将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
俺は今、地獄に居る。
希望も救いも無い、真っ暗な闇の中。
虐げられ、縛られて。
苦渋と屈辱の味しか無い。
だが…始まりは地獄よりも上に俺は居た。
…全ての始まりは、あの日。
『日本海軍士官育成高等学校卒業式』
今でも良く覚えている。
そう…あの日からだ。
俺の人生が狂い、崩れたのは。
* * *
此処は日本。地球という世界に在る、海に囲まれた小さな島国の名前。
首都を東京とし、総人口は約一億三千万人の人が住む国。
そんな日本の中の、東京から数十キロ離れた、神奈川のとある場所。太平洋を一望出来る海岸線上に、一つの学校が建っている。
日本海軍士官育成高等学校。
日本政府が設立し、運営している此の学び舎は他の学校とは違い、『提督と呼ばれる存在を育てている』事だ。
理由は一つ。現在世界中に蔓延り、勢力の拡大を続ける『深海棲艦』を打破可能な『艦娘』を唯一指揮出来る存在…それが『提督』なのである。
『艦娘』は、第二次世界大戦時に建造された軍艦の魂を持つ存在。見た目は可愛らしい少女、しかし其の潜在能力は人類を軽く凌駕する。建造され、この世に生を受けた瞬間からある程度の読み書きが出来、身体能力は個々の差有れども『超人』である。
だが彼女達は、どんなに努力しても普段から半分程の力しか出す事が出来ない。此れは人間に対し、彼女等が危害を与えぬ為の処置。だが、このままでは深海棲艦に有効打を与える事が難しい。
其処で必要となるのが『提督』なのだ。
彼等が鎮守府に『着任』し『艦隊指揮』を行う事により、初めて本来持っている全ての力が解放され、深海棲艦を打ち倒す事が可能となる。
そんな若き士官を育て、新米提督として世に送り出してきた名門が日本海軍育成高等学校。由緒正しき歴史ある学校で、現在第八十代卒業証書授与式が執り行われていた。
「
校長から卒業証書を受け取り、深く頭を下げる。青年の名は牧園 アキラと言い、成績は至って並で、何処にでも居る普通の人間。
だが彼は、日本海軍育成高等学校において史上初となる無遅刻・無欠席・無早退を成し遂げた事で有名になった。そもそも、この学校は授業の一つ一つの時間が細かく決められており、遅刻や早退があれば厳しく罰せられ、皆勤を成せた生徒は創設当時まで遡ろうと誰一人としていなかった。
「以上、卒業生178名!礼!」
体育館に校長の声が響き、一糸乱れぬ統一された礼。そして多大なる拍手をもって、卒業式は終了となった。
* * *
桜の大樹…推定樹齢三百を誇る、日本海軍士官育成高等学校のシンボル。ひらりひらりと一枚、また一枚と桜の花弁が散る此の場所は、卒業生が集まって写真を撮ったり、好きな人へボタンを渡したりと各々学校に想いを馳せ、ある者は笑顔で、ある者は号泣し、周りの人々はそれに連れられ、笑ったり、貰い泣きしている。
「……………」
そんな他者の姿を横目に、アキラは一人、大樹に寄り掛かり、筒に閉まった卒業証書を広げ、ぼんやりと眺めていた。
「よ、アキラ。すんげー緊張してたぞ!お前」
桜の大樹の裏から溌剌とした声がする。彼は其の声の主を知っているし、誰だと聞かれても絶対に間違える訳がない。
「よせよ
アキラの目の前に現れた、彼と同じくらいの身長の青年は、笑顔でこう返す。
「楽しくない?違うな、俺は俺の友達が成し得た事を誇りに思うから、こうして声を掛けたんだぜ?」
彼の名は
「アキラ、自信を持て。お前は提督になっても、俺達の友情は変わらない!お前が困っている時は必ず助けになるからな!」
「…期待はしない、けど…ありがとう」
「おうよ、期待しておけ。約束は必ず守る」
義理堅く、自分の約束を決して破らず、裏切らない。それが二階堂 真守という男の本質だ。
「おや。こんなところに居たのか。君が牧園 アキラ君かな?」
名前を呼ばれ振り向くと、少し小太りの大男が年代物のパイプを加えて立っている。黒の軍服、その胸に輝く数多の勲章の数々。…間違いなく海軍大本営直属の軍人だ。
「はじめましてだな。私は渡辺 道ノ尾大佐、ご覧の通り大本営の軍人。君達からすれば先輩にあたるな」
「…その大佐殿が、私にどのような御用件でしょうか?」
「うむ、まずは卒業おめでとう。此処で培ったものは必ず君達の役に立つ。そしてアキラ君、前人未到の快挙、実に素晴らしい。君が学校に刻んだ名前は未来の生徒達の1つの指針になる。
海軍での活躍、期待している」
「ありがたい御言葉、感謝し精進致します!」と、アキラと真守は右手で敬礼し、渡辺大佐を見送った。
「やったじゃねぇかアキラ。渡辺大佐ったら海軍の中でも実績豊富で次期大将といったら彼以外あり得ないって言われているんだぞ。お前はやっぱりすげぇよ…」
「そうなのか…」
後ろ姿を見送りながら、当時の俺は翌日に掛かってきた電話を聴くまで、少しだけ浮かれていた…
俺の運命を地獄に叩き落とす、一本の電話を聴く、その瞬間までは…
* * *
翌日、俺は衣服問屋に頼んでおいた海軍軍服を受け取り、早速着てみた。
「これでよし…と」
鏡に向かい色々なポーズを決めてみる。清純潔白の白の軍服に帽子、そして黒の革靴。横須賀の港で見た軍人の姿が幼い日の自分の目と記憶に焼き付き、夢になった。
必死の努力で海軍士官育成高等学校に入学して、ここまで長い時間を掛けて、ようやく辿り着いた。
「いよいよ午後から、俺は提督としての生活が始まる…」
手汗を拭き取り、固唾を飲んで、頬を叩いて、気合を入れた。いざ鎮守府へ…!
ジリリリリリリリ…!と玄関に備え付けた黒電話が雷鳴の如く家に鳴り響く。しかもこれは普通は鳴らない。(緊急時専用)の黒電話だ。
「…誰からだろ。もしもし…?」
「牧園 アキラ君かな?」
「…はい、そうですが」
「今、大本営からの使者が君のポストに封筒を入れたのだ。中身を至急確認して欲しい」
「分かりました」と受話器を置き、彼はポストに駆け寄り中を調べる。其処には黒い封筒が一つだけ入っており、白の×印で封が施されていた。
彼は慎重に封を外し、中身を確認する。
「中身は…、え?」
思考の停止、全身から沸き出す汗。封筒の中身はこのような文章が印されていた。
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牧園 アキラ提督殿
貴殿は昨日、海軍士官育成高等学校において、複数の大本営直属軍人に、多額の賄賂を与えた事が判明している。
本来ならば即刻逮捕、並びに軍事裁判に架けられる事態だが、大本営直属中将・馬頭 幸之助殿の御心により、貴殿の罪は公には知らされておらず、伏せられている状態である。
従って然るべき処理として、貴殿は本日付けで華裏鎮守府の提督の任を全うされたし。従わぬ場合、上記の通り軍事裁判に架けるものとする。
大本営・諜報部
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「何だよこれ…多額の賄賂を与えた…?どうゆう意味だよ…!?」
理解不能に陥り、頭を掻き毟る。呼吸は乱れて、視線の焦点を失う。見に覚えのない罪…本でそれを冤罪だと知った。
あの日、卒業式終了後に賄賂を軍人に与えた?まず出来ない。何故なら自分は貧乏で、海軍士官育成高等学校を卒業するまでの間、家賃と授業料をバイトで稼いでいた。賄賂を送るだけの金など初めから有りはしない。
「こんなの何かの間違いだ!早く警察に連絡し…」
家に飛び込み、黒電話に手を伸ばしかけ、止まる。手紙に書かれた「軍事裁判」の四文字が、思考に恐怖を孕ませ、決断を鈍らせ、やがて…彼は電話から離れ、壁に寄り掛かり、天井を仰ぐ。
「最悪だ…」
警察に電話を掛けても、証拠不十分では裁かれ有罪になるのは明らか。
十数分して…。彼は鞄を持ち、革靴を履いて、寮を出た。大本営が示した華裏鎮守府へ向かう事を決めたのである。
彼の目の奥には自分に罪を擦り付け、のうのうと過ごす犯人に対する、怒りと憎悪が満ちていた…
『必ずだ。必ず、この手で…!俺は自分の無実を証明してみせる…!絶対に…!』
そう誓い、彼は歩み出す…。
提督として。そして無実の罪を背負った、偽りの咎人として。
牧園 アキラ…この小説の主人公。日本海軍士官育成高等学校第80期生で、かつて誰も成し得なかった皆勤を唯一成し遂げた青年。身長170cm、体重69kgで黒髪、顔立ちは少し女性っぽくも見える。
士官学校卒業後鎮守府に着任する予定であったが、何者かによって冤罪を掛けられ、華裏鎮守府に強制着任させられてしまう。
成績は並で有るが、根は優しく真面目。