将来を有望視された青年が、冤罪で問題山積みの鎮守府に着任されました。 ~地獄の底からこんにちは~ 作:ガリアムス
* * *
吹雪『全艦戦闘準備!航空攻撃、砲雷撃戦開始してください!!!』
海月姫『サァ…ヤッテ…!ツブス、ノダ…!!!』
後に海軍史、深海棲艦との戦いに多大な影響を与え、刻まれる戦いが始まった。
各艦娘達が各々の役目を果たすべく動く中、二人は其の場に留まり、自身の射出機を下ろし、甲板を斜め上まで持ち上げる。
此れは『ある機体』を飛ばす為に必要な行動、それも彼女達『装甲空母』にしか操れない機体なのだ。
翔鶴・大鳳『噴式景雲改、ならびに橘花改!前へ!!!各機、順次発艦始め!!!』
翔鶴、大鳳の装甲甲板のハッチがアラートと共に開き、現れる翡翠の翼と、朱の日の丸を刻んだ其の機体は、爆音と活火山の如き火を吹きながら、二人の甲板を駆け抜け離陸する。
噴式と謡われる其れは、現代の自衛隊が所持するジェット機の流用であり、対深海棲艦様に調整(チューニング)された機体。この機体、普通の飛行甲板で使用するとあまりにも高い出力に甲板が耐えきれず、逆に破壊されてしまう事態があった。
大本営開発部は、この結果から『噴式は装甲空母以外での使用を禁ずる』事を運営法として定め、以後其の取り扱いに細心の注意を払っていたのだ。
華裏鎮守府も幾代前の提督が、やっとの思いで手にした貴重な装備の一つ。
アキラは感じていた…速攻の攻略が求められる中、其れを未知数の力を持っている二体のネームド姫にぶつけなければ、此方は絶対に奴等には勝てないと。
海月姫『ン…!?マテ、星条姫!マエヘデルナ!』
星条姫『マチコガレタ、ゾ!!!戦艦ドウシ、パワーファイト…ヲ!』
空気の流れが変わったのを、深海海月姫は逸早く察知。が、既に星条姫は海を疾駆し、脇目もくれず金剛達の方へと移動している!
金剛「ちょ!?あの金髪、ちょっと速過ぎまセン!?」
星条姫「サァ…!ナグリアオ、ウ!?!」
上空から猛スピードで接近した噴式に、星条姫はその場から、巨体に似合わぬ華麗なバク転で爆撃を躱わしたのだ!
金剛「Whats!?アグレッシブデスヨ、あの避け方は!?」
吹雪「古鷹さんと鳥海さんは星条姫を機動力と手数で翻弄!木曾さんはどちらに対しても魚雷攻撃が出来る準備を、金剛さんは扶桑さんと山城さん、陸奥さんと共にタイミングを測って、弾着射撃を御願いします!」
木曾「任せろ!」
金剛「OKネー!!!」
陸奥「分かったわ!」
扶桑&山城「了解!」
吹雪「摩耶さんと綾波ちゃんは私と共に対空並びに敵艦からの砲撃に備えて警戒、時雨ちゃんは木曾さんの魚雷攻撃が万が一躱わされた時の第二撃準備!
大淀さんは、古鷹さんと鳥海さんが敵を惹き付けている間に、砲雷撃行動で星条姫にプレッシャーを掛けてください!
各空母は全機航空攻撃を開始!!ウッド島上陸部隊は敵航空攻撃に注意しつつ、各自上陸を!!!」
吹雪の的確かつ、戦場の空気と流れを読んだ指示が入る。
華裏鎮守府最古参、そして唯一の最高練度到達艦娘。潜った修羅場は数知れず、その指示には己の経験や知識、直感に加え、華裏鎮守府に在籍する艦娘達の性格や戦い方、戦闘時の癖を『全て踏まえた上で』、プログラミングされたかの様な冷静沈着かつ、最適切な指示を出す。
其れが、其れこそが。大本営が彼女に世界で一番最初に与えた二之名『氷雪大将軍』の由来だった。
雲龍「攻撃隊、発艦始め…!」
翔鶴「全機突撃!」
大鳳「航空部隊、発艦!!!」
弓から矢が、御旗から式神型の紙が、バリスタからカード入れ程の箱が。
空に放たれ、赤い焔を纏い、幾多に分かれて曇天に舞う。
海月姫『フフ…!ワタシノ、コドモタチ…イキナ、サイ!!!』
青白い不気味で邪悪な光が妖しく輝く。刹那、海月姫の掌の中で光が踊り、纏うオーラが収束。そして完成された白く、丸い、血の赤の目をした無数の猫型機。
だが驚くのは、猫型機(そんなもの)ではない。一度に海月姫が産み出し、従えた其の機体の『数』。
普段ヲ級が第一陣に繰り出す艦載機の数を『1』とするならば、ヲ級flagshipは『3』で、空母棲姫は『5』、空母水鬼が『7』としていた。
これは何れも甲作戦に於ける華裏鎮守府の空母組が判断した数字で、其の数は少なからず大本営に影響を与えた。
ならば、深海海月姫の第一陣に繰り出した艦載機の数は幾つなのか?
『10』?…そんなのでは足りる訳が無い。ならば『15』か?それでは信じる筈がない。
ならば、あの数は一体何だ?
彼女の後ろの曇天を朝焼けの、紅蓮の赤に染め上げる程の、あの猫型機の群れは一体何なのだ?
雲龍「何よ…あれ…!!!」
海月姫と戦った雲龍は、後に其の時の数をこう述べてある。
「深海海月姫の全戦闘時に繰り出した数は…『30』。ヲ級は愚か、空母水鬼さえ可愛く見えた」…と。
吹雪『綾波ちゃん!摩耶さん!』
冷静な吹雪が声を粗げ、叫ぶ事はそうそう無い。
彼女がそうするというのは、最早尋常ならざる事態である事を想像し得るには、容易で、事足り過ぎていた。
摩耶「よっし…!」
摩耶は自分の頬を叩き、気合いを入れる。自分の対空防御の働きに、敵新型深海棲艦撃破が掛かっているのだから。
摩耶『ブッ殺されてぇかぁ!!!』
怒号の叫びが天を揺らし、唸りを上げ、彼女の艤装に搭載された25mm三連装機銃集中配備と12,7cm高角砲+高射装置、90mm単装高角砲が火を噴いた!
工事現場さながらの大地を打ち付ける鉄の音が鳴り響き、敵猫型機が火達磨と黒煙を纏い、次々に水面へと没する…!
時雨「摩耶さん…やっぱり『千針鼠(サウザニュード)』の二之名持ちだね…!」
高雄型三番艦・防空巡洋艦の摩耶…華裏鎮守府に左岸させられる前の彼女は、ショートランド泊地第七三鎮守府に属していた。艦娘として産まれた頃から他の艦娘とは触れ合わずに、空ばかり眺めていた。自分の姉妹達でさえも。
ある日彼女は、泊地を運営する提督に対して「対空装備を載せて欲しい」と頼んだ。其の日の演習で彼女は、相手や味方さえ予想だにしなかった戦果を挙げる。
其の時の相手は空母機動部隊…それも『全員ケッコンカッコカリ済』で、『全員最終練度到達済(カンスト)』の、『南雲機動部隊』。鎮守府の出撃陣は、摩耶を含めた重巡洋艦三隻、金剛型戦艦の比叡と榛名、そして祥鳳の六人…端から勝ちは見込めない、そう思われた。
が、結果はまさかの『完全勝利』。それも『演習相手の艦載機全スロット全滅』と言う、最早何を言っているのか全く分からない状況。以降、演習や実戦の度に彼女は『敵艦載機を全滅』を常時やり続けた。自分の体調が悪かろうが、余剰弾薬が果てしなく零に近かろうが。
『天は我の領域也。天の蒼を汚す者には死を』…彼女の行動を言葉に変えて例えるならば、其れ以外に思い付かない。程無く彼女には、称賛と畏怖を込めた二之名が大本営より贈られた。其れは対空を極め、対空の境地に至った者だけが名乗る事を許された、『千針鼠(サウザニュード)』の称号だったのだ。
綾波「これなら…!」
摩耶「…いや、まただ!」
空を睨む摩耶。黒煙を巻き上げ現れたのは、なんと彼女が撃ち落とし、全滅させたと思われた猫型機。
摩耶「初めてだ…私の対空砲火を受けて全滅しやがらなかった敵はよ…!」
其の顔には笑みが有った。とびっきりの笑み…言うなれば「強者と久しく出逢えた」ような。
吹雪「綾波ちゃん!」
綾波「はいっ!」
摩耶「オラアアアアアアア!!!」
対空砲が再び火を吹く。今度は綾波と吹雪が居る。空を烈風六○一部隊達が、対空砲の助けを借りながら先行し、残りの敵機を打ち倒し進む。
このまま行けば確実に制空圏を掌握出来る。空母組はそう思っていた。
大鳳「よし、このまま…!」
星条姫『チョウシニ…ノルナ、ヨ!!!コノ…コバエ…ドモ、ガアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』
水面を踏み潰し、怒りの眼を輝かせ、震わせる三つ首の獣。星条姫の怒号の叫びが天を揺らす時、獣達は肩に付けられた砲塔から複数の激音と共に弾を放った!
其の弾が空へ昇り、大鳳達が放った艦載機の進む高度に到達する時、紅蓮に染まる砲弾が弾けて赤の枝下花火の如く拡散し、艦載機が爆散する!
陸奥「嘘ッ!?」
山城「姉様!」
扶桑「間違いないわ…『三式弾』よ」
三式弾とは対空及び対地戦に秀でた特殊弾頭の事で、内部に小型の弾子を仕込み、弾頭が弾ける事で弾子を拡散、航空機の翼や操縦席(コックピット)を焼き払い、破壊する能力を持つ。
大本営がいずれ現れるであろう、対陸上型深海棲艦戦闘を想定し、開発用レシピを各鎮守府に配布・生産を促していた。
事実、先の特別作戦に於ける最終撃破目標であった離島棲姫に対して三式弾が有効であったため、練度の高さと改修された装備、そして三式弾の有無が、鎮守府並びに艦隊の勝敗を大きく分けている。
扶桑(先日の敵艦載機に超長射程砲塔。これは唯の偶然なの…?)
華裏鎮守府へ侵攻してきた深海棲艦が持っていた噴式と同じ能力を保持する隼型の機体に、超長の射程距離で砲撃を可能とした砲塔。そして今見た三式弾。
深海棲艦(やつら)が其れを、其の技術を、何時手に入れたと言うのだ?
山城「姉様!」
山城(いもうと)の声で我に返る。今自分が居るのは戦場、油断や他考が一瞬で命取りに変わる場所。
何をしていたのだ、私は…「あの時の戦い」をまた繰り返すつもりか。
陸奥「扶桑!此処で立ち止まっていたら、敵に何時狙われるか分からない!吹雪から言われたでしょう、金剛と弾着射撃を行いなさいって!」
扶桑「ごめんなさい…大丈夫、いけるわ」
真実を知るのは今じゃない。今自分達がやるべきは、目の前の深海棲艦に一撃を叩き込む事。
扶桑「山城、私達の瑞雲12型で弾着観測射撃を実行するわ。発射と同時に深海星条姫の進行と逆方向へ!」
山城「はい!」
抱えた甲部甲板を水平に傾ける。甲板のハッチが開き、現れた小型の瑞雲。光を帯びて扶桑の掌程に大きくなった其れ等は、エンジンを唸らせ、甲板より飛び立って行く…!
海月姫『マタ…クル、ノカ!シツコイ…!ゼンブ、オチテ…シマエ、エエエッ!!!』
オーラを放ち、又しても規格外の数の猫型機体を放たんとする深海海月姫。もし放出を許そうものなら、制空圏を完全に掌握される。そうなれば先ず空母が、次に戦艦と重巡洋艦、そして駆逐艦がドミノ倒しで敵にやられてしまう。
だが!
木曾「其の瞬間を!!!」
時雨「待っていたよ…!!!」
海月姫『ヌ…グ!?』
間一髪といえる、切迫した刹那を穿った二人の雷撃が深海海月姫の周辺で炸裂し、水柱と飛沫が敵の視界を奪い、行動を遅らせる!
海月姫『クソ…!ライジュン、ト…クチク、フゼイガ…!!!』
水幕が水面へと下りる。開けた視界、曇天の空、そして…上空の過ぎ去り飛んで行く、瑞雲達。
海月姫が気付いた時、視線の先には高速で星条姫へと向かう金剛と、真正面に出で立つ三人の大型戦艦達の姿が映る。
金剛「今デース!全砲門、Fire!!!」
扶桑「主砲!副砲!撃て!!!」
山城「主砲、よく狙って!てぇー!!!」
陸奥「撃てえ!!!」
鼓膜が破れてもおかしくない爆音と轟音、そして深海海月姫の身体が、艤装が幾重にも爆ぜた。
海月姫『アアアアアアアアア、アアアアアアア、アアアアアアアアアアア!!!!!!』
閃光。爆発。爆炎。黒煙。
喉が擂り潰される程の奇怪にして、艦娘達の本能の奥底から嫌う様な甲高い悲鳴と、脳が嗅ぐ行為を拒否する程に、濃密な硝煙の臭い。そして煙が晴れて、海月姫が其処には居た。
『無惨な姿に』変わった状態で。
深海棲艦特有の青白い血がぶちまけられ、海の青を喰い潰し瞬く間に汚し。
豊満な胸に風穴が空き、通り抜ける風が体から力を奪い、痛みを与え。
横に広げた右腕は肘から先が減し折れ、在らぬ方向に捻曲がり、だらりと垂れ。
そして頭に覆い被さる巨大な艤装は、戦艦四隻の弾着観測射撃によって、ほぼ全壊し修繕不可能と断言出来る程に砕かれていた。
海月姫『アアア…!?アアア…アアア、アアア…!!!ワタシ、…ノ!ワタシノ…コドモ、タ…チ…!!!』
残された左腕を伸ばしては自身のオーラを集め、束ねようとする。だが、破壊された頭の艤装から漏れ出た靄が風に吹かれ、塵散に流れて空へと溶けて消えるばかり。
誰の目からも、深海海月姫(あの深海棲艦)の『中破』は目に見えていた。
扶桑「空母の悲しい運命(さが)ね…。中破してしまっては装甲空母を除いて、二度と艦載機を発艦させられない。深海海月姫…貴方はもう、戦えないわ」
海月姫『ウソ…コンナ、コト…!…ミトメル、ワケニ…ハ…!!!マダ…ワタシ、ハ…!!!』
藻掻き、血反吐を撒き散らし、尚も天に手を掲げ艦載機を発艦させようとする海月姫。その度に手からは光を喪い、風に流れて消えて行く。彼女の悲痛な声は、自分達の良心を悉く削り取るようであった。
山城「吹雪ちゃん。敵空母の無力化に成功、後は煮るなり焼くなり好きに出来るわ」
吹雪『…了解しました。扶桑さんと山城さんは上陸部隊の護衛を!陸奥さんは深海星条姫へ攻撃を開始してください!』
三人『了解!!!』
先ずは一体、深海海月姫をほぼ無力化する事が出来た。これで航空戦で制空確保も可能になり、此方が断然有利になるだろう。
そう…
深海星条姫が、何もしてこなければ…。
* * *
ウッド島上陸部隊視点…
朝潮「吹雪さん達が敵の視線を集めてくれています。今の内に、移動しつつ作戦を再度確認します」
敵の航空攻撃は摩耶達によって退けられ、一先ずの脅威が過ぎ去った上陸部隊は作戦内容を確認しあう。
朝潮「今回、私達の任務はウッド島内に存在する『海軍基地内部にある、情報の入手』が最重要目標となっています。
以前、華裏鎮守府に攻めて来た深海棲艦の保有していた武装が、その海軍基地にある資料を元にして造られた可能性が有ると龍驤さんの見解がありました」
霞「で、私達は深海棲艦の指紋やら体液やらがベットリ付いたキモい紙束や、侵入の痕跡を集めれば良いのよね。楽勝じゃないの」
満潮「其の資料で深海棲艦が何をしたのかを暴いて、大本営に突き付ければ、私達の地位は回復…って訳ね」
満潮と霞がそんな事を言ったが、「どうでしょうか?」と大潮が呟く。「何よ」と満潮が突っ掛かるが、荒潮が割って入ってこう言った。
荒潮「確かにそうなのだけど~…。
海軍施設と一言に纏めても、どのくらいの大きさだったのか分からないしぃ~。
それに~…前の特別作戦で離島棲姫が倒された時にウッド島も、か~な~り~ボロボロになったらしくて~…残ってるかどうかも分からないわぁ…」
霞「ハァ!?何それ、バカじゃないの!!!」
満潮「最悪…在りもしなかったら意味が無いじゃないの!」
舌打ちと水面への八つ当たり…部隊がギスギスした空気に支配されかける。
朝潮「満潮と霞の言いたい事もよく分かります。けれどウッド島内でも、まだ比較的損壊が少ない箇所が在り、其処ならば証拠の一つや二つは在るかもしれない。
先ずは上陸してみなくては何も始まりません。後悔はやってみてから…何時も言ってますよね?」
真面目を絵に描いた様な発言に満潮は唖然、霞は頭をもたげて溜息を付くしかない。堅物で何事にも、あまりにも真面目過ぎる姉…朝潮型駆逐艦の朝潮改二乙。何故自分達はこんな姉の下に生まれてしまったのかと考えなかった事はない。
扶桑『ザザ…、上陸部隊聴こえますか?』
若干のノイズと共に朝潮達上陸部隊に無線が入る。
朝潮「はい、此方上陸部隊旗艦朝潮です。これより我々はウッド島近海まで進行、大発先行させた後上陸し、島内に在る海軍基地の捜索に当たります!」
山城『姉様と私は貴殿方の後方より護衛に着き、また外の様子を伝えます。…だけど、もしも万が一何かあったら、荷物や証拠を放り出してでも…絶対に『生き延びる事』。良いわね?』
扶桑姉妹の『生き延びる』…其れはかつて自分達の身に起きた悲劇から来るもの。
重く…ひたすらに重い、其の言葉。朝潮達の目が真剣実を帯び、先程までの部隊の空気は既に消えていた。
『了解!!!』と一言、彼女達上陸部隊はウッド島内海を目指して、只ひたすらに突き進んで行く…。
* * *
撃破部隊視点…
星条姫『キサマ…ラァアアアアアアアアアア!!!』
けたたましく三つ首の獣が鳴き叫ぶ。海月姫を行動不能に陥れられた怒りが、星条姫の握る拳に熱を纏わせる…!
金剛「チョーカイ!フルタカー!オゥヨドー!気を引き締めてくだサイ!!敵さんが本気で来ますヨ!」
金剛の艤装が動き、彼女の手には紫雲が一つ乗っていた。大淀は夜偵、古鷹は零観をそれぞれのカタパルトから発艦させ、金剛は紫雲を空へとぶん投げた!
星条姫『ガラアキナンダヨ…キサマラ、ハァ!!!!!!』
砲門から九つの爆裂音が、天と海を大きく揺らす。
大淀「金剛さんは南東へ七度前進!古鷹さんは北西へ二度、それで回避出来ます!」
金剛「OK!」
古鷹「は、はい!」
大淀の声から数秒、星条姫の艤装たる獣が放った砲撃が着弾し、巨大な水飛沫が上がる。その刹那に水煙の中から金剛が現れる!
星条姫『チョコザイナァ!タタキ…ツブシテ、ヤルッ…!!!』
星条旗の右腕の筋肉が、シンク内部に熱湯を流し入れたようにボコンと大きな音が鳴り、風船のように膨張。血走る眼が金剛を捉えて離さない!
星条姫『マズハ、キサマカラ…ダ!センカン!!!』
轟ッ!と拳が真っ直ぐ金剛に飛んで来る。だが金剛は逃げる素振りを一切見せない。このままでは直撃してしまう…金剛も拳を握り締め、タービンを最大回転まで引き上げ、真っ正面からぶつかりにいった!
星条姫『ハァッ!!!』
金剛「チャア!!!」
肉同士が衝突した音。力と力のぶつかり合い、そして金剛の身体が後方へ大きく飛んで、数度水面を跳ねながら体勢を立て直す。
金剛「shit…!なんちゅうpowerネ…!」
自身の右腕を見た彼女は思わず舌打ちした。
巫女服の袖が弾け飛び、ピンクだった肌は真っ青に変色。腕はだらりと力なく垂れ下がり、何よりも右肘から先の『感覚』が無い。
拳同士の激突で、自分の手腕の骨が、筋肉が。星条姫によって完全に砕散された事実。もしカウンターの為に一撃を受けていたとしたら…考えただけでもゾッとする。
大淀「金剛さん!」
金剛「右腕をやられたネ…。アイツ、思った以上に近接打撃が脅威ヨー…」
鳥海「近接戦闘に持ち込まれたら金剛さんの二の舞…だけど距離を取ろうと離れても、馬鹿げたスピードで詰められる」
古鷹「当たらなければ良いとしても、当たったら戦闘不能は避けられない…しかもあっちはタフ…」
大淀「何か弱点は在るはずです、絶対に諦めないで!」
互いを励まし、支え合う姿。深海星条姫は其の姿を見た時、自身の奥底から煮え返る程の怒りが沸いてきた。
星条姫『オマエハ…アッチノ、クワガタアタマ…ドモヲ…ヤレ!コイツラ…ハ、ミー…ガ!ブチ、コロス!!!』
二人を繋いでいたチューブらしき物が次々と外れ、三つ首の獣が口を開き、獲物を喰わんとする捕食者が如く乱れながら、陸奥に向かって突進する!!!
獣『グラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
陸奥「てぇ!!!」
彼女の艤装、全砲門から一式徹甲弾が飛来する。だが、獣は意に返さず全弾直撃にも関わらず、爆炎と黒煙の中より姿を現し、其の腕と脚で陸奥へ迫り、其の豪腕で彼女を殴り倒さんと暴れ狂う!!
獣『グラァアアア!ラアアアアアア!!ララアアアアアアア!!!!!!』
陸奥「しつこい!!」
陸奥も獣が放つ腕を避けながら、何時砲撃が飛んで来ても良いように艤装の角度を調節し、砲撃する。しかし、彼女は獣との攻防の中で違和感を感じ取っていた。
陸奥(ッ…硬い!)
至近距離、其れも装備改修を行った、長門型戦艦の砲撃。大火力の攻撃を食らい、受け続ければ、如何にタフで知られる深海棲艦でさえ無傷では済まされない。が、自分の目の前で腕を振るう獣は、十数発の接砲射撃を食らいながら、勢いが衰える所か生き生きと、溌剌していた。
木曾「陸奥!左に躱わせ!」
陸奥「!」
不意に声が耳に届き、彼女は左へ飛ぶ。直後、自分が居た場所を、数十本の白泡の軌跡が真っ直ぐ線を描き、三つ首の獣に炸裂する!!!
獣『グギャラアアアアアアアアアアアア!!』
綾波「大丈夫ですか!?」
陸奥「私は大丈夫。…それよりも此の敵(こ)、随分頑丈よ。私の砲撃でびくともしない」
時雨「陸奥さんの砲撃でも駄目…となるとコイツを倒すには…」
黒煙を振り払い、獣がのっそりと姿を現す。時雨、綾波、木曾…いずれも華裏鎮守府の強力な雷撃を保有する者達、そんな彼女達の攻撃ですら、獣には傷を残せない。正に鉄壁の要塞。
木曾「弱点への一撃必殺…其れだけか」
陸奥「…そうゆう事ね」
獣『グギャラアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアア!!!!!!』
けたたましく鳴いた獣。其れに共鳴するように深海星条姫も雄叫びを上げる。
そして彼女達は艦娘に…
向かわなかった。
トップスピードまで加速し、向かった先は、中破して動く事が出来ない『深海海月姫』だった。
摩耶「あ"あ"?何でもう一体の深海棲艦に向かって行ったんだ、アイツ?」
摩耶を含め、多くの艦娘が『中破した味方を盾にする』と考えたに違いない。動けない艦は有効に利用してこそ意味が有る…と。
が、沖波と吹雪だけは…。深海星条姫の『真の狙い』を本能的に直感していた。其れが万が一的中した場合、『最悪な状況』が生まれてしまう事すらも。
沖波『全艦、今すぐに深海海月姫へ攻撃を!!』
隼鷹「え?だけどアイツ、中破してるんだよ?ほっとい」
吹雪『やってください』
吹雪の『やってください』の一言が、無線を開いた全員の耳に届く。背筋を一瞬で凍らされ、全身を悪寒が走り廻る。そして脳裏には『死』の一文字が濃密に浮かび上がって刻み込まれた…!
飛鷹「だ、第二次攻撃隊に通達!至急発艦し、深海海月姫を撃滅せよ!」
翔鶴「第二次攻撃隊、随時発艦して!直営隊も攻撃隊の援護を!!!」
金剛「全砲門、目標深海海月姫!fire~!!!!!!」
陸奥「各砲、深海海月姫へ!撃てぇ!!!」
空を舞う艦載機、放たれた砲弾達。
爆音、轟音高らかに、狙うは深海海月姫只一体。
数秒の後に爆裂、衝撃、破壊音。
止まぬ砲撃の五重奏、降り頻る爆弾のスコール。
そして…赤い、紅蓮(あか)い、爆炎のキノコ雲が、二体の深海棲艦を無情に飲み込んだ…。
陸奥「や、やったの…?」
これだけの集中砲火に、馬鹿げた火力で敵を屠った…それも全力で。確信出来る。敵はもう動けないと。
鳥海「私の計算では、陸奥さん達の弾着観測射撃や翔鶴さん達の航空隊の爆撃具合から、確実に大破に出来ているかと」
摩耶「ま、何にせよ奴等がやられたのは事実だし、後は上陸部隊が帰って来るのを待てば…」
グジュリ…
綾波「へ?」
木曾「ん…?何の音だ」
ギョヂャッ…ボリ…ベキン…!
飛鷹「…何、この嫌な音…!」
隼鷹「鉄が割れてるのか…な?」
沖波『皆さん…アレを…!深海星条姫が…!!!』
無線から沖波の掠れたノイズ混じりの声がし、爆炎の中に揺らめく影を見た瞬間、ある一人を除き、全員が唖然、絶句する。
喰っている…仲間を。
星条姫が…海月姫を。
躊躇う事も、苦悩する事も無く。
今まさに自分達の目の前で、三つ首の獣と共に。
滴り溢れ落ちる、青白い血を。
風穴が開き、千切れた肉を。
砕かれた骨を。
内臓を。
虚な目玉を。
靡く灰色の白い髪を。
そして破壊された艤装を。
『共食い』だった。
大淀「何よ…これ…」
突如として突き付けられた事実(ノンフィクション)と鮮烈な現実味(リアリティー)…衝撃的な場面を目の当たりにし、目を背ける者、吐き戻す者、ただただ見る事しか出来ない者…。
それぞれ異なる気持ちや感情を抱いているだろう。
軈て…深海星条姫の『共食い』が終わり、彼女と三つ首の獣の身体がブクブクと醜く膨張し始める…!
星条姫『キサマタチ…!ワタシ、タチハ…オマエラヲ、ゼッダイ"ニ"!!!ユルジバ、ジガイ"!!!』
獣『ワレバ、ザラニ!『深化』ズルヴヴ!!!!ヴヴヴヴヴヴヴヴヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!』
青と赤と黄の光が、星条姫と獣から溢れ、混ざり、溶け合って、形を成して行く…。
そうして光の中から顕れた、新たなる敵。
巨大な六脚と長い胴と尾を持ち、三つの首と三つの頭がケルベロスの如く稲鳴き、胴体には星条姫の上半身と各脚の肩部には超長単装砲が六砲在り。
さらに星条姫の背には何十は下らない蛸足を思わせる灰色の太過ぎる触手がワサワサ、ウジャウジャと落ち着き無く動き続け、彼女の手には巨大な飛行甲板らしき物を左手に、三連装砲塔を三基積んだ新調艤装を右手に保持。
其の目は青白く、そして黄金を纏いながらチリチリと、彗星のように輝きを放ち、燃えている…!
月星帝姫『我名ハ、深海月星帝姫(しんかいげつせいていき)…!唯一無二、ニシテ、貴様達ヲ討チ滅ボス、者也ッ…!!!!』
歪にして、異常なる姿。
これまで自分達が倒し、撃ち沈めた深海棲艦(やつら)とは一線を隔てた存在との対峙。
強大にして、絶対なる業敵。
鳥海「こんな…こんな事って…!!」
古鷹「共食いから…新型が出来上がった…!」
木曾「有り得るのか…こうゆう事が…!」
艦隊全体がどよめく。当然だ、深海棲艦の共食いを目の当たりにし、巨大な姿に進化を遂げる瞬間を目で見てしまったのだから。
だが…。
吹雪『静かに』
そんな彼女達を叱喝し、どよめきを一瞬で沈黙させる者がいた。
海面を一歩、また一歩と歩き、最前線に躍り出る。
表情は氷のように冷たく、放ち続ける殺気は水晶のように清んで、淀み無く、鋭いナイフのように他に突き刺さる。
吹雪だった。
吹雪『綾波ちゃん、時雨ちゃん。二人は空母の皆を私達の居る場所まで下げて。大淀さんは沖波ちゃんと共に、此の付近に近付かないように指示を。
あの敵は。私が撃沈させます』
普段から見せる優しさや健気な言葉は、其処には無い。
淡々と静かに指示を出し、敵の前へと歩く。
木曾「吹雪!」
吹雪『!』
不意に後ろから飛んで来た物を掴む。
カトラスのように柄を握る手を守る金属輪、黒漆に塗られた木曾の愛刀だった。
吹雪『ありがとうございます、後は…任せて』
目を閉じた吹雪、数秒の沈黙。そして…開眼。
艤装から無数の蒸気が騰がり、彼女の身体が徐々に赤色に変化して行く…!
月星帝姫『何ダ…?ソノ姿ハ?コケオドシカ…何カ、カ?』
吹雪『痩け脅し…?違いますね…。
貴女のような敵とは『数年ぶり』に遭えたんですよ…。
だから…久し振りに、全力で戦いたいと、そう想っただけです』
白の蒸気はさらに多く排出され、彼女の周りには霧が出ているのではないかと思わせるまでに、真っ白になった。
刹那。
吹雪の姿が。
深海月星帝姫と艦娘達の前から。
消えた。
月星帝姫『ン?…逃ゲタ』
サン…と、レタス玉を包丁が両断した時に近い音がした。
同時に蒼白い血飛沫を噴き上げながら、月星帝姫の右中脚が根本から切断され、高く空を舞った後、高い水柱を上げ、海底へ消える!!!
月星帝姫『…ハ?』
吹雪『…踏み込みが甘い、かぁ。まぁ、いいか…』
お 前 は 私 が や っ つ け る だ け だ し
そんな『他愛もない言葉』で吐き捨て、吹雪は刀に付いた血痕を一振りで払った。
* * *
同時刻、上陸部隊視点…
大潮「何ですか…これ」
満潮「こんな…こんな馬鹿な事が、在って良いって言うの!?」
霞「…グズさ加減が振り切れてるわ…」
ウッド島内海…上陸部隊の面々は、其処で『ある光景』を目の当たりにし、絶句と言葉に現せない程の憤りに駆られていた…。
其れは正に『人間の持つ最たる業が招いた』、『艦娘達にとって最悪の光景』だったのだから…。