深く、彼女の身体の奥まで己を入れて、精を解き放つ。
どくん──っ。
『ああっ──!』
『こうして……、〈ぱとりしあ〉さんと一つになれて……さ』
ぐっと、強く腰を押し出して奈々の股間と自分の股間を隙間無く重ね合わせたまま、彼女の中へ精を注ぎ続ける。
繰り返される同じ言葉と、繰り返される射精。連動するように行われるそれらは、彼女の心(なか)へと染み込んでいく。
『過ちに気付いて悔いる……そんな、穢れてない〈ぱとりしあ〉さんだからこそ……っ、俺はっ……生きて、罪を償ってほしい……っ』
どくんっ──、どくんっ──。
『あァァァァ~~~っ!!』
精を受け入れさせながら。
彼女を絶頂へと導きながら。
繰り返し伝える。
『生きているから……、生きているから出逢えて……、生きているから……抱き合える……、俺……俺は、さ……っ、俺はもっと、もっといっぱい……〈ぱとりしあ〉さんと抱き合いたいよ……、いっぱい話して……、一緒に気持ち良くなって……、もっと、仲良くなっていけたらなって……そう、思ってる……っ』
別にセックスが目的ではない。これが最初で最後の奈々とのセックスだとしても、それならばそれでかまわない。
そもそも彼女とは特別な関係ではなく、昨日今日知り合ったばかりなのだから。
これはあくまでも偶然で、あくまでも心を救うためで、彼女の命が大切で、彼女が穢れた人間ではないということを証明するための行為に過ぎず、過分な意味を内包しているわけでもない。
ただ、こうしてせっかく知り合えたのだ。
知り合えたというのに死んでしまう、それはとても悲しいこと。
『死ぬなんて、悲しいこと言わないでくれよ』
『あ……っ、ぁぁ……っ』
彼女の瞳は潤み、性の交わりによる生理的な涙が止め処なく流れている。
乱れた長い髪が、優しくも激しいセックスをしているのだということを思わせた。
はじめが抱え持つ膝の部位よりも先の両足が硬直して伸びきっている。
ぴくっ、ぴくっ、と、痙攣する両足は、彼女自身の絶頂と、子宮に注がれるはじめの精の熱に反応してのもの。
『あ……っ、あた……し……、ああっ……きんだいち……くん……』
自分の精を注ぎ込んでいる奈々の瞳と視線が重なる。
床に投げ出されたままの彼女の手がはじめを求めているのか彼の方へと伸ばされた。
はじめは伸ばされた手ではなく、彼女の身体の方を抱き起こす。
手を繋ぐのではなく、全身で感じ合うことで彼女が一人ぼっちではないのだと教え諭すように。
『……』
『……』
真正面から無言で見つめ合い、そして互いの身体を抱き締めた。
火照った身体、上気して紅色に染まる頬。
額には汗が浮かび長い髪は乱れている。
『〈ぱとりしあ〉さん……駄目だよ、死ぬなんて言っちゃ』
はじめは奈々の背に回した手で彼女の乱れた長い髪を撫でる。
慈しみを込めて、愛撫する。
『ん……』
髪を撫でられるのが気持ちいいのか、奈々は頬をぴたりと合わせて擦り寄せてくる。
『きんだいちくん……きんだいちくん……』
『〈ぱとりしあ〉さん……』
そのまま名前を呼び合い、頬を擦り寄せ合いながら、やがて唇を重ね合わせた。
『んっ……っぅん……、あむっ……ん……っ』
はじめは彼女の唇をこじ開けて舌を差し入れる。そして彼女の舌に絡めて唾液を送り、呑ませる。
反対に彼女の舌もはじめの口内へ入り、お互いに舌での応酬と深く濃密な接吻を暫しの間繰り返していた。
*
『ァァァァッッ──────!!』
奈々は幾度もの絶頂を迎えていた。
──ー
幾度もの絶頂と。注がれる熱い命の源。
あたしを想ってあたしを抱いてくれる金田一君は、あたしに精を注ぐことで命の大切さを、生きる事の尊さを教えてくれている。
『ああっ……、ああっ……』
昨日今日知り合ったばかりの金田一君に抱かれるなんて思いもしなかった。
穢れていないと思えるのなら抱いて見せてよ。
そんな無茶苦茶な挑発と自暴自棄になったあたしに、金田一君は、ただただ真摯に応えてくれた。
『あっ……あっ……ァァ……っ』
金田一君は優しく抱いてくれながら、あたしと出逢えた悦びを伝えてくれる。
あたしと一緒に生きてくれるという、まるで愛の告白のような言葉をくれた。
あたしは嬉しかった。こんなどうしようもない女の傍に居てくれるという彼の言葉が。
このロッジに迷い込んできた彼、接している内に時を置かず分かったのはその誠実さ。
誰もが自分を偽って、誰もが騙し合っている中で、彼だけは違った。
生きてきた碌でもない人生、漫画家なんて嘘、本当はただのクラブホステス。
嫌な現実、見たくない自分。
逃げて逃げて、果てはあんな事までして。
全てをさらけ出したあたしを、それでも金田一君は抱いてくれた。
『あっ あっ……、あ……ぁぅぅっ』
あたしは知らずのうちに自然と金田一君を求めていた。
直接的には伝えなくとも、言葉や態度でメッセージを送り続けていた。
ただ一人、信じられる彼に。心から信用できる人だと確信した彼に。
それが届いたのだろうか? コテージに籠もって震えていたあたしに彼は会いに来てくれた。
なにかあってからでは遅いと。
あたしを心配して、会いに来てくれた。
そしてあたしたち【電脳山荘】が犯した、ううん……あたしが犯した過ちを知っても、彼はあたしを……。
こんな、こんな誠実で信じられる人と、もっと早くに出会いたかった。
人生を踏み外してしまう前に。
過ちを犯してしまう前に。
逃げてしまう前に。
『あっ、はあっ……! あっ……ああっ……っ!』
だけど金田一君は応えてくれる。
まだ遅くない。
罪と向き合って罪を償い生きて行くその支えになる。
そう言って真っ直ぐあたしを見つめてくれた。
どくっ……、どくっ……。
また熱い精が注がれてくる。
あたしの胎内に金田一君の精子が溜まっていく。
温かい……、とても温かい……。
あたしを想い抱いてくれる彼の精の温もりが、あたしの心の奥深い場所にまで届いているような。
『ああ……あ……っ』
あたしは金田一君の腕の中で何度も果てる。何度も、何度も終わりなんて無いかのようにいつまでも。
そうしてまたキスをされて、再びの性交を行われた。
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奈々の心に癒しをもたらした懺悔と救いの熱い一夜。
黒く淀んだ灰色の心は、身体の中に解き放たれる熱く真っ白な彼の存在その物によって、総て洗い流されていった。