将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
海軍大本営本署…一ヶ月毎に各鎮守府に配属された提督達が一同に会し、意見交換等と言った近況報告や大本営からの作戦指示が提示される事となる。
提督「おい…見ろよアレ」
提督「アレか…恥晒しの提督は」
影口、冷ややかな視線、異物を視る目。アキラも当然の事ながら提督としてこの場所に報告へ来た。立っている事すら嫌気が刺す。一刻でも早く帰りたい…そう思った。
提督「お前かぁ…新しい華裏鎮守府の提督は」
アキラ「…そうですが、如何致しましたか?」
その男が手に持っていたコーヒーが突如、アキラの顔に掛けてきた。煎れたてと思われるそれを食らい、白の軍服には黒の半纏が滲み込んで、汚れてしまう。
提督「お前には。その汚ならしい服がお似合いだ」
嘲笑。…嘲笑。嘲笑の波紋。頬に焼け付く痛みを堪え、奥歯を噛み締め、屈辱を。怒りを。彼はひたすらに飲み込んだ。
全ては吹雪達を護るために。
* * *
ホール内は既に多くの提督達が席に着き、報告会開始を待ち望む。アキラも入室するが当然の事の様に、彼の席は無く、その上資料も無い。
加えて他の提督達の視線も刺さり、居心地は最悪。胸糞悪い状況。
アキラ(華裏鎮守府の扱い…予想していたが、これ程とはな)
大多数を前にして、改めて思い知る実態と現実。己の冤罪等、大本営の権力を前には木片同然だという事に。
男「静粛に」
ダンダンと、ざわめきを沈黙させる槌の音。提督達の視線は壇上に向けられ、話し声が嘘のように鎮まり反る。
男「これより、第百七十九迴海軍大本営戦略報告会を開始致します。先ずは…海軍総大将・神坂 佑真(かみざか ゆうま)殿より、提督の皆へ挨拶が有ります。
心して聴くように!」
コツ…コツ…コツ…と、静寂に響く靴の音。
壇上に現れたのは白い髭を生やす齢六十代の軍服に袖を通す、身長百八十八は有ろうガタイの良い男だった。
神坂「小笠中将ありがとう。そして此処に集まった提督諸君、皆良く頑張った。皆それぞれの出来る事を行い、その結果、我々は西部海域のウッド島に鎮座した離島棲姫を打ち倒し、制海権及び制空権の奪還に成功。
この勝利は諸君の尽力が無ければ出来ない勝利だ。皆には心より感謝している。本当にありがとう!
今後とも皆の活躍を心より期待している」
総大将自らのありがたい激励に、提督一同起立と共に右手での敬礼を行う。無論アキラも提督である以上、周りに合わせなければならない。
小笠「神坂総大将からのありがたい御言葉でありました。続きまして…」
* * *
報告会はその後、何事も無く進行。ウッド島の攻略に於ける大きな功績を挙げた提督達に勲章が贈呈され、盛大な拍手と称賛を以て祝福された。その中にはアキラが一番先に攻略したウッド島・第一海域と第二海域も…。
だがそれは、大本営の権力で隠蔽と書き換えが行われ、華裏鎮守府は何も戦果を得られなかっただけでなく、作戦そのものにすら参加していない扱いとされたのである。
「やはり華裏は使えねぇや」
「あんなんにだけにゃあ、なりたくないな」
提督達の嘲笑と侮蔑の視線と声が、アキラの耳には良く聞こえる。それでも彼は耐えるしかなかった。
必ず自身の冤罪を晴らし、華裏鎮守府を大本営に認めさせ、彼等の評価をひっくり返す為に。
* * *
アキラ「…やっとか」
報告会は閉会し、アキラは足早にホールを後にする。他の提督連中に絡まれれば、間違いなく無茶苦茶な要求を嫌々飲まされる。その判断は間違いではない。
「おいおいちょっと待てよ。華裏の提督さんよぉ」
が、そんなに上手く事が運ぶ訳も無く、彼は数人の提督に絡まれ進路と退路を塞がれ、人気の無い場所へと連行された。
「今俺達さぁ。資源に困ってるんだ。取り敢えず、各資源30000ずつ、今すぐに渡して欲しいんだわ」
またこれか。おそらく大型艦建造で浪費したのはまず間違い無い。後はウッド島攻略で失われた資源をリカバリーしたい連中…このくらい。
はぁ…と溜息を付くと右横の壁が蹴られ、大きな音が鳴り響く。
「四の五の言わずに今すぐ出せや。ハッキリ聞き取るまで帰らすつもりはねぇぞ」
中学時代に何度も経験した、典型的ないじめの形。数と脅しで弱者を屈服させ、その姿を写真等に納め、更なるいじめへ発展させる。その弱者も言い返す力の無い、非常に大人しい子が狙われ、精神も心もズタズタに傷付けられ、涙する。
自分自身もそのいじめによって、深く傷付いた人間の一人。だからこそ…
アキラ「提督殿は随分と切迫している御様子で。しかしそれは普段からの艦隊運用に問題が在るのでは無いのでしょうか?」
「何が言いたいんだ?オイ」
アキラ「ハッキリ言いますと…
貴殿方では艦隊運用の素質は、皆無であると申し上げたいんです。一から海軍学校で学び直してこいよ。
親の脛かじりの御坊っちゃん共が」
完全に喧嘩を売った。まぁ事実を言っただけの事、後悔など更々無い。
直後、胸ぐらを掴まれて俺は殴られた。
「パパを馬鹿にするなよ!お前なんか、今すぐに首を飛ばせるんだぞっ!」
使者の時といい、奴等は無抵抗の人間を痛ぶる事でしか怒りを張らせないのかと、ただただ疑問に思う。それとお前らの親を馬鹿にした覚えは一切ない、お前が取り違えただけだろうが。
一時間…くらいだろう。リンチが続き、疲れ果てた奴等は帰って行った。
俺はというと、この通り。全身鈍痛を感じないくらいまでボコボコに殴られ、蹴られた。
正直、今は立ち上がる事さえ困難で、地面に突っ伏して首が横にやっとこさ回せる状態になるまでやられた。
アキラ「駄目だな…動けねえ、や…」
動けるまで、このまま伏すしかない。自分の体力の無さを憎みたいと心底思った。
???「アキラ…?」
聞き覚えのある声。懐かしい…確かに俺は、この声を主を知っている。
???「お前…アキラか!?どうしたんだよ、ボロボロじゃないか!!」
壁に凭れ掛けられ、その顔を見れた。思った通りだ、彼以外心当たりは無いのだから。
アキラ「…よぉ、真守」
海軍士官育成高等学校第八十期の同級生。俺よりも人望、頭脳、人柄に恵まれた男。二階堂 真守、その人だ。
真守「よぉ、じゃねぇよ!何かされたのか!」
アキラ「ちょっと…な。鎮守府が既に背負っていた資材や資源の負債を肩代わりされて、今必死に返しているが、正直足りずにいる。
それと、別に真守に助けを求めて言ったんじゃない。半端な覚悟で手を出したら、お前も漬け込まれるって忠告したかった」
俺は真守という人間の良い所を良く知っている。困った人を絶対見捨てない、ほっとけない、優しすぎる人間だという事を。
だからこそ巻き込む訳にはいかない、華裏鎮守府という大本営…いや人間に潜む暗黒面に。真守には綺麗な…光の道が似合うから。俺の為にそれを棒に振って欲しくはないのだ。
真守「アキラ…」
アキラ「早く離れた方が良い。…俺といる所、誰かに見られたら、お前が損するだけだ。
俺は大丈夫、…行ってくれ」
真守がどんな顔をしたのか。どんな思いで此処から立ち去ったのか…俺には一切分からない。
これで良かったと、俺は心の底から思えたんだ…
* * *
某鎮守府内部、執務室…
???「ふむ…報告御苦労である。して、華裏鎮守府(私達の餌場)の様子はどうだね?」
提督椅子に乱暴に腰掛ける男の姿あり。部屋は薄暗いが数人のシルエットが其処に存在し、一人は彼の横に、残りは彼の前に居る。
???「問題ございません。奴等の戦果は我々の情報操作で他の物達に振り分けは滞り無く完了致しました。奴等の情報等、優秀な工作員により筒抜け同然ですからね」
???「今後とも奴等には、大本営…いや、我々に良き戦果を与え続けて貰わねばなぁ…!」
狂気と陰謀、策略が華裏鎮守府を蝕み、財力を絞り取り、生死与奪の匙を振るう。
狂喜の笑いが防音の部屋に響き続ける…
* * *
苦しめ…苦しめ…!
役立たず…!人として恥ずかしくないのか…!
お前の食い物?ねーよ!
ぎゃははははははははははははははははははははははははは!!!!!!
アキラ「……………………………」
鈍い痛みで俺は静かに、ゆっくりと、重々しく目を覚ました。目に映るのは日を浴びず、しっとりとした冷たい地面と、目一杯に背伸びするヌカススキの姿。
どうやら真守に壁に凭れ掛けられた後、疲労とダメージが重なって寝落ちた…らしい。
嫌な夢を見た…。それもかつての自分が経験した中で最も苦しみ、悲しみ、自失を植え付けられた頃の、二度と思い出したくない忌々しい、俺にとって最低最悪の記憶。
アキラ「くそっ…たれ」
痛み残る身体を起こす。鞄と金銭は無事だったのが不幸中の幸いだった。空はまだ少し暗くて、星と明けの明星が仄かな淡い光を放ち、静寂の夜空を瞬く。
夜が明ける…きっと吹雪達も…
アキラ「………あれ」
泣いていた。傷付いた頬を伝い、滲みて、零れて、落ちた。
朝方の露のように、繊細で、自然で、綺麗な、雫が。
アキラ「何で…何で、だよ…」
どうして泣いている…?彼女達に会えないから?自分の非力さと弱さに心が撃ち蔆がれたから?
多分どれも違う。でも…同時にどれも正解なんだ。
アキラ「…帰らなきゃ」
今の俺には必要としてくれてる仲間達が居る。俺が居なくなったら彼女達はどうなる?
アキラ「俺は…こんな簡単には折れちゃいけない」
自分を励まし、自分を鞭打ち、華裏鎮守府に向かうフェリーへ乗るため港を目指す…。
* * *
「華裏島へ向かうんだね?」と運転手が帽子をクイッと挙げて、此方を横目で見る。黒髭がダンディーな三十代程で眼鏡を付けた男性。
アキラ「はい」
男「という事は、君が新しく着任した提督さんか。御苦労です」
どうして知っているのですと尋ねると、同業者から教えて貰ったと帰って来た。成程…あの時のフェリーの人からか。
男「…差別、受けてるみたいですね」
彼はアキラに、華裏鎮守府に着任した提督達の話をしてくれた。地位的暴力(パワハラ)と無茶な命令で心が窶れ、精神を壊され、終いには人知れず消えていった事実を。
男「あの鎮守府は、日本の。いいえ、世界の闇の一部にしか過ぎないんでしょうね…」
アキラ「……人は常に孤独なんですよ。共通の敵、弱者、障害を設けて、標的として定めて、やっと纏まれる。だけど俺は、いじめの根本には心があると思います」
男「心…ですか」
アキラ「誰かを思いやる、その人の立場に自分を置いて考える…ふと意識すれば、簡単に出来る優しさ。
子供の頃は普通に出来ていた事が、今では出来なくなっていたり。
良くも悪くも、心の持ちようで人間は、善人にも…悪人にもなれる…なれてしまう。そうゆう生き物なんでしょう」
男「提督さん…負けないでくださいな」
アキラは「…はい」とだけ答え、海を走るフェリーの外の景色を心無しに眺めた。水平線に朝日が昇り、また今日という一日が幕を開ける…
* * *
鎮守府に帰還した俺は、大淀さん達に運ばれて、まず艦娘達と同じ風呂へ放り投げられた後、人体用にチューニングした高速修復材を頭からぶっかけられた。これを作ったのは、明石さんと夕張さん。
どうやら華裏鎮守府のヒキニートと呼ばれているそうだが、腕は立つらしい。
人体用に調整されただけあり、全身の打撲傷はみるみる内に痛みが退いて、体が軽くなる…のだが、後々副作用でズタズタにならないのかと不安になる。
そんな此方の不安など露知らず、白いタオルを身体に巻いた大淀さんが風呂場にやって来て、背中や胸、足をごしごしと垢擦りしてくれた。
…献身的な事は嬉しいが、彼女と居るとあの夜を思い出して、全身が沸騰するほど熱くなる。
気にしないでと彼女は言うが、形はどうであれ責任は取るのが道理だと思う。
* * *
吹雪「そんな事が…」
昨日の大本営であった、自分達は作戦に未参加にされた事、戦果は他の鎮守府に横取りされた事を伝えると、皆険しい顔をした。
最難度の甲作戦に挑まされ、やっと手にした情報と戦果を根こそぎ奪われた挙げ句、作戦参加リストからの抹消、苦労に全く合わない結果を強要される。
下劣な大本営の差別にやるせない…怒りやらの気持ちを抑えられるわけがない。
摩耶「くそが…!!!」
天龍「今すぐ奴等の首を落としてぇ…」
加賀「…頭にきました」
アキラ「気持ちは分かるが今はその時じゃない、焦るな。必ず好機は訪れる」
皆を宥め、落ち着かせ、話が出来るように鎮めた。
沖波「…司令官さんの仰る通りです。今はまだ大本営の不正や、私達に負わせてきた無理な命令等の確たる証拠はありません」
鳥海「海軍大本営総本部に通じるパイプが有れば、証拠や証言も得やすいはず…」
金剛「まぁ…それが有るなら苦労はしまセーン」
前途多難…やる事は分かれど、まだまだ障害が立ち塞がり、彼等の行く手を阻む。頭脳派艦娘の面々もフル回転して思考してはいるが、それもやがては限界がくる。
アキラは一度、この話を下げて次回以降にまた考えようと区切り、解散させたのであった…。
* * *
助けて… 助けて… 助けて…
金剛「…………………寝むれまセーン」
彼女は最近…正確には特別作戦海域から帰って来た頃から毎日のように、この声が耳に響き、頭に残っていた。声は日に日に彼女に積み重なり、金剛にとって悩みの種に成りつつある。
部屋を出た彼女が窓際で伸びをしていると、自分達の部屋の扉が開き、霧島が顔を覗かせた。
金剛「ンー?霧島、どうしたデスカ?」
霧島「実は…最近変な声が耳に聴こえて…」
金剛「(voice?…まさか)その声の特徴は?」
霧島「助けて…という、かなり掠れた声です。つい最近、ではありますが…」
自分と同じように声が聞こえた…。この時点で明らかにおかしい事が起きているのは明白で、不気味で、恐ろしい。
金剛「霧島。提督の元に向かいますヨー、夜だろうが関係ありません!」
* * *
アキラ「すー…すー…」
金剛「ヘーイ!!!テイトクー!!!バーニング!!!goodmorning!!!」
時刻はマルサンヒトナナ、絶賛熟睡中の彼を金剛の爆声音が寝起きドッキリの比にならぬ勢いで叩き起こした。
アキラ「金剛…さ…ん…、まだ…深夜でしょ…おこさんで、くれます?」
金剛「駄目デース!!!テイトクー、私達の悩みを聞いてくだサーイ!!!」
ゆさゆさと身体を振らされる。だが、金剛達の聞いた声は華裏鎮守府を、大本営との新たな戦いへ導く発端となる…